8-16 ヘラフルの憩い所にて (7) - 王の代理と聴取
驚かされたジョーラたちの入場を終え、ディーター伯爵と長剣文官の男性はカーペットの先にある例の席についた。
ジョーラはディーター伯爵の背後の右隣に立ち、左隣には同じく金髪の人族の男性が立った。
磨き上げてもここまでできるだろうかと思わされる、鏡のような輝きを誇る各部位の金属の鎧。ネックレスのように首から下げた金糸の飾りの紐束。ひじの部分から覗く、赤と金の縦ストライプの膨らんだシャツ。肩から下げた、植物の意匠と太陽を見上げる獅子が見える赤いマント。……
鎧、衣類、飾り、装身具に至るまで、2人ともほとんど同じ格好だ。が、見栄えを意識しているらしく、ジョーラは右肩からマントを下げ、金髪の方は左肩から下げている。
この男性のことは知らないが、ジョーラがそうならこの男性も油断ない顔つきで堂々としたものだ。
おそらく彼はジョーラと同程度の実力の持ち主なんだろう。七星の隊長か、七影の隊長か。もしくは、俺の知らない別の組織の者か。ともかく、同等の実力でなければこの立ち位置に彼を置かないだろう。
また、2人は明確に1つだけ違う点がある。武器だ。
ジョーラの手には例の巨大な槍があり、右手でしっかりと握りしめているのに対し、金髪の男性は会場内に見せつけるように、長剣を自身の前の床に軽く突き立てている。
男性の剣はツバを2つ重ねたような特殊な形の剣だ。ツバまで鞘をかぶせても本来の手元のツバまで隙間があるためか、革紐で引っ張り上げられている。
どちらもゲーム的なデザインの武器で、ジョーラの方は心当たりがないが、男性の持っている長剣はおそらく「アモスの暁光を纏いし剣」というクライシス産のユニーク剣だ。
持っているのがジョーラと同等の者だとするなら、この世界では有用な剣なんだろう。
この剣はインに怒られたことにより死蔵になった「ゴールドダガー」と同等レベルのゴミ剣だが、割と最近に実装された武器でもある。
武器の威力はお粗末な一方で、火属性の追加ダメージの威力がバカみたいにある剣だ。
この火属性の追加ダメージの数値は、同レベルの100ほどのウィザード職の属性付与でも生み出せない数値だ。レベル200くらいの数値じゃなかっただろうか。
なんにせよ、常にウィザード職の支援がついていることになり、低レベルでも尋常でない狩り効率を上げることができるという、そういった賢い使い方ができる剣だった。根本と2個目の鍔部分には軽く焦がしたあとのような金属の色合いがあり、刀身の根元部分には緻密な彫刻が彫られているという剣のデザインも、地味めではあるがかっこよく、悪くない。
ただ、王の護衛、それも七星と同等の者が持っているのは、ユーザーの俺としてはちょっと微妙な気分になる。
これからもたくさん出くわすんだろうが、この剣は結局のところ、サブキャラの剣士の育成用途に使わせるしか用途がなかった剣だからだ。
「みなも座れ」
ディーター伯爵がそれほど大きくない声でそう言い、俺たちは各々テーブルについた。
席に座らなかった長剣文官の人が発言する。
「みな、火急の告知ながらよく集まってくれた。代理の者を出してくれた者も数多くいるようだが、今日の会合における代表者の欠席は、安易に卿らの不名誉・不義とせぬよう言い遣っている。卿らもその点は重々胸に留めておき、欠席者には各自通達するように」
各々戦争の準備とか公務とかありそうだしな。
「……今日七世王が伯爵を代理として遣わせたのは他でもない。近日のアマリアによるセティシアとフィッタの被害および、今後についての話し合いを行うためだ。……フィッタは残念ながら土地を奪われることこそなかったものの、壊滅してしまった。セティシアも都市つきの兵士たちをごっそりやられ、ランクの高い攻略者たちもやられた。今では街には
グラシャウスって、ジョーラたちが言ってた人か。確か、七星ないし
そう概要を述べると、グラシャウス氏がディーター伯爵を見る。伯爵が頷き、立ち上がった。
何人かが立ち上がろうとしたが、伯爵は「よい」と軽く手を挙げて手短に制した。
「今後のことも大事だが、王はこの2都市で起こった悲劇にたいそうお嘆きだった。話し合いの前に我々はまずは同胞たちにいたわりの言葉を送らねばならない。……ヨシュカ・ウッツ・ベルガー、アルバン・イムレ・ピオンテーク。両者、前へ来なさい」
呼ばれた2人は少し緊張している風だったが、さすがに悲しみに沈んでいる様子を見せることもなく、静かに伯爵の前で膝をついた。
「ヨシュカ・ウッツ・ベルガーは両親を亡くし、アルバン・イムレ・ピオンテークは父を亡くした。オトマール・ジギ・ベルガー伯爵もヴィクトル・チェザリ・ピオンテーク子爵も、王によく仕えてくれた御仁だった。……ピオンテーク家の方はまだだが、ベルガー家の方は葬式は終えたと聞いている。……父上を送り出したのだろう? <竜の去った地>へ」
ヨシュカははい、と静かに頷いた。ヨシュカが決意した場面が思い返される。
ディーター伯爵は労わるような穏やかな表情になり、小さく何度か首を上下させて頷いた。
「アルバン、ヨシュカ、顔を上げなさい」
2人が視線をあげる。
「これからは2人で助け合いなさい。多少歳は離れているが、2人とも親を亡くした身だ。不幸な話ではあるが、境遇も似ている。良き友になれるよう願っている」
なれるといいな。
「<竜の去った地>に行ってしまった彼らも貴殿らを見守っていてくれるだろう。彼らに恥じぬよう努めなさい。……みなも2人のことを助けるように。王も出来る限り、両家には支援できるよう苦慮なさるおつもりだ」
アルバンとヨシュカは「閣下のご配慮に感謝致します」と、慇懃に頭を下げた。
テーブルの方々では、胸に手を当てつつ、御意、と言葉が各人によってつぶやかれた。
葬式でオルフェ人が死者に丁重だったように、伯爵の彼らへの言葉がけは当然のことなんだろうが、俺の中で一気に伯爵への信頼度が増した。
別に信頼してなかったわけじゃないけどね。ホイツフェラー氏たちからあまりいい感じには言われてなかったし、ほら、小柄で猿顔なものだから。
「……さて。2人は席に戻りなさい」
ヨシュカとアルバンが改めて胸に手を当てて会釈したあと、去っていく。伯爵も席に座った。
「<七影魔導連>は
はっ、と前の2人よりもずいぶん迫力のある声をあげて、ホイツフェラー氏が伯爵の前に行き、膝をついた。やはりマントには初代戦斧名士隊長の顔があった。
――ふと視線を向けると、伯爵が俺のことを見ていた。
他の誰かを見ているのかと思い、ヘリバルトさんやラディスラウスさんの方を見て再び伯爵を見ると、彼はなにか考え込むように眉にシワを寄せて俯いていた。
間もなく、また視線があった。……俺? まさかな。今度はゆっくりとホイツフェラー氏に伯爵の視線が向かった。
「……ホイツフェラーよ。こたびは山賊一派<山の剣>の討伐、ご苦労だった」
「はっ。有難きお言葉」
何事もなく話は進むようだが……王からなにか聞いてるのかな。王とは知り合いというか幼馴染だしな。
「残念ながら村人のほとんどが死んだとはいえ、無事にフィッタ内にはびこっていた賊を掃討したこと含め、迅速な対応だったと聞いている。……立ってよいぞ。――ベルガー伯爵の死にあたり、ヨシュカ・ウッツ・ベルガーやベルガー家のことはどうするつもりだ?」
「ヨシュカはしばらくホイツフェラー家ならびにヘッセーで面倒を見ることにしました。当面は剣の稽古や勉学など、復讐を誓う彼が両親の二の舞にならぬよう助ける日々になりそうです」
「そうか」
「それから……オトマール・ジギ・イル・ベルガーには子供がいました。愛人の子です。こちらも一緒に育てる予定です」
静まっていた室内が少しばかりざわめいた。ウーリ君だな。さすがにウーリ君は会合に来ていない。
「ふむ。いくつだ?」
「4歳です」
「親はどうした?」
「先の襲撃で残念ながら……」
伯爵は息をついた。各テーブルでも話し声の他、嘆きの声が小さくあがる。
微妙に不安だったが、ホイツフェラー氏は伯爵とは公的な態度で接するようだ。オンオフはしっかりしてるらしい。
気付けば伯爵のテーブルの後ろの方では、丸椅子に座り、羽ペンを走らせている者――ウーモルトさんがいた。
会合の記録か。まあ、王にも報告するだろうしね。
「庶子も親を失ったわけか……」
ホイツフェラー氏が無念そうに同意する。
「なんとも不憫な話だな……。……そういえばベルガー伯爵には子が1人しかいなかったな」
「はい」
「そうか。……フィッタはどうすることにしたのだ?」
「当面は仮の駐屯地にします。建物は幸いほとんど無事なのですが、いかんせん人がいません。生き残った住人もヘッセーで引き受けたのですが、戻りたいと考える者はほとんどいません」
残ることにしたというか、警備につくことになったハスターさんのことが思い出される。
「復興の目途は立たんか」
「今のところは残念ながら」
「……あい分かった。色々と大変だろうが、しばらくフィッタのことは任せたぞ。何か相談事があれば城に文を送るように。出来る限り対応しよう。……下がってよいぞ」
ホイツフェラー氏が席に戻ってくる。
伯爵はグラシャウス氏になにかぼそりと言い、紙をもらう。また俺のことを見てくるかと思ったが、伯爵はすっかり職務の顔に戻った様子で、俺のことは見なかった。
「……ケプラ騎士団団長、ムルック・アバンスト。前へ」
「は、はい!」
どうやら紙はアバンストさんの名前を読み上げるためだったようだ。こういうのは司会進行役がいるものと思っていたが、別にそうではないらしい。
明らかに緊張した声を張り上げてアバンストさんが立ち上がり、伯爵の前に進み出ていく。足取りは……カチコチだ。おいおい……。
各テーブルでも嘲笑が起こり、ささやき声が交わされる。アバンストさんの身分が低いからだろうか、伯爵もとくに何も言わないらしい。
「そんなに緊張するな。私は王ではなく、代理人なのだからな。……もっとも、私にも緊張してもらわなければ、伯爵という立場もないんだが」
伯爵が皮肉的な笑みを見せてそう発言すると、再びそこかしこで笑い声が小さくあがる。
アバンストさんは「閣下にも緊張しております」と苦笑しながら、ひざまづいた。インも「情けない奴だのう」と小言。分かるけど、あんまりいじめないでくれ~。
「それからケプラ市長ナブラ・アングラットン。前へ」
はっ、とこちらも多少の緊張はあるが、アバンストさんほどカチコチでもなく、アングラットン氏が伯爵の前に進み出る。
……が、アングラットン氏はやがて立ち止まり、アバンストさんの斜め後ろでひざを折った。
察した。アバンストさんがカーペットの真ん中に陣取らず、もう少しズレていれば、アングラットン氏はヨシュカとアルバンのように並んで座ることもできただろう。打合せとかはしてないらしい。
伯爵は2人の様子に冷笑していたが、軽く咳払いをしてさきほどまでの真面目な表情になる。寛容な代理人に株上がりっぱなしだよ。
「2人とも、顔をあげて立ちなさい。――ムルック・アバンストよ。前団長ワリド・ヒルヘッケンの死は残念だった。王は彼の死をたいそうお嘆きになっていた。王の親衛隊の1人として忠実に仕えてくれていた御人だったからな」
「はい……」
「先の戦いで死んだケプラ騎士団員は12名と聞いている。……団員の補充は目途がついたか? 無論、農夫をかき集めるばかりではダメだぞ?」
12名か……。
「3名は私どもの伝手で集まってくれました。3名とも戦闘経験も豊富な者たちです」
「ふむ」
「現在もギルドでの募兵含め各所で声をかけていますが、……ただ、それなりの腕の者となると、12名集めるにはもう少しかかるかと……」
「攻略者はどうした?」
「攻略者たちはセティシアの助勢を優先させています」
そうか、と伯爵は頷きつつ紙をテーブルに置いた。
「王は元々、ケプラの兵士育成は懸念事項だった。ケプラが商業都市として栄え、西の重要都市となっていく一方で、兵士育成の方はさほど進んでいなかったからだ。ワリド・ヒルヘッケンはこれを理由に派遣されていた。彼が派遣されてからは、ケプラ騎士団の実力は着実に上がっていったと聞いている。……つまり、彼の死により、兵士育成の計画はふりだしとはいかないまでも、また遅れてしまうことが予想される。貴殿の実力および兵士の教育能力を信頼していないわけではないのだがな」
なるほど。ケプラ騎士団の今後はアバンストさん次第ということになるが、まあ……信頼度で言えば、団長とアバンストさんでは開きがあるのは仕方がないか。
アバンストさんは団長になったばかりだし、駐屯地の出らしいし。
正直なところを言えば、昨夜の詰め所での様子を見ると、アバンストさんが団長らしく頼もしくなるには少し時間がかかるように思う。
アランプト丘では威勢よかったものだが。トップの補佐をしていた者がトップになった途端、ちょっとつんのめってしまうアレだ。俺は人間味があって好きだけどね。
「王は時期を見計らってケプラ騎士団にもう1人派遣するおつもりだった。知っている者もいるだろうが、アンドリュー教官だ。……だが、ワリド・ヒルヘッケンが亡くなり、アマリアの侵攻もあった今、王は悠長に育成計画のみを練る暇はないだろうとお考えになり、早急に別の者に任務を与えることにした。……ジョーラ・ガンメルタ」
伯爵の後ろにいたジョーラが一歩前に出てくる。お?
「ジョーラ・ガンメルタおよび
おぉ、と歓声に近い声が方々であがる。まさかのジョーラ派遣!
アバンストさんはしばらくあっけに取られていたが、「あ、ありがとうございます!」と、慌てて胸に手を当てて頭を下げた。
「時と場合によっては彼ら槍闘士をセティシアに助勢させることもあるだろうが。今後の兵士育成の方針は、彼女や槍闘士の者たちも交えて立てるといい。今のところはとくに派兵期間は決めていないので、“こき使う”ように」
「は、はいっ」
こき使うようにって。見れば、ジョーラが口をちょっとへの字にして肩をすくめていた。伯爵とあんまり仲良くない感じか?
それにしても槍闘士の隊員もいるってことは、ハリィ君やディディたちもいるんだろう。この場ではまだ会っていないが、会うのが楽しみだ。
「……さて、ナブラ・アングラットン。次は貴殿の話だ。ワリド・ヒルヘッケン亡き今、貴殿は騎士にする者はもう決めたのか?」
「いえ。……まだでございます、閣下」
騎士。
「そうか。喪に服しているしな。……貴殿の市長としての手腕、ならびに、ケプラの評判はすこぶる良い。商業都市として栄え続けていることもだが、各国ではケプラは亜人親交都市としても非常によく知られている。オルフェでは特別亜人たちを排斥しているわけではないが、亜人に関してこのような好意的な評価を持つのはケプラだけだ。私も貴殿がゴブリンを外交官に据えた時はなかなか驚かされたものだったぞ」
伯爵が思い出すようにアゴを数度動かして頷く。ミラーさんか。
それにしてもケプラってそんなに亜人によくしてたのか。これが普通だと思っていたが、そうではないらしい。
「フリドランならいざ知らず、オルフェで亜人たちが街に住みつくようになるのはそう多いことではない。かつてのフラリス市のこともあるからな。……貴殿の功績はケプラの都市の発展に寄与したことのみならず、これらの由々しき亜人にまつわるオルフェの汚名をそそぐ大義であったと王はお考えだ」
「ありがたきお言葉でございます、閣下」
ナブラ・アングラットン氏が胸に手を当て、丁寧に頭を下げると、拍手が起こり始めた。これは確かに偉大な功績だ。
――グラシャウス氏が手を挙げ、やがて拍手は鳴り止む。
「……英雄ウルナイ・イル・トルミナーテの足跡を残しているのも大きいのだろうな。かの英雄はあらゆる亜人たちと親しかったと言うからな。亜人大国フーリアハットと同盟を結べる日を、陛下も待ち望んでおられる。……さて、槍闘士の派遣は、情勢が激しくなることが予想される今時分に貴殿を失わないようにする意味もある。貴殿はしばらく忙しいだろうからな」
なるほど。
「近日中にめぼしい者を選び、近いうちに貴殿の騎士にするように。でなければ市長職に騎士をつけられるようにした意味もなくなるからな。もっとも、この分だと近いうちに男爵位くらいは与えられるように私は思うが。……もしめぼしい人材がいないのなら、こちらで選ぶこともできると王はお考えだ」
「細心のお心遣い感謝致します」
伯爵は頷いた。爵位までもくれるのか。凄い人だったんだな……。俺、この人に殺意向けちゃったよ……。
伯爵から「以上だ。2人とも下がってよいぞ」と言われ、アバンストさんとアングラットン氏は自分の席に戻った。
「……アルドエリアス・テオ・イル・マイアン公爵。前へ」
今度はマイアン公爵が伯爵の前に進み出た。実際に王とも対面しているだろうし、さすがに歩みに緊張はない。……そういえばアレクサンドラは彼に下される罰を心配してたっけか。
やがて公爵はゆっくりと膝をつこうとしたが、伯爵からすぐに立っていいと言われる。
「久しぶりだな。今日は王の代理人としてだが」
「お久しぶりでございます、閣下」
「貴殿から敬語を使われ、閣下と呼ばれるのは不思議な気分だよ。なにかよからぬ企てに巻き込まれているのではないか、とな」
伯爵がニヤリといくらか意地の悪い笑みをこぼすと、公爵もまた「私も不思議な気分でございますよ、閣下」とこちらは穏やかに返した。親しい間柄らしい。
「で、再会を祝いたいところだが、今日は残念ながらそのような日ではない」
「そうでしょうな」
「うむ。まずは質問をしたい。……先の戦いにおいて、貴殿は敗因は何だったと考える? セティシア市街戦だ」
敗因か。
「……そうですな。一番は……こちらが隙をつかれたことでしょう。フィッタの襲撃とセティシアの襲撃。この2つの戦いはアマリアによる奸計、つまり同時襲撃だった疑いがあります」
知らない者も多いのか、店内はにわかにざわめきだった。コルネリウスの件だな。
「私もそのことは聞いている。<山の剣>の奴らがアマリア産の鋼の剣を持っていたそうだな。それも作ったばかりの新品を30本ほど」
ああ、そっちか。しかし30本か。運ぶの大変だったろうな。
「はい。おそらくアマリアと<山の剣>は通じていたのでしょう。……この間に戦斧名士隊はフィッタに向かい、奴らと交戦しました。もし、フィッタの知らせがなければ彼らはセティシアに向かっていたことでしょう。鳥便は弓や魔法で撃墜され、王都以外のものが出遅れていたそうですが、もし撃墜されていなければ、弓術名士隊も同様に向かっていたかもしれません」
「時間稼ぎをされたわけだな」
公爵ははい、と頷いた。
確かに戦斧名士は強かった。結果的にはあまり必要には思わなかったが、弓術名士もいれば、戦力の増強はもちろんのこと、戦法も広がったに違いない。
と、そこでホイツフェラー氏が手を挙げ、立ち上がった。
「閣下。それに関しては新しい情報があります」
「どんな情報かね、ホイツフェラー?」
「フィッタを襲撃した<山の剣>の構成員にエルフの召喚士がいたことはご存知でしょうか」
店内がにわかにざわめきだった。言うようだ。
「捕縛したと聞いているが……なにか割れたのかね?」
「はい。……奴はフリドランの五大統家のうち1つ、ラクシー家の筆頭家臣、パド家の者だそうです」
ラクシー家、と伯爵が小さくつぶやいた。
公爵の方も聞き覚えがあるようで、考える様子を見せた。各テーブルの方でも同様に言葉が交わされ始めたが、パド家よりもラクシー家の方が注目されているものらしい。
「彼が言うには、奴らのアジトにバウナー・メリデ・ハリッシュが武具や金を持ち寄って訪ね――しかも3名だったと――襲撃の交渉に来たとのことです」
「バ、バウナー・メリデ・ハリッシュが?? <金の黎明>の党首のか?? ああいや、元党首だったか……」
「はい。彼です」
どうやら素で驚いたようで、伯爵の声は少し裏返っていた。
店内も伯爵ほどではないにしても、方々で驚く声があがる。バウナーはアマリアの最強の剣士だったらしいが本当らしい。
「……なぜ彼ほどの者が山賊に会いに。まさか山賊に身をやつすわけでは……そもそもどうやってオルフェに来たんだ?」
伯爵の問いかけにグラシャウス氏は「なんとも……」と、首を振った。戸惑う内容ではあるか。
伯爵とグラシャウス氏と同様に方々のテーブルでも言葉が交わされる中、マイアン公爵が「閣下」と声をかけた。
公爵は落ち着いていた。意外と食えない人であることは会話のやり取りから察していたが。
伯爵が公爵に気付く。騒がしかったためか、伯爵が手を挙げると、店内は静かになる。
「……<山の剣>はただの賊ではなく、ゲラルト山脈を知り尽くしている者たちです。我々以上に。オルフェからアマリアの領内に安全に出られる山道の1つや2つ用意していても不思議ではありません。実際、過去には一味の者がアマリアの通貨を所持していましたし、元々アマリアの兵士だった者もおります」
ホイツフェラー氏も「その通りです、閣下」と続けると、伯爵は「そ、そうか」とせわしげにアゴを上下させた。
山の隠れ道か。封鎖すべきなんだろうが……山脈か。規模がでかそうだ。道中で叩かれる可能性もある。相手は知りつくしている側だ。山道ではかなりの劣勢を強いられるだろう。
2Dマップではゲラルト山脈はアマリアとオルフェの太い国境線であるかのように伸びていたものだ。山の攻略が元々難しいのはもちろん、彼らの邪魔が入ることにくわえ、この世界の“薄暗い問題”や魔物の出没問題も加味すると、調査は一筋縄でいかないことは想像がつく。
「<山の剣>との交渉は、バウナーが当主を降りたこととなにか関係しているのやもしれませんな」
「そうなのか……?」
「<山の剣>は確かに厄介ではありますが、しょせん賊です。バウナーほどの歴史に名を残す剣士を抱えている組織ではないでしょう。だから戦斧名士隊は襲撃してきた彼らを1人残らず、そして、戦斧名士隊は1人の被害も出さずに打ち倒すことができたと言えるでしょう」
こちらを見てきた公爵の言葉に、ホイツフェラー氏が頷いた。逃げられたし、アジトには他にもいるだろうしで、完全に全員倒したわけではないけどね。
「……そもそも、自国で抱えている正式な兵士、それも国が誇る最強の剣士を、数名程度の規模で山賊との交渉に向かわせること自体が不可解です。威圧を与えつつ、交渉が誠実なものであることを見せるなら効果的であるかもしれませんが……なんと言っても他国の山賊です。何があるか、誰と通じているのか、わかったものではありません」
確かにね。
「我が国でも市民の生活を脅かす山賊の退治は、兵士たち、しいては我々の立派な仕事の1つではあります。誉れ高い七星や七影の軍にしてもそうです。ですが交渉となると話は別ですし、他国への遠征にしても軽々とはやりません。フーゴ・デュパロンナ殿やカイ・フェタイディガー殿に少数でアマリアの僻地の調査に向かわせるようなものです」
それはあり得ないな、と伯爵。2人は七星・七影の代表的な人か。
「ええ。彼とて嫌がったでしょうし、バウナーにも見返りはさほどなかったかもしれません。推測できる範囲であれば、あるものは不名誉でしかなく、せいぜいが忠実に働いたという事実程度です。それも「内々」での評価です。……おそらくは、……裏で誰かが手引きをし、彼が赴くよう仕向けたのかと。そのように見た方が、少なくとも私は、彼の不可解な越境と任期を解かれた事実に納得できるものがあります」
意外とキレ者だな、公爵。次いでホイツフェラー氏の発言。
「……私も公爵閣下と同じくそう見ています。バウナーをやっかみ、バウナーの地位を落とそうとする誰かがいたのだろうと。でなければバウナーは直後に党首の座を引いてはいないでしょう。……個人的には、彼のお供の数が少なかったのは彼の血に由来したものと推測します」
公爵が「確かに“古竜将軍”は七竜教会からあまりよく思われないからな。それでも3人とは正直どうかと思うが……」と、ホイツフェラー氏に眉を寄せつつ頷いた。ホイツフェラー氏が、確かにそうですね、と静かに同意を寄せる。
俺もこのことについて考えたものだが、よくある話で、かつ話がシンプルなら、バウナーに替わって党首になった人物が最も怪しくなる話だと推測した。ホイツフェラー氏やラディスラウスさんもそう考えていた。
それにしても、ホイツフェラー氏が落ち着いているのは分かるのだが、公爵もかなりの肝の持ち主というか、相当のキレ者のようだ。
領主の腕がいいと言っていたものだけど、公爵クラスだとこの辺の推理力は当然か? 報告を聞いたばかりなのもあるだろうが……うろたえてしまったディーター伯爵とグラシャウス氏よりは色々と優れてそうに見える。
見れば、うろたえていた2人はいくらか落ち着いたようで、ホイツフェラー氏と公爵の話を顔をしかめつつも静かに聞いていた。
「ホイツフェラー殿、他に情報は?」
と、公爵。
「あとは……捕縛したエルフは、家での立場が悪いのが嫌で家を出てやがて<山の剣>に加入したことくらいです。他の上のきょうだいより彼は才能がなかったそうです」
「何の才能だ?」
「魔法も剣も、だそうです」
「魔法も剣も、か。……私もないな」
公爵はそうぼやいたかと思うと、やがて穏やかに孤を描いている眉を指先でぽりぽりとかいた。特別残念がっている風ではない。
「閣下。私の方でもよくない情報があります」
「……なんだね?」
伯爵がおそるおそるといった調子で公爵に先を促した。なんだろうな。
「……セティシアを占領したアマリア軍には“弓の達人”が複数いたそうです。鎧を貫けるほどの威力の矢を放てる者が何人も。兵団の生き残りや目撃者の証言を照らし合わせると、彼らはエルフ兵の可能性が高いでしょう」
店内が再びどよめいた。バウナーほどではないにしても、こちらも相当のショックのようで、「エルフが?」「アマリアはフリドランと共闘しているのか?」などといった慌てる会話が聞こえてきた。
「それは……全く良い知らせではないな。つくづく良い知らせではない……」
「そうですな」
伯爵が悩ましい顔のまま、気絶するかのように後ろに倒れそうになった。が、ジョーラともう一方の金髪の男性がそれぞれ肩に手をやったおかげで倒れることはなかった。
ディーター伯爵はちらりと後ろのジョーラを見たかと思うとすぐに座り直し、服のズレを直した。ジョーラは眉をあげていた。イスに背がないのを忘れてた口か。
それにしてもエルフが続くな……。彼らの国にいないのだから仕方ないけれども、敵側ばかりだ。
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