8-9 団長不在の騎士団 (3) - 新入り団員たちと鍬
駆け付けた兵士たちに何事もないことを伝えたあと、俺たちは詰め所の長屋に入った。なかには見慣れない人がいた。
1人はギルド長のラズロさんだ。この辺ではあまり見かけない黒人風味の人で、忙しいのかギルドへの用事はある割に姿はあまり見かけず、俺は話をしたのは一度きりだ。
48という年齢もあるだろうが、ギルドで荒くれものや亜人たちと接している影響か、「外見で判断しないことにしている」と豪語していた人で、付き合いを重ねればいい友人付き合いができる人ではないかと踏んでいる。
もう1人の使い込まれた金属製の鎧を肩と胸につけた白髪交じりの人は俺の知らない人だ。とくに見かけたこともないように思う。
体つきはここにいる誰よりもいいようだが、口ひげは剃られ、アゴと輪郭に沿って生やしたヒゲの生え加減は控えめで、眼差しも落ち着いている。彼の顔には品の良さがあった。ちょいワルとか、美中年とか言われそうなそこはかとない色気がある。ともあれ彼は、名うての攻略者かなにかなのだろう。
つんと鼻にきていた酒のにおいのままに、テーブルには酒とジョッキと空の皿がいくつかあった。彼らは食事をしていたらしい。
「すみませんな、ダイチ殿。夜なのに呼んでしまって」
「気にしないでください。俺たちが帰ってきたのが夜だっただけなので」
アバンストさんの声は気遣わしげだった。鎧は冑以外しっかり着ているのだが、立ち上がった様子もなんだか疲れている風に見えた。鎧脱いだら? とは情勢的に言いづらい。
察するもなにもないが、疲れはとくに酒のせいではないのだろう。
多忙とは風の噂で聞いているが、アバンストさんが団長と仲が良かったのは俺もよく知っている。家族の死も辛いが、友人の死が辛くないわけもない。
アバンストさんはラズロさんに手を向けた。
「知ってるかもしれませんが……こちらはケプラ支部のギルド長ラズロ殿です」
紹介してくれるようだ。
「アバンスト。俺はこの子のことはよ~く知ってるよ。な? ダイチ君」
そう言って、ラズロさんが二ッと厚めの唇を伸ばして人好きのする顔を見せてくる。
「ええ、ラズロさん」
俺もなんとなくニッと笑みを作ってみる。
アバンストさんは依然疲れた感じのままだが、そうでしたかと笑みを見せる。
「そちらの男はジルヴェスターと言います。私と団長、ああ……いえ。……ヒルヘッケン元団長と古い仲の者でしてな。私より腕の立つ者です。まあ、しばらくケプラ騎士団にいてくれることになりましてな」
「古い仲とかじじくさいこと言うなよ、ムルック。……よろしくな。ワリドから話は聞いてたよ。ずいぶん腕の立つ少年がいるとね」
第一印象のままに丁寧な言葉遣いでそう言って、ジルヴェスターさんは不敵な微笑を見せてくる。どこまで何を聞いたのやら。
ジルヴェスターさんのウインドウが出てくる。45歳で、兵士と表示されていた。
アバンストさんが自分より腕が立つと言うように、レベルは38とアバンストさんよりも高い。
「さきほど叫んでいたようですが……そちらの少女のことはご存知ですか?」
「えっと。名前だけは?」
アバンストさんがそうですか、と視線を落とした。元気ないなぁ……。
それにしても結構な声量だったと思うが、タチアナの粗相は叱らないのか?
「彼女はタチアナ・グライドウェルです。グライドウェル家の子で、今はちょっと席を外していますが、従者とともに奇しくもうちの団を手伝ってくれるそうです」
ふうん。意外にも貴族の子らしい。だから叱らないのか? アリーズさんは思いっきり殴ってたけども。
タチアナを見ると、ふふんと得意げに見てきた。じゃじゃ馬っぽいな~。
レベルは28らしい。18歳の年齢からするとだいぶ高い。
「グライドウェル家のことは知ってるかい?」
と、ベルナートさんが言うので、素直に知らないと答える。
「え、うそ。うちのこと知らないの??」と、タチアナは素っ頓狂な声をあげた。知らないものは知らないんだよ。
「傭兵派遣の元締めの家さ」
貴族じゃないようだ。いや、貴族でもあるのかもしれないけど。
「この辺じゃあな。用心棒の類を雇うとき、攻略者どもを選ぶかグライドウェル家の者に相談して傭兵を雇うのが通例だな。それ以外の奴を雇う時はまあ、……自己責任になる。他にも傭兵をまとめる家はあるんだがな。グライドウェル家ほどじゃあない」
ラズロさんが簡潔に説明してくれる。「ま、マイアン領じゃうち以上の家はないわよね~」と、鼻を高くしてタチアナ。
傭兵ってどこにも所属しないのかと思ってたが、そういうわけでもないようだ。
……待てよ。ケプラの地図にグライドウェルの名前、載ってた気がするな。事務所かなにかか?
「それと念のため。そちらの女性は団員のアリーズです。アレクサンドラとともにうちの頼もしい女傑です」
アリーズさんを見ると、軽く会釈される。レベルは27らしい。
確かに頼もしいだろう、普通に俺より体格もいいし。並ぶと全く違うだろうが、剣士としてか団員としてかどちらでもいいが、頼もしいのベクトルはアレクサンドラと彼女はさほど違わないように思われる。
一応俺たちの方も紹介した。
ダークエルフは見慣れないのか、ジルヴェスターさんは姉妹にちょっと興味がある風だった。
ラズロさんは既に紹介しているが、タチアナがそれほど反応しなかったのはさすが大きな家の人間というところか。傭兵にはおそらく様々な種族がいるだろうし、腕っぷしの前では種族の壁はさほどないだろう。
「ああ、座ってください」
言われたままに座る。
「……ベルガー伯爵夫妻の葬式に参加されたそうですが、どうでしたか?」
「どう、と言いますと?」
「ホイツフェラー伯爵やウラスロー伯爵たちは今後……セティシア兵団やケプラ騎士団をどうするか、なにか話されていましたか?」
今後。……葬式のことを俺は思い返した。インが市民墓地で“餞”を手向けた場面と、ヨシュカが復讐を決意していた表情も次いで思い出される。
ホイツフェラー氏やラディスラウスさんから、ベルガー家やフィッタの今後についての計画は多少は聞いている。
ただ、「フィッタは仮の駐屯地にする」「ベルガー家つまりヨシュカはホイツフェラー家でしばらく面倒を見る」「改めてベルガー家の傍系の者の生存確認と捜索をする」と、その程度の話で、セティシア兵団やケプラ騎士団を具体的にどうするかという話は聞いていない。ベイアーともさっき話したところだが、セティシアに早急に派兵されることは間違いないだろうけど。
ヴィクトルさんとも会合のことについては話したが、自分の家が、両兵士団に対して個人的にどうするかといった類の話はとくにしていない。
「ホイツフェラー氏はフィッタや残されたベルガー家の息子のこれからに関しては頭を悩ませていたようですが……他のことは俺はとくには聞いてないです。各地から兵が派遣されるだろうなどの推測や噂の類は色々と聞き及んでいますが。ヴィクトルさんからも特に聞いてはいないですね」
そうですか、と息を吐くアバンストさん。
まあ、家の事情だしな。
いくら強くとも、経済に政治に一般常識に、戦闘の知識すら大したことを知らない俺たちだ。込み入った話をして解決するような相手には見えないだろう。
「まあ誰かしら派遣されるさ。ケプラ騎士団はともかく、ほとんど残っていないセティシア兵団の方にはな。みすみすそのままにしておくわけもない」
そうだな、とアバンストさんが組んだ手に視線を落としたまま、ラズロさんの言葉に頷く。
「明日、ケプラで会合があるのはご存知ですか? 七星・七影や各関係者が集うそうですが」
「ええ、聞いてます。俺たちも参加するつもりです」
「あなたがたもですか?」
アバンストさんは少し目を丸くした。
「はい。ホイツフェラー伯爵から招待されまして……。そこで具体的なことが話されるのでは?」
「その通りではあるんですが……」
アバンストさんはそうこぼして俺に向けていた視線を落とした。うん?
ジルヴェスターさんがこれみよがしにため息をついた。
そうして「少し肩の力を抜け。ムルック」とやや語気を強めに言葉を投げる。アバンストさんが顔を上げる。
「別に今日明日、打撃を受けた騎士団を元通りにしなければいけないわけではない。だいたいそんなことは無理だが、国の方からそうしろと通達があったわけでもないだろ?」
ああ、と頷くアバンストさん。そりゃ無理だな。
「確かにお前は団長になった。だが、ワリドが死ぬまでは副団長だった。ワリドの奴が死んでどのくらいだ? お前はまだ“副団長のやり方”しか知らん。副団長のやり方しか知らん奴に、いきなり団長の仕事は出来ん。違うか??」
ジルヴェスターさんの問いかけにアバンストさんは視線を落として、黙り込んだ。ああ、気負っちゃってる系か。
「団員の奴らはいつでもお前のことを信頼しているように俺は見えていたが。信頼というものはそう簡単に得られるものではない。みなを率いるくらい大きなものだとなおさらな。……外部からも俺やタチアナ嬢も来たんだ。鍬しか握ったことのない奴に来られるよりずっとましだと思うが?」
そりゃあ困るな。タチアナはうんうん頷いていた。
それにしてもジルヴェスターさんはいい友達だな。アバンストさんが目線を落としてふっと小さく笑みをこぼした。
確かにそうだな、と納得するアバンストさんに、ジルヴェスターさんが頷く。
「カーロイはいまだに鍬を振る方が様になってるよ。どうしたもんかと悩まされっぱなしだ」
「鍬系のスキルでもあればいいんだがねぇ」
ラズロさんのぼやきに、ジルヴェスターさんがはははと笑う。なに、ほんとにそういう団員いるの?
「作業中に力でも上がるのか? 小さな農村では自警団も収穫や有輪犂の手伝いくらいはするらしいが」
「残念ながらうちでは農家の手伝いはしてない。する必要があるならするがね」
ジルヴェスターさんが、そうだろうがな、と同意する。有輪犂ね。
鍬しか振れない団員がいるんです? と訊ねてみる。
「いるらしいんだよ、それが。俺も話に聞いてるだけなんだがね。彼は近頃の団員たちの“格好の遊び場”らしい」
遊び場。(笑)いじめられてないよな?
「カーロイというんですが、マタビ村の出でしてな。剣を振るったことはなく、家では剣に近いものは鍬くらいしか振ってなかったそうで。槍の練度も似たようなものです。普段はただの木の棒か、重石をつけた木の棒を振らせていますよ」
剣の重さに慣らせるってやつか。それにしてもマタビ村って確か……アルマシーの出身地だったな。
またどうしてそんな奴の入団を許可したんだ、とラズロさん。確かに。
「彼の父親がノルトン駐屯地にいた頃の私とかつて共に戦った仲でな。頼もしかったし、いい奴だった。何度一緒に酒を飲んだか分からないよ。……息子の彼によれば追い出されたも同然で来たって泣きつかれたもんでね」
「口減らしか?」
中世の時代はそういうのもあったな。
「いや、そうではないらしい。カーロイ曰く、『男ならもう兵役に就く年だ。ケプラ騎士団に俺の戦友がいるから鍛えてもらってこい』と父親から言われてきたらしい」
「ははぁ。それはまたありがちというかなんというか……体よく預けられたんじゃないか? マタビ村じゃ大した稼ぎもないだろうしな。面倒な戦友を持ったもんだな。……で、そのカーロイっていうのは使えそうなのか? 将来的にな」
アバンストさんは肩をすくめた。
「とくに剣の才能はないよ。まあ確かに“鍬の振りっぷり”は悪くないし、父親の剣の腕も確かではあった。欠かさず鍛錬していれば、遺伝的な覚醒でもしてそこそこの腕にはなるかもしれんが……アレクサンドラやアリーズも頭を悩まされているよ」
アリーズを見れば、「鍬の振り方は私には分かりません。剣ばかりを振ってましたので」と、こちらも肩をすくめてみせた。アリーズはひとえに剣が好きなタイプか。
「……わたしが担当しましょうか? その子」
え、とまさかの申し出をしたタチアナを見る一同。俺もつい見た。
「彼の訓練を君が?」
「ええ。わたしじゃなくて、従者のゲリーミンが、だけど。ゲリーはどうしようもない奴を何人も叩きあげてきた奴なの。盗みしかやってなかった奴もそれなりの腕にはなったわよ。ええと、そいつは今は……レベル23くらいだったかな?」
ほう、と感心した声をあげるジルヴェスターさん。
「何年鍛えたんだ?」
「え〜と、1年くらいね」
「レベルは?」
「はじめは13だった。その鍬しか振れない彼よりも才能はあったとは思うけど、剣の才能はまあまあだったらしいわ」
「1年で13から23か……ただの市民ならじゅうぶんすぎるな。任せてみたらどうだ、ムルック」
うむ。それがいいかもしれん、とアバンストさんはジルヴェスターさんに頷いた。
1年で13から23がじゅうぶんか。30が強者のラインなら、2,3年でベイアーやグラッツか? 確かにじゅうぶんかもしれない。
「ではお任せ願いますかな?」
任せといて、とタチアナはニコリとした。じゃじゃ馬娘かと思ったが、入団しただけあって協力的な少女らしい。
「そういえばなんでいきなり仕掛けてきたの?」
タチアナの話題になったので、なんとはなしに触れてみる。
「ん? だってわたしの《優位鑑定》でもレベルが見えなかったんだもん。正直あなたがそこまでやるようにはあまり見えなかったし。――その白髪の子もよ。ダークエルフの2人は……23と20ね」
と、タチアナは口をへの字にしながらも理由を端的かつ正確に説明してくれる。
姉妹のレベルは分かっているらしいが……戦士的な勘だのなんだのではなく明確な理由があったらしい。《優位鑑定》は《鑑定》の上位版か?
「……《優位鑑定》でも見えないだと?」
と、そんなところにジルヴェスターさんがちょっと険しい顔をして俺のことを見てくる。彼ほどではないが、ラズロさんも怪訝な顔をしている。
……何の気なしに話題を振ってしまったが、まずったか。
「そ。2人ともレベル45以上にはちょっと見えなくてね」
45。《優位鑑定》では45まで見えるのか。俺の《鑑定》は七竜のレベルも見えてしまうが……スキルの持ち主のレベル依存とかか。
ネリーミアも鑑定の類のスキルを持っていたようだが、彼女は「自分より高い」だったか?
「彼は団長にも勝ってしまう人ですからな。レベル45を越えていてもおかしくはありませんな」
アバンストさんがいくらか磊落にそう答える。実際に手合わせを見ているからか、あまり驚きはない。
少し間があり、そういえばそうだったな、とジルヴェスターさんの方はアバンストさんの言葉に納得した様子を見せたが、俺を見る目には探るものは健在だ。
ラズロさんは依然として「マジでか……」と驚いた様子を見せ続けている。そういえばラズロさんには“アレクサンドラに辛勝する程度”って口封じしてたっけな。
「もっとも、イン殿も高いことには少し驚きましたが」
すっかり退屈そうにしていたインが、当然であろ、と特別自慢げでも何でもなくアバンストさんに発言する。
ジルヴェスターさんはいよいよ難しい顔になって、今度はインのことを見だした。俺の時よりも顔つきは険しい。どちらが納得しやすいかと俺も考えてみるが、俺的にはインの方が納得しやすそうだ……。
「ベルナート、お前は知ってたのか? 彼が団長に勝ったって」
「まあね。インちゃんのレベルは知らなかったけど。団長に勝ったことをあまり言いふらしてほしくないって言われてね、それで隠してたんだ」
「ほお」
ベルナートさんがいくらか申し訳なさそうに見てくる。バラされたんだから仕方ないよ。
すみません、ちょっと言い触らすのは控えていたので、と弁解をすると、気にするな騎士殿、と鷹揚にラズロさん。騎士殿?
「……実際、レベルはいくつなんだ?」
ジルヴェスターさんの言葉に、俺は「……内緒です」と答える。怪訝な顔をされてしまうが、こればかりは言えない。とはいえ、適当に数字を出せばよかったかと、すぐに後悔する。
適当な数字っていくつだろうか。55とか?
「……ねえ。この子たちは団に誘わないの?」
と、テーブルに半ば身を乗り出してタチアナ。
「彼は旅をしているのだそうです。ケプラにも先週ほどに来たばかりなんですよ」
「うわ~、今時珍しい」
「そうですな。……もちろん団に来てくれるなら心強いの一言なんですが」
アバンストさんがそう言って見てくるので、俺は「すみませんが入団は」と断った。アバンストさんがそうでしょうな、とアゴを数回動かして頷く。断りにあまり尾を引いている感じはないので安心した。
「そういえば俺を呼んだのはベルガー伯爵夫妻の葬式のことだけですか?」
少しかわいそうにも思うが、あまり広げさせたくない話題なので話を戻した。実際に気になっていることではある。
「ああ、それもあるのですが……団長やベンツェたちの葬式がケプラであるのです。お二人は我々とはご縁がありましたし、是非参加していただきたいと思いましてな」
また葬式か……。でも俺たちにとって一番大事な葬式だ。
アバンストさんは、もちろんあなた方もですよ、と姉妹に笑みをこぼした。姉妹は顔を見合わせたあと俺のことを見てきたので、俺は頷いた。
ありがとうございます、とアバンストさんに姉妹。2人とも団長に世話になったもんな。
「もちろん参加させていただきます。いつ頃になりそうですか?」
「明日、セティシアから団長たちの遺体を運ばせる予定です。なので、明日の夕方前ほどになるでしょう。会合が終わり次第準備させるつもりです。セティシア兵団と北部駐屯地の葬式はセティシアを南下した場所で行うそうですが、西部駐屯地の兵たちの葬式も我々の式と一緒にやる予定です」
西部駐屯地か。少し考えたが、俺の知り合いの死亡者は思い出せない。
オランドル隊長やホロイッツのことは葬式の準備の時に見かけている。例のランボーなる籠手の彼と絡んでたもう1人もまあ見た。
「分かりました。……オルフェ式の葬式を見てきましたが……お酒をあげたりはできるでしょうか?」
「お酒?」
一同はちょっと不思議な顔をしたが、俺がメナードクを買おうかなと思って、と続けると、タチアナ以外、各々笑みをこぼした。
「喜ぶでしょうな。団長が一番好きな酒ですから」
アバンストさんの言葉に、ジルヴェスターがうんうんと頷く。ラズロさんが金の心配をしてきたので、問題ないことを伝える。
アバンストさんが「彼はお坊ちゃんなんだよ」と明朗に伝えると、ラズロさんは、なるほどな、と納得した様子を見せた。お坊ちゃんです、はい。
「ちなみにアバンストさんの好きなお酒は何ですか?」
「私のですか?」
「はい。なんだか気負っていた様子でしたので。葬式の後、これから団長として頑張るアバンストさんに祝杯をと思って」
俺が少ししたり顔をしてそう言うと、ジルヴェスターさんがくくと笑みを漏らした。ラズロさんもニヤリとした。
「もらっておけよ、ムルック。若い奴からの酒は断るのは失礼ってもんだ」
よいのですか? と気づかわし気にアバンストさん。もちろんいいことを伝える。
アバンストさんは「いやあ……なんだかすみませんな」と恥ずかしそうにした。
「残念なことに。ムルックはワリドほど酒を知ってるわけじゃなくてな。いやまあ、ワリドの奴もそれほど知っていたわけではないが……ま、レーリンゲンでも買ってやれば喜ぶさ。レーリンゲンはケプラの酒好きならみんなが知ってるワインさ。満腹処で出るような安酒ではないがね」
シルヴェスターさんがそう簡単に解説してくれる。シルヴェスターさんはどうやらお酒に詳しいようだが、ワインか。俺が飲んでも微妙なんだろうな。
レーリンゲンでいいですか、とアバンストさんに改めて訊ねると、「お願いします」と苦笑しつつ、ちょっと控えめに答えてくれた。同じ銘柄で高いものがあったらそれにしよう。
>称号「ヨイショが得意」を入手しました。
・
詰め所を出たあと、インが俺がタチアナに感じた違和感の正体を教えてくれた。
どうやらタチアナは魔族の血が入っているらしかった。
「血はかなり薄いがの。私も感じてはいたが……お主のその違和感は魔族由来のものであろう。あれほど薄いとそう察知できるもんでもないのだが、魔族はこの辺ではまったくいないようだからの」
「相対的に察知しやすかったわけか」
「うむ」
タチアナの情報ウインドウには「人族」と表示されていた。
魔族というと、セイラムの守り人事件の魔導士カラが思い返される。
彼女もまた血はそれほど濃くなかったらしいが、白骨化しているので生前の姿は想像もしようもなかった。骨に関しては人間のものと大差なかったように思う。
「……魔族と会うことってあるのかな」
「どうだろうの。私らの旅の方向と違うし、しばらく会うことはないかもしれぬな」
少し残念だ。
魔族と人族は戦争したんじゃなかったっけと訊ねてみると、しておったぞ、とイン。
「仲悪いの?」
「200年前だしのぅ。遺恨が根強いところもあるし、交流が盛んというわけでもないが、自領からなかなか出てこんというだけだ。どこぞの人里では人の子らと平和的に暮らしておるとも聞いたこともある。まあエルフみたいなもんだろうの」
姉妹にそうなのかと訊ねてみると、同意される。
「エルフの方々ほど目立った交流はないように思いますけど……人里に降りる魔族は人族や亜人に完璧に化けるらしいので」
ふうん。じゃあ、しれっとどこかで会えるかもしれないな。
ちなみにタチアナが最後に抜いた剣は、魔族の血筋しか使えない暗黒魔法系の魔法剣だとのこと。
いつか姉妹に話してもらったものだが、暗黒魔法は従来の魔法よりも威力の高い魔法が多く、広範囲に幻を見せる魔法が厄介であるほか、魔族の間で英雄と謳われた魔族を呼び出して召喚する魔法なんかもあるらしい。また、数は少ないが、自身の血を媒介にして武器をつくるのもいると聞いて、らしいなぁと思った。
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