7-24 ハンツ・ホイツフェラーの仇討ち (5) - ミージュリアの兵士


 伯爵邸奪還劇は思いのほかあっさりと終わってしまった。負傷した者はいくらか出たものの、打撲程度のもので、俺たちには死者も出なかった。

 奇妙なことに館内には首領のクラウスの姿はなかった。俺は《聞き耳》で、リーダー格のレフとカスパルが「まるでクラウスが館内にいるかのような会話」を繰り広げていたので、この結果は少々信じがたかった。


 奴らが俺の《聞き耳》を察知していたからいるように見せかけた。などという話は少々非現実的だ。今のところ、この世界で盗聴器を傍受する類のスキルや仕組みがあるのはとくに聞いていない。《聞き耳》も念話もし放題だ。

 となると、“彼らは別の理由からクラウスをいるように見せかけた”ということになる。


 この理由はあとで分かった。

 伯爵邸にいた連中を掃討したあと、クラウスの捜索と残党狩りが館内および周辺で行われたのだが、伯爵邸の裏手を少し行った先の山道で、馬の足跡があったのだ。2頭分だ。


 つまり、いつ逃げたのかは分からないが、館内の連中はクラウスが逃げるための足止め要員になったものらしい。マップをもう少し早く見ていればよかったと俺はすぐにも後悔した。

 俺がマップを表示させて、伯爵邸に無数の赤いマークがあるのを見たのは、伯爵邸の前の通りで集まった時だったからだ。戦闘時は邪魔だからウインドウ全部消しておいちゃうんだよな……。


 この時にマップを見て以来、戦斧名士ラブリュスたちが先頭で主導権を握ったこともあり、マップは出しっぱなしにしていた。なのでもし、この時以降に赤いマークが屋敷を出て移動していたのなら俺は気付いていただろう。


 ということはクラウスたちはそれ以前にそそくさと逃げてしまったということになる。


 逃げた理由は分からない。だが、逃げる決断をしたのはそんなに前ではなかっただろう。

 戦斧名士たちが到着した頃から村の中は割と騒がしくしていた。それで戦斧名士がいたことに気付いたか、召喚士や他の仲間がやられたことに気付いたからか、俺がウィルマさんの強姦現場を見た際の壁を打ち破った物音で気付いてしまったのか。なんにせよ、戦力的に不利だと判断したことが逃亡の理由である可能性は高い。


 いずれにせよ。


「伯爵邸の前に見張りをつけなかったのも、私たちを動揺させ、進軍を遅らせるためだったかもしれませんな」


 ラディスラウスさんの言葉通りであったのなら、相当賢い奴らだ。それに……仲間を置き去りにするという非情な部分は確かにあるが、レフやカスパルはその逃亡と自分たちの最期に納得したことになる。


 今回掃討した<山の剣>の構成員は50人超だ。<山の剣>は推定では150人ほどらしい。残り100人だ。

 組織を存続させるための決断とするなら、内容はどうであれリーダーを逃がすのは正しい。残りの100人が来なかった理由と100人の内情も気になるものだが。


 また、今回のような惨たらしい悲劇を二度と生まないようにホイツフェラー氏は他の七影や七星の協力を仰いで本格的に奴らの根絶も考えるらしいが、 ホイツフェラー氏が裏庭で胴体を両断したカスパルの死体をラディスラウスさんと見ている時、悩ましい事実の一つが発覚した。


「こいつの顔に見覚えでも?」

「……分からないか? アイブリンガー家の者に似ている。とくに三男のフランク様にな」

「え。……まさか……」

「もちろん本人ではない。フランク様はブレッフェンでご存命だろう。私生児だろうな」


 少し間があった。


「……どうなさるのです?」

「……閣下は罪人を家に迎えるような人ではない。私生児もよほどのことがない限り家に迎えたくないと考えるお方だ。何もないだろうが……報告はした方がいいだろうな」


 カスパルという訓練教官めいていた構成員は、<七影魔導連>を束ねている公爵家の私生児だったらしい。

 この会話の内容を盗み聞きしてしまった時、俺はホイツフェラー氏に同情した。今回は、彼にとっては本当に心痛が多いからだ。


 ちなみに薄気味悪かったレフの方は<山の剣>の幹部の1人とされ、侮辱、偽誓、詐欺、殺人、強姦、窃盗、脱獄など、まあいろんな罪で長らく指名手配されていた大罪人でもあったらしい。

 根城は山の中にあるというし、奴らの根絶は骨が折れるかもなと思った。罪人の罪状を並べられると、爵位や功績をずらりと並べられた名士よりも厄介のようにも感じる。



 ◇



 伯爵の屋敷から奴らの死体と伯爵家の者を外に出す者。屋敷内で血や泥を拭きとる者。葬式と埋葬の計画を練るため、隣村のラジアータやヘッセーに赤竜教の神父たちや住民に関する記帳に詳しい者を呼びに行く者。殺害されたフィッタの住民を運び、一か所に集める者。……


 遅れてやってきたヘッセー兵および戦斧名士隊もまたそうそうに武器を置くことになり、これらの仕事が割り振られた。

 追加の兵たちには結構な人数がいたので、<山の剣>に勝ち目があったとはあまり思えない。戦斧名士が来ることも予想して、想定以上の戦力があると予想されたものだが……確かにクラウスを逃す策は巧みだった。けど、対戦斧名士対策の方は考えすぎだったのかもしれない。


 また、余計なことをする者は何も<山の剣>だけではないということで、村の「外部」にいる炭焼き職人や粉ひき職人たちもこの仕事に参加した。

 ベルガー伯爵は死んでしまったので、ホイツフェラー伯爵家の命令になったが、彼らに拒否権は元より、拒もうとする意志はないようだった。両者は悪だくみをする連中とのことであまりいい噂を聞かなかったものだが、彼らは伯爵と夫人の遺体を見ると、帽子を脱いで黙り込んでいた。


 悪だくみはしょせん悪だくみだ。奴らのように村人を殺してまわるレベルの悪事ではないのだろう。


 なんにせよ、静かだったフィッタはあっという間に慌ただしくなった。アルビーナやラウレッタなんかの俺が助けた人々もこれらの仕事に参加して忙しくしていた。

 賑わいを見て、フィッタが早くも生まれ変わったような心地を味わいもしたが、並べられた無数の死体を見ると現実に戻された。それでも……いくらかマシではあった。この村が早くも厳しい冬を越えて芽吹いた気がして。


 ちなみに他の村内の生存者は、俺たちが救出および発見した者以外にはいなかった。

 生存者はそれ以外だと、向かっている時に出会った3人や、ミラーさんのように運よく逃げ出せた者になるようだ。


 ウィンフリートやミーラモさんに、ミラーさんとの食事の時に喋った2人の商人――ヴァイスさんにクレーベさんなど。まだ村で見ていない知り合いはいくらかいるが、みんな村から無事に出ていればいいとは思う。


 ・


 北部駐屯地からやってきた俺たちは、探知に長けたマルフトさんやイングラムさんを混ぜて、念のための周辺捜索をすることになった。


「おい、あんた」


 フィッタの西部付近の森を警戒しながら姉妹と歩いていると、声をかけられた。


 近くにいたのは知っていたが、呼び止めてきたのは戦斧名士の兵士だった。

 バイザーは上げているのだが、若い。まだ絡んだことのない人だ。鎧は血の飛沫がついたままだ。


「単刀直入に聞くんだが……あんたの生まれはミージュリアじゃないか?」


 ミージュリア? 滅亡したっていう都市だったか。


「違いますが……」

「頼むから嘘は言わないでくれ」


 青年は俺の解答は信じていないとばかりに、声と表情に必死さを含めた。

 別に嘘を言ってるわけではないんだけどと思いつつも、彼の真剣な淡褐色の眼差しには俺の方が嘘を言っている気分にもなる。少し影のある雰囲気があり、ヘンリーさんとは違うベクトルで眼差しが厳しいきらいはあるが、なかなかハンサムな青年だ。


 不安げにヘルミラが見ているのに気付く。ディアラもだ。とりあえず話を聞く必要がありそうだ。

 結局ベルナートさんやアレクサンドラに話してもらっていないが、俺もミージュリアについては気になってないといえば嘘になる。これからも疑われ続けるのなら、あらかじめ知っておきたい情報には違いない。


「なぜ俺がミージュリアの出だと思ったんです?」


 青年はとりあえずしてみた俺の質問に少し怪訝な顔になったかと思うと、


「使役魔法の相当な使い手だからだ」


 と、よどみなく言った。ですよね。


「あんたが使役魔法の使い手であることはみんなが知っている。だが……あんたほど変幻自在に形を変え、生き物のように操る使い手は、元魔女騎士ヘクサナイトのナライエ氏の逸話以外には聞いたこともない」


 魔女騎士か。これは七影の方ではなく壊滅した方だよな。使役魔法は便利だから使うの自粛したくはないな。


「……だいたい使役魔法は武器として錬成して手に持って戦うか、《火弾ファイアーボール》のような放出系の魔法として使うのが主だ。常に空中に出してられる上に縦横無尽に動かせるのは使役魔法使いとしてあんたが優れてる証拠だ。……あんたはそうは思わないかもしれないが……そもそも使役魔法は扱いが難しいんだ。魔導士たちから言わせると、魔導士として実力の高い者ほど使役魔法の操作が苦手で、そうでない魔導士ほど使役魔法の操作が得意な傾向にあるらしい」


 使役魔法の才能=魔法の才能とは言いづらいようだが、詳しいな。知ってたかと訊ねてきたので、素直に知らなかったと答えると、彼はアゴを数度動かした。

 《魔力弾マジックショット》が結構使われてるとは聞いてたんだけどな。インだってそんなに驚いてなかったし。……いやまあ、インの反応はあまり参考にならないか。


 武器か……。短剣をつくって、手に持った。空中に浮かして、くるくるまわす。

 周りも驚くことはあれど、変なことにはなってないので、使い続けたいところだ。ペン回しで無限にまわせるなとどうでもいいことを思いついた。


「くわえて剣術と武術まで長けているときた。剣術はともかく武術に関しては《魔女騎士》たちも大陸随一だった。俺はあんたが死にかけの奴が投げた剣を紙一重で軽々と避けて受け取ったのを見たんだ。あれは武術の体さばきだ」


 彼はなぜか機嫌をよくしたままにそう続けた。


 確かに伯爵邸の中で死にかけの奴が剣を投げてきた。

 見られていたらしいが、でもしょせん死にかけの者が投げてきたものなので、そんな大したスピードではなかった。剣を投げ返そうかどうかと相手を見た時には、ベイアーが既に駆けていて、やがて始末されていた。


 使役魔法が得意で、武術も得意となればミージュリアが出身の可能性は確かに高まるのだろう。ミージュリアの精鋭がその2つの分野で長けているのなら、ミージュリアの兵士全員がそこを中心に尖ることは予想がつく。でも、俺は別に何もどちらもミージュリアの人間だけが覚えられる技術ではないと思ってしまうけれども。


「俺がシルシェンの出である可能性もあると思うよ?」

「は? シルシェン人でこんなに実力があるんだったら今頃母国で士官してるだろ」


 士官? まあ……そうなる、か? 給料高いらしいし、そうか?


「赤斧休憩所の女だってシルシェン人の血が入ってる奴じゃないか。少ないが探せばどこでもいるよ、シルシェン人の混血なんて。ガルロンド人だってそうだ。北にはいくらでも混血はいるし、……混血は分からないが、ダークエルフだって各地にいる。どっちもミージュリアにだっていた可能性はあるだろう。……だいたい実力があるのにふらふらしてるなんて色々と無理があるだろ……」


 ため息交じりの言いようには思わず内心で、攻略者稼業じゃ説得力ないかと苦笑してしまった。どうやら彼の中では――姉妹を連れていることも含めて――俺はもうミージュリアの生き残りとして認識してしまっているらしい。

 もし仮にそうなら、客観的に見れば同郷のよしみの弟のような存在になるんだろうが、それにしてもちょっと思い込みが激しくないか? 体毛の色の違うインのことはどう納得してるんだ? まあ、腹違いだろうとは誰でも想像つくところだろうけど。


 かと言って、“彼の言い分が正しい可能性は高い”。

 実力のある使役魔法使い=ミージュリアの出身が多いというのも事実なんだろう。実力があるのにその実力で金を稼がないのはおかしいというのも分かると言えば分かる。どうさばいたもんかな……。


 ひとまずナライエ氏ってどんな人だったのか、訊ねてみる。

 彼は肩をすくめながらも解説してくれた。はじめにあった必死さはもうない。生き残りでないことが分かった時の落胆を想像してしまって、少し良心が痛んだ。


「オリー・ナライエ様は《魔女騎士》の元副隊長さ。七影の《魔法闘士ヘクサナイト》じゃないぞ? ミージュリアの《魔女騎士》だ」


 念を押すように見てきたので頷いた。


「彼、オリー・ナライエ様は最強の使役魔法使いだっただけでなく、他の魔法も優れていた人だった……らしい。聞いた話によれば、七星や七影の隊長、アマリアの<黎明の七騎士>の筆頭騎士に勝るとも劣らないって言われてた人だ」


 一応“らしい”をつけたようだが、そりゃ強い。アマリアのは初めて聞いたが、七星や七影と似たような組織なんだろう。

 彼は少し探る目つきで俺のことを見てくる。


「妻のレベッカ様も《魔女騎士》だったんだ。彼女は魔法使いではなかったが、彼女の武術家としての腕は隊の中でも三指に入ってたらしい」


 ……ん、もしや2人の子供だって思われてないよな?


「……もしかして俺が2人の子供だって思ってない?」


 そう訊ねてみると、彼は眉間にシワを寄せて視線を落とした。


「……可能性は考えた。レベッカ様は小麦色の髪の色だったが、オリー様は黒髪であんたのような濃い目をしていたし、顔立ちも少し……シルシェンの雰囲気があった、気がする」


 訪れた深刻な雰囲気に、自分が生き残りだと隠す気ないなと内心で思う。というか仮に俺がミージュリアの生き残りだったとして、俺にどうしろっていうんだ? なにか頼まれるんだろうか?


「なあ、あんた。秘密を守れるって誓えるか?」


 彼は姉妹のことも見て、あんたらもだ、と続ける。顔や声には決意めいたものがある。


 秘密を語ってしまうようだ。あまり隠すのは得意でないのか、生き残りを見つけて早とちりしてしまったのか。しかしそれにしても、別に話してくれなくてもいいよ、と言える雰囲気でもない。

 うーん……。俺にとっては聞いて損はない話ではあるだろうけど、ちょっと落胆させるのが忍びない。ともかく彼は真面目に俺に訊ねているからだ。


「……別に気にするなよ。俺はあんたに何かを求めるわけじゃない。あんたにも今の生活があるだろ? あんたの生活をどうこうしようってわけじゃない」


 彼はそう言って気さくな表情をつくった。意外にも気遣いはできるらしい。いや、生き残りらしく、苦労してきたのかもしれない。親兄弟全滅したかもしれないしな。……同郷の生き残りにあったら、そりゃ嬉しいか。

 姉妹が見てくる。でもよく分からない状況だよ。俺は軽く肩をすくめた。まあ、何も求めないならいいか。


 俺が誓うよ、と頷くと、ディアラも私たちも黒竜様に誓います、と続き、ヘルミラも頷いた。ゾフか。


 彼は冑を脱いだ。


「俺は……ミージュリアの生き残りなんだ」


 うん、知ってた。冑は脱いだが、ミージュリアの出身である証拠などは特に見つからない。そもそもそういうのがあるかどうか俺には分からない。


>称号「<闇と太陽による劫火>の生き残りと出会った」を獲得しました。


「《魔女騎士》のシミル・アンテルの息子だ。たまたま……10年前のあの日、俺は父さんを待っている間に、物見塔に登ってたんだ。そうしたら、爆発が起きた。<闇と太陽による劫火>だ。俺は吹き飛ばされ、離れた場所にあったシナノキの根元で気絶していたらしい」


 例の事件のことか。王城で大きな爆発が起きて、すべてを「消失」させたって言う。


「運が良かったんだね」

「ああ。同じように吹き飛ばされた兵士はいたが、みんな死んだ。俺は子供だったし、鎧も着てなかったから、彼らより飛ばされて木の生えてる場所までいけたんだ。……1人生き残った奴がいたが、頭を打って馬鹿になってたよ。そうしていつの間にか消えちまった。森に入って山賊か魔物にやられたんだろう」


 生々しい話だ……。


「そんな俺を拾ってくれたのはミージュリアにいなかったことで難を逃れた七影のウリッシュ・ガスパルン様なんだが、去年の冬にな。フレデリカ女王の遺児ユリア様を匿っていたことを教えてくれたんだ」


 えっ?


「フレデリカ女王って、ミージュリアの??」

「ああ」

「生きてたの??」

「ああ。俺も驚いた」


 彼は再び頬を緩めた。


「女王は?」

「女王は分からないが、……おそらく死んだように思う」


 彼は無念そうに軽く首を振った。


「爆発は王城の鐘の前辺りで起きたというからな。王太子のルカ様も王城にいたからおそらくは亡くなってしまっただろう」


 びっくりしたー……。でもいいのか? 言って。周りには俺たち以外に人はいないけれども。そのうちたぶん誰かしら来るぞ?


「ユリア様は幼い頃から魔法に興味があったようでな、よくオリー様の魔法工房にいた。その時も魔法工房にいたんだが、……魔法工房があった場所には壁材の床近くのほんの一部と、ユリア様だけが無事でいたそうだ。五体満足で何の傷もなく」


 つまり、オリー様が守った? と訊ねると彼は頷いた。


「おそらくそうではないかと思う。爆発を察知して、結界系の魔法か使役魔法で結界を作り、ユリア様を守ったのだろうと伯爵は言っていた」

「他の人たちのことは残念だったけど、無事でよかったね……いや、オリー様や他のみんなのことは残念だったけど……」

「ああ」


 生き残ってたのか。何にせよ、いいことだ。


「俺はな、そのうちに戦斧名士を辞めて、ユリア様の騎士になろうかと思ってる」


 騎士。国?はないけど、王族だもんな。


「たとえ騎士になっても金を出してくれる奴はいないし、名前だけかもな。なんにせよ、しばらくは戦斧名士にいることになりそうだが、七影の《魔法闘士》への所属も考えてるんだ。今はまだ来なくていいと言われているが、伯爵には歓迎する意はある」


 ふうん。いいじゃん。ガスパルン伯爵も生き残りだし、生き残りが集まる部隊になるのは至極当然の流れだろう。


「いいじゃん」


 彼は、「そうか?」とふっと笑みをこぼした。


「ユリア様は誰かに狙われてたりするのか?」

「いいや? ミージュリアはあの通りの末路を迎えたからな。サーンス王家にはもう大した力もないし、誰も相手にしてない。無害な犬とか猫を見てる気分だろう。あの事件の真相はみんな知りたがってるだろうがな。……ユリア様は美しい人だし、心配なのは誘拐と山賊くらいだと伯爵は言ってた。まあ、今のところは、だが。素性が割れて、ガスパルン伯爵が庇護していることがバレれば、多少は込み入ったことにはなるかもな。それでなんだが……」

「うん?」

「今じゃなくていいんだが……お前も《魔法闘士》に来ないか? もちろん七影のだぞ?」


 おお、勧誘がきたか……。


「全然人が足りないんだ。今戦える者は3人しかいないそうだ。それもまあ仕方ないんだが……どうだ?」


 正直、入る気はない。というか、氷竜だし所属できないだろう。でも、他の部隊に勧誘されることよりはずっとしがらみが少ないようにも思えた。

 問題は、《魔法闘士》もまた「七影である」ことだ。人が増えれば何かしらの義務が発生するだろうし、戦争へ繰り出されることもあるだろう。俺がジョーラ以上の猛者だと分かれば、俺単独で召集を受ける可能性は大いにある。


 それさえクリアすれば、気持ちは楽だ。全ての権限を失った王女の成長を見守りながら、生き残りを探すことになるだけなら。

 戦争に参戦するよりもずっといい。人助けにもなる。僻地の領主職にちょっといいなと思ってたりしたものだが、同様の魅力はあるように思えた。


 まあ、保留だ。別に切る必要もない人脈だろう。


「考えとくよ」

「そうか。ま、急ぎじゃない。俺だって《魔法闘士》にすら入ってないからな」


 無難な返答をしたが、あまり凹んでないようでよかった。この分だと、本当に急いではいないようだ。


「ああ、そうそう。俺の名前はクヴァルツだ。本当はアンテルという家の者なんだが、もう誰も生きてはいないし、今はモールド家に預けられている。だからただのクヴァルツだ」


 そんな悲しい事情をさらりを述べた彼のレベルは39だった。

 年齢は24歳だったが、思ってたよりずっと高かった。若さゆえか、戦斧名士隊の中であまりそんな風に扱われている雰囲気はなかったが、ホイツフェラー氏を除く戦斧名士のエースだろう。俺たちも名前だけの自己紹介した。


「俺はここから南下したヘッセーに暮らしてる。今日は不幸にもこんなことになってしまったが……近くに寄るようなら是非きてくれ。暇してるんだ。暇なときは訓練してるんだがな。ヘッセーの街でも案内してやるよ」


 ああ、その時は手合わせやろうぜ、とクヴァルツはちょっと楽し気になって言ってきたので、分かったよ、と返しておいた。

 この子も戦闘狂の素質ありだな。まあでも死者も出ないだろうし、スポーツみたいなものだろう。スポーツはいい。戦いよりもずっといい。

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