8-15 ヘラフルの憩い所にて (6) - イノームオーク
テーブルについているオークの鎧は立派な代物だが、色が濃紺な上に、肩の鎧にはそそり立つ角の意匠もあり、少し物々しい。
立っているオークも似たような格好なため、座っている彼が家臣筆頭または一族の代表あたりなのだろう。
「ああ、あの方はマイアン公爵閣下だぞ。まあ、立派に商人もやられてはいるが」
宗教家っぽい彼に視線を戻す。やはりあの人がマイアン公爵か。
昔の公爵がウルナイとあれこれ画策していたらしいものの、今代の彼についてはグルメくらいしか知らない。
彼の後ろに立っているやや細身だが、黒髪を撫でつけた男性を目に入れる。彼は派手さ控えめのコートに革の装備とケープを着た装いのままに、公爵の騎士か護衛かなにかだろう。
傍にはもう1人、黒髪の彼と似た格好の茶髪の男性が立っている。髪は後ろに流され、髪の一房が垂れている。
「“立派に商人をやられている”とは? ちょっと含みがある感じですが」
「ん。目ざといな。……閣下は料理に目がないお方でな。バルフサ中の料理はもちろん、別大陸の料理もご存知だ。ご自身も食材専門の商会を立ち上げたくらいの人でもある」
そりゃガチの通だな。マクリオ氏もそうだが、余るほどの金があったら癖やら趣味やらに投資するよな。
ホイツフェラー氏は自分より爵位が上の人だからか、声量を落としながら話を進める。
「……ただ、あまり料理や商会を広めようとはなさっていない様子でな。無論、閣下の商会は一介の商人が持てる商会の規模では到底ない。ないんだが、……商会が相応の大きさになれば出ていく額も大きくなるし、それならば利益も相当量出さねばならなくなる。だが、閣下の商会で仕入れた異国の素材はほとんど出回っていないし、異国の料理にしてもごく一部の閣下お抱えの料理人が作れるだけだ。……俺は商人ではないが、閣下の商会はほとんど利益が出てないと見ている。俺の知り合いには何人か閣下に商路と流通の拡大と王都への出店の計画を打診した者がいたんだがな、話が進んだとはとくに聞いてはない」
……なるほど。つまりあれか?
「つまり……自分だけの趣味にしている感じでしょうか」
ホイツフェラー氏は、俺もおそらくそうだろうと思っている、と頷いた。
マクリオ氏も自分だけの趣味には違いないんだろうが……ホイツフェラー氏の言いようだと、公爵の趣味の方がもっと狭くて強欲な印象だな。
「閣下は別に我欲が顔に出るような間抜けな方ではないんだが、まあ……閣下が得意とするのは領主業だからな。商売ではない。そうせざるを得ないれっきとした理由があるのかもしれん」
大商人に色んな人がいるなら、領主にも色んな人がいるようだ。当たり前ではある。
「公爵のその商会ではどのような素材が手に入るのですか?」
「色々あるぞ。珍品の類も多いがな。砂漠にいるサソリという生き物にラクダのコブ――こいつも砂漠地方にいる馬の親戚だ。暑さに強いんだそうだ――タジフールで取れるチョコにバナーヌにトマト、他にも名前は覚えてないが木の根っこや海藻の類、オクトパシーもちゃんと調理するっていうんだから正直信じられなかったものだ」
サソリは知ってるが、ラクダのコブって食べるのか……。まあ、サボテンじゃないが、あの暑さの中で生きるために色々詰まってそうではある。
バナーヌはバナナっぽいが、そういやトマト見てないな。オクトパシーは名前的にタコだよな?
オクトパシーもですか、とラディスラウスさんが驚いた様子を見せた。
ヘリバルトさんは食べたことあるようで、「わしは食べたことあるぞ。味は薄味だったが、コリコリとしてな。面白い食感だったぞ」と少し面白がって解説してくる。意外とグルメなのか、ヘリバルトさんは一転して口元に笑みを浮かべているが、タコだな。
「バナーヌとは黄色くて房の皮をむいて食べる甘い果物ですか?」
「その通りだな。よく知ってるな。食べたことあるか?」
俺が頷くと、「うちの家の者もみんな好きで、たまに食べるよ」とホイツフェラー氏。
俺はバナナは元々は特別好きではなかったのだが、胃腸を悪くし、砂糖をなるべく避けるようにしてからは食べるようになった。
切ったバナナに割ったクルミを入れて、メイプルシロップや純ココアをかけたものはよく食べていたものだ。
しかし……木の根っこに海藻のいわれは……和食か?
和食が存在していることは知っている。もし和食だとすれば、肉串製作に一歩近づくし、俺も久しぶりに和食を堪能してみたいしで、是非公爵にはお近づきになってみたいところだけど。
でも公爵って国王レベルだろ?
七世王よりは縁を作るのは楽だと思うが……。いや、七竜の縁を駆使すれば楽かもしれないし、七竜の縁が使いにくいマイアン公爵の方がかえって難しいか?
「……調理してみるまで分からないというのが公爵の語り草のようでな。実際そうなんだが、毒物の類も口にして死にかけたことがあるっていうし、とにかくまあ、ああ見えて驚くほどタフなお人だよ」
珍品を広めるには時間がかかるだろうな。
ホイツフェラー氏が、「面白い逸話があってな。閣下の後ろに騎士がいるだろ? 黒髪の奴だ」と言うので、見る。
「奴は閣下の騎士でジョン・ハミッツと言うのだが、公爵に言われていくつか紀行本――主に食関係だがな――を書いていてな。これがまあ、よく売れてるんだ。おかげで奴のあだ名は『グルメの騎士ジョン』だ。このような経緯で名の売れた騎士もそういないだろう。くく……。奴自体は副官並みの凄腕の剣士だというのにな」
それはそれは……。
内心では不名誉なことだろう。……いや、騎士なのでそんな感情は持たないかもしれない。
公爵の席に貴族っぽい人が行き、公爵と貴族は挨拶をした。もう何人目になるか分からない。よくよく思えば、公爵の席には一番人が行っているかもしれない。
公爵の城は確か、ヘッセーの近くにある。会えるかは分からないが……出発までに行くのもありか?
次いで、今度はマイアン公爵のテーブルでもう1つ気になっていた事柄を訊ねてみる。オークたちだ。
「――あいつらか。トゥロー族っていうイノームオークの一派だな。隣に座ってるのがバッツクィート子爵なんだが、オークたちは彼と同盟関係にあってな。子爵が近頃閣下に気に入られている理由でもある。バッツクィート家の快進撃は彼らと同盟を結んでから始まったからな」
オークの隣に座っているバッツクィート子爵と思しき男性を視界に入れる。
周囲や参加者が個性的すぎるのもあるだろうが、彼自身にそれほど目立った特徴はない。もちろん、ケプラをぶらぶらしている限りではなかなか出くわさないような、高そうな衣類は着ているんだが。
「わしの見立てでは、バッツクィートがセティシアの領主に据えられると見ておるな」
と、ヘリバルトさんが意見をしだした。食同様、興味のある話題らしい。
「奴が?」とホイツフェラー氏は怪訝な顔を見せる。
「なんだ、お前は違うのか。バッツクィートが領主になると考えておる者は多いと思うのだが。なあ? ラディスラウス」
ラディスラウスさんはホイツフェラー氏を気遣ってか、少し苦い顔で、私もそう予想しています、と同意した。
「分からない話ではないが……」
「第一、他におらんではないか? 公爵旗下の忠実な貴族で自領を持たず、かつ、じゅうぶんな武力も携えた奴なんぞはな。あのオークどもならしばらくの番人としてこれほど頼りになる人選もないし、奴らも一族の名を広めることもできよう。……お前はいったい誰だと思っとったんだ?」
「俺は……オネストですよ。近頃子爵になるという話も持ち上がってましたし、金もあるので、」
「はっは! 奴なんぞに領主を任せたら、アマリアから襲撃された日には一目散にとんずらこかれるだろうよ。溺愛している息子としこたま貯め込んでいる大金と一緒にな。目下、奴の周りにはゴマすり商人と武具商人しかおらんよ。セティシアの領主になってもついてきてくれる頼もしい人材もそうおるまいて」
ホイツフェラー氏はヘリバルトさんの磊落だが厳しい発言にムスっとした顔をして目線を落とした。あらら。
すっかり眉をひそめてしまったホイツフェラー氏だったが、間もなくゴブレットを傾け始めた。そうしてテーブルにことりと置かれるゴブレット。
叩きつけてはない辺り怒ってはないように思うけど……それっぽい現場を見たのは初めてだが、ヘリバルトさんに頭が上がらないというのは本当らしい。
「……まあ、なんだ。……俺はオークたちはセティシアの市民には受けが悪いと思ってな」
と、弁解するように俺にちょっと弱気にそうこぼすホイツフェラー氏。なるほど。オークだし、分かる話ではある。
「ふむ……悪いことは悪いだろうな。だが、攻略者たちまでもこぞって死んでしまった今、セティシアに求められるのは即戦力だ。しかもかなり腕の立つな。街の警備と治安維持の仕事もあるし、連携が取れる一団を雇い入れるのが一番手っ取り早い。となると、子爵が飼い慣らしている最強のオークどもは無視できない。分かるか?」
ホイツフェラー氏がヘリバルトさんに、ああ、と頷き、言葉を続けた。
「間違いなく奴らは最強のオークだよ。七星や七影に加わっても、いや、奴らの部隊ができてもおかしくはないほどのな」
そこまで??
確かに見た目のインパクトはあるが……。カレタカのレベルは30いかないほどだったよな。
「それにな。奴らは弱者には興味がないとくる」
「ほお。それはご立派な話だ」
「……なあに。市民や女たちもじきに慣れる。なにせ、かつて狼藉を働いていた者たちより遥かに体格のいい奴らが自分たちに手を上げん上に、進んで自分たちを守ってくれるというのだからな。まあ、慣れるまでに時間と示しは必要だろうがな」
なるほど、確かに、信頼は寄せやすいのかもしれない。
「懸念事項があるとすれば……お前が心配しとるように、オークたちの社会性の方だな」
「社会性」
「奴らが市民たちの中で問題を起こさずに生活をできるか、という点だ」
ヘリバルトさんがオークたちに視線を寄せる。
俺も改めて見てみると、マイアン公爵やバッツクィート子爵、そしてオークたちは、普通に話し込んでいる様子だ。
2人のオークは相変わらず両手を後ろに毅然と立っているが、オークたちが粗相をするようにはとくに見えない。
部族的な人々には原始人的な野蛮で荒っぽいタイプと、インディアンのような物静かで信心深いタイプがいるように思うが、彼らは後者か? というか、この国の主要人物の集う会合に招待するのだから攻撃的だったらまずいだろう。
「……まあ、バッツクィートのことだ。上手くやるだろう。オークたちは昔は狼藉を働いとったらしいが、バッツクィートの元についてからはめっきり聞かん。駐屯地の兵士に訓練をしていると聞くほどだ。……わしが王都で教師をしていた頃も友人が多かった奴だしな。誠実で、弁も立つ男だった」
「彼が生徒だったことが?」
「優秀な生徒だったぞ。金がないからと言って、あまり長くは通っておらんかったが。お前さんが教師を騙して家を抜け出したり、手下と女の尻を追いかけて父親を怒らせている間、奴はわしの部屋に来ては、修辞やら歴史やら七竜学やら、あれこれ質問しに来ておったからの。棒術師範だったニコライにも聞いてみるといい。奴の部屋にもよく通っていたそうだからな」
ホイツフェラー氏は、そうですか、と肩をすくめてもうその手の話はやめてくれと言わんばかりに、やや乱暴にゴブレットを傾けた。
ははぁ。だいぶやんちゃだったんだな、ホイツフェラー氏。
そんなところにゆっくりと入り口の扉が開けられた。入ってきたのは、黄色いシャツを着た麦穂の兵士――マイアン公爵の兵士2人だ。
「お話のところ失礼致します! 王の代理、ディーター伯爵様がご到着になられました」
胸に勢いよく手をあてて、店の奥まで届く雄々しい声音で兵士がそう叫ぶ。来たか。
店内から椅子から立ち上がる音と、おぉ、ご到着か、と方々で歓迎する声。
彼が来る少し前、そういえば店の外のざわめきが遠のいていっていたことが思い返される。
当然だろうが、店の周辺では人払いしたんだろう。あの口の悪い千人斬り隊長はさすがに口はつぐんだんだろうな。
間もなく店内の話し声は止み、静まり返った。
各々胸に手を当て、頭を下げ始めたので俺たちも倣う。インが遅れていたので声をかけて倣わせる。
『なぜ七竜の私が王に忠誠を誓わねばならん』
――まあまあ。身を隠すためにするだけだし。今だけだから。
インがふんと鼻息を鳴らしたが、一応従ってくれる。
しばらくして、
「――我らが王! アンスバッハ七世王の代理人、エルマー・イル・ディーター伯爵である!! みな、狼藉の類は控えるように!!」
さきほどの兵士とは違う人の声だ。
ちらりと見れば、彼はよく通る猛々しい声とは裏腹にいかにも宮廷役人といった体だった。
“袖のない”真紅のマントを羽織り、下には白地のシャツ、頭にはベレー帽をかぶったウーモルトさん系の文官っぽい服装をしている。髪は耳をかぶるほどある緩やかな巻き毛、前髪も垂らしているが、白髪交じりだ。
もちろん彼の権力がウーモルトさん以上であることは察するに余りある。
ビロード地っぽいマントには縦に折り目が作られ、なかなか洗練された意匠を生み出している。裾には植物の刺繍があり、ジルを現す花が角にあった。胸元には獅子のブローチがある。
また、腰には黒い鞘に入った長剣があった。
男性は口ヒゲはないが、アゴ周りに薄くヒゲをたくわえ、長身だった。黒くて太い眉も印象的で顔つきもなかなか男らしいものだ。体格もまあまあだし、剣を振るえるのも納得だが、……とくに根拠はないが、強者ではない気がした。役人ならそれほど強さはいらないだろう。
やがて、小柄な男性が入ってきた。
茶髪を後ろに撫でつけて、前髪が額に二房ほどちょこんと垂れている。小顔で、大きめの目と細くて長い鼻があり、口元は小さくまとまっている。髪型はなんとも言い難いが、少し猿っぽい人だ。
印象的には皮肉っぽい言葉を投げかけそうで、いかにもいいところ育ちといった感じだが、顔の印象のままに衣服の方もさきほどの長剣文官殿の衣類よりもさらに豪華で、その上鮮やかだ。
おそらく彼が代理の伯爵なんだろう。でなければ、カーペットの上、それも真ん中を堂々と来ないように思う。
明らかに武人ではない華奢すぎる肩からは、赤と白に分けられた左右で色の違う柔らかそうな素材の袖が伸び、その上には、金糸で編んだ帯飾りや濃緑と赤の織物、毛皮などの異なる素材を重ねるように組み合わせた、変わっているというかずいぶん贅沢なベストを着ている。
ベストと言ったが、正直服の構造は全く分からない。ショールに近いかもしれないが、左胸には4つの紋章がつけられている。でもセンスは悪くないと思う。もっと奇抜さと派手さの方にベクトルがいってるかと思ってたからだ。
後ろに王家印の赤いシャツを着た
ディーター伯爵は入り口に立ち、会場内に視線に寄せ始めたので、俺は顔を伏せた。
ジャラリと軽めの金属音が鳴った。
「みな、顔を上げよ」
声に従って顔を上げてみれば、彼は手を挙げていた。彼の細い腕には金色に光る太いバングルと、輝きを放つ細くて白いバングルがはめてある。どちらも文字めいた精巧な彫刻があった。
「――この金のバングルとミスリル
ディーター伯爵の高めの声質ではあったが、威容を十二分に伴った言葉の後、隣の長剣文官殿が手に持っていた巻物を開き、屋内に見せつけてくる。
巻物には鈍く輝く獅子を描いたメダルが下げられており、巻き戻らない。
「これがディーター伯爵の言葉を証明する証書だ。王の捺印と署名もある。みな、王を前にするのと同様に言動は慎むように」
紙には文字が書かれてあり、確かに右下には王のものと思しき署名と、吼える獅子の横顔の大きな判子があった。
ディーター伯爵が歩みを進め、カーペットの上を練り歩いていく。
お付きの兵士たちも店内に入ってきた。やはり兵士たちは会場内にやってくるようだが、全員ではない様子で、さきほどに比べると鎧の音はかなり少なくなった。
――あっ。
ディーター伯爵のすぐ後ろのお付きには、長い赤髪を三つ編みした上に刺繍の入った布で隠し、冑の耳の部分に空いた溝からは長い耳を覗かせている褐色肌の女性兵士――ジョーラ・ガンメルタがいた。
ジョーラは毅然とした面持ちでディーターの後ろについていっていたが、察したのか、誰を見るでもなく俺の方に視線を寄せた。
ジョーラの目が軽く見開かれ、ぱっと花が咲いたような笑顔になる。だが、すぐにふっと表情を消し、仕事の顔になった。
……かと思えば、次いで少し悪戯心を覗かせるような人情味のある懐かしい笑みを見せてきた。俺もつい微笑んだ。
しかし、ジョーラ。その槍……ちょっとでかくない?
ジョーラが手にしている槍は、かつて銀竜の顎で見た青紫の槍ではなく、俺がクライシス内でもこの世界でも見た覚えのないファンタジー槍だ。丈はジョーラを軽々と超えている。
うねるように先に続いている穂先にしてもかなり巨大で、盾としてもじゅうぶん使えるくらいの大きさがあるのだが……そこまで物々しい意匠ではなく、むしろ遺跡の守護者とかが使いそうな代物ではあるんだが、サイズ的にちょっと物々しいと言わざるを得ない。まあ、守られる側としては頼もしそうではあるんだけども。
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