6-18 金櫛荘の使用人たち (2) - 6人の紹介


 応接室にマクイルさんと一緒に入ってきた使用人たちは、だいぶレベルの高い美男美女だった。


 男性が3人、女性も3人。ユディットがいるので、知らないのは5人だ。もちろん皆、それぞれ執事服とメイド服を着ている。

 さすがに未成年はいないようだが、美少年風の人もいれば、この世界ではあまり見ていない優しげな雰囲気の女性もいて、よくもこれだけ揃えたものだとちょっと感心したりもする。


 金櫛荘はあくまでも宿であり、そういう場所ではないはずなのだが……そういう場所なのかもしれないと少し勘ぐってしまう。ルカーチュさんもダンテさんも美男美女だし。マクイルさんは分からないが、この分だとそうだったのかもしれない。

 ただ女性陣には化粧らしいものはない一方で、男性たちはみんな髭をほぼ剃っていて、髪も手入れしているようなので、その辺の人でもちゃんと身綺麗にしたらこれくらい見られるようになるかもしれないと思ったりもする。そのくらい、往来で見かける人で身綺麗にしている人というのは少ないのだ。額にウェットな前髪が垂れている人を見るといくらか不潔に感じると思うが、汚れる労働者とか傭兵たち以外でも、そんな人は街中にごろごろしている。


「ダイチ様。皆さん。ご紹介に入ってもよろしいでしょうか?」


 姉妹は少し緊張しているようだったが、俺がニコリとしてみるといくらかほぐれた様子で頷かれる。


 インは、


『ほお~。なかなか良いのが揃っておるの?』


 という念話。商品見に来たわけじゃないのよ。


 俺はいつもと変わらないインのからかいを含んだ様子に、そうだね、と淡泊に返した。マクイルさんに紹介をお願いする。


「畏まりました。……では。ユディットからご紹介させていただきます。……ユディットは三人の女性の中で一番若い女性使用人です。主に部屋の備品の管理や部屋の清掃、庭の管理などをさせています。若いですが有能です。部屋のことで何かあれば、彼女はすぐに対応できます」


 ユディットは金櫛荘に来た当初、部屋までの案内をしてくれた人で、トイレなどの設備の話を聞いたりしていくらか見知った仲だ。金髪で毛先が軽く巻かれていて、形容してみるなら、ちょっとお嬢様な雰囲気を持つ人だ。

 ユディットは紹介を受けると一歩前に出て礼をした。俺と目が合い、軽く微笑んでくる。ウルナイの話で根の性格を覗かせながら盛り上がったのが思い出される。……そういえば、ウルナイフリークな人だったっけ。ユディットは姉妹やインにも目が行ったようで、同じく微笑したようだ。


「ユディットはダンテと同じく槍が得意です。魔法も初級魔法程度ですが扱えます。ユディットもそうですが、ここに集めた者は皆、兵士でない者を対処できるくらいには多少の剣術と格闘術を学ばせております」


 と、続くマクイルさんの腕っぷしのほどの紹介に、俺の微妙な心地にあった心境は少し冷静になった。


 その手の斡旋場所なら、こういう紹介の仕方はしないだろう。たぶん。まあ、護衛につけるのにも美男子や美女がいいのは違いないだろうが。

 それにしても格闘術もか。すごいな……。そういえばルカーチュさんには迫ってきた人がいたようだが、よく迫れたな。ここの使用人が腕に覚えがあるの知らなかったか、客だから対処はしないだろうと踏んでいたのか。


 ユディットが軽く頭を下げて後ろに下がった。結構短い紹介のようだ。


「彼女はマグドルナです。彼女には主に屋敷内に設置した魔道具の管理や調整をさせています。もちろん、他の細かい仕事も一通り覚えさせているので、何かあればお尋ねください」


 次に前に出てきたのは、緑色の垂れ気味の目となだらかな眉を持った優しげな雰囲気の美女だった。ユディットはお嬢様風だが、それに対して彼女は正統派お嬢様とでも言おうか、ユディットにはない儚いものが彼女には存分にある。

 マグドルナもまた紹介を受けると、一歩前に出て一礼した。彼女もまたユディットと同じように、俺に向けて微笑をしたが、インはちょっと分からないが、姉妹にはしなかった。微笑には少なからずぎこちなさを感じたが、優美ではあるし、性格的なものか俺の気のせいかもしれない。


「マグドルナは剣を使いますが、ルートナデルの学校に通っていた時期があり、魔法も扱えます。縁は切れていますが、母親がラディッツ家の息女で王都で育ったこともあり、彼女には王都の案内役なども任せています」


 縁が切れてるってさらっとすごいこと言うな。難民もいるし、庶子も多そうだし、別に珍しいことじゃないんだろうけど。にしても王都の案内って、そういう方面も任せてるのかな?


「質問があるのですが。王都の案内ができるっていうのは、俺の方で王都に行くことになった時、彼女を案内人として同行させられるということでしょうか?」

「その通りでございます」


 おぉ~。王都への同行人はもう決めちゃったけど、別の機会で行く時は頼んでもいいかもね。他に何か質問はございますかと聞くので、ないと告げる。マクイルさんが目で合図すると、マグドルナは下がった。


「彼女はエメシュと言います。主に館内の清掃や、新しく入った使用人の教育や稽古などを担当しています」


 3人目は黒髪濃褐色目の女性だ。薄めの顔で、ハーフに見えないこともないが、もちろんアジア人顔ではない。一歩前に出てきた彼女は一礼して、俺に微笑し、稽古の相手についてある程度聞いているのか、姉妹にも微笑した。

 稽古を担当しているとの言葉通り、彼女の礼からきびきびしたものを感じたし、眼差しからも一本芯の通った意思の強さを感じた。


 ただ、顔立ちの整い具合が3人の中でも一番である彼女は、目と口が大きく、魔女的な雰囲気がある上、髪は巻かれているしで、武人的なイメージは少々抱きづらい。確かに陰気な感じでは決してないので、その辺で納得ができるところか。


「彼女は剣に関しては使用人の中でも随一です。武術にも優れています。ケプラ騎士団とも懇意にしていて、父親がギルドの職員なため、そちら方面の御相談があれば彼女に仰ってください」


 ギルドの職員か。何度か足を運んでるし、顔くらい見てるかもなぁ。


「次の彼はベヌーノです」


 今度は男性使用人だ。一歩前に出てきたベヌーノという彼は、俺にニコリと微笑する。インや姉妹にも微笑したんだが、どことなくだが人懐っこいものを感じる。


「ベヌーノは一通りのことはできますが、主に給仕を担当し、その教育も任せています。調理場もよく出入りしているので、なにか食べたいものなどがございましたらベヌーノに気軽にお話ください」


 ダンテが魔性の色気なら、ベヌーノは爽やかな色気を持つ人だ。スラリとした体型だし、モデルをやっていますと突拍子もなく言われても納得のできる健全な美貌がある。

 もみ上げや襟足は綺麗に剃られていて、立ち上がった前髪もしっかりと作ってある上、見る感じ清潔感がある。ちょうどさっき整髪料について話をしたものだが、髪を整えるのはどうやってるんだろうな。


「ベヌーノは剣術と格闘術を得意としていますが、コロニオの方の出身で、父が名のある漁師でした。ですので、ダガーやサクスやシャムシールなど、短剣術や曲刀術にも長けています。コロニオ公国のことや海にまつわる話もよく知っていますし、航海術についても詳しいです。海に出る際にはご相談ください」


 いやいや、海に出る際はって。まあ、そういう客もいるのかもしれないけど、海って確かルートナデルのもっと先でしょ? ちょっと手広すぎないかい?


 にしても曲刀に短剣ね。曲刀はまだ見ていないが、海賊やバイキング的な一派もやはりあるんだろうか。

 でもなるほど、ベヌーノは海の男だったと思うと、彼の爽やかな雰囲気にちょっと納得ができた。現代的に言うなら、サーフィンとか好きそうだ。


「彼はイシュトヴァンと言います。担当は幅広いですが、服飾関係に明るいですし、私やダンテの代わりに帳簿の管理を任せることがあります」


 どうやら賢いらしい次の彼は一歩前に出て一礼し、俺たちに控えめに微笑した。


 彼もまた美男子なのだが、その美貌よりも、賢さゆえの過敏さとでもいった眼差しの知的な鋭さが印象に残った。髪型はベヌーノと似ていてビジネスマン風なのだが、彼の方が決まっている。たぶんスーツを着せてもベヌーノよりも似合うと思う。

 私やダンテの代わりにと言ったように、将来ここの金櫛荘の支配人を彼が任されることもあるのかもしれない。外見の雰囲気だけを見ても、イシュトヴァンはベヌーノよりずっと適任のように見える。


「イシュトヴァンは剣術や格闘術の他、治療魔法の方にも明るいです。教会にもよく足を運んでいるので、そちら方面の用事があるなら彼にご相談ください」


 赤竜教の敬虔な信者か? 教会には行ってみたいとは思っていた。その時は彼を連れて行ったら色々と解説してくれるかもしれない。


「そして最後はゾルタンです。ユディットと同じく、若いですが、子供の頃から長い間この屋敷を支えてくれている使用人の一人です。担当は部屋の備品の管理や清掃の他、馬の世話や御者もできます」


 ゾルタンと名前のついた美少年の彼は俺とインに一礼して、姉妹たちにもう一度一礼した。この時の目線の動きは人によっては流し目にも取れるかもしれないが、いくぶん動物が警戒している風でもあった。

 たぶん一番若いだろうなと思っていた通り、彼は若いらしい。後ろは縛っているようだが、うねりの少しある髪は額縁か何かのように顔を覆っていて、耳まで隠している。長めの髪は、前の男性使用人二人とは明らかに違うヒゲなんて元から生えていそうにない滑らかそうな肌も合わせて、ゾルタンを男なのか女なのか、それとも男前な女なのか完璧なオカマなのか、よく分からなくさせていた。


「ゾルタンには剣と格闘術をやらせていますが、その道に才能があるようで、ルカーチュから投げナイフや鞭術も教わっています。貧民街育ちの身ですが、他の使用人と同じように礼儀作用は身に着けています。少し不愛想なところはありますが、無礼は働きません。市場や娼館関係のことは彼に言ってくれれば有益なことを教えてくれます」


 投げナイフに鞭ね。

 貧民街育ちと明かしてしまうことはあたりも強そうだが、この一連の紹介はどんな客にも同じように紹介しているんだろうか。まあ、この場にいる誰よりも世間知らずな俺としては言ってくれないよりは言ってくれた方が何より助かるのでいいけどさ。


 それにしても、マクイルさんにしたたかさというか、そんなものを感じずにはいられない。貧民街育ちの彼をして、彼に訊ねれば娼館について有益な情報が得られるとは。

 客が好みの異性にありつくためにっていうことなんだろう。もしかしたら、娼館と提携していたりもするのかもしれないが。姉妹もいるし、公然とそんなことを告げられるのは気恥ずかしいというかなんというか……。本気なのかは分からないが嫁探しの体のインはともかくとして。


「6名の簡単な紹介の方は終えましたが、何か質問などはございますか?」


 と、マクイルさんが笑みにいくらかの達成感をにじませて俺に訊ねてくる。


 別にいまさら嫌悪感とかはないが、何度目か分からないこの世界のリアルというものを感じさせられつつ、彼は今、俺にごまをすってきているのも感じた。何に対してごまをすっているのかは分からない。


 何かある? と、俺は姉妹とインに視線をやった。


「こうして紹介してくれたということは、この6人をある程度ならどのように連れまわしても構わない、ということかの?」


 インがそんな質問をマクイルさんに放った。そういうことじゃない?

 はい、左様でございますが、と少し困惑した様子を見せるマクイルさん。


「何か用事でもあるの?」

「いやの。有益な供がおるには越したことはないが、そういった人材、信頼のおける者は一から探そうと思ってもおらんだろうなと思っての。その点ここの者らは非常に教育が行き届いていておる。目もいいし、姿勢もいい。彼らが盗みを働いた、などと言われてもなかなか信じられんであろうな」


 それはそうかもしれないけど。かつてインが姉妹に放った言葉の数々が思い出される。奴隷制度に関して、信頼をはかるのにこれほど便利なものはないと言ってたか。にしても、ずいぶん乗り気だね。


 ちらりとマクイルさんを見てみると、ちょっと唖然とした様子を見せていた。間もなく、ありがとうございますと彼は慌てたようにお礼を言った。

 インが、つまり、小さい少女がさも世の中を知っている風な口をきくことに驚いたんだと思うが、マクイルさんにはインの話しぶりはまだ見せてなかったっけ。この反応はなんか懐かしい気がする。


「さっきダイチも言っとったが、王都に同行させる供が必要な時や、今回のように二人に稽古をしてもらう時など、私たちはこやつらを気軽に借りてよいということか?」

「それはもちろんでございます。ご入用の時に、私や他の誰かに申し付けてくださればただちに向かわせます。ただ、他のお客様が既に彼らをお連れしている時などもございます。その場合は、そのお役目が終わられてからになりますのでご容赦ください」

「うむ。その辺は理解しておる。そこまでごうつくばりでもないからの」

「ご配慮ありがとうございます」


 使用人の6人を見てみると、4人に少し驚いた様子があった。ユディットは部屋で案内を受けた時に既に驚いていたためか、さほど動じていない。

 ゾルタンにもあまり変化はないが、インを見ているその様子は、インの“何か”を判断しようとしている風にも見える。酸いも甘いも、いやそんな生易しいものじゃないかもしれないがともかく、色んなことを経験してそうな貧民街の出なら、納得の挙動かもしれない。


「私らが屋敷から出たあとはどうなる? 彼らは宿泊客を相手にするだけか?」

「出たあとと言いますと、ご宿泊の期間を終えてからということでしょうか?」

「うむ」


 金櫛荘を出た後のことを考えてるのか。確かにまあ、頼もしい連れが増えるのは嬉しいけども。


 特に御者ができるというゾルタンとかな。今後、自分の馬車を持ってもいいとは頭の隅で考えてはいる。

 俺的には御者にはマクワイアさんを選びたいところではあるんだが、彼は御者以外のことは出来ないだろう。それは彼の身の安全を案じると、少し考えるところではある。


 俺たちの旅路は七竜の保護下にあると言われてはいるし、危険を伴うものでは決してないはずなんだが、ある程度自分の身を守れる人の方がやはり安心はできる。


「期間を設けた奉公人として出してほしいと言う話でしたら、ここに集った6名をはじめ、館内の私以外の者は皆受けております。ですが、永続的にとなりますと、本人の意向を重んじよと、ウルナイ・イル・トルミナーテ様の練られました当館の規則に従っております。ご容赦ください」


 そう言って、マクイルさんはインに一礼した。

 ヘッドハンティングはよくある話のようだ。もしかすると、「使用人の紹介」というのはこういうことをたぶんに含めたものだったのかもしれない。言動はともかく、現金一括で宿泊費用を払ったし、金はあるように見えているだろうし。これほど教育の行き届いた使用人なら、結構な額を積んでも引く手数多だろう。


 インが、「だそうだ」と、俺を見てくる。なんで俺を見るのよ??

 みんなの視線が俺に刺さってくる。あー、ほら、全部俺の思惑だったみたいな流れになっちゃったじゃん。


「だそうだ、じゃないよ。俺はそういうこと全然考えてなかったよ。まあ……今後の旅路で俺たちだけじゃ人手が足りなくなるケースもあるだろうし、ちょっと同行を頼むことはあるかもとは考えていたけどさ」


 インが肩をすくめた。


「ま、そういうことでの。奉公とやらはともかく、何かで同行してもらうことはあるかもしれん。よろしく頼むの」


 畏まりました、とマクイルさんが深く頭を下げた。と同時に、紹介された6名も頭を下げた。ダンテさんまで下げている。

 なんか俺がダメ主人みたいな感じになってるが、使用人たちとしては奉公人システムに関して何か思うところはないんだろうか。


 ……使用人の中には実の親から縁切りされた人や、貧民街出身の子もいる。そしてそれは客によく告げているものらしい。

 俺みたいに大して知りもしない人の世話をするのは嫌だろうなとか、働き慣れた場所をあっさり去ることになるのは辛いだろうとか、そんな心配する方がおかしいことなんだろう。


>称号「母の威厳に負ける」を獲得しました。

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