6-31 山の剣と足の骨


「討伐は終わりだ! 警戒は維持!! 山には香り袋を焚け!! いくらでもな!!!」


 歓喜の情を隠さずに叫んだロウテック隊長の言葉に呼応して、兵たちが再び歓声をあげる。いくらでもって。ロウテック隊長が俺たちの元にやってくる。


「お見事でした、ダイチ殿。北部駐屯地に伝説が出来ましたね」


 清々しくそう言い放ったロウテック隊長は晴れやかな表情だ。


 むずがゆさと、もうどうしようもないけど噂にあまり尾ひれつかないでほしいという2つの心境を内心に、苦笑だけして何とも言えずにいると、ロウテック隊長はレッドアイの死体に視線をやった。

 レッドアイは当然だが、俺によって分断された半身をピクリとも動かずに、仰向けに倒れている。地面に血を流して。


 後ろに倒れてくれたことで俺は彼の体内の内部構造を何も知らないでいることができている。俺は胃腸を悪くしていた時期に、勉強も兼ねて散々臓器の画像は見たりしたので、おそらく臓器を見て吐気を催したりはしない性質とは思ってはいるが、見なくてすむのならそれに越したことはない。血もあるしね。

 レッドアイないしミノタウロスがどういった体内の構造になっているのか気にならないわけではないが、別にそれは話でも文字でも知ることはできる。


「しかしレッドアイが来たのは不運でした。今回は幸い使う前に倒せましたが……奴は他にも重力魔法を使ってくるのです」


 重力魔法! すごいなこのミノタウロス。

 でも、重力魔法は俺には効かないだろう。ジル戦できかなかったものが、ここでは仕様が違うというのも少し考えにくい。俺的にはあの強風の方が厄介だった。あの強風のせいで、ディアラを助けに行くのがギリギリになってしまった。


 何度も香を焚いていたお馴染みの兵と、兵士4人ほどが山の方に向かっていく。

 ディアラもエリゼオも話に加わってこなかったので、とりあえず「厄介ですね」と相槌を打っておく。ロウテック隊長が見たので俺も続けばアレクサンドラとベイアーも悠々と歩いてやってきた。二人とも晴れやかなものを表情に乗せている。マップでも、赤点はかなり奥にいかなければない。


「ええ。エリゼオ君のフリクトベローのような対策が出来ればいいのですが。いかんせん奴は普段出てきません」


 そう言ってロウテック隊長は、今度は地面に刺さったエリゼオの青色のロングソードに視線を寄せる。フリクトベロー?


 「フリクトベローって?」と、エリゼオに目をやると、昔の剣士の名を冠した剣だ、という返答が返ってくる。


「何か魔法効果あるの?」

「ああ。こいつには魔法反射の術式が付与してある。奴の重力魔法用にな。……さっき出したのはちょっとした防御結界みたいなものだ。大したものじゃないが、致命傷は防げただろう」


 なるほどね。やはりそれなりにいい剣だったらしい。


 と、イェネーとホロイッツと話をしていたオランドル隊長がやってきて、「見事な一撃でした、ダイチ殿」とロウテック隊長と同じく讃えてくる。武骨な彼にしては珍しく爽やかめな表情だ。どもども。


「当初は腕に覚えのある貴族のお坊ちゃんかと思いましたが……とんだ見当違いでしたね。私もまだまだのようです」

「まあ、……俺相手じゃなければ見識は正しかったかと思います」

「ふむ。つまり、ダイチ殿を疑る当初の私の態度は許していただけると?」


 オランドル隊長は口元を緩ませて饒舌にそんなことを言ってくる。


「慣れてますから。どうしたものかといつも考えてます」


 と、肩をすくめてみると、俺たちの間でささやかな笑いが起こった。


 インとヘルミラがやってきた。「ようやったのう、ダイチ! あっぱれだの」と、レッドアイの方を見ながらイン。


「ご主人様、すごかったです!」


 ヘルミラが両手を握ってアイドルポーズをしてくる。


「まあ、なんとかね」


 ご主人様、というか細い声が聞こえたので見てみると、「すみません、動けなくって……」と、ディアラがしょげた顔をしていた。

 俺はディアラの肩をぽんと叩いてやる。


「仕方ないよ。結構大迫力だったし、前情報も特にもらってなかったしね。そもそもレッドアイが出るとは思ってなかったし」

「はい……」

「よくやってたよ、ディアラは。堅実に仕事をこなしてくれてたと思うよ。狼を一撃で仕留められなかった頃が懐かしいよ」


 ディアラが恥ずかしそうに苦笑した。


 そんなディアラの心境をほぐしつつなやり取りだったが、周りのみんなの表情は穏やかなものだ。

 それはもちろん一番の懸念事項があっさりと終えたことによるものもあるだろうが……レベル的な意味で、天賦の逸材っぽいジョーラなどとは違い、人並みの苦労というものを知っていそうな歴戦の戦士ばかりだ。同じく努力を重ね中のディアラの言動を見て自分や身近な兵の新米の頃でも思い出したりしているのかもしれない。


「まあ、助けてもらえるうちに色々と学んでおくことだ。なかなかそういう機会に恵まれずに死ぬやつも多いからな。……お前は運がいいよ。こんな奴はそういない。腕は磨けば光る。でも運は磨いても光らない」


 エリゼオの名言に隊長二人やインがそうだな、と頷く。ディアラも頑張ります、と小さく頷いて意気込んだ。

 エリゼオの“こんな奴”呼ばわりで、俺にまた視線が集まったのはあれだが、エリゼオは意外と面倒見がいいようだ。らしいといえばらしいけど。


 そんなところに兵士が1人やってくる。兵士は俺を見てニコリとした。酒場で騒ぐのもほどほどに、俺のいないところで頼むよ。

 ロウテック隊長が、このままでいい伝えろ、と告げた。


「浅い場所にはプルシストもミノタウロスもいません。香り袋撒きも問題ないようです」

「そうか。セティシアの警戒地に伝令は行ったか?」

「まだです」

「じゃあ、うちのことを伝えるついでに伝令をやってくれ。俺たちも日が暮れないうちに山の警戒の準備をするぞ。兵たちにはあまりドンチャン騒ぎしないように言っておけ。ああ、それと、レッドアイの解体を先に進めろ。ミノタウロスについてる解体師を引っ張ってでもな」

「了解です!」


 やっぱ一応解体するのね。


 ミノタウロスは、何匹かは川に運んでいたが、他は近場の見えないところで角や爪を取ったりしているようだった。股間に剣を突き刺しているのが遠目で見えた時はちょっとぞっとした。

 ……そういえば、解体し終えたあとはどうするんだろう。今は人が多いし、あとでアレクサンドラかベイアーにでも聞くか。


「あとは<山の剣>がちょっかいを出さなければいいんだがな」

「ああ。元アマリア兵もいるらしいからな……」


 オランドル隊長の言葉に、ロウテック隊長が同意して、そのうち連合軍にでもなるんじゃないか、と毒づく。


 山の剣?


「<山の剣>とは?」

「ん、ああ。この辺りで活動している山賊ですよ」


 山賊か。<タリーズの刃>と言い、メイホーのなんとか団と言い、エルマの旦那さんを殺した獣人と言い。どこにでもいるな。


「プルシストたちの生息域の東、フィッタから北東に行った山の中腹に奴らの根城があるんです。もっとも、拠点はゲラルト山脈の深い方にあるようでしてね。まあ、どっちにしても気軽に踏み込めない地です。……首魁のクラウスは放浪騎士で、元々ルートナデルの兵士だったそうです。私やオランドルはしばらく聞いていませんが、結構腕も立つそうですよ」

「あと人望もある」

「ああ。拷問しても奴らは口を割らないしな……。数も多ければ、魔導士も召喚士もいるし。参謀もいるでしょう。近頃は静かなものですが、我々駐屯地兵が手を焼いている連中です」

「なるほど」


 魔導士も召喚士もいるとか厄介だな。壊滅したらしいが、<タリーズの刃>とどっちが脅威なんだろうか。というか、召喚士っているんだな。


「静かにしてる間によからぬことを考えてないといいが」

「ああ。また被害が増えるのかと思うと頭が痛いよ」

「どのような被害があったのですか?」

「だいたいは輸送馬車の襲撃ですね。この辺を通る際には、重々警戒するように言ってるんですが……どうも油断している馬車はしっかり狙ってくるようなのです。まあ、そうでなくとも、セルトハーレスを横断するアマリア行きの商団も何度かやられてますが」


 そう言って、ロウテック隊長は眉間にシワを寄せて軽くため息をついた。短いが深刻なため息だ。色々と思うところがあるのがありありと分かる。


 管轄という考え方があるのかは分からないが、この辺りで被害が出るとすれば、駐屯地に責任問題がいくだろうか。でも、商団の馬車というと結構な金が動くだろうし、そんな大事な馬車なら商団は商団で事前に用心棒の類を連れていくだろう。

 責任問題云々が入るなら、駐屯地の隊長はころころ首がすげ替わってるところか。もっとも、もし仮にすげ替わっているとするなら、隊長二人の間で旧知の仲といった風には愚痴が出ないだろうし、戦いの中でああいった明確な指揮系統の確立と、見事な連携はできていないかもしれない。まあ、問題が起こってすぐに隊長を交代させるほど、隊長に相応しい人物が余っているようには特に思えない。ホロイッツみたいな人が隊長になったら目も当てられないだろう。


 そんな話の最中に、血塗れの前掛けを着た太っちょの労働者風の人と、似たような服装の若い男性、それと兵士数名がレッドアイの死体の方に向かう。

 兵士は台車を押している。前掛けの人は解体屋の人かな?


 ミノタウロスは運んでいるのを見たが、ミノタウロスよりも大きなレッドアイは厳しいんじゃないかとそう思っていたら、兵士の一人がレッドアイの首元に向けて思いっきり斧を振り上げたのを見て、見るのをやめた。いくらかバラして運ぶようだ。ホロイッツが彼らの元に向かっていった。手伝うんだろう。


 気付けばロウテック隊長が俺のことを見ていた。視線が合う。何を考えているのかは分からなかったが、彼は眉毛を持ち上げながら、少し首を傾けた。表情が崩れる。


「そういえば、ダイチ殿や他の皆さんはまだここに逗留してもらえるのでしょう?」

「あ、はい。2,3日ほどいてくれとは聞いてます」

「ふむ。エリゼオ君もだろ?」

「ああ」


 ロウテック隊長が腕を組んでうんうん頷く。


「心強いです。泊まりはフィッタに?」

「ええ。雑魚寝でうるさいでしょうから、とオランドル隊長から念を押されました」


 オランドル隊長を見ると、彼は眉を上げて、事実ですからと告げてくる。ロウテック隊長が肩をすくめた。


「兵たちは“雑魚寝がベッド”のようなものですからね。さすがに女を連れ込むことはしないようですが」


 笑い声こそなかったが、各々肩をすくめたり、笑みを浮かべる。ロウテック隊長もこの手の冗談言うんだなぁ。


「まあ、夜の警戒は我々がやるので、今日は体を休めてください。明日の警戒については何もなければ、プルシストを少し狩るだけになります。状況次第では、セティシアの警戒地に応援に行くかもしれませんが」

「分かりました」


 夜には俺は活動できないので、その辺は助かる。もし夜に出ることになったら、適当に言い訳を繕って断らなければならない。


 フィッタは初めてですか? とオランドル隊長に聞かれたので頷く。

 オランドル隊長がベイアーとアレクサンドラの名前を呼ぶ。


「フィッタまでついていってやれ。お前たちも宿に泊まるといい」


 頷く二人。オランドル隊長が見てきて、


「フィッタは山の男と狩人が多い村です。山の男と狩人は普段はおとなしいのも多いのですが、酒が入ると暴れる者がいます。狩人の方は血の気の多く、しょうもない騒ぎを起こすのも多いです」


 と、何事もない顔で物騒なことを言ってくる。


「こう言うのもなんですが、……ベイアーのような男を一人は連れていた方が問題は起こらないでしょう。奴らは“変わったもの”に目がないですから」


 今度は少し言い淀んでそんなコメントを付け加えた。変わったものとは、ダークエルフだろうか。まあ、少年少女一行もじゅうぶん変わったものだろう。


「そうでしょうね。助かります。暴れられるのはちょっと……」


 同意するように、両隊長が頷く。


「暴れたらこらしめればいいではないか?」


 インの蚊が飛んできたら手でつぶせばいいではないかといった風の横からの言葉に、話をややこしくしないでくれという内心でいると、両隊長を始め、周りのみんなは何とも言えない顔をした。

 ベイアーとアレクサンドラは、「この子ならできそうだな」という内心でいそうな納得する顔つきでインを見ていたが、今回の討伐では魔導士枠だったし、さすがにインの方はな。実際、物理的にも軽々とこらしめられそうではあるんだけど。


 エリゼオ君もフィッタに行くんだろ? と、ロウテック隊長。


「ああ。ま、気が向いたら見ておくよ。借りもあるしな」

「うむ。そうしてくれ。君ほど頼もしい男もいないからな」


 エリゼオは肩をすくめたあと、視線を逸らした。不満とかは特にないように見えるが……さっき助けちゃったからな。ちょっと皮肉に聞こえたのかもしれない。


「ああ、それと。レッドアイの解体を進めていますが、何か欲しいものは?」

「欲しいものというと……角とかですか?」

「ええ。角はさすがにレッドアイのは大きいですが角笛や粉末にして薬、装飾品にと色々と用途がありますよ。ほかにも剥製、斧や防具――防具も斧も着る者がいないので基本的に溶かしますが。鋼です――足の爪、各骨、あと睾丸もですね」


 睾丸ねぇ……。精力剤でしょ? 俺には必要ないからなぁ。今後使う時は来るんだろうか。


「レッドアイのものなら誰でも何でも欲しがりますが、足の骨を欲しがった変わった貴族もいましたね」


 足の骨。


「飾るんですかね?」

「そうでしょうね。なかなか迫力はあるかと」


 そりゃねぇ。でかい牛の足だし。イェネーさんの腕を砕いてしまうほどの足だ。……そういや、蹄って骨になるのか? 爪の類か? 爪は残りそうだが、皮膚はないし、骨にはひっついてこないよな。


「オネスト男爵の屋敷で見たぞ」

「え、足の骨を?」

「ああ。ミノタウロスのものだがな。男爵はつまらんものばかり飾ってたが、足の骨だけは良かった」

「なんで足の骨?」

「さあ。力強さに惹かれたとかなんとか言ってたぞ」


 ふうん。力強さね。かなり太いんだろうか。


 エリゼオの特に表情を変えずに述べた言葉に、オランドル隊長が「そういや、男爵は博物学者のリーロン氏の支援をしてなかったか?」


「そんな名前だった気がするな。詳しいことは知らんが、俺が男爵の家に行った時は、そのリーロンとかいう支援してる奴が牛とミノタウロスの骨の違いについて研究してるって言ってたな」


 牛とミノタウロスの骨の違いか。ちょっと気になるところだ。

 それで、レッドアイはどうしますか? と、俺にロウテック隊長。


「駐屯地の方で処理してもらっていいですよ。今後の活動資金にしてください」


 二人の隊長は少し意外そうな顔をしたあと、いくらか含みのある表情で目くばせした。ボス級の魔物っぽいし、それなりの値段になるんだろうか? まあ、駐屯地ではあまり資金が潤沢な風ではなかったし、俺は金策は急いでないからいいけども。


 ロウテック隊長が先に表情を崩した。


「分かりました。そうさせてもらいます。……では私は解体を手伝ってきます。あとは頼んだぞ、二人とも」


 ベイアーとアレクサンドラの「了解です」という言葉のあと、隊長たちは兵士たちの元に散り、俺たちもフィッタに向けて出発することにした。フィッタには、いったん北部駐屯地に戻り、そこから馬車で移動するようだった。

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