第8章 死を見送った先で

8-1 告別


 最後まで残っていた夫妻がようやく立ち上がった。やっとか、などという感想は出てこない。


 泣いていた奥さんは旦那さんとハスターさんに連れられて、その場を後にする。

 彼らを説得するため傍までやってきていたハスターさんはまるで2人の親しい親戚かなにかであるかのように、最後まで連れ添って歩いた。


 夫妻は娘と息子を亡くしたらしかった。


 会話から察するに、夫妻はフィッタの友人に子供を預け、隣町のヘンジルータに行っていたらしい。

 警戒が解けて来てみればフィッタはこの有様で、死体安置場で寝かされていた子供が息をしているわけもない。


 その時の彼らの感情の荒波は俺にも手にとるようにわかった。

 もし彼らに少しでも「力」があったのなら、いくらか騒ぎになっていたことだろう。2人はごく普通の平民の夫婦だ。


 彼らの様子を見ていたシャルル司祭が息を吐き、小さく首を振った。


「嘆かわしいことだな……」


 もう眉毛すらも白髪の司祭の言葉は憂鬱げだった。

 彼が嘆かわしいとこぼすように、夫妻の悲しみの一幕は俺の脳裏にも印象を残すことだろう。フィッタ襲撃事件の被害者の一家として。


 シャルル司祭の隣に立っているミミズク男――鳥人族ハーピィのハミットモールさんがそうですな、と静かに同意した。

 2人とも地面につきそうなほど長い細い赤いラインの入った白いローブを羽織っているが、ハミットさんの後ろにまわした手は毛むくじゃらだ。


「……ハミット。20年前、廃村になったリンクトブランを覚えているかね?」

「今は復興していると聞いていますが。あそこも悲劇の村でしたかな?」


 ハミットモールさんがシャルル司祭の方を向いた。途端に、巨大なミミズクの顔と嘴があらわになる。

 今は葬儀の準備のまっ最中だ。みんな喪に服していて、明るい表情を見せる人なんて、物の分からない子供ですらもいない。


 はじめはちょっと冗談のようにも思えてしまったハミットモールさんの動物的な、いや、まんま動物の人相だったが、彼の所属する赤竜教会の関係者をはじめ、誰も彼の顔に非難を寄せている人はいなかった。

 俺もやがて見慣れた。……慣れると何事も気にならなくなるものだ。俺が奴らを殺すのに慣れたように。


「規模で言えばフィッタほどじゃなかったがね。死んだのは40名ほどだったか……。襲撃した賊どもは当時のウラスロー伯が壊滅させたんだが、後に残党どもが襲撃し、家々に火を放ったんだ。そのため生き残りはみな難民になってしまってな」

「そんなこともありましたな」

「……この時、リンクトブランの神父も同様に亡くなり。会合の帰りにたまたま居合わせた私が、式を担当したのだ」

「なるほど」

「……フィッタの知らせを受けるまで、私の経験上ではあれが一番の悲劇だったな」


 ハミットモールさんは嘴を上下させながら話を聞いていた。

 やがて彼は微妙に人間らしくない一定の緩やかな速度で首を動かし、視線を前に戻した。


「あなたは戦地へ赴いた経験がありませんからな」

「ああ。幸いにもな。今後もない方がいいよ。私は凡庸なんだ。聖人たちのような勇敢さや犠牲心は持たんのだよ」


 《聞き耳》で鮮明に聞こえていた2人の会話はそこで途切れた。


 2人の前では依然として、神父や子供たちが内部に低い仕切りの作られた長方形の穴を方々から巡り、紙切れと真っ白な陶磁器の瓶を手に水を撒いてまわっている。


 瓶の水はただの水ではなく、聖水だ。

 この聖水は、水に聖浄魔法の「純然たる魔力」を流し込んだものだという。


 彼らから崇められているインは大した効果は持たないとこぼしたものだった。

 それでも七竜と話をしたことすらもない彼らにとってはきちんと教会に所属する神父たちが清めた水には違いなく、みんな有難がって彼らが聖水を撒き終わるのを待っているのだった。


 俺たちの眼前に広がっている長方形の穴は深さこそそれほどでもないがプールより狭いくらいの広さがあり、無数の棺桶が整然と並べられて置かれている。

 棺桶は木製で、何の飾り気もない。棺桶が簡素なのは遺体がみんな平民なことも手伝っているし、ここ数日、職人たちが葬式に間に合わせるため急ぎで数を作っていたこともある。本来なら、もう少しだけ手の込んだ棺桶にするそうだ。


 もちろん、棺桶の中にいるのはフィッタの村民たちだ。虐殺劇の被害者でもある。


 ハスターさんに連れられた夫婦が去る少し前までは、集まった遺族たちがそれぞれ別れを惜しんでいた。泣く人もいれば、声を荒げる人もあり、ただ黙って座り込んでいるだけの人もいた。

 遺体に金目のものが残ってないかまさぐる不埒者もいたが、なんにせよこの時間は長く、悲しく、そして――みじめな気持ちになる時間だった。墓から少し離れた周りでは戦斧名士ラブリュス弓術名士ボウマスターをはじめとする割とレベルの高めな隊員たちが白い火の灯った松明を手にじっと周囲を見張っているのだが、それが少し羨ましく思えたほどに。


 自分を責めることはできない。これでも俺は一番早くフィッタに向かったからだ。でも結果はこれだ。生き残りの方が圧倒的に少ない。


 聖水を撒いていた1人の神父が2人の元に戻ってくる。彼から手渡された小さな紙切れを見て、シャルルさんは頷いた。

 やがて他の神父と子供たちも戻り、同様に紙切れを見ては頷くと、ハミットさんに「ハミット。陣を」と、言葉を発した。


 ハミットさんは傍の地面に置いてある木箱から別の紙を取り出した。魔法陣が描いてあった。


「さあ、この陣容が見えるように魔法の巻物スクロールを埋めてきなさい。グリーグはこれでそれぞれ8つの陣に媒介魔力を少量注入するように」


 そう言ってハミットモールさんは紙をそれぞれ子供に、銀色のバングルをグリーグ神父に渡した。グリーグ神父と子供たちが頷いて散っていく。バングルは察するになにか魔法効果が込められているのだろう。

 子供たちは中学生ないし高校生と思しき年齢だが、神父見習いだ。みんな白いローブを着ていて、準備が始まってからずっと騒がず駆けず、だけども迅速に葬式の準備に奔走していた。誰もが早くも何か小難しいことの1つでも考えていそうな利発そうな顔立ちに見えた。


「ハミット。隣の墓地予定地を見てきてくれないか? 伯爵たちもいるし、みんなしっかりと掘ってくれているようなんだがね」


 シャルルさんにそう言われ、ハミットモールさんがのしりのしりと隣の穴に向かう。


 隣の墓地は聖水を撒いていたこちらの墓地と違い、穴掘りが途中だ。墓地を1つ掘り終えてからというものの、男たちは続けて穴を掘り続けている。

 もちろんこの2つ目の穴も同様にフィッタ市民を埋める墓地。棺桶が足りずに現在進行形で職人たちが作り続けているように、墓地も急ごしらえだ。


 ――俺は低いマツの木を後ろに、集まった他の人たちと同じようにぼんやりとこうした作業と準備の光景を眺めていた。


 草が伸びっぱなしだった緑色の更地の一部は今や開拓されて茶色い土がむき出した土地になり、柵に囲われ、随所に松明が置かれている。

 穴掘りと同様、ロウテック隊長や魔導士の兵士たちが土魔法で手伝ったこともあるが、作業はつづがなく、あっという間に進んでいった。


 周辺都市からは相変わらず、棺桶をはじめとする葬式に入り用の物品や人を運ぶ馬車がこの共同墓地へやってきては、この簡素な墓地に人を増やし続けている。

 比較的早めに来た俺たちだったが、もう参列者および関係者は軽く100人はいるだろうか。


「ご主人様」


 ディアラが声をかけてきたので振り向く。


「……お水でも飲みますか?」


 そう言って、ディアラは俺に革の水筒を差し出してきた。ヘルミラの表情もそうだが、なんだか気づかわしげだ。とくに喉が渇いているわけじゃないが……。

 俺の腰には水筒はない。姉妹が提げているもののみだ。


「もらうよ。ありがとね」


 なんにせよ、心遣いをむげにする気もなかった。

 水は単なる水なのだが、喉を通る水の感覚は気持ちをいくらかすっきりさせてくれた。


 ……別に葬式の準備の雰囲気にあてられたわけじゃない。


 確かにところどころで死を嘆き悲しむ風景があり、それで悲しい気分にはなった。でも全員が全員身内をなくしている者ではないし、世間話に花を咲かせる女性たちや、今後のマイアン公爵領の経済や自分たちの商売のことを話している男たち、ホイツフェラー氏やヴィクトルさんに媚びを売る会話なんかもあったりする。


 黒い服を着ている人なんてほとんどいないし、まるで工事現場のような言葉通りの土葬なのだが、人の様子に関しては転生前の葬儀前とさほど変わりはないように思う。


『親の死でも思い出しているのか?』


 隣であぐらをかいて座っているインから念話が来る。


 ――確かに両親の葬儀のことも思い出したよ。


 魂の抜けた顔とでも言うのか。義両親の死の顔は、言葉に詰まる表情をしていたものだ。


 ――……そんなに俺気づかわしげ?


『そんな風に子供のように丸まって座っていればの』


 ああ、この座り方か。

 俺は体操座り――体育座りだったっけか――を崩した。はじめは木に寄りかかっていたが、いつの間にかこう座ってたらしい。


「悲しくなったか?」


 今度は直に言葉を発したインに、内心で俺は自分に悲しいのだろうか、と問いかけた。


 悲しいのは確かだ。だが、俺は参列者の人たちほど亡くなった彼らと深い関わりを持っていたわけではないし、悲しみが多分にあったとしてももう悲しむ段階は通り越しているのだと思った。

 通り越した末、感情という感情をどう動かせばいいのか分からなくなっているのだろう。


 ひどい有様だったフィッタに来た時には、感極まってベノさんが自分のじいさんならいいとか思ったものだが……ベノさん側からしてみれば、俺は単なる知人だ。知人ですらなくても納得ができる。


 そうなると、俺はただの知人ですらない人の死に目に気分が沈んでいることになる。

 それでもある意味正常ではあるのだろう。ちょっとでも多感な人なら、葬式に参加するだけでも気分が落ち込むものだ。でも、顔もろくに知らない違う部署の上役相手じゃこんな気分にはならなかった。


 すべては、村民の死体まみれだったあの地獄のような現場を見たからかもしれない。村のそこかしこで、むかつくような腐臭と血のにおいばかりが漂っていた。

 今思うと、奴らを切り伏せていった俺が別人のようにも思えるが、俺は自分が正しいことをしたのだと思った。みんなもそう俺を評し、兵士たちは俺のレッドアイ討伐に次ぐ新たな武勲を称賛したものだった。


 だが、俺の善行の結果は……もうやめよう。堂々巡りだ。


 もう様子見は終わったのか、ハミットモールさんが墓地に戻ってきて、シャルルさんに「心配は杞憂だったよ」と告げた。別にさぼってはいなかったようだ。

 遠目で見てみれば、男たちが変わらず穴を掘り進めているのが見える。


 そのままハミットさんは松明の元に行って立ち止まる。

 手をかかげると、松明の火がだんだんと赤から白になっていく。


「あれも聖浄魔法の魔力?」

「うむ。死者たちが道に迷うことなく<竜の去った地>に行けるようにな」

「魂が道に迷うなんてことあるの?」


 俺のさして何も考えずに発した素朴な質問に、インはふっと穏やかな笑みを浮かべる。


『生きている間はみな自分の足で歩くが、魂には足はない。魂、とくに死んですぐの人の子らの魂は妖精や赤子のようなものでな。近くでひとたび強い思念や物音があると、道を外れてしまうことがあるのだ。……まあ、これは七竜教の伝えておる内容であって、実際に<竜の去った地>に行くわけではないのだがな』


 <竜の去った地>か。


 参列者からときどき耳に入ってきた言葉だが、神話か、宗教的な楽園だろうと踏んでいた。楽園って色々な解釈があるよな。

 とはいえ、七竜が自分たちのいない地を楽園とするのはちょっと自虐的だ。


 ――<竜の去った地>ってどんな場所? 楽園?


 インは考える様子を見せた。しばらく間があった。


『我ら七竜のいないとされる地だの。同時に、魔物も争いもないとされる平和な地でもある。もちろんそんな地は実際にないぞ? 七竜教が生みだした死の先の概念的な世界だな。正確に言うと、魂は七竜の庇護の元<竜の去った地>に行き、<竜の去った地>でも庇護は残るとされるのだが……我々がいないとなると、存外ダイチのいた世界のような場所なのかもしれんな』


 少女の顔には、見慣れた七竜的な威厳と聡明さがしっかりと現れていた。幼いながらもその辺の大人よりもずっと大人びた顔つきと美貌も合わせて、「神が遣わしたような」横顔だった。

 そうしてまた、高みから俺を見下しているかのようにも思えた。親を失い、路頭に迷った子供のようにみじめにこじんまりとしている俺を。


 魔物はともかく争いなんて人が2人以上いたら起きるよ、別に平和でも何でもない、と否定的にこぼしてみると、そうかもしれんな、と言葉少なに返される。


 ――<竜の去った地>に行かないのなら、魂はどこに行くんだ?


『……どこも行かんよ。何もなければ、そのうちに存在が希薄になり、消失するだけだの』


 次いで、『だから魂を現世に留める死霊術は途絶えないのだ』と続けられる。夢のない話だ。


 インはそう思う節があるが、俺自身は、俺のいた世界が楽園であるかどうかは分からなかった。発展した文明にあぐらをかいていると言えばそれまでなのだが、「寂しさばかりの募る世界である」という認識を強められていたばかりな気もする。


 ただ少なくとも……今確実に言えるのは、俺のいた世界は紛れもなく安寧の世界だったということだ。殺し合いがないというのは偉大な功績だ。


『……<竜の去った地>について1つ言えるのはだな。我々は人の子らを堕落させるために存在しているのではなく、七竜教はそのことを教える場所であるということだな。人の子らが、我らの力にばかり頼るような軟弱者ばかりにならぬよう、七竜教は存在しているのだ。……我々七竜が所属する協定と人の子らが所属する七竜教は全く違う組織だが、目指す先は似ている。1000年経っても人はそれほど変わらぬようだし、途方もない話だがの』


 インはそう言って軽く息をついた。ほんとに途方もない話だ。俺の世界の科学的な文明による人々の変容は、インの1000年経っても人は変わらぬという物言いを変えるだろうか?


 それにしても、七竜たちがいないというのはやはり寂しい境地のような気がする。守る側からしても、守られる側からしても。これを「卒業」というには言葉が軽すぎるのだろう。俺は土台宗教的見地というものを持たない身だ。


 ――松明を白くしてきたハミットモールさんが戻ると、ハミットさんシャルル司祭ともにこちらに向き直ってきた。何かしそうな雰囲気だ。

 やがてグリーグ神父や子供たちも戻ってきて、赤竜教の人たちはみんな並んで立った。すると、参列者の人たちも話し声をやめて各々立ち始める。


 俺たちも立ちあがった。参列者の人たちは胸に手を当てたり、自分の持っている赤竜教のアクセサリーと思しきものに手を触れ始める。


「みなさん。今回のことは……惨い仕打ちでありました。嘆かわしいことに、フィッタの人々は過酷な運命を辿ることになりました。フィッタではこれ以上の惨事はかつて訪れなかったことでしょう。……しかしながら、幸いにも、1つだけ死者たちが報われることがありました。素早く襲撃した輩たちを排し、フィッタの地を取り戻すことができたことです。これすらも出来なかった日には、我々の涙は今、途絶えてはいなかったことでしょう」


 ありがとうございます伯爵様、と方々で感謝と感激の声があがる。ラディスラウスさんとヘリバルトさん――ホイツフェラー氏の老相談役だ――とともに立っているホイツフェラー氏は厳しくなっていた表情を解いて、みんなに小さく頷いていく。


 司祭が仇討ちの肯定か、とつい眉をひそめてしまったが、シャルルさんの言葉はただただ労しげだった。さっきは凡庸で勇敢ではないと自虐していたものだが、頭もアゴも白髪で覆われた顔立ちは精悍寄りな顔立ちだ。西洋人は老人になると貫禄が出る人が多い気がする。


「……彼らの魂は今、肉体と現世から離れ、旅立とうとしています。これから我々がするべきことは、彼らが道を見失わぬよう導いてやり、その旅路を見守ることです。……幸いにも、彼らを見送る人々はここにたくさん集っています。七竜様の加護も賜り、無事に<竜の去った地>へ、彼らは到着することになるでしょう」


 そうして、シャルル司祭は歌い出した――


 我らが尊ぶ主よ 七つの主よ

 ここに旅立つ者がいます あなた方のいない場所へ

 旅立つ者がいます

 光の導きと安らかなる日々を 彼らに与えてください


 不作に見舞われても 嵐吹き荒ぶ日も

 魂の輝きを見失わず 彼らは生き続けました

 あなた方の慈悲を賜りながら 彼らは生き続けました

 そうしてついに 終幕の日を迎えることになったのです


 我らが尊ぶ主よ 七つの主よ

 ここに旅立つ者がいます あなた方のいない場所へ

 旅立つ者がいます

 光の導きと安らかなる日々を 彼らに与えてください――


 シャルル神父の声はオペラ歌手ばりの美声だったので、聞き入ってしまった。

 グリーグ神父と子供たちの声もやがて加わり、歌はもの悲しさはあるが、厳かで壮大な葬送歌になっていく。


 ハミットさんだけが歌わなかったが、彼は歌が終わると俺たちに背を向けて墓地に両手を掲げ始めた。


 すると、墓地の各所に設置された魔法陣から淡い光があふれ始めた。

 光はやがて細く広くなり、薄いシートのようになった。シートはビニールハウスのように墓所を覆い始め、ドーム状になる。


 参列者たちは涙を見せる人もいながらこの光景に魅入っていたが、ハミットさんは慌てた素振りでシャルルさんに振り向いた。シャルルさんも動揺を隠せないでいるようだ。ん?


「な、なんだね、これは??」

「私にもわからない……」


 ぼそぼそとそんな2人のやり取り。なにか予期せぬことが起こったらしいが……別に変なことは起こっていないように見える。


『私の魔力を混ぜたのだ。少しばかり葬儀を盛大にしてやろうと思ってな』


 なんでそんなことをしたのか訊ねようとしたところだったが、


「……この魔力は人のものではありませんな。しかし、害もない。極めて清らかで、……慈愛に溢れている」


 そう言って、ハミットさんは誰かを探すように参列者たちの方や墓地の向こうを見たが、そのうちに顔を戻した。インだとバレたのなら俺たちの方を見てもいいはずだが、彼は隅の方にいる俺たちには特別目を向けなかった。


「……ほほ。どこかで見ている赤竜様か他の七竜様の贈り物かもしれませんな」


 と、ハミットさんは陽気にそんなことを言った。俺はちょっと内心で動揺したが、インを見てみれば、とくに変化はない。


「……感謝致します。彼らも無事にたどり着けることでしょう」


 シャルル司祭は左胸に手を当てて、静かに頭を垂れた。信じたのか、そうでないのか。バレたのなら、ハミットさんはもう少し動揺してもいい気はする。


 ドーム状だった魔力は、頂上が伸び始めると同時に細まり始めていく。


『……七竜教の宗派の1つにな、死後に転生説を唱えているのがあってな。別に私は転生説を支持していたわけではないのだが……それもよいだろうと1つ思った。第二の人生というものがあるなら、人は過去の失敗を正し、幸福に生きようとするだろう。そうして、周囲の人も幸福にするだろうとな。お主がこの世界に転生し、他人を慈しんでいるようにな』


 返答に困るずいぶん盛大な賛辞だった。規模が大きすぎるのか、賞賛の範囲が限定的すぎるためか、あまり涙腺は刺激されないようだが、嬉しかった。純粋に。


 インが込めたという魔力は空に向けて伸びていったが、やがて地面の方から色がなくなり、消えていったかと思うと、頂上からゆっくりと弾けるように散った。魔力は光の粒になり、ゆっくりと墓所に降り注いだ。神秘的な光景だった。


 ――ありがとね。ちゃんと<竜の去った地>に行けるよ、フィッタのみんな。


 インが、『お主はいつからフィッタ代表になったのだ?』とふっと笑みを浮かべた。

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