8-6 フィッタ難民たちの行き先
葬式は疲れるものだ。精神にくるのだ。どっとくる。
葬式に対して「疲れる」という感想はあまりよろしくないのだが、……今日だけで葬式に3つも参加した。他の人もそうだが、過密スケジュールもいいところだ。
それに疲れは、仕方ないと感じる部分もある。葬式は俺のトラウマみたいなものだから。ホムンクルスの若返りもこれを助長するしかない。
中高生にとって、大して関わりの無かった親戚が死んでも、葬式はそこそこ刺激的なイベントだろう。
俺がこのトラウマをようやく受け止められ始めたのは仕事が落ち着いた頃、25,6歳の頃だったものだ。
受け止めただけで、あとは引き出しの奥の方にしまっただけだったけれども。咀嚼するには俺の「歯」は軟弱だった。実際の歯がそうであるように子供の頃にしっかり咀嚼していないと、咀嚼する力は弱いままだ。
とりもなおさず、今回の葬儀およびヨシュカの見舞われた状況は、俺自身の2組の両親の死を思い出させることに何の壁もなかったわけだった。
ウィンフリート君もそうだったように血縁ないし親という人種の死亡は、自分がたとえ彼らをあまり好きでないとしても結構なダメージがあるものなのだろう。誰にとっても。
結局彼とは葬式中はほとんど交流が持てなかったが、ヨシュカがもし、ホイツフェラー氏やヘッセー市民、そしてフィッタ難民の人々のように頼もしい味方がいないのなら、俺はいよいよ本気で声をかけていたかもしれない。
不幸になった途端、周囲の人たちのことは「違う生き物」として認識されてしまいがちだ。蔑視や敵視となることもある。引きこもることもあるだろう。
境遇の類似性および同じ境遇の人たちとの会話はこうした歪みを早めに矯正してくれる。タイミングが重要だが、立派な治療法の一種でもある。
お節介? うん。まあそうなんだけどね。
でも、自分の見ている主観的な世の中っていうのは、誰かしらのお節介でまわっていたりするものだ。
ホイツフェラー氏がヨシュカに言葉をかけ、ヴィクトルさんが俺に会合の参加を促したように。最大のお節介屋は親だろう。お節介を焼かれないのはなかなか辛い経験だったりもする。
もっとも。
ヘッセーからフィッタまで1時間は歩いた。今の俺は体力があるから何もなかったが、もしそうでなかったら精神的にだけでなく肉体的にも疲れていたのは明白だ。
とはいえ参列者の老人の1人が歩みを止めた時、ポーションらしき飲み物を飲んだら元気になったのを見ると、さほど気にすることでもなかったかもしれない。登山などで達成感を味わいにくいのではないかと余計なことを考えてしまったけれども。いまさらではある。
フィッタの伯爵邸の敷地内に伯爵夫妻が埋葬されたあとは、多くの人が赤斧休憩所や酒屋――各所にあった血などの諸々は兵士たちや、魔導士たちの魔法によりしっかり掃除してある――で食事を取った。
転生前と同じく葬式中はともかく、葬式後に賑やかにしていけないという決まりはないようで、みんな各々フィッタの山の料理や残っていたプルシストの牛肉を和やかな雰囲気の中、堪能していた。さすがにしんみりとしていた席もあったようだったけれども。
明日からはフィッタは仮の駐屯地として運営していくということで、今夜の宿泊費用や食事代は無料だった。
フィッタ難民や関係者への励ましの意味も込めて、ホイツフェラー家や他の貴族家が全て負担することになったのだった。
ただ、この一夜限りの最後の晩餐サービスを受けられるのは「平民の市民または今回の事件で身内を失くした者だけ」であり、他の者は復興支援という形で代金を払うことになっていた。貴族は通常料金であり、兵士は半額だった。
みんなはそうして、ホイツフェラー氏たちにお悔やみと食事のお礼を言いながら帰路についたり、フィッタの東にある今朝方葬式をした墓場に墓参りに行ったりした。
俺たちはホイツフェラー氏やクヴァルツからヘッセーに泊まらないかという誘いがあったのだが、それは断りケプラに戻ることにした。ヘッセーで寝泊まりすると明日のケプラでの会合に遅れてしまう可能性が高いからだ。
厩舎に行く途中で、ダゴバートとグンドゥラ、ハスターさんが見送ると言って合流してきた。アルルナはデレックさんやウィルマさん、他の手伝いの人ともに元気に給仕をやっているらしい。
次いで、ラウレッタが呼びに行ったこともあり、かつて救出した女性3人も合流した。ダゴバートはランハルトから聞いたようだが、みんななぜか近日俺たちがオルフェを出ることを知っていた。
「……俺はな、ヘッセーにしばらくいることになったよ。もちろん、グンドゥラとアルルナも一緒だ」
道中でダゴバートがそう語った。そうだろうなと思う。
自分たちの家はどうするのかと訊ねると、放置しておくらしい。
ホイツフェラー氏曰く、家に戻りたい者がいれば無理強いはしないが、そうでないのなら家財などを全て引き払うように難民たちには言っている。
家主と引き取り先のいなくなった家を中心に、手頃な家を物置として使うらしい。
せっかくの自分たちの家だ。
ダゴバートを含む生き残った数少ないフィッタ市民たちや使いたい親族の者はいるんじゃないかと思いもするところだったが、俺の思惑からは外れ、みんな家には戻りたがらなかった様子だった。
ホイツフェラー氏やラディスラウスさんの解説によれば、もうフィッタは、市民にとっては「悲劇を呼び寄せる村ないし場所」以上の何物でもないらしい。
そんなものかと少し寂寥感が出てしまうが、家は安くてもいいから売れるなら売りたいという言う人がほとんどらしい。ウィンフリート君もそうだ。武器を持たない人たちの逞しく生き残る術の1つなのだろう。
「ダイチ。ヘッセーに来たら教えてくれ。あのいけ好かない野郎が一緒なのはちょっと気に食わないが……案内には是非俺も呼んでくれよ。案内くらいで俺がダイチからもらった恩を返せるとはみじんも思ってないけどよ……なにかできっと返すからさ」
俺はクヴァルツをいけ好かないというダゴバートに苦笑しつつ、頷いた。
君たちもな、とダゴバートがインと姉妹に声をかけると、「仕方ないの。付き合ってやるか」とイン。その時は是非付き合ってくれと、インに改めてニンマリとするダゴバート。
「ダイチ君。私はラディスラウス様に少し無理を言ったのだが、フィッタ駐在になったよ。生前のお二人を守ることは叶わなかったが、お眠りになったお二人を私は一生をかけてお守りするつもりだ」
一生か……。
「こういうのもあれかもしれませんが……ハスターさんの人生を捧げる必要はないと思いますよ。俺は、お二人もそう願っていると思います。とても領民思いの……いい領主だったんでしょ? なら、まあ……しばらくは警備の必要もあるでしょうけど、そのあとの人生はご自分のために使った方がいいんじゃないかな」
ハスターさんはしばらく口を半開きにしてぽかんとしていたが、やがて俯いた。そして、「確かに領民思いの方々だった」とこぼし、少し泣き始めた。なにか思い出したのだろう。
ハスターさんは前から思っていたが、ちょっと気負いすぎる人だ。つい言葉が出てしまったが、……俺の本心は、1年後には夫妻の骨はヘッセーの納骨堂に収められるのだし、墓守はそれなりのところで見切りをつけて、彼自身の人生を生きてほしいところだ。
ハスターさんは父親は戦死したらしいが、母親は存命らしい。
幼い頃に出産と病気で兄弟を3人失くし、銀細工師になった兄がいる。この兄は結婚しているそうだが、ハスターさんに嫁はいない。
寡婦になったアルビーナはヘッセーに難民の1人として留まることになり、イドニアはヘッセーにいる友人に世話になるそうだ。
ハスターさんにそれっぽい助言をしたせいか、俺がどう思うか2人は気にしていたが、2人の今後に関しては内容的にちょっと口出ししにくい。
引き受け手のいないアルビーナが少し心配だが、イドニアやダゴバートが気に掛けるそうだし、彼女の性格ならなんだかんだやっていける気もする。
明るい性格はおおむね転居に強いものだ。現代人風に言えば、こういう人こそ“溜めがち”なので無理は禁物なのだけれども。でもアルビーナは少し口は閉じた方がいいかもしれない。
「私はね、ガウスが故郷なの」
最後になったラウレッタが目線を下げたままそうこぼした。
「ガウス?」
数学王しか浮かばない。
「ジギスムント領よ。ブリッツシュラークの近くにある村ね。古い知人が世話してくれるって言ってね。……あまり親切な人じゃなかったし、ホイツフェラー家の名前が出ていたんだと思うわ。でないと、受け入れてくれてないと思うもの」
親切じゃないって今後が心配になるが……ジギスムントって、ミラーさんがいたところか。確か、アンスバッハ領の北じゃなかったか。遠いなぁ……。
ちなみに、ラウレッタの恋人は行方不明のままらしい。曰く見栄っぱりで意気地なしの彼氏らしいが、生死のこと含め吹っ切れたと彼女はこぼしていた。
ガウスは
「ええ。目立った産業はないけど、平和だし、自警団は元剣聖のピゼンデル様のおかげでとびきり強いから安全な村ね。近くには大都市のブリッツシュラークもあるしね」
元剣聖のいる村か。フィッタも戦斧名士の隊員がいるということが強みで、それでも今回のような悲劇に見舞われてしまったが……頼もしいことには違いない。
厩舎についたので立ち止まると、ラウレッタが俺の前にやってきて俺の手を取ってくる。
「あなたがいなかったら、私やラウレッタ、みんなはどうなっていたことか……」
そうこぼしてラウレッタは俯いていたが、覗き込むように俺のことを見上げてくる。熱のこもった眼差しだった。
助けた女性の3人の中で一番落ち着いている一方で、一番フィッタの悲劇にこたえていたように見えた彼女だったが、近頃はずいぶん気が晴れていたように思う。
「……寂しくなるわ。あなた、結局会いに来てくれなかったし」
続けてそういう彼女に俺は苦笑した。
<山の剣>の掃討を終えたあと、ラウレッタは俺を誘っていた。
その意味が分からなかったわけではないのだが、セティシア襲撃のことを受けてケプラに戻ってしまったし、その後はアレクサンドラといい仲になったしで、彼女のことはすっかり忘れていた。
ラウレッタはむくれた顔になり、
「もしガウスで会っても知らんぷりするから」
と、腕を組んでみせたが、すぐに表情を緩めた。
「嘘よ。案内くらいはしてあげるわ。命の恩人だもの。その後は……あなた次第だけど」
そうしてラウレッタは俺に抱き着いてくる。あの時に翻弄された香りはもうない。
かわいい人だ。見た目は落ち着いてるけど不安も多い人なのだろう。俺も抱きしめ返した。意外とふっくらした抱き心地に後悔の念が少し。アレクサンドラは想像するまでもなく引き締まっていた。
俺から離れたあと、ラウレッタは、あなたたちも元気でね、と姉妹やインに言葉をかける。
「はい。ラウレッタさんも」
「もしガウスに来たらすぐ分かるわね。あなたたちダークエルフの姉妹がいるんだもの」
ラウレッタが微笑すると、姉妹もニコリとした。確かにそうだ。
「私もおるぞ?」
インがラウレッタの腕をぽんぽんと軽く叩くと、そうねとラウレッタが微笑み、ダゴバートが「噂になるのはダイチたちじゃなくてイン嬢だろうな、間違いなく」と告げると笑いが起こった。イン嬢呼びになってるし。いつからだよ……。
イン嬢呼びはヘイアンさんにニーアちゃん、ディディにダゴバートか。どういう繋がりだ?
各々の今度についての話もちょうど終えたので、厩舎番に馬車を頼む。
ちなみにドルボイさんは場所がヘッセーに戻っただけで引き続き戦斧名士として活動するが、ベンさんはドルボイさんの薦めでヘッセーで大工見習いとして働くことになったそうだ。
「……ん? お主、名は何と言ったか」
――厩舎番が準備をしているのを待っていると、インがグンドゥラに声をかけた。
「え? 私ですか? グンドゥラですが……」
ふむと、インはなにか考える様子を見せる。
そういえば、インとグンドゥラはあまりが絡みがなかったな。グンドゥラの控えめな性格からして仕方ないが。
「魔法の練習でも始めたか? 魔力が活性化しておる」
インの発言にグンドゥラが驚いた様子を見せる。え、そんなこと分かるの? というか……
「グンドゥラが魔法??」
「うむ。元々素養はあったんだが、全く使ってる様子はなくての」
「おぉ、よく分かったな!」
インの言葉を半ば遮るようにダゴバートが得意げにインに笑みを見せてくる。やっぱそうなの?
「なんか俺が死にかけたのがこたえたみたいでなぁ……。私も強くなりたいって言ってよ、魔法の練習を始めたんだよ、最近。イーボックさんに聞いたりしてよ。……グンドゥラは前から魔法の才能はあったんだけどさ。家の人たちがグンドゥラに金をかけるのは嫌がってな。魔法を使うのをやめろっていわれるようになってからは全く使ってないらしいんだ」
結構嫌なエピソードなはずだが、もう昔の出来事だからか、ため息交じりにやれやれとそうこぼすダゴバート。
「なるほどのう。……では、私から餞別だ。手を出せ、グンドゥラよ」
餞別? 葬式でも“餞”したし、今回結構大盤振る舞いだな。
グンドゥラはダゴバートと目くばせした。ダゴバートから「イン嬢の言うことなら聞いとけ」と言われ、おずおずと手を出してくるグンドゥラ。信頼度な。
出されたグンドゥラの手にインは態度とは裏腹の小さな手を乗せた。
2人の手の間では、間もなく発光した。2人の手を覆い、手が見えなくなるほどに濃くなった白く丸い光は、各々の驚きの表情で見守られながらやがて消えていった。
グンドゥラは口を半ば開けたまま、光のなくなった手をじっと見ている。ダゴバートが何か変わったのか、と訊ねるが、グンドゥラは分からないと首を振った。
「魔法の訓練はな、はじめの頃が肝要だ。魔力を活性化させ、体内から取り出し、魔法として扱うのは子供の頃が一番易しく、歳を取れば取るほど難しくなる。もっとも、だからといって魔法の道に進んだばかりの者にとって魔法行使が易しいわけではない。だから子供であっても初歩の段階で挫折する者も少なくないのだ。……お主は才能があるぞ。なぜ子供の頃に魔導士の道を歩まなかったのか、少々もったいなく感じるほどにはな」
そんなにか。インが言うくらいだから相当じゃないか?
アルビーナが、「グンドゥラ、そんなに魔法の才能あるの?」と訊ねると、うむとインが頷いた。
「ま、どこまでいくかはお主の努力次第であろうがの。……お主の魔力の流れを整えたぞ。閉ざされていた“魔法の道”も開け、魔法行使がしやすいようにした。これからの魔法の訓練は今までと比べて格段に容易になるぞ。ああ、訓練はしとらんのだったか? ――まあよい。《
「は、はい」
「――あの辺りの地面にでも撃ってみろ」
インが村の門の方の地面を指差して、魔法を促す。周囲に人はとくにいないが……。
――言われたままにグンドゥラは手をかざし、《火弾》を撃ちだした。少し不安に思っていたが、魔法陣が出て間もなく、《火弾》は割と速い勢いで無事に地面に着弾した。
グンドゥラは驚いてしばらく呆然としたあと、着弾点と自分の手を見た。アランプト丘で見たヘルミラの《火弾》くらいか? 俺のよりは遅かったように思うが……正直よく分からない。
「……すぐに撃てました」
今までは時間がかかってたのか。
「ふむ。お主は火魔法と聖浄魔法に才がある。2つの属性を中心に修練していくとよかろ」
グンドゥラが「はい!」と普段声の小さい彼女にしては大きな声で返事をすると、改めて、ありがとうございます、とお礼を言った。彼女にしてははじけんばかりの笑顔だった。
ダゴバートに、「魔法の訓練、手伝ってあげなよ?」と言うと、「おうさ!」とこちらも気持ちのいい返事がきた。夫婦仲よさそうでいいね。
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