7-5 赤斧休憩所 (2) - 窓ブタと粉ひき屋


 俺たちはデレックさんについていって右手の階段を上がっていく。


「部屋は全て2階ですか?」

「いや、1階にもあるんだけどあらかた埋まっちゃっててね。2階の方が空いてるんだ。……1階は2部屋だけ空いてるけど、1階がよかったかな?」


 デレックさんが立ち止まって聞いてくる。


「俺は特に」


 ちらりと後ろを振り向くと、俺たちのことは気にしなくていいよ、と下からベルナートさん。


「ベルナートの言う通り、お気になさらず。気にならないのでしたら、近くの部屋で構いません」


 アレクサンドラに続いてベイアーも、私も彼女と同じです、と同意した。


「とのことです」

「分かりました。……君は若いのにすごいんだねぇ。腕が立ちそうな3人をまとめていて。ああ! 君が腕が立たないと言っているわけじゃないんだよ」


 まとめる? じゃっかん慌てた素振りを見せるデレックさん。


「ロウテック隊長たちが辞めたとは特に聞いてないけど、君は隊長候補かなにかかい?」


 なるほど、隊長かなにかに思われてたのか俺。年齢的な外見はともかくみんな鎧着てるし、駐屯地から来たってなったらそうなる……か?


「俺たちは駐屯地から来ましたが、駐屯地の兵士ではないんです」

「ああ、攻略者かい?」

「はい。ヘルプで参戦していました。背の高い3人は攻略者ではなく、ケプラからです。ケプラ騎士団と東門の門番兵ですね」

「なるほどね。道理でみんなあまり見ない顔ぶれなわけだね」


 デレックさんはある程度は駐屯地の兵士たちを把握しているものらしい。

 なるほどねぇ、とこぼしながらデレックさんが階段を上がり始めたので後を追う。俺がリーダー然としていた理由にはならなかったと思うけど、何に納得したんだ?


「駐屯地の兵士の人も結構泊まりにくるんですか?」

「泊まることもあるけど、どちらかといえば食事をしにくるよ。プルシストの解体はケプラでもやるけど、だいたいはフィッタでやるしね」


 ふうん。まあ、2,000ゴールドは安くないしね。


 木の階段を登りきると、想像通り廊下もまた明るい色の木造の廊下だった。廊下の左右に部屋があるという寮的なつくりらしい。

 廊下は広々としている。もっとも2階は丸太材ではなく普通の、つまり削り出しの無垢材を使っているものらしく、1階ほど丸太小屋感はない。


 とはいえ……ここまで贅沢に木材を使った建築物に泊まるのはおそらく初めてなのでなかなか心が躍る。


 廊下には真ん中に柱がいくつか立てられてある。傍にはそれぞれ小さなテーブルがあり、置いてあるのは燭台だ。

 各部屋の壁にも等間隔で錫の燭台がある。もっとも、どの燭台にも火はついていない。が、階段側と奥側で窓が開けてあって日光は入っているので、廊下の中心部分は薄暗いがそこまで暗くはない。夜になると雰囲気出るかな?


 それにしてもドアの木材は濃いものを使っているし、ドア自体も格子模様があってオシャレなんだが……廊下はいかんせん色が明るい木の色のみなので、景観の色合い的に少し寂しく感じてしまう。木造の銭湯に行った時、ちょっと不安を覚えるのと似た感覚かもしれない。

 丸太材の方が凹凸があって表情豊かになるのは分かったが、金櫛荘のように、床に絨毯でも敷きたくなる廊下だ。


 デレックさんがとある部屋の前で立ち止まる。

 ドアには縦長い木札があり、剣のマークが彫ってある。剣のマークだけで、数字なんかはない。


「剣部屋は1つ目の部屋以外、こっちの槍部屋は2つ目から先が空いてるよ」


 言葉通り、右手の部屋の木札には槍のマークが彫られてある。ディアラが持っているようなショートパイクの図だ。


「左手が剣の部屋で、右手が槍の部屋?」

「そうだね。ちなみに1階の左の部屋は斧の部屋で、右が盾の部屋だよ」


 名前ついてるって旅館みたいだな。しかしうーん……普通に部屋番号でいい気もするが……。

 ヴァイン亭は部屋数が数えられるほどだったし、金櫛荘は奥の部屋を紹介された上、部屋番号的なものは特になかったと思うけども。


「じゃあ、中入ってみるかい?」

「ええ、是非」


 デレックさんが剣の2番目の部屋のドアを開ける。


 部屋は、廊下同様に明るい色の木材を使った一室だったが、廊下ほど印象は寂しいものではなかった。

 白いシーツに、ダークウッドのベッドフレームと窓辺のテーブルという色味があったからだ。


 シンプル&ナチュラルモダンって感じがある。最悪ヴァイン亭の内装だと想像していたが、こっちの方が断然いい。広さはビジネスホテルくらいだが、トイレなどの個室がない分広く感じる。


「ちょっと見てもいいですか?」

「もちろん」


 デレックさんがニコリとしながら渡してきた燭台を受け取り、俺は浮き立つ気持ちを抱きながら部屋の中に入る。


 ……入ったが、立ち止まる。


 印象の良さ、色味のコントラストのバランスの良さはどうやら、家財そのものや隅という凹凸と陰影のおかげもあるようだ。木の色が、面ごとに表情を変えている。

 それに1階同様、各木材によって違う木目模様や、“ほくろ”やシミなどの位置の違いも合わせて、味わい深さもある。木材のみで作る部屋は、いくらか手狭で、仕切りも多い方が良い味を出す気がした。


 家財は、ダブルくらいのベッドとサイドテーブルが1つ、窓側にテーブルと椅子2脚。壁にはバイキンマンの角のようなものが飛び出ている。上着を引っかける用途だろう。もっともチェストは別にちゃんとあり、用足し用の壺もドアの方の壁際にあった。

 家財には大した意匠などはないが、サイドテーブルには引き出しがついているし、テーブルと椅子は丸太を用いられたもので、なかなか面白い形になっている。ちなみに椅子は切り株ではなく、普通に背付きの椅子になっている。


 改めてヴァイン亭よりもワンランクアップって感じだ。金櫛荘レベルに行くには、もう3段階くらいレベルアップする必要はありそうだけど、全然悪くない。


 窓は「縦長の長方形」だ。窓ガラスがないのはもう仕方がないが、普通の形だ。ヴァイン亭のように「縦線2本」じゃない。

 ……ん? 窓の上下には木材がくっつけてある。木材は余計な長さがあり、窓から右にはみ出してしまっている。余計な長さの木材の間には木の板がある。なんだこれ。


「それは“窓ブタ”ですね」


 デレックさんがやってきて、聞き慣れない言葉を俺に告げる。インもついてきて、姉妹も部屋に入ってきた。


「窓ブタをこうやって……閉めたい時はこうやって閉めるんだ」


 そう言いながらデレックさんは、板を横にスライドさせて窓にフタをした。

 スライド式! 上下の木材はレールか!


「この窓ブタの気の利いた動的な仕組みは、うちの村の若い青年が作ってね。みんなは是非設計を学んで建築の道に進むべきだと言っていたんだけど、彼は商人の道に踏み出してしまってね。先日20歳を迎えたばかりだし、まだ気が変わることはあるだろうけど」


 商人か。商人と言っても色々あるように思うけど。というか、20歳で商人見習いってウィンフリートがそうだったな。

 軽くため息をついて、青年が身内かなにかのように残念がってみせるデレックさんに、青年の名前を聞いても? と訊ねてみる。


「ウィンフリートというんだ。父親はクサントゥスと言って代筆屋をやってるんだけど、知ってるかい?」


 やはりウィンフリートだったか。あの子の発明か~。


「父親の方は知りませんが、ウィンフリートの方は知り合いです」

「あやつは賢かったんだのう」

「みたいだね。……彼とはちょっと縁があって話したんですよ、広場で」


 なるほどね、とデレックさんは頷く。


「ウィンフリート君自体はいい子なんだけど、父親がちょっと困った人でねぇ……。代筆屋をやるくらいだし、村の人からも尊敬される知性を持った人なんだけど、酒とダイスでお金をはたく人でね。しかも粉ひき屋とよくつるんでる人でねぇ」


 そう言って、デレックさんは軽くため息をついた。ダイスって賭け事の類か。粉って小麦粉とかだよな。

 そんな時に1階で共鳴石のベルが鳴る。2階にも共鳴石があるようで、奥の方から風鈴のような快い音が連動して鳴った。


「ああ、すまないね! ちょっと1階に行ってくるよ」


 空き部屋は見てていいからねと、半ば叫びながら、慌ただしくデレックさんが1階に降りていく。また足ぶつけないといいけど。


「粉ひき屋って小麦粉とか作る仕事だよね?」

「そうだと思います」

「なんか悪い人のような言い方だったけど……」


 そうですね、と姉妹が自信なさげに相槌を打った。姉妹はあまり粉ひき屋の事情について知らないようだったが、インが「粉ひき屋はどこでもなにかと悪事を働くらしいやつららしいの」と解説してくる。市井のことは知らないように思ってたのに。


「穀物を粉にするだけでしょ? なんで悪事?」


 まさか麻薬とかを裏でとか?


「さあ? そこまでは知らん」


 インも知ってるとなると、かなりの常識のようだが……全然分からないな……。

 私が聞いているのはオルフェとアマリアの粉ひき屋に関してですが、と部屋に入ってきたアレクサンドラが会話に参加してくる。


「市民は穀物を製粉してもらうため、粉ひき屋の元にいくのですが、その時の計測でよく不正を働かれるのです」


 不正?


「良質の穀物を、粗悪な穀物に取り換えられることがあるんです」


 ほ~。なんていうか……ちんけな悪事だな。


「もちろん、穀物を持っていった市民は抗議しますが、粉ひき屋は白を切るし、粉ひき所の使用料だと言われてしまった挙句今度から粉ひき所を使わせないと言われてしまうと何も言えなくなるのです」


 なるほどねぇ……。でもそれだと悪事としては弱くない?


「不正計測をしない善良な人だっているんじゃ?」

「ええ、探せばいるかと思います。……ただ、粉ひき屋は、粉ひき屋同士でよく繋がっています。村の中に粉ひき屋があれば悪事もそう簡単にはできないのですが、粉ひき屋は村の外にあるので悪事がバレないのです」


 村にないのか。

 2Dマップのフィッタには、村の外れと言うか村から少し離れた川べりに小屋がいくつかある。これが粉ひき屋ってことか? バレにくく、悪事を働きやすいっていうのは分かったけど。


「粉屋は領主と繋がっているのも痛いところですね。まあ、粉屋は正式に領主と契約を結んだ上で粉ひき所を営んでいるわけですが、領主が使用料を上げろ、横流ししろなどと言われたら粉ひき屋も従わざるを得ませんし、市民も抗議はできなくなりますね」


 と、今度は薄暗がりでちょっと怖い顔になっているベイアーの解説。その通りのようで、アレクサンドラも頷いた。

 一応ちゃんとした仕事なのか。確かにパンは主食だしな。昨日はすいとんみたいなダンプリも食べたし、イモだったり、トウモロコシだったり、粉といっても色々あるだろう。


「徴税人、処刑人、皮なめし屋、縮絨職人。嫌がられる仕事はいくつかあるけど、粉屋もその一つだね。徴税人に近い感じの嫌われ方かな。村民の中ではかなり裕福だから、お金の貸し借りもしてるようだしね」


 不正に加えて借金取りもしてるなら確かに嫌われやすい。借金は自分のせいではあるんだけど……いや、唐突に税が上がったりもしそうだしなぁ。領主の匙加減だもんな。

 ふうむ。処刑人か……。疎まれるのは分かる。皮なめしはにおいかな?


「それに村の中に粉ひき所があるわけじゃないから、その村の住人って言いにくい部分があってね。村の決まりも無視されるし、村に襲撃があった際に一緒に戦う義務もないんだ」


 ああ、それは嫌がられるだろうな。


「言ってみれば領主直属の役人だね。良い領主なのに粉ひき屋の評判が悪ければ粉ひき屋自身が悪知恵を働かせてるだろうけど、悪い領主なら粉ひき屋も間違いなく悪質だろうね」


 なるほどね。村の近くに住んでるけど村人じゃなく、なのにお金は取られると。不正もしたらそりゃあ嫌われるだろう。


「偉ぶっちゃうわけですね。自分たちの方が立場が上だと」

「その通りだね。ま、そもそもごろつきのたまり場になってることもよくあるから、粉ひき屋とつるんでたら村人からはよく思われないのさ。賊を追ってたら粉ひき屋にたどり着くのはよくあったよ。罰金だけで牢には入れられなかったけどね。……ダークエルフの里の粉ひき屋はちょっと具合が違うのかい?」


 ベルナートさんの質問に、ディアラが「はい……。里の粉をひく人は特に嫌われてませんね」と、答える。

 足音が聞こえてきた。デレックさんが戻ってきたものらしい。


「計量はしますけど、別に問題は起こったことないです。そもそも私たちは里ではあまりパンを食べませんが……」

「ダークエルフはジャガイモはよく食べるって聞いたなぁ」

「そうですね、ジャガイモはどの里でも食べていますね」


 すまないね、途中で抜けちゃって、とデレックさんが顔を出してくる。


「部屋はどうだい? 気に入ったかい?」

「ええ、いい部屋だと思います」

「それはよかった」


 粉ひき屋談義を切り上げ、俺たちは一応、向かいの槍の部屋の方も見たあと、1階で宿泊の手続きをした。

 部屋割りは特に変わったことはなく、俺とイン、姉妹で1部屋ずつ入り、兵士の3人はそれぞれ部屋を取った。


 ちなみにトイレは1階に公共のがあり、風呂場はなかった。ただ、村には公衆浴場があるとのこと。他にも小川があるので、そこでも水浴びはできるらしかった。

 《水射ウォーター》があるので最低限のことはできるが……まあ、こんなもんだよね、と俺が内心でガックリきたのは言うまでもない。


 川が冷たくないわけもないだろう。熱い湯舟に浸かるのは、自分で用意するなり自作する方が早いかもしれない。お湯は出せるからね。

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