7-20 ハンツ・ホイツフェラーの仇討ち (1) - 憤怒
多分に厳粛さを含んだ礼のあと、ホイツフェラー氏は戦いが終わったら報奨を望んでほしいということ、それから残りの<山の剣>の討伐に手を貸してほしいという言葉を告げた。
もちろん俺たちは承諾した。報奨はまあ後で考えるとして。
彼は男らしい顔つきに安堵のものを含ませて、感謝するとお礼を言った。
俺の中で貴族というと、ケプラで見かけるそれらしき派手な服装の人々と、若かったとはいえ、一発やってそれっぽい言葉を述べただけのアルバンのイメージしかなかったため、彼の印象はことのほかいい。
友――ベルガー伯爵の仇を討たんと戦地にはせ参じた彼は、実に大将然とした貫禄ある人物だったというのだから。
そういえば確か、七影の中でもちょっと変わってる人だったか。
平民のことを嫌っていないという。ベルナートさんは
そんなホイツフェラー氏は冑を脱ぎ、脱いだ冑を隣の兵士に渡した。赤茶けた髪とヒゲに覆われてみると、顔は意外とそこまで男くさい印象はない。
冑を渡した白髪も多い口ヒゲの濃い彼の方と比べてもいくらか人がよさそうであり、徳の高そうな顔――さきほどの言動を見るに実際そうだと思うが――をしていることに気付く。
もう少し歳を取ってヒゲを白くしたら、あの挙動不審だった七世王よりはずっと王っぽい貫禄――RPGや各創作でよく出てくる、あの白ヒゲを蓄えた風格のある容貌だ――になるような気がする。
そのような彼は小型バリスタの方を見たかと思うと、エルフ男に近寄って膝をついた。
口ヒゲの濃い精悍な兵士が、別の兵士にホイツフェラー氏の冑を渡し、前に出てくる。そうしてバイザーを下げ、手に持っていた片刃の斧槍をエルフ男の首元に突き付けた。斧は小ぶりだが精緻な彫刻があり、ドルボイさんやダゴバートのものよりも明らかに高価そうだ。
エルフ男は仇討ちの相手にはなるが……もう処刑するのか?
「こいつが召喚士のエルフか」
「はい。首をはねたいのは山々なんですが……こいつは金になります。ベルガー家の今後のための資金にと考えてました。それと素性が、」
「そうだな。ドルボイ。話は聞いている」
ドルボイさんの言葉をやや怒気を込めて遮ったホイツフェラー氏が手をあげて払う素振りをした。首に突き付けられた斧が下げられる。
「だが、俺はあいにくと商人の類じゃない。友の死を嘆く裏で、金勘定ができるほど器用な人間ではなくてな。もちろん貴族的な奴でもない」
ホイツフェラー氏は、
「俺はホイツフェラーの人間であり、戦斧名士の隊長であり、オトマールの友だ!!!」
とそう煮えたぎったような怒り声で叫ぶと……エルフ男の腹を思いっきり殴った。
エルフ男が咳き込む。これは痛い……。この人レベル「62」だからな……。
それで終わるかと思ったが、彼はさらに左右から顔面をガッゴッと2セット殴った。俺は思わず目を背けた。
……何かが飛んでいってコロコロと小さな転がる音が鳴った。たぶん歯だろう。エルフ男は咳き込むばかりだ。死んじゃいないと思うが……起きただろうか? ホイツフェラー氏は殴った手をエルフ男の服の裾で拭いた。
「……これで起きんとはな。……まさかフリドランも大罪人が無傷で返ってくるとは思ってないだろう。本来なら首だけを投げつけるなり、生皮でも送ってやりたいところだが……俺はヘッセー城主だ。俺はオトマールとは立派な城主になると誓った。こいつを殺して国交問題になり、城主を降ろされてしまうほど間抜けなことはない。……気持ちでは殺してやりたいがな。たとえ、フリドランの材木をオルフェにもたらしてくれているラッテルオマー家の者だとしてもだ!」
最後には怒気を込めて声を荒立てると、ホイツフェラー氏は思いっきり床に拳を叩きつけた。床板にあまりにも簡単に穴が空いた。
彼の極めて正しく感情的な復讐劇の一端、生の拷問に呑まれつつ、彼は果たして理性的なまともな大人なんだろうかとちょっと考えてしまった。
切り刻める仇はまだいます、とさきほど斧をエルフ男の首にやった口ヒゲの男。
内心では彼の突然の怒りと行動にだいぶ驚いた俺だったが、口ヒゲの彼にはさほど動揺した素振りもなく、むしろ冷徹な怒気をエルフ男に向けているくらいだ。
後ろの兵士たちも似たようなものだ。彼が連れてきた者は彼の怒りに同意する者しかいない。姉妹やデリックさんとウィルマさんはちょっとびくついていたが……。
「ああ。俺の家名の誇りと名誉にかけて残りの奴らを血祭りにあげると誓うぞ。そしてオトマールの屋敷を取り戻す」
兵士たちから、「私もこの斧にかけて誓います!」「俺もです! 血祭りにあげましょう!」「奴らを晒し首に!」などという、理解はできるが、少々不穏な内容の威勢のいい言葉が飛び交う。
ホイツフェラー氏は振り向かないまま、頼りにしているぞ、お前たちと彼らに言葉をかけた。
「……こいつの所持品はあるか?」
「そこにまとめてあります。ただ、おそらく今のところは何も分からないでしょうが……」
ホイツフェラー氏と兵士数名が、ドルボイさんが指差した隅のテーブルに向かう。テーブルの上にはエルフ男が来ていた薄緑のローブや革の鎧を含めた全所持品が置いてある。
俺も見せてもらったが、ドルボイさんの言うように、なにか彼の素性に繋がりそうな品は何もなかった。着ているものはそれなりに高価ではあるもののオルフェでも手に入りやすい品にすぎず、めぼしいところでは木の縦笛と印章があったが、前者もまたありふれた笛であり、後者の印章はフリドランから他国へ渡るための認可証のようなものだという。
「笛か」
「召喚士はときどき笛で精霊と交感するんですよ。精霊が好む短い旋律を奏でて、まあ、仲良くなるというか。召喚士の中には吟遊詩人をやっている者もいますね」
「なるほどな」
エルフ男が鳴らしてたリズムはそういう類のものだったのか。
「この印章はなんだ?」
「フリドランの者が他国に渡る際に持たされるものです」
「家紋ではないか」
「俺も持ってます。どこにやったか忘れましたが」
「国に帰れなくなるぞ?」
「もう20年は戻ってませんよ。俺はオルフェに骨を埋めると決めてます」
「ふっ、そうか。まあこの品々はあとで学識のある者に見せよう。何か分かるかもしれんしな」
ホイツフェラー氏が俺たちに「ああ、すまんな。座ってくれ」と声をかける。
「君たちをむげにしたとあってはオトマールの奴に叱られてしまうからな」
いくらか朗らかな調子でホイツフェラー氏はそう言うが、どことなくだが、言いようには影を感じた。
言われたままに俺たちは席についた。ベルナートさんや、子供を抱いていたベイアー、ヘンリーさんも席につく。
そうしてホイツフェラー氏はサシャという兵士の名前を呼んだ。
返事をした兵士は、ホイツフェラー氏の近くでずいぶん厚い革の入れ物に入った大きな斧らしきものを持っている兵士だった。
「どこか手頃な家屋を見つけてこい。あのエルフの拷問部屋にする。誰かサシャについていってやれ」
サシャさんは近くにいた兵士に斧を渡した。そうしてバイザーをあげて、頷き合った1人の兵士と一緒に宿を出ていく。
「それと村の入り口にいるフィッタ村民を入り口に近い家屋に移動させてこい。村の中の安全を確認したあとにな。その後はそのまま彼らのいる家の警備につけ。もし生存者を見つけたらそこに保護しておけ」
兵士たちはしばらくお互いを見ていたが、後方にいた兵士が「自分が行きます」と名乗りを上げた。ちょっと高い声だった。
彼に続いて何人かも言葉を発し、彼らは宿を出ていった。後ろにいるということはおそらく実力的に下の若い兵士かな?
「念のために鍛冶屋と詰め所から武器と防具も持ってきた方がよいでしょうな」
と、口ヒゲの兵士。察するに彼は副官かなにかか。
「そうだな。……お前たち、行ってこい。持ってくるのはひとまずこの宿でいい。部屋のいくつかに入れておけ」
兵士たちは胸に手を当てて出ていく。兵士は10名ほどになってしまった。
さすが城主というべきか、テキパキと指示出したな。でも、エリゼオの話を鵜呑みにするなら総勢50人ほどで、残すはもうあと20人くらいなんだよな。もっとも、生存者と連中の捜索とか遺体の回収とか、やることは色々とあるだろうが……。
「さて。君たちには少し話を聞きたいんだが、……俺も酒を飲んでいいだろうか?」
さきほどまでは立派な君主、戦時の指揮官といった感じだったが、一変して疲れたように息を吐いてそう訊ねてくる。
戦いの前に酒? とちょっと思ったが、飲み水みたいなものだというのをいまさらながら再確認させられる。みんな飲んでる割に泥酔しないしな。
それに友人、しかも影響を与え合っていた人が殺されたからな……。
敵はまだいるが、気持ち的にナーバスになりたいのは痛いほど分かる。殺せないというのを踏まえるなら、エルフ男を殴ったのもその感情の一端かもしれない。
ドルボイさんがもちろんです、と言うと、デレックさんが慌てて立ち上がり、持ってきますと厨房に入っていく。
「よかったらみなさんも」
ウィルマさんも立ち上がってそう兵士たちに告げる。「ありがとよ、姉ちゃん」というドワーフらしき背の低い兵士から気さくな声を受けたあと、彼女も厨房に入っていった。
ウィルマさんは無事に復活したようで、安心した。この場の雰囲気に呑まれているのもあるだろうけども、彼女には動き回ることも必要だろう。
兵士たちが各々席につく。
「……生存者が見つかったことを伝えなくてよいのか?」
ホイツフェラー氏がベルナートさんに言葉をかける。
「そうですね。……閣下と会う前に2人見つけたよ。1人はヘンリーさん。俺たちの姿を見つけて村にきてね。それまでは森に隠れてたらしい。ミラーさんは馬ですぐにケプラに逃がしたらしいよ」
厩舎に馬がいなかったが、一匹はミラーさんが乗っていったようだ。ミラーさん馬乗れるのか? 有名な偉い人だし誰かに手綱を握らせたか。
ヘンリーさんには手傷は特にないように見える。目が合ったので、ミラーさんが無事でよかったです、と言うと、貴殿もと微笑まれる。
「もう1人の子供は……ウーリ君と言って、ベルガー伯爵の私生児らしい」
ウーリ君は、ベイアーに抱えられて眠っている。5歳くらいだろうか。おそらくギルドの裏手にいた子供のように思う。
ホイツフェラー氏が腕を組んだ。眉間にシワが寄っている。今気づいたがホイツフェラー氏は緑目だ。
ベルガー伯爵の子なら歓迎するところだと思うが、愛人の子となると少し難しくなるか。……どうするんだろうな、この子のこと。状況的には息子ともども、ホイツフェラー氏が引き取りそうなものだけど。
「どこにいたんです?」
「ギルドの地下から続いてる倉庫の洞窟にね。洞窟のことはダゴバートが教えてくれたんだ」
洞窟。
「洞窟をちょっと行った先にいたと?」
「そうだね。眠ってたよ。……ギルドの中では母親も死んでいてね。だからおそらく、職員とかが逃がしたんじゃないかと思うよ」
両親が姉妹を逃がした時と似た状況だな。姉妹を見てみると、やはり自分の境遇を思い出したのかいくらか難しい顔をして子供のことを見ていた。
「この子は……どうするんです?」
と、少し言いにくそうにドルボイさん。
「さあな……。まあ、ベルガー家の者が減ってしまったからな……しばらくはホイツフェラー家でヨシュカと一緒に面倒見ることになるだろうな」
「……2人とも不幸にも親をなくした身です。案外仲良くなれるかもしれませんよ」
口ヒゲの人がいくらか労わる口ぶりでそうこぼすと、そうかもしれんな、とホイツフェラー氏が神妙な顔で同意を寄せた。
寝ている彼は幸せそうな顔だ。将来は2人で協力して家を建て直しているのだろうか。
デレックさんとウィルマさんによって、てきぱきとジョッキが配られていく。
ホイツフェラー氏はジョッキを渡されて間もなく、ビールに口をつけた。
「お互い自己紹介しないか? 知らない顔も多いからな」
「閣下がよければ」
「うむ。では、我々から名乗っておこう――」
ホイツフェラー氏が引きつれてきた兵士たち20名ほどは、戦斧名士の隊員の他に、ホイツフェラー氏が城主をしているヘッセーの警備兵も数名含まれていた。
やはり副官だった口ヒゲの人――ラディスラウスさん曰く、ベルガー伯爵の家令であるグレゴールという人から伯爵が討たれた内容の鳥便による文をもらい、急きょ戦斧名士の自分たち含め、馬を操れる兵をかき集めたため、ちゃんとした人選でなく、人数も少なくなったらしい。
「我々のあとにヘッセーからは戦斧名士の他の隊員と兵たちも来るのでご心配なく。歩兵の方は少々遅れるでしょうが」
「うむ。まあ、兵たちが来る前に奴らのなぶり殺しが終わるかもしれんがな。山賊などに戦斧名士は遅れは取らん」
「なんにせよ、それならそれでしばらくはここに駐在させましょう。色々とやることはあります。ヘリバルト様がその辺りのこと含めて色々と手配してくれているでしょう」
「そうだな」
ちなみにさきほど拷問部屋探しに出ていったサシャという人は、ホイツフェラー氏の従者らしい。
今度は俺たちの紹介になった。
「――兄妹で魔導士の攻略者か……しかもミノタウロスと戦うこともある警戒戦に出るとはなかなか逞しい兄妹のようだ。なあ、イーボック?」
「ええ。そんな兄妹はなかなかいませんね。おとぎ話にでもなるかもしれません」
少し離れた席から、イーボックさんが皮肉を言った。ホイツフェラー氏が同意するように頷く。
攻略者稼業で身分やら印象やらは何とかなるとは甘い考えだったようで、閣下の注意を引いてしまったものらしい。
ちなみにイーボックさんは戦斧名士の魔導士隊員とのこと。彼は冑を脱いでいるんだが、ヒゲは薄いが広範囲の無精ひげがあり、髪がかきあげられるほどある。ラディスラウスさん含め、割と高齢の人が多そうに見える兵たちの中でも比較的若そうに見える人だ。
「しかも君は1人でこの襲撃を受けているフィッタに飛び込んでいったんだってな? 従者の彼女たちすらも引き連れずに。……感心できる行動ではないな」
ホイツフェラー氏やラディスラウスさん含め、みんなの視線が軽く刺さってくる。ごもっともです……。一応みんなには謝りました、はい。
「……まあ、君の若く勇敢な行動のおかげでフィッタの村民たちを救えたのは事実だ。召喚士もそうだし、かなりの数をやってくれたようだしな。感謝するよ」
いくらか和らいだ声音に、胸を撫でおろした。
「ま、俺も若い頃は死期など考えず敵地に突っ込んだあと、父上や城の者に叱られたものだ」
「私も今回のダイチの行動にはちょっと驚かされたものでな。こんなに勇敢だったとは思わなくてのう。……軟弱であるよりかはよいがの」
インの言葉に、ホイツフェラー氏は小首を傾げた。ラディスラウスさんも片眉をあげて、“よく分からないもの”を見る眼差しになっている。さっき妹って紹介したばかりだけどな。相変わらず“設定の意味がない”。というか相手貴族だが……。
「確かにそうだな。軟弱であるよりは勇敢である方がいい。分別も必要だとは思うが」
「分別はあるのだ。分別に関しては優れておる。だが勇敢さの方は訓練が必要だな。勇敢さを発揮するたびに周りの肝を冷やしたのでは肝がいくつあっても足らん」
ホイツフェラー氏が軽く吹き出した。
「はっ! 頭の痛い話だな。息子も俺や嫁や周りの奴の肝を冷やしてばかりいるぞ。かつての俺と同じようにな。それで周りの肝を冷やさないための勇敢さの訓練はどんなことをするんだ?」
「そうだのう……やはり場数を踏むしかないのかもしれん。もちろん肝の冷えない範囲から徐々にな」
「ふむ……それが出来たら苦労はしないんだがなぁ。なぜかいつの間にか“肝の冷える範囲”に飛び込んでいてな」
「苦労しとるようだのう。ん、それと番だな」
「番? 女か」
「うむ。ちゃんとした番がおれば、余計なことはせん。鳥が帰巣本能で戻ってくるように、適当なところで引き上げてくる。女の胸に飛び込みにな」
“彼には恋人がいないのだな”という内容の視線が刺さってくる。イーボックさんはまんまそんな嘲笑的な心境にありそうな顔つきだ。外面は肩をすくめるに留めたが、色々と公開処刑されてる気分だ。
「イン殿はなんというか、まるで彼の母親のようですな」
ラディスラウスさんが苦い顔をしながらそう評価すると、インが「そうであろ?」と言って得意げな顔になる。軽い笑いが起こった。HAHAHA……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます