7-16 フィッタ虐殺 (3) - 生存者の束の間の憩い


「やっぱりイドニアだったのね!」


 フィッタの入り口から出て、忘れそうになっていた金品の入った麻袋を手に街道沿いの木の後ろで待機していたハスターさんたちの元に行くと、アルビーナは2人の元に駆け寄った。


「あ、アルビーナ。それにラウレッタも。ダゴバートたちもいるじゃない!」


 イドニアとアルビーナは2人は手を取り合って再会を喜んだ。仲が良いようだ。


「ダゴ坊! 生きとったか!」

「よお、ハスターのおっさん。お互いなんとか生きてたらしいな。まあ、俺は死んでたようなもんだが」

「そうなのか?」

「ああ。ダイチに高いポーションをもらってな。――あんたも彼に助けられたんだろ?」


 2人の視線が到来してくる。


「ああ。……すまないな、ダイチ君。私もなにか手助け出来たらよかったんだが……」

「気持ちだけでも嬉しいです。気にしないでください」


 再会を喜んだあとは、みんなは自分たちの助かった経緯や現状を軽く説明し合った。


「――……ほとほと、ひどい話だ。今日のことは私は生涯忘れないだろうな。目の前でいったい何人の村人が切りつけられ、叫び、倒れていったのか……。悪事ばかり考えてたライアンも、酒飲みのピーターも、あの芸術家気取りのヴィレッフェンの奴が死ぬところも私は見た。バカなことばかりする連中だったが、彼らが血を流して倒れた時には哀れに思い、自分が助けられなかったことを後悔したものだ。……私は……オトマール様とラフラ様が刺されるのを目撃していながら、私は何もできなかった。ヨシュカ様にどう顔向けすればいいのだろうな」


 ハスターさんが、最後はゆっくりとした語り草でそう嘆いた。

 イドニアが「ハスターさんのせいじゃないわよ」と慰めの声をかける。他の女性陣も続いた。


「仕方ないわよ、ハスターさん。みんな何もできなかったわ。突然の襲撃だったもの」


 ラウレッタもそう言葉をかけたが、ハスターさんが「私はヨシュカ様にさらし首にされても喜んで受け入れるよ」と弱々しく言うと、みんな口を閉ざしてしまった。

 しないとは、……言い切れないよな。こればっかりはな……。


 残った息子への伝え方か。難しいだろうな……。どうなるんだろうな、フィッタも、彼らも、領主の一家も。


 それにしても、放っといたら話が長くなるか。安心できて、長居したい瞬間には違いないが、完全に落ち込みモードになるのはまだ早い。

 村の奥を見てないし、まだ生存者がいるかもしれないしな。クラウスも見てないし、奴らもいるだろう。適当なところで切り上げて村の中に戻ろう。


「ライアンが死ぬところは俺も見たよ。生きてるときはクソ野郎って何度言ったか分からねえが、死んじまったらな……。あんなのでも美味い飯は美味いって言ってた奴だ。……そういや、伯爵や警備兵たちの足を掴んでた地面から手が出る魔法、土の手は分かるんだが、木の手の方はありゃあ何の魔法だ?」


 木の手? 言ってた足止め魔法か。土の手の方は、ロウテック隊長が使ってた土魔法だろう。


「さあな。私は魔法は詳しくないのでな」


 ハスターさんがすっかり意気消沈してしまった顔のままに首を振った。俺も分からなかった。

 他の人も分からないと言う中で、グンドゥラが植物魔法かも、と意見を言った。植物魔法ってエルフが使うんだったか。


「植物魔法? エルフが使う奴か?」

「うん。前、本を読んでた時に、載ってて」

「木の手が出るやつがか?」

「そう。あの魔法はあまり難しい魔法じゃないらしいから、使ってきたのはエルフではないように思うけど……」


 足止めか。

 ……ん。誰かくるな。インたちとは逆の方向からだ。


「……少し静かに。あっちから誰か来る」


 ダゴバートとハスターさんが武器を手に膝立ちになる。2人とも対応が早い。さすが兵隊だ。ハスターさんなんて、誰よりも嘆いていた様子だったのに。

 女性たちは俺たちの後ろに行ったが、イドニアとアルルナは果敢にも武器を構えたようだ。


 勇敢だが、俺がここにいながらにして彼女たちが戦わなければいけない状況っていうのは、俺にとっても相当ヤバい状況だろう。


「――ありゃあ、……ハスターじゃねえか? ……あー足が痛む……おい、ベン。大丈夫か?」

「――はい……」


 村民か?


「ハスターさんはここで皆さんといてください。ダゴバート行こう。たぶん生き残りだ」

「おう!! ってそうなのか!?」


 聞いてから返事しなさいよ。


 2人の元に駆けていくと、ドワーフと大男だった。大男は腕からかなりの血を流している。

 駆け寄ると、大男の巨体っぷりもそうだが、一瞬面食らった。なんというか……どっちも陰気というか。大男の方は大怪我してるようだしまだ分かるんだが、ドワーフの方だ。


 彼はガルソンさんにあった性格の明るさ、磊落さがだいぶ少ないものらしい。

 手入れをしたくなるほど太い眉は、シワの寄った眉間から急につり上がっている。下には無遠慮でだいぶ厳しめの眼差しがあった。そうして、横に広がり形も大きい鼻と、つり上がっている硬そうな長い口ヒゲと同じくウールの塊のようになっているアゴヒゲに挟まった唇は、自分は文句しか言わないとでもいうように横にへの字に結ばれている。


 眉もヒゲも白いものが結構混じっているので、ガルソンさんより年上なのだろう。結構な年齢ではあるように思うのだが……平生だと話しかけるタイミングを思わず考えそうな人だった。

 長い口ヒゲとアゴヒゲは貫禄ばっちりなんだが……。いやまあ、こういう頑固親父っぽさもまたドワーフらしいんだけどね。


「ドルボイじゃねえか!」

「……しぶてえ奴だ」


 ドルボイ……ハスターさんと名前を挙げてた警備兵の人だったか。

 そういえばよくよく思えば二人とも既視感がある。どこで見たっけな。


 話し振りからはどっちも怪我している感じだったが、ドワーフ――ドルボイさんには血が服の端々で飛んでこそいるものの外傷はないように思われる。大男の方は右腕から血を流している他にも、小さなものだが切り傷がちょくちょくある。顔も疲弊の色が濃く、青白い。

 二人とも腰に手斧があるだけでこれといった防具はない。血がついているので、手斧で戦ったのだろう。幸いだが、よく生き残れたものだ。


「ベン……だったか? 大丈夫か? ドルボイ、替わるぜ」

「ほらよ」

「――! おも……」


 どうやらダゴバートでは大男――ベンさんの肩を貸すには少々重いらしい。確かにでかい男だ。ヘイアンさん並みの腕や肩幅にくわえて190くらいは身長がありそうだし。

 奴らにやられたのか、ベンさんの腕には深い切り傷があった。肉の赤身が覗いている。痛そうだ。人体もレッドアイも両断しといてなんだって話だが、ちょっと顔をしかめてしまった。


 ダゴバートに俺が替わるよというと、ドルボイさんが皮肉っぽく鼻で笑った。もちろんドルボイさんの予想は裏切ることになり、難なく持ち上がった。何ならおんぶもできると思うが、さすがにそこまではやらない。

 重くねえのかとダゴバートに聞かれたので、多少は、と答えておいた。


 当の本人のベンさんは、ちょっと驚いた顔をしたがごく一瞬のことだった上に近くで見なければ分からない程度で、また辛そうな顔になってしまった。それにしても顔は結構強面系寄りで整ってるんだが……無口か? 容態があまりよくないのもあるんだろうけど……。

 あまりみんなの前でがぶがぶ飲ませたくはないんだが、彼をこのまま放置というのもあれだし、仕方ない。口の軽そうなアルビーナとかには出来れば見せたくはないしな。


 ドルボイさんが、


「……人は見かけによらねえって、俺は今日2度も教わったな」


 と、ぼやく。俺はそれを周りに教えてばっかりだろうな。

 ちょっと気になったので、1度目はなにか訊ねてみる。


「坊主が肩を貸してるそいつは体格の割にその辛気臭え顔の通りの奴でな」


 坊主呼ばわりはガルソンさんと同じか。


「<山の剣>の連中から逃げる時も俺が戦ってたんだが、ちょっと危ない場面があってな。そうしたらベンの奴、そのぶっとい腕で追手の剣を生身で防ぎやがってな。もちろん腕は肉は切れたんだが骨は切れてねえ。俺はこいつが戦うことなんて想像したことすらねえんだが」


 なるほど、この深い腕の切り傷はそのためか。


「相手の腕がいまいちだったのかもしれませんが……遺伝的に骨が硬くて太いのかもしれませんね。体も大きいですし」

「俺もそう思う。こいつは自分の生まれは知らねえっていうんだがな。思い当たるもんはねえが、もしかすると親か祖先が古竜の血でも飲んだか、巨人族の血が流れてるかじゃねえか?」


 そこまでか。巨人族いるんだな。というか、割と色々話してくれるな。

 見てみればベンさんは相変わらず青白い顔で苦しそうだ。お喋りしすぎたか。


「ドルボイさんちょっとベンさんを」

「ん? ああ」


 魔法の鞄からポーションを取り出す。もう残り少ない。結構使ったな。ようやく1本終わるってところだけど。


「ほお……。少し変わってるが、《収納スペース》か。それにそのポーション……やべえ代物だな」

「たまげるぜ?」

「……俺は別にいいがよ、ベンなんかに使っちまっていいのか? もう残り少ねえしよ」

「まだあるので大丈夫ですよ」


 そうかい、とドルボイさんが肩をすくめた。


「ベンさん、ちょっと顔あげてこれ飲んでもらえますか?」


 顔をあげるのすら辛いのかもしれないが、ベンさんは俺に言われた通りに顔をほんのちょっとあげただけだ。ストローはないっす。


「おいこら。顔あげるくらいできるだろうが!」


 ドルボイさんが掌底のアッパーの要領で、ベンさんのアゴをグイっと持ち上げた。背の高さ的にはちょうどいいんだが、乱暴だなぁ……。

 もうちょっと口を開けてほしいところだが、また掌底叩きこまれるのはちょっとかわいそうだ。上級ポーションのフラスコには注ぎ口がちゃんとついてるので、持ち上がった口の中にちょろちょろと流しこんだ。


 少し間があったが、ベンさんの目が見開いた。顔色もよくなり、傷もしっかり消えてくれる。


「あー……やべえの見ちまった……」

「な?? すげえだろ?」


 腕を組んだダゴバートが満面の笑みで大きく頷く。


「すげえってもんじゃねえだろ。……いったいいくらするんだそれ?」

「聞かない方がいいと思いますよ?」


 ちょっとからかってみる。しかし今の治療の具合で高価だと判断したってことは治癒速度か。


「あー……ベンの腕とかでどうにかなんねえか? さっきも言ったがこいつの体は結構貴重だと思うんだが」


 え。腕? マジで言ってる? せっかく治療したのに?

 ドルボイさんの表情はとくに緩まらない。冗談だよな?


「ありがとうございます。……ですが、腕は……仕事ができなくなります」


 ベンさんが、声量はそこまで大きくはないが、しっかりと意志のある目つきでそう言ってくる。

 そうだね。意外と若いかもな、この人。


 それにしても大男の猫背っていうのは、ちょっと原始人というか、野蛮人っぽくなるな。ミノタウロスたちが脳裏に浮かぶ。


「いや、値段については気にしないでいいよ。ちょっとからかってみただけだから」


 ほお、とドルボイさんが感心した様子を見せる。


「ドルボイさんも飲んでおきますか? 足痛めてるんでしょう?」

「よく分かったな。ちょっと強めにひねっただけだが……これからどうするんだ? それ次第で、金はいいってんなら飲んでおく」

「まだ<山の剣>はいるはずなので、戦いに行きますよ。生存者もいるでしょうから」


 あの坊主、相当の手練れなのか、とドルボイさんはダゴバートに訊ねる。


「<山の剣>の奴ら8人を1人でどうにかしようと言って飛び出して、しっかり実行しちまったな。一瞬の出来事さ。アルビーナとラウレッタはそれで助かった」


 プラス1人ね。


 がはは、と高笑いが起こる。ドルボイさんの唐突の大きな笑い声につい付近を気にしてしまったが、いまさらか。まあ、連中はいないんだけど。


「そりゃあ見てえもんだな。坊主の秘めた力って奴をよ。じゃあ、ちょっとそのポーションくれ。ついていってその手練れっぷりを拝んでやるからよ」


 あまりぞろぞろとつれていくのもあれなんだが……今断ったら機嫌損ねそうだなぁ。


「これでも戦斧名士ラブリュスの一員だからよ。ダゴの野郎よりかは役に立つぜ」

「まあ、俺より役に立つのは事実だな」

「今日は殊勝じゃねえか。ん?」


 おお、戦斧名士か。ディディやアルマシークラスってわけだ。あとアバンストさんもか。戦ってないけどさ。

 ちょうどウインドウが出てきた。レベル35らしい。高い。ダゴバートは24だからな。


「うっせえな……。こんな惨劇のあとなんだ、少しは労われよ」

「それなら俺も一緒だろう? 俺にとってもフィッタは故郷みたいなもんだ。だいたい嫁と妹が無事な奴に何をどう労われって?」

「なんで分かんだよ」

「お、やっぱりか。あー、一人もんはつれえなあ」

「ちっ……」


 2人のやり取りに内心ほだされつつ、ドルボイさんにポーションを渡す。

 ドルボイさんはちょっとドワーフっぽいところが出てきていたものの、満タンの上級ポーションを渡されると、ゆっくりゆっくりとフラスコを傾け、ほんの少しだけ飲んだ。さては金に弱いな??


「ふう……ほらよ。――お。治ったな」


 ドルボイさんはぴょんぴょん跳ねた。結構身軽だ。金に弱いのもあるかもしれないが、足をひねったくらいだとあれくらいの量が適切なのかもしれない。

 念のため、ポーションに関してはあまり広めないように伝えた。しないよりはね。


 ハスターさんたちのところに戻る。


「なんか色々と話してたようだが……」

「まあな。元気そうじゃねえか。……あんたらもな?」


 女性陣が各々、ドルボイさんに挨拶をする。ドルボイさんに対する女性たちにはじゃっかん壁を感じた。村ではあまり受けが良くない人か。別に変なことはしなさそうな人なんだけどな。


「じゃあ、ハスターさん。俺たちまたちょっと生存者探してきます。ダゴバートとドルボイさんを連れていきます」


 ダゴバートが、俺もか? といった顔をしていたので頷く。ドルボイさんとペアだとじゃっかん気持ち的に不安なのも少し。

 グンドゥラとアルルナのことを見てみると、私も行くという言葉は出なかった。なにか心境の変化があったか? 来ないなら、安心だけどさ。


「ベンさんはハスターさんと一緒にみんなを守ってあげてください」

「坊主。ベンは単なる木こりで、戦士じゃねえんだ。確かに俺のことは守ってくれたが、ありゃあ火事場の馬鹿力ってやつだ」


 木こりか。うーん……。

 ベンさんがちょっと不安そうな眼差しで俺のことを見てくる。ベースの顔が強面なので、妙な圧迫感がある。悪事は働かなさそうなので、その辺は安心できるけれども。


「まあ、2,3人抱えても逃げれそうですし……ベンさん手出してもらえますか」


 俺はおずおずと差し出されたベンさんの腕と拳に《氷結装具アイシーアーマー》をつけてやる。外見は奴らの革の装備に似た形になってしまったが、仕方ない。それから服しか着てなかったので胸当てもつけた。


「デミオーガの斧くらいなら問題なく受けれるらしいので、それで防御したり、殴ったりしてください。剣が使えるなら、誰かから剣を借りてください」


 ベンさんは例によって重さを確かめたり、指ではじいて強度を確かめる素振りをしたあと、俺に「分かりました」と、頷いた。あまり自信がある風ではないが、兵士でないならしょうがない。


 ハスターさんにも同様につけておいた。こっちは拳は抜きにした。


>称号「指揮官の才がある」を獲得しました。


「……ダゴよ。とんだ逸材がいたもんだな」

「ん? まあな」

「俺は半分冗談で、坊主の勇気に乗っかっただけなんだが。どこに隠れてたんだ。あんな逸材はよ。本当に奴らを一捻りしそうじゃねえか」

「俺も昨日初めて会ったんだよ。警戒戦に応援で行ってたそうだ」

「ほお。ならロウテックの奴に問いただしてみるか」


 2人の話はともかく、さて行こうかというところで、グンドゥラとアルルナがダゴバートに死なないでねと言葉を送った。アルルナもグンドゥラも不安げだ。


「大丈夫だって。ダイチのポーションもまだあるようだし。……あ」


 ダゴバートが、俺にわりいと苦笑した。


 あまり言いふらさないでくれって言ったばかりなんだけどね。まあ、いいよ。というか、ポーションありきの戦いはさせないからな? この後、他の人に聞かれてグンドゥラとアルルナが話しそうだが、もうそうなったらそれでいいや。怪我してる人いたら結局使っちゃうだろうしな。


 とりあえず俺たちは生存者を探しに再び村に向かった。

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