7-19 フィッタ虐殺 (6) - 精霊と愛の再燃


 インが、さきほどまでエルフ男の武器だったもの――植物で出来た小型バリスタにぽんと手を置いた。

 バリスタは鮮やかな緑色をしているが、一部分はエルフ男の血によって黒ずんでいる。


「これは《新緑弓式グリナリーバリスタ》といってな、植物魔法の一種だ。植物でつくった矢でも普通の矢でも構わんが、装填し、射る武器、というか兵器だの。このままだと別に大したことないんだが、植物魔法の多くがそうであるように、その土地が実り豊かな肥沃な地や七竜――とくに緑竜だの――の加護多き場所であれば矢の威力は増す。もちろん術者の力量とも比例する。そして、木精霊ドリュアドと交感し、力を借りることでも威力が増す。そのようにして力を上乗せした矢は城壁に穴を開けることもできるようになる。使い方によっては有益な魔法兵器だの」


 説明していたインが、俺の方に視線を寄せる。それに合わせてみんなの視線も到来してくる。

 俺の後ろには、俺が自らかぶった《水射ウォーター》で濡れた髪と上半身を温風で乾かしている姉妹の姿がある。少し恥ずかしいが、2人のことではない。


 俺の目の前のテーブルの上にいる「緑色の光」のことだ。

 緑色の光は《微風ソフトブリーズ》の風をじっと受けていたかと思うと、いきなり動き出して旋回したり、俺や姉妹、そして隣のアレクサンドラのまわりをぐるぐるとまわったりしている。


 木精霊ドリュアド。


 クライシスでは風の精霊はいても木の精霊はいなかったので、何かこういう姿をしていると明確なイメージを持っていたわけではないが、この世界の木の精霊は実にシンプルな姿形をしていた。

 もっともイン曰く、これが「一番小さな存在」らしいのだけど。


「まあ、エルフで魔導士なら、多くの者が身につけている技の一つだの。奴がどれほどの者かは分からんが、そこそこ腕が立ったのではないか」

「詳しいな、嬢ちゃん」

「うむ」


 インの触れたその当人は、少し変わり果ててしまった食堂の中心部にある大黒柱的な丸太材に縛られている。

 口には布が巻かれ、肩の傷は多少手当てをしただけだ。ポーションは飲ませていないので、まだ意識は戻ってはいない。


 あんなに木がにょきにょき生えていた空間の中、この丸太材をよく傷つけなかったものだと少し思う。まあ、柱よりも左の方で戦っていたし、エルフ男が呼び出した木で埋もれてもいたんだけど。


「精霊なんて見るのは何十年振りだろうな。懐かしいもんだ」


 ドリュアドは同じくテーブルについているドルボイさんの前に来たかと思うと、再会?を喜んでいるのかは分からないが、八の字に旋回してみせた。ドルボイさんの柔らかい表情は珍しい。


「あんたは出身はガシエントか?」


 と、エリゼオの質問。そういやエリゼオもガシエント出身だったか。ただドワーフの血はなく人族だ。


「いや、俺はフリドランだ。ガシエントにもいたんだがな。縁あって戦斧名士ラブリュス部隊に入り、フィッタに配属されて警備兵をすることになった。まあ……フィッタはこんなんになっちまったがな」

「……行き先はどこにでもあるさ。飢えをどうにかできる前提だがな」


 珍しく励ますと、エリゼオは頬杖をついた。すすすっとドリュアドがやってくる。エリゼオはとくに何もしていなかったが、目の前をちらちらする発光体が鬱陶しかったのか、少し奥に移動した。しっしっとしないだけマシか?


「別に取って食わねえぞ」


 いくらか面白がってそう言うドルボイさんに、分かってるよ、とエリゼオは返答した。精霊のことは知ってるものらしい。


 それにしても仕事探しではなく飢えか。


 ドルボイさんなんかの腕に覚えのある人は別の都市の警備兵や攻略者稼業など、食い扶持はなんとかなりそうだが……女性陣はどうなんだろうな。

 風呂ってどこにでもあるのかは分からないが、ラウレッタはやはり風呂で働くんだろうか。アルビーナは正直不安だ。旦那死んじゃったしな。グンドゥラはダゴバートがいるが……アルルナもいるからダゴバートは大変そうだ。……コンスタンツェさんやウィンフリートも殺されてしまったのだろうか。


 デレックさんは宿の経営を任されるほどだし、元商人というから、なにか働き口は見つけそうだ。ただ……。

 ちらりと左後方を見た。デレックさんが婚約者の彼女――ウィルマさんの肩を抱きながら、静かにしていた。ウィルマさんも心ここにあらず、という感じだ。


 デレックさんが気付いた時、焦ったようにウィルマさんに訊ねていたので、彼女が精液を膣内に出されなかったことはみんなが知っている。

 もっとも存在していることに少し驚いたが、みんなが休憩所に来た頃にはウィルマさんは一応避妊薬を飲んでいた。諸々生々しい話だが、大事なことだ。


 でも、そんなことでウィルマさんの心的外傷やデレックさんの心痛が解消されないことは見るも明らかだ。

 怒り狂う人もいるだろうが、デレックさんは印象通り、そのタイプではなかったらしい。いやまあ、相手が“正当的に”死んだこともあるが……。俺が蹴り飛ばした彼は普通に衝撃で諸々骨折しつつ死んでいた。


 なんにせよ。心痛にせよ、自分の無力感にせよ、婚約の解消はじゅうぶんに考えられる。

 温和な人間の重大で唐突な決断はよく周囲を驚かせるが、デレックさんもそのタイプのような気がする。


 村の入り口にいる女性陣がいればいいのにと思う。

 とくによく喋り、夫が暴力男だったアルビーナと、娼婦的な仕事をしていた疑惑のあるラウレッタだ。ウィルマさんの話相手として、タイミングを見て連れてくるか。


 ここには俺含め、色んな意味で勇敢な人しかいない。


 アレクサンドラに言動の変化があまりないことには安堵したが……経験の無さか普段は男に囲まれているからか、ウィルマさんには効果的な言葉の類はかけられず、他の男たちのようにそっとしておくことを選択してしまっている。

 ディアラは勇敢側だろうし、ヘルミラもやがては落ち着きそうだが、まだそこまで内面が成熟していない。あまりお盛んでないと聞いているし、ダークエルフたちにこの手の事件が頻発しているようにはちょっと思えない。


 デレックさんとウィルマさんが以前のようにとはいかないまでも、仲良く会話してるところを見たい気持ちは否定できない。かといって、強いるのはちょっと難しい。辛い話だ。


 それにしても……。

 俺はため息をついた。なんであのタイミングでキスしちゃったんだろうな……。アレクサンドラは大人の対応をしてくれているとはいえ、KYすぎる……。


『ダイチ、ドリュアドを帰すがいいな?』


 頭を抱えたくなってきた心境にシフトチェンジした俺とは裏腹に、インからあまり関係のない内容の念話がくる。


 ――ん? うん。森に帰すの?


『まあ、そうだの。なんか帰り損ねたようでの。ここにいても仕方なかろ。このエルフも捕縛してフリドランに引き渡す予定だしの』


 エルフ男は捕縛に留めたものだが、これは当たりだった。

 拷問するのもそうだが、なんでも、エルフの罪人をフリドランに送り届けるとかなりの報奨金がもらえるらしい。この金はベルガー家に行くように手配するという方向で意見は一致している。


 俺的には生き残った村の人たちの今後の生活資金とか、できるのか分からないがフィッタの復興資金とかに当てて欲しかったりもするが、反対意見は1つもなかった。


 領主と村民の関係、つまり封建社会の一端を見た気もしたが、いかんせん今回の襲撃では領主である伯爵と夫人も殺害されてしまっている。

 ベルガー家に金を渡すということはつまり今後に期待しているということにも取れるのだが、家出した20そこそこの彼がどう出るのかは、みんな閉口し、ドルボイさんも分からねえよと首を振るばかりだった。


 ドリュアドはエルフ男の元で動き回ってはときどき止まったりしていたが、しばらくして、ぴたりと止まった。

 精霊には目も顔もないのだが、帰すと言っていたし、イン、つまり「主人」の方を向いているのだと思った。そうしてドリュアドはゆっくりと《新緑弓式》の方に向かう。


 ドリュアドが《新緑弓式》のバリスタに入り込んだかと思うと、バリスタは少しずつ色を変えていった。

 半ば輝いてもいた、どこか神秘的でもあった鮮やかなグリーンの色合いが褪せていく。やがて、その辺の植物と変わらない緑色になった。輝きもないし、いくつか出ていた新芽もかなりしなってしまった。中には枯れてしまったものもある。


 ドリュアドは神秘性を失ったバリスタから出てきたあとその上で旋回した。そうして、――ふっと消えた。

 残ったのは、植物でできた弩弓のオブジェだ。黒ずんでいる部分はあれどこれだけでも見事なオブジェだけど、そのうちに枯れるんだろうととくに理由もなく思った。


「帰ったか」

「そのようだの」

「精霊はいつも唐突だな。まあ、見ていて飽きないが」


 ドルボイさんは精霊が割と好きらしい。もっとも――ウィルマさん以外――この場でドリュアドを好意的に見ていない者はいなかった。このやや陰鬱な空気の漂う現場の数少ない癒しみたいなものだからかもしれない。


 ちなみに、木精霊たちの主人は緑竜であり、七竜らしい。

 念話で《新緑弓式》について訊ねられたので、その時の状況――エルフ男が攻撃を指示したっぽかったのに、弓が射られなかったことだ――を答えたのだが、


『人の子らに告知はしておらんが、精霊たちにはダイチが八竜の一柱であり、氷竜だと分かっておるぞ。伝えずともな。だから、攻撃せんかったのだ。もっとも、精霊の理解は私らのいう理解とは少々異なる。精霊が言葉をもって他者に伝えることはないし、術者の使役能力が高ければ指示に従い攻撃もするんだがの』


 とのことだった。

 ファンタジー界隈では精霊にも色々なキャラクター性があり、人のように話す者もいるものだが、世界で起きたことをいち早く察知する能力に関してだけは、この世界の精霊たちも持っているらしい。


「デレック。酒をもらいたいんだが、いいか?」


 ドリュアドのいなくなったバリスタを見ていたドルボイさんが立ち上がって訊ねた。デレックさんは聞こえているのか、聞こえてないのか、ぼうっとしていて身動きすらしていない。

 2人のことはそっとしておこうという雰囲気かと思っていたが、別にそういうわけではなかったらしい。ここは空気を読む達人ばかりの日本じゃないのは分かっているけども。


「おい、デレック!!」

「あ、はい!」


 ドルボイさんがため息をついた。割と普通に大声出したなぁ……。


「酒をもらうぞ。金はあとでやる」

「別に気にしなくても」

「俺が気にする。ビール樽はどこにあるんだ?」


 あ、厨房に入ってすぐ左手の、とデレックさんが立ち上がりかけて再び座った。ドルボイさんは動かない。


「ウィルマ。ちょっと立ち上がるよ」


 デレックさんに寄りかかっていたが、ウィルマさんは小さく頷いて、離れた。

 2人が厨房の方に行く。ウィルマさんは一人になった。別に何をするわけでもないようだが……なんかちょっとひやひやするな。


 エリゼオもおもむろに立ち上がって、2人が行った先に向かう。

 エリゼオも飲むようだ。まあ、みんな水みたいに酒飲むしな。着付け薬とか気合を入れる薬みたいなものだろう。


 今俺たちは、ベルナートさんとベイアーとダゴバートの3人が伯爵邸周辺を目的とした周辺調査から戻るのを待っている状態だ。

 エルフ男のこともあり、ちょっと話し合いになったので、そのまま休憩になっている。


 なぜこの3人なのかといえば、立候補したのが3人だったからだ。ベルナートさんが、「3人いればじゅうぶんさ。休んで待っててよ。俺は斥候は得意でね。村に詳しいダゴバートもいるし」と言ったものだから、誰も引き止めなかったこともある。

 ベルナートさんは不幸な目にあった2人に視線を送っていたので、そういう気遣いを含んでいたのも察した。もちろん、伯爵邸近辺は含まないこの辺りの周囲に動いている人の気配がなかったことは理解していたし、そのことも伝えた上だ。


「私ももらいに行くかのう」


 インも行ってしまった。


 あのビールは微妙だったし、とくに喉も渇いてないし、髪と服を乾かされてるしで、席で待っていると、まもなく4人が戻ってくる。デレックさんもジョッキを持っていて、ドルボイさんは2つジョッキを持っている。

 エリゼオは元の席だし、インも俺たちのところに戻ってきたんだが、ドルボイさんは元々座っていた席ではなく、デレックさんとウィルマさんのいるテーブルに座ってしまった。励ますんだろうか?


「ほらよ。ウィルマ。あんたも飲めよ。俺が金持ってやるからよ」

「あ、はい……ありがとうございます」


 ウィルマさんはお礼を言って、ジョッキを握ったがそのままだった。ドルボイさんは彼女に気にせずぐいぐい飲んでいく。


「っは~~!! やっぱ酒は生き返るな。疲れを吹っ飛ばして何でもどうでもよくさせる魔法の飲みもんだな。そうは思わねえか? デレック?」

「ええ。私もそれは思います」

「だろう? なにせこのビールは、酒を選ぶしか能のないミロスラフが選んでたビールだからな。まずいはずがねえ。飲めよ、デレック。俺のおごりだからよ」


 俺は、いまいちなんだよねぇ……。


 デレックさんは苦笑したあと、少し遠慮がちにジョッキを口元まで持ってきたかと思うと、ぐいっと勢いよく傾け始めた。


「いい飲みっぷりじゃねえか。……ま、ミロスラフの野郎は死んじまったんだがな。……知ってるか? 奴は昔、酒の席で珍しくしおらしくなってな。こんなことを言ってたもんだ。『あんたらが美味い美味いって酒を飲んでるのを見るのは、安酒を高く売りさばけたときと同じくらい得した気分になる』ってな」

「ミロスラフさんがそんなことを」


 髪が乾いたらしく、乾きました、と言ってくるヘルミラ。お礼を言うと、2人は後ろのテーブルについた。


「ああ。俺は明日槍でも降ってくんのかと思ったが、まあ、そういうもんなのかもなって思ったもんだ。ここのと、ちょっと高くなるが奴の店のビールは美味いからな。他の村の店のビールはまずいのしかねえ。ベルガー家の偉大なところでもあるな」

「他の領地ではホップビールは村での酒税が高いですから。ケプラやセティシア、栄えている都市に行けば美味いホップビールは飲めますけどね。ただ、結構割高にはなりますが」

「ああ、そうだな。グルートも悪かねえんだが、汗かいた仕事のあとに飲むホップほどいいもんはねえ」


 グルートってビールの一種だよな。なんか聞いたことあるな。

 見れば、インがジョッキを置いて、両手を椅子にやった。視線はドルボイさんの方にある。みんなもそうだが、インもまた彼らの話を聞くことにしたようだ。


「ウィルマは飲まねえのか? しばらく飲めねえかもしれねえぞ?」

「そうですね……」


 ウィルマさんがジョッキを傾けた。


「おお、デレックと同じでいい飲みっぷりじゃねえか。……まあ……その。なんだ」


 ドルボイさんはぼりぼりと後頭部を掻いた。


「俺たちは幸運にも助かった。赤竜様の慈悲と加護を賜った。他の山賊と同じでよ、手練れがいるってのも単なる噂にすぎねえクソどもだと舐めてたもんだが、召喚士がマジでいたのは正直予想外だった。しかもエルフだったとくる。マジもんの召喚士だ。……ま、ダイチがつぶしてくれたけどよ。仮にまともに戦えたとしてもフィッタの奴らだけじゃ相手するのは相当きつかったろうな」


 そう言って、ドルボイさんが食堂内をちらりと見た。

 食堂内はエルフ男の出した木の群れこそ消えたものの、床には落ちた葉や枝が残り、床板は変に盛り上がり、気をつけなければつんのめりそうな箇所が多くある。テーブルは軽く移動させてきたが、いくつかは生えてきた木と壁による圧でつぶされたため、残骸は隅の方に集めてある。


 こうしたものはエルフ男が《新緑弓式》をつくった食堂の半分のスペースで顕著だが、工事が必要なのは明らかだったし、村の状況も状況なので、このまま営業再開の見込みも立たずに放置されることもじゅうぶんに考えられた。

 ちなみに俺が壊した壁と床は、ドルボイさんとダゴバートによって板と釘で簡易に補強された。簡易とはいえ、さすが木材の村の住人と感心させられた手慣れた仕事っぷりだった。


「……何にせよ、生き延びて援軍もきた俺たちはツイてた。お前さんもだ。あのクソ野郎の子供が出来ることはないんだからよ。出来るのはデレックとの子供だけだ」


 ウィルマが目線をあげた。かと思うとまた目線を下げた。


「安心したぜ? 俺にあのクソ野郎の血を受け継いだ孫ができるなんてことはないんだからよ」


 デレックさんが、「え、孫?」と聞き返した。本当に分からなくて聞き返した感じだ。君たち身内だったの?


「ん? お前らの子供は俺の孫みてえなもんだろうがよ。ここの常連の一人身の奴ら、いや、そうでなくともみんなそう思うだろ」


 ああ、なるほどね。イカサマ師も金あげてたしな。


「さ、酒でも飲んでいい気分になっておけ。な? 俺はこれからよ。お前らの子供が産まれた報告や成長を楽しみに、あんたの前にやってくるクソ野郎どもをいくらでもぶった切っていってやるからよ」

「はい……ありがとう、ドルボイさん」

「おう」


 ウィルマさんは微笑を浮かべたかと思うと、デレックさんの名前を呼んだ。

 そうして、デレックさんにキスをした。あらら? ゆっくりとまわされる手。そして、右手ではデレックさんの後頭部を軽く抱いた。結構情熱的な人らしい。


「やべっ。効き目ありすぎた」


 ドルボイさんがそそくさと後ろの元のエリゼオの横の席に逃げた。


「俺、説得のスキルがあるかもしれねえな?」


 エリゼオは肩をすくめた。エリゼオは振り向いてすらいない。

 そしてドルボイさんはそのまま見てただけの俺たちに同意を求めるような眼差しを送ってくる。そうかもね?


「次に学ぶのは使う時と場所だな。スキルは持ってるだけじゃ生かせねえしな」

「ちげえねえな」


 エリゼオ、マジレスかよ……。何が起こったのかちゃんとわかってるよな??


「まあ、説得スキルなんてもんはないが」

「そうなのか?」

「俺の知る限りではな」


 そうなのか。あったら便利そうだけどな。


 ドルボイさんは酒を飲もうとしたようだが、2人のテーブルに忘れたらしい。かなり素早い動きでドルボイさんはさっとジョッキを取ってくる。だが、中身はなかったらしく、立ち上がった。


「おい、デレック。酒もらうぞ。この代金は俺の“取り持ちスキル賃”だ」


 デレックさんはウィルマさんにキスされながら片手をあげた。


 俺も酒飲もうかな、などという気持ちにさせられていると、インがニヤニヤして2人のことを見ているのに気付く。姉妹は恥ずかしがってることだろう。

 ふと横を見れば、アレクサンドラがガン見していた。アレクサンドラはあまり経験はなさそうだ。職務上というか性格的にというか。……まさかファーストキスだったってことはないよな?


 改めて見ると2人はまだキスをしていた。ウィルマさんの手もまだ後頭部にあった。いつ終わるんだか。元気になるならいいけどさ。

 ……あの頭にまわされた手。もしや俺の影響か? 普通はたぶん肩に腕まわすだけだよな……。俺も転生前には後頭部を手で抑えた覚えはあまりない……。


 と、村の方で気配があった。察知が少し遅れたようで、インから「誰か来たようだぞ」と告げられる。インの声音は硬い。気配は結構数が多い。何人かが伯爵邸の方に向かった。

 とくにためらいもなく宿の玄関の扉が開けられたようで、エリゼオとドルボイがジョッキを置いて、武器を握った。気配は再び分かれ、2人ほど玄関に残ったらしい。見張りか?


 ドルボイさんが立ち上がって、急いで2人の前にきた。

 いつもの怖い顔になったドルボイさんが「熱いところわりぃが、お客さんだ」と、ウィルマさんの肩を叩くと、キスが終わる。アレクサンドラも立ち上がって鞘に手をかけた。姉妹も同様に構えた。


 とはいえ、足音は急いでいる風ではない。奴らだったら走ってくるか、足音を立てないようやってくるだろう。

 これは本当に“お客さん”かもしれない。外にいるのはベルナートさんたち3人だが……。みんなの緊張もいくらか解けた感じがある。


「――ここも比較的無事なのだな」

「――はい。でも、食堂の方は散らかってます。私たちで座れるように多少は片づけましたが」

「――そうか……。食料庫は無事か?」

「――私の方でははっきりとは確認していませんが……彼が攻め入った時、奴らが食事をしていましたが、2人が食事を取っていただけでした」

「――ふむ。食料が無事なら助かるんだが……。なんせ、飛び出してきてしまったもんでな」


 ベルナートさんが会話をしていたので、味方のようだ。駐屯地から応援か? 結構早かったな。


「来てくれただけでも助かります、閣下」


 閣下??


 扉が開かれる。ベルナートさんと……彫刻と飾りの入った金属の胸当てと肩当てにマントを羽織った閣下らしき人物だ。角のように見えなくもない二対の飾りのついた、ちゃんと首も覆っている立派な金属の冑を被っている。どこぞの大将軍か貴族がきたものらしい。


「おぉ、ハンツ様!!」


 ドルボイさんが叫んだ。ハンツって、誰だっけか。


 後ろにもずいぶん兵士がいるようだが、ベイアーは子供を抱いているし、その後ろにはヘンリーさんがいた。そういえば村にいたのを忘れていたが、ミラーさんは逃げられたんだろうか。

 兵士たちは後ろの兵士は槍を持っているが、前の方は盾や斧を背負っている。盾を背負っている者は腰に斧がある。フィッタの警備兵もそうだったが、この辺は斧使いが多いらしい。


「ドルボイか。よく生き残ってくれた」

「いえ……」


 ドルボイさんは俯いたかと思うと、ですが伯爵とラフラ様が、と無念さをにじませながら言葉をこぼした。


「……ああ。話は彼らから軽く聞いた。ここでももう少し詳しい話を聞くつもりだ。奴らを全員切り刻み、オトマールとラフラの仇討ちをするためにもな」

「はい」


 ベノさんたちが話していた、ベルガー伯爵と影響を受け合っていた家の話を思い出した。

 ベルナートさんからは閣下と呼ばれた彼が、俺たちを軽く見まわした。そうして、頷いた。


「私はマイアン公爵領はヘッセー城主であり、七影魔導連が一つ、戦斧名士隊隊長ハンツ・ラドモフ・イル・ホイツフェラーだ。伯爵の爵位を賜っているが、今日はいち復讐の戦士としてやってきた。掛けがえのない友であり、長年の盟友でもあった、オトマール・ジギ・ベルガー伯爵の仇討ちをしにだ! ……まずは手勢が少ないにもかかわらず、襲撃を受けたフィッタへ善意で応援に駆けつけてくれ、村民たちを救ってくれたことについて、ホイツフェラー家を代表して君たちに礼を言う」


 雄々しい声でそのような言葉を述べたあと、ホイツフェラー氏は左胸に手をあてて、俺たちに向けて頭を下げた。鎧の音を立てながら、彼の後ろにいる兵士たちも同様に頭を下げた。ドワーフもいるようだ。俺も軽く頭を下げた。


 仇討ちか……。そういえば、貴族の人と絡むの初か。

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