7-7 赤斧休憩所 (4) - 野菜巻きとイカサマ師


 小柄な男性給仕が、ジューシーな牛肉のにおいを香らせながら木の盆を手に持ってやってきた。


「お待たせしました~。プルシストのステーキです」


 ヒゲこそしっかりあるが声が高めで、目も眉も小さめの茶髪ショートの彼――そこまで逞しいわけではないのだが、引き締まってはいたので、なんとなく格闘家のイメージを持ってしまった。ちなみに俺は格闘家は全く詳しくない――は手慣れた様子でテーブルに3皿の料理を置いていく。さっきは女性給仕が7つもジョッキを持ってきていたものだが、一気に7皿は無理だったようだ。

 香りにはわずかにハーブがある。刻んだ玉ねぎもあるし、ガンリルさんの家で食べたおそらく酢が多めで酸味の強かったタレとは少し違うようだ。


「すぐに残りの分を持ってくるので……待っててください」


 彼の注意がいった方を見てみれば、インが口を半開きにしてステーキをガン見していた。


「イン、先に食べていいよ」

「う、うむ。ではいただくぞ」


 放っておいたら恥ずかしすぎる。


 ガンリル亭で食べた時と同じく料理は普通にステーキではあったけど、食器はついてなかったので、鞄から布に包んだナイフとフォークとスプーンを4人分取り出す。布にはそれぞれ、俺たちの名前の刺繍が縫われてある。縫ったのはもちろん姉妹だ。


 インは俺が渡した食器を手にしようとしたところで、ふと止まったかと思うと、《収納スペース》からナプキンを取り出した。覚えていたようだ。

 給仕の青年が空中に突如現れた黒い手鏡を不思議そうに見ている。あまり《収納》を見せびらかしてないでくれと言ったものだけど、まあいいか。一門の魔導士だと思われることも必要なようだし。そういう意味なら、それほど一般的ではない《収納》はちょうどいい気もする。


 既に金櫛荘で見ているアレクサンドラはとくに動じてはいなかったが、銀食器と《収納》を初めて見たベルナートさんとベイアーは驚いた様子を見せていた。


 ナプキンを鉄の胸当てにひっかけたインは――装備外してくればよかったなぁと少し思った――半分に切られた肉をろくに切ることもせずにフォークでぶっ刺した。そのまま肉をさかさまにして口に入れようとしたが、肉からタレがぽたぽたと落ちたのが気になったようで、皿に戻した。


 それは豪快すぎるだろ……。


 ガンリルさんの晩餐の時のように、はじめに切り分けてやらないとダメだなこりゃ。


 切り分けてやろうと思っていたら、インは逆手でフォークを上から刺した。今度はひっくり返さないままインは肉を口に運び、“1回の噛みつきでしっかり肉を噛みちぎり”、満面の笑みを浮かべて咀嚼しだした。うーん……。


「ううむ! 美味い! ガンリルの牛肉よりも美味いぞこれは!」

「そうなの?」

「うむ!」


 見ればベルナートさんが視線を落としていた。ちょっと笑いをこらえている様子だ。

 給仕の青年の方は笑ってはいないものの、まだ突っ立っていた。あまりずっと立ってるとそのうち誰かしらに怒られるだろう。


「残りの4人分のステーキもお願いしますね?」

「あ、はい」


 青年がようやく顔をこちらに向けてくれる。彼の中ではインはかなりの珍獣の部類に入ったに違いない。


「あと、おかわりの準備もできれば」

「分かりました!」


 ちょっと慌てた感じで青年が去っていく。どうせあと3皿くらいは食べるだろうからな。


 もっとも。

 プルシストの牛肉が美味いのは何もインを見ずとも分かっていた。なぜなら、食堂に入ってからというものの、こぞって男たちから、うまいだの、今なら死んでも後悔しねえだの、俺の肉だやらねえよだの、賞賛の言葉がそこかしこであがっているからだ。大げさだとは思いつつ、悪い気分になるわけもない。


「イン殿、肉を切り分けますね。その肉をいったん皿に置いてもらえますか?」


 え、アレクサンドラが切るの?


「う? うむ……」


 惜しむ素振りがぞんぶんにあったが、アレクサンドラに言われたままにインは大きな歯型がついた牛肉を、フォークごと皿に戻した。素直だ。今朝はアレクサンドラに対抗意識があると思ったものだが、苦手意識もあるのか?

 アレクサンドラは自分の短剣を出した。そうしてフォークで肉を抑え、短剣で切り始めた。1人で来た場合、切る時はみんなどうしているんだろう。まあ、いえば短剣の一本くらい出てくるだろうけど。


 結局肉を6つに切り分け、皿とフォークをインに渡したあと、おじさんのところでステーキを? とアレクサンドラから質問。


「ええ。牛肉を。高そうな肉でしたがとても美味しかったですよ」


 アレクサンドラは、そうですか、と苦笑した。そういやガンリルさん、金にあまり余裕ないと言ってたな……。


「ダイチ君も先に食べていいよ」


 ベルナートさんが再び至福の表情で肉をほおばり出したインをちらりと見つつ、そう言ってくる。ニコニコしているし、はじめはちょっとだけ声が震えていた。

 なんかインと同列の者に思われてしまった気がして、従うのは釈然としない。が、断ってもあれなので承諾しておく。どのみち俺はインのような食べ方はできないし。


 もう1皿あるので、誰か先に食べていいですよ、と兵士3人に薦めるが、3人から気にしないでいいと言われてしまった。まあ、インの挙動を見られたんじゃあな。

 仕方ないので、姉妹に渡す。ヘルミラは遠慮して、ディアラが食べることになったようだ。


 そういえば、テーブルに手を拭くものがない。ヴァイン亭では藁束で、金櫛荘では小さなハンカチのような布が出たが……まあ、肉は短剣で切っていて、そのまま口に運ぶようだから大丈夫か? スープも客の様子を見るにスプーンはついているようだし。


 さて、俺も食べよう。


 肉を小さく切っていると、ディアラが真似をしだしたようで、左手のフォークで肉を抑えてナイフで細かく切っている。しかしあまりうまくは切れてない様子だ。

 ナイフは短剣じゃないし、“ギザギザ”もない。肉の厚みも1.5センチくらいあるしね。ステーキに限っては短剣の方がいいように思う。


「切れなかったら短剣使っていいよ。こんなに厚いステーキ肉でフォークを使うことはあまり想定してないと思うから」

「はい……」


 俺はナイフでも全然問題ない。でも合わせるかと思い、俺も腰の短剣に切り替えた。……うん、スパスパ切れる。皿は木製だし、切ってしまわないように気をつけよう。


 ようやく肉を全部細かくし終えた頃、インが俺の肉を見ているのに気付く。インの皿は空だ。はえーよ。いやまあ、細かくするのそれなりに時間かかったけどさ。


「……いる? 肉はすぐ来ると思うけど」

「うむ!」


 やれやれと思いつつ、フォークで肉の一塊を刺して……足りないのは確実なので、3つほど刺してインに差し出した。インはそのままかぶりついた。咀嚼するインは満面の笑みだ。なんか人懐っこいワニかなんかに餌をやってる気分だ。

 ふと見れば、アレクサンドラの表情が柔らかくなっていた。ああ、今の萌えポイントだった? 特に意識してなかったけどこの萌えポイントはわかる。そのまま皿ごと牛肉をインに渡す。


「ダイチ君の国では、みんな器用に肉を切るのかい?」

「え? まあ……珍しいですか?」

「貴族がナイフとフォークを使ってたのを見たことあるけど、君ほど作法然とはしてなかったかなぁ」


 ステラさんにも似たようなこと言われたな。


「ブレットナー男爵も友人や賓客が来た時に使ってましたが、ダイチ殿の方がずっと洗練されてますね」

「そうだよねぇ」


 貴族がナイフとフォークを使っている様子を実際に見てみたいものだ。産業革命以降なら、ちゃんとしたテーブルマナーも浸透していそうだけど。


 そんな話をしていると、食堂の入り口にデレックさんがやってきた。隣にいるのは、エリゼオだ。ベルナートさんが俺につられて振り向いた。二人の兵士も続く。


「エリゼオ君も来たみたいだね」


 エリゼオは別行動するといって、討伐後にそれっきりだったのだが、一緒の宿になったようだ。どの宿に泊まるのかすら言ってなかったんだよね。彼の場合は「気が向いたら見ておく」だったんだけど。

 エリゼオは入り口に近い席の一つに座ったが、彼はまもなく隣の男性と話し始めた。知り合いか?


 ゴロゴロと音を立てて再びさきほどの男性給仕がやってきた。

 木の車輪を持ったワゴンカートの上にはスプーンが入った小さなお椀が人数分の7個あり、一段下にはキャベツがはみ出た大きな木のボウルが乗っている。


「お待たせしました! プルシストの肉はもう少し待っててください」


 7個のお椀が手際よくテーブルに置かれていく。中は赤色のスープで――赤はパプリカ粉だろう。ここでも大活躍らしい――豆とよく分からない白いものが浮かんでいる。ちょっと地味だ。ステーキが豪勢なので手を抜いているのか、普段からこんなものなのか、微妙に判断がつかない。

 野菜炒めの方はなかなかの迫力だった。楕円のかなり大きな木の大皿に、葉茎を適度な長さに切ったラオリオもといタンポポ、フェンネルらしき細切りにした白菜っぽい野菜、同様に小さくはしているが原型は大きめらしいキノコに、ニンジンを炒めたものが大量にあり、周りには生キャベツが飾るように周囲に挿してある。


 色々と聞こうと思ったけど、忙しいようで、給仕の彼は料理にとくに触れることなくそそくさとカートを押して行ってしまったので、ちょっと説明してもらうことにした。


「この白いのがフェンネルですか?」

「そうだよ。ハーブとして魚料理によく使われる野菜なんだけど、タマネギみたいに膨らんだ白い茎の部分はこうやって炒めることもあるね」


 ハーブか。タマネギ系じゃないんだな。ハーブはあんまりわかんないな……。


「このキノコがポルチーニだね。フィッタの山で採れたやつだろうな」

「ポルチーニはどんな奴の口にも合うキノコですね。食用キノコとしては肉厚で、香り高くて一級品です。市場でも必ず売れるので、小遣い稼ぎにもなります」


 確かに、とアレクサンドラも同意を寄せる。ふうん。結構大きいキノコだしね。

 ポルチーニ食べたことあるかと姉妹に訊ねてみると、このキノコはないとのこと。


「こうやって……包んで食べるんだよ」


 唐突にベルナートさんは周りのキャベツの葉を一枚引っ張り出して、手づかみでキャベツに炒めた野菜を乗せ始めた。

 そうして、軽く包んだ。パンではないが、パニーノとか手巻き寿司方式らしい。アレクサンドラも同じように野菜を乗せていって包んだ。でもなるほど、確かにキャベツは7枚ある。


 包み終わったキャベツにベルナートさんがかぶりつく。


「うん。うまい。フィッタの野菜はやっぱり瑞々しくて美味いね」

「フィッタは七竜様の加護が薄い土地なので、純粋に土地の恵みという感じがありますね」

「そうだね。セルトハーレスの湧き水も美味いというし」


 七竜もそうだが、魔物の住処からの恩恵もすごいようだ。


 手づかみにじゃっかん抵抗感を覚えつつ、俺もベルナートさんに倣うことにする。野菜は炒めたばかりのようなので少し熱いが、持てないほどではない。

 ほんのりと爽やかな甘い香りがする。これがフェンリルの香りかな? ポルチーニの上品めなキノコの香りと、軽いニンニクの香りもあり、食欲をそそった。穀物はないが、ちょっとキノコパスタっぽい。美味そうだ。


 アレクサンドラが食べる様子を見ていたインもキャベツを取って、野菜を乗せ始めた。肉は平らげたようだ。


 さてさて、俺も実食。到来するシャキっという歯ごたえ。……なかなか美味い。

 フェンネルはセロリっぽい野菜らしいが、炒めていることもあってか苦みはなく、むしろ甘い。甘いが体に良さそうな薬草的な感じもある。それにたとえセロリであっても、ポルチーニの濃いキノコの味がセロリの苦みをある程度緩和してくれるように思う。


 それにしても今回はパンは出てこないようだが、ステーキにスープに、結構ボリューミーだな。


「ほお。なかなか美味いの~。食べ応えがあるし、キノコが濃厚で美味い」


 牛肉ほどの感動はさすがに見せないが、そう評価したインに俺も同意した。ポルチーニの上品な香りと味はちょっと高級キノコっぽい。俺の中での主役は見知らぬ野菜のフェンネルだったが、味的には主役はポルチーニだ。

 俺たちは包み終えたので、ベイアーと姉妹の方に皿を寄せる。やがて、3人も美味しそうにシャリシャリとキャベツやフェンネルの咀嚼音を立て始めた。


 ・


 俺たちの食事が一区切りつく少し前から、外は暗くなっていた。食堂内も日光がなくなり、蝋燭の灯りでいくらかムーディな雰囲気になっていた。


 酔っぱらって千鳥足になった男を、知人にすぎないらしい男性が他の客に朝まで一緒にいるなよという野次と純粋な声援の声をかけられながら肩を貸して出ていく、といった光景があった。プルシストの肉の処理はまだまだ続けるようで、セルトハーレスでも見た解体師らしき人が1人奥に入っていった。

 従業員たちは変わらず食堂内を動きまわっていたが、共鳴石が鳴ると、さきほどの日本人顔の女性給仕がときどき食堂を出ていった。フロントを手伝っているものらしい。デレックさんがそんな彼女にときどき声をかけていた。親しげだったので、二人はデキているんじゃないかとちょっと思っていたら、客の一人が「デレックさん、結婚いつなんだよ」と野次を飛ばしていた。公認の仲らしい。


 ベイアーや姉妹はちょっと静かになり、アレクサンドラは4皿目に突入していたインの肉を切る世話を、半ば驚き、半ば呆れつつも、相変わらず甲斐甲斐しくやっていた。


 ベルナートさんは声をかけてきた真後ろの席のプルシストの肉が出る時には毎回必ずやってくるというヘンジルータの徴税人だというミーラモという男性と、俺やアレクサンドラを交えて話している。


 彼は俺たちの会話でベルナートさんとアレクサンドラがケプラ騎士団員だと分かったがために声をかけてきて、すぐに感謝の言葉を述べた。

 彼は昔、息子が山賊により奴隷商人に売れ飛ばされそうだったところを、ケプラ騎士団に助けられたものらしい。


 そんないくらか静かになった食堂内で動きがあった。エリゼオと隣にいた男性が立ち上がった。


 男性は、鎖帷子のような服に服とこげ茶色の革の胸当てを身に着けているエリゼオと同じように、明るい色の革の鎧をつけた傭兵風のいで立ちだ。髪が長く、頭頂部で半ばお団子にして髪を結ぶという、男にしては変わった髪型をしている。

 彼は飄々とした薄い笑みを浮かべながら、エリゼオと何やら言葉を交わしている。エリゼオがやり手なら、彼もまたやり手の雰囲気がある。横に並べるといいコンビ感もある。


 彼らが向かったのは、マリア・ランルーニの話をしていた男のところだ。彼は俺たちがきたときには既に食事を終えていたのか、ビールは注文しているようだが、ずっと賭け事をしている。

 相手は入れ替わりにやってくる客だ。結構勝率はいいようで、悔しがって去る客は多かった。数人の見物客もまた、ずっといる。賭け事ないしゲームは見るのも結構楽しいものだ。


 微妙ビールに口をつける。度数が低いのでさほど酔わないが、慣れてしまった。


 飄々としている彼はいい稼ぎ場所を得ている賭博師の彼に手を挙げて、親しげに声をかけたあと、席についた。ゲームをするようだ。エリゼオも席についたが、頬杖をついた。エリゼオはあまり賭け事が好きなようには思えない。


 徴税人の人が俺の視線を追う。


「ああ、ドゥイリオか。以前プルシストの肉が出た時にもダイスをしてたな。うちの村の収穫祭の時にも来ていたぞ」


 根っからの賭博師か。


「私も彼には負けたことがある。結構いい線だったんだがな。コロニオの出身らしいが、ありゃあみんなが言うように、マリア様が微笑んでるだろうよ。ま、ときどき大負けしてるようだがね」


 ふうん。まあ、勝つ時もあれば負ける時もあるだろう。


「隣にいる女性も賭け事が強いのですか?」

「奴の嫁らしいぞ。聞く限りだと彼女がダイスをしてるのは見たことないな。いつも彼と一緒にいるのを見ると彼女もおそらくやってるだろうが、彼ほど勝てんのだろうな。女の賭博師は結構強かったりするもんだが」


 と、何か動きがあったようで、ちょっと笑い声が起こった。賭博師の彼が負けたようだ。


「はっは! マリア様もそろそろ微笑み疲れるか?」


 勝負の行方が気になるようで、徴税人の人が席こそ離れないが観戦モードに入る。ベルナートさんも続いた。

 しばらくして、再び笑い声。と、どよめきもある。また負けたようだ。


「そろそろ引き上げ時だろうな。ま、私は奴にはもう少しまきあげられてから帰ってほしいもんだが」

「マリア・ランニールは『あんたが賭博師だって言うんなら、酔っ払ってダイスの目も読めない奴に勝つべきではない。目を見開き、意識もしっかりしている奴ばかりいる昼で勝つべきだ』って言ってたもんですが」

「確かに、確かに。ま、そんなに思うように勝てりゃ苦労せんがな」


 ジルにしてはちょっと台詞が男らしすぎるかもな。《聞き耳》をオンにして、集中してみる。


「――はは、俺のマリア様はそろそろお疲れのようだ」

「ん? 俺のマリア様はまだまだ起きていらっしゃるぞ」

「そうかい、そうかい。ところであんた、どこの出だい? 見ない顔だが」

「ブリッツシュラークだよ。横にいるこいつは違うが、ちょっと話が合う奴なもんでね」

「ブリッツシュラークか。道理で見ない顔だ。……さ、ラストだ」

「……ふわあ。俺もぼちぼちラストにするよ、エリゼオ」

「ああ」


 ……ん? 長髪の彼、袖からサイコロを出したか? 腕を伸ばしていたし、イカサマか。まあ、風貌的にしそうではある。


「――おお! 負けちまった。あ~あ、マリア様が疲れたのは俺の方だ」


 負けんのかい!


「ははっ! まあ、あんたはマリア様に愛されてるさ。そう気を落とすなよ」


 そう陽気に言って、ドゥイリオがサイコロをしまおうとしたところで、長髪の彼がすばやくサイコロを奪った。常人の動きではなかった。


「ん~? あれ? このダイス、1と2がないな……おいおい。イカサマか~?」


 長髪の男のわざとらしい呆れ果てた大声に、賭け場のテーブルの周りがどよめきだった。何人かが長髪の彼のところに行って、「おい、マジだぞ」「ほんとだ、1と2がねえ」と口走った。

 間もなく、数名がクソ野郎、金返せ、とドゥイリオに詰め寄った。ミーラモも、あいつイカサマやってたのか、と静かに怒り出した。


「分かった分かった! でもちょっと待ってくれ。……おいあんた、ちょっと外出ようぜ」


 ドゥイリオがそう言う間に、長髪の男の後ろにはずいぶん体格のいい男が迫っていた。グルか。

 どうしたもんかとちょっと思いつつも何もできずにいると、羽交い絞めにでもしようとした男のその腕は――長髪の彼によって掴まれた。


 長髪の彼が掴んだまま、腕をねじった。男の痛がる声。どうやら、見た目に反して力がだいぶ強いものらしい。というよりは技かなにかか?

 腕を離されると、男は痛がりながら一歩後ろに下がった。エリゼオが立ち上がって男に向き直る。


「外に出て何するんだ? 賭け事は屋内で酒を飲みながらやりたい主義なんだが」

「……いや、いい。気にするな。ベッティーナ、ヴィル行くぞ。……ああ、誓って言うが、俺はいつもイカサマをやってるわけじゃない。賭け事が根っから好きなもんでな。ま、ヴィルの奴が怖くない奴は金の返済にきてくれ」


 そう言って、賭け場の3人は食堂を出ていく。用心棒の男は多少痛がる素振りを見せながらも、食堂内を睨みつけながら二人に続く。

 去り際にドゥイリオは入り口付近にいて事の成り行きを見ていたデレックさんに「世話になった。結婚資金だ。もう来ないだろうからな」と言って、硬貨を投げた。見間違いでなければ、金貨だった。


「ちっ……イカサマ師が。しかしよく分かったなあ、あんた!」

「ちょっと目がよくてね」


 長髪の彼もイカサマをしていたが、つまり、ドゥイリオがイカサマをする証拠をつかむためにイカサマをしていたわけか。賢い男だ。

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