6-30 セルトハーレス警戒戦 (5) - レッド・ミノタウロス


 レッドアイ出現の知らせに、ベイアーとアレクサンドラがばっと物見を見た。他のみんなもいっせいに物見や山の方を注視している。


「本当か!? もう一度よく見ろ!!」


 叫んだのはオランドル隊長だったが、聞きなれない怒鳴り声だ。その間、ロウテック隊長が広間の方に駆けていき、立ち止まった。ホロイッツと一緒に山の方を凝視しているようだ。


 半ば身を乗り出して物見の兵は山の方をじっと見ていたが、しばらく経って、


「レッドアイです!! 間違いありません!! 目が赤い奴です!!」


 物見の確かな声に次いで、「オランドル、奴だ。間違いない!」というロウテック隊長の鋭い声が続いた。


「みんな下がれ! 弓兵たちもだ!!」


 オランドル隊長の大声は何人かの兵士を両翼へと走らせた。

 さすがに訓練された兵士というべきか、戦場はまさかのレッドアイの知らせに一瞬たじろいだ雰囲気はあったものの、隊長の声を機にみんないっせいに行動に移しだした。


 やがて広間にいる俺たちが下がるのはもちろんだが、両翼の弓兵と魔導士の面々も石塁を駆け降りてきた。ヘルミラとインも降りて、他の兵士たちとともにこちらに駆けてくる。

 そのまま射撃班は俺とイェネーがさきほど避難した辺り――散々魔物たちを殺した広間からいくぶん離れた場所で留まった。右翼も似たような場所だ。


 射撃班は俺たち前衛よりも下がった場所から迎え撃つものらしい。

 ずいぶんな警戒だが、それだけやばい相手だというのがよく伝わる光景だった。


 デミオーガやミノタウロスなどレベル20付近の魔物が一般兵士や<ランク2>程度の攻略者たちが戦う相手なら、レッド・ミノタウロスのレベル40台の魔物は隊長格の人が力を合わせてなんとか戦える相手といったところか。

 さほど動揺しているところは見ていないが、レベル37のエリゼオも、レッドアイはやはり厳しい相手なんだろうか。


 射撃班、俺たち前衛班ともにみんな武器を構えた。俺も《魔力弾マジックショット》の槍を出しておく。

 ロウテック隊長はエーテルを飲み、巨兵に手をかざした。外装的には変化はなかったが、巨兵の岩の体の色合いが濃くなったあと、薄い桃色の膜で覆われ、消える。膜の方は魔法防御魔法だが、硬くでもしたか?


 マップでは3つの赤丸がゆっくりとこちらに向かってきている。赤丸は例によって、全ての魔物で共通のマークのようで、ボスクラスかどうかの見分けはつかない。

 そもそもレッドアイが、セルトハーレス山のボスモンスターであるというカテゴライズがされているかというのもあるけども。


 ミノタウロスだったらもう駆けてきている頃なんだが……3匹はゆっくりと進軍してきていた。


 先頭のミノタウロスの薄いシルエットでは、目の部分で確かに2つ赤く光っている。発光しているものらしいが、少し濁った、血のような赤のように見える。あまりいい色ではない。

 レッドアイの特徴はあとは前腕が炭化しているくらいしか聞いていないが……。


 やがて山の影から出てきたレッド・ミノタウロスは、後ろにいる3匹のミノタウロスよりも大きかった。察するに岩石の巨兵と同じくらいで、3メートルくらいのように見える。

 聞いていた通りに赤い目や炭化して黒くなっている前腕もあったが……


 えんじ色の四肢を覆う、ミノタウロスコマンダーが着ていたものより明らかに上等な鈍く光る金属の鎧。首から下がった、何個もの頭蓋骨――グラスエイプのものか、人間のものか――を繋げたネックレス。肩と腰には血のような斑点がついた使い古しの灰色の布。筋肉が隆起した体の節々についている無数の傷跡。


 もちろん顔面は牛だ。ただ、ずいぶん落ち着いていた。ミノタウロスが野蛮なら、コマンダーはどこか斜に構えた感じがあったが、彼の場合は歴戦の強者といった風格を醸し出していた。


 他のパーツも色々と違う。牛の鼻の穴からは金色の鼻輪が下がり、アゴから伸びた長い髭は二本に結ばれていた。

 印象的なのが角だ。真っ白で、半ば波打ちながら、孤を描いている。ミノタウロスやコマンダーの角は牛がそうであるように頭突きで相手を刺し貫くことに重きを置いていたせいか角の先は空に向いていたが、レッドアイは内側に向いている。


 そして、身の丈半分もありそうなほど真っ黒い刃――黒いのがアダマンタイトだとすれば、七竜のジルが使っていたくらいだしヤバい代物だが、40台のレベル的には可能性は低そうだ――を持った巨大な斧だ。

 異様なほど太い巨腕も含めて、斧を振り回せば、人体など簡単に引き裂けるのはありありと分かるところだ。


 俺たちを見据えていたレッドアイがふと立ち止まった。アゴを動かすと、後ろにいた3匹がレッドアイの前に出てくる。そして、3匹が駆けてきた。先に行かせるようだ。

 偵察目的なら一番は手元に1人か2人か残しておくべきだろうが、賢い。知性はコマンダー並みか?


「射撃班撃て!!」


 観察していると、オランドル隊長が叫ぶ。

 すぐさま無数の矢と魔法がミノタウロスたちを襲った。その中には他のと比べて明らかにサイズが大きく内包している魔力量もすごそうな2つの火の玉があり、1匹のミノタウロスの顔面と胸を焼いてただちに地に伏せさせた。あれほど巨大な火の玉はまだ見ていない。インじゃないだろうか。


 遠距離部隊は惜しみなく攻撃を仕掛けたようで、結局ミノタウロスは1匹も俺たちの元に来ないまま、3匹とも地に伏せた。

 1匹はかろうじて息があったが、追撃して放たれたベルナートさんのものらしき白い矢が額を穿ち、間もなく動かなくなった。


「遠距離班止め!! 次準備しとけ!!」


 オランドル隊長の指示が飛んでいたが、……一方で、レッドアイに動きはなかった。


 そもそもレッドアイは目の前で仲間がやられているのをじっと見ていただけだった。

 ミノタウロス間に大した仲間意識はなかったのだから、彼もまたそうなのだろうが、余裕なのか、愚鈍なのか。ああ見えて、頭の中ではしっかり対策案を練っているのか。コマンダーは余裕たっぷりだったが……不気味な挙動だ。


 何も起こらない短い時間があった。兵士たちも構えつつ、厳しい眼差しで見守るばかりだ。

 この中心にいる彼、レッドアイは同胞の死体をじっと見つめて果たして何を思うのか。復讐心に囚われるようにはあまり見えないが……。


 レッドアイは今度はゆっくりと俺たちを見始めた。右に、左に、そして俺たちの方に戻る。仲間がやられた時と同じで、これといった感情は見つからない。牛の顔はそれなりに悪い面相なのだが、言動を見るに、激情の類はとくに発現していないように見える。

 レッドアイはそのうちにおもむろに斧を持っていない左手を顔の前に掲げた。なんだ? と思っていると、黄色い魔法陣が出現した。


「矢を放て!! 魔法でもいい!!」


 ほとんど同時にロウテック隊長が叫び、自身もレッドアイに手をかざした。間もなくレッドアイの頭上に現れる無数の鋭くとがった花崗岩的な黒い斑点のある白い石の数々。おぉ?

 遠距離班もまたすぐに指示に従ったため、隊長の石の攻撃をはじめ、矢や《火炎槍フレイムランス》などが飛来してきたが……レッドアイの周囲に現れた岩石の数々がそのほとんどを防御したり、隊長の石には軌道を変えさせて地面に落としたりした。


 《ロック・プロテクション》だ! ロウテック隊長が使ったものとは別にクライシス産のこちらもあるようだ。


「遠距離班!! 飛んでくるぞ!! 防御するか避けろ!!」


 飛んでくる?


 岩石は結構な数が粉砕されたが、残った岩石が形を変えて尖り始めた。そんなに大きい代物ではないが……岩石はレッドアイの元を離れて、遠距離班の元に飛来していった。発射もできるのか!


 先はヘルミラのいる場所ではない。ではないが……


「離れろ!!」

「うわ!!」


 方々で悲鳴があがり、衝撃音が発生する。射撃班の兵士たちは到来してきた岩を避けたり、衝撃で発生した砂塵から離れようとしたりした。右翼も同じだ。吹き飛ばされた者もいるようだが、すぐに起き上がった。

 威力はさほどでないことには安堵したが、防御できてかく乱もできるならじゅうぶんだろう。しかし遠距離攻撃の手段があるのはまずいな。俺が片づけるか?


 気付けば、飛ばしたため岩石はほとんどないはずだったが、レッドアイの周囲には浮遊する岩石がしっかりとまたあった。復活したらしい。厄介な魔法だな。


 そうして間もなくレッドアイの体は白い膜で覆われ始める。防御魔法か?


「防御魔法も使われたらまずい!! 行くぞ!!」


 やはりそうだったようだが、防御に長けてるのか。


 ロウテック隊長がレッドアイに向けて駆けていき、前衛が続いていく。防御魔法への解除魔法は……こないか。ジルがしていたということは、それなりに高等な魔法か?

 ベイアーとアレクサンドラに続いてディアラも向かっている。ディアラ、まだあまり前には。俺も続く。


 魔法こそ唱えたものの、さほど動きのないレッドアイだったが、自分たちに向かってくる者に気付くと、今までの動きが嘘だったかのように機敏に斧を構え――豪快に横に薙いだ。え。


 浅い――何のために薙いだ?


 薙がれた巨大な斧からは強風が巻き起こった。巻き起こる砂塵。ダメージとかはとくにないようだったが、かなりの突風だ。

 俺は咄嗟に《魔力弾》の槍を手に持って地面に突き刺した。間もなく俺の体は、強風にさらされる鯉のぼりのようになった。強風は首絞めと同じく弱点なんだよな……。


 前衛陣は強風の対応に遅れた者がいくらかいたようで、ベイアーやアレクサンドラ、オランドル隊長を軽く吹き飛ばしていく。

 ホロイッツは転がってしまったようだ。ロウテック隊長は地面から出したらしい石板で防ぎ、イェネーさんは俺と同じように剣を地面に突き立ている。ディアラは、……


 いる。飛んでないようだ。槍を地面に刺している。


 だが、……場所が悪い。レッドアイのちょうど前だ。レッドアイは巨斧を手に、ディアラに向けて駆けてくる。やばいな。ディアラは動けずにいるようだ。


「引け!! ディアラ!!」


 強風が止んだ。だがレッドアイはもうディアラのすぐ前だ。いくらか矢が飛んできていたが、レッドアイを取り巻く岩石に防がれた末、遠距離班は再び追尾の岩の攻撃を受けた。衝撃音。


 ディアラは俺の声もむなしく、動けていない。


 やばい! ディアラ!!


 俺がディアラの元に駆けようとする先にエリゼオが駆けていた。エリゼオも強風の対処ができていたようだ。

 エリゼオはディアラの前に立ち、青いロングソードを掲げ、防御する態勢を取った。と同時に、エリゼオの前方に出現する水色のバリアーのようなもの。


 迫ってくる振り下ろされた巨大な斧。あのバリアーでレッドアイの渾身の一撃を防げるかは俺には分からない――


 エリゼオ、ありがとな。そのバリアー、信頼してないわけじゃないんだけど――


 俺はエリゼオとディアラに向けて降り下ろされた巨斧を横から蹴りつけた。かまいたちでも突然やってきた感じだろう、巨斧を押し込められてレッドアイはひるむ。

 そうして俺は胸元を見せたレッドアイを足元から斬り上げた――


 斬る瞬間、手にしていた《魔力弾》の槍の穂先はグレイプ系の槍に変化していた。見覚えのある穂先だった。クライシスでランサーが最強職の一角に数えられていた頃に嫌になるほど見た槍、「ミゼイアット」の穂先に見えたが、斬り終えて間もなく槍の穂先は牛突槍に戻った。


 一瞬間があり、ネックレスが切れて落ちた頭骸骨がからころと音を立てた。体が半分に割れていくなかで、レッドアイと目が合う。


 いつこんな変貌を遂げたのか……どす黒い赤色の目を持ったレッドアイは、デミオーガの死体と似たような、般若のような憤怒の顔つきになっていた。ミノタウロスより、もちろんコマンダーよりも凶悪な面相に見えた。


 右脚から首と左肩の付け根にかけて裂け目ができたようで、前と後ろとどっちに倒れるのか見ていたが、巨斧を蹴りつけたおかげか、レッドアイは誰も巻き込まずに後ろに倒れていった。盛大な音が鳴る。


 背後で地面に剣を刺す音がした。エリゼオだ。ディアラは無事だ。唖然としている。

 エリゼオは腕を組み、眉をあげて、悪いものではないが何か言いたげな表情だ。


「貸しを作るつもりじゃなかったんだが」


 エリゼオは皮肉っぽく、だが安堵もしている表情で肩をすくめた。


「俺も作る予定じゃなかったんだけど。ありがとね」

「あ??」

「守ってくれたでしょ? ディアラのこと」


 ディアラは口を開けてぽかんとしていたが、俺の言葉にはっと気付いたようにエリゼオのことを見て、ありがとうございますと慌ててお礼を言った。


「あー……」


 エリゼオはそっぽを向いた。照れくさそうにしていた。何か言葉が出るのを待っていたが、それは結局聞けなかった。


 なぜなら――周囲で歓声が沸き上がったからだ。 


>スキル「槍術」を習得しました。

>スキル「カウンター」を習得しました。

>称号「槍術見習い」を獲得しました。

>称号「レッド・ミノタウロスを仕留めた」を獲得しました。

>称号「牛は家畜じゃなきゃ嫌です」を獲得しました。

>称号「兵士の間で語り継がれる」を獲得しました。

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