7-21 ハンツ・ホイツフェラーの仇討ち (2) - 斧使いと3代目


「――彼はエリゼオと言います。ダイチ殿と同じく攻略者です。彼もまた警戒戦の応援に来てもらった方です」


 すっかり司会進行役になっているベルナートさんの紹介文句のあと、ホイツフェラー氏や他の人たちがエリゼオに視線を寄せる。兵士たちがついているテーブルの方で、おお、エリゼオか、という囁きが聞こえてくる。


「有名なのか?」


 ホイツフェラー氏が、背中側にいる兵士に訊ねた。


「はい。この辺り、マイアン公爵領では有名です。確か<ランク3鋼>ではなかったかと」

「ほう。高いな」


 そういや、なんで有名なんだ?

 エリゼオはみんなの視線を受けても目線は下げたままだったが、視線を上げてこちらを見たかと思うと、また下げた。……うん?


 少し間があった。


「……今こうして加勢してるが、普段は攻略者をやってる。今日は警戒戦に参戦していた」


 それさっきベルナートさんが言ってたよ。


「……武器は両手剣だ。片手剣も使えることは使える。盾はあまり使わない」


 また間があった。……うん。もちょい。別に何か喋らないといけないわけじゃないが……。


「斧は使わないのか?」


 気を使って話題を投げてあげたのか、自分が斧使いだからか分からないが、いくらか表情を緩めたホイツフェラー氏が投げた質問にエリゼオは少し目線を泳がせて考える素振りを見せた。


「斧か……。使ったことはあるが、結構訓練が必要だと感じてな……。片手斧なら話は別だが、体力の消耗が激しい。修理代金も高い。それに教本の類や指導者もあまりいないと聞いた。……ここは別だが、各地ではあまり見ない武器だ。意外と柔軟な思考と繊細な技術を必要とする武器でもある。ポールアックスは便利だと思ったが……周りに斧使いがいないのでは、上達は遅くなると感じた。俺のようにあまりパーティを組まない奴には不向きな武器だ。持ち歩くのが楽ではないと思ったのもある」


 ホイツフェラー氏やラディスラウスさんが数度頷いて、納得した様子を見せた。兵士たちの中にも頷いている者がいる。

 武器や戦い方に関する話では饒舌になるらしい。というか、なんかエリゼオ変だな。こんな奴だっけ? 貴族相手に緊張してるのか? でも俺に声かけてきたとき、貴族バカにしてたよなぁ……。


「全くその通りだな。斧は武器の中でも少々取り扱いが難しい」


 ラディスラウスさんが改めて同意する。


「刃が大きなものだと金もかかる。これもまた事実だ。だからうちの隊では新米の兵士には薪割り斧から使わせているよ。ハンツ様や我が隊に影響を受けて斧に触る者を多く見てきたが、悩む者や使うのを止める者、他の武器に切り替える者も多かった。……我が戦斧名士の初代隊長スヴェン様もそうした悩みを持っていたと聞く。もっとも主なところでは使用感や金の方ではなく、隊員が集まらないことに関してだがな」

「どうやって隊員を集めたんだ?」


 ラディスラウスさんが得意げな顔で、木こりの者から徴兵したのさ、と片手を上げる。


「木こりの中でも伐採が速くて上手い者や、薪割りの上手い者などを集めて、伐採の合間に戦闘訓練を行い始めてな。やはり身体能力の高いドワーフが頭一つ抜けているようだが」


 なるほどね。ベルナートさんも言ってたな。


「初代隊長も木こりで斧が振れたのか?」

「木こりでもあったし、武器としても振れたな。もっとも、スヴェン様はちょっと変わった武器を選んでたお方でな。斧の他にはスクラマサクスを愛用していたらしいし、スリングの名手でもあったそうだ」


 スクラマ……なんだって??


「そりゃ珍しいな」

「うむ」


 エリゼオが腕を組んで息をついた。


「しかし木こりから徴兵か。正直呑気な話だと思うが……それでよく斧の達人たちが生まれたな」


 そう言うエリゼオはもういつもの調子に戻ったように見える。ラディスラウスさんがちょっと肩をすくめてみせた。


「スヴェン様の部隊は戦斧名士としてはあまり結果は残せんかったよ。やはり1から育てるのはきつかったらしい。斧使いの訓練教官もそういなかっただろうしな。それで育てば兵士の育成は苦労はせん。伝わっているのでは、初代よりも2代目の部隊が強く、2代目よりも3代目の部隊が強く、そして3代目の部隊が最も偉大な功績を残し、順当に強くなっていったと聞いている」

「3代目か。何したんだ?」

「魔人ニールスベインの討伐さ。知らないか?」


 ちょうど微妙ビールを飲んでたんだが、軽くむせてしまった。

 1年……いや8か月ほど前にクライシスで実装した敵だ。レベルも600くらいだ。討伐されたっていうんだから、レベルは1/10くらいなんだろう。たぶん。


「聞いたことはある。3代目が討伐したんだな」

「ああ、かなり苦労したそうだがね」


 3代目か……今何代目だ? このくらいの質問なら変に思われないだろう。


「閣下は何代目に当たるんですか?」

「9代目だよ。俺の代は残念ながら大した功績はなくてな」

「いやいや……現状維持は大変だと思います。それにこれから功績……ああ、いえ」


 あっと、功績って言ってしまった。


「ん? どんな功績だ?」

「いえ……功績というわけではないのですが……ベルガー家、つまり友人の家の立て直しです。どういう形にするのかは分かりませんが……フィッタの復興もあります」


 ホイツフェラー氏はちょっと目を見開いて、そうだな、功績という名の諸問題は山積みだな、と神妙に頷いた。失言にならなかったようでほっとする。


「連中を追い払ったらフィッタはどうするんだ?」


 と、エリゼオ。ホイツフェラー氏は、さあな、と静かに首を振った。


「建物はほとんど残っているが、いかんせん人がいない。人を呼び込もうとしても、普通のやり方じゃ人は集まらんだろうな。フィッタは商人たちもよく来ていたからな……しばらくは金が飛ぶばかりだろう。これをどうにかするためには少なくとも警備兵は多く徴用する必要はある。セダムとスヴァトプルクで空いた穴も考えねばな」


 ラディスラウスさんが、セダムもスヴァトプルクも若く、これからが楽しみな青年たちでした、とため息交じりにこぼした。村で死んでた戦斧名士の警備兵たちか。


「そうだな。……一番避けねばならんのは、フィッタが賊どもの根城になることだ。喪に服し、目途が立つまでは、しばらく仮の駐屯地として運用するだろうな」

「フィッタ住民はもちろんですが、兵士たちの家族には安く家を貸し出してみては? 警備兵もかなりの数をやられてしまいましたし、徴兵施設として運用もありかと」

「悪くない話だ。問題は――」


 話が少し込み入ったので、俺は気になっていたことを聞いてみるため、暇そうにしているインの背中を3回指で突っついた。


『なんだ?』


 ――ニールスベインってどんな魔人?


『あー……。人型で、羊の骨をかぶっとる奴だったか……被害もさほどではなかったし、あまり詳しいことは聞いとらんの』


 外見的にも同じか。クライシスでのニールスベインはいわゆる悪魔のバフォメットのような外見を持った魔人だった。


 ――いつ頃? 倒されたの。


『100年ほど前だった気がするの。この魔人がなんかあるのか?』


 ――いや、気になっただけだよ。


 現実世界の8か月前は、この世界では100年前か……。……連動している? それともしてい「た」? そんなことは考えたことはなかったが……。

 セイラムの守り人のあのミノタウロスは事の発端――魔族と人族の戦争は200年前だったな。セイラムの守り人クエストが実装されたのは3年と半年くらい前だったか? ……合わない。分からないな。だいたい、例のミノタウロスは人格がロダンと混じっていたしな。


 ……混じってる? この世界がクライシスと混じってるかそうでないかなんて、いまさらの話だ。ただ、俺が転生したこと含め、あまりにも摩訶不思議な現象すぎて、「混じってる」などという安易な言葉におさめられなかっただけの話だ。

 混じってるものはある。「クライシス側」である俺自身が筆頭だが、一部の魔法やスキル、魔物、魔人、そして七竜。銀竜と金竜が新しい竜であることもそうだ。ホムンクルスは……あれはユーザーが作れるようになっただけなんだよな。元々クライシス自体にはホムンクルスはあったし。


 一度歴史でも学んでみてもいいかもな。アップデートの内容が、どこかに紛れ込んでいるかもしれない。だからといって何かするわけではないんだが……。

 そもそも本がないって話だ。ティアン・メグリンド女史の本は、パクってでも読んでおくべきだったのかもな。魔法と料理以外で何があったっけな……。最悪、人に聞きまわることはできるが、ちょっと面倒だな。うーん。本はあれだな、高名な知識人の伝手を得る方が早いかもしれない。


 と、そんなことをちょっと考えていると、食堂のドアが開けられ、盾を背負い、腰に刃が長めの片手斧を下げた長身の兵士が1人やってきた。

 兵士はホイツフェラー氏の近くに行くと、バイザーを上げた。鼻が長く、賢そうな目つきをしている。青目か?


「閣下。お話が」

「マルフトか。斥候としての報告なら、みなに聞こえるように言ってくれていい」

「斥候としての報告です」


 ホイツフェラー氏は頷き、なら言ってくれ、と続ける。


「イングラムと赤斧休憩所からベルガー伯爵邸までの周辺を探ってみましたが、奴らはいませんでした。ベルナート殿の言われた通り、伯爵邸には大人数の人の気配があります。奴らかと思われます。イングラムは現在も周囲を探っています」

「見張りは?」

「それが……いません」


 見張りがいない? 妙だな。ここにはいたのに。一本道だし、赤斧休憩所や酒場の奴らが見張りだったりするか?


「俺とドルボイさんとダゴバートが赤斧休憩所に突入する時、2人の見張りがいました」

「宿の横にあった死体だな」


 俺は頷く。斬首は2人がやりましたが、となんとなく言っておく。

 ホイツフェラー氏が考え込み、深い息を吐いて、頬杖をついた。


「籠城しといて見張りがないのは少し変な話だな」

「襲撃を成功させた連中です。何か考えてるのかもしれませんな」

「ああ」


 そういえば、と思いマップを開いてみる。視線で“スワイプ”すると、伯爵邸にびっしりと赤丸があった。うわ……始めから見ればよかった……。白いマークもある。デレックさんだ。

 奴らは一か所に集まってるのか? 衛生マップなので階毎に数は分からないが、……30はあるな。結構多いな。


「周辺には奴らはいないんだな?」

「今のところは。ロマード兄弟には裏手を見張らせています」

「ふむ。作戦なのか、油断してるのか……」

「変わった動きがないことが前提ですが……伯爵邸の奴らを一掃すれば、ひとまず一息つけるかと思われます」

「奴らにはベルガー家の物を何一つ渡さずに根絶やしにしなければならん」

「はい」


 伯爵邸周辺は確かに赤丸はない。


 ホイツフェラー氏は、よし、と軽くテーブルを叩いて立ち上がった。


「みな、戦闘準備だ! 酒を飲み干したら、全てを怒りに変えて装備を整えろ! 装備が不十分な者は整えてからだ! ただし、あまり騒ぐなよ」


 おぉ、と声があがる。


「誰か外の者に伝えに行け! それと、生存者の小屋の警備はそのままついておけともな!」


 1人の兵士が、私が行きますと威勢よく言って、食堂を出ていく。


「ちゃんと斧の刃に油も塗っておけよ!? 奴らの血を浴びまくらなければならんからな!」

「セダムとスヴァトプルクの仇だ!!」

「ベルガー伯爵とラフラ様もだ!!」

「あのクソったれ共、血祭りにあげて拷竜様のもとへ送ってやるぜ!!」

「行ってこい! 俺もあとで行くぞ!」


 士気が最高潮のように思えたが兵士たちがあらかた食堂を出ていくと、ホイツフェラー氏は俺たちの方に向いて軽く息を吐いた。


「君らも君らの戦い方があるとは思うし、頼もしくも思っているが、どうか残りの連中は俺たちにやらせてくれ」


 そう言いながらホイツフェラー氏は俺に視線を寄せてくる。俺は頷いた。


「もちろんです。……俺たちは出来るだけサポートにまわろう」


 ベルナートさんが俺たちの方を見てそう打診してくる。もちろん断るつもりなどはない。


「ダイチにイン。君たちは補助魔法が使えるか?」

「問題ないぞ」

「はい。ある程度は」


 ドルボイさんが、「へ、ある程度ってもんじゃありませんよ」と皮肉を挟んだ。


「ほう? そこまでか? まあ、単独でも連中を半壊させてたからな。納得はできる」


 視線が刺さってくる。さすが戦斧名士というべきか、理解があるのは嬉しいけども。


「あ、ただ、防御魔法はあるんですが、身体強化系の魔法は持ってません」


 インの方を見ると、「使えないこともないんだが、私もあまり期待せんでくれ。治療魔法もな」という言葉。人化時にはあまりってやつか。


「《身体強化チューン・アップ》をイーボックの奴が使える。防御魔法も治療魔法も使えるのがいるから問題ない」


 《身体強化》はハリィ君も使っていた魔法だ。クライシスだと下位に相当する魔法だが、結構使われる魔法のようだ。

 イーボックさんは、兄妹の魔導士でミノタウロスと戦いに行くということで皮肉を言ってた人だ。


「頼もしいです」

「うむ。奴らはうちの要だしな。誰を失っても痛いが、部隊的に痛いのは2人、とくにイーボックだろうな」


 魔導士はどこも部隊の要のようだ。


 俺たちは宿を出て、戦いの準備をするため、詰め所に向かった。デレックさんとウィルマさんは、ハスターさんたちのいる小屋に行くことになった。

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