7-26 望まない再会と冷めない憤怒


 団長死亡説を聞いたこともあって、俺も含めてみんな馬車内ではいくらかだんまりモードだったが、肉体的疲労――と、生来の乗り物での睡眠欲――には敵わなかったようで……俺はがっつり寝てしまった。姉妹によって起こされると、既にケプラだった。


「よう寝とったぞ。気持ちいいくらいにの」


 インのため息交じりの物言いに、寝てたんだから仕方ないだろ、という微妙に解答になってない解答をする。

 とはいえ、2時間弱揺られていたはずなので、インの言いようにも納得できてしまった。出張での飛行機でも、離陸時に起きていなかったことはなかったというのに。


 もう夕方だ。


 ケプラに戻ることはロウテック隊長には話してあるが――「有事」になったのでもちろん明日に予定していた警戒戦は中止だ――少し帰るのが早まってしまったな、などと思いつつ到着した東門は人で溢れていた。


「セティシアがやられたんだろ? ケプラは大丈夫なのかよ」

「さあな。でも外壁はしっかりある」

「外壁って言うけどな……魔法でも魔道具でも、攻城兵器でだってよ、いくらでもぶち壊す方法はあるだろ……。それにだいたい、ケプラ騎士団よりセティシアの兵士の方が強いんだろ?」

「そうらしいな。まあ、ここは七世王も目をかけてる交易都市だ。ここに安易に攻撃を仕掛けようものなら、七星と七影すべてが報復しにくるって奴らも分かってるだろうよ」

「おお、確かに。奴らの精鋭部隊は2つだってんだろ? 14個も精鋭が来られたんじゃ困るよなぁ、うんうん、確かに」


 そんなやり取りが聞こえてくる。

 交易都市だから攻撃を仕掛けないって言うのは説得力はないが、14個もの精鋭部隊がやってくるのは確かに脅威だろう。武力は持つべきだな。魔法闘士ヘクサナイトは戦力外っぽいけど。


「ベイアー! ダイチ殿」


 東門の門兵のグラッツが声をかけてきたが、ベルナートさんとアレクサンドラに気付くと分かりやすく雰囲気が変わった。


「お二人も。ご無事でなによりです」


 グラッツは厳粛な態度で胸に手を当てた。ちゃらい感じの彼にしてはあまり見慣れない態度だ。

 グラッツの横にはミゲルさんがいた。西門にいた文官っぽい人だが、東門に来ることもあるようだ。ミゲルさんは通行証の手続きをしながら、俺たちのことをちらちらと見ていた。


「……君の反応から、俺は一番最悪なことを想像してしまったんだけど」


 ベルナートさんが半ば笑いながら、グラッツにそうこぼした。最悪なことっていうのは、団長たちの死か。


「俺はここから動いていないので……詰め所に行けばおそらく」


 詰め所? 具体性のない言葉だったが、ベルナートさんは理解したらしい。アレクサンドラもそのようで、2人ともまた一段と難しい顔になってしまった。


「ダイチ君。詰め所に行こう」


 深刻な顔つきでそう提案するベルナートさんに、とくに拒む理由はないので頷く。

 ベイアーは門兵の仕事に戻るのかと思いきや、グラッツから明日にでも詳細を聞かせてくれと言われてそのままだった。まだ同行してくれるようだ。


 日が落ちつつあるケプラ市内はそれほど変化はないように思えたが、出歩いている人が少ないように思えた。

 また、兵士たちの何人かは全身鎧フルプレートを着ていた。東門の人たちの会話からも察していたが、既に警戒のことは伝わっているものらしい。そういえば、ヴィクトルさんたちはもう来てるだろうか。



 ――ウルナイ像まわりには、鎧に身を包んだ者たちが集まっていた。兵士ではない。結構な数だ。攻略者たちか?

 通り過ぎようとしたところで馴染みの顔ぶれに出会った。緑色の巨体は実に分かりやすい。


「――あ! ダイチじゃん」

「おお、ダイチ」

「お久しぶりですね」


 カレタカ、グラナン、フリード、そしてアナもしっかりいた。

 お馴染みの彼らの周りにはアランプト丘で見かけた攻略者もいたが、そんな攻略者たちの中心――ウルナイ像の真下に座っているなかなか高そうな意匠の革の鎧を着込んだ男性は俺の知らない人だ。横には金属の鎧を着込んだケプラの兵士らしき男性が立っている。


「ここで何してるんだ?」

「ちょっと作戦会議だよ~。都市防衛のね。ほら、団長さん討たれちゃったからさ、攻略者の方にも防衛の義務が生じてね。まあ、私たちもケプラは好きだからね。全然問題ないっていうか」


 団長やはり討たれたのか……。


「攻略者全員にか」

「ん? そうだよ~。ま、<ランク1>の奴は武器持ってるだけでいいけど」


 グラナンはエリゼオにそう答えたかと思うと、改めてエリゼオの顔をまじまじと見て、「エリゼオじゃん。あんたどこに行ってたの」と質問した。攻略者たちの何人かが振り返り、エリゼオの名前をこぼした。


「警戒戦に応援にな。まあ、そんなどころじゃなくなってしまったがな」

「エリゼオ、フィッタのことは聞いたか?」


 と、像の真下で座っていた男性の横で立っていた兵士の男性がやってきて訊ねてくる。眉がつり上がり、怒ったような顔をしている。

 彼はベルナートさんとアレクサンドラにも気付いたらしいが、「君たちも戻ったか」と言いながら眉にシワを寄せて、目線を下げてしまった。


「聞いたというか、さっきまで戦斧名士ラブリュスたちと<山の剣>の連中を八つ裂きにしてきたところだ」


 おお、戦斧名士と兵士の人と後ろの攻略者たちから軽く歓声があがる。


「さっき弓術名士ボウマスターの隊がきててな。魔導賢人ソーサレス陣風騎長ストームライダーが来るまでここの都市防衛に参加するようだ」

「そうか。あとで俺も参加するよ」

「ん? 何かあるのか?」

「ちょっと詰め所にな」


 兵士の人はそうか、と言葉少なにこぼして頷いた。言葉は続かず、間ができてしまった。

 団長はこの分だと本当に死んだらしい。正直信じられなかったが、さすがにもう疑う余地もなくなってきたよ。


 こんなにあっさり死ぬんだな……。


 団長の訃報を受けて、なんだかすっかり様変わりしてしまった印象を受けてしまったケプラの街を歩いて詰め所に向かう。俺たちの間では当然のように大した会話はなかった。ちなみに、さっきの兵士の人はキーランドという門番兵長らしい。


 詰め所は人が多かった。詰め所にこんなに人が集まっているところは見たことはないが、主に騎士団の人たちのようだ。団長が死んだのなら、こうもなるだろう。


「お前ら……」


 見知った人はあまりいない中、ベルナートさんとアレクサンドラに続いて長屋に入っていくと、間もなくティボルさんがいた。色素薄めでロシア人風味の巨漢の人だ。

 見知った顔で少し安堵はしたが、彼の顔は沈鬱の一言だ。首だけを動かしてティボルさんは俺たちにテーブルの方に行くように指図した。


 テーブルには、アバンストさん、ヴィクトルさん、立派な服を着た男性と従者らしき人物にくわえ。騎士団員と思しき血と泥が少しついた鎧を着たとりわけ暗い表情をした若い男性に、同様に少し汚れた服を着たネリーミア、少し意匠が違う鎧を着た一般兵士、そしてアルバンがいた。


 テーブルの上にあるものに目がいく。人間の頭の大きさくらいのそれは……


「団長…………」


 ベルナートさんがぽつりとこぼした通りに、それは“人間の頭そのもの”であり、団長だった。生首だ。

 まぶたは閉じられ、口も閉じられていてまるで眠っているような顔だったが、髪は乱れ、泥も少しついていた。よく見れば口は少しだけ開いていた。団長…………。


 横には知らない豪気そうな男性と、それからイェネーさんの首もあった。

 イェネーさん……。せっかく治療したのに…………。


「……戻ったか。団長はこの通りだ。少し前にセティシアから兵士がきてな。この3つの首を持たされていた」

「クソ……」

「ベルナート。真ん中はセティシア兵団のボジェク隊長だが、右のは誰か知ってるか?」

「北部警戒地で一緒に戦ったイェネーという兵士です……」

「強かったか?」

「はい……頼もしい兵士でした」

「そうか。鎧で判別して各隊の隊長格を選んだのだろうな――」


 ――俺は考えていた。セティシアにいるアマリアの奴らを仕留める方法についてだ。


 武力に関しては問題ないと確信していた。《魔力装》を伸ばすなり、《魔力弾マジックショット》でどうとでも対処ができるだろう。<山の剣>の奴らでもそうだったが、雑兵なんて、数なんて問題じゃない。奴らは俺の速さについてこれない。

 防御面では《氷結装具アイシーアーマー》もある。なんなら、……《凍久の眠りジェリダ・ソムノ》をぶっ放してもいい。奴らは生首を送ってきたんだ。自分たちがそうなる覚悟もできてるだろう。


 <金の黎明>に<黒の黎明>だったか? 奴らの氷の彫像を送るのはさぞ愉しいだろう。《凍久の眠り》の氷は溶けないらしいからな。


 ただ、問題は身バレしない方法についてだ。


 正直、奴らを殺せるなら何でもいい。団長とイェネーさんの仇だ。だが……姉妹のことがある。俺がよくても後々姉妹に手を出されたらどうしようもない。

 七竜にしてもそうだ。公然と知られているわけではないが、俺は七竜サイドにいる。七竜は歴史を変えるような出来事に関与してはいけないという決まりがある。俺は「八竜」のトップにいるわけなので、別に古い決まりを守り続けるいわれもなく、俺がやることに口出しできないようにすればいいのだが、改正しようがしまいが色々な面倒な責任が後からくるのは目に見えている。インとの仲もこじれてしまうかもしれない。……これはないか。怒られそうではあるけど。


 身バレしないために、現地で鎧を調達してはどうか。バイザーをちゃんと下ろせば、俺だとバレない。

 ふと、視界が狭まった。《氷結装具》で冑を作ってしまったようだ。消す。


 だが、セティシアの兵士は鎧の着方が違い、うまく着れないかもしれない。めんどくさいんだよな、鎧の着脱。奪取しておいて鎧が着れないなんて馬鹿なことはない。現在着ている鎧はケプラ騎士団の鎧だ。あまり気は進まないが、騎士団員の誰かしらを気絶させて借りるか。

 最悪、鎧はなしだ。セティシアには行きづらくなるが……


 ああ! 《氷結装具》の鎧でいいじゃないか? いや、ダメだ。俺が《氷結装具》を使えることを知っている人は多い。身バレするようなものだ。というか、ケプラ騎士団の鎧で行くって言ってただろ。……イライラしてるな。思考が散漫だ。


 クソが……とっとと始末してやりたいんだが。


「――少し落ち着け。怒りはもっともだがの」


 インが俺の腕を取っていた。華奢な手は少し震えていた。

 見れば、インは難しい顔をしていた。眉をひそめ、なにか軽く痛みでもこらえているかのようだった。


 俺の腕には《氷結装具》の腕当てがあった。手からは2筋の血が流れ、その先では《魔力装》が伸びていて地面につきそうだった。いつの間に。


 見れば、みんな俺のことを見ていた。誰もが半ば口を開けて、驚愕していた。ベルナートさんとアレクサンドラ、ベイアーはなぜか顔に汗をかいていた。姉妹も場所こそ動いていないが、やはり汗をかいていて、別にどこも怪我しているわけでもないのに荒い息を吐いていた。

 立派な服を着た人とアルバンはテーブルを離れて部屋の壁の方に移動していて、怯えるようにこちらを見ていた。ヴィクトルさんは向けてはいないものの、例のアーチェリー風の弓を手にしていた。エリゼオはなにかの構えなのかよく分からない格好で俺を怖い顔で凝視しながら制止していた。


 彼らの行動はまるで、……目の前に現れた巨大な魔物と退治しているかのような素振りだ。


「後ろの《魔力弾》もしまってやれ。刺激が強すぎるからの」


 《魔力弾》? 後ろを振り返ると、ティボルさんがびくりと反応していたが、確かに《魔力弾》が2つ浮かんでいた。

 ただ、形状は鎌だ。ごくごくシンプルな、死神が持つような形の何の装飾もない鎌。だが、刃先は鋭利で、魔力の塊であるはずなのにまるで本物の刃であるかのように金属質の光沢を持っていた。


「みな、お主の怒り、殺意に恐れたのだ。少し落ち着け。な?」


 インが背中の胸当てのない部分に触れてきてさすってくる。


 ……殺意? ……そうか。


 もう鑑定時にはさほど眉をひそめなくなったし、存在を忘れていたに等しいが、俺には《威圧感プレッシャー》というスキルもある。だいたい、考えていたのはセティシアへの報復内容だった。怖い顔にもなるだろう。


 ……殺意? 俺がここにいる誰に殺意を向けるってんだ。


 どうすれば殺意がおさまるのかとっさには分からなかったが、静まれと念じながら深呼吸をすると、みんなが明らかに盛大に息を吐いたり、力を抜いたようだった。


>称号「怒りを抑えられない」を獲得しました。


「ト、トストン。首に布をかぶせろ」


 慌ててそう言ったアバンストさんの言葉に、トストンと呼ばれた騎士団員が慌てて3つの首に、敷かれていた大きな布をかぶせてくるんだ。


「……君はフィッタにいた攻略者だよな?」


 と、弓を地面につけてどっかりと椅子に座りなおしたヴィクトルさん。さすが実力者というべきか、一番“復帰”が早かったようだ。

 同意すると、「何者だい? こんな圧を受けたのは久々だよ。兵士時代の教官たち以上さ、はは」と冗談なのか本気なのかよく分からない内容で返される。


「今だから言いますが……団長が手合わせで敗北した子です。剣は一度も当たることなく、《戦気閃》も当てられずに」


 と、座りながらアバンストさん。俺たちの手合わせを見ていないトストンやネリーミアなどから怪訝な眼差しを注がれる。


「へぇ……一度も当てられずか。それはそれは……」

「団長とは一度会ったきり……いえ、私が見る限りでは一度でしたが、仲が良いようでした」


 なるほどな、とヴィクトルさんは一度も当てられずという部分で視線に好奇の物を含ませていたが、やがて頭を後ろにやって小さく息をついた。


「これから絆を深められるだろうって頃に死なれるのも辛いよな」


 再び見てきたヴィクトルさんの顔つきは同情を寄せるものになっていた。まあな……。


「イェネーさんは警戒戦で一度負傷したんですが……その時ポーションで治療したのはダイチくんでした」


 ベルナートさんの言葉に、そうだったか、とアバンストさんが視線を下げた。


「お怒りもごもっともですな……」


 アバンストさんが労わるような表情を寄こしてくる。


 イェネーさんを治療した時の無邪気にジャブをしていた様子が頭に浮かんだ。負傷知らずのイェネーのあだ名の汚名はポーションで「なし」にしたのにな……。ロウテック隊長は悲しむだろう。


 俺はインに促されて、壁際の椅子に座ることになった。インを見ると、まだ眉を寄せてはいて、なにか言いたげだったが何も言わなかった。


 しばらくすると念話で、座れば多少落ち着くだろうからの、と告げられる。言われたままに座った。

 それから再び背中をさすられる。……うん、少し落ち着いてきた。涙は出てこないようだ。流れてるのならフィッタで流してただろう。いかんせん、みんな死にすぎだ。ため息ばかりが色濃くなっていく。


「話を進めてよいぞ。ここで座っておるからの」


 インの言葉を機に、俺たちが来るまでの話が再開された。俺とインを除く、ベルナートさんやアレクサンドラを交えての報告を織り交ぜながら。


 立派な服を着た男性は、市長のナブラ・アングラットン氏だった。

 今のところは彼と別になにかあるわけではないが、今後ないとも限らない。“上役”との初面会がこんな内容になってしまったことを後悔した。幸い、この世界での武力は資格にも権力にも相当するだろうが、与えたのが恐怖ともなれば話は違うだろう。彼と会う時には、だいぶお高い手土産を用意しなければならない。


 ともあれ内容はまず、セティシアで行われた戦闘内容だった。


 トストン、アルバン、ネリーミアの3名がセティシアを出るまでに見た光景だが、セティシア市内は逃げ惑う人で溢れ、国境方面、つまり街の北門――ノットハレー教区の方は多数の市民の死者を出したらしい。

 もちろん兵士たちは応戦した。しばらくは均衡していたが、応援を待つためにヴァルディ教区に下がり、上げ橋を上げようとする頃に<黒の黎明>の党首が参戦して均衡が崩れたらしい。


 この時には既に死者は多数出ていて、オデルマーという団員が死に、ベンツェさんや兵団の副隊長は負傷、ユラやイグナーツという団員も残っていたとのことだった。どこの勢かは分からないが、弓兵がかなり厄介で、鎧をこぞって打ち抜いてきたとのことだ。

 奮闘していたボジェク隊長とイェネーさんが死んでいる以上、彼ら、つまりセティシア兵団やケプラ騎士団員が生存している可能性は著しく低い……。


 ベンツェさんの名前を出す時、アバンストさんは俺をちらりと見て少し言い淀んでいた。ベンツェさんと俺はアランプト丘で共闘したからだろう。

 もちろん怒りがないわけではない。でも、怒りをさらけ出すという子供じみたことをしでかしてしまったので、さすがに俺は意識して抑えた。……最悪な心境だったけどな。


 ベンツェさんもまた仲良くなれそうな団員の1人だった。今はベルナートさんとアレクサンドラが一番距離が近いが、なにかちょっと縁があるだけで距離が縮まりそうなそんな1人だった。

 ズィビーさんが話題に出していたためアリーズという醜女らしい女性の団員のことも覚えていたが、彼女の名前はなかった。詰め所では顔は見ていないように思うが、生き残ったらしい。


「私よりも実力のある魔導士が数名いました。幸い火魔法が主体の魔導士だった上、妨害には長けていなかったので、私1人でもある程度は対応はできましたが、七星や七星の隊を除くなら相応の腕の魔導士が必要になることでしょう」

「元魔導賢人の副官で、妨害戦法も巧みだった君以上の者などそうはおらんと思うがね」

「私は現役を引いて結構経ちますが、戦闘向きとなるとなかなかいないでしょうね」


 ネリーミアは魔導賢人に所属していたらしい。


 それと、<黒の黎明>はおそらく変わっていなかったが、<金の黎明>の隊長が<黎明の七騎士>の筆頭騎士でもあったバウナー・メルデ・ハリッシュという人物ではなく、レイダン・ミミットという人物になっていたことも触れられていた。

 ネリーミアたちはレイダン・ミミットのことは見ていなかったが、伝令用に捕縛されていたセティシアの兵士である彼――少し変わった鎧の意匠はセティシア兵団のものだったようだ――ファルマンが聞いていた情報らしい。


 これはかなり興味を引く話題だったようで、ベルナートさんやエリゼオは戦力の低下を期待したが、ファルマンをはじめ、誰もレイダン・ミミットが実際に戦っているところは見ていなかった上で、


「隊長になるのだからあまり戦力の低下は期待できないでしょう。七騎士内で揉め事があった、バウナーが現役を引いたもしくは死亡したなどの理由があるのならともかく」


 というネリーミアの言葉にみんな同意していた。


 もっとも、このバウナーという人物は古竜の血を宿し、人族でありながら亜人のような身体能力を有した傑物であるらしく、死亡したという事実には「竜の血を宿してる奴がそうそう死ぬわけないよ。頑丈さと回復力がずば抜けてるからな」と、ヴィクトルさんが否定的な意見を言っていた。


「8年前のトルスクでの戦いですね」

「ああ。大剣闘士ウォーリアー剣聖セイバーの両副官が一瞬で殺されたあの時、私は確信したよ。奴の前には決して出るまいとね。私の渾身の弓の一撃も反応されてね。レイダン・ミミットが彼と同じ力量を持った者でないことを願うばかりだよ」


 副官ってハリィ君レベルだろ? 恐ろしいな……。


 インが言うには、人の子らは、七竜ないし眷属以外の竜、とくに人類と安易に敵対せず、各地で暮らしている竜を包括的に「古竜」と呼んでいるらしい。

 そのような古竜の血を飲んでも身体能力への影響はなく、せいぜいが健康になるか、すぐに死んでしまうかのいずれからしいが、好影響をもたらす種もあり、ときおりバウナーのように華々しい武勲をあげる者がいるらしい。


 それにしてもネリーミアは戦地を見てきたというのに、かつての魔法道具店でのやり取りのままに冷静だ。トストンやファルマンは生き残ってしまった自分の負い目を抱いているようで、言葉が沈みがちで、アルバンも怯えた風なのを見れば、彼女の肝の太さの違いは明白だ。

 もっとも、魔導賢人に所属していたのなら、それもいくらか頷けるところではある。もちろん彼女の生来の性格もあるようには思うけども。


 話はやがてケプラの都市防衛と現在の状況についてになった。

 ようするに……東西南北の門にはどのように兵士や攻略者たちを配置したか、夜の寝ずの番の兵士の数を増やして強化することについて、市民は夜は出歩かないよう徹底させること、手が空いた職人にはたいまつを作らせること、などという話だ。


 くわえて、魔導賢人と陣風騎長は既にこちらに向かっていること、ノーディリアンという都市にいるマイアン公爵はしっかり存命であることなども触れられた。


 この辺から俺の思考は、目の前で座っているティボルさんの鎧に目が行って、“鎧の着方”について考えを巡らせていた。

 今までは問題を起こさない一般人としての言動を意識していたが、そもそも俺に警備なんてものはないに等しい。それは<山の剣>との戦いでも理解した。気付かれないよう、ケプラを出ればいいだけだ。やりようはいくらでもある。


 本当に問題は、鎧の着脱だけだ。ケプラ騎士団の誰かから鎧を入手したあと、すばやく着る必要がある。隠す必要があるのは顔だ。それ以外はそこそこでいい。わざわざ全身に鎧を着込んで挑む必要はない。


 一瞬だったが、《氷結装具》の冑のバイザーで目元を隠した視界は結構狭かった。だが、別に近距離戦闘を強いる必要はない。<山の剣>を一度で始末したように、ある程度の距離を保って一掃すればいい。簡単なことだ……。

 基本は《魔力装》だが、さっき出していた鎌のような形状の武器も悪くないだろう。古竜の血が流れているという隊長もいない。機は悪くない……。

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