8-2 ホイツフェラーの誘い
インの“餞”は、続いて行われた穴掘りの終わった墓地での2回目の葬儀でも送られた。
俺が「餞、送らないの?」と訊ねなかったら、ひょっとすると忘れていてしなかったかもしれなかったのは、インらしいところだ。
穴掘りは滞りなく終わったにしても2回目の葬儀まで少し時間が空いたので、仕方ない面は一応あったけれども。
インにとって葬式の準備の待機時間が退屈だったのは言うまでもない。まあ、俺も手持無沙汰だった。ぼーっとしていたので苦ではなかったが。
ちなみにこの2回目の葬式では、ウィンフリート君が参列していた。
当初フィッタに訪れたとき、ベノさんやコンスタンツェさんと話をしていた商人見習いの青年だ。発明家の才能がある青年でもある。
生存していたことに驚いたものだが、彼は父親の死にすっかりしんみりとしていた。
彼の人生観――とくに経済観だ――を変えるほどには父親はろくでなしだったらしいが、父親の人間性を何一つ尊敬できないほどには恨んでいなかったものらしい。父親は代筆屋だったそうだし、なにか心に響く言葉の1つや2つ、ウィンフリート君に言っていそうなものだ。
どこかのタイミングで話でもしようかと思ったりしたが、……ウィンフリート君は気づかわし気なダゴバートやデレックさんなどの面々と話し込んでいて話しかけるタイミングを逃してしまった。
結局ろくに話していないのだが、顔見知り程度だったし、生きていただけでもよかったものだ。生存が分かっただけでも救助に向かったこちらとしても嬉しくなる。なんでも襲撃時は、ケプラにいる商売の先生の元にいたそうだ。
シャルル司祭とハミットモールさんがインの餞を、縁起のよいもの強いては自分たちの使命として受け取り、ここに新たに納骨堂を立てようという割と本気めの話をしているのを小耳に挟みつつ、ここ数日でだいぶ聞き慣れただみ声が俺を呼んだ。ランハルトだ。
「ダイチたちはベルガー伯爵の葬儀のあと何かあんのか?」
「何か?」
今回墓地警備の担当になっていないランハルトは手・足・胴に1か所ずつ金属の装備をつけた軽装モードであり、冑も被っていない。
ランハルトは冑を被っていた方が映える人種だ。禿げてはないのだが、短い毛髪は脂か汗でか“ツンツン”していて、俺は中学生の頃によく見かけた昼休みに汗をかいたあとの五分刈りのクラスメイトの頭部を思い出した。
「何って予定だよ。明日ケプラで大規模な会食があるのは知ってんだろ?」
ランハルトの頭髪のことはともかく、俺は頷いた。
明日に開かれる会食の目的は今後の防衛に関してだ。とくにセティシアの防備について。
襲撃から3日足らずだし突飛な開催ではあるのだが、事は急を要するだけに仕方ないんだろう。
フィッタもセティシアも、防衛力の要となる兵士のほとんど全てを殺されてしまった。
生き残った住人たちは無事にヘッセーに移動し、都市としての機能を完全に停止してしまったフィッタはともかく、セティシアにはまだ市民が大勢いる。都市として終わる予定もない。
ただし防衛力のなくなった街は人の流出に歯止めが効かない。逃げる市民に罪はない。この状態をもし放っておけば、都市はあっという間に失墜し、都市としての機能を失い、やがては賊がはびこる場所になるだろうという。
そんなことは、この世界で常に危険と隣り合わせに生きる人々なら誰しもが分かっている道理らしかった。まあ、最近まで現代社会にいた俺だって彼らほど早くはないが、想像はつく。
防衛力はただちに補充された。いなくなった兵団の代わりには七星の部隊や各地の兵士たちが派遣され、今のところは難をしのいでいる。ただ、連携・連絡などは一から訓練し直しになるし、彼らが元いた土地では当然兵士が減っている。
七星や七影は確かに強い。だが、隊長格は各隊につき1人しかいない。隊長のみなが万能なわけではないし、1人で出来ることは限られる。また、隊長格はオルフェだけに存在しているわけではない。
隊長は戦闘に関しては天賦の才能があるが、人だ。疲労もあるし、夜には眠くなるし、空腹時や魔力がなくなれば力も出ない。単純なミスだってする。そのためには信頼のできる部下を夜番に置き、「暗殺の不安のない寝床」が必要になる。
地形、天候、扱う魔法やスキルの把握と欠点、人としての癖・弱点、大事な身内……。
警備兵だけでも頭数を揃えてしっかりと作戦を組み立てて動くことができれば、対七星・七影戦でも戦況が覆る可能性は十二分にあるとは、上記の隊長格にまつわる考えを述べたホイツフェラー氏の言だ。
彼曰く、“武器として一番強い”のが「大事な身内」だというのだから、一般兵だけで相手をするのがいかに難しいかは簡単に想像ができたけれども。
くわえてもちろん、兵士を揃えればいいという問題でもない。
ピオンテーク子爵が亡くなったため、新しい領主ないし市長も据える必要がある。当然、適当でない人選では都市の寿命は知れたことだ。
アマリアがまた攻め込んでくる可能性だってある。国境にあるという破壊された砦や街の門を立て直さなければならないし、あちらもあちらで葬式もある。死者と葬式を蔑ろにする都市は市民の信頼が得られず、「市民の質」も落ち、廃れる命運だ。
マイアン公爵の評判もガタ落ちになる。公爵の政治は善政とされる。評判が落ちるのは領民にとって、望ましいことではない。
と、挙げたのは悪いことばかりだが、国境近くのアマリアの都市トルスクを押さえられたことは大きい。相応の兵士と数を置く限りはむやみな侵攻を防げたことになった。
当然ながら、一番敵地に近い場所でもある。トルスクの占拠の維持と周囲での駐屯地の敷設に関しても、会合で行われる予定の話題の1つらしい。
「ハンツ様がよ。ダイチたちもよければ会食に参加してくれってさ。ダイチは<山の剣>を1人でどうにかしちまうくらいだしな。村人救出の立役者だし、呼ばれるのは当然だよなぁ。攻略者になったばかりで<ランク1>ってのには笑っちまったけどよ」
そう事情を独り言のように語りながら愉快そうにくつくつと笑うランハルトとは裏腹に、正直俺は会食に関しては後ろ向きな考えを持っていた。
この会食の目的は上でも触れたが、ようするに「今後の戦いの準備について」だ。
俺たちも参加するということはつまり……俺がオルフェの戦力の1人として正式に数えられることを意味するのではないかと俺は危惧している。
もちろん俺が拒めばいい話なのだが、わざわざ拒むのに会食に参加するのは正直気が乗らない。だいたい、七星や七影たちのいる場で堂々と拒むのはちょっと。
彼らがどのような傑物たちであるのかは気にはなるんだけどね。空飛べたりするんでしょ? 気になるよそりゃ。
「あんまり気が進まねえのか?」
俺が視線を落としたまま言葉を続けずにいたためか、一転してランハルトが気づかわしげに見てくる。
ランハルトは垢抜けない男だが、その実気遣いは結構出来る男だ。意外にもとっつきやすい人だという認識が俺の中にはある。
当初はがさつそうな外見や言葉遣い、だみ声から、「西部駐屯地の野獣」とか呼ばれているらしいホロイッツが思い出されたものだが、今となっては全く違う人種だ。もちろんランハルトの方がいい。
「……正直言うと、そうかな」
「ふうん……。ハンツ様の言った通りだな」
え。どう言ったのか気になったが、もう目の前にホイツフェラー氏がいた。そんなに歩いていたわけでもないが、黙りすぎていたものらしい。
「お、フィッタの英雄殿がきたか」
冗談風を吹かせるホイツフェラー氏に、何とも言えない気分になる。
イーボックさんが、「お前のことじゃないからな?」とランハルトに言い、「んなこと分かってるよ」とランハルトのふてくされたような返答。
「ランハルトから話は聞いたか?」
「ええ、まあ。会食のことですよね?」
うむ、とホイツフェラー氏が満足気に頷く。隣にいる副官のラディスラウスさんが探るように俺のことを見ているのに気付くが、悪いものはない……と、思いたい。
「1つ言っておくが」
話をしだすらしいホイツフェラー氏に再び目線を合わした。
「今回ケプラで開かれる会食は誰でも参加できるわけではない。参加者は俺が言うのもなんだが、豪華なもんだぞ?
規模のでかい話だ。
「無論、七影や七星だけではない。ケプラの市長や役人、他の大貴族たちも参加する。普段から俺たちや王家や国に資金提供している金のある家の者もな。彼らを通じて、話し合いの内容は各領主・各貴族たちにも伝わることになるだろう。……話の内容は主にケプラとセティシアの今後についてだが、……王と二大公爵の力も借りることになるだろう。マイアン公爵だけでは荷が重たいだろうからな。決まるどの計画も、時間と金がかかる大きな規模になるだろう。……この会合はオルフェの未来を考える場と言い換えてもいいだろうな」
分かるな? 光栄なことだろう? とでも言いたげに、腕を組んだホイツフェラー氏が満足げな笑みを浮かべてくる。
「すごい規模ですね……」
「うむ。本来ならもっと腰を据えて開催したいところだが、まあ仕方ない。セティシアの軍事力がなくなっている今、決断は早い方がいいからな」
さすがに言わないが……特別有名になりたくない俺にとって、この会合に魅力的な要素はさほどない。
復興を助けたいとは思う。俺だってオルフェには世話になった身だ。だが、それはできるなら、復興支援という形だけで収まるのが一番望ましいかもしれない。
人脈をつくりたい気持ちはなくはないんだが、……この大きすぎる規模からすると、正直ほどほどでいいと思ってしまう。七星七影全員と仲良くなることが嫌なわけではないが、俺のことないし実力が連鎖的に知られていくのは本意ではない。
だいたい俺なんかが気軽に参加できないんだよな。俺は兵士でもなければ貴族でもない。……オルフェに籍を置いているわけでもない。
そもそも俺は、金櫛荘の宿泊期間を終えたらケプラを発つつもりだ。
ケプラを発ち、オルフェを出て……向かう先は姉妹の故郷だ。
つまり――北だ。俺たちは元々の旅の目的に戻ることになる。その後にケプラにすぐに戻ってくるかは正直分からない。いずれは戻ってくるかもしれないが……。
この出立に関しての俺の懸念事項と言えば、姉妹やインが寂しくならないかとか、旅の間の食事はどうするかとか、夜番は大丈夫だろうかとか、あと、アレクサンドラと離れ離れになることくらいだ。
彼女が俺たちについてきてくれるのならこれほど嬉しいことはないけれども……団長や団員たちが欠けた今の騎士団に彼女まで失うのはどうなのか。まだ聞いてはいないが、彼女の意志もある。
俺がケプラを出ることを決断したのは、……情けない話かもしれないが……戦争の現場を見たくないためだ。
セティシアを奪還し、アマリアの南端にあるトルスクも占領できた現状では、フィッタのような惨劇が唐突に起こる不安はひとまずなくなったと言えるかもしれないが、戦争そのものがなくなったわけじゃない。
アマリアはスパイを送り込んで情報を得たり、内部から崩すことも考慮に入れるだろう。もしかすると、既にスパイはいるかもしれない。トルスクの奪還だってそうだ。それなら……それならもう、オルフェを出てしまう方がいい。
俺は戦争の相手であるアマリアの土地も出来るだけ踏まずに、ガシエントに向かおうと考えている。
ガシエントはドワーフの国だ。所属としてはフーリアハット連合国の1つであり、連合国代表国のエルフ国フリドラン傘下の国にもなるのだが、ガシエントはよほどのことがない限りは中立の姿勢を貫いている国らしく、今回のオルフェとアマリアとの戦いにも関与しないだろうと考えられている。
亜人国だが、フリドランのように、人族を排斥しているということもない。
「……まあ、別に話をするのは偉い奴だけじゃないからな。攻略者、小貴族、財産の少ない商人、ケプラの役人など、俺や他の奴らが顔も知らんような連中もいるだろう」
俺が何も言わなかったため少し間があったが、ホイツフェラー氏は話を続けた。気づかわし気だった。
その気遣いっぷりが、俺と彼との“ズレ”を明確にさせる。俺は戦争屋じゃないし、とくに成り上がりたいわけでもない。俺は俺の周りの人たちを守れるならそれでいいんですよ、ホイツフェラー氏。
ホイツフェラー氏は軽く周囲に目くばせすると、
「……君がクヴァルツと話をしていたのを見たんだが、まさかミージュリアの生き残りではないよな?」
と、今度はそんな質問を寄こしてくる。ランハルトとイーボックさんもまたホイツフェラー氏のことを見たが、それほど動揺した様子もなく俺に視線を戻した。
「いえ、違います。彼にはそうに違いないと断言されて結局違うと言いそびれてしまったのですが……」
俺が苦笑交じりにそう伝えると、ホイツフェラー氏は口元に同情するような苦い笑みを浮かべて、そうだろうな、と納得した。
「奴の早とちりだったようだが……奴ほど不幸な者も私はかつて見たことがない。今回のフィッタも悲惨だったが、それでも奴の方が不幸だろう。言葉通り、奴には残らなかったのだからな」
そうだな。滅亡したとか口で言うのは簡単だが……。
「親族も故郷も、国すらも奴にはない。身内や仲間の墓地すらもな。葬式もろくにしてないだろう。葬式を執り行う者もいなかったのだからな。……色々と言ってくるだろうが、多めに見てやってくれ。あれで結構神経質な奴なんだ」
「はい。ヘッセーに来たら案内すると言われたので、一度は行こうかと思ってます。葬式以外でちゃんと」
俺の言葉に好意的な表情で口を結んでアゴを数度動かすホイツフェラー氏。
ミージュリアは例の爆発および消失事件が起こってからは曰くつきの土地と言われる側面もあったようだが、クヴァルツはホイツフェラー氏たちからは良い意味で色々と気にかけられているようだ。
クヴァルツはこの悲劇に関してはまだ消化不良といった感があったが、これは彼が生涯をかけてかみ砕いていく問題だろう。
「是非くるといい。飾り気のない城塞都市だし、ケプラほど商業都市然としている場所じゃないがな」
そうして、ホイツフェラー氏は「それで、会合に来るのは気が進まんか?」と改めて訊ねてくる。
段々と拒みにくくなってきたなと思うと、ラディスラウスさんがなにか気にかかっていることでもあるのかね、と訊ねてくる。
仕方ない。正直に言うか。
「……俺たちは近いうちにケプラを発って、オルフェを出ようと思っています」
ラディスラウスさんはさほどの動揺もなく納得したように小さく頷いたが、ホイツフェラー氏の方は不意を突かれた様子があった。
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