6-28 セルトハーレス警戒戦 (3) - ミノタウロスとコマンダー


「ミノタウロスが来たぞーー!! ミノタウロスだーーー!!!」


 プルシストの死体運びが終わったあと、再び憤懣の香でプルシストをおびき寄せると、そんな大声が物見から上がった。後方から聞こえていた兵たちの雑談もぴたりと止まる。


 山道の奥に黒い大きなシルエットが見える。少しずつ近づいているようだ。


 前にいるベイアーは物見の方を見ていたが、やがて森の方に視線を固定させた。

 ディアラも槍を構えた。まだ構えてすらいないベイアーと比べると明らかな緊張を見て取れてしまうが、割と落ち着いていたのはさっきのプルシスト戦で知っている。


「3匹! いや、4匹だ!!」


 4匹か。マップ情報でも4つの赤丸がこちらに向かってきている。プルシストのようなスピードではない。

 

 ディアラの肩に手を置く。


「作戦通りに行こう。ディアラが狙うのは脚だよ」

「はい!」


 ロウテック隊長が石塁から飛び降りてきて、魔法陣を地面に作った。間もなく、陣から現れてきたのは岩石の巨大な兵だ。召喚……魔法になるんだよな?

 岩石の巨兵はしゃがみ、身を守っているかのような姿勢で現れたが、やがて立ち上がって自身と同じく岩で出来た巨大な片手剣を構えた。体長は3mくらいあるようだ。


 ロウテック隊長は再び地面に魔法陣を作ったかと思うと、石板のようなものが地面から4つ現れ、彼の周りを浮遊し始めた。

 あれは……《ロック・プロテクション》か? でも、クライシスにあった《ロック・プロテクション》は形の整っていない岩石が周囲を浮遊する魔法だった。


 なんにせよ、巨兵ともども頼もしい。


 石塁にいた遠距離部隊も俺たちの側に少し移動する。


 知恵のないプルシストなら無遠慮に弓を射ればよかったが、石塁に向かってくることもあるミノタウロス相手にはそうはいかないのだそうだ。

 アレクサンドラなど、前衛ができる者は前衛部隊に加わったようだ。俺たちの元にやってきたアレクサンドラから目で頷かれる。頼りにしてるよ。


 ――森の中の黒いシルエットがやがて色味を帯びてきた。


 ミノタウロスは牛の顔と脚を持ち、斧を持った二足歩行の魔物だった。外見的特徴は聞いていた通りのものだが、……ミノタウロスは鎧の類はつけておらず、代わりにフサフサの体毛で覆われていた。胸や股間は体毛が多い。それに意外と腕が長い。

 鎧がついていないのは討伐の難易度を大幅に下げてくれるので安心もするが、手足は幹のように太いし、手に持った片刃の斧は装飾の類こそないものの樹を一撃で伐採できそうなほど大きい。


 やがてミノタウロスは森の影から抜け出し、全身を披露させた。


 ミノタウロスは、怒っているように見えた。

 あごを前に突き出して、歯をむき出しにし、黒い目でこちらを睨んでいた。牛の顔とは言え、シワは目に沿ってぞんぶんに寄っている。凶悪な顔だ。


 意外と姿勢も良いようだ。角もプルシストとは違って緩やかに湾曲していて悪魔の角か何かみたいだ。背丈は……3mいかないくらいだろうか?

 確かに牛の頭なんだが……鎧をつけていないこともあって、クリーチャーめいた原始人の印象もある。


 ――グルアアアァァッ!!!


 一番先頭にいたミノタウロスが空を向いて吠えた。憤懣の香のせいだろう、その怒号からはびりびりと怒りの感情が伝わってくる。牛にこんな風に吠えられたくはない。もはや牛ではないのだが……。

 

「来るぞ!! 構えろ!!」


 後方と前方から声がかかる。オランドル隊長と、ロウテック隊長だ。オランドル隊長はこちらに駆けてきていた。


 ミノタウロスは斧を手に足元に砂煙を舞わせながら駆けてきた。プルシストほどじゃないが、なかなか速い。後ろにいる3体も追随してくる。軽い地響きが伝わってきた。


 いっぺんに4体か。俺は《魔力弾マジックショット》を出して長い槍にした。


 間もなく、両翼から無数の矢がミノタウロスたちを襲った。後方にいたミノタウロスの1体がうずくまった。首に数本思いっきり刺さっている。

 もう1体も首と肩に矢を数本もらい、歩みを遅くした。彼は石塁を睨んだが、すぐさま顔面に大きな炎の球が3発直撃した。彼は立ち止まって意味不明な言葉――おそらく「熱い!」とかその辺の言葉じゃないかと思う――を発しながら、顔面の火を払い始めた。インか?


 最初に吠えた先頭の1体とその後ろのもう1体は肩に矢を受け、血を流しながらも歩みを止めなかった。ミノタウロスは2.5mといったところらしい。


 だが、先頭のミノタウロスの歩みが急に止まる。つんのめりそうになったが、それは防いだらしい。

 後ろから続いていたミノタウロスも止まったが、じれったそうに迂回をしてくる。デミオーガたちと同じく仲間意識はあまりないようだ。


 先頭の彼の牛の脚には、手のような形をした岩が巨大な牛の蹄をがっしりと掴んでいた。ロウテック隊長がミノタウロスに向けて手を掲げていた。足止め系魔法か。

 間もなく、エリゼオが岩に掴まれていた右脚を切断したため、彼はバランスを崩して手を地面につけた。エリゼオならそうだろうと納得ができるものの、躊躇がなく、そして鋭い一撃だった。


 倒れたミノタウロスはブフゥブフゥと荒くなった息を吐いていた。まだ息はあるようだが……。

 

 ロウテック隊長とエリゼオ、そして先頭のミノタウロスを欠いたことで攻撃の隙を得たもう1匹のミノタウロスは、ベイアーとホロイッツ、イェネーさんに向けて思いっきり斧を横に薙いだ。

 斧の一撃は誰か一人にでも当たればいいといった思惑がにじみ出るような乱暴な一撃だったが、斧を振る前の“モーション”は大きかった。


 後方にいる戦闘に不慣れな兵も混じっているらしい兵士たちだったら分からないが、前に出ている三人だ。三人は軽々と後方に飛びのき、斧の一撃は誰にも当たることはなかった。

 直後、疾風のように走ってきたアレクサンドラが彼の脚に双剣をお見舞いした。フリードを思い起こさせる奇襲だ。が、浅く、切断するまでにはいかない。だがミノタウロスは脚に負ったバッテンの深い傷痕の痛みに顔を思いっきり歪めた。


 ミノタウロスは足元にいるはずのアレクサンドラを睨んだが、もうアレクサンドラはいない。

 そうこうするうちにベイアーが駆けてきて、斧を持っている彼の右腕を、「ヌアッ!」という雄々しい掛け声とともに剣の一撃で切断した。斧と前腕は地に落ち、ミノタウロスは「ブモアアァァ!!!」と、牛っぽいが悲痛でドスの効いた大声をあげた。


 その声に顔も内心が引きつるのはそのままに止めで参戦しようと思ったが、ディアラが既に突撃していた。


「やああぁぁぁ!!」


 ディアラの槍の穂先は淡く光っていた。プルシスト戦の時には光っていなかった。

 やがて撃たれた《穿孔衝ピアースインパクト》は、ミノタウロスの太すぎる脚に易々と風穴を開けた。


 そして、ほぼ同時に、回り込んでいたオランドル隊長がミノタウロスを背中から胸を串刺しにした。剣はファルシオンではなく、ロングソードだ。

 ミノタウロスは目を大きく見開き、今度は痛みに目を歪ませたかと思うと、やがて血を吐き、今度は慟哭はしないまま白目を向けて倒れた。


 先を見ると、エリゼオが前からだが同じく胸を突き刺し、片腕になっていたミノタウロスをそのまま仰向けに倒すところだった。こちらは鳴かなかったようだ。

 エリゼオはすぐに離れて血を切った。ホロイッツと合流していたアレクサンドラがこれから襲ってくるであろう彼の死を見守っていた。ミノタウロスに動く様子はない。


 ロウテック隊長とイェネーさんが山の方に向けて駆けていた。先には矢を受けて進行を止めたミノタウロスが1匹いたはずだが……。

 ミノタウロスはさらに体に刺さった矢を増やしていて、瀕死の体で地に手をつき、地面に視線を落としていた。が、岩石の巨人の剣の処刑人のような静かな降り下ろしを後頭部にくらい、その剛撃の勢いのままに地に伏せた。

 しばらく見ていたが、もう動かないようだった。


 アランプト丘でも思ったけど、……やっぱやることないな……。


 いや、やろうと思えば素早く移動して攻撃するなり、《魔力弾》でグサグサ刺したりできるんだが、特に出しゃばりたいわけではない。

 そういえばアレクサンドラはカレタカたちの連携に敵わないかもしれないと言っていたが、確かに連携の鮮やかさでは彼らに軍配が上がるかもしれない。一撃の威力はこちらの方が高そうなんだけどね。


 ひとまずみんなのフォローがいつでもできるようにしておこうとそう思った時、再び物見から叫び声が響いた。


「プルシストだ! 6匹! ……ミノタウロスも2匹きてる!!」


 これは本当に大変かもしれない。デミオーガ戦はこちらのタイミングで戦えたが、今回はそうもいかないらしい。



 ◇



「《雷撃トルア》を撃つぞ!! 皆離れろ!! 範囲魔法だ!!」


 物見の声にも負けないインの少女の大声に、ミノタウロス3体に向かおうとしていたイェネーさんとホロイッツ、オランドル隊長の三人が盛大に後ろに引いた。


 直後、ミノタウロス3匹のちょうど真ん中辺りの上空に紫色の魔法陣が現れた。

 ミノタウロスたちが立ち止まって上を仰いだのも束の間、――閃光が走り、魔法陣からは黒い雷光が、ピシャアと耳をつんざく音を立てながら落ちた。

 

 直撃したわけではなかったが……ミノタウロスは3匹とも体の半分を黒々と焼かれ、やがて地に伏せた。絶命まで共にするかのように、白と黒の電気がピリピリと彼らの周囲を走った。


 石塁の方と後方から歓声が上がった。ヘルミラは近くにいた兵士たちから声をかけられて照れていた。

 情報ウインドウが出てきた。ヘルミラはレベル19になったようだ。


 ディアラも既に21になっている。

 レベル上げというとゲーム的な一般的には仕留めることが重要になると思うが、脚への突きによって行動不能にする役割を堅実にこなしているディアラを見るに、特にそういうわけではないようだ。


「《雷撃》は相変わらずの威力ですね……」

「聞いてはいたが、すごいな」


 アレクサンドラとベイアーのコメントに鼻が高くなる。ディアラも同様のようで、槍の石突を地面に立てて、妹のことを誇らしく見ていた。



 さらに2回の討伐劇を終え、例によってプルシストを台車で隅の方にやり、ついでにミノタウロスもいくらか寄せていた頃、物見から「コマンダーだ! ミノタウロスが3匹、コマンダーが1匹!」という叫び声。


 ついにコマンダーか。

 ミノタウロスを移動させていた面々は台車をそのままに早々と持ち場に戻った。何人かは後方に戻らず、前衛に来た。加勢するようだ。ミノタウロスが増えてきたからな。


 ミノタウロスコマンダーは通常のミノタウロスよりも全身の色が少し濃くなり、肩と腕に金属の鎧をつけていた。あれでは腕は切るのは難しい。


「プルシストも4匹だ!!」


 その言葉通りに、後ろからプルシストが突進してきた。プルシストを追うように吠えたミノタウロスたちが駆けてくる。


 コマンダーは彼らが走るまで動かなかったため、最後尾になったようだ。

 コマンダーはミノタウロスよりも知能が高いと言っていたが、待っていたのは作戦なんだろうか。だとすれば、彼らに仲間意識は特にはないとはいえ、なかなか非道な作戦のようにも見える。


 いくらか多めの矢の雨と《火炎槍フレイムランス》が降り注ぎ、プルシストの3匹が沈んだ。最後の1匹はホロイッツが首を落とし、先頭のミノタウロスはロウテック隊長が足止めしたようだ。


 ミノタウロスの2匹が迫ってくる。1匹は肩に矢を受け、1匹は肩が焼かれていた。

 肩が焼かれている方にイェネーが仕掛けた。だが、すぐに引いた。ミノタウロスはイェネーを追いかけてきたが、間もなく後方から仕掛けたエリゼオにより右脚を失った。叫ばれる慟哭。


 肩に矢を受けた方も同じような戦法でアレクサンドラが気を引いた。その隙をついて騎士団員の一人が脚を切りつけた。切断こそしなかったものの、ミノタウロスは痛みに顔をしかめてひるんだ。

 オランドル隊長がすかさずミノタウロスの前に立ちふさがる。顔の横に剣を水平に持ち、剣先をミノタウロスに向ける。隊長はそのまま微動だにしない。ああいう構え、あるんだな。


「ベイアー! 頼みます!」


 アレクサンドラの頼みますの意味が分かりかねたが、それはすぐにコマンダーとあとおそらく俺たち――俺はまぁともかく、ディアラだろう――のことだろうとは察しがついた。


 最初のミノタウロスの1匹はロウテック隊長が。2匹目はイェネーさんとエリゼオが。3匹目はアレクサンドラと騎士団員とオランドル隊長が受け持っている。


 ミノタウロスコマンダーは無闇に突進してこず、肩に斧をかついで俺たちを見ていた。隻眼というわけではないらしいが、右目に大きな切り傷がある。斧も少し大きいようだ。

 牛の顔は嘲笑でもしているかのように見える。特別怒っていないのもあるが、ミノタウロスよりも人間味のある顔だ。最大レベルはミノタウロスと同じだろうに、ずいぶん余裕な態度だな……。


 見てみればコマンダーのレベルは28だった。聞いている最大レベルは25だ。狼も高いものがいたが……確認漏れか。《鑑定》スキル持ちの人がこの戦闘に参加していなければ確認できなさそうだしな。


「俺が奴の気を引く。お前は隙を突いて脚をやれ」

「はい!」


 ベイアーとディアラのそんなやり取りのあと、ダイチ殿はフォローを頼みますと言われたので、ウインドウを消しながら了解しつつ、


「あいつ、いつものコマンダーより強いと思います。注意してください」


 と、俺は二人に注意喚起しておいた。


 しばらく返答はなかったが、ベイアーは振り向かないまま内心で納得でもしたのか数度顎を動かした後、分かりましたと告げて


「あと、敬語は使わなくてもいいですよ。私は使いますが」


 そんなコメントをする。コマンダーが呑気なら、ベイアーもいまいち呑気なもんだ。


「分かった」


 俺が返答して間もなく、コマンダーが肩の斧をゆっくり振り上げた。来るか?

 かと思えば、コマンダーはそのまま誰もいない地面に向けて斧を垂直に降り下ろした。と、同時に地面を走りながらやってくる可視化した衝撃波のようなもの。


 なんとかスラッシュがあれば、こういうのもあるようだ。


 二人の身を案じたが、二人はしっかり左右に避けてくれたので安堵した。というか、直撃コースでなかったのもあるだろう。直撃コースだった俺ももちろん回避した。


 舞い上がった砂塵の中、煙を切るように斧が現れた。

 どうやら彼は始めから俺に目星をつけていたらしい。しかも煙で見えづらいだろうに、位置把握が正確だ。


 つまりあれか。


 俺たちが言葉を交わして動かなかった間、彼は「観察」していたわけか。聞いてた通り賢いらしい。三人の中で俺が一番弱そうだと踏んだようだ。


 まあ、賢いが……


 俺は《魔力弾》の槍を俺の眼前に呼び寄せて、到来してきた斧を軽々と受け止めた。ガンッと甲高い音が鳴って、斧の一撃が止まる。


 運は悪い。


 煙が晴れて見えたコマンダーの顔は、最初は不思議がっていたようだが、俺の姿を捉えると怪訝な顔になった。そして、もう一度彼は斧を腕力の限りに振り下ろすが、《魔力弾》は音こそなるものの微動だにしなかった。コマンダーの目が見開かれた。


 コマンダーは、お前は何なんだ、とでも言いたげにいくらか怯えた表情と共にブフゥと鼻を鳴らした。


 ドラゴンと同じで、ミノタウロスも特に嫌いじゃないんだけどな。


「ご主人様!!」


 ディアラの声にコマンダーはビクリと反応したが、すぐに痛みを耐える表情に切り替わり……支えの一本――脚を失った。コマンダーは鳴かなかった。俺はコマンダーの新たな支えにならないよう、さっと後ろに引く。


 間もなく白い魔力のようなものに覆われた矢がコマンダーの肩に飛来した。

 矢は貫通こそしなかったがそれなりにダメージがあったようで、コマンダーの肩の鎧の一部を割り、手の力もなくし、握られていた斧が地面に落ちた。視界の遠方に弓を構えた兵士。ベルナートさんか?


 ベイアーに止めをあげてもよかったが、そういえばあまりいいところを見せられてないなと思い、俺は地面に手をついたコマンダーの背中に《魔力弾》の槍を突き付けた。

 巨体なので少し大きめにする。形はやはり馬車内で盛大に投擲した時の魔力が槍を象ったようなファンタジックな形の槍――牛突槍になる。


 コマンダーは俺を見ていた。斧を手に取ってあがくわけでもなく俺のことを見ていた。

 片足を失った痛みで辛そうだし、目の傷と吊り気味の目で、悪い“牛相”には違いなかったが、なぜだか普通の牛の顔に見えた。


 使役するならドラゴンもいいけど、ミノタウロスもいいよな。ドラゴンほど知性は高くないだろうけど、きっといい奴なんだ――


 ――目を逸らしたのでその瞬間は見れなかったが、胸を貫かれたコマンダーが地に伏せた。


 俺はふうと息を吐いた。

 ディアラがやってきた。満面の笑みだ。それにつられて俺も笑みがこぼれる。


「ナイスフォロー、ディアラ」

「はい!」


>称号「ミノタウロスハンター」を獲得しました。

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