8-4 海賊と会合の狙い
「面白いことしてるじゃないの」
やってきたのはヴィクトルさんだった。試合を見られてたらしい。
後ろにはコンチェッタさんとメリットがいた。2人とも
2人とはここに来る前、フィッタで司祭たちを待っている時にいくらか話をしたので面識は既にある。ちなみに他の弓術名士の隊員は
「ヴィクトル」
「ハンツの《瞬筋》でも止められないとはねぇ。いやはや」
皮肉っぽくそう言いながら、ヴィクトルさんはぽんとホイツフェラー氏の肩に手を置いた。
「私の弓もこりゃあダメそうだなぁ。……フィッタで見た頃から私はただ者ではないと踏んでたが、詰め所のあれも夢幻の類でも何でもなく……ほんとにとんでもない逸材だったようだね?」
そう言いつつ、不敵な笑みを浮かべるヴィクトルさんの少し怖い圧にたじろぐ。怒ってはないようだが……あの時はごめんって……。
メリットが「ハンツ様でも止められないって……そんなにですか?」とおずおずと訊ねる。
「ほんとさ〜。魔法も凄腕らしいよ、彼」
一転して圧をなくし、いつもの調子に戻ったヴィクトルさんの寸評を聞いて、メリットは「うひゃぁ! 魔法まで??」と改めて驚きをあらわにした。うひゃあって。
メリットは30歳で同い年らしいが、当時俺はぱっと見高校生くらいに思った。今の言動にしても30歳には見えない。まあ、獣人のグラナンは40歳だったけど。
元々、メリットもまた亜人たちの例によって北欧系というか薄めの顔で若々しいのだったが、声も少年のように高くて背も俺より低いのだった。ちなみに女子っぽい顔の男だ。
メリットは反応から察するに、俺とホイツフェラー氏との手合わせの内容はあまり理解していないものらしい。
そもそも見ていなかったか。まあ、地味なやり取りではあった。ランハルトたちが見えなかったのだから、俺たちの様子をじっと見ていないと成り行きは理解できなかっただろう。
コンチェッタさんの方はと言うと腰に腕をやって、にらむように俺のことを見ている。
銅のような色の髪で目は濃褐色と彼女は明らかに人族だが、肌の焼けっぷりはジョーラや姉妹といい勝負だ。
コンチェッタさんが眉を少しあげて、“ガンつけ”を緩めた。
「私はそうは見えないけどねぇ……弓を避ける身軽さがあるかもしれないのは分からなくもないけど」
とくに筋肉質じゃないしね。メリットと同じくこちらもあまり理解はしていないものらしい。
「お前が一目見て彼の強さを分かったのなら、俺の隊長の座をやるよ」
「はあ?? なんで弓もろくに使えない私が隊長にならなきゃならないんだよ。弓術名士の隊長はあんたしかいないよ!!」
コンチェッタさんがバシンと大きな音を立ててヴィクトルさんの背中を平手打ちした。
幸い革の鎧があるので、“ヒトデ”が出来ることはないだろうが、勢いのままに軽くつんのめるヴィクトルさん。
「弓を扱えないのが弓術名士の隊長になるのは確かにおかしな話だが……」
「だろう??」
コンチェッタさん弓がダメなのか。
コンチェッタさんはやや薄めの唇をにっと引き延ばして気持ちのいい笑みを浮かべた。ヴィクトルさんは嫁の邪気のない様子を見て小さく息をついた。いつものことだろうけど、ヴィクトル節の軽口は通用しなかったらしい。
彼女の西欧系にしては丸っこい小さめの鼻は、なんていうのか……ちょっと指でつまみたくなるような感じがある。別に深い意味はない。
そんなポンコツ味もある彼女のことは当初ジョーラを彷彿とさせたものだが――ジョーラがポンコツと言ってるわけでは……ない――今では「女将さん」の印象が強い。
女将さんと姉御肌の違いを真面目に考えたのは生来初めてだ。たぶん。
「なあ、メリット? あんたもそう思うだろ??」
「え? ……あ、はい。隊長はヴィクトルさんしかいないかと」
そうだろうそうだろうと、少し慌てて答えるメリットに鷹揚に頷くコンチェッタさん。
ちなみにメリットに翼の類はない。
顔立ちこそハーフっぽい薄めの顔をしているが、彼に鳥人族的な要素は何一つなく、まんま人族だ。
クォーターなのだから翼がないのは当然だとメリットは言うが、彼は鳥人族の中でも力自慢だった鳥人族の血を受け継いでいるらしく、片手斧を振り回せるくらいの男――つまり体格のいい人族の男くらいの力はあるらしい。この可愛らしい顔と俺よりも低い背で。
これで部隊入りしている魔導士だというのだから、彼の立ち位置にいよいよ混乱するが、レベルは28なので、それほど実用的な器用さではないんだろうなと思う。
「ヴィクトルは私が認めた唯一の男なんだからねぇ。隊長くらいぱぱっと務めてもらわないと」
「――ふっ。相変わらず愛されてるな」
冷笑しつつ視線を寄せてくるホイツフェラー氏に、ヴィクトルさんは、おかげさまでねと肩をすくめた。
真面目な話、“困り眉”と“吊り眉”の2人は俺から見てもお似合いの夫婦だ。
「七星の仕事に目途がついたら海賊になって海に出ようかと思ってるさ〜〜」
「お前がか?」
唐突なヴィクトルさんの園児の演劇のような起伏の少ない台詞に、ホイツフェラー氏がくくと笑いを押し殺した。海賊て。
「え、あんたが海賊に? そうなのかい??」
と、ちょっとマジに驚いた様子でコンチェッタさん。いやいや。
「いや、出ないよ。公国からまた海賊をどうにかしてくれって頼まれたらしょうがないから行くけどな」
顔に喜色がにじんでいたコンチェッタさんがそうかい、と息をついた。残念そうだ。
ヴィクトルさんが海賊になると冗談を言ったように、コンチェッタさんは元海賊なんだそうだ。
海賊同士の諍いの中、討伐依頼を受けた弓術名士一行に助けられたが、ヴィクトルさんに惚れたのを機に船を降りることにしたらしい。コンチェッタさんが所属していた海賊は海賊にしては珍しく義賊的な海賊だったんだそうだ。
コンチェッタさんにそういえばなんかインにも似てるなぁとも思う。もちろんインほど賢いと言っているわけではない。
インを見ると、片眉をあげて微妙な顔を寄こされた。
「なんだ?」
「いいや? なにも」
どうせろくでもないこと考えておるのだろ、と軽くにらまれつつ言葉が続いたが、無視した。勘がいいな。
「ところで。どうしてこの……“簡易模擬戦”の流れに? 仲良し喧嘩なわけはないと思うが」
仲良し喧嘩ってなに? いや、なんとなく分かるけども。
「確認みたいなものだ。別に深い意味はない」
「確認ねぇ……まあ、確かに確認は必要だよな。もし彼が敵なら、俺たちは内側から崩される羽目にもなるのだからな」
そう嫌な仮定話のままに、ヴィクトルさんが俺を見てくる。
声には悪いものは特別なかったが、緩んだ口元はまたもや不敵なものがある。目は笑っていない。
「まさか敵だって言ってくれるなよ?」と、しっかりと暗にそう言っているように見えなくもない。普段おちゃらけてる人だからいよいよそれっぽいなぁ……。
……コンチェッタさん、にらみが怖いです。やめてください。
弓使いが斥候や周辺警戒をする「レンジャー」と同一視されるように、らしくヴィクトルさんは探索系のスキルを所持しているのをはじめ、罠や奇襲の戦法にも長けているという。
まだ付き合いは浅いが、気さくで飄々とした言動とは裏腹に、常に頭であれやこれやと考えていそうなことは察しがついているところだ。
「ダイチが敵ならこれほど楽な敵もないぜ」
おや。相手がフランクなヴィクトルさんなので、ラディスラウスさんほど対応に悩まないところだが、意外なところから助け船が出てきた。
同じく、ヴィクトルさんもランハルトに意外そうな顔をした。
「それはどうしてだい?」
「ダイチたちはそのうちオルフェを出るらしいんですよ。それでケプラの会合には出づらいって言ってて。そんな謙虚な奴が敵になるわけないでしょう?」
ヴィクトルさんは、「なる・ならないの話ではなく、敵だと仮定した場合の話を聞いているのだが……」とこぼしながらホイツフェラー氏の方を見た。確かに。信用されているのは嬉しいのだけど。
ホイツフェラー氏はランハルトに寄せていた視線を戻して、俺に頷いてくる。
「本気で疑ってるわけでないから心配しないでいいぞ、ダイチ。ヴィクトルはこういう奴なんだ。昔っからな。――そもそも俺たちは一緒にオトマールたちの仇討ちをした仲だ。疑おうとは思わんし、第一、彼が悪さができる奴とも思っていない。あまり兵士にも向いていないようだしな。……確認というのは単に彼の強さに関してだ。個人的な興味だな。俺は最低でも副官クラスはあるように思ってたんだ。……ま、事実はだいぶ異なっていたがね」
とくに言葉が出ないのは納得ができたからか。ヴィクトルさんがアゴを数度動かして視線を俺に向ける。
面々からも好奇と疑惑の視線。コンチェッタさんは腕を組んで再びにらむような顔になった。
「私も興味はあるんだぞ? 是非とも模擬戦闘をしてみたいものだが、まあ……また今度にしよう。私は近接戦闘はさほど得意じゃないし。ジャスがこの場にいたらちょっとやらせてみたいが。――勝てる勝てないは別としてね。格上の相手と穏便に戦闘ができる機会などそうあるもんじゃあない」
今度は眉目を開けて気さくな表情を見せるヴィクトルさんの言葉に、ランハルトとメリットが同意するように頷いた。ジャスはディディたちの弓の先生の息子だったか。
それにしてもホイツフェラー氏もジョーラもそうだったが、七星・七影の隊長クラスともなると格上の相手でもあまり動じないようだ。……というか、すんなり格上って納得されるのもちょっと怖いものがあるな。とくにヴィクトルさん相手だと手痛い対策の1つや2つ講じてきそうで。
「……それで君らはケプラを出てどこに行くつもりだい?」
俺はさきほど軽く話した内容をヴィクトルさんにも話した。目的地にも触れた。
「――ふうん。ガシエントか。なにか用事が?」
「ガシエントに用事があるわけじゃないんですが……2人の里に行こうと思ってて」
「ダークエルフの里か?」
「はい。名前は……」
トミアルアだっけ? と、口に出しつつ姉妹を見ると、ヘルミラから、
「タミアルエの里ですね。トミアルアはないです。トルアルエの里はありますけど」
と、説明してくれる。トルアルエの里は、先々代の
内々で以外だと使う機会がないっていうのもあるが、ほんと覚えられないな、ダークエルフの里の名前。
「ごめんね? なかなか名前覚えられなくて」
いえ、気にしないでください、とヘルミラが微笑する。
今気づいたが、インはディアラに寄りかかってた。もちょっと待っててよ。ディアラに苦笑しておく。
「残念ながら私はダークエルフの里には詳しくないのだが……なるほど。ふうむ……。お供のあてとかはあるのかい?」
お供。
……候補の1人はガシエント出身のエリゼオだ。騎手は金櫛荘の名前は忘れたが美少年の子が騎手ができるそうなので、借りるつもりでいた。
俺の顔を見ていたヴィクトルさんが、
「とくにあてがないなら、会合は参加してみてもいいかもなぁ。……まさかお供を連れずに行こうとは思ってないだろ? ああ、もちろん君たち3人以外でね」
と、ヴィクトルさんが姉妹やインのことを見る。
お供ねぇ……。
他にもカレタカたちとかアレンたちもいるし、俺は別に改めて探すほど人手には困ってはいないと考えていた。
でも旅に付き合ってくれるかどうかはさっぱり分からない。アレクサンドラをはじめ騎士団勢は現状微妙だし、どれほど断られてしまうかは正直予測はできていないのだけど。全滅したらギルドに頼んでみようとか……成り行き任せでもあった。
「会合ではお供が見つかりそうですか?」
「もちろんさ~。会合に集まるのは何も七星・七影だけじゃないよ。私兵を持つケプラの有力貴族はもちろん、奴隷の請負をしてる奴らも集まるからな。俺たちと“縁の深~い”君に恩を売っておきたい奴は五万といるだろうさ。そうしたら馬車もお供も選び放題さ。もちろん、タダでね。ダークエルフやエルフのお供がいるかはちょっと分からないが」
ヴィクトルさんは「縁の深い」と「タダ」の部分を強調しつつ、気さくな表情を見せてそう説明してくれる。ヴィクトルさんの言い方に内心で苦笑してしまうが、確かにそういう面もあるか。
……本当にタダになるのかはともかく、彼らを横に置いたら交渉がスムーズなのは確かだろう。俺も喜び、彼らも喜ぶなら――しかしいくら強いと言っても俺と関わってそこまで喜ぶか? ホイツフェラー氏が誘ってくる理由はなんだろう――ウィンウィンにはなる。
ちらりとインを見ると、聞いてはいるようで『ま、こやつの言う通りであろうの。お主は夜は寝てしまうし、ディアラとヘルミラに夜番を任すのはちょっと不安もあるしの』と念話。そうだね。
延命治療を施せばその辺の不安も解消されるとは聞いているが、話の続きについてはまだ連絡がきていない。
ガシエントまでは1日で行けるわけもない。
ガシエントの辺りは荒野が多いらしい。隊商も通れば
当然野宿もしなければならないのだが……俺は夜はしっかり眠くなるのでインの言うように夜番ができない。
そもそもキャンプのやり方も俺たちは分からない。出現する魔物はもちろん、戦闘以外素人の4人のための旅の同行者は、いったいどれほど人数がいた方がいいのかすらも分からないとくる。成り行き任せと言ったが、結構な成り行き任せの旅であるとは自覚している。
「俺の方でもプッシュしといてあげるよ。弓術名士と戦斧名士お墨付きの勇士だから、襲撃の心配はいらないってね」
ヴィクトルさんがウインクする。その時は君が攻略者ランクが「1」であることは伏せてくれよというので、俺は苦笑しつつ頷いた。
夜は俺は襲撃に関しては何もできないのだが、伏せておいた。お供の方々の役割になるのはもちろん、最悪インが七竜たちと力を合わせてなんとかしてくれるだろう。たぶん。
<ランク1>なんですか、と少しばかり驚いてメリット。
「ああ。笑っちゃうよなぁ。俺だって<ランク3>はあるのに」
「ランハルト<ランク3>なの? すごいね」
「嫌味かよ」
え。どこが嫌味だった?
「<ランク3>まであげるのに早くても1年なんじゃなかったっけ。だから強さ=ランクってわけでもないんでしょ? 上げるの面倒な人もいるだろうし」
「お、おう。まあな」
あまり口出ししていなかったイーボックさんが、あんまり褒めてやらないでくれ、と口をへの字にしながら横から発言してくる。
「なんだよ。ほんとに大変だったんだぞ?? なんとか草って貴重な薬草取りにゲラルト山脈を登ったり、スカイスパイダーを捕まえるのに4日かかったりよ」
ゲラルト山脈はきつそうだな……。
「スカイスパイダー?? そんなのメープルシロップか蜂蜜の入った壺でも置いとけばすぐ捕まえられるだろ」
「甘いのに目がないって知らなかったんだよ……」
イーボックさんが首を振りながら、先に魔物の本でも読むべきだったなと苦言を呈した。甘いものが好きな蜘蛛か。
――ランハルトのことはともかく、結局俺たちは会合に参加することになってしまった。
ホイツフェラー氏の機嫌が明らかに良くなったのを見るに、ヴィクトルさんの作戦勝ちという風にも取れなくもない。
俺が会合に参加してそんなに嬉しいことがあるのだろうか、と思う。確かに彼らの面子は立つのかもしれないが……。
もっとも俺は、ヴィクトルさんの言うようにあくまでも旅の計画のために参加するだけだ。
ラディスラウスさんの「強引な徴兵はしない」という言葉を信じて、一緒に戦ってくれと言われないように一応細心はしておかなければならない。まあ、手合わせくらいは覚悟した方がいいかもしれないけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます