7-30 幕間:その騎士の姿 (1) - 騎士団と兵団


 どりゃあ、とケプラ騎士団員のオデルマーの雄々しい声がセティシア警戒地に響いた。

 彼の渾身の降り下ろしの一撃により、山を下りて突進してきたプルシストは見事に斬首される。


「気合入ってるねぇ。牛肉で精がついて仕方ないか?」


 セティシア兵団の副隊長タラークが、ちらりと山の方をみたあと、オデルマーの威勢を茶化した。山にはもう突進してくるプルシストもいなければミノタウロスもいない。


 タラークは警戒戦時、追撃がないと分かるとすぐに気を抜く男だ。現在の最前列にいようが、後ろに下がっていようが、それは変わらない。


 もっとも、ここセティシアの警戒地にいるのはみんな警戒戦に慣れた者たちだ。

 すぐに気を抜くのはなにもタラークだけではない。彼はそもそも副隊長という地位に相応しく実力のある男でもあったので、討伐の遂行に何も問題はきたしはしないのだったが。


 もちろん。ミノタウロス・コマンダーや、レベル40クラスのレッド・ミノタウロスが来ると話は別だ。

 前者はミノタウロスよりも知能が高く、ときおり意図せぬ動きをしてくるし、後者は魔法まで使ってきて毎回死傷者を出している強敵だからだ。


 オデルマーはファルシオンの血を切りながら、不真面目な副隊長に視線をやった。だが、視線をやっただけでとくに返答はしなかった。


 オデルマーが返答をしなかったのはもう何度目になるか。

 周囲の兵士たちの中には2人のやり取りに肝を冷やしている者もいるだろう。なぜなら、タラークは隊長のボジェクほどには権威と地位をしっかりと使う男ではないし、すぐに罵声を浴びせてくる男でもないが、かといってオデルマーほど副隊長である彼にへつらわない兵士もなかなか見ないだろうからだ。


「俺も昨日は牛肉を堪能したが、精はすぐ娼館で使っちまったよ。やっぱお堅いケプラ騎士団にいると娼館通いしてる奴なんざいないか?」


 とはいえタラークは今回の警戒戦中ずっとそうだったように、オデルマーの不遜な態度をとくに気にしなかったようで、自分語りを続けた。

 オデルマーはようやく肩をすくめて、別に通っちゃいけないわけじゃないっすよ、アマリアの七騎士じゃなしに、と返した。


 オルフェの北にある大国アマリアには<黎明の七騎士>という精鋭部隊がある。

 <七星の大剣>や<七影魔導連>と同様の精強な兵士や魔道士を集めた組織だが、独身を貫き、娼館通いも禁じる規則があり、一部の男と一部の兵士にはすこぶる不評だ。この一部の兵士とはオルフェに限れば、もちろんセティシアの兵士も含まれる。


 ――音を立てて台車がやってくる。死体運びの時間だ。


 討伐したプルシストの活用範囲はことのほか広い。皮、肉、角、骨から内臓に至るまで。皮革装備に衣類、生活用品、食べ物、薬、角笛、飾り物にありとあらゆるものに化ける優れた素材だ。

 北部駐屯地ではそのまま多くは駐屯地の財源になり、物資や装備代にもなるが、このセティシアの警戒地では主にセティシアの都市財源になる。無論、その行き先のいくらかはセティシア兵士の物資や装備を整えるための資金だ。


「――せーのっ!」


 オデルマーとタラークと駆け付けた兵士3人はプルシストを台車に乗せていく。単純な力仕事だが、さすがの不真面目なタラークでもこの仕事をさぼることはない。

 もっとも、オデルマーは力いっぱいプルシストを台車に引っ張り上げているが、タラークの方は脚を掴みこそすれ、あまり力を込めている風ではない。かといって、それを咎める者はこの場にはいない。残念ながら。


 ならいる意味があるのか微妙なところだが、タラークは気まぐれにきちんと手伝う時もあるので、意味はあることはある。

 また、コマンダーやレッドアイが現れた時には彼のこのさぼり癖はすべて“チャラ”になる。タラークはこのことを分かった上でサボるのだったし、他の兵士たちもまたこれを分かった上で彼のサボりを黙認しているのだった。


 最後の一匹では力を使ったようで、タラークはふうと息をついた。


「……そういや、アレクサだっけか。あの女団員はこっちに呼ばれないのか?」

「采配に関しては団長や副団長に聞かないと分かりませんが、アレクサはあんたの誘いに乗りませんよ。そういう女じゃないので」


 タラークはオデルマーのやや肉のついている丸い顔を覗き込んだ。表情は硬い。


「お前の“お眼鏡”よりも、俺のお眼鏡の方が信頼度は高いと思うが?」

「いつまでも商館通いしている者よりも、結婚している者の方が人間的に信頼度はあるように思いますが」


 タラークはオデルマーのまるで感情の込められてない風の切り返しに一瞬怪訝な顔をした。とはいうものの、すぐに泣きボクロのついた緑色の目を大きくして、驚いた様子を見せた。


「お前、結婚してるのか!」

「俺が結婚してておかしいっすか?」


 オデルマーは片眉をあげて聞き返す。


「……いや、別におかしくはないな。結婚なんて農夫でも王様でも誰だってするもんな。悪いな、ケプラ騎士団の連中はみんな女っ気ないように見えてな。……ウルナイがケプラ騎士団の規律を作ったそうだが、彼は英雄だっただけでなく兵士育成の方にも向いてたのか?」

「そうだったんじゃないですかね。少なくとも俺は嫁も迎えれない七騎士じゃなくてよかったとは思いますよ」


 腕を組んだタラークが、それは確かになと同意を寄せた。


「武功の先で女が待っていないのは俺はごめんだ。やる気が出ない」

「同意です。女目当てだけで兵士やってるのはちょっとどうかと思いますが」


 タラークが再びまじまじとオデルマーの顔を見だした。


「……なんすか?」

「いや。面白いよ、お前。最近見た兵士の中ではお前がとびきり面白い」


 オデルマーは怪訝な顔をして、考えるそぶりを見せたかと思うと、よく分かりませんがそれはどうも、と肩をすくめた。


 タラークはオデルマーと初めて会った時に「張り手をくらわしたい顔だ」と言ってきたものだった。結局、張り手はくわらせちゃいないが。


 ――会話こそろくに聞こえなかったものの前衛を任されている2人の様子をときおり後ろから見ていて、ケプラ騎士団団長のワリド・ヒルヘッケンは、今後タラークの“お守り”はオデルマーに任せてもいいなと思った。


 いつもだとティボルと組ませることが多いのだが、ティボルはタラークに短気を起こしたことがあり、言い争った末取っ組み合いになってしまったことがある。正確にはティボルばかりがむかっ腹を立てていて、タラークはどこ吹く風だったのだが。

 もちろん原因はタラークだ。団員のタラークの評価は悪い。だがどうにもタラークの喋りはオデルマーには大して通じないようだ。


 普段接している限りでは、オデルマーよりもティボルの方が落ち着いている男だ。オデルマーの方がティボルに対抗心をむき出しているというのもあるが、団員の誰に聞いても怒りっぽいのはオデルマーだと答えるだろう。

 だが、タラークとオデルマーは……冗談でも何でもなく、“仲良くじゃれている”ように見える。何を話しているのかは分からないが。


(やれやれ。タラークが不真面目でなく喋らずにいてくれたら何事もなく済んでいるんだがな。タンクのあのセティシア兵……プジョーだったか。彼だったら誰と組ませても全く問題ないだろうに)


 ワリドは台車を動かしてせっせと働いているプジョーのことを目で追いかけながらそうため息をついた。

 ただ、プジョーは、セティシア兵団にいるにしてはちょっと謙虚すぎる男だった。むしろ、ケプラ騎士団にいる類の男だろう。真面目で、仕事熱心で、誠実な男はセティシアの兵士にしておくにはあまりに惜しい。


「何を考えてるんです? ため息をついて」


 横から気さくな微笑をたたえながら質問してくるケプラ騎士団員のベンツェに、オデルマーは奴のお守りに適性があるようだと思ってな、と心境をこぼした。


 ベンツェもオデルマーの方を向いた。タラークとオデルマーは相変わらず話をしている。


「なるほど」

「なにか心当たりあるか? 俺は2人が“仲良し”なのはどうも奇妙に思えるのだが」

「ああ、いえ。別にそういうわけではないんですが」


 ベンツェは口をへの字にして、考える素振りを見せた。

 ベンツェは比較的団員たちの性格を把握している団員だ。ベルナートほど謙虚な性質ではないので、いずれ騎士団のまとめ役をしている構図は、ワリドがケプラ騎士団の未来図でときどき想像する図の1つだ。もっとも、ベンツェが副団長なり団長なりのポジションにつくのはまだまだ先の話なので、だいぶ酒が入った時だが。


「……オデルマーはああ見えて口車にはあまり乗せられない性質ではありますね。頑固といえばいいのか……それほど偏屈ではないんですが」


 確かにそうだな、とワリドは相槌を打った。拷問に関しても、ティボルよりはオデルマーの方が任せられるだろう。

 もっとも、ワリドは騎士団は不在にしていることも多いのだが、オデルマーのその辺の性格が団員として目立っていい方向に向かったという話はとくに聞いていないし、思い浮かばない。前衛としての実力や、諸々の戦闘時の判断力に関してもティボルの方が上だ。


「ですが、もし仮にセティシア兵団に配属になってもオデルマーはやっていけるかもしれませんが、ティボルは少し難しいかもしれません。実力はありますし、フォローをしてくれる人はいるとは思いますが」


 なるほど、ベンツェの意見にはワリドは納得のできるものがあった。オデルマーはティボルほど実直な男ではないが、実直さというものはいつでもどこでも歓迎されるわけではない。

 ワリドはオデルマーが半年ほど前から結婚していることをふと思い出した。落ち着き、甲斐性、インテリアとその場しのぎの嘘の重要性、口喧嘩なんかの負けてもいいと思う敗北など。結婚は子育ても含めると全ての男に色んなことを教える。攻めるばかりだった男が、結婚後に突然守りの術を学ぶくらいには変化がある。


 確かに昔と比べるとオデルマーは丸くなった。兵団に派遣されて、ティボルが何らかの正当な理由で任期半ばで戻ってくることは想像ができるが、オデルマーは任期を全うするかもしれない。


「確かにな。ティボルはその辺の逞しさはオデルマーに負けるのかもな」


 同意しつつも、団員たちにはできることならセティシアに配属させたくないものだとワリドは思う。


 その原因はなにもいちいちつっかかってきたり、からかってきたりするタラークだけに限らない。


 セティシアの兵士たちは練度は悪くないのだが……ふと見せる気の抜けた言動の数々が、ワリドはよく気にかかった。

 酒を飲みたい。女を抱きたい、あるいは“喋りたい”。金が欲しい。博打を打ちたい。腹が減った……。彼らの臨時の指揮官としてセティシアに赴いた時に、ワリドはこの手の言葉の数々をうんざりするほど耳にする。自分のところの団員の数十倍以上、耳にする。何度額に血管を浮かび上がらせて怒鳴ったか分からない。


 人として生まれた者はみな万能ではない。だから別に気を抜くなとは言わない。戦いの最中でも急に酒が飲みたくなる時は五万とあるし、男として生まれ、さして老いてもいないなら、すべてを差し置いて女を求めてしまうことがあるのも仕方がない。ワリドは賭け事はあまり好まないが、賭け事もまた酒と女と同様の男が好み、男を昂らせるでもあるのだとか。

 だが、なんにせよ、兵士には我慢も必要だ。こらえきれずにそうした欲を軽率に口に出すのと出さないのとでは隊全体としての剣の冴えと持続力が違ってくる。


「そういえば少し前に驚いたことなんですが」

「なんだ?」

「訓練中に金櫛荘からグヤシュの差し入れをもらったことがあるのですが、その時は我々は瞑想中でした。どうせ瞑想の邪魔になるだろうし、冷めるのもあれなので、瞑想は切り上げさせたのですが、オデルマーが立ち上がったのは最後でした」


 ほう、とワリドは感心した。


「金櫛荘のグヤシュは奴の好物じゃないか」

「はい。近頃のオデルマーは何と言いますか……少し風格が出てきました。……まぁ瞑想の時には未だに寝てることもあるんですが」


 ベンツェが肩をすくめる。ワリドはいつものオデルマーの一幕に微笑した。


「何が開花するのか分からんものだな。ユラの奴が落ち着き始めたらさすがに病気や呪いの類を疑ってしまうかもしれんが」


 と、ワリドが真面目にそう語ると、ベンツェがそうですねとちょっと吹き出した。


 次いで内心で、ワリドはボジェクやタラークの2人もそうした精神的な落ち着きが見られればいいのだがと思う。


 ケプラ騎士団の規則ないし騎士団間の座学ではその辺りの精神性の重要性をよく説いている。

 「心・技・体」と呼ばれるものだ。これは他の都市の兵隊にはない少々変わった考え方で、技術と体力のみならず、心も合わさってはじめてその者の最大限の実力が発揮されるという考えだ。ケプラの英雄であり、ケプラ騎士団の名誉団長でもあるウルナイ・イル・トルミナーテが考案した教えでもある。


 ワリドは団長として赴任する前から、この教えのことは聞き及んでいた。

 このウルナイが発案した教義により、ケプラ騎士団では瞑想が訓練の一環として課されているのだが、兵士たちが剣を持たずに揃って座って目をつむっている光景はなかなか鮮烈な印象を持ったものだった。


 本来なら魔導士が魔力を洗練させるために行う瞑想を、魔力を持たない兵士たちが行う。何事にも動じにくい精神を身に着け、どのような状況でも自分の実力と技術が最大限発揮できるようにすることを目的に。


 この「精神力の鍛錬」に重きを置いた訓練の影響は計り知れない。

 兵士の成長を早めるのをはじめ、オデルマーがそうであるように人間的な強さの熟成加減を促進することすらある。同情心が強く、殺人への抵抗も大きかったベンツェもまたそうだ。まあ、怠け癖がつくとかなんとかで、この教えが定着しているのはケプラ騎士団くらいのものだが。


 と、いくらこの教えが特殊なものだとはいえ、セティシア兵団の堕落っぷりは目に余るものがある。

 セティシアに兵士としていると、市民たちから目を伏せられたり、避けられてしまうことはよくある。ワリドでもある。とくに若い女性を連れ歩いている身内の者からだ。セティシアでは夜に出歩く若い女性はいない。


 このため息を禁じ得ない状況には仕方がない面もある。


 アマリアに隣接している国境を見張り、常に最大限の防備が求められるセティシアでは安易に士気を落とせない。そのうえ、徴兵に関しても、他の都市よりも高い水準と人数が常に求められている。

 だからある程度の横暴を許すようになったわけではないのだが、結果として、兵団は精強な者が多数集まるようになり、幅の利かせ加減は他の都市をしのぐものとなってしまった。


 ピオンテーク子爵の頭の悩ませ具合にはワリドも同情の余地もなかった。皮肉な話で、女という餌を吊り下げられた兵士たちのギラついた剣もまた、剣を強くすることも確かだったからだ。

 一番効果が目覚ましいのはやはり圧倒的な実力を持つ七星や七影との訓練なのだが……彼らとてそんなに暇ではない。近頃子爵は娼館の給金を上げ、彼らを叱る「監査」も置いたらしいが、果たして効果があるのか。


 自分も同類だと言われているようで嫌な気分がするが、ワリドにもそういう落ち着かない時期はあった。


 見境なく女を抱いたという意味ではもちろんなく。仕事を終えたり、訓練や戦いを終えたあと、ふと気を抜いた時に嫁の顔がよぎり、彼女の華奢な体を抱きしめたいという考えが覗いていた部分だ。

 結婚して間もない頃、ルックス隊長から「嫁の顔でも思い出してるのか」とからかわれた時はギクリとしながら「私の剣はすべて王のためです!」と立ち上がりざまに半ば叫んでしまったものだった。


「――プルシストが2匹!! ミノタウロスが3匹だ!!」


 物見からの大声により、ベンツェが剣を構えた。ワリドも考え事をやめて、剣を握る手を強める。


(子爵には恨まれるかもしれないが……セティシア兵団がいつまでも精強とは限らんからな。女たちも救わねばならん。マイアン公爵に通達してルース軍務卿にでも相談してみるか。ルートナデルの女将校として武勇を馳せ、訓練教官としても誰よりも恐れられた彼女なら、いささか手に余る男たちの扱いに関して良い助言をいただけるかもしれん)


『はっ! 私が女だから剣に力が入らぬと? 私に敵わんのにか。――甘えるな、ワリド! ここは戦場だと思え! 敵は敵だ! 男だろうが女だろうが関係ない。お前の命運はその頼りない両手が握っている剣と、全くなってない両脚にかかっている! もしそれでも、その軟派な精神におかげでその私に負けた剣で再び私に切りかかれないというのなら、隊を辞するのだな。お前には兵士に向いていない。戦場でもそのやわな正義感によって、あっさり死ぬだろうよ。――お前らもだ!! 肝に免じろ! 私は女ではない、敵だ!! お前らは男になるのではなく、居並ぶ敵を切り裂く列強の兵士になれ!!』


 若い頃に、ルースにより飛ばされた激烈な言葉がワリドの脳裏に蘇ってくる。


 ワリドは薄い笑みをこぼしたあと、静かに表情を引き締めて向かってくるセルトハーレスの魔物たちに集中した。



 ◇



「……レッドアイをか? 奴は防御魔法も扱えるし、ミノタウロスを斬るのとはわけが違うぞ?」

「はい。この目でしっかりと見ました。長い槍で足から肩に向けてこう――一撃でした」


 北部警戒地より応援にきているイェネーがワリドの右脚から左肩にかけて、斬るジェスチャーをする。


「《魔力弾マジックショット》はそもそも《火弾ファイアーボール》のようにぶつけて当てるのがセオリーの魔法だが……。たかだか初級魔法レベルの使役魔法で武器を作ってレッドアイほどの奴を両断できるのか……?」


 団員のイグナーツが疑問を吐露しながら長い眉毛の間にシワを寄せ、疑いの目線を遠慮なくイェネーにぶつけた。

 イグナーツと同じく魔導士であるチェスラフもまた難しい顔をしている。ネリーミアがいたらもっと詳しい話が聞けるだろうが、彼女は今解体の手伝いをしている。


「でも実際に見たからな。《魔力弾》で何が出来るのか出来ないとかのその辺のことは俺はよく分からないが、彼がそうだと言っていた」


 語るイェネーには全く疑っている素振りもなければ、嘘を言っている風でもない。ワリドは腕を組んで考え込んだ。


 実際にダイチが《魔力弾》を使っているのを見たわけではない。見たわけではないが、……思い浮かぶのは手合わせの時のあの圧倒的な技量の差だ。


 いや。技量の差というレベルではない。力、反射神経、敏捷性、正確さ、そしてあの思い切りの良さ。

 全てが「異次元」のレベルだった。いくらか打ち合った経験はあるし、いくどとなく彼らの人並み外れた戦闘の様子は見てきたが、あのようなレベルに到達した者は七星にも七影にもいないかもしれない。


 そう。彼との戦いはさながら……人ではない者との打ち合い――“児戯”に付き合わされている半ばふわふわした気分を始終味わわされる内容だった。


 精霊、七竜の眷属たち、崖人、魔人。


 ダイチと別れたあと、ワリドは思いつく限りの未知なる力を持った魔導士でも人でもない者たちの実力を思い返してみた。が、彼に類する者は見当がつかなかった。

 人化のできる七竜の眷属が化けているというのがもっとも現実的な意見ではあるが、人化をすると眷属たちはあらゆるパワーが落ちてしまう。信憑性は薄い情報だが、副官クラスほどになるのだという。副官クラスであれほど差があるのは……。


(アレクサンドラとベルナートには彼についてもらっているが、ミージュリアの生き残りという線もこの分だとなさそうだ。確かにミージュリアの軍勢は使役魔法を使い、体術も脅威だった。だが、実際に手合わせをしたことがあるから分かるが……彼ほどではない。彼ほどの力を有した者の血脈がミージュリアにいたというのなら、噂はもっと尾ひれがついていたに違いない。魔女騎士ヘクサナイトの副隊長オリー・ナライエのように。ミーゼンハイラム伯爵やガスパルン卿が血眼になって探す理由にはなるだろうが……)


 とすると、馬鹿げた話になるが、ダイチが七竜の化けた姿であることだ。


 どの七竜かどうかはもはや問題ではなかった。“最もこれがそれらしい解答”なのだ。魔法の練度も加味すれば、これ以外にそれらしい答えはなかった。

 人化すると力が落ちるとはいうが、彼らであればそれをなくす方法を編み出していても不思議ではない。七竜に関して人類が知らぬことなどいくらでもある。


 考え込んでしまったワリドをよそに、イグナーツがダイチの動向や素性について質問し始めた頃、馬が襲歩で駆け込んできた。伝令のようだ。乗っているのは……セティシアの兵士か?

 兵士は馬から降りたあと、周りの兵士に「敵襲だ! セティシアがアマリアから攻撃を受けている」と叫んだ。


「……なんだと?」


 ワリドの周りもぴたりと話し声が止まる。

 伝令の兵士は、警戒戦を終えて作業に取りかかり始めている基地内を見まわした後、ワリドに気付いたようで駆けてくる。タラークは広間でネリーミアと同じく解体を手伝っているので見えなかったのだろう。


「セティシアがアマリアから攻撃を受けてます! 至急応援を!」

「ヴァレス砦はどうした?」


 ヴァレス砦はセティシア兵がアマリアとの国境を睨むためにある砦だ。これを越えなければ当然アマリアの軍勢は越境はできない。無論、そう簡単に落ちる砦ではないのだが……。

 伝令の兵士は陥落しました、と口を引き締め、弱々しい声音で伝えてくる。イェネーやイグナーツをはじめとする周りにいた兵士たちに動揺の表情が浮かぶ。


 ワリドは眉を寄せて、口を厳しく結んだ。

 ヴァレス砦の陥落はすなわち戦いの始まりを意味する。


 ヴァレス砦の陥落はこの世でもっとも信じたくない事柄の1つではあるが、セティシアまで来ているのならそうだろうなと納得せざるを得なかった。

 ふと、この伝令の兵士の鎧に真新しい傷がついてないことに気付いた。つまり、ろくに戦わず伝令を最優先事項に彼はこの警戒地にやってきたということになる。別に兵士の伝令内容を疑っていたわけではない。だが、事態の深刻さをワリドにまざまざと教えてきた。


「……敵はどのくらいだ?」

「分かりません……私が最後に見たのは、ノットハレーの北門が突破され、なだれこんでくるアマリアの軍勢に兵士たちが応戦を始めたところでした……」


 ワリドは深い息をゆっくりと吐いた。周りの者たちも各々難しい顔をしていたが、ワリドの深刻な様子を見たあとは誰一人口を開かなかった。


(七騎士は間違いなく来ているだろう。少なくとも1……いや2部隊。拠点を得る襲撃だ。下手をすれば3部隊か。他にも兵士はいるだろう。……ボジェクやアイクたちセティシア兵団と協力したとしてどれほど戦えるのか。……もう少し襲撃が遅ければ、セティシアに七星の魔導賢人ソーサレス陣風騎長ストームライダーがきていたというのに)


 ワリドはこれまでの人生で何度よぎったか分からない自分の死期を脳裏によぎらせながらも叫んだ。


「すぐに基地中の兵士たちをかき集めろ!! タラークとネリーミアもだ!!」

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