6-25 貴族と野獣


 “とんでも魔槍”はアレクサンドラとベイアーにとって、俺への諸々の質問を失念するくらいのかなりのインパクトがあったようだが、……そんなこんなで到着した北部駐屯地は西部駐屯地とは違い、騒がしさの極みだった。


 西部駐屯地と同じで、木材で作った広い茶色の基地といった体なのだが、敷地内にはどこを見ても兵士がいて、話し声はもちろん怒ったような声と鎧の金属音がそこら中でひっきりなしに飛び交っている。

 兵士の着ているのは金属鎧か鎖帷子くさりかたびらかどちらかのようで、革の鎧姿の者は特にいない。主流の武器は例によって剣と槍のようなのだが、どうやら剣は幅広で切断力が高そうなもの――ファルシオンタイプの剣が主流らしい。


 ああいった剣にしているのは、プルシストの首を切断しやすくするためだろうか? と、そんなことを考えていると、


「ようやくノルトン蜂の腫物が引いたか。男前だったのに、――よ!」


 という鎧をバチンと打つ盛大な音と痛がる声に注意が向く。兵士が隣の兵士の金属鎧を叩いたようだ。

 ノルトン蜂退治と蜂蜜取りは、西部と北部の駐屯地がよくやる仕事の一つだ。他にはセルトハーレス山の警戒をはじめ、道路の巡回、魔物や山賊の討伐、各自の戦闘訓練などが仕事らしい。


「ぶたないでくれよ! 右腕はまだ多少腫れてるんだから」

「その新調した籠手の金はどうした?? もう返済したのか?」

「まだだよ」

「早めに返しとけよ? ガルソンの旦那の店が潰れたら困るんだからよ」

「ああ、分かってるよ」


 お? ガルソンさんと面識ある人か。……そういえば右腕って、ああ! あの籠手の人か。


 俺は兵士たちを見ながらディアラとヘルミラに、


「あの人覚えてる? 俺たちが初めてガルソンさんの店に入った時、籠手のことで騒いでた人」


 と、説明する。二人はしばらく兵士二人を見ていたが、分かったのかほぼ同時に俺のことを見てくる。


「覚えてます! 確かにそうだと思います」

「ご主人様よく覚えてますね」


 なんだ知り合いか? と二人を見だすイン。アレクサンドラ、ベイアーの二人も続いた。知り合いってわけじゃないんだけどと前置きして三人にも軽く説明した。


「よう覚えとるなぁ。もしや住人一人一人覚えておるわけじゃあるまいな?」

「そんなまさか」


 そんなやり取りをしていると今度は二人の兵士たちの反対側から怒号が聞こえてくる。だいぶ声量がでかい。


「なんでこんななまくらを持ってきたんだ!! すぐに取り替えてこい!! ……まさか死にたいって言うんじゃねーだろうな?」

「い、いえ! すぐに変えてきます!!」


 槍を持った兵士が基地の奥に駆けていく。どうやら持ってきた槍があまりよろしい状態ではなかったようだ。


「……おい。バルの奴はうちに来てどのくらいになった?」

「い、1年くらいかと」

「はあ?? 1年でアレかよ?? バルトロメウスなんて大層な名前が泣くな。あいつの名前なんて“チビ”でいいだろうによ」


 怒鳴った兵士は背丈はそこそこなんだが、ヒゲがもじゃもじゃで顔がでかい。じゃっかん猫背でもあり、理性的なベイアーとは違ってずいぶん猛々しい人のようだ。


 彼ほど絵に描いたような動物的な人はなかなか見ていないが、アランプト丘に参戦した攻略者にも少なからずいたし、ケプラ市内でもたまに似たような人は見かけている。

 もちろん積極的には関わりたくはない人種だ。この手の人は問題も起こしやすく、社会人になるとさすがに関わりはほとんどなくなってしまったが、クソ課長のようなすぐ人のせいにする鬱陶しい小物系や、自己中心的で女性問題も起こしやすいオラオラ系の人と同じように、付き合いは精神的な疲労が伴う。クソ課長のように立場があれば短気も起こしにくくなり、ある程度の分別もつくが、晴れない鬱憤は部下に行く。迷惑な話だ。


 彼は話している兵士と同じ鎖帷子を着ているので、上官というよりは先輩兵士のように思えるが、ともあれ槍を持って去った兵士はいまいちな部下のようだ。

 現代だったら彼のような乱暴者ですぐ怒鳴る人は不快でしかないんだろうが……命がかかってるからな。なまくらで戦場に行くことは彼の言う通り死にに行くようなものだろう。


「きっとあいつの父親はひょろひょろのびっこで、母親はトレントのような顔してるぜ、ありゃ。な、そう思うだろ?」


 訂正。不快でしかないだろう。びっこにトレントねぇ……。


「……バルトロメウスの父親はノルンウッド子爵だという噂があります」

「はあ? 子爵ぅ?? 子爵ってぇと、あ~……騎士、男爵、子爵、伯爵……男爵の次か。ん? ……ば、馬鹿言え!! なんでそんなのが兵士になってるんだよ!?」

「真実なら庶子でしょう。詳しいことは分かりませんが……」


 かなり動揺したものらしい彼が、兵士を軽くぶった。結構勢いがあったようで、ぶたれた兵士が尻もちをついた。暴力反対~。まあ、せいぜい余計な無礼を働かないことだな。


「ちっ。ホロイッツの野郎うるせえな……」

「聞こえるよ」

「あいつがいなけりゃなあ。ここは蜂蜜も舐められるし、牛肉も食べられるし、悪くないってのに」


 名前はホロイッツというらしいが、粗暴な言動のままに評価はいまいちらしい。農民出とかそんな人のような気もするが……。

 ちなみに籠手の彼はランボーというらしい。詩が上手かったりして。


 戦闘に集中したいし、必要なさそうだなと踏んで《聞き耳》を切ろうとしたところで、


「おい、ホロイッツ」

「なんだあ? ……は、はい! アルバン様、何でしょう?」

「どこか空いているベッドはないか」

「え、ええと……あ! あそこの小屋は空いております! ……おい、中にいる奴をつまみ出してこい。急げ!!」

「は、はい!」


 というやり取りが入ってくる。兵士が一人木造小屋に駆けていった。


 ホロイッツが急に下出に出たアルバンという男性は、目の小さめな好青年風の男性だった。ヒゲはあごに少したくわえているだけだが、なかなかのハンサムだ。それにしても、金櫛荘の美男美女の面々を見た今ではさほどのレベルではないように思えてしまう。

 彼は彫り物の多い高そうな金属鎧に、精緻な刺繍と家紋らしき紋章――盾に太い赤い波線を入れて、二対の狼の頭が、盾の上から出ている――のついた赤い服を着ている。言動的にも貴族だろう。


 アルバンは隣にいる女性の腰に手をまわしている。察するに討伐の前に一発励む様子だが……女性の方は美人ではあるのだが、あまり気丈そうではなく儚げな人で、この兵士だらけの場には相応しくない。

 彼女もまた駐屯地の様子に戸惑っている感じだ。服装もケプラの庶民服とさほど変わらないが、娼婦だろうか。セティシアからでも連れてきたのだろうか。


「あの方がピオンテーク子爵の嫡男のアルバン様ですね。今は仕事を学ぶため父である子爵の家令ということになってます。今回の討伐依頼の司令官でもあります」


 司令官……彼に出来るんだろうか。その不安を吐露してみると、


「まあ……出来るか出来ないかでいうと、正直なところ出来ないと思いますが、実質指揮をするのはオランドル隊長やヒルヘッケン団長ですから」


 という今度はベイアーの解説。とくに馬鹿にしている素振りはない。


「アルバン様は愚かなことをするタイプの貴族ではないんですが、……戦場に出てこないのであればひとまず一番安心できます」

「言いますね」


 くすりと笑みをこぼすアレクサンドラに、ベイアーは事実だしなと肩をすくめた。


 俺はまだ貴族らしい貴族とは面識を持ったことがない。街中で見ることは見てるんだけどね。

 へこへこするホロイッツなる兵士といい、出来れば距離を置きたいと言うベイアーといい、貴族が絡むと人間模様がちょっと複雑になるらしい。まあ、爵位を引っ提げて戦闘前に一発やるからどうにかしてくれというのが罷り通ってしまうなら複雑にならないわけもない。


 待機していて欲しいと言っていたオランドル隊長の言葉のままに、駐屯地内の隅で合流予定のベルナートさんを待っていると、「よお、アレクサにベイアー」というさっき聞いた低いが伸びのある声。ホロイッツだ。


「……なんだあ?? こいつら」

「今回の依頼で一緒に戦う方々だ。ちなみに団長が推薦した人たちだからな」

「こいつらがか?? 子供ばっかじゃねえか」


 ストレートだがぐうの音も出ない。


 アレクサンドラがちょっと棘のある感じで俺たちを紹介したが、出来れば煽んないでほしいんだけどね。

 インはいつも通りだが……姉妹は少し険が出てしまっている。でもそうもいかないか。


 ホロイッツが俺たちのことをじろじろ見てくる。

 アーモンド形の獣じみた淡褐色の眼差しは、疑念と嘲笑を少しも隠さずに俺たちから自分の納得できる戦士的な強さか何かを見つけようとしていたが、鼻を鳴らしてすぐにそれは終わってしまった。ダークエルフに過剰反応しないのは俺的に評価ポイントだけど。


「はっ! ヒルヘッケンの野郎もついに落ちぶれ間近か?? それともなにか、こいつらは魔導士だってのか??」

「そうだぞ。ここにいる誰よりも腕の立つ魔導士だ」

「それにダイチ殿はな、武術の達人でもある。お前じゃまるで敵わないぞ」


 インは鼻を高くしたが……ベイアーまで煽りに加わってしまったのはちょっと。

 それにしてもホロイッツはみんなから嫌われているようだ。なんかちょっとかわいそうになってきた。バリアンさんの痴呆めいたどうしようもなさは主に老いからきているものだろうが、彼はまだ若いように見える。


「アレクサもついに男に篭絡されたのか?? はっはっは!」


 俺はホロイッツの豪快な笑いに内心でため息をついた。同情心が引っ込んだ。特に疑う余地もなく、「単純な方」らしい。アレクサンドラは実際にため息をついたようだった。やり取りに慣れているらしい。


 インが袖を引っ張った。見てみると、


『ちょっと小突いといた方がいいかもしれんぞ。今後も突っかかってきそうだし、どうせこやつには銀勲章を見たところで分からん気もするしの。ああ、小突くというのは力の差を見せつけるということだの。アレクサンドラが言っておった「教育」だの』


 という念話がくる。少し驚いたが、俺もそう思う。

 根は悪い人じゃないんだろうが、いちいち余計なことをするのがこの手の人だ。それは教養の無さからくるものと言ってもいいが、“天性のスキル”めいたものだとも思う。


 立場があって、余計なことをしないようにできるのならば、しておきたい人材だ。いちいち騒がれたくないし。


 銀勲章は別れ際にジョーラからもらった王家に貢献した者に送られるというブローチだ。

 馬車内で依頼内容や駐屯地について話している時、俺とインの身分を証明する手立てがないことを見かねたベイアーから、つっかかってくるような人には銀勲章の提示をするといいと提案されたのだった。このつっかかってくるような人というのは、ホロイッツだったんだろう。あとは、あまりそうは見えなかったけどアルバン辺りか?


 銀勲章は誰にでも渡されるものではなく、俺のような例外はあるが、基本的には爵位を持っている人にのみ贈られるものらしい。世間では言ってみれば、騎士、男爵、子爵などの下級爵位相当の証明にはなるようだった。


 俺は立ち上がり――ホロイッツの目の前、右肩の前に《瞬歩》で素早く移動して、喉ぼとけの前に《魔力装》を突き付けた。先はもちろん丸めてある。

 ホロイッツは、持ち手を握ってないからだろう、俺の手や《魔力装》の切っ先に目をゆっくりと行き来して、俺のこを見て、……唾を飲んだ。目は盛大に見開かれている。


「俺はダイチです。銀髪の子がイン、ダークエルフの二人は従者で、槍を持ってるのがディアラで、弓矢を持ってるのがヘルミラです。今日はよろしくお願いします」

「は、……」


 は?


「し、……失礼しました、若旦那……ご無礼をお許しください」


 「は」は何だったの。インがくくくと笑っている。何が面白いんだかね。しかし態度を改めるの早かったな。アルバンの躾の成果かもしれない。


 俺は一応見せておくかと思い、《魔力装》を消し、銀勲章をバッグから取り出した。箱を開けて中身を彼に見せてやる。


「知ってますか? 銀勲章。アンスバッハ王家に恩赦をもたらした者に贈られるブローチです」

「は、はい。聞いたことは……現物を見たのは初めてですが……」


 ふむ。説明しとくか。


「王家に関わるとある人を助け、そのお礼でいただいたものです。偽物などではありません」


 ホロイッツが慌てたように何度も頷いた。少し顔を青くしているが、侮蔑の感情はもう一欠片もない。ハリィ君がバリアンさんに声を荒げていたものだが、彼の場合は躾が難航しなさそうなので安心した。


 それにしてもヒゲが濃い。頬の毛までしっかり見えるほどだ。

 ちなみに彼は32歳で、レベルは30とそれなりに高いらしい。アレクサンドラやベイアーと同格だ。


「あと、子供だからって腕が立たないわけでもないですし、俺たちを推薦した団長さんが落ちぶれているわけでもないですよ。アレクサンドラさんとベイアーさんは俺たちと隊を組んでくれることになっているのでここにいるんです」

「あ、はい……ご無礼をお許しっ」


 土下座するようだったので、俺は彼の腕を取って、座らせるのを止める。土下座は目立ちすぎる。

 ホロイッツは目を丸くして自分の体重がかかっているのに全く動じていない俺の腕を凝視した。力あるからね。


 そのまま、ちょっと座りましょうと言って、ホロイッツの腕を引っ張りながら俺も一緒に座る。


「話は変わりますが、ベルナートさんを見かけませんでしたか?」

「ベルナート……?」

「騎士団員の方です」


 ホロイッツがまだ不安を残した顔で、アレクサンドラを見た。アレクサンドラはすっかり気をよくしたようで、「この前ここの討伐に参加した時に、私といた弓の使い手だよ」と機嫌の良くなった顔で教えてやった。


 ああ、あの細っちょろい、と言いかけてホロイッツは慌てて口を大きな両手で覆った。手の甲には毛がびっしりだ。

 すっかり怯えさせてしまったようだが、割と愛嬌あるなぁこの人。


「見ていませんが……探してきましょうか??」

「いや、大丈夫です。ホロイッツさんが探しに行くと、騒ぎになりそうなので。あんまり騒ぎにはしたくないんです」

「え? はい……すみません……」


 謝るホロイッツはあまり分かっていないような様子だ。アレクサンドラがくすくす笑っている。ベイアーも口元を緩ませて、すっかり鑑賞の態勢に入っている。


「まあ、そのうち見つかるでしょうから。……ホロイッツさんは、プルシスト戦ではどのような立ち回りをするんですか?」

「立ち回り……俺、いや、……私は主にタンク役です、はい。矢や魔法で仕留め損ねたやつの突進を盾で流したり、……斧や槍で攻撃したりします」


 体格的にそうだよな~。にしても斧か。体格もいいし合ってはいるけど、斧使いの人は初めて見たな。


「一発で仕留めたりするんですか?」

「斧が首にちゃんと入れば……槍の時は私の力不足で一撃では……」


 ホロイッツは叱られる子供のようにしゅんとして、自分の力量の無さをこぼした。なんかいじめてる気分になってきた。


「お前は槍はそんなに得意じゃないし、槍が得意な奴でも即死は簡単じゃない。斧で首を落とす方が効率的だよ」


 ベイアーがフォローをしたが、ホロイッツはそれで救われた様子は特に見せない。……教育係や要職につかせたりするのはあれだけど、部下としては悪くない人かもなとちょっと思う。過剰に信頼するかもしれないけど。

 もっとも、番兵辺りが最適ではありそうだ。


「あ、ダイチ君」


 そんな話をしていると、ベルナートさんがやってきた。後ろには団長と、団員らしき人が十数名……お、ベンツェさんもいる。


「ああ、ホロイッツさん。ベルナートさん見つかりましたし、行っていいですよ。戦いの準備とかあるでしょうから」


 ホロイッツはうかがうように俺を見た後、「はい。では……」と立ち上がり、ぎこちなく軽く頭を下げてそそくさ去っていった。

 ベルナートさんが変なものでも見たような怪訝な顔をしてホロイッツを見送る。ベンツェさんをはじめとする後ろの団員たちもだ。


 団長さんだけはさほど変化はなかったが、


「どうやらここの野獣も君には敵わなかったようだな」


 と、俺に不敵な笑みを向けた。野獣ねぇ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る