7-29 執心する少年と七竜の子供
『すまんかったのう。寝ているならさほど問題もないだろうと思っていたんだがの』
ベッドに座ったインが念話で謝ってくる。まあ……別に責める気持ちはない。途中で部屋に来られる方が嫌だったのは確実だし。
そもそもアレクサンドラがいる手前、《
――そういえば寿命の話ってどうなってるの?
『延命処置がいつになるって話か?』
――そう。
『あとはユラ・リデ・メルファの大結晶を取ってくるだけなのだが、……ふむ。ちと待っておれ』
そう言うとインの念話が切れた。インは相変わらずベッドの上にいて、足をパタパタしている。
俺の髪を整えているヘルミラに気が行く。ディアラは俺の着るベストを手に持っている。
2人とも昨夜の俺たちの声――会話も多少はしたけど、アレクサンドラの声ばかりだったろう――が聞こえていただろうかという懸念があったが、起床後にヘルミラはちょっと緊張していたのと、髪を整える手つきが少し硬いので少なくとも昨夜のことは知ってるのだろうなという結論に達している。聞く勇気は俺にはない。この辺の対策はあれこれ考えたこともあったが、行き当たりばったりだ。
ただ、怒ってるわけではなかったのは安心した。ヘルミラはジョーラが来ていた時は少しぷりぷりしていた気がしたからだ。
昨夜変な時間に起きて、死への不安を抱きながら二度寝したあと、いつものインの補給を経て俺が起きたのは……昼もだいぶ過ぎた頃だ。14時とか15時だと思う。
アレクサンドラはもちろん既にいなかったが、インからもう昼過ぎだぞと言われたとき、文字通り俺は固まってしまった。別に今は定時に起きる必要はないのだが、やはりいきなり休みの日でも起きないようなこんな時間帯に起きるのは少々心臓に悪い。一瞬、会社のことと日時を考えた末、自分は真人間だなと謎の問答があったりしたのだが……。
くわえて姉妹が、
「セティシアの奪還に成功したそうです」
というのだからなんかもう、安心反面今日は色々とやる気をなくしてしまった。あれだけ、周囲に駄々洩れしていたほど決意していたというのに。間抜けすぎる……。
なんでも
そのような七星と七影の混成隊に対してアマリア勢は早い段階で撤退を決意したため、壊滅的打撃を与えるほどではなかったようだが、その短い戦闘内容を見るに割と圧倒していたらしい。
そして王都のルートナデルからは、別働隊として七星の
展開の早さに驚いたが、イン曰く、空を飛んだり、馬に身体強化をかけたのだろうと教えてくれた。俺はまだ馬車しか乗ってないから納得する他なかった。馬車って結構遅いんだよな。
ちなみにこうしたつぶさな戦況を教えてくれたのはアレクサンドラだそうだが、彼女は現在職務に戻り、ケプラ市内の警備にあたっている。ケプラ騎士団は戦地に行っていないようで安心した。彼女は姉妹が訓練を終えた頃に起きたらしい。
「今日はどうしよっか」
なんとなくそうこぼしてみると、何を聞かれたのか分からないような顔を横にいたディアラからされる。
「ケプラにはもう危険はないんでしょ?」
「はい。街の警戒自体はもう少し続くでしょうけど、アマリア軍は自領に戻ったそうですから」
そうだよな。うーん……。やる気はないが、……なにか予定を消化するか。
ディアラに魔法の鞄を取ってもらう。中から予定を書いたメモ紙を挟んだバインダーを取り出した。
・地図(ギルド)
・酒(ケプラ騎士団)
・ケプラ市内巡り
・リング、砥石(宝石屋)
・コルヴァンの風挨拶
・金櫛荘の使用人と手合わせ
・ケプラ周辺で狩りor討伐依頼
・アランたち(赤い土の宿)
・カレタカたち(コレットミレット)
地図か……。ケプラの地図の書写が終わったかギルドに見に行こう。酒の用事は終わってる。団長、酒飲んだんだろうか。飲んでるといいな。
使用人の手合わせも、2人は出来る時にやっている。
「今日も手合わせ行ったの?」
「はい。しっかり訓練してきました」
ディアラがちょっと得意げな顔だ。努力は実を結ぶよ、と言うと、ディアラは片手でアイドルポーズをして奮起した。
なんとなく2人のウインドウを出した。ディアラが23、ヘルミラが20だ。……上がってないか? ディアラは分からないが、ヘルミラは19だったはずだ。本当に実を結んでたんだな。経験値は警戒戦がメインだろうけども。
「おつかれさまだね」
ディアラの頭を撫でた。ヘルミラもなんとなく物欲しそうな感じだったので、同様に撫でた。俺も満足。
ふと、ディアラは年齢的には俺と2つしか違わないんだよなぁ、と思う。外見年齢って大事だ、ほんと。
再び予定表に視線を落とす。
ケプラ周辺でのレベル上げを兼ねた狩りはちょっとする気は起こらない。アランたちやカレタカたちと会ってのんびり食事をしたりするのもいいが……昨夜も警備の話し合いをしていたし、攻略者の彼らは市内の警戒をしているだろう。
無難に市内巡りかなぁ。宝石屋でアクセサリーや砥石を見るのもあるし、コルヴァンの風に挨拶もあるし。
それにいかんせん、行く気満々だった俺が寝ている間に片が付いてしまったという事態にあるので、それを受けての街の様子が知りたいのもある。
ああ、マクイルさんに特許についても聞くか。ギルドで手続きをするって言ってたし。
あれこれ考えていると、多少気力が沸いてくる。
「ちょっと市内を散策しよっか。用事はないこともないし」
「はい」
「君たちはなにか用事ある?」
二人は目配せした。
「市場に少し行きたいです。作り置きの
チェスナは見た目はソラマメだが、栗のような味わいの豆だ。ときどきぽりぽりつまんでいた。
彼女たち自身が欲しいものはないんだろうか、という疑問が沸いたがいまさらではある。まあ何か見つければプッシュしてみよう。
「チェスナ美味しかったけど、あれって市場に売ってるの?」
「ケプラならおそらくあるんじゃないかな、と……分かりませんが」
奴隷時代に市場にきた時はあったと、ディアラ。
「じゃあ、ちょっと探そっか」
「はい」
ああ、魔法道具屋で魔法買いたいな。俺のもそうだが、姉妹のもだ。でもさすがにネリーミアは営業してないか? 詰め所なり魔法道具屋なりどこかしらで会ったら聞いてみよう。
『フルが大結晶を取ってくるならついでにネロと会わないかと言っておるが』
インが念話を飛ばしてくる。とくにこちらは向いていない。
――ネロって……
『緑竜だの。エルフ国フリドランや、獣人国シャナクなどのフーリアハット各国を守護しておる。現在は黒竜が守護していることにはなっておるが、かつてのよしみでダークエルフのことも見てはおるぞ』
主に亜人の地域を守護してるのか。
『昨日、山賊に身をやつした不届き者のエルフがおっただろ? あれにちょっと思うところがあるようでな。ま、ネロなりに払拭しておきたいのだろう。ダークエルフを連れておるし、お主がそのような人物であるとは伝えとらんが、転生者で亜人のおらん国の出とは伝えておってな。自国民の第一印象が山賊というのは七竜の沽券に関わるからの』
なるほど。確かにな。獣人は厩舎番にはじまり、フリードやらグラナンやら既に親交はあるけども。……ん? ってことは俺はエルフの国に行けるのか?
――ということは俺はフリドランに行ける?
『そうだの。……なんだ、フリドランに行きたいのか?』
インがちらりとこちらを見てくる。ちょっとしたり顔だ。
――割とね。エルフに会うのは結構楽しみかな。ドワーフ国っていうのも楽しみにはしてる。
むくむくと好奇心と冒険心が湧いてくる。楽しみの度合いでいったらかなりのものかもしれない。
最近はその手の話で童心に返ることもめっきり減ったが、なにせ転生当初から魔法を使うのと同じレベルでエルフと会うのは楽しみにしていた。<山の剣>にエルフがいたのは驚いたが、彼がまともなエルフでないことくらいは俺も分かる。
『ふむ。なら会う方向で進めてもよいか?』
――いいよ。やっぱり会うのは夜あたり?
『まあそうだろうの。ネロは別に昼でも構わんとは思うが、夜ならディアラとヘルミラにいいわけを考えんですむしのう。我らとしても動きやすい』
確かにな。
ヘルミラが終わりましたと言ってくる。ディアラがベストを差し出してきたので、羽織った。
ベストは俺の買った衣類の中で一番高価な黒地に刺繍の入ったやつだが、色のあるものも持っておくかと思う。派手なのもどうかとは思うが、裕福そうな人たちには暗い色の服を着ている人は少ない。ベイアーもいないことだし、いちゃもんをつけられない“示し”も考えよう。
『夜は都合が悪いか? アレクサンドラとも会えんしのう』
インはニヤニヤしていた。別に昼にだって会えるととぼけつつ否定したが、インはやれやれといった感じで肩をすくめた。
――夜は……また動けなくなったら正直困るよ。
『ま、それも延命処置を施せば解決するであろ。我慢せい』
まあ正直……1回寝ただけで満足できるわけもない。周りにインや姉妹がいるので、こうして比較的ノーマルな挙動を保てているが、1人だったら間違いなくアレクサンドラに会いに行っていただろう。
マップでは緑色のマークとして表示されるようになったアレクサンドラのマークがある。今はギルド付近の道にいるようだ。
さすがに会ってすぐにというのはアレだとしても、会うことが止められないことは確信できる。むずむずしていて急くものが胸の内にはあり、それがすべてアレクサンドラという女性に向けられているのは察している。20代だったが、初体験を終えた朝を思い出す。
ここには間違いなく若気の至りというやつを多分に含むはずなのだが、この点に関しては正直よく分からない。結局のところ、ホムンクルスの年齢後退の要素がなくとも、俺はアレクサンドラに会いに行くだろうからだ。
幸いというか、時期がいいというか、いや、団長たちが死んだしよくはないんだが……詰め所には理由をつくっていくらでも足は運べる。……でもさすがに詰め所ではテンションは上がらなさそうだな、うん。冷静になってきた。
なんにせよ。昼に報告にきていたし、よかったと言ってくれていたので、悪い初経験になったわけではないと思いたいが……あ、と思う。少しためらいが出たが、聞かないわけにもいかない。
――なあ。俺って子供作れるのか?
アレクサンドラとの最中はろくに考えられなかったくらいだったのだが、ずっと前から気にはなっていたことだ。怖くて聞けなかったことでもある。
『できるぞ』
うん。そうか。ほっとはしたが、いつか背負うものの存在に身が引き締められる思いがした。
ちなみに、想像通りコンドームの類はなかった。ゴムを見てないからね。ないこともないらしいが、あまり実用的でない上に両者に痛みがあるため(?)庶民に流通はしておらず、基本的に女性が避妊薬を飲むだけらしい。
安全日、危険日といった知識もアレクサンドラにはなく、生理の血も“体の中の毒素を排出している”という認識だった。
軽く話したが、避妊薬の副作用はさほどひどいものはないようで、アレクサンドラがすすんで飲むと言ってくれた。
果たして効果があるのかはさすがに聞けなかったが、コンドームよりは避妊薬の方が圧倒的に歴史が古いことを俺は信じた。薬屋に行ったらしっかり聞くけどね。
『ただ、お主は人族と体の作りがほとんど変わらんからの。あまり期待はせん方がいいの。国の方でもホムンクルスの量産の一環としてはもちろん、女のホムンクルスを情婦にしたり、なかには結婚して家族に子を作ろうとした物好きの男女はいくらでもいたそうだが、我らの耳にも2人ほどの例しか聞いたことはない』
2人て。七竜の耳に入るっていうのがどうだっていうのはあるが、著しく低いってレベルの出生率じゃないよな、それ。確かホムンクルスは200年前からあったよな? もはや奇跡じゃないか?
――その子供たちはどうなった? 容姿は?
インがちらりと見てきたが、視線を戻した。あまりいい内容でないことは察した。
『容姿は普通の赤子と変わらんかったと思うが。すぐに死んだの。どっちの子もな。魔力を常に補給しなければならんような状態でな。魔力の補給は成長しておれば負荷はほとんどないんだが、赤子はその辺が不出来だからの。相応の負荷がかかる。それに耐えられんかった。まあ……生まれたこと自体が奇跡だったようなものだが。……ただ』
ただ。
『この例はあくまでも一般的なホムンクルスと普通の人族の話だな。魔力を必要としない人族の子が生まれることもあるかもしれんしの。……お主はホムンクルスではあるが、むしろ人族のようなもんだし、魔力の制御も感知も、そして操作にも天賦のものがある。間違いなく何かしらは遺伝するとは思っておるが、逆に全く遺伝せんかもしれん。どうなるかは私には正直分からん。これまでも色々と驚かされておるしの』
別に子供が欲しいとかは特に思ってはいないが、色々と困る話だ。分からないというのが一番困る。
なんにせよ、もし子供が出来たらたまったものじゃないのはアレクサンドラ側だ。俺が相手じゃなければという考えがよぎる。
姉妹に出かける準備をするように言う。2人が自分たちの部屋に行く。
「子供が欲しいのか?」
「いや? 別にそうじゃないよ。いずれは欲しくなるかもしれないけど。ただ……アレクサンドラにはできれば……普通に幸せになってもらいたいと思ってね」
インが首を傾げた。
「番になった翌日だぞ? 幸福ではないのか?」
「幸福ではあるよ。魅力的な女性とベッドに入るっていうのは。アレクサンドラは相手として願ってもないよ」
うんうんと頷いたあと、私としてはあやつなのは少し気になるが、とインはこぼした。いつものアレクサンドラへの苦手意識はともかく、なんか微妙にずれてる気がするな、テンション的に。まあ、いつものことだが。
「子供がまるで出来ない上、仮にできてもホムンクルスの子供ですぐに死んでしまうっていうのは、悲しいことでしかないでしょ?」
「悲しくはあろうな。お主がホムンクルスであることは隠しておるし、仮に子が出来た時はあやつにお主の秘密を明かさねばならんかもしれんな。だが、その時は我らも協力するぞ。もちろんこの母もな」
「協力?」
いぶかしんだ俺とは裏腹にインは頼もしげに頷く。
「子に常に魔力の補給が必要なら、そういった施設のある家を作ればよいし、肝臓などが極端に惰弱であるのならフルやルオに成長するまで、子の肉体を強化させればよい。アレクサンドラにも我らのことを伝えれば、変に動揺することはなかろうし、仮に死ぬことがあっても八竜の子をその身に宿したのだ、悲しむことなどなかろう」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。やっぱりというか、“だいぶずれている”。悲しまないのは事実かもしれないが……。正確に言うとそれは感情のもみ消しじゃないか?
このまま話を進める気分じゃなくなったので、七竜に子供ができたのはいなかったのか、という質問に変えた。
「フルとルオだの。子は今もおるぞ」
なんか言ってた気がするな。
「それは……普通に愛し合って?」
「うむ。その点では2人は人の子のような感性を持っておるな。フルの相手はどのような男だったか忘れたが、ルオは海で溺れとったのを助けた
ほう。魚人族。
「美しい娘だったが、人族の血が濃く、色々と苦労しておった哀れな娘だったな。世話を焼いているうちに情が湧いたそうでな。今ではコロニオのジュージア島の統治者になっておる」
「え。王族?」
言ってから、公国がそのままの意味ならいないか、と思う。
「コロニオには王族はおらんぞ。公爵家が支配しておるからの。でもまあルオの子は王族みたいなもんだな。大した力を持つわけではないが、フルの血が代々受け継がれておるからの。ルオも時々会いに行っておる」
なんかギリシャ神話を思い出してしまった。トロイの木馬とかヘラクレスとかあの辺りだったか、神々の血を受け継いだ子供たちがあれこれするのは。
姉妹が戻ってくる。部屋の隅の脱いだ鎧――騎士団から借りたものだ――が目に入ったが、買い物もあるし、あとで返せばいいかと思う。
「じゃあいこっか」
「はい」
部屋を出る。
『お主がホムンクルスでなければ色々とややこしくないんだがのう……』
インはさも本心であるかのように俺の状況を嘆いた。ややこしくなければ、王国でも作らせたのだろうか。守護する領土がないとかノアさん言ってたしな。でも俺がホムンクルスでないってことは……
――俺がホムンクルスじゃなかったら、インは母親じゃなかったんじゃない?
インが足を止めた。が、すぐに再び歩き出した。
『確かにそうだ。ホムンクルスでなければいかんな』
王国を作らせる魂胆があったのかどうかは知らないが、母親業の方が大事らしい。まあ、王国を一から作って“王様業”をするよりかは、単に母親でいられるだけの方がいいのは間違いない。
どうせ戦争しなきゃならないのは目に見えている。国と国とが争うような大規模なものでなくとも、衝突はあるだろう。フィッタのような惨劇は二度とごめんだ。
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