7-17 フィッタ虐殺 (4) - 支援者の存在
フィッタに入る前にドルボイさんが、鍛冶屋に寄るのは問題ないのかと訊ねてくる。
理由を聞いてみれば、装備を整えたいらしかった。予備の装備を修理に出してそのまま預けていたものらしい。
「俺も詰め所で下にホバーク着なきゃな」
ホバークは鎖帷子のことだ。モノによってはチェインメイルやリングアーマーとか呼ばれていたように思う。
確かに、ダゴバートは革のコートの下には鎖帷子がない。ドルボイさんにはそもそも防具が一つもない。
「さっきの状況と変わらないなら問題ないはずですが、警戒はしてください。弓使いもまだ見てないんですよ。魔導士も召喚士もですが」
「なるほどな。弓兵は3人やったが、まだいるだろうな」
やはりいることはいるんだな。
道中になるべく喋らないでくれと言ったので話はそこまでになったが、特に何事もなく俺たちは鍛冶屋に到着した。鍛冶師の死体が傍には転がったままだ。弟子らしき青年の死体も離れた場所にあった。
「ギュンター。お前を埋めるのはヘンジルータの方がよかったりするのか? まあ、まだ終わっちゃいねえけどよ」
ドルボイさんがギュンターさんの死体に語りかけた。和やかな語り口調だ。親しかったのだろう。
……フィッタの人たちはどこに埋めるんだろうな。量が量だし、ミノタウロスの死体のように馬車に山積みにして運ぶのかもしれない。
しばらくして、鍛冶屋の家の中に入っていたドルボイさんと手伝いに入っていたダゴバートが出てきた。
ドルボイさんの身にはサイズぴったりの鉄の肩当と胸当てがあった。それから頑丈そうな革の籠手と脛当てがあり、手には両刃の斧がある。ダゴバートのものよりも刃が大きめで柄は少し短い。
「ダゴ。フィッタ兵はどのくらい残ってんだ?」
「さあな……。不意打ちだったけどよ。ビョルン隊長もスヴァトプルクも死んでるし、見当もつかねえよ」
「……そうか」
隊長も死んでるのか……。ハスターさんは隊長ではないらしい。隊長が死んだとなると、厳しそうだな……。
「そういや、坊主は武器とか防具はいらねえのか?」
「予備の剣はあとで奴らから取ろうと思ってます。防具はひとまず大丈夫です。あまり物音は立てたくないので」
ドルボイさんが少し怪訝な顔をした。剣いい感じだったんだよな、あれ。
状況が状況なので、隠密性を高めておきたいのは事実だ。いくら俺が素早く動けても、鎧がこすれる音まではどうにもできない。訓練すればできるかもしれないが、ちょっと今はね。
俺はドルボイさんの不安を払拭するために《
「使役魔法使いだったか。……まあ、信頼しておく」
ドルボイさんはいくらか驚いた様子を見せたが、すぐに元の厳しい表情に戻ってしまった。
信頼しておくとは少し引っかかる感じの言葉だが、仕方ないか。このはた目から見て劣勢の状況で魔道士が安心して後ろにいられるわけもない。前衛として戦っていたのもあるが、土魔導士でもあるロウテック隊長だって鎧はしっかり着込んでいた。
「じゃあ、行きましょう」
各家屋に集中しながら、村の奥へと進む。相変わらず村の中は静かであり、生存者の気配はないし、弓兵が潜んでいるような危険もないらしい。
どこにいるんだ? 俺たち3人がやったのは聞いたのも合わせれば25人ほどになるが……。元々あった死体を合わせたら30はいくだろう。エリゼオは30はいると言っていたものだが、村はまだ半分ほどしか見ていない。懸念事項の“
「ほんと動いてる奴いねえな」
ドルボイさんが息をついた。気持ちは分かる。あまり見慣れたくない光景だ。
「生きてるなら、家や森のどこかに潜んでるかもしれませんけどね」
「そうだな」
頭のクラウスはまだ見ていないが、奴らがもう全滅した、もしくは引き上げたっていう可能性はどうなんだろうな。
それともどこかの家屋に集まってるという風に見た方がいいか? もしそうなら、伯爵邸や赤斧休憩所とかが大きな建物になる。ギルドには人の気配は感じていない。
何事もなくさきほど連中を倒した酒場に行く。
「ちょっと剣を取ります」
体を分断された死体が8人もある現場は、血のにおいは相変わらず強いが、臓器かなにかのにおいはだいぶ薄まっていた。早いのか遅いのかは分からないが、フィッタの木々による消臭効果は確実にあるだろう。
「なんだあこりゃ。どいつもこいつも真っ二つにされてやがる」
「すげえな! これダイチがやったのか」
少し答えにくかったが、頷く。
「どうやった?」
短くそう訊ねるドルボイさんは表情は険しく、声音もなにか責めるような物言いだった。ダゴバートのように、技を賞賛し、そのような人物が仲間内にいるとして喜ぶほど単純な人ではないらしい。
どうするか少し考えたが……俺の浅知恵ではとっさには彼の疑惑をかわせるようには思えなかった。素直に《魔力装》を軽く伸ばしてみせた。
「《魔力装》かそれ。つまり、……それで奴らを一気に両断したってわけか? ……マジでとんでもねえ逸材だな。お前獣人の血は入ってねえんだろ」
「まあ……そうですね」
ハリィ君と訓練をした時は、あまり疑念の類はぶつけられなかった。そもそも、俺が規格外の人物だと知られていたのもあっただろうし、畏敬の念や、彼の真面目な性格がそうさせたもののように思う。
一方のドルボイさんは……後頭部をぼりぼり掻いた。
「ダゴ。感情的になってこいつの前に出たり、変な行動起こすなよ? その時は命がねえかもしれねえからよ」
「あ、ああ」
まさかの危険人物扱いになってしまった。皮肉かもしれないが……。
内心で小さく息をつきつつ、仕方ないかとも思う。こんな凄惨な現場だし、彼らとは知り合って間もない。ジョーラという絶大な説得力が傍にあるわけでもなし、多少距離を置かれることは理解もできる。
「すまねえな。ドルボイはちょっと警戒心強いんだよ」
「まあ、警戒心強いくらいが心強いよ」
ダゴバートは気遣ってくれたが、あまり気にし過ぎないようにしよう。
死体の一つから鞘を抜く。剣を抜いて《
「……ん? その剣、ツバが変わってるしハンガーか? 細身だな」
ハンガーはもちろん服を引っ掛けるあれじゃない。ハンガーという実在した剣――確か、元々狩猟で用いられていた剣だ――の存在は知ってはいたが、これがそうなのか。
この剣のツバは2方向に伸びているのだが、さらに中ほどから枝分かれしている。そんなに変わった装飾には見えなかったが……。
「ずいぶん新しいが……奴らみんなその剣持ってるのか? ……いや、別にそういうわけじゃないようだな」
ドルボイさんが奴らの腰を見て、1人で納得する。
「ええ。でも結構持ってる奴はいますね。新品みたいですし、生存者の身を守る用に回収してました」
「あっちで置いてあった剣か。……ちょっと見せてくれ」
何か引っかかるようだったので、剣を渡す。
ドルボイさんが剣の全身をざっと見て、ドワーフらしく鍛冶でもやってるのか、根本からも見て歪みがないのかも確認したあと、ツバのところで止まった。
「……この剣はアマリアで作られたもんかもしれねえな」
アマリアで?
「刀身をよく見ろ。少し波打ってるだろ」
ドルボイさんが、持ち手をこっちに向けて剣を水平にしてきたので、俺とダゴバートは言われたままに見てみた。
……刀身には薄いが確かに波打ってるというか、波線が2本ある。
「アマリアで錬鋼したもんはよくこういう線が入るんだ。アマリアにはでかい主要鉱山があってな。いい武器と鎧の鋼にはそこの鉄鉱石が使われてるんだが、その鉱山の地質の影響、つまり
つまり……。
ダゴバートが「奴らの後ろにアマリアがいんのか?」と訊ねると、ドルボイさんは「かもしれねえな」と息をついた。
「全部新品っていうのが怪しいですね……」
「ああ。フィッタへ襲撃をしかける<山の剣>へのアマリア側の手土産ってところじゃねえか? 手土産もなしにほいほい言うこと聞くような連中じゃねえだろうしな。……まあ、今は推測でしかねえけどよ」
ドルボイさんが改めて剣を眺める。
「……そんなに凝った一品でもないが、山賊程度が持つにはじゅうぶんすぎる代物だ。七影や七星の隊員、首都の兵士が持ってもいいもんだな。駐屯地でピオンテークの坊やが自慢してるやつよりもいいもんだな」
「マジか。そこまでのもんなのか」
ドルボイさんから剣を返されたので受け取る。ダゴバートが見たそうにしていたので渡した。
「奴らは伯爵とフィッタの奴らの仇だし、皆殺しにしたいところだが、少し冷静になる部分は必要かもしれねえな?」
ドルボイさんが意味ありげに俺のことを見てくる。
確かにそうなる。山賊を叩いていて、敵国の軍隊や大将が出てくるのはいいことではない。倒すだけならいいんだが……政治的かつ国際的な問題に巻き込まれるのはちょっとな。
ドルボイさんから肩に手を置かれる。
「まあ、なんにせよ、お前さんの力は必要になるだろうよ。で、このまま川に向かうのか?」
ドルボイさんの顔つきは少し緩んでいた。少し懸念が晴れたのだろうか? 状況が状況だしな。
「はい。そっちは見てないので、ちょっと行ってみようかと」
川の方は、広場の分かれ道から赤斧休憩所に向かわない道だ。
「こっちは住居と家畜小屋と風呂だな。釣り好きのじいさんがいるんだが……まあ、死んだろうな」
風呂に釣りか。結局、風呂に行けなかったな。
広場の分かれ道を右に逸れる道は、ドルボイさんの言う通り、住居と家畜小屋があった。
風呂場は大きなテントが2つあって、男女で分かれているという形式だった。中には大きな桶があり、傍のテーブルにはジョッキやら果物やらがあった。
女性用の方では肌着を着たまま浴槽に浸かっている老婆が、肩や胸に痛々しい傷と血の線をつくって死んでいた。
「オリビアのばばあか。見せなくていいもん見せながら逝ってやがる。ラウレッタが悲しむだろうな」
大事な部分は肌着で隠してあるから、見せなくていいもんって素肌だろうか?
「ラウレッタさんが?」
「ああ。ここで働いてたからな。オリビアは強欲さに顔がついたような偏屈ばばあだったが、母親みたいなもんだったろ」
ばあちゃん子か……。
「ラウレッタと寝るなら、ビビスって野郎の生存を確認した方がいいぞ。大して戦えない奴だから死んでるだろうが、もし生きてたら奴は嫉妬深い上に執念深いからな」
「別にそういうわけじゃないですよ」
寝る寝ないって、娼婦みたいな感じか? まあ、風呂だしな。そういう商売をすることもあるかもしれない。
次いで、家畜小屋の方に向かう。
「……なあダゴ。坊主はあんなにつええのに女に興味ないのか?」
「さっきも言ったけどよ、俺はダイチとは昨日初めて会ったんだ。まあでもラウレッタには脈ある気はしたけどな」
「純真な坊やか? もったいねえな。こんな救いのないクソったれの状況で生き残った上に助けてやったってんなら、どんな女でも支払いなしで抱けるだろうによ」
「そうだなぁ……」
聞こえてますよ~。
やるのはやぶさかじゃないし、どうやら興奮もするようなんだけど、“武器”が貧弱なもんでね。はぁ……。
そういえばグンドゥラにはあんまり興奮しなかったな。そういう対象にしにくい性格をしてるし、人妻っていうのもあるんだろうか。
家畜は生きていた。豚と鶏がいるようで、木の柵で覆われた広い土地の中で豚は草をはみ、鶏は歩き回っていた。建物と同じで、非日常がそこには大してなかった。ただ、家の横で倒れている男性がいたので現実に引き戻された。
豚の1匹が俺に気付いたのか、ソラリ農場のヤギと同じように柵の方に寄ってきたので、離れて歩いた。
道の先では小川が流れていた。清流だ。
「魚って何が取れるんです?」
「カルフェンやトラウトだな。プルシストの肉ほどじゃないが、ウナギが釣れるとみんな喜んでたもんだ」
トラウトはサケとかだったか? カルフェンってなんだろうな。
振り向くと、ドルボイさんが小屋の中に入ろうとして、止まった。小屋の中には麦わら帽子をかぶった老人が囲炉裏の前で死んでいた。傍には釣り竿らしきものがあり、壁際にはおそらく釣りの道具なのだろう、小道具やナイフなどがちょっと散乱していて、壁には1メートル近いサケっぽい魚の魚拓が貼られていた。
ドルボイさんは老人を見下ろしていたが、間もなく彼に背を向けた。ドルボイさんと目が合う。
「あのじいさん――フウっていうんだが――は釣りの名手でな。フィッタのガキが魚食べたいって言いだしたら、だいたいフウじいさんのせいだ。ダゴの野郎も一時期ウナギを急かしてたことがあったよな」
フウって珍しい名前だな。そんな昔のこと覚えてねえよと、ダゴバートは肩をすくめたが、
「まあ、今でもじいさんのウナギは楽しみだったけどな」
と、微笑を浮かべながら寂しそうにこぼした。俺も食べたかったな。今日こんなことがなかったら、ここで食べていた可能性もあっただろう。インは魚は好きだろうか?
来た道を戻り、広場まで戻って、今度はまっすぐに進むことにした。めぼしいのは赤斧休憩所と、伯爵の屋敷だろう。
道には相変わらずぽつぽつと村民の死体はあったが、ティルマンさんの家があって、塀に隠れるように男性の両脚が見えたので足を止めてしまった。ドルボイさんは見に行った。
「ティルマンも死んだか。ほんとにどいつもこいつも殺されてやがるな。……ったくよ。顔見知りが多くて得したことは何度もあったが、今は損しかねえな……」
ドルボイさんが嘆くように両手をあげて盛大にため息をついた。そうだろうね。
「ヨシュカ様もいたら死んでたかもな」
「ああ。まあでも、赤竜様の加護を賜ってるお方だ。案外生き延びるかもしれねえぞ」
ダゴバートが、「入らないのか?」と言いたげに見てきたので、俺は首を振った。ティルマンさんの家の中に生存者の気配はなかった。この分だとズィビーさんも死んでるだろう。女性だし、連れ去られた可能性もあるが。
それか、裏手の森かどこかに逃げたか。家屋の後ろに広がっている森に少し集中してみたが、とくに人の気配はなかった。
もうすぐ詰め所というところで気配があった。赤斧休憩所の辺りだ。
小さな声で2人に人がいたことを伝えて、いったん俺たちはその場から少し離れた住居の壁に隠れた。
俺は2人に見てくることを伝えて裏手から《瞬歩》で家々の裏手を移動していき、気配のあった場所まで近づく。
赤斧休憩所の方を見てみると、<山の剣>の連中だった。見張りのようだった。2人のところに戻る。
「見張りのようです。赤斧休憩所の前にいます」
「なら、休憩所には奴らがいそうだな」
俺は頷く。ふと見ると、ドルボイさんが悩ましげに腕を組んでいた。
「《瞬歩》もできんのかよ……しかも全く目で追えねえとかよ……」
俺とダゴバートは目くばせした。俺は肩をすくめた。ダゴバートも眉をあげて肩をすくめた。
ダゴバートはすっかり慣れてくれたようだが、ドルボイさんをインと会わせたら面白い寸劇が見れるかもしれないと、ちょっと思った。アリオがそうだったが、常識人とインの相性はいい。
さて、そんなことはいいんだが……どうするか。
『ダイチ。何人か助けられたようだの』
インたちが着いたようだ。
――うん。なんとかね。
『ディアラとヘルミラが不安がっとったぞ』
――ごめんね?
『事が終わったら私は肉串を食わねばならんの? 牛肉もいいのだが、そろそろ肉串の味が懐かしくなっての』
――分かったよ。
『……ん。みなでダイチの応援に行くようだぞ』
応援か。死傷者を出さないという意味なら、俺かインだけで動くのがいいんだろうが、わざわざ築いてきた人脈と交友関係を険悪にさせるつもりはとくにない。
それに彼らだって対人ではプロだ。なにもレベル50以上の魔物と戦うわけではない。最悪の場合はポーションもある。
奴らが赤斧休憩所に集まってる分で終わりならそれでいいのだが……伯爵の屋敷がまだある。金目のものも一番ある場所だろうし、もしそこでリーダー格などの主要人物含めて奴らが集まっているなら、みんなで攻めればいい感じに攻略できるかもしれない。
――何人か生存者がいないか建物の中を軽く見て行ってほしい。俺も探ってたけど完全じゃないと思う。
『分かった』
「どうするんだ?」
ドルボイさんが声をひそめて訊ねてくる。
「加勢したいところではあるんだが、俺もダゴも魔法や暗殺の類は無理でな。囮ぐらいしかできん」
ダゴバートも同意するかのように、ちょっと弱気に肩をすくめた。やっぱり俺の役目か。2人がこの状況で器用に立ち回れるとはちょっと思えない。斧使いだし、察するに基本的には豪快な戦い方だと思う。
俺がいなかったらどうしていただろうな。見張りをやってすぐに突入って感じか、もしくは裏手からも同時に仕掛ける感じか。
俺的には……中に奴らはいるだろうし、あまり物音を立てるのはよくないだろう。
「じゃあ、ちょっと気絶させてきます。倒れた2人を宿の横に持っていくので、その間に来てください」
2人から頷かれたのを見て、俺は再び《瞬歩》で家屋の裏手伝いに移動し、――
「――ぐっ……」
「――がっ……」
ジョーラ戦のハリィ君や姉妹、そしてドルボイさんの反応から察するに、おそらく普通の人にはほとんど見えない最大限の《瞬歩》で2人のところに移動したあと、さきほどと同じ要領で腹パンと手刀で気絶させる。倒れてきた2人を腕で受け止めて、宿の左手に運ぶ。
軽く屋内を探る。やはり宿の中には何人かいるようだ。1階と2階に分かれている。とはいえ、10人もいない感じらしい。
俺が運び終えた頃にはドルボイさんとダゴバートも到着した。
2人は到着してすぐにそれぞれ、彼らの位置をいい塩梅にしたかと思うと斬首してしまった。業深き罪人には違いないんだが、斬首はなんか見慣れない。
ドルボイさんが不満そうに息を吐いた。
「寝てる奴をやってもダメだな。処刑人には俺はなれそうにない」
ダゴバートも似たようなこと言ってたな。
「ベルガー家とフィッタの奴らの仇だし、1人や2人じゃ足りねえがよ。動いてるのをぶった切るなり、殴って鼻をへし折ったりしてえところだな」
物騒だが、分からなくもない。
「ああ、全くだ。浮かばれねえよ……」
「……まあ、坊主がもう散々やってくれてるからか、俺はいまいち盛り上がらねえんだけどよ。奴らがちょっと不憫にも思えてきたくれえだ。俺は今、自分の心の聖女様みてえな慈悲深さに驚いてるところだ」
そう言ってドルボイさんが片眉をあげて意味ありげに俺のことを見てくる。聖女か。
「そこまでは責任持てないですよ」
ドルボイさんは、まあな、と口元を緩めた。
「それにたぶん、まだ下っ端と下っ端のリーダーくらいだと思います。会ったのは」
「そうか。ギルドにはいなかったんだろ?」
「ええ。地下とかに隠れていたら分かりませんが……」
「ふむ。じゃ、あとめぼしいのは伯爵の屋敷だろうな」
「そうですね。……宿に入りましょう」
そっと宿の中に入り、フロントのテーブルに身を隠す。上には数名……2人ほどいるようだ。
1階には……斧の部屋と盾の部屋にはいないようだ。食堂に……6人? デレックさんや従業員たちは生きてるだろうか。
奥に集中すると話し声が聞こえてくる。
「――それで? お前曰く、アイブリンガー公爵の軍隊にも入れる実力のお前はどうして落ちぶれた?」
「――ありふれたクソみてえな話だ。畜生の仲間に裏切られたのさ」
「――ほお」
「――俺たち『黒雷の一撃』は名の売れた攻略者のパーティだった。俺たちは話も合ったし、酒を飲んだらいつも騒いでた。戦闘になれば雷のように素早くて、攻撃の連携も上手かった。金もいつも均等に分け合っていたくらいの仲良しっぷりさ。……ところがある日、仲間の悪事の一つがバレた。俺たちは慌てた。ブレッフェンの警備兵は公爵が育ててるんだが、その中でも一番厄介な『紅い猟犬』っていう警備兵団が俺たちを追いかけてきてるっていうんだからな」
会話している2人は食事をしているようだ。時々、咀嚼で会話が中断される。
「――それで? 猟犬どもはお前を捕まえたのか?」
「――いや。俺たちは無事に公爵領の西にあるオルナク村まで落ち延びたよ。次の日にはケプラまで行くつもりだった。まあ、その日の食事は最後の晩餐だったがな」
「――いったい何やったんだかな」
「――言っとくが、俺は何もやってねえぞ。裏切られたんだ」
「――その頃は、だろ」
「――あんただって相当罪深いことやってきたんだろ。じゃなきゃ俺たちのところにいねぇからな」
木の食器と木のスプーンが当たる音がリズムを刻むように軽やかに鳴った。同僚の自分の過去への決めつけをたしなめるという感じではない。
「――お前はエルフが自分と同じで罪深く、下劣な種族だと思ってるのか? それに、山賊と行動を共にしているからと言って罪深い罪人とも限らない。違うか?」
エルフ??
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