7-31 幕間:その騎士の姿 (2) - タラークとボジェク


「アルバン。今からでも警戒地に引き返すつもりはないか?」

「ない。父上たちが窮地に立っているのだ。息子の私がのうのうと安全圏で無事を祈ることなどできはしない」


 ワリドは騎乗したままこちらを見ないアルバン・イムレ・ピオンテークの横顔に、未だかつてないほどいい顔をしていると思った。


 だが、普段は領地をまわり、子爵の仕事を手伝っているにすぎない彼だ。剣はせいぜい、アマリアの一般兵の数を少し減らす程度のものだろう。

 それにアルバンには戦争の経験はなかったように思われる。なら、兵力には数えられない。はなから数えるつもりもなかったが。連れてきてしまったのは、自分の父性の弱さなのだとワリドは自分を恥じた。


「アルバン」

「ないと言っている!! 父上や母上の顔を見るまでは私は帰らん!!」


 森の中にアルバンの罵声が響いた。セティシアに向けて森の中を進む警戒地にいた混成部隊はほとんど会話もなく進んでいたため、罵声は後ろの方まで聞こえていただろう。

 別に帰るように言おうとしたわけではない。だが、再びそう声をかけられるだろうと踏むのも仕方なくはあった。もう4回目になるか。彼に駐屯地に戻るように言うのは。


「分かった。もう戻るようには言わない」


 子爵が無事であるかどうかは分からない。かつてはオルフェ領だったトルスクが占拠されたとき、領主であったリッツトーンは死んだものだった。


 ワリドと兵たちの総勢40名ほどが森の中を進んでいくと、やがて分かれ道と立札が見えた。


「先でセティシアの様子を見てくる。マンフレート、ユラ、ベンツェ来い」


 ワリドは馬から降りて、警戒地まで伝令にきたセティシアの兵士であるマンフレートと、目のいいユラ、それからベンツェを呼び寄せる。


「私も行きましょう。市街戦は経験しています。なにか役に立つことがあるかもしれません」


 ネリーミアが馬から身軽に降りてそう言ってくる。ワリドは頷いた。彼女が経験したという市街戦は8年前のトルスク戦だろう。

 私も見に行くぞ、とこちらも馬から降りてアルバン。断るつもりもなく、ワリドは5人を引き連れて丘に向かった。


 しばらく歩き、開けた場所に出た。6人は少しばかり身を低くしながら、セティシアを上から眺める。


 ――聞いていた通りに、アマリアからセティシアに侵入するには通らねばならないノットハレーの北門からは煙が上がり、既に破られているようだ。付近の道々には死体らしきものが至るところで転がっていた。

 1ヵ月ほど前からノットハレーの北門には壁をより厚くする計画が出ていて、建築家や技術者が下見にきて出されていたものだが、遅かったなとワリドは思う。


「ヴァルディ教区のノルトン川の前で兵士たちが応戦していますね」

「ああ」


 セティシアはノルトン川を挟んで2つの教区に分かれている。北西にある大きな教区がノットハレー教区であり、東南にあるのがヴァルディ教区だ。

 2つの教区の間にあるノルトン川には橋がかかっている。川の距離はそれなりにあり、橋以外で渡るには船が必要だ。石壁もあるので、いざとなれば跳ね橋を上げて時間稼ぎができる。


 アルバンが怒ったような顔つきで歯を食いしばり、無言で都市を眺めていた。

 子爵の家はノットハレー教区にある。既に逃れていてヴァルディ教区にいるのか、まだノットハレー教区の家にいるのか、それとも既に殺されてしまったのかはここからは分からない。


「ケプラから上がっていけばノットハレー教区の方から襲撃をしかけられますが……応援を待つ時間はあまりなさそうです」

「ああ。ヴァルディ教区の前で食い止めているのを手伝うしかないようだ」

「川の近くなら私の水魔法も最大限力を発揮できます。応援を待つ間、いくらかの抑止力にはなるでしょう」

「ああ。頼んだぞ」


 ネリーミアの青い目からはいと頼もし気に頷かれる。彼女は普段は覇気のない魔法道具屋の主人だが、戦闘時にはしっかりと人が変わる。もっとも、今ほど頼もしく思ったことはない。

 彼女はくわえて戦術にも通じている。いざとなったら分隊の指揮を任せることもできるだろう。魔導士で戦術に通じているのは珍しくはないが、その知識を生かそうと自ら戦線に立つ魔導士は少ない。


「黒い鎧に盾……<黒の黎明>がいますね」


 ユラの言葉にワリドは頷く。ぐるりと改めて市街を見渡す。黒が目立ちすぎるというのもあるが、市内には他の七騎士の部隊らしき兵は見当たらない。だが、いてもおかしくはない。


「マンフレート。七騎士は何部隊来ると思う」

「……2部隊でしょうか。少なくとも。私は<黒の黎明>がいることしか聞いてはいなかったのですが」


 ワリドは頷いた。彼もまたワリドと同じ考えのようだ。


「七騎士が誰も来ずに占領はしないだろうな。そこまで自国の力を過信してもいないだろう」

「はい」


 不安げにセティシアを見下ろしているユラの肩にワリドは手を置いた。


「セティシアは広いし、兵士の数も多い。攻略者も防衛に参加しているだろう。……ユラ、俺たちがすべきことは何だ」

「……ヴァルディ教区の前で奮戦している兵団を助けることです」


 ユラは不安げな面持ちだったが、ワリドの質問に答えるにあたっていくらか表情を引き締めた。


「その通りだ。橋を上げ、奴らをノットハレーでくい止めている間に七星や七影の応援が来るのが理想だな」

「はい」

「やれることをやるしかない。戦っている奴らと協力してな」

「はい」


 ここにいる者の最大戦力は、ワリド、タラーク、ネリーミアの3人だ。

 現地にいるはずの隊長のボジェクと副隊長のアイク、それから攻略者たちを加えても、ワリド、ボジェク、アイクの3人がようやく将校や七星七影の副官と斬り合えるといったところだろうし、状況をひっくり返すには骨が折れることはワリドには容易に想像がついた。


 川の前でなんとかしのげているのも、<黒の黎明>の党首――ゾフィア・ヴイチックが目立った動きを見せていないからだろう。隊長格が前に出て奮戦するのも多いが、彼女はそのタイプではないようだ。


 少なくとも、今のところは。


(しかし七騎士がもう1部隊いたら下手したら無駄死もあるか。最悪は筆頭騎士の<金の黎明>、可能性があるのは一番弱いと言われている<赤の黎明>か……。ネリーミアの“抑止力”に期待しつつ、いざとなったら……アルバンを連れて逃がさねばならない。……あの防衛を維持しつつ、橋を上げて応援が来るのを辛抱強く待つ最善策がいつまで通じるものか……)


 なんにせよ、ワリドは急ぎ合流しようと立ち上がる。防衛に間に合わなかったとあっては何も意味がない。他のみんなも続いて立ち上がった。

 アルバンはまだ都市を眺めていた。ワリドも再びセティシアを目に入れる。


 子爵が逃れているなら、どこにいるだろうか。

 教会は中立の地域であり、市民たちが避難する場所の1つでもあるが、たとえアマリア兵が敬虔な信徒だといえども、絶対に攻撃しない保証もない。中立が絶対的な意味を持つのは「建物」に対してだけだ。


「アルバン、行くぞ。あまり遅くなると手遅れになる」

「……ああ」


 戻ると、どうでしたとタラークから声をかけられる。オデルマーやトストンやイェネーからも視線を浴びた。


「<黒の黎明>が来ていた。あまり状況はいいとは言えんが、兵たちがヴァルディ教区で食い止めていた。橋を上げて、助勢を待つのが最善だろう」


 聞こえていた兵士たちが納得しつつもいくらか深刻な雰囲気になる中で、タラークが柄にもなく深い息をついた。理由は分からなかったが、ワリドは「戦地では敵をなぎ倒せよ?」と、いくらか語調を緩めて言葉を送る。タラークは普段の言動はともかく、実力は指折りだ。


 タラークは皮肉っぽい笑みを浮かべて数度アゴを動かした。もっとも、目は笑っていなかった。


「……今年か、来年かは分かりませんが、近いうちに兵役を引こうかと思ってたんですよ」

「お前がか。なぜだ?」


 ワリドはさっと理由を考えてみたが、タラークはセティシアの暮らしに満足していないという風には見えない浮ついた男の一人だ。意外とそこまでがっついてはいないという噂は聞くが、耳に入る浮いた話の数はそれなり多い。

 多少面倒は見ているが……しょせん別の都市の兵士であり、付き合いの浅い男だった。そもそも特別自ら語る類の男でもない。ワリドには皆目理由は分からなかった。


 大した理由じゃありません、とタラークは馬に乗った。


「故郷に幼馴染の女がいましてね。俺なんかを待っている酔狂な女です。……近頃はそいつと結婚しようかと思ってました」


 タラークはへらっと頬を緩めながらそう語った。ワリドは意外に思いつつ、一気に目の前の不真面目な男と距離が縮まった気がした。


(こいつもついに静かになる頃合いか。静かになった兵士はよく道を選び直すが、タラークは兵役を引くようだ)


 ワリドも馬にまたがる。


 しかし別に結婚について今言う必要はないだろうと思った。自分たちが死なないとも言い切れない状況ではあるが、このような状況はいくらでも経験している。兵役の長いタラークも同じだろう。

 アマリアとの戦いになるとそうあるものではないが、レッドアイなどの厄介な魔物との戦いにおける死線などは枚挙に暇がない。タラークは昔レッドアイ戦で手ひどく負傷した経験もある。


「故郷はどこだ?」

「オルナクですよ」


 オルナクはアイブリンガー公爵領の西の端にある農村だ。片田舎の村だが、剣をいったんしまおうとしている今のタラークにとっては悪くない村の選択のようにも思えた。


「兵士を辞めたいなどと俺に言っても仕方ないぞ」

「ええ。ボジェク隊長には酒で泥酔した時に言って、翌日にはとんずらこくつもりでしたよ」


 確かに素面の時に説得するには少々骨が折れることは想像つくとはいえ、賢しい男だとワリドは肩をすくめた。


「山を降りていったん街道に出るぞ。ユラ、後ろの兵たちに伝えろ」


 ユラが後方の兵に伝えるために走っていく。


 引き返していくなかで、ワリドは妻のイデリーナの友人であるフィーネ嬢の結婚式のためオルナクと似たような片田舎のイリーブルクに逗留した日々のことを思い出した。

 逗留はたったの2日のことだったが、鎧を着る必要がない日々は若い兵士だった頃のワリドにとって、慣れない環境なものだった。


 打ち解けれたか定かではない会話。一市民としての市場巡り。小さな楽団の軽妙な音楽。妙に美味いと感じた酒。旦那の祖母の昔話。赤竜の声を聞いたという少年の戯言。……


 ワリドは、あの頃のことが急に懐かしく感じた。戻りたいという感想は持たなかったが、眩しい映像だった。らしくないタラークに引っ張られたのだろう。


 帰ったら残しておいたダイチ少年からもらったメナードクを開けようと思った。

 イデリーナとともに。結婚式の思い出を少し語りながら。ティボルが結構飲んでしまったが、2杯分くらいはあるだろう。



 ◇



「ワリド様!!」


 応援だ、開けろとワリドが叫ぶのとほとんど同時にヴァルディ教区の門が開けられる。


「お待ちしていました、ワリド様!!」


 名前の知らない兵士2人が、ケプラ騎士団式の敬礼をしてくる。奥ではセティシアの兵士たちが未だに戦っていた。まだ橋は超えていないものらしい。

 それにしても残った兵団の兵士が思いのほか多い。攻略者もかなりいるようだ。


「よく持ったな。破られていたらまずかった」

「<黒の黎明>の隊長が怖気づいてやがるんですよ」


 ワリドは若い兵士の威勢にふっと薄い笑みをこぼし、そんなやわな奴なわけないだろうと返した。馬を渡す。


 <黒の黎明>の隊長ゾフィア・ヴイチックは、七騎士の隊長の中で最も恐れを持たないと言われる人物だ。果敢かつ苛烈な女傑であり、七星の槍闘士スティンガーのジョーラ・ガンメルタをして同類と言わしめ、決着がついにつかなかった逸材でもある。

 この戦局を突然一変させるのは彼女以外の何者でもないだろう。つまり、警戒は怠れないということだ。それに他の七騎士の存在もある。彼女ばかりを警戒するわけにもいかない。


 ボジェクはと訊ねると、前線にいるらしかったのでワリドたちはやってきた兵士たちに各々馬を渡しつつ、軽く駆けていく。


「ワリド様だ! 頼りにしてますぜ!!」

「ああ」

「武器防具のことは任せてください!」

「ああ。助かる」


 勇敢にも兵士たちを助けている鍛冶師たちや兵団の兵士や攻略者たちと軽くやり取りをしていきながら、ワリドたちは橋の前に布陣できている後列で前線をにらんでいたボジェクの元にたどり着く。


「ワリドめ、やっと来たか!! 待ちくたびれたぞ!!」


 ボジェクが、アイクに少し任せるぞと言って、戦場から少し離れてくる。無防備にも背中を向けるのは戦局に多少は余裕がある証だが、さすがに少々うかつだと言わざるを得ない。

 まあ、ボジェクが呑気に後ろで指揮できるなら悪くない情勢ではあるんだろうとワリドは思ったが。実際、敵兵が、前線の兵士たちを振り切って後ろまでくることはなさそうだ。


「これでも急いで来たんだ。丘から様子は見てきたがな」


 ボジェクは頷きながら、傍にいて剣を研いでいた若い職人に、冑を出すよう指示した。

 青年が予備の装備を入れた木箱の1つから冑をボジェクに渡してくる。ボジェクはそのまま冑をワリドに渡した。セティシアにくると時々かぶっているワリド用の冑だ。


 タラークやベンツェたち他の兵士たちも、木箱から冑を取り出して被り始める。

 ボジェクがワリドの連れてきた兵団の兵士たちに「ぶった切りすぎないようにな」と、前線に加わるように伝えたあと、残った顔ぶれを眺め、ネリーミアのところで目線が止まる。


「この嬢ちゃんは?」


 訓練の時に何度か来たことがあるが……ボジェクは“寝てた”か。

 ボジェクの女の趣味は変わっている。若い女や美貌の女を求めない上、相手の女から「足くさボジェク」と呼ばれてもいるくらい変わっている。もちろん、兵士からそんな言葉が出ようものならぶん殴られるが。


「知らないか? ネリーミアと言ってな、元魔導賢人ソーサレスの副官だった魔導士だ。ケプラで魔法道具屋を開いていてな」


 ネリーミアが、遠征費として今度何か買っていってください、と冗談なのか本気なのかよく分からない言葉を言った。

 ボジェクが吹き出した。


「はっ! いい魔導士を連れてきたな! あいにくと俺は少女趣味じゃねえが」

「少女じゃありませんよ。大人です。あとあなたの女になるつもりはないです」


 ボジェクに先の言葉を言わせまいとしたのか、すらすらと言葉を紡いだネリーミアにボジェクが眉を寄せて変な顔をして見てくる。こういう奴なんだよと、ワリドは肩をすくめながら内心で返答した。


「……だそうだ。あんまり浮名を流さんようにな。今後彼女の応援がもらえなくなるかもしれん。彼女は水魔導士だ。川も近いし、この防戦の肝になるだろう」


 ボジェクが「そうだな、“肝”に免じておこう」と神妙に頷く。


「ボジェク。父上は!?」


 隊の後ろの方からアルバンが駆けてくる。ボジェクがちらりとワリドの方を見てくるが、ワリドはわずかに首を傾けるに留めた。連れてきたかったわけではない。

 戦地で兵士の叫び声と、「バカやろうが!」という怒号が聞こえた。ワリドは思わず振り向いた。前線が破られたわけではなく、誰かがヘマをしただけのようだが、あまり悠長に喋ってる暇もなさそうだ。


 ワリドは連れてきた団員たちにも加勢してこいと指示を出した。ボジェクも頷く。団員たちとネリーミアが駆けていく。


「……奴らが現れ、ノットハレーの北門を攻撃し始めるまでは子爵と一緒にいましたが、門を破られたあとは加勢を指示されたので別れました。子爵は家に閉じこもると言っていました。兵士を2人残しましたが……そのため、おそらく家にこもっているか、既に逃げだしたかどちらかでしょう」


 アルバンは、助けに行かなかったのか、と半ば叫んだ。あまり聞かないアルバンの怒鳴るような声だった。


「奴らの攻撃は激しく、我々も必死で……ヴァルディ教区まで下がる一方だったのです。申し訳ございません」


 落ち着けアルバン、とワリドはなだめた。


「くっ……」


 <シーア・ストリート>を下って行ったのかとワリドが訊ねると、ボジェクからその通りだと同意される。


「<黒の黎明>の隊長こそいなかったが、<金の黎明>の部隊も多少いてさすがに精強でな」

「<金の黎明>がきてるのか」

「ああ。数が少ないから応援だろうと思ってるが」


 応援だけならいいのだがと、ワリドは思う。


「あとはどこぞの部隊のようだが、3本の剣の紋章の奴らもなかなかやるんだ。奴らの勢いを押し返すには厳しくてな。まともに応戦が出来るようになった頃にはヴァルディ教区付近まできていた」


 子爵の家は、ノットハレー教区の西にある。


 <シーア・ストリート>から子爵の家に行くにはかなり歩かないといけない。もちろんヴァルディ教区の方向からは外れていく。

 指揮官でもあり実力もあるボジェクは兵士たちの要だ。いくら子爵の身の安全が懸念されるとはいえ、防衛もある。タラークもいなかったし、外れるには難しかっただろう。


 それにしても3本の剣か。他国の紋章ということもあるが、ワリドは見当もつかなかった。


「……ボジェク“総隊長”! もし父上が殺されていたらお前は晒し首だからな!?」


 ボジェクはアルバンの怒り心頭な豪語にいくらか目を大きくしたがすぐに目線を伏せて、御意と静かに頷いた。

 ワリドは2人のやり取りに小さくため息をついたあと、改めてボジェクに市内の状況と市民の被害について教えてもらうことにした。


 元々そうするつもりではあったが、助けに行けるのならば子爵を助けにいかねばならない。

 アルバンがボジェクの名前に“総隊長”をつける時は公の場以外だとそう多くない。アルバンが本当にボジェクを晒し首にするとはワリドには思えなかったが、仮に子爵が死んでいた場合、この怒鳴り散らす様子を見ると絶対にしないとも言い切れなかった。


「ノットハレーの北門近くにいた市民はうちのともども殺された。結構奮戦したんだがな。指示を出したのかは知らんが、それ以降では市民の殺害はめっきり減った」

「占領後のことも考えているか」

「そうだろうよ。慈悲深さと統治に関しては奴さんの方が上手だしな」


 気になるのは物資と装備についてだ。兵団の詰め所はノットハレーにある。ヴァルディ教区には鍛冶屋もあるが、ノットハレーの方が腕がいいと聞く。


「装備はある程度なんとかなっても補給は難しいか」


 ボジェクが肩をすくめて、「今出てる分以外だと市場の革ものと門番兵の小屋にある予備くらいなもんだな。市民からは武器をもらってはいるんだがな」とぼやく。


「増援は呼んだのか?」

「王都行きの鳥便はなんとか送れたそうだが、ケプラとヘッセー行きのは撃ち落されたらしい」


 ワリドは思わず舌打ちをした。抜かりがない。


「鳥便はもう無理か」

「ああ。ギルドは押さえられてる。アイクの奴が奮闘していたが、奴らも同等の奴が出てきてな。引くしかなかった」


 ワリドは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。見た目以上に状況は悪いようだ。

 ルートナデルには七星や七影の最大戦力がある。鳥便を送れたのは幸いではあるが、今欲しいのは早急な救援だ。ケプラは七星や七影はいないが、団員たちはもちろん攻略者たちもいるし、豊富な物資もある。なにより近い。ヘッセーには七影の戦斧名士ラブリュス隊がいる。せめてケプラかヘッセーのどちらかに送れて欲しかったところだ。


 ――爆音が前線から聞こえてくる。前線にいた兵士の何人かが火だるまになりながら、悲痛な叫び声を上げ始めた。

 次いで、上空から巨大な火の玉が現れ、投下される。《業火魔弾レイジングフレア》だ。再び兵士たちから叫び声があがり、兵士の何人かが火だるまになりながら川に飛び込んだ。


「《業火魔弾》か! 奴ら本腰を入れ始めたか!」


 ネリーミアだろうか、大きな氷の塊が飛ばされるのと水の衝撃波が遠目からでも見えた。

 とはいえ少しずつ前線が下がり始める。爆発音はなかったが、今度は兵士の何人かが見えない何かで吹き飛ばされ始めた。風魔法だろう。


「ボジェク、そろそろ橋の上げ時だろう」

「分かってる。――前線下がってこい!! そろそろ橋を上げるぞ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る