8-11 ヘラフルの憩い所にて (2) - 人だかりと天翔騎士
金櫛荘のある静かな通りを抜けると、先の道が人で溢れているのが目に入った。
「なんか……ずいぶん人が集まってますね」
「王都や三大公都以外で七星や七影の隊長が集まることなんてめったにないからね。隊長たちは普段は各地にいるし、一目見てみたいって人も多いのさ。今日はずっとあんな調子だよ」
ああ、七星や七影目的か。
「でも結構増えたな……」
「会合が終わるまでは減らないんでしょうね」
「だね。用向きは軍事会議だけどお祭り騒ぎさ」
ジョーラに、ホイツフェラー氏に、ヴィクトルさんに。
七星や七影の隊長で俺が会ったのは3人だが、強さはだいたい把握したし、俺はもう他の七星や七影と出会ってもあまり驚いたりしない気がする。芸能人や著名人と知り合うとこんな気分なんだろうか。
道の先――ウルナイ像周りは人だかりの極みだった。楽団が来ていた時と同等の規模だ。周りにはいくらか兵士と攻略者と思しき人たち。
人だかりの後ろの方ではぴょんぴょん跳ねる子供や、肩車している親子がいる。ただ以前とは違い、声をひそめている人もいるようで話し声などのやかましさはそこまでじゃない。なにかあるのか?
みんなの向いてる方を見てみるが変わったものは……ん、像の前に看板が立てられているようだ。会合の告知かな?
普段は像周りでは露店などで賑わっているが、告知板の類の看板はとくに見たことはない。
看板は看板だが、上辺の左右にはツタによって持ち上げられた王冠と火の鳥っぽい感じの鳥の木彫りの彫刻がつけられている。結構一品だ。
「あそこの看板には何が書かれてるんです?」
「今日の会合の出席簿だよ」
出席簿。わざわざ知らせてるのか。でも有力貴族たちが来るそうだし? 粗相をされても困るか。
みんなの頭やらや体で見えないが、張られた紙には何やら文字が書かれてある。出席簿なら名前がずらっと書かれてあるんだろう。
「――私は見たわよ」
「え? 誰を?」
「
つい声のした方を向く。
「へえ……私はてっきりクマのような大男かと思ってたんだけど。東門のほら。何て言ったか忘れたけど、大男の門番兵みたいにさ」
「ハンツ様も大男ではあったわよ。でも男らしくてハンサムな方だったわね」
「でもさぁ、……斧を武器にしてる人でしょ? 私もギルドで働いて3年になるけどさ、斧使いなんてみんなガサツでブサイクばかりよ。ろくに喋れないのもいたわね。見間違えたんじゃない?」
「間違いないわよ。嘘だって言うならそう思っておけば」
にぎわいの中、後方の列からかろうじてそんな会話の内容が聞き取れる。
確かにホイツフェラー氏はイケオジだ。人の良さも顔ににじみ出てる。微妙にディスられているが、東門のクマの警備兵ってベイアーだよなぁ……。
ベルナートさんが回り道をしようとのことで、俺たちは満腹処に向かう道を行った。
ギルドの裏手を過ぎれば、今回開かれる会合の場所である高級料理屋「ヘラフルの憩い所」が見えてくるはずなのだが――
やはりというか、目的地の周りもまた人だかりの極みだった。
もちろんウルナイ像周りの比じゃない。店の周りは円を描くように人がびっしりで、道はもはや通行不可能だ。
くわえてこっちはざわめきも最高潮のようで――
「ヴィクトル様まだきてないのかな?」
「王の代理人のディーターって貴族は王侯貴族だったよね?」
「ああ。七世王と子供の頃からのお付き合いだって話だ」
「あ~~もう!! みんなが邪魔で分かんないし!! あたしをちっこくしたママを恨むわ!!」
「だからレイジーの奴を連れてこいって言ったじゃん……」
「ウルスラ様こねえのかな」
「
「いや、分かんねえぞ? ブラナリ様は絶対来ないだろうがな」
「ザロモ様はもう来てるのかしら?」
「あの研究熱心な人がこんな場所に来るわけないだろ。くるとしてもヒュライ様だ」
「おい、ババア、押すな!」
「あんたこそ押すんじゃないよ! ルドン様に見せるために着てきた一張羅を汚したら承知しないよ!」
――耳が痛い。いったい何人の声が重なっているのか……。《聞き耳》を切った。
店のドアの左右には、冑に赤いタテガミをつけた兵士が立っているのが目に入る。
2人とも鎧の上に飛びかかろうとしている小さな獅子――獅子自体は俺の世界でも見たようなデザインだ――が等間隔で配置されている赤いシャツを着ている。ちょっとかわいいデザインのシャツだが、手には立派な斧槍があり、腰にも派手ではないが立派な長剣が下がっている。
2人はいつもはいない。王の代理が連れてきた衛兵とかだろう。もし仮にラッパの告知や出席簿がなくとも、誰かしら偉い人が来ることはみんなに伝わっていたことだろう。
「――押すな押すな! ここに来られる方々はお前たちに顔を見せるために集まってるわけじゃない!! ――コラ! だから押すなって!!」
人だかりの前にいる兵士が叫んだようだ。見慣れない黄色いシャツを着ている。
シャツには……ランス槍を持った騎士の顔があり、麦穂のサークルで囲まれている。
タテガミ兵士とは所属が違うらしい彼らは、“交通整備”をしているらしい。
交通整備が文字通りの現代日本的なものであれば何も心配はないのだが……麦穂の兵士たちはみんな槍やら剣やらを出し、臨戦態勢のまま店の前の道を塞いでいる。もちろん市民に得物はない。物騒だ。盾を使えばいいのにと思う。
「――静かにしろ!! チッ……。俺の横を通り過ぎようとする輩がもしいるなら!! 敵を1000人斬った俺の槍がただちに首を薙ぎ払うぞ!!」
「うすのろ隊長~~さっきも聞いたぞ~~それ!!」
「貴様!! おい! 今言った奴を俺の前に引っ張り出せ!! ケツの穴を槍でぶっ刺してやる!!」
叫んだ麦穂の兵士が槍を構え、人だかりを軽く突く素振りをした。威嚇だけのようで安堵する。口悪いなぁ……。
「押さないでよ!」「誰だ、うすのろとか言った奴!」「七星を見たいだけなのに」とか言い合いつつ、怖がって後ろに下がるみんな。
「や~い、うすのろ」
「……あ? また言ったな?? どこのどいつだ!! 誰でもいい、うすのろと言った奴を引っ張り出せ!!」
うすのろ隊長と呼ばれた彼の威勢は迫真だ。ガチでキレているようにしか見えない。
こえ~……。うすのろ言ってる奴やめろよ~……。
「ほお! 元気な奴だのう」
なにが楽しいのか、インが喜んだ様子を見せる。元気ねぇ……。確かにうすのろ言ってるのは子供っぽい感じの声だが……。まさかガチギレ兵士の方を元気って言ってるわけじゃないよな?
それにしても、お偉いさんが来るところで刃傷沙汰にするつもりはないだろうが、危ないなこの封鎖。そのうち怪我人くらい出てもおかしくないだろ。
うん、アメリカ式だな。ホールドアップ!
「いったん詰め所に行こう」
「そうだな。――ダイチ殿、詰め所に行きましょう」
なにか事件が起きてしまわないか不安な心境にある俺をよそに、内々で速やかに決断した2人が詰め所への退避を提案してくる。
慣れてるのか? これに? でも、お祭りの日とかは警備もするか。それこそ総動員で。
コミケはもっとすごいんだろうな……。
インがはぐれそうだったので、手をつないでおくと、『なんだ、寂しいのか?』と勘違いの念話が来た。手を離そうかと思ったがはぐれるほうがめんどくさそうだったのでそのままにした。
群衆の最後尾と家屋との間の細い道を俺たちは通っていく。麦穂の兵士と一部の市民は相変わらずギャーギャー騒いでいる。
あの黄色い服の兵士たちは知ってる人たちかと、アレクサンドラに訊ねてみる。
「ノーディリアン兵ですね。マイアン公爵の住んでいる都市の兵士です。今日夜が明ける頃にやってきて、配備されていたのです。優秀な兵ですよ」
マイアン公爵のか……。温厚な人だって聞いてるけど。
「マイアン公爵って温厚な人だって聞いてるけど、あの兵士たち怖くない?」
「そうですか? ……大貴族の方々が集まる場ですし、実際に市民を殺すことはないので大丈夫ですよ」
アレクサンドラは不思議そうに兵士たちの方を見たあと、心配ありませんよとでもいいたげに表情を緩めてそう説明する。いや……殺す殺さないじゃないんだよ?
「こういう時はあれくらい言わないとダメなんだよ」
と、俺の意を汲んでくれた様子のベルナートさん。
「あの群衆の中には盗みを働く奴もいるしね。今日の会合が終わったら、ギルドにスリや泥棒の犯人捜しの依頼が出てるはずさ」
嫌な話だが……。
「……ベルナートさんもこういう警備の時、『ケツの穴に槍をぶっ刺す!』とか言うんですか?」
そんなことを聞いてみる。車で性格変わるのはあるけど、警備で性格変わったりとかはあるんだろうかとちょっと疑問が湧きつつ。いや、真面目にね?
「え。……いや……俺は下品な言葉は言わないようにしててね」
ベルナートさんが苦笑交じりにそう言うと、アレクサンドラが笑う。姉妹も笑ってた。
だけどベルナートさんがちょっと言い訳じみてるのが気になるんだけど……まさかね。ティボルさんとかは豹変しても分かる。うん。
コルヴァンの風の前を通り、西門の壁の前の通りを通って詰め所に行くことになったが、西門前も規模こそウルナイ像やヘラフルの憩い所ほどではないが、人だかりが出来ていた。待ち伏せ組だろう。
この分だと、どこの門でも、いや、市内中人だかりはありそうだ。
――詰め所の周りではようやく人がはけていた。それでも明らかに通行人ではないというか、立ち止まっている人がちらほらいる。
たぶんこの人たちも会合に集まる人たちを狙ってるんじゃないかと思うが、いったい彼らは各々どういう作戦を立てているのやら。俺は芸能人だのライブだのの経験はからっきしだが、芸能人関係の警備って大変だ。ゲリラライブって警備員にとっては割といい迷惑なんじゃないか?
ともあれ、俺たちは詰め所にいったん退避した。
詰め所内にはティボルさんの他、意外にもヴィクトルさんがいた。優雅にお茶を飲んでいる。外はあんな具合なのに。らしいというかなんというか。……会合に遅れたってことはないよな?
「やあ、君たちもこっちに来たのか」
「おはようございます。……会合に遅れました?」
「いや? まだ始まってないよ」
安堵する。
「人だかりよく大丈夫でしたね?」
え、と呑気に手をあげてきていたヴィクトルさんが不思議そうな顔をして、隣の角刈りの副官――ウキジンさんのことを見た。
ウキジンさんもマントを着ているが、毛皮はついてないことに気付く。もっとも帯模様はついているので豪華だ。
「私たちはここで正装に着替えたんですよ。門を通る時には平服を着ていて。ヴィクトルは帽子も。明け方だったので今のような人だかりはありませんでした。ノーディリアン兵が来ていて少し騒がしくしていましたけどね」
ああ、なるほど。よくあるやつだが、策士だ。
ヴィクトルさんがテーブルの上にあった茶色の帽子を指先でくるくると回してみせる。
「あとはここで待機するだけさ」
「結構暇だったけどな」
「そうか? アバンスト殿やティボル殿が色々と世話を焼いてくれたじゃないか。茶も美味いし」
「まあそうだけどな」
パシってたのかー……。
ティボルさんを見ると、どこか満足気な表情をしている。きみがそれでいいのなら俺もいいよ。まあ、憧れの存在ではあるだろうしね。
ヴィクトルさんがくるくるとまわしていた帽子を止める。茶色の布の帽子だ。なんてことのない、飾り気もなければ“コシ”もないハンチング帽子だが、ヴィクトルさんにはワンチャン似合いそうだ。
「それ、結構似合ってたぞ」
「え? ……これがか?」
ヴィクトルさんが帽子に怪訝な表情になる。ウキジンさんは「ああ、割とな」と答えた。おお、意見の一致。
ヴィクトルさんが「お前もそう思うか?」とダリミル君に訊ねると、ダリミル君もまた「確かに結構似合ってたね」とこちらは和やかな顔でコメント。
ヴィクトルさんは首を傾げたあと、真剣な表情になり、黙って帽子を見つめ始めた。
しばらく誰も口を開かなかった。……何だこの間。しばらくしてヴィクトルさんは苦虫を噛みつぶしたような渋い顔になった。本人はあまり納得できないらしい。安物っぽいしねぇ。ウキジンさんとダリミル君はヴィクトルさんの表情の移り変わりが面白かったようで、くくと笑みをこぼした。
葬式中には警備にまわされていたのであまり面識はないのだが、ウキジンさんは副官らしくというか、角刈り+いかつい顔+筋肉質の外見とは裏腹に柔和な人だ。
兵士時代のヴィクトルさんとつるんでた1人で、ダリミル君は何とも言えない反応をするが、ヴィクトルさん曰く「だらしないお友達」――何がだらしないのかは教えてくれなかった――らしい。
一方のダリミル君は黒髪で美形の隊員。魔導賢人の隊長の弟で、彼もまた魔導士だ。瞳がオレンジ色で変わった色だったが、姉弟共に火魔法の達人――さすがに姉の方が上手だが――なのだという。
こちらはいくらか話をしていて、外見のままにふつうにフレンドリーだし、礼儀正しくもある人で付き合いやすい人だ。ただ、ちょっと、俺の勘違いなんだろうけど、……ヴィクトルさんへの距離が近い。
インが退屈そうに長椅子に座ったので、姉妹たちにも座ってていいよと言いつつ、俺も座った。
ベルナートさんとアレクサンドラは、ちょっと憩い所の様子を見てくると言って席を外した。
「七星・七影の他のみなさんも隠れてケプラに入ってくるんですか?」
気になったので訊ねてみる。
「いや? たぶん私たちだけだね。人の少ない夜中や明け方に来たのはいたかもしれないけど」
ダリミル君が、わざわざ市民になりすまして入り込むのは私たちだけでしょうね、と苦い顔をする。
「私たちは奇襲のプロだからね」
と、眉をあげて得意げにそう言うヴィクトルさんの言葉に俺は納得した。
ただ、ウキジンさんとダリミル君は顔を見合わせて、やれやれといった顔をした辺り、結構無茶を言ってきたのかもしれない。
「ハンツなんかは馬鹿正直に入ってきて大変だったらしいよ。あいつどこ行っても市民に大人気だからね」
「ホイツフェラー氏らしいですね」
腕を組んでうんうん、と頷くヴィクトルさん。
「ところでティボル君。私たちはあとどのくらいで行けそうかな?」
「もういつでも行けますよ。みなさん結構集まっていますから」
「いやいや、それじゃダメなんだよ。隙をうかがって、誰も見ていない内にこっそりと……えーと、パワフルの憩い所に行きたいんだ」
なるほど、とティボルさんが、パワフルをスルーしつつ考え込む様子を見せる。パワフルはともかくもう完全に潜入思考だな。
ダリミル君から「ヴィク。パワフルじゃなくて、ヘラフルだよ」と、そう指摘され、ヴィクトルさんはそうだったと困り眉を上げながら頷く。
「……ディーター伯を除くと、ハレルヤ様、ウルスラ様、バラルディ公もまだ来ていないので、この時がいいかもしれません」
「お。それはナイスなアイデアだね。彼らの誰かが来てラッパが鳴り、市民の注意が逸れている時、私たちはささっとヘラフルの憩い所に移動することにしよう」
ティボルさんが分かりました、とニコリとして頷く。いつにもまして応対が丁寧だ。公爵まだ来るのか。
それにしてもウルスラって
「その、ディーター伯とかハレルヤ様っていうのは、どの部隊の人ですか?」
ヴィクトルさんは一瞬眉をひそめたが、間もなく俺にニヒルな笑みを浮かべた。……う?
「ディーター伯は七星七影じゃなくて王室貴族だよ。七世王とは幼馴染の人さ。今日は七世王の代理で来るんだ」
おお、王の代理も来るのか……。いよいよ規模がでかいな。
「ハレルヤは七影の
ヴァルキリー……
「天翔騎士って、鳥人族が所属してるっていう……?」
「そうそう。ハレルヤは人族とのハーフだけどね。……ああ、翼はしっかり生えてるよ」
おぉ~~。ついにそれっぽい鳥人族が見れるのか。
「翼人か。珍しいな」
というインの言葉に、「会ったことあるかい」とヴィクトルさん。翼人ね。
「うむ。何度かな。まあ、相変わらず気難しそうな面持ちをしとった」
「ほんとに会ったことがあったとは驚いたが……気難しい? 彼らがか?」
「ん? うむ。種の繁栄について悩んでおったの」
種の繁栄、とヴィクトルさんがインの言葉を反芻した。いきなり深刻な話題きたな。
「そういえば、メリットがそんなことを話していた気がしますね……」
「メリットがか? 私は聞いたことないよ。ハレルヤがぼやくならともかく。……鳥人族たちが人口を増やしたがっているのは知ってるが……」
ヴィクトルさんが首を振った後、説明を求めるようにインのことを見る。
「鳥人族は血が薄まりやすい一族だからの。血が薄まれば翼もなくなる。とはいえ、そやつの血が濃くても翼が現れんことがあるのが奴らの悩みでもあるのだがの。……翼の現れんかった者が他種族と交わってみたり、なんぞ錬金術師に作らせた怪しい薬を飲んでみたりと、やたら人口の増加を願うのも当然だな。数が増えればそれだけ翼人の生まれる可能性は上がるからの」
血を濃くする方法ねぇ……。
魚だのレバーだの、貝類にひじきに。ヘム鉄を食べる療法はダメなんだろうか。食うよな? 魚介やレバー。
「あー、メイじいさんがなんか話してたような……」
ヴィクトルさんが虚空を見上げて考える素振りを見せる。口も半開きだし、ちょっとおバカっぽい仕草だ。
とはいえ、ヴィクトルさんが食えない人物であることを知っているといくらか愛嬌のある仕草にも見えてくる。
一方のウキジンさんとダリミル君は納得するように頷いていた。こちらの2人は見た目通りに頼もしい。
「七影が天翔騎士を設立して鳥人族を迎えたのも彼らのそういう事情が理由だよ」
「そうだったな」
と、ダリミル君にヴィクトルさん。
「七影が対処案でも与えたのか?」
「ええ。なんでも、オルフェのとある薬師が、鳥人族の血の薄れを止める薬が作れるのだそうです。ただ、必要な素材にはオノドリムの核などがあり、討伐困難種の魔物をいくつか倒さねばならないのです。鳥人族にも兵士はいますが、練度はさほどでもないそうで。七影ではそうした討伐困難種の魔物を鳥人族の代わりに討伐し、薬を作ることで、鳥人族たちに七影として活動してもらう契約を彼らと結んだのです」
なるほどのう、とインは腕を組んだ。
血の薄れを止める薬か。オノドリムという魔物はクライシスでも聞いた覚えはないし、知らないが、……貧血予防レベルではないんだろうな。七影になる契約を結ぶ辺り。
そんな話をしていると、ベルナートさんとアレクサンドラが戻ってきた。……と、後ろには見知らぬ庶民服の青年が2人いる。
1人はやってくると場が静かになりそうなタイプの美青年だが、風魔法系の魔導士か何かなのか、髪が黄みがかった緑だ。緑髪は初めて見た。一方は普通の明るめの茶髪だが……
……あ。緑髪の子の肩口からは白い鳥の翼が覗いていた。翼人!
>称号「鳥人族の翼人と出会った」を獲得しました。
>称号「何でも見通せます」を獲得しました。
やっぱり珍しい感じか? 鳥人族の内輪話を聞く感じ、翼人はそうそう放出したくはないだろうし。
それにしても何でも見通せますってなんだ?
「あれ? ハレルヤじゃないか」
戻る途中で会いまして、と微笑するベルナートさん。そんな道端で会ったみたいな。騒がれなかったんだろうか。外はとくに騒がしくないけど……。
なんだよ、来ちゃったのかよ、とヴィクトルさんが頬杖をついてため息をついた。
「なんだい? 僕がここにいるのが何かまずいの?」
「い~や。まだ“駒”はあるんでね。問題ないよ。……《
《隠蔽》? 《隠蔽》使ってたのか。……ああ、俺は“見破っちゃってた”わけね。
それにしても《隠蔽》状態だったろうに、ヴィクトルさんはどうやって見分けたのだろう。
そんな状況を整理している俺の心境を知ってか知らずか、ハレルヤ君は俺のことをじっと見だした。
……よくよく見れば、彼は瞳の色も濃緑だ。また、微妙に蛇顔っぽいが、鼻はそこまで高くないし、つるつるのアゴも頬も骨ばった部分はなくすっきりしている。薄い顔の亜人の特徴もしっかりあるようだ。
それから、彼の視線はインの方にも行く。そうしてほどなくしてヴィクトルさんに視線が戻った。
視線に気付いたヴィクトルさんが、
「彼らはハンツの正式な招待客だよ。しかもな、だ~いぶ気に入ってるとくる。無論、私たちもな。だから大丈夫だ」
と、念を押してくれる。気に入られたもんだ。ヴィクトルさんに限っては「敵にしないため」もあるかもしれないけど。
ハレルヤ君は再び俺のことを見てきた。……本当にじっと見てくるだけのようで反応に困った。
「何でしょうか?」
ハレルヤ君は答えない。むぅ。
彼は繊細そうな雰囲気も持ち合わせている青年だが、実際のところどうなんだろう。鳥的な言動はあったりするんだろうかという変な考えに至る。ハミットさんは全く参考にならないよなぁ……。
彼はやがて目を伏せた。間もなく彼の周りからは「なにか」が消えたのを察した。
途端に、あっと軽く声をあげる姉妹や騎士団の面々。《隠蔽》を切ったらしい。翼が見えたのだろう。
「――<七影魔導連>は天翔騎士隊隊長、ハレルヤ・ナディア・ヴィレッドです。お見知りおきください」
両手を後ろにまわし、丁寧にそう自己紹介すると、彼はニコリとした。
「俺はダイチ・タナカです。見聞を広めるために各地を巡ってます。――こっちは妹のイン。――それから従者のディアラに、ヘルミラです」
短い紹介だったが、ハレルヤ君はいかにも聞いてます風に俺の紹介のままに視線を動かし、うんうん頷いていった。意外と素直な子か?
「ダイチにインに、ディアラにヘルミラね。……こいつはユッダ。同じく天翔騎士の隊員で、僕たち鳥人族の故郷リエッタで同じ皿をつついて育った同胞でもあります」
リエッタね。つついてっていうのはなんだか鳥っぽい感じだ。
目が細く、ハレルヤ君よりもいかめしい風貌の彼もまた手を後ろにまわして、「ユッダです。お見知りおきください」と軽く頭を下げた。両手を後ろにまわすのが彼らの作法らしい。
そうしてハレルヤ君はゆっくりと白い翼を開いていく。ふう、と息をついて、軽く翼を羽ばたかせた。
翼が、生き物が身震いするように狭い屋内でバサリバサリと短く鋭く羽ばたいた。ハレルヤ君は大して身動きしていない。
羽根が辺りに散らばったりはしなかったが、小風がふわりと辺りに舞った。砂埃が舞うところだが、染み一つなさそうな綺麗な翼なので、そんな汚らしいものなんて一切出てきなさそうな感覚に襲われる。肩、いや、翼が凝ったりするんだろうか。
「ハレルヤ、七影の服はどうした??」
「ん? あれ? ヨエル来てないの?」
「私は見てないが……まさかまた商人に変装させたんじゃないだろうな?」
変装? よくよく見ると、ヴィクトルさんがカップの上に手を乗せていた。防塵だろう。手慣れている。
「今回はみんな一緒に門を通ったよ。通りがかりに商人に天翔騎士であることを言ってね」
「……じゃあ服は?」
「さあ? ヨエルとメリットに持たせたけど。2人には店の様子を見てきてって言ったけど、その後のことは知らないよ」
ヴィクトルさんが、あまりメリットをこき使わないでくれ、と軽くため息をついた。
確かにメリットはこき使われそうなタイプではあるが……ハレルヤ君は結構適当か……? にしても、はぐれたのか?
「お前は2人に憩い所の様子を見てきてくれと言ったあと、どこに行ってたんだ?」
「市場巡ってたよ。今日はお祭りだし賑わってたからさ、見に行ってたんだ」
七影の方でもお祭り認識か、と内心で苦笑する。
「そうそう、アーラーニの実に似てる木の実があってさ~。まさかね、と思いつつ買ってみたんだけど、外れだったよ」
「そりゃそうだろう。タジフールの名果がケプラの市場にあるわけないだろう。……その木の実いくらだったんだ?」
いくらだっけ、とハレルヤ君がユッダ君に訊ねる。
「2万ゴールドでした……私は違うと言ったのですが」
たっか。木の実1個だろ?? メロンとかじゃなしに……。
答えるユッダ君はちょっと物憂げだった。ジョーラと同じで金もたしたらあかん奴か……。
「えーーーでもああいう色合いのも見たことあるって~!」
声を大きくしたハレルヤ君の抗議に、ヴィクトルさんがもう何度か分からないため息をついた。
「で? メリットとヨエルは?」
と、ヴィクトルさんが改めて2人に訊ねると、ちょうど裏口の方から、すみません、弓術名士の者です、という大声。メリットっぽい声だ。
「来たようだな。……やれやれ。ハレルヤといると時間という概念を忘れてしまうから困る」
「ははっ、ヴィク。時間ばかりに囚われているとろくなことできないよ?」
さもありなん。ヴィクトルさんは眉をあげて、
「人族って言うのは時間に縛られているからこそ、短い寿命をまっとうできるのさ。いかんせん真に受けて考えることが多すぎるんでね。時間という名の鞭とお叱りの言葉は常に必要なのさ」
と、これまた事実である名言を放った。
ハレルヤ君は感心したようで、小さく拍手した。……割と大真面目に拍手しているように見える。俺は2人が仲が良くなるのも分かる気がした。……仲いいんだよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます