7-15 フィッタ虐殺 (2) - 代理処刑人


「領主は……ベルガー伯爵は殺された」


 俺は思わずため息をついた。


「……襲撃の前、あのクソ野郎どもは何食わぬ顔で村人に扮して潜んでやがったんだ。伯爵は鍛冶屋からの帰りに馬に乗り込もうとするところを背後から何度も刺された。ラフラ様もだ。他の警備兵の奴らもすぐに動いたんだが、魔法で足止めされてな……」


 計画的な犯行か。武装してないのがいたのはやはりそういうわけか。それにしても領主を殺すってことは、村から全てを奪うつもりか?


「伯爵に衛兵とかついてなかったのか?」

「伯爵は村の中を巡るときは兵をつけないんだ。嫌がるお人でな。侍従だけだ。この侍従も死んだよ。……兵をつけないって言っても遠巻きに見張りはするんだがな」


 伯爵っぽい人はとくに見かけてないが……。


「俺は伯爵を見たことはないけど、伯爵やラフラ様の死体はとくに見てないと思う」

「ああ、足止めされてなかったハスターや勇敢な奴らが近くの家に引っ張り込んだんだ。俺は最期までお守りできなかったが、2人とも息を引き取ったって聞いた。その後の復讐劇は残念ながらご覧のあり様だがよ」


 ダゴバートはやるせなく両手をあげて、深いため息をついた。なるほどな。……そういや息子いなかったか。


「息子は? 伯爵の」

「ヨシュカ様は昨夜、家来と家を飛び出しちまった。たぶんだが、愛人と子供の件で伯爵たちと喧嘩でもしたんだろ」


 ああ、そういや愛人が来てたんだったな。


「でもおかげで、惨事は免れた。いや、……惨事にはちげえねえけどよ……奴らを皆殺しにしたとしてもフィッタはもう終わりだしよ……」


 ダゴバートはまたもやうなだれる。今度はアルルナともうだいぶ落ち着いたグンドゥラも俯いてしまった。


「でも、息子は死んでないだろ? 村は終わりかもしれないけど……」

「ああ、そうだな。分かってるさ。どうなるかはわからねえが……。俺は信心深い性質じゃなかったが、これからは生き残った身として、毎日村人たちの安息と幸福な今後を赤竜様に祈らなきゃいけねえな」


 ダゴバートがそう言って、身内の2人に視線を向けた。グンドゥラが、私も祈るよ、とダゴバートの腕に触れた。アルルナが、私も祈るよダゴ兄、と続いた。

 またため息が出た。ジルに頼んだら、何かしてくれるのだろうか。


「ヨシュカ様は飛び出して今どこに?」

「行先はハンツ様のいるヘッセー城かヘッセー駐屯地だろうな。1日2日で戻ってきたことはないが、今はすぐに戻らないことを祈るばかりだ」

「ハンツ様って?」

「ん? 名前は知らなかったか? 現戦斧名士ラブリュスだよ。ハンツ・ラドモフ・イル・ホイツフェラー様だ。ヨシュカ様はハンツ様の息子のシャリオット様と仲が良くてな。狩猟とか鍛錬とか、まあ色々とよく一緒にするんだ」


 ベルガー伯爵とホイツフェラー伯爵は影響を受け合うって、ベノさんが言ってたやつだな。


「それで、これからどうする?」

「ん。奴らを倒しながら生存者を探すよ」


 ダゴバートはそうか、と少し考える素振りを見せる。ついてくるって言うか? 色々と情報が聞けるのは助かるが……。


「俺もついていっていいか? あんたの邪魔にならないようにするよ」


 やっぱりか。ダゴバートには鎧はなく、血塗れの衣類だけだ。

 断ろうとしたが、「わ、私も行きます」とまさかのグンドゥラのついてくる宣言。顔つきは割と頑なだ。


「私も行く。みんなの仇、討ちたいもん」


 と、次いでアルルナの言葉。


 仇を討ちたいって、どうするんだ? という質問が出かかる。アルルナの手には依然として血に塗れてない手斧がある。

 少女の目はとくに復讐に燃えていないように思えた。ただ何かを決意しただけの目だ。もし兄があのまま死んでたら、あの時のうつろな目のままで、こうなってはいなかっただろう。


 俺が「ただの隠密に長けたやり手の攻略者」かなにかなら絶対に断ってるんだろうな。気配は察知できるし、誰かが近づいても対処はできる。俺は彼らからあまり離れられなくはなるが……。

 ついてくることでアルルナに与える今後への影響について、俺には責任が持てない。同様についてこないことで与える影響もだ。かといって、もうハスターさんたちは村の外に逃してしまったが、村の外にいて襲撃を受けない可能性もゼロではない。


 もう惨殺も処刑も、最大のトラウマ案件は間近で見てるからな……。その上でこの態度と健常な目つきだ。

 ……うん。グンドゥラも泣いてたし、この3人が一緒にいることが重要なのかもな。今は聞かないが、ダゴバートとアルルナに親とかはいない気がする。親がいて死んでいたらもっと悲しんでるだろうし、親父なり母親なりのワードもとっくに出てるだろう。


 適当なところで隠れててもらおう。基本的には案内役でいい。


「……絶対に俺の前には出ず、俺の指示に従ってくれ。俺が危険でもだ。……俺が考える危険と、きみらが考える危険は全く違うんだ」

「わかった」

「……分かりました」


 ダゴバートは少し間があったが、「分かった」と承諾してくれる。そうして、鎧を着てくると言って奥に行ってしまった。2人も呼んで。2人の装備あるのか?

 それにしても。少しきつめに言ったが、俺の指示について分かってくれただろうか? やっぱり適当なところで入り口に行ってもらうか?


 ひとまずあの騒いでる連中だな。

 俺はダゴバートの家の扉にくっついて、耳をすました。……奴らが騒いでいるのが微妙に聞こえる。


 3人が戻ってきた。アルルナは手斧だけだが、ダゴバートは革の鎧ないし革のコートに手足にも革のものを一式。腰には手斧が下がっている。グンドゥラも革のコートとベルトだけだが着ていた。

 アルルナの分の防具はおそらくなかったのだろう。女の子だしな。ちゃんばらごっこをするような性質にもとくに思えない。


「……少し行った先で、連中が呑気に騒いでる。俺はこれから奴らをどうにかする」

「何人だ?」

「6人くらいじゃないか? もっといるかもしれない」

「……1人でどうにかすんのか?」

「ああ」


 ダゴバートは黙ってそのあとは言葉を続けなかった。……復讐に囚われている感じはないが。

 領主が殺され、村民もかなり死んだしな。グンドゥラやアルルナという身内の存在が、無謀な復讐の歯止めになっていればいいけど。


「ちょっとここにいてくれ。屋根かなんかから様子を見てくる。この家の周りには奴らはいないから安心してくれていい」

「分かった」

「……俺がいない間、2人のことはダゴバートが守ってくれよ?」

「ああ。任せてくれ」


 ダゴバートはいくらか頼もし気な目つきになる。よし。

 と、ダゴバートが頭をかち割られ、壁に貼り付けられている山賊の頭から手斧を抜いた。だいぶ深く突き刺さっていたのか、死体がずるずると地面に落ちていく。


「グンドゥラ、持っとけ」


 なるほど。俺はちょっと手斧を借りて、《水射ウォーター》で綺麗にしてやった。ついでにダゴバードのバトルアックスも綺麗にして、山賊の1人が他の奴と同じく新品同様の剣を持っていたので、これも《水射》で綺麗にした。


「生存者に渡してるんだ。持っといてくれ」

「なら、鞘もとっとこう」


 ダゴバートが手際よく山賊から鞘を取り外した。ダゴバートはそのまま自分のベルトに鞘をつけ、剣も収納した。斧使いと聞いていたけど、この分だと剣も使えそうだな。

 それから、家の隅に投げられていた縦長のU型の盾を持ってきた。表面はバッテンに区分けされ、上が緑で下が茶色、左右が朱色に塗られているもので、警備兵の死体と一緒に転がっていたものと同じ盾だ。


「じゃあ、行ってくる」


 俺はダゴバートたちから頷かれたあと、《瞬歩》でいったん家屋を出て、裏手にまわる。

 奴らから近い場所に屋根の高い家があったので、裏手から屋根を登った。かがむ。


 少し他の家屋とは違う建物に奴らがいるのが見えた。奴らは庭のテラス席のようなテーブルについている。8人いるようだ。

 傍には大きなビア樽があった。テーブルにはジョッキが出てるし、酒場かなにかか。酒場の後ろに倒れている人が数名。……奴らの騒ぎっぷりから察するにもう生きてはいないのだろう。


 ……8人か。さすがに8人を相手にするのはな。出来ないこともないだろうが、騒がれる。魔導士や召喚士の存在もある。それにこれまでと同じように、ただ剣で切りかかってくるだけとは限らない。

 鉄かなんかのこん棒持ってるのが何人かいるな。頭がつぶれてた死体があったのは奴らの仕業か。金属の鎧つけてるのもいるな。警備兵を殺している辺り、装備もそれなりに揃えているらしい。


 ……ん。誰か来るな。


 口と手を縛られた女性2人が男に連れられてやってきた。


「――来たか」

「――おい、コート!! 早くダイスをまわしてくれ!!」

「――ドゥラント、どっかで隠れてそいつら脱がしてこい。脱がしたら呼ぶまで来るなよ? ナイクスの奴が興奮して飛びかかっちまうからな。まあ、そんなことになったらナイクスの命はねえがな」

「――了解」

「――そんなことしねえよ……」

「――わりいわりい。俺は賭博の神をかたる奴らとお前の口は信用しないことに決めてるんだ」


 下卑た声の笑い声が起こった。


 女性2人と連れてきた男が向かいの家屋の中に行くと、連中はダイスを始めたようだった。順番決めかなにかか。

 気がそれてるのはいいが……二手に別れてるのは手間だな。出来れば一撃で仕留めたいところだ。


 ……一撃か。……みんなダイスを見てて同じ姿勢だな。高さもちょうどいい。懸念事項は……家屋はまあまあ離れてる。絶対に安心という距離でもないが……。テーブルもおそらく大丈夫。最低限の物音ですみそうだ。手前の柵は諦めよう。


 ダゴバートのところに戻る。


「これから襲撃してくる。女性が2人、強姦されそうだから連れてくる」

「分かった」

「終わったらここにくるからそれまで待機しててくれ」


 3人が同意したのを確認したあと、俺は――連中の前に姿を現した。


「なんだぁ? てめえ――」


 1人が立ってるようだがまあいい。


 俺は団長がしていたように居合のような構えを取った。

 そうして、ジル戦や七世王と会った時のように伸ばした《魔力装》を連中に向けて思いっきり薙ぐ――


「あ……?」


 ――振り抜く中で、《魔力装》の刀身が日本刀に近い細身の形状になっていた。


 金属鎧の奴含め、無事に全員切れたようで、連中は間もなくばたばたと倒れていく。真っ二つだ。テーブルもしっかり無事、日本刀のようだった形は元のビームソード的な形状に戻っていた。


 考えていた通り、下半身はみんな地面に投げ出されたが、上半身はテーブルの上にいったものと地面に投げ出されたものとで分かれた。各々の投げ出された半身からは、“中身”が色々と出ていた。気持ち悪かった。

 後ろの酒屋らしき建物まで斬ってしまわないかが懸念事項だったが、家屋はとくに倒壊しないようだ。長さ的にもほどよかったし、影響はなかったものらしい。柵はまあ斬ってしまったけども。


 だが……


「いてえ!! いてええぇぇっ……!」


 元々立っていた奴は両脚を失っただけになってしまった。痛いのは当然だろ。叫ぶな。お前の罪だ。

 《瞬歩》で移動して、地面に投げ出された彼の首に《魔力装》を刺した。あまりにもあっさりと首は上半身から離れ、静かになる。


「頭が、いてえ……なにが……どうなって……」

「うぅ……俺の腕が……」

「……はっ! 哀れな姿だなぁ、ブラジェイ……」

「人の事言えねえだろ…………」


 テーブルも地面も、両断された奴らが転がっている。血溜まりがどんどん広がっていく。

 懸命に身を起こそうとする者もいたが、目の前には同じ末路を辿った者がいるせいか、それとも目の前に広がる血の量で自分の末路を理解したのかは分からないが、すぐに諦めたようだ。


 一瞬村の入り口で見た惨状より遥かにひどい有様なことのように思えたが、それはないなとすぐに思い直した。フィッタの二度と見たくない光景はそもそもこいつらがもたらしたものだ。

 それに、“俺がやったのではない”。“自分たちの大罪が引き起こした一つの「最悪の現象」にすぎない”。彼らを退治する役割がたまたま俺にまわってきただけだ。俺はさしずめ天災みたいなものだろう。


 ダゴバートがしたように、俺ではなく村の人や兵士たちがやれていたらと思う。俺とこいつらは関わりがあったわけではない。

 ……戦争をなくせそうにないこの世界では、怨恨の感情にどう蹴りをつけるんだろうな。ああ、蹴りをつけるも何も実力がなければ殺されるか。多くの人は恨み辛みを押し殺して過ごし、時間によって風化されるのを待つのだろうか。嫌な話だ。殺せる実力があったとして、真っ先に復讐するのもちょっとどうかとも思うけど。


 それにしても……血のにおいがくさい。


 消化液か分からないが、すえたような変なにおいもある。一応心臓付近を切ったが、結構ずれがあるようだ。

 彼らだって制止してるわけではなかったので仕方なかったが、このにおいだけでやらなければよかったという気分にさせられる。


「コー、ト……こいつどうにかしろよ……シルシェン人なんざ、殺しちゃいねえ、ぞ……」

「な、……んだ。……てめえ、は……? なぜ……こんな……」


 金髪ショートの吊り目の男がリーダー格のようだ。この中で一番目つきが悪いか。


「……平和な村を壊滅に追いやり、殺戮と盗みの限りを尽くし、そのうえこれから強姦しようとする。そんな奴らには相応しい末路だろ。……くさすぎるけどな」


 うつ伏せで、首だけこちらに向けているコートと呼ばれている男が俺を鼻で笑う。金髪の半分が真っ赤に染まっている。


「生ぬるいだろ……」


 生ぬるい?


「俺は全身の皮という皮をはがされ、……釜茹でかと思ってた、ぞ」


 思わず顔をしかめてしまった。そんな死刑方法もあった気がするな。人間の皮なんてどうむくんだよ。


「……それで、……お前は誰なんだ? ……教えてくれよ……最果ての黒砂の地ブラックグラウンドの拷竜様への手土産にするからよ……」


 ブラックグラウンドの……業? 拷竜? 地獄の君主みたいなもんか?

 話しかけていたもう1人の男は息絶えていた。1人が地面でなにやらうめいているが、各々事切れ始めたようだ。


「……8体目の七竜だ。もうじき八竜の一柱として世界に公布される」


 どうせすぐに死ぬと思い、気まぐれにそんなことを喋ってみる。コートは目を見開いて、薄い笑みをつくった。


「笑えねえ冗談だ……だが……拷竜様への冗談話としちゃ、……悪くねえかも、……な……俺は拷竜様の……忠実な……配下に、……なる……予定、……だから……よ…………」


 間もなく、コートの目は焦点を失った。

 悪の親玉の最期の台詞としては満点だな。……いや。親玉はクラウスだったな。


>称号「山賊ハンター」を獲得しました。

>称号「処刑人」を獲得しました。


 息をついた。喉が渇いた……。


 奴らから少し離れて革袋の水を飲もうとしたが空のままだった。《水射》で補充して、喉を潤す。……少し落ち着いたが、まだなんか渇く。


 あ、と思う。もう1人の男のことをすっかり忘れていた。まだいるが、よく気付かれなかったな。


 《瞬歩》で急いで向かいの家屋の壁に行く。


「――だからじっとしてろって。切れるもんも切れねえ」


 まともそうな声音だったので、一瞬安堵しそうになったが、彼も連中の仲間だったことを思い出して内心でため息をつく。出来れば、彼女たちに殺害するところは見せたくないが……。いや、この村の様子じゃもういくらでも見てはいるか。

 腕が縛られていたし、服でも切ってるのか? ……そういや、呼ぶまで来るなって言ってたから、それを守ってるだけか。


 俺はわざと物音を立てて扉に近づいた。


「まだ裸にはしてないぞ。……だれだ??」


 俺の姿を見ると、男が立ち上がった。鼻から頬にかけて火傷のような痕があった。女性も2人。やはり縛ったまま脱がせようとしていたようで、1人は背中側の左肩がぺろんとめくれている。長い髪を前にやっている。

 間もなく、男は持っていた短剣を鞘にしまい、長剣を抜いた。俺はわざと何のスキルも使わずに逃げて、家の壁に逸れた。


「おい。待て! ……なんだこりゃ……まさか戦斧名士が来、て……」


 男が仲間たちの末路に驚いている間に、首を切った。間もなく、男は前方に倒れた。


 においは血のにおいが少しだけだ。首を切る方が穏やかでいいな。

 それにしても、処刑人にはマスクが必要だ。手術する時もマスクつけるもんな。


>称号「暗殺者見習い」を獲得しました。


「大丈夫ですか?」


 部屋の中に入って、声をかける。2人はこっちを見るものの、うめき声があるだけだった。

 口にあてがわれている布の結び目はきつく結ばれていた。顔を切らないよう短剣で慎重に切っていく。


「……あなた誰? ……さっきの男は?」

「死にましたよ。助けに来ました」


 服を切られていなかった方が、「ほんとに?」と歯を見せながら明らかに嬉しがる。もう1人の服を切られていた方はいくらか落ち着いてるようで、俺のことを険しい眼差しで注意深く見ているだけだ。


「後ろ向いてください。紐を切ります」

「え、ええ」


 服が切られていなかった方の手の紐を切り始める。


 三つ編みにしてリースのようにした髪型の出来にちょっと気を取られていると、ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。香水の類ではない。メイホーでもケプラでも街中ならどこでも嗅いだことのある香り――女性のフェロモン的な甘い香りだ。

 だが、彼女の体臭が強いのか分からないが、香りは妙に神経の方に影響が強いようで、俺は彼女のうなじから目が離せなくなり、やがて唾を飲み込んだ。


 ……軽く首を振った。こんな状況でどうかしてる。肉感的で、“精神的にも参った”ジョーラ相手ならともかく……。

 全くの未遂だったが強姦の現場を見てしまったからだろう。特段やましい気持ちではなかったし、裸もとくに想像しなかったが……やっぱ山賊なんて相手にするもんじゃないなと、俺は連中に責任転嫁した。


 さっさと切ってしまおうと思い、視線を縛られている手に集中させる。

 ……縛られている女性を犯してみたいという願望は雄としての本能だろうか? 本能だよな??


 俺はもう一度首を振って情欲のうずきを払った。SMプレイや首絞めプレイで適当に帰結させた。

 息をつく。今は若いし、溜まってんのかな、俺……。


 紐を手早く切ったあと、今度はもう1人の方へ。だがその前に少しだけ2人から離れ、軽く深呼吸した。

 死体を見まくって人も斬ったあとだからな……あまり気にしていなかったが、精神的に全く何も変化がないというのもおかしな話だ。トップクラスのトラウマ案件だし、対象が10代なら影響も著しいだろう。


「他の奴らは??」

「まだいると思いますよ。でも、近くにはもう奴らはいません」


 紐を切るためもう1人の女性の背後に行くと、また甘い香りにくらっときた。ほんとなんなんだよいったい……。


「ほんとなのね?? 私たち助かるのね??」

「そのつもりです。……なので、少し静かにしてください」


 まだいるって言ってるのに。


 またうなじが目に入る。切られた部分からは肩が覗いている。白くてなめらかで綺麗な肩だ。魅力的だった。

 唾を飲み込む。俺は視線を逸らした。


 必死に情欲を我慢するなかで、髪をまとめた女性はちょっとお馬鹿なのかもしれないと思う。嬉しがる気持ちは分からなくもないが、状況判断能力に乏しいのかもしれない。

 でも、フィッタに起こった惨事は人が狂ってしまう出来事でもあるかと、彼女への評価を保留した。惨事に際しては性格が明るい人の方が、性格への影響は色濃い気がする。


 手の紐を切り終えると女性が振り向いてきた。緊張が解けたのか、一転して今にも泣きそうな顔をしていた。そのまま――抱きつかれてしまった。


 当然のように到来してくる強まった香り。胸も結構でかいらしい。やべえ……。抑えていたせり上がってくるものが勢いを強めてくる。

 貪りたい……。目の前の女を、貪りたい……。首をちょっと強めに振った。


「みんな死んだのよ……伯爵も、ラフラ様も、みんな……私たちだけ生き残ったわ……これからどうすればいいの?」


 だが彼女の泣き言に抱き着かれて昂りつつあった気分が、一気に落ちた。それから、突然湧き起こった情欲を恥じることもできた。


 彼女を安心させるために軽く抱擁し返した。官能的な桃のような甘い香りはまだあったが、俺の大人の部分の精神が勝るだろうという確信めいたものがあった。

 実際、たかぶりは底の方に沈み、何もなかった。久しぶりの成人女性との抱擁だし精神的に充足感は覚えたが、それだけだ。それでも不安はなくはなかったので、まぎらわすように余裕ぶって彼女の背中をぽんぽんと叩いた。


「何人か生き残っています。村の復興に関してはどうなるか分かりませんが……俺たちがきっとあなたたちを近隣の村に送り届けます。応援もそろそろ来ます。なので、今は安心してください」

「そうなのね……。ありがとう。助けてくれて」


 といっても、あまり刺激され続けるのもよろしくない。

 俺は出会いがどういう経緯であれ楽しむなら、ゆっくりと、合法的に、ちゃんとした場所で楽しみたい。それにミッションはまだ終わってない。俺は彼女を引きはがして立ち上がった。


「まだ奴らはいます。だから危機意識はまだ持っててください」


 2人が頷く。よし。


 そのまま2人を小屋から連れだした。目の前に現れた奴らの末路には驚いたようだったが、俺がやったのだというと、2人は何も言葉を続けなかった。

 信じたのか疑ったのか、それとも恐怖を感じたのかは分からないが、逃げ惑う人々に殺される人々に惨たらしい死体に。色々見ただろうからな。


 もっとも、とはいっても、知り合って間もないし、家族と友人と知人を一挙に失い、強姦される一歩手前だった2人の今の心情は到底はかれるものではない。


 ……と、思ったりしていたのだが、


「――あ、ダゴバート! 生きてたのね! グンドゥラもアルルナも無事なのね。よかったわ」


 ダゴバートたちのいる家に入ると、リース編みの方が喜びを隠さずに声をかけた。ちょっと状況にふさわしくない、ずいぶん明るい語調だった。惨事や強烈な不安によって性格のタガが外れたとかではなく、これはもう地の性格かもしれない。


「おお、アルビーナ。そっちはラウレッタか。無事だったんだな」


 なんとかね、と抱き着いてきた芯の強そうな女性――ラウレッタが答えた。こちらの反応は少し傷心がうかがえた。彼女の普通な様子には思わず安堵した。


「アルビーナ、ヴィドスの奴はどうした?」

「……死んだわ。最期まで下衆な奴だったわ。信じられる?? 私を奴らに売って生き延びようとしたのよ!?!?」


 後半はだいぶ怒気がこもっていて、甲高くもあり、少し頭を引いてしまった。アルビーナの夫はあまり良い夫ではなかったらしい。


「そうか。まあ……死んだなら、あまり悪く言うな。あんな暴力男でもお前の旦那だったし、お前の徳が落ちるぞ。それとな……少し静かにしてくれ?」


 それにしてもアルビーナは声がでかいというか、危機感が薄い。連中を見たら罵ったりするかもしれない。

 始めからそうするつもりだったが、ラウレッタも含めて2人は置いていこう。


「一度、村の入り口に行きましょう。ハスターさんと助けた女性がいるはずです。2人はそこで待機しててください」

「ハスターさんも生き残ったのね。女性って名前は?」

「分かりません。髪は下ろしていて、波打っていて……茶髪で、美人の方でしたよ」


 アルビーナがイドニアじゃない? とラウレッタに訊ねる。あんまり分かりやすい特徴じゃないな、と言ってから思ったが通じたらしい。


「そうかもね。あの子足速いし、逃げ回ってたのかも」


 そういえばみんな綺麗どころだ。運もあるだろうけど、強姦が目的だったのならこうなるか?

 だからこそ他の人よりいくらか長い時間生き延びられたのだとはいえ、色んな意味で救いのない話だ。山賊が老若男女混成の組織だったら違うだろうが。


「そろそろ行きましょう。移動の間、喋らないでくださいね。入り口付近にいた奴らは倒しましたが、潜伏してるのもいるかもしれないので」


 みんなが頷いた。ラウレッタが腕に手を絡ませてくる。香りの影響を懸念してびくついてしまったが、結構弱まってくれたようで抑えられた。慣れたのか……?

 問題なくなったらしいことに安堵した俺は、眉だけ上げといた。どう解釈したのかは分からないが、彼女はニコリと微笑を返してきた。


 懸念事項はまだ魔導士と召喚士を見ていないことだ。いそうなものだが、弓使いもまだ見ていない。

 魔導士と召喚士はその辺でぶらついたりはしてないかもしれないが、守る側としては弓使いは細心を払わなければならない相手だ。


「……私たちを犯そうとした奴ら、みんなあなたがやったのよね?」


 アルビーナがおずおずと訊ねてくる。なかなか出発できないな。


「そうですよ。信じられないかもしれませんが」

「おお、やったんだな。……アルビーナ、今は……あんた、名前なんだっけか」


 そういや忘れられたままか。「ダイチだよ」と、名前を伝える。


「ああ、そうだったそうだった。今はダイチを信じて、少し口を閉じろ」


 ダゴバートの少しきつめの物言いによってアルビーナが無言で頷いたのを見たあと、俺たちは村の入り口に向かうことにした。

 後ろでは、俺の横にいるラウレッタ含め何度か足取りが崩れた。各々村の様子か死体かに何か思うところがある様子だったが、誰も口を開かなかった。


 心の中で安堵しつつ、喋らないでくれと言ったものだが結構酷なことを強いたのかもなと俺は少し反省した。

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