第7章 フィッタ襲撃
7-1 木材の村フィッタ (1) - ホワイトアスパラガスと薪割り
ノルトン北部駐屯地からおなじみの情報量の少ないのどかすぎる地を1時間ほどのんびりと走ったところで、馬車が歩みを遅くしだした。
「着いたみたいだね」
ベルナートさんの言う通りで、マップはとある集落の入り口で止まったようだった。
俺を示す赤枠のマークの上には、「ベルガー領フィッタ」という文字がある。集落の面積は、メイホーよりもいくぶんか広いようだ。
馬車から見えていた景色も多少変わっていて、セルトハーレス山でも生えていたようなスラっとした針葉樹の木々が見えてくるようになっていた。
村に入る前の広場には材木置き場があって、そこには切り出した丸太がそのままぼんといくつも積み重なっている。
2Dマップでも、フィッタは濃緑色の丸い小さなコケのようなマーク――無数の木々で取り囲まれている。
メイホーは道が3つに分かれていたものだが、フィッタはいくつかの小道はあるが、レプロボス川に向かって東に緩やかにカーブしていき、ある地点から二手に分かれている。そのまま川の方に向かう道と、山の方に向かう道でだ。
「北部駐屯地からか?」
「ああ。中にいるのは泊まり客だ」
「そうか。お疲れさん」
「あんたもな」
男二人のごく短いやり取りが聞こえてきたかと思うと、かつてメイホーで見たような十字槍に革の胸当てをつけた男性が馬車に顔を出してきた。
体型的にはプチマッチョ程度だが、坊主にヒゲで顔もいかめしい彼は、馬車内の密輸品でも探すかのように丹念に俺たちに視線を這わせていたが、ベイアーやアレクサンドラに目を留めたかと思うと、やがて姉妹にも目を留めた。そこで彼は意外そうな顔をしたが、結局特に何も言わずに持ち場に戻った。
馬車が動き出した。
俺は内心でほっと息をついていた。見に来た兵士も懸念といえば懸念だったが、騎手の彼の方が特に何も語らなかったことにだ。
今の俺たちの馬車を動かしている騎手は警戒地にいた兵士の人だ。ガンリルさんの馬車を動かしていた人はプルシストやミノタウロスを運ぶ方にまわされているものらしく、彼が代わりに手綱を握っている。
俺は馬車に乗り込む前に彼と“握手”をした。彼は俺がレッドアイを分断するところを、後ろで見ていた人らしい。俺はそんな彼に口止めをすっかり忘れていたのだった。
まあでも、あんまり口止めばかりやってもなと思う。だいたい、全員の口止めができるわけもないし、その点では口が堅そうな彼だ。別にいいかなとも思う。
人が秘密を漏らすか漏らさないかの不安については、500年前の文明の人々に対しても変わらないようだ。まあ、当然だね。安心できるようになるのは、脳が機械の支配を受けるようになる途方も無い未来だろう。
馬車が村に入ってまもなく、
「馬車が入るぞ!!」
「ういー! 馬車入るぞ!」
という男たちの雄々しい叫び声。
幌馬車からは間もなく、門番兵が2人と拒馬――木の杭をバッテンにした馬の侵入を防ぐ柵――と、先を鉛筆のように鋭く削った丸太を並べてつくった頑丈そうな門が見えてきた。
顔を出してみると、ログハウスに茅葺き屋根をつけた建物群――もちろん日本家屋ではない――と丸太をかついだ半裸の男たちがいた。その一人のドワーフの眼差しがずいぶん攻撃的というか、陰気だったので目を逸らした。
伐採をよくしてるからか、村は木の香りが濃いようだ。村の周りは10mはありそうな木がニョッキニョキ生えている。
コッコッと、聞き慣れない軽快な音が前方から聞こえてくる。もちろん鶏ではない。薪割りでもしてるのかな?
メイホーも木々に囲まれた自然豊かな村だったが、フィッタ周辺の木と比べると木々の葉の色は薄く、背の高さもここほどではなかったし、家も石造りだった。石だって立派な自然物だが、フィッタは木造建築が多いようで、レプロボスと名のついた川も近くにある。
分かりやすく実感しやすいのはフィッタのような気もするが、「自然との共存力」ではどっちが上なんだろうな。もっとも田畑の類は、フィッタ周辺にはあまりありそうにないのだけど。
オランドル隊長たちからはフィッタは山の男と狩人の村と聞いてはいたが、馬車内での追加の情報によれば、フィッタはくわえて伐採を生業とする村であり、木こりの多い村らしい。
かつてギルドでアレクサンドラとベルナートさんに説明を受けたものだが、フィッタはベルガー伯爵家の領地だが、ベルガー家と仲が良いホイツフェラー家の者がよく出入りしているらしい。
ホイツフェラー家は代々、七影で斧のスペシャリストである
『さすがにもうメイホーの時ほど目を輝かせんな?』
インが外を見ている俺のところにきて意味ありげにそんな念話を飛ばしてくる。懐かしい話だ。
――いや? じゅうぶん目を輝かせてるよ?
俺自身はそれなりにワクワクしてるつもりなんだが、インがそう言うなら、あの頃よりも落ち着いてるんだろう。
『ほう。説教をしてるゴブリンでもいたか?』
俺は笑みをこぼしつつ、いたらいたで嬉しいよ、説教されるのは嫌だけどねと返す。
馬車がゆっくりと駐車していき、俺が見ていたフィッタの街並み――ログハウスの街並みが現れる。
>称号「3つ目の街に到着した」を獲得しました。
「またメイホーとは違う感じの自然豊かな村だね。山村って感じだ」
「そうだのう。……この村はディアラとヘルミラはいくらか馴染みがあるのではないか? 木々に囲まれておるし」
というインの問いかけに、確かにそうですね、と外に視線を寄せたディアラが同意する。長い耳がピクリとわずかに動いた。
「家の作り方や生えてる植物などは違いますが……空気が似ていますね。マツの木の香りが清々しいです」
動いたのは耳だが、言葉通り実際に空気もしっかりと嗅ぎ分けているんだろう。ディアラの声音は穏やかだった。ヘルミラもそんな姉と同じく、少し目を大きくさせて俺の横にある景色に興味がいっている。
それにしてもあの背高のっぽたちは、マツか。
「丸太をああやって積み上げないってこと?」
「そうですね。あまりああいう風に家は作りませんね」
ログハウスというと、伐った丸太の形を残してほとんどそのまま使うのと、普通の木材ほど薄くはないものの「丸太感」もだいぶ減る四角く切り出して組み立てる2種類の工法があるが、ここでは前者の工法を用いられているようだ。
両親を別荘に送り出す際に色々調べてみたものだが、建築界隈では前者はハンドカット、後者はマシンカットと呼ばれていた。
名前のままにハンドカットは丸太の形を整えるのが人の手による手作業であることから、マシンカットは大規模な機械によって丸太をカットすることからだ。
転生前には、やはりログハウスならハンドカットだろうと思いつつも、建設の時間がかかることや、大量生産に向かず費用がかさむことなど、様々な懸念事項に現実を思い知らされたりしていたものだが、ここではすんなり納得ができるようだ。
機械なんてないだろうし、男たちが丸太をかついで街中を練り歩いてるくらいだしね。
魔法は確かにあるし、身体強化系や飛翔系魔法が建築現場で有効なのは言わずともわかることだが、建築で魔法を有効活用する魔導士が一体どれほどいるのか。
今のところはこの世界の街並みに「魔法がある感」は薄めだ。ほうきに乗った魔法使いが街中の上空をびゅんびゅん飛んでるような世界観でもないようだしね。
ゆっくりと馬車が止まる。
顔を出してきた騎手の彼から降りてくれと言われたので、言われたままに馬車から降りる。
着いたのは厩舎だが、でかい。作りこそ似たり寄ったりの木造厩舎だが、メイホーの倍くらいの広さがあるようだ。壁はちょっと変わっていて、大きめの硬い植物の茎を編み籠の編み目のように編み込んで作られてある。
「明日の朝にまた来るので。厩舎にいます。私の名前、バーニーの名前を出してもらえれば」
控えめに笑みをこぼしたじゃっかん目の据わった騎手の彼――バーニーさんからの朝というワードに俺は内心で苦笑した。
ろくに時計がない中での日時約束はもう仕方がないと割り切れるが、この世界の「朝」というのは6時とか7時、下手したら5時とかなので、これもまた困るところだ。
この世界でちゃんと朝方に起きた経験は、俺はまだ一度しかない。
ガンリルさんとの晩餐で酔った後、日が暮れた頃に寝た時だ。夜になる前に寝た経験なんて、まだこの時だけだ。
「時間がずれた場合、北部駐屯地までの馬車ってここから出ますか?」
「ありますが……」
いくらか怪訝な表情になるバーニーさんに、朝起きるの遅いんです、と伝える。なるほど、と数度頷くバーニーさん。これで納得できる? まあ、いいか。
「だから来なかったら適当に出発してください」
「あ、私たちが伝えにいきますよ」
ヘルミラのそんな申し出に、「じゃあ、お願いしようかな」と答える。
「分かりました」
彼は胸に手を水平にあてて軽く敬礼したあと、去っていく。握手をお願いされた時も思ったが、結構畏敬の念が強いものらしい。討伐直後はそこまででもなかったが、別の場所にいるとちょっと気恥ずかしいね。
彼はそうして厩舎から出てきた革のエプロンをつけた男性と話をしだした。ここの厩舎は獣人ではないようだ。
改めてフィッタの町並みを眺めた。
改めて見てみてもフィッタという村は、強い木の香りのままに、木の村といった印象を裏切ってはくれない。
メイホーのように家々の合間を縫って木々や低木が生えたりはしていないし、緑色は少ないが、丸太小屋の多さと、そこらじゅうで見かける丸太材や木材は、この村ほど木と近しい村もないという考えを頑なにさせる。
当然のように、ケプラのように色味の強い服を着ている人は少ないし、手狭だが情報量の多い都市的な雰囲気はこの村にはない。商人は訪れるかもしれないが、階級の高い住人は少ないだろう。
だが意外にも、メイホーよりも落ち着いた村の雰囲気があって、家の前では6人くらい腰掛けられそうなテーブルセットでのんびりしている人がそこかしこで見られる。道もずいぶん広い。
聞こえてきた小気味よい音はやはり薪割りの音だったようで、先の方で男たちが斧を振りかざしたり、丸太の表面を削ったりしているものらしい。うざがられない範囲であとで見物に行ってもいいかもしれない。
木の村、伐採の村という印象だけでなく、狩人の村というワードを裏付けるように、革の装備をつけた傭兵風の格好の人も通りには少なくない。
十字の槍を持ってるのが警備兵のようだが、十字の槍を持ってふらついてる人は特に見かけない。
腰からみんな揃って手斧――木槌を提げている人も多いようだ――を提げているのはお国柄ならぬ「村柄」とでも言うべきか。丸太をダイナミックに使った柵に斧が無造作に何本も刺さっているのは、便利だなと思う。
ガードレールじゃこうはいかない。せいぜいスーツをひっかける程度だ。真っ白くなるかもしれないのでとくにしたことないし、ひっかけてあるのはそうそう見たことないけどね。
「面白いものありますか?」
見ればヘルミラは俺に向けて眼差しを緩めていた。ディアラもアレクサンドラも俺の動向を観察していたようで、目線が合うといくらか表情を緩められる。毎度のこととはいえ、いかんいかん。
「あるよ、色々。あとで村巡り付き合ってね」
はい、というヘルミラとディアラの揃った声のあとに、「宿に向かうかい?」と反対側からベルナートさん。見ればベルナートさんも、俺の動向を生温かく見守っていた様子を見せている。
彼は実年齢も俺よりも年上の人なのでいよいよ気恥ずかしい。
「そうしましょうか」
「フィッタには『赤斧休憩所』と『涼風とトウヒの木亭』の2つの宿があるよ」
頭皮……なわけはないだろうが、トウヒってどんな木だろう。
「高いのと安いのですか?」
「そうそう。涼風とトウヒの木亭はケプラの『赤い土の宿』と似た宿だね」
涼風とトウヒの木亭は1泊700ゴールドだったか、とアレクサンドラ。
「そのくらいだった気がするね」
赤い土の宿はアランたちが泊まってるケプラの宿だ。安宿とは聞いている。部屋の内装とかトイレがどうなってるとかの内容の方までは聞いていないが、ヴァイン亭の内装を想像している。
「赤斧休憩所は個室がちゃんとあるし、ベッドもシーツも清潔だし、物もちゃんと預かってくれるしでいい宿だって聞いてるね。一泊いくらだったかな」
「2,000ゴールドですね」
待て待て。“個室がちゃんとある”? どういう宿なんだそこは……。
「2,000か。……そういえばベイアーが従者をやってたのはなんていう人?」
「ブレットナー男爵ですよ」
「ブレットナー氏か」
「私は彼とは話したことあるな。なんというか……変わり者だとは思った」
「まあ、そうですね。気分の浮き沈みが激しい人でもあるんですが、俺はそれで従者を首になりましたよ」
と、そんな3人の会話。あまりいい主でなかったのか、ベイアーは口をへの字にして肩をすくめた。
個室がない宿とはどんな宿なんでしょう? と訊ねてみる。
「あーっと、……暖炉や囲炉裏の周りでみんなで寝るタイプの宿だね。紛争地域の村や人口の少ない村だとよくある宿の形式だよ。出産で奥さんが亡くなって部屋に余裕ある人の家も宿になってたりするね」
ベルナートさんはいくらか気づかわし気にそんな解説をした。なるほど……。まあある程度客が見込めなければ商売あがったりだしな。
「物を盗まれたりしませんか? まわりはみんな見ず知らずの人でしょう? 」
「絶対ないとは言えないね。盗まれて不安のあるものはみんな倉庫に預けたりするよ。でも俺の知る限りでは、市に宿泊施設として申請している宿なら主人は少なくとも盗みはしないと思うよ。もちろん治安がそこまで悪くない街の場合だけどさ」
宿側としてはそれなりにしっかりしているようだ。
「……ちなみにオルフェでの窃盗の刑期はどのくらいですか?」
「刑期? 刑罰のことかな?」
「あ、はい」
「絞首刑だね」
げ……容赦ないな……。
「子供がパン1個盗むくらいならまあ、叱られたり、1日牢獄で反省するレベルだけどね。宿の方でも窃盗しそうな人が同席するなら、倉庫に預けてくれって言うと思うよ」
ふうん……色々事情はあるようだが……宿を選ぶって言ったら、まあ高い方だよね。金があるのにわざわざリスクをおかす必要もない。金櫛荘の1/4の価格だし、トイレとか風呂とかはあまり期待しないでおこう。
「オランドルがダイチの殺したプルシストを手配したのはどっちだ? 別の料理店か?」
意外な内容だったからか、単に急だったからか、インの質問に軽く目くばせする3人。俺がちょっと恥ずかしい心境になったのは言うまでもない。
「俺は聞いてないけど、たぶん赤斧休憩所じゃないかな? あそこはいつもプルシストの解体もしてるし、解体の腕もいいらしいしね」
「うん、私もそう思う」
「よし。じゃあ赤斧休憩所に決定だな! わざわざ安宿に泊まる理由もなかろ?」
そうなんだけどと思いつつ、まあねと俺は返す。インはほんと色々とストレートだ。
「そういえばダイチ君。僕らも同じ宿に泊まってもいいかい?」
「え? はい。全然構いませんが……」
なんでそんなこと聞くんだ? 疑問の湧いた俺の心境とは裏腹に、ベルナートさんがありがとうとニコリとして、アレクサンドラと目くばせしたあと、ベイアーとも目くばせした。
「じゃあ、赤斧休憩所ですね」
「赤斧休憩所はこの道を行った先、村の奥にありますよ」
ベイアーが体をフィッタの方を向ける。村は右に緩くカーブしているため、宿らしき大きな建物の一部分が見える。
「なぜ同じ宿に泊まってもいいと聞いたんですか?」
俺の質問のあとにはちょっと間があり、各々考える素振りがあったが、
「他国は分からないけど、オルフェの貴族は一般的に下々の者と寝床を共にしないからね。なかには同じ宿にすら泊まりたくないっていう人もいるのさ」
と、ベルナートさんから教えられる。なるほど。
これに関してはさすがの俺も見知っている貴族にまつわる与太話だが、少々寂しくなる話だ。ベルナートさんたちには寂しいという感情が同席しているようにはあまり見えない。
階級制度のある世界の常識を教えられもするし、きっとそのうち出くわすであろう単にいけ好かない貴族の平民嫌い含め、教養のない者はろくなことをしないという現代にももちろんある学歴主義的な常識が透けて見えもする。
赤斧休憩所に向けて歩き始めてまもなく、頭に深めのカゴを乗せた元気な少年と少女の二人組が軽く駆けてくる。
カゴには白い布が敷かれているので、弁当みたいなものだと思ってみるが、カゴの中にある芋らしき物体と緑色の物体が彼らが走る度に跳ねるので、落ちてしまわないか、俺にちょっとひやひやする気持ちにさせてくる。
「ここって山の幸とかって豊富なんですか?」
「山の幸?」
「山で取れる野菜です。キノコとか……ハーブとか?」
言いながら、ごぼうなどの“木の根っこ”をはじめ、当時の西欧は日本に比べると食する野菜の範囲は微妙に狭かった気がした。ハーブ文化はあるんだけどな。
「ああ、なるほど」
納得して頷いたベルナートさんだったが、「あまり詳しくはないけど、どうだろう」と、考え込む様子を見せる。
アレクサンドラも、「ラユムンドなら食材に詳しいんですが……」という言葉。アレクサンドラは料理が得意そうでもいいが、そうではないようだ。牛肉が主産業の一つなのは聞いているけども。
「俺が赤斧休憩所に泊った時は、宿でちょうどホワイトアスパラガスが手に入った時でしたよ」
「ああ! ホワイトアスパラガスがあったね。食べたことあるかい? 春を呼ぶと言われてるアスパラガスだよ」
おお、アスパラガスか。
とはいえ、俺はいや、と首を振った。普通のアスパラガスならもちろん食べたことはあるが、白いものはとくに食べた覚えはない。存在は聞いたことがあるような、ないような。ありそうではある。
「普通の緑色のアスパラガスならありますね」
「今の時期はホワイトアスパラガスは旬だから、もしかしたら食べられるかもね」
アスパラガスは好きなので、白くなくとも堪能できそうだ。
そういやマヨネーズってあるのか? 確か卵に酢に……油とかだろ? 俺でも作れそうではあるんだけど。
人で賑わっていたので右手の方を見てみると、野菜や果物が並んでいる通りだった。市場のようだ。
手前の方にキャベツやアスパラガス、細いツクシのようなものと、なにかの植物の葉茎が見える。奥の方には黄色い小さな花に、さらに奥のブースにはリンゴなどもあるようだ。
「ああ、ラオリオもこの辺りではよく食べられてますね」
アレクサンドラは俺の視線を追ったらしい。ということはあの葉と茎はタンポポか?
「あそこに並んでるのラオリオですか?」
「そうですね。子供がよく摘んでいますよ」
売り物になるんだな。
ラオリオはこの世界でのタンポポの呼び名だ。語感が似ているが、ライオンのモチーフにもなっていて、この世界のライオンはラオリオンと呼ばれている。
タンポポについては俺は実食はしたことはないが、食べられることは知っている。コーヒーでもあるよね。俺は揚げ物のイメージが強いけど。
ラオリオに気を取られていると、今度は右手前方からカッコッという小気味よい薪割りの音が聞こえてくる。
生で薪割りの現場を見たのは初めてだが、なんていうのか結構地味で、分厚い木の台座に30センチほどに伐った切り株を置いて、斧を振りかざしているだけのようだ。それをひたすらに繰り返している。
地味に思えたのはおそらく俺が薪割りの現場を見たことがないのと、小説やらアニメやらの創作物で、剣でシュバシュバっと華麗に斬るシーンくらいしか覚えがなかったからかもしれない。
現場の彼らの薪割りには技術的に優れたものがあるようには見えず、本当にただ斧を降り下ろしているだけといったように見える。わんこそばのように、別の人が新しい切り株をすばやく置いてくれるといったこともなく、時折ふうと息をつきながら、自分で切り株を土台に置いている。まあ、危ないしね。
高いポーションで潰された腕が完全回復する一方で――縫合はうまくやれそうだけど――手術も満足にできなさそうな世界だ。手首に斧を振りかざしたらシャレにならないだろう。
今はシラカバを割っているものらしい。2人の体つきの良い男性が薪割りをしているのだが、周りには大量の割ったシラカバ材が置いてある。
彼らのすぐ近くでは、ドワーフの人が割ったシラカバに斧を入れ、体重をかけて細かくしているようだ。薪だろうか。
「あれって薪用ですか?」
「そうだろうね。ケプラ周辺では、薪はフィッタのシラカバをよく使うよ」
「うちの騎士団の薪もフィッタのものを使っています。昨年の冬は……少し薪が足らなくて大変でした」
アレクサンドラの回想に、ベルナートさんが少し難しい顔をしてうんうん頷く。やっぱりそういうのあるんだな~。もちろん、牛もヤギも田んぼもろくに見たことのないような俺が薪を使ったことがあるわけもない。北海道にいたら多少は違いそうだけど。
「ダイチが薪割りをしたらさぞ効率が良いだろうの~」
インがそんなことをこぼしてくる。
そうだろうなとはメイホーにいる頃から思ってたけど、実際の現場を見ると、ちょっと手伝いにくくはなる。あんまり手伝うと自分たちのしていることが馬鹿馬鹿しくなってやらなくなる恐れがあるからだ。
俺のそんな心境とは裏腹に、頷いたベルナートさんをはじめ、みんなが同意を寄せる類の言動を見せていた。姉妹ですらも頷いている。
薪割りはともかく、身内内でなら、“あれ”をやってみたい願望はある。
さっきも触れたが、切り株を空中に放って、剣でも《魔力装》でも何でもいいが、シュパシュパっと切り刻んでしまうやつだ。同様に野菜を空中で綺麗に刻んでしまう料理漫画の1シーンが浮かんでしまった。なんにせよ襲い掛かってくる狼に見えない一撃を繰り出すくらいなので、簡単に出来そうな気がしている。
まあ……出来ようが出来まいがどうでもいいんだけどね。(笑)
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