8-8 団長不在の騎士団 (2) - 地潜の剣
落とし格子を少し上げてもらい、半ばくぐるように俺たちは“壁の中”に入った。内門にいた兵士の1人に胸に手を当てられつつ、東門を離れる。
そういえば、ケプラの兵士って敬礼が多い気がする。
俺が七星の関係者だと知られているのもあるんだろうが……ケプラの兵士は他の都市の兵士と比べて礼儀正しい気もする。いいことだ。
夜の市内には人の姿がほとんどなく、がらんとしていた。歩き回っているのは兵士と攻略者のみだ。家や道々の松明は少し多いかもしれない。
現在は警戒時であり、「有事」なため、攻略者たちは都市防衛への協力の義務を課せられている。俺たちも一応攻略者なので本来ならその義務が課せられるところなのだが、<ランク1>、それも一番低い<ランク1銅>の俺たちは戦力に数えられず、その義務は強いられていない。
道の遠くで松明が2つ動いているのに気付く。2人組の兵士だ。ケプラ騎士団だろう。アレクサンドラではない。
……それにしても。見回してみてもほんと人がいない。後ろの東門周りでは鎧の音が響いているが。
「人いないねぇ……びっくりするくらいいない」
「警戒中だし、さらに夜だしのう」
「うん」
まだ7、8時くらいで酔っ払いとかいるだろうに、一気に深夜にでもなった感じだ。昨日の昼は人で溢れてたのになぁと思う。
……セティシアを奪還したことを知り、色々とやる気をなくした日の翌日、俺たちは1日を費やして、砥石やチェスナなどのこまごまとしたものを買ったり、ケプラ支店のコルヴァンの風に挨拶に行ったりした。
書写を依頼していたケプラ市内の地図も既に手元にあり、これを元にぐるりとケプラを一周したのだった。
アバンストさんの用事はなんだろうな。
ご想像の通り、俺はケプラの現状もすっかり忘れて、中世ヨーロッパ風の都市を隅から隅まで堪能したのだが――インは完全に食べ歩きの旅行客だった。俺より楽しんでいる――この間にとくに騎士団とは何かがあったわけではないし、アバンストさんと顔を合わせたわけでもなかった。
団長に就任した、市内を行き来して忙しくしている、団長に次いで市長の騎士になるんだろうか、などといった噂は通行人から結構な数入ってきた情報だ。
「アバンストは何の用事だろうの?」
「うーん……なんだろうね」
「くく。ケプラ騎士団への勧誘だったりしての」
「どうかなぁ……」
「あり得ない話ではなかろう?」
「んー……。俺的には可能性低いかなぁ……。ケプラ騎士団も人出は欲しいだろうけど、アバンストさんは俺たちが旅してること知ってるし」
「おお、確かにそうだったの」
それにアバンストさんは俺とジョーラとの間柄――俺が彼女を救い、「大恩」の元ジョーラから目をかけられているという程度だが――も知っている。
彼は俺の実力が団長以上だったことしか知らず、七星以上であることは知らないはずだ。俺に気安く勧誘できるのは変な話に思う。そういう顔の厚い人でもない。
とはいえ、一時的にケプラの警備をしてほしいとか、団員に訓練をつけてほしいとかなら可能性はあるかもしれない。人がいなくなったしね。
ケプラを発つまでになるが、色々と世話になったし、それくらいならやってもいいかもしれない。
俺の訓練が果たしていい内容になるのかどうかは分からないのだけれども、これまで戦った人たちを見てみると、刺激にはなるんだろう。団長だってその一人だった。
松明で明るくなっている詰め所にやってくると、長屋の前では、木剣を手にした真っ白いシャツの上に傭兵風の格好をした少女が騎士団員と話をしていた。
少女はヨシュカないし俺と同じくらいの歳に思える。傭兵風の格好だが、衣類は質が良さそうでとくに薄汚れてもいない。裕福そうな少女だ。傭兵に憧れてるおてんば娘かなにか?
少女の隣には……ショートヘアーなので男性騎士団員かと思ったら、女性の騎士団員のようだった。結構長身だ。
女性団員がこちらに気付き、やや目つきの悪い眼差しを投げてくる。
彼女は美女と言うには少々難しい類の女性で、珍しい短髪ながらも撫でつけた髪型ふくめて男っぽい容姿をしていた。
……失礼だとは思うが、ヘンリーさんの女性バージョンのように見えた。ただ顔には悪魔っぽさはない。
これもまた失礼だとは思うが……迫力のある顔も合わせて、彼女のゴツゴツした輪郭に俺は人格的な頼もしさを直感した。と同時に、変にひねくれていないのを願い、実直な騎士団に入っているのだからそれはないかと思い直した。
「……あ。あなたがたはもしや」
「ねえきみ! ちょっといいかしら??」
何か気付いた男っぽい女性団員を遮って、少女が声をかけてくる。
こちらは男っぽい彼女と違って、俺の初見が間違うこともなく普通に女性だった。薄い色の金髪を後ろで結んでいる。
シャツも高そうだったが、こげ茶色の革の装備の随所には銀色に輝く留め具や装飾があり、高そうだ。木剣を持つ腕当てにも留め具はついていて、単なるおてんば娘ではないのかもしれない気分にさせられる。
……ん? なにか違和感を覚えた。特に変わったところはないように見えるが……。
「――タ、タチアナ!」
「え?」
――と、その違和感に思考が奪われている間に、少女が駆けてきていた。結構速い。
タチアナが少女の名前らしいのは女性団員の叫び声で察したのだが……少女はやがて手にしていた木剣を俺の首に向けて薙いできた。
おてんば娘の動きではない。しかし手合わせか……。
昼にホイツフェラー氏とやったばかりなんだけど……。あれは試合って感じではなかったが、もはや“ランダムエンカウントバトル”だな。
だが、そのおかげでほぼ一体化している“スキルさん”と俺は察した。
彼女の気配は機敏な動きの割に鋭くない。刺すような圧も感じない。<山の剣>の連中が向けてきたものと全く違う。
どうやら寸止するらしい。俺は動かないことにした。この後何もないといいけど。おてんば娘の御し方ってどうすればいいのか、とっさに浮かばなかったのもある。
――少し手が出そうになったが、俺の首ギリギリで木剣が止まったので安堵する。後ろではディアラが短剣を抜いたので、手で制した。
タチアナというらしい少女は眉間に眉を寄せて剣や俺のことを見つつしばらく動かなかった。なにか気になるのか、目線だけは俺の手や体の方に動いていた。
怖い顔をしているが、タチアナは高校生くらいだろう。顔つきに外見年齢相応の幼さが見える。彼女からすれば俺は同じくらいの年齢に見えるだろうが……。
そういえばジョーラのときは寸止め分からなかったんだよな。成長したな俺も。
それにしても……違和感はそのままだ。彼女にそれほど変なものはないように見えるが……。におい? いや。別に変なにおいは、
「……次は止めないわ――」
やがて彼女はおよそ普通の少女がいいそうにない言葉を言った。次は。
彼女は剣を引き、三歩下がったかと思うと、改めて俺の腰めがけて突いてくる。
――これは寸止めではない。木剣だから不可能だが、確実に俺の腰を刺し貫こうとする意志を持った剣だ。
“このあと何もないこと”はダメだったらしい。ジョーラタイプか? 律儀に三歩下がったし、目標は腰のようだしで、確実にジョーラレベルではないように思うけども。
俺は彼女の突きを避けつつ、姉妹とインから離れた場所に跳躍した。追ってくる彼女。
顔に連続で突いてくるのを次は止めないと宣言したとはいえ物騒だなと思いつつ避け、左胸に突いてくるのもかわし。腰めがけての薙ぎを後ろに跳んで避ける。
着地のタイミングを見て、彼女が足払いを仕掛けてきた。というよりは、蹴りか。なかなか鋭い蹴りだ。
ジョーラほどの蹴りの威力があるわけもなかったが、《
俺は板状にした《魔力弾》を足の横に出した。
――バチンという音が鳴り、蹴りが防がれる。悪くない。手足の自由が利くようになる。
「……《魔力弾》……? やるわね」
彼女は多少驚いたところを見せたが、冷静に引いた。
戦い慣れているようだが、彼女から消えてくれない違和感が何なのかよく分からないのが気になる。
悪いものではない。だが、消えないのなら、俺の見覚えのないものなんだろう。見たところ戦い好きの普通の少女だが……。
「じゃあこれはどう?」
俺の疑惑をよそに少女はニコリとしながら、右腕を横に伸ばしたかと思うと、手にしていた木剣を地面に落としてしまった。
ただ木剣は地面に当たってはねることもなく、水にでも落ちたかのように……地面に沈むようにすっと消えてしまった。何の音もたてずに。
「……えっ?」
地面はそのままだ。波紋などもできているわけもない。なにそのマンガ技。
少女は腕を組み、得意げな顔で俺のことを見ているだけだ。
「ほう。空間魔法系のスキルだな」
――一応納得できたインの短い解説から間もなく、背後に気配が現れた。なるほど? 《
俺の背後の地面から左胸めがけて到来してくる木剣。俺はすっと横に逸れて、手で木剣を捕まえた。不意打ちではあるが、速度はそこまででもないようだ。
「え。ちょっと!!」
木剣が俺の手から逃れるように少し動いたが、力を入れて逃さない。木剣は逃れようと俺の腕を少し動かすが、それだけだ。
動いては止まり、再び動いては止まった。……なんだこれ、魚みたいだな。魚?
その間、少女は踏ん張るようにしてこちらを見ていた。
「……ふん。いいわ」
捕まえていた木剣から力が抜けた。
剣を抜く音が聞こえたので見れば、彼女は腰に差してあった見慣れない意匠の紺色の鞘から剣を抜き始めた。
ショートソードの刀身にはどうやら先から根本まで文字が刻まれていて、水色に光っている。なにそれ。かっこいいけど……ちょっと本気になってない?
「これからが本番よ。今まではお試し。……甘く見ないでよね」
ショートソードの水色の発光が鼓動のように強弱を繰り返し始め、だんだんと光量を強めていく。
そうして水色から青、青からサックスブルー、サックスブルーから青紫と、色味が段々と濃くなり、発光していた光は魔力かなにかなのか、包帯が巻き付くように刀身を覆った。
やがて刀身は深海色になり、多少薄いが同じ色合いの魔力が漏れ出るようになる。文字は白く発光している。よく分からないが、なんかやばそうだな……。
……と、彼女の後ろに人が来た。さっきの男のような強面の女性団員だ。
「なによ。邪魔しないで」
――ゴンッ。と結構な音が鳴った。
「ッッ!!」
タチアナは頭を抱えて半ばうずくまった。女性団員がグーで頭を殴ったからだ。指先には籠手の類はなく、手袋をしているだけだが、痛そうだ。
握っていた木剣はもううんともすんとも言わない。
……あ。終わりか。物騒だったが、剣がどんな効果だったのか少し気になる。
「――アリーズ……マジで殴ったわね!?」
「いきなり仕掛けたのなら当然の報いでしょう? その剣も抜きましたしね。すみません、ダイチ殿。うちの
女性団員が不気味に微笑しながら新米のところを強調したあと、左胸に手を当てて真摯に謝ってくる。
タチアナは新入りの団員らしいが、彼女がアリーズだったようだ。
アリーズは今は亡きズィビーさんから醜女と呼ばれていた団員だ。
強面なこととか、鼻の穴と鼻と口の間の筋が目立っていることとか、確かに美女とは言いづらい要素はあるにしても、別に醜女ってほどではない。……ゴリラと呼ばれていることはありそうだけど。
「新米って……わたしに負けたくせに!!」
耳が痛くなりそうな声だ。タチアナはかなりの剣幕だが、アリーズは息をついただけだ。
「あんな知らない技で不意打ちをいきなりされればね。もう負けませんよ。……その魔法剣は無しです」
「ふん! ……で、あの子だれ? 《
どうやら文字入り剣は魔法剣らしいが、ダイヴね。アリーズがちらりと俺を見たあと、ため息をついた。
「彼はヒルヘッケン団長にも勝った人ですよ。あなたと違って正々堂々とね」
タチアナが驚いて俺のことを見てくる。やがてにらむような泣き出しそうな、悔しがる顔になった。……まさか泣くのか?
「正々堂々なのがそんなに偉いの!?!? 仕方ないじゃん!! 《地潜》はああいう技なんだから!!」
アリーズが右耳を抑え、右目を閉じながらタチアナから顔を遠ざけた。声でか……俺まで耳を抑えそうになった。予想通り、いや、予想以上のキンキン声だ。
長屋のドアが開けられた。ベルナートさんだ。あれだけの声だ、中に聞こえないわけもないだろう。
ベルナートさんは俺を見て、タチアナとアリーズを見た。再び俺に視線を戻すと、ニコリとした。
うん。ベルナートさんなら一目見てだいたい状況分かりそうだ。ちょっと慣れすぎな気もするけどね?
東門の方から兵士の駆け足が聞こえてくる。反対側の方からも1人。そりゃあの大声なら来るよなぁ……。
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