6-24 オランドル隊長と牛突槍


「こちらが団長が推薦されたダイチ殿とイン殿、それからディアラ殿とヘルミラ殿です。――ダイチ殿は武術の達人で水魔法を得意とする魔導士でもあります。イン殿は魔導士です。信じられないかもしれませんが……三つの魔法を同時に発動できるほどの魔導士です。……ディアラ殿とヘルミラ殿はお二人の従者です。ディアラ殿は槍使い、ヘルミラ殿は弓も扱える魔導士です。従者の二人は門番兵くらいの実力だそうなので、何かあったら助けてやってほしいとのことです」


 オランドル隊長は俺たちの紹介にじっと聞き入っていたが、三つの魔法の同時展開という箇所で怪訝な顔になった。が、口を挟むことはついになく、最後まで紹介は終わってしまった。


 俺たちが紹介された、ここ西部駐屯地のリーダーであるオランドル隊長は精悍な人だ。


 頭頂部はもちろん側頭部までしっかり撫でつけられたアバンストさんほど長くはない黒い髪。絶えずクマができているかのような深い目元から届く鋭い眼差しに、口元と輪郭を覆う黒いヒゲ。そして、何が合っても崩されなさそうな厳格な貫禄。


 反応が薄いのも困りものだが、従者の二人を守ってくれという部分で何度か頷いているのは俺的に高ポイントだった。単に、そこだけが彼にとって理解のできる、現実的な部分だったというだけかもしれないが。


 また、隊長ではあるが、彼の金属鎧はそこまで豪華ではない。


 多少の意匠の違いこそあれど、ケプラの門番兵や団員の金属鎧よりも高い代物には見えないし、肩口にあったケプラのアイコンなんかの装飾の類もなかった。

 無駄な金をかけていないだけかもしれないが、ミノタウロスなどの魔物が確認されたらもっとしっかりした鎧をつけるんだろうか。でも、鎧はつけるの結構時間かかるからな……。


 ノルトン西部駐屯地は木材で塀や物見塔、厩舎を含めたドアのない木造の小屋などを作った簡素な基地だ。

 中には人が十数人寝られるくらいの大きなテントもあるが、今回の討伐任務に至っては中継地点であり、皆北部駐屯地に行っているのか人の数は少ない。


 反応が薄いことを見かねてか、インが手を挙げて昨日のように、三つの魔法陣を出すだけ出した。

 オランドル隊長はもちろん驚いたが、隣にいたベイアーの方が反応があった。ベイアーは俺を見て、再びインを見たあと、インが消すまで展開された魔法陣を凝視していた。あまりそういう人材には見えないが、魔法に詳しいんだろうか。


 ベイアーは東門の門番兵だ。ベイアーならぬベアーの名前のままに、ヒゲが顔の輪郭に沿ってもさもさで巨漢の男。

 数回話をしたくらいだが、性格は大人であるの一言で、グラッツなんかと比べるとまともな感性をもった人でもある。女性関係についてはちょっとこじらせているらしいけど。


 彼もまた救援のために召集されてきたらしいが、なんというか、オランドル隊長はベイアーほど巨漢ではないものの二人が並ぶとやり手の兄弟か何かのように見えた。体格やヒゲは威厳に大事だとつくづく思う。

 知り合いの50代の保険の営業マンが、痩せた上、髪も薄くなってきたことにより貫禄がないと嘆いていたものだが、日本社会で貫録を出して、さらに貫禄を生かすっていうのはなかなか難しいだろうなと場違いな考えを一つ。


 ふとオランドル隊長は胸に手を当てて一礼した。ベイアーも続く。


「私は不躾な平民の家の出ですので、無礼だったらご容赦ください。つかぬことを聞きますが……なぜ我々の助力に? 助力してもらえるのは嬉しいのですが……」


 隊長は早々と俺たちをそれなりの家の者だと判断したらしい。

 なぜって、団長から依頼を受けたからだが……他に理由がないとダメなんだろうか。


 考え込んでいると、後ろからディアラが話しかけてくる。


「不思議がっているんだと思います。ご主人様のような良家の方は前線に出ないので」


 ああ、そっか。そうだった。アランプト丘の時はカレタカたちに囲まれてたせいか、あんまり気にならなかったんだよな、その辺。良家というよりは単に七星の威光だったし。


「ダイチ殿はジョーラ・ガンメルタ様と懇意の方なので、戦闘経験が豊富なのかと」


 次いでベイアーが俺の内心を反映するかのように七星印に触れたあと、俺を見て表情を気さくなものにした。お? フォローしてくれた?


「ジョーラ・ガンメルタ様だと? 槍闘士スティンガーのか??」

「はい」


 オランドル隊長はベイアーと俺を交互に見た後、やがて頭頂部をポリポリとかいて視線を落とした。おや。ついにダメな雰囲気か?


「ベイアー、お前は彼らと親しいのか?」

「親しいと言いますか……多少言葉を交わしただけですが」

「そうか。まあいい。お前は元々貴族付きだったし、タンク役もいなさそうだしな。……ベイアーとアレクサンドラ両名は彼らとベルナートを加え、隊を組め。“責任をもって”お守りするように。行くのはもちろん駐屯地の警戒地だぞ」


 はっ、と敬礼をするアレクサンドラとベイアー。ベイアーは貴族に仕えてたのか。

 結局「守られ隊」になったが、まあいいか。精神的に安心が出来るのは助かるし。俺の背伸びみたいなもんだしな。


 こちらで決めてしまいましたがよろしいですか? と隊長。

 隊長は悪い人ではないんだろう。実直な人は、一緒に仕事をすると困ることも多々出てくるが、人としては全然嫌いじゃない。


「はい。見知らぬ戦地で知り合いに囲まれているのは精神的に助かります。お気遣いありがとうございます」


 胸に手を当てて礼をすると、オランドル隊長は少し驚いたようだった。そうして彼は口元を緩めて俺と同じく、こちらこそ助力感謝しますと一礼した。口調はさきほどよりも穏やかだ。

 よく分からないが、意外と礼儀正しいとかか? ひっかかりはいくらか解けたらしい。


 同時に情報ウインドウも出てきた。45歳でレベル35らしい。駐屯地の隊長は、アバンストさんと同等くらいのようだ。


「入り用のものなど、なにかご要望があれば聞きますが」


 要望か。俺は姉妹やインを見たが、これといった反応はない。

 入り用のものねぇ。武器も水も軽食もあるし、ある程度揃えているとは思うんだけど。


「アレクサンドラさんやベイアーさんは何かありますか?」


 話を振られるとは思わなかったのか、二人は少し虚を突かれたようだったが、軽く目くばせをした。アレクサンドラは俯き、ベイアーは腕を組んで少し難しい顔になり。それぞれ考え込む二人。


「北の警戒地には助勢する方々の分の水や食料は揃えてありますか?」


 先に思い付いたアレクサンドラの問いに、いつもと変わらんよと隊長は首を振った。


「水と食料はあまり期待しないでくれ。俺たちの分だけ、というならあるんだがな。……準備しておられないのでしたら、ここにある分を持っていって構いませんが」


 そう言って俺を見てきた隊長に、その辺は揃えているので問題ないことを伝える。


「そうでしたか。……北部駐屯地から道なりに東に行った場所にフィッタ村があります。水と食料の補充の際には利用するのがよろしいでしょう。宿もあります。駐屯地でも泊まることはできますが……おそらく雑魚寝になります。狭いですし、駐屯兵たちが騒いで耳障りでしょうからフィッタで泊まるのがよいかもしれません」


 雑魚寝ね。この基地の様子を見ると納得だ。


「ところで、作戦内容の方は聞いていますか?」

「ええ、アレクサンドラさんからある程度のことは聞いています」


 隊長はアレクサンドラをちらりと見たかと思うと、今度は俺のことを少し探るように見つめてくる。

 俺は特に何のアクションもしなかったが……やがて彼は満足気に頷いた。例によって意外としっかりしてるなとかそんなところじゃないだろうか。


「私ももう少ししたら向かいますが、北部駐屯地にはケプラ騎士団の団長の他、今回召集された者が集まります。各自配置につく前に作戦を伝えるつもりなので、北部駐屯地に到着したら、みなのいる場所でしばらく待機していてください」


 隊長の言葉に頷いたあと、俺たちはベイアーを加えて北部駐屯地に向かうことになった。



 ◇



「プ、プルシストの牛肉は早くて明日くらいにフィッタ村で食べられるかと」

「アレクサンドラよ、夜ではなかったか?」

「すみません……違ったようです」


 アレクサンドラが困った様子で謝る。インはむすっとして鼻を鳴らし、再びベイアーのことを見る。


「すぐには食べられんのか??」

「兵士たちが適当に焼いて塩をかけたものでよければ……」


 インは腕を組んでうーむと盛大にうなった。目をつむり、眉を寄せ、新しい魔法でも考えているかのような熟考っぷりだ。実際しているのは見たことないけど。


 情報が違っていたアレクサンドラはいくらか申し訳なさそうな顔つきでいるが、姉妹はニコニコ……もはや仏のような穏やかな表情を見せている。俺はため息をついた。肉につられすぎるのも困ったものだ。


 このやり取りに関して“新入り”であるベイアーは、何も口を挟まない俺たちの反応をうかがっていたようだが、やがて「これはいつものことである」と察した様子で、小さな美食家の口から言葉が出るのを待つことにしたらしい。

 元々ベイアーは体はでかいし、筋肉もすごいし、ヒゲも濃いが、人相はそれほど悪くない。特に問題なく打ち解けそうな点には安心した。


 それにしても。


 馬車は北部駐屯地へ向けて移動している。俺たちがこれから向かうのは戦場だ。戦う相手は牛ではあるが、ミノタウロスもいる。

 なのになぁ……。なんで俺たちは今晩の食事について語っているんだろう。別にいいけどね? 緊張しててもしょうがないし。


「シンプルに塩のみで味付けしたのも悪くはないが……ふむ! やはりちゃんと調理したものを食わねばな。私は野蛮人の類ではないからの。よしダイチ! 今日はフィッタで寝泊まりするぞ」


 俺は勇んでそう宣言するインに「了解」と頷いた。はいはい。言われなくともそのつもりだよ。


「で、ベイアーとやら。プルシストの美味い牛肉を入手するための良い殺し方なんぞあるのか?」

「プルシストについては分かりませんが、……狩人によれば動物の肉は、罠などで捕えると暴れて肉が傷つくそうです。頭や首、心臓を狙ったりして即死させたものがいいとは聞きます。牛肉はほとんどの部位を食べれますから。味についてはさばく者の腕にもよるそうですが」


 牛肉は色んな場所食べられるもんなぁ。にしても、即死か。狼狩りの時、姉妹もなんかそんなことを言ってた気がする。


 私も市場でそんな話は聞いたことがありますね、とアレクサンドラ。


「ふむ。頭に首か。プルシストの心臓はどこだ?」

「前脚の上です。まあ……突進してくるプルシストをなるべく傷つけずに即死というのはなかなか難しいとは思いますが」

「なるほどの。ま、やりようはいくらでもある。……ディアラとヘルミラは槍と弓でよいとして……即死か。ふうむ……《一点射撃イーグル・アセイル》はちと厳しいしのう。……となると、私の魔法はあまり適したものがないか。……ダイチ。《魔力弾マジックショット》を長い槍の形にしてみよ」


 え? 《魔力弾》?


「いいからしてみい」


 言われたままに俺は手のひらに《魔力弾》を出し、槍の形にした。そのままディアラのショートパイクくらいの長さにする。これで刺すのか? 剣で首を切ったりするのじゃダメなのか?


 ディアラが眼前の槍を見ながら、触ってみてもいいですかと聞いてくる。

 そういえば触ったことないなと思いつつ、「ちょっと待ってね」と、まず俺が触れてみると、硬いゴムみたいな感触が返ってくる。硬くと念じると、《魔力装》と似たような頑丈な合成樹脂のような質感と感触になった。


「触っていいよ」


 姉妹が興味津々の様子で触っているのに触発されたのか、アレクサンドラとベイアーも触ってもいいか訊ねてくる。もちろん構わないので触らせた。


「使役魔法は術者の魔力によって質が変わるといいますが……変わった質感ですね」

「ああ。俺も《魔力弾》は初めて触ったが……別に金属という感じもしないな」

「ある程度は柔らかくしたり硬くしたりできますけどね」


 《氷結装具アイシーアーマー》に関しては、アバンストさんや団長さんやカレタカ曰く、鋼より上のメキラ鋼以上らしいのだが、使役魔法はそのくらいのレベルにはならないんだろうか。


 そんな折、インがもう少し長くできんかと言うので、皆にはいったん離れてもらい、さらに長くした。


 結果、荷台の直径に届くくらいになった。最大でどのくらいの長さにできるんだろうという素朴な疑問。


「ふむ。いい塩梅だの。これなら確実にどこからでも牛の体を貫けるだろうて。……あ、この槍の穂先のこの部分、なくせんか。引っこ抜くとき傷つくだろう?」


 と、インはできた槍の穂先の底の広がっている部分を差した。

 こだわるなぁと思いつつ、俺は念じて穂先の幅を先端以外均等にした。ついでに殺傷力を上げてみるかと思い、どうしたものかと見つめていると、先端に木ネジのような螺旋状の溝ができる。ドリルだ。


「ほう! その穂先なら確実に風穴は空きそうだのう。でもそこまでせんでも普通に尖ってればよさそうだが」

「俺もそう思う」


 だが、ちょっと冗談半分で「確実に仕留められる穂先に」と念じてみると、既存の槍や螺旋状の溝でもなく、具現化された魔力か何かのエネルギーが穂先そのものを象ったかのようなずいぶんファンタジーな形状の槍になってしまった。


 穂先は中心部分が一番広く、引っこ抜くときに傷つかないようにはなっている。一応配慮はあるらしい。

 色が赤とか黒とかだったら、禍々しい様相のそれっぽい槍になったんだろうが、魔力弾の色のままに少し輝きを含んだ透明感のある白なので禍々しさはない。


「まあ、それでもいいかの。……で、それを外に向けて投げてみい」


 インが荷台の外の風景を指さしてそんなことを打診してくる。


「え、投げるの?」

「うむ。昨日訓練場の的に向けてしたように、思いっきり放った後、自分の手に戻るように意識すれば良いのだ。そうすれば大量のプルシストの処理など楽であろ?」


 確かに何度も使えるけど……あくまでも目的は牛退治なわけね。

 ガンリルさんの幌馬車は天井が低めだったので、俺は膝立ちで投げることにした。


 一応俺たちの馬車の後続に馬車や人がいないかなどを確認したあと、幌馬車の真ん中で構える。槍も俺の手の動きについてきて、少し後退した。


 即死させるってことは結構力入れなきゃいけないか。鉄球の威力じゃダメだろうな。


 俺は腕に力を入れた。「投げたあと戻す・幌馬車を壊さないように戻す」と念じながら、……幌馬車の外に向かって魔力の槍を投擲した。イメージはダーツだ。


 槍は……周囲に軽い突風を起こしながら外に向かってすさまじい速度で移動して一瞬で見えなくなった。


 お、お……?


 ……間もなく槍は凄まじい速度で戻ってきて、俺の手の上に戻ってくる直前、畳んでいたらしい穂先の周囲にあった具現化した魔力のようなものが飛行機の離陸時の翼のように開かれ、閉まる電車の扉さながらにゆっくりと速度を落としながら帰還した。……小型戦闘機かなにか?


「お、おお……威力すごそうだの……」

「うん……即死だろうね……」


 インが引いてるのは珍しいが……俺もちょっと引いた。いや、だいぶ引いた。周りの皆は馬鹿みたいに口を半開きにしてぽかんとしている。


>スキル「槍投擲」を習得しました。

>称号「神話級の槍投げ」を獲得しました。


 ス、スキル来たし。


 今回は《魔力弾》の槍だったけど、この分だと普通の槍投げもいけそうだ。別スキルには《投擲》もあるので、威力や精度が底上げされてそうだね。


「ま、期待しておるぞ。私はプルシストに関しては補助系の魔法なんかでサポートにまわるからの。よし、この槍は『牛突槍』と名付けよう!」


 そのセンスは何だよ。そんな中国風味の槍じゃなかったろ?? まあ……七竜戦で使えそうなファンタジー武器を牛を殺すのに使うって段階で色々とおかしいんだけども。


 ちなみにプルシストは牛肉として美味だが、ミノタウロスはそうでもないらしい。

 ただ、血や睾丸などは精力剤や錬金術の材料として高く取引され、爪や角の粉末も精力剤や万能薬。顔面の剥製や毛をつけた衣類は貴族が欲しがるのだとか。


 魔物の素材を材料にするのはゲーム内でもあることではあるんだが、実際に口にするからな……。ほんと色々と逞しいと思う。

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