6-26 セルトハーレス警戒戦 (1) - 作戦会議
俺たちは北部駐屯地に集った面々とともに、作戦会議を終えた団長さんやオランドル隊長たちから大まかな指示を受けた。
1つ目は、事前に聞いていた通り、集った自分たちはここ北部駐屯地から北上した警戒地と、北西にあるセティシア市寄りの警戒地の二手に分かれるということ。
2つ目は、団長はセティシアの方の警戒地、オランドル隊長と北部駐屯地の隊長であるロウテック隊長は北部駐屯地の警戒地に行くので、俺たち含め、各々指示には従うようにということ。また、セティシア市の兵士たちもセティシアの警戒地の方で助勢するということ。
3つ目は、今回の討伐の司令官であるアルバン・イムレ・ピオンテークはセティシアの方の警戒地に行くということ。
オランドル隊長によるそんな話のあと、司令官のアルバンが発言を始めた。
「ヴィクトル・チェザリ・ピオンテーク子爵は嫡男、アルバン・イムレ・ピオンテークだ。プルシストの討伐は諸君らがいつもやっていることだとは思うが、今回は多少規模が大きくなる見込みだ。だから今回は多めに人を集めてある。……ああ、それと鋼の装備の修理代金はいつもよりも免除してある。かといってプルシストには使わないように。うちも湯水のように金があるわけではないからな。……では。諸君の健闘を祈る」
そう言って、アルバンは引き下がった。
さすが貴族と言ったところか、さっきは戦いの前にも関わらず一発やってくるような人の印象に過ぎなかったが、それほど変な人でないように見えた。
戦いの前にすっきりするのはある意味で合理的なものだと考えるのは彼やこの世界寄りになりすぎるだろうが、そういう風に考えが及ぶくらい彼には卑屈さや憮然さといったものが欠片もなかった。変態扱いするにはまだちょっとな。
もっともベイアーの彼への評価はそれなりのようだったので、単に体面を気にする貴族らしく、演説や見掛け倒しが上手いだけかもしれないが。
「では、各自隊長の指示を聞き、北部とセティシアの警戒地に分かれてくれ。北部警戒地は予備の装備が少し足らんそうだ。北部に行く者は、運ぶのを手伝ってやってくれ」
団長さんのそんな声のあと、散会していく面々の中で、指示を出している見慣れない男性――前髪を分けて後ろに流した、いくらか神経質そうだが落ち着いた雰囲気の茶髪の男性が目に入る。ロウテック隊長だろう。
「あの方がロウテック隊長ですか?」
「そうですね」
「ロウテック隊長ってどんな人です?」
「優秀な方ですよ。剣も優れていますが、土魔法の使い手でもあります。ミノタウロス戦の時は前線に出て戦っていますね」
前線に出れる魔導士か。特に変なこともなく基本的に魔導士たちは後方にいるようだが、クライシスで言うところのキャスターみたいなものかな?
キャスターは魔導士でありながら近接攻撃スキルが多い職だ。防御力と回避力を上げるスキルが多く、生存力も高い。ついでに、デバフもえぐい。全職共通にある緊急回避スキルが転移系なため、動きが捉えづらいこともあり、キャスターはPVPでは最強職の一つに数えられていた。
「頼もしいですね」
解説したアレクサンドラに、セティシア兵団からも勧誘受けてたそうだけど断ったらしいよ、とベルナートさんが補足する。
「そうなのか? 確かにロウテック隊長がいなくなったら北部駐屯地の守りは厳しくはなるだろうけど……」
「断った理由はそうらしいけどね。ロウテック隊長は元々セティシアもセティシア兵団もあまり好きじゃないらしいし」
好きになれない街か。理由を訊ねてみると、ベイアーが「兵たちが結構幅を利かせている街なんですよ」と横からコメントする。
「兵たちは精強なんですが、狼藉者が多いと聞きます。店では金払いが悪く、……夜になると路地からは夜な夜な女の声と鎧の音がするとか。ピオンテーク子爵も兵たちの風紀を正すため、兵たちに監査役を置いたり、娼館の税を減らしたり、強姦罪を重くしたりしているようではあるんですが……」
ああ、なるほど。どこかであるかもとは考えていたが、嫌な話だ。
ベイアーは途中から目を逸らしながら語ったが、自分も女性問題を起こしたことがある負い目か? 負い目があるならマシだね。
「最近セティシアには行ってないけど。息子を見てるとあまり上手くいってない感じはするよ」
と、ベルナートさん。
「はい。俺もそう思います」
「まあ、子爵も国境を守る精強な兵をむざむざ減らすわけにはいかないだろうからね。とくに警戒中の今はなおさらだ。蜂起でもされたら自分の首が飛びかねないし、子爵は頭の痛いところだと思うよ。マイアン公爵様はどうお考えなんだろう」
「何か案を講じているとは思うが……どうだろうな。今むやみに士気を落とすのは致命的だし。かといってこのままはよくないだろうし」
「そうだよね」
中世らしい話と言えそうだが、女性のアレクサンドラがこの話に至って普通に加わってるのもらしいところだろうか。
そんな話をしていると団長さんがやってきた。横にはベンツェさんや俺の見知らぬ団員、それと青髪、というか紺髪の魔導士で魔法道具屋店主のネリーミアがいた。召集されたようだ。
ネリーミアと目が合う。さすがに覇気のない表情はしていなかったが、相変わらずつんつんした表情だ。俺に視線がきたが、とくにこれといったものは含んでいないように見える。買い物一回しただけだしね。
でも、魔法道具屋をのんびり営んでいただろうに。少し気の毒にも思うが、メイホーのヒルデさんも知っていたほどの腕のようだし、結構召集されてるんだろうか。
「お前たち。俺はそろそろ行く。北の警戒地は任せたぞ」
はっ、と胸に手を水平に当てて敬礼する俺の部隊の三人。
「それと討伐後、そのまま俺はしばらくセティシアにいることになった。マイアン公爵閣下より、
ソーサレスは七星の魔導士軍団、ストームライダーは同じく七星の騎兵部隊だったか。
「魔導賢人と陣風騎長が??」
「ああ。しばらく関所を睨むようだ。ま、セティシアのやつらもいい刺激になるだろう。俺もあのドアホ隊長の性根を叩きなおしてくる。……そういうわけでな、市長のことも含めてムルックにも伝えてくれ。それとイデリーナにもな」
三人は団長さんの性根を叩きなおすのくだりで苦笑しつつ、もう一度敬礼した。ドアホの隊長はセティシア兵団の隊長か何かだろう。実に頼もしい。
にしても団長さんの不在が多いのはこういうわけか。この分だと、団長さんは、ケプラだけでなくこの辺の界隈で一番の実力者なんだろうな。
ふと、団長さんが俺のことを見てきて、
「きみがいればこれほど頼もしいものはないんだがな」
と、表情を緩めてくる。俺はいやいや、と苦笑する。
たちまち団長さんの周りの団員から奇異の視線を浴びる。ほとんど冑をかぶっているが、バイザーをあげている人ばかりなので、なかなか恥ずかしい。アレクサンドラとベルナートさんからも同意するように朗らかな顔つきで見てくる。
ベイアーは少し驚いた風だったが、間もなく二人と似たような表情に落ち着いたようだ。ベイアーは俺と団長さんとの手合わせは見ていないが、インの三連の魔法陣や、馬車内でのとんでも槍もとい、《
「まあ、風紀の乱れた兵士たちの教育はきみには少し荷が重いかもしれんな?」
うん、確かにきつそうだ。仕事の新人教育ならまだしも、権力の誇示と性欲にギラついた威勢の良い男たちをどうにかするとか、どうすればいいのやら。ヤンキー疑惑のある後輩にも振り回されてたってのに。
「くく。よく分かられておるではないか」
と、イン。やめてくれ?
「ま、警戒地での活躍談が聞けるのを楽しみにしてるよ」
「俺も団長さんの鍛えっぷりを聞けるのを楽しみにしてます」
「ふっ。……ではな」
団長さんは団員たちやネリーミアを連れて俺たちの元から去っていく。
俺たちはその後、手筈通りに北部警戒地に向かうことになった。
◇
北部駐屯地にいた頃から見えていたが、セルトハーレス山は俺たちの歩いている道の先で濃緑色の巨大な門番のように不気味に鎮座していた。
このまま道なりに進み、セルトハーレス山を貫くように続いている山麓の道を進んでいくとやがてアマリア領に入るらしい。
マップ情報でも山の向こうは、アマリアという薄く、サイズが少し大きめの
つまり、ここを通過することで関所を通過せずに越境できてしまうことになるのだが、こちら側は俺たちが向かっている北部警戒地、あちら側にはアマリア領側の警戒地がある。越えようものならただちに不審者扱いされることになり、拘留される。
今はジョーラに毒を盛った一件をはじめとして、オルフェはアマリアに対して警戒中というし、越境するにしても時期も悪いだろう。物語的には主人公は飛び込みどころなんだろうけど、あいにくと俺には用向きがない。いつだって、何も起こらない安全路がいいです。
それにセルトハーレス山は魔物の巣窟でもある。プルシストにグラス・エイプ、LV30の人でも一人で戦うのは油断できないミノタウロスもいる。
さらに魔狼は1匹出現したのみだったが、ミノタウロスは複数出現するらしいので脅威に他ならない。くわえて上位個体のレッド・ミノタウロスに遭遇してしまえば、死も覚悟しなければならない。
密入国の理由は色々あるだろうが、部隊の隊長が死を覚悟するような場所に突入していくのはかなりリスキーな話だ。
だが、他国からの侵略というのは、こういう一見最悪手に見えるような箇所から発生していたりもする。魔法のある世界だ。強固な防御系魔法を貼りさえすればあっさり通過できそうな気もする。俺の防御魔法なら、言うまでもない。もっともそんなことをしてもアマリアの方で何事もなくいくかどうかは分からないが。
と、アレクサンドラたちの解説を聞きながらそんなことを思ったものだが、セルトハーレス山のような「ガチの山」に分け入った経験のない俺は、セルトハーレス山の威容を目の前にして、魔物よりも“山の不気味な空気”の方が普通に怖くも感じた。
特に夜の山だ。
義母の葬式の帰りの山道は、照らされる山の斜面の不気味な様相にひやひやしながら車を走らせたものだった。空や海を見れば自分がちっぽけな存在に感じるとはよく聞くフレーズだが、俺は山の方がそれを実感する。
魔物は倒せる。目をつむってももしかしたら倒せる。でも、山の闇は振り払えない。“虫刺され”が増えるのは嫌だし、でかいムカデは見たくないし、人の白骨を見つけたり、急に鳥の羽ばたき音が聞こえたら一度くらいは声をあげる自信がある。ホラーは嫌だ。
後半は疲れたといって催促してきたインを肩車して到着した警戒地は、駐屯地よりも基地らしい石塀で囲んだ場所だった。
もっとも、石塀は基地を完全に覆っているわけではなく、セルトハーレス山に入る山道の前だけだ。他は両翼に石塁と物見がある北部駐屯地も簡易な場所で、塀すらもなく、離れた場所にテントと小屋があるだけだった。
近づくと兵士の二人がやってきて、ロウテック隊長とオランドル隊長に敬礼をした。
「状況は変わりないか?」
「はっ! プルシストは香り袋によりおとなしくしております。誘導の帰りに斜面を滑ってしまって怪我した者がおりますが」
「怪我したのは誰だ?」
「サイジャーです。軽い捻挫だそうです」
「あいつがか? 珍しいな。着地の瞬間にくしゃみでもしたか」
ロウテック隊長はオランドル隊長のことを見たが、オランドル隊長は軽く肩をすくめただけだった。
「まあ、真面目な奴だし、たまには休ませてもいいかもな。それに今日は強力な助っ人たちがいるからな」
そう言ってロウテック隊長は俺とイン、それから後ろにいるエリゼオを見た。その表情には俺たちへの信頼感がありありと出ている。エリゼオも召集されてきたようだった。
俺たちの方は例によって、アレクサンドラたちのヨイショやら、めんどくさそうに展開していたインのトリプル魔法陣やらでロウテック隊長からは絶大な支持を得たのだが、エリゼオの方はロウテック隊長自身がエリゼオの名声を聞き及んでいるようだった。またよろしく頼むと言っていたし、関わりもあったようだ。
ロウテック隊長はオランドル隊長ほど堅い雰囲気は持っていない人だ。
横に流した長めの茶色の前髪、ヒゲは輪郭の無精ひげ程度、珍しい金色の目は穏やかめ。魔導士らしく体格も中肉中背で、彼には兵士たちには特有の男くささが少ない。
それはともすれば戦地での信頼を損なう要素にもなるようにも思うが、隊長らしく声は実にはきはきとして、彼には迷う意志など一切持たないかのようでもあった。
彼と接していると、戦地にあてられた緊張の心境をいくらか人心地ついた気分にさせてくれる気がする。もちろん、その役目はインにかなうことはないんだが。
「砲弾の準備はできているか?」
俺の肩に鎮座している謎の少女を不思議そうに見ていた兵士が、一転して「はっ! 準備はできております」と威勢よく敬礼する。
「うむ。皆を集めておけ。……オランドル、私は少し山の方を見てくる」
「了解した」
兵士と一緒に山道に向かったロウテック隊長をよそに、警戒地に到着した俺たちはテントの前に各々居座り、改めてオランドル隊長から作戦を聞くことになった。
「聞いていると思うが、今回の作戦内容は水牛の魔物プルシストの討伐任務だ。討伐と言っても今回は数が多い。なのでプルシストたちを山に返すことも考慮している。……セルトハーレス山から降りてくるのは何もプルシストだけではない。レッドアイ・ミノタウロスも来るかもしれん。くれぐれも注意してくれ。元々は俺たちがやっていることなんだが……近頃はオルフェ、アマリア間の情勢も良くない。救援は君たちを呼ぶことでアマリアに対する警戒網を維持するという意味もある。よろしく頼むぞ」
そう言ってオランドル隊長は俺たちやエリゼオを見て軽く頷く。俺も頷いた。
ロウテック隊長も頼もしいが、オランドル隊長も頼もしい。戦前の説明の際に、私情を挟まずに淡々と告げてくれる姿勢は好ましい。
警戒網というのは、山道を通過することで越境のできるここの警戒地もだが、セティシアとセティシアの北の国境の関所も含んでいる。今回の作戦では、セティシアの兵士も多数参戦しているためだ。
「……まずプルシストだが、こいつは大したことはない。山から下山し、突進してくるだけだ。ただ、牛の巨体が突進してくると考えてくれ。相手にしていてもさほどいいことはない。まあ、どうにかできるならしてくれて構わないが。回避しても後ろにいる者が応戦するので安心してくれ。彼らはプルシストの討伐には手慣れている。……今回は数が多いため香り袋で山に返したりもするが、突然山から暴走して降りてくるのもある。注意してくれ」
それからオランドル隊長は、ホロイッツ、イェネーと名前を呼んだ。呼応する二人。ホロイッツは見ているので知っているが、イェネーもガタイがいい兵士だ。
ホロイッツはさきほどのやり取りや獣のような毛量の多いひげ面を抜きにしても、農村の出っぽいというか、愚鈍な雰囲気がある男なのだが、イェネーというと理性的な雰囲気の濃い男性だ。
平坦な眉だが目つきは良いとは言えず、濃褐色の髪は短く刈り揃えられている。体格も申し分なく、現代の軍人っぽい厳格な印象もある。
「プルシストの相手は頼んだぞ。ホロイッツは出来そうなら首を落とせ」
「はっ!」
特に顔色も変えずに放たれた無情な首を落とせの言葉に少し背筋が冷たくなるものを感じつつ、話は続いた。
「プルシストが突進してくる間には、弓と魔法で動きを鈍らせる。……石塁と物見からだ。助勢してきた者でホロイッツとイェネーの後ろにつくのは、ベイアー、ダイチ殿、ディアラ殿、エリゼオ殿だ。もちろん場合によっては前にでもいい。後ろにつく者は各自フォローしてやってくれ」
皆が頷く。オランドル隊長自身も頷くと、彼はふと空を仰いだ。セティシアの警戒地の方だ。
「挙げなかった助勢者は、弓と魔法班だ。こちらも何かあったら助けてやってくれ。俺は今回は後ろにつく。ロウテックはいつものように始めは石塁にいるが、途中から前に出てくる手はずだ。……配置についたあと、砲撃で合図をする。その後、憤懣の香を焚き、《
《風壁》にそんな使い方があるんだな。でも確かに、《風壁》は一定時間風を生み出すようだから、設置場所を考慮すれば香りを撒く際には有効だろう。大型扇風機だからね。
話の後、俺たちはそれぞれ装備の確認をし、補助魔法の掛け合いをした。
予定通り、駐屯兵たちの方は兵士たちとロウテック隊長がかけてまわり、インは弓と魔法部隊のヘルミラとアレクサンドラ、ベルナートを、俺は広間班のディアラとベイアーとエリゼオにかけた。
俺の防御魔法はインの岩をも砕く手刀をも防ぐらしいのは確認している。ミノタウロスの一撃も防げそうなものだが、過信はできない。効果のほどをちゃんと確認しておけばよかったな。
それよりも気にするべきは俺やインが補助魔法をかけていない駐屯兵だろう。兵士やロウテック隊長の補助魔法を信頼していないわけではないが……俺たち二人と彼らではレベルが離れすぎている。場合によってはフォローにまわる必要がある。
あと、ディアラの装備は革の装備だったので、一応胸当ての上から《
青い魔法陣が出、たちまちディアラの革の胸当ての上は、駐屯兵たちがよくしている鉄の胸当てと非常によく似た外見の白い胸当てで覆われる。別に外装は意識してなかったのだが、印象に残っていた外装になったようだ。
重くないか訊ねてみると、全く問題ないです! と元気な返事。
「エリゼオさんは《氷結装具》をつけたい部位とかありますか?」
「敬語は使わなくていいぞ。気味が悪い」
あ、はい。ジョーラと同じタイプね。
俺の解答を待たずに、ほんとに重くねえのか、とエリゼオがディアラに訊ねる。知ってたけど、ぶっきら棒というかなんというか。
「はい。問題ありませんよ」
とはいえ少々印象が悪くなってしまったようで、ディアラはむすっとした様子でエリゼオにそう告げる。エリゼオはそんなディアラの様子に取り合うことはなく、小さく何度か頷いただけだった。
エリゼオは「じゃあ腕にしてくれ」というので、籠手に《氷結装具》をつけてやった。戦いの前なんだから喧嘩しないでよ? ベイアーにも訊ねたら同じく籠手でいいとのことなので、つけてやる。
エリゼオはカレタカやアバンストさんがしていたように、指で小突いたり腕をまわしたりしてみた。
それから、何度かすばやく剣を構えた。惚れ惚れするくらい全く無駄のない動きだ。……両手剣っていうのもあるんだろうか、ちょっとガキっぽく見えたのはなんだろう。ベイアーもエリゼオと似たような確認方法を取ったが、構えるまではしなかった。
ちなみに今回エリゼオはアランプト丘で使っていたフランベルジュ――炎を象った赤い大剣。クライシスにあったものだ――を持ってきていない。割とスタンダードな形のロングソードを持ってきている。
スタンダードと言っても大剣使いらしく刀身は広く、持ち手と鍔の部分には結構豪華で緻密なバロック系のご大層な銀色の装飾があり、それなりに高そうな代物に見える。
目に付くのが刀身の深い瑠璃色だ。単にこういう意匠なのか、水魔法なんかの属性が付与された魔法剣なのか気になるところではある。剣の名前やルーツを聞こうとは思っているんだが……なかなか聞く機会を持てずにいる。
腰にも短めの長剣が下がっているが、こちらは装飾のほとんどない平凡な剣だ。予備だろう。
ベイアーの方は他の門番兵が提げているのと同じで、ガルソンさんの店で見たような意匠も最低限の十字の長剣だ。ただベイアーのは少し長めで、今回はどちらかと言えば刺す用途に使うんじゃないかとそんな風に思う。
他の兵士たちは、駐屯地で見たままに、ファルシオンタイプの剣だ。
やがて、納得したのかエリゼオは構えを解いてふっと口元を緩めた。
「オークの奴はデミオーガの斧を防いでいたが……ミノタウロスの斧も軽く防げそうだなこれは。とんだやつがいたものだ」
エリゼオは皮肉っぽい微笑を俺に向ける。ちょっと悪そうな顔だ。どういう反応を返そうか迷っていると、エリゼオが「ところで」と話を続けた。
そういうタイプなのか、気にしなくていい奴だと思われてるのか、エリゼオはあまり俺の反応は気にならないようだ。
やり手だし、無駄口は叩かないタイプと思うし、特に人の話を聞かないタイプではないように思ってるんだけど。なぜか後藤君を思い出した。あんまり話聞かなかったんだよな、彼も。
「お前は得物は何で戦うんだ? 徒手のままか? まさか腰の短剣じゃねえだろうな?」
そういえば《魔力弾》はエリゼオには見せてなかったか。
自己のスタイルが確立しているっぽいエリゼオは戦いの最中にそんなことでいちいち動揺しないとは思ったが、ディアラもいるし、いざとなったら守って欲しいので懐は出しておくことにした。
「これで戦うつもりで……戦うつもりだよ。こうやって――投げて刺したり切ったりする予定。場合によっては剣にしようかなって」
俺は《魔力弾》を出して長剣くらいの長さの槍にしたあと、地面に投げてザクザク刺した。槍の形状は気にしていなかったんだが、穂先がとぐろを巻いてしまった。
「使役魔法か。珍しいな」
「知ってるんだ?」
「ああ。まあ、使役魔法使いで知り合ったのはお前が初めてだがな。……敵にすると厄介極まりない。味方にすると心強い。使役魔法使いの評価はだいたいこういうもんだが、どうなんだ?」
どうなんだ、と言われてもな……。でもまぁ、分かるような気はする。インも言っていたけど、変幻自在だしね。
「そうだと思うよ。得物は変幻自在だし、どういう軌道で飛んでくるか予測しづらいだろうし」
俺はそう言いながら、短剣、小さな盾、そして一回り小さいがエリゼオの青い剣を模倣した。地面に向けて投げ、刺す直前で止まらせる。
「……上手いもんだな。確かに厄介だろうな……そっちは槍か」
エリゼオが今度はディアラに目を向ける。
「ちょっと突いてみろよ」
エリゼオは真面目な顔でそう言うが、ディアラはそれには従わずに俺のことを見てくる。相変わらずむすっとしている。
「一緒に戦う仲間だしさ。実力を把握しておきたいんだと思うよ」
わだかまりを作って欲しくないのでそんなことを言っておく。エリゼオはパーティ組まない攻略者らしいし、馴れ合いは勘弁とか言いそうな性質ではあるんだが。
と、気付けばエリゼオがくくと笑いをこらえていた。俺たちが見ているのに気付くと、「いや、悪い。気にしないでくれ」と、手を挙げる。やっぱり馴れ合いは勘弁系の男か。まあ、笑ってるだけマシか?
ディアラに突いてみな、と言って前方の空中を指さす。
ディアラは言われた通りに槍を構え、――空中を突いた。途端に地面から砂塵が舞った。
……かなりいい感じの突きだ。狼と戦っていた頃よりも全然違う。デミオーガと戦った時も脚に風穴開けていて驚いたものだが、しっかり成長しているようだ。ぼちぼち槍を変えてもいいのかもしれないね。
「ほう。なかなかいい腕だ。
「いえ、私は……」
ディアラは言い淀んだ。そのまま言葉は続けなかった。ダンテさんには普通に喋ってたが……エリゼオに対抗心でも燃やしてしまったか?
「まあ、別にダークエルフがみんな槍闘士のようにならないといけないわけじゃないからな。せいぜい努力するんだな。そいつの元ではさぞ努力のし甲斐があるだろ」
そう言って、エリゼオは俺たちの元から去ってしまった。ギルドで会った時もそうだったが、ちょっと掴みづらい男らしい。
ご主人様、と呼ばれたので見てみると、
「私、強くなります」
と、ディアラは右手で拳を握って意気込んでみせた。……よく分からないが、エリゼオの言葉で火がついたようだ。まあ、最後のはそれほど悪い言葉ではなかったし、微笑したエリゼオは全く悪い顔をしていなかった。
「俺も強くなるよ。頑張ろうな」
「はい!」
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