6-17 金櫛荘の使用人たち (1) - 特許と応接室


 1階に降りると、マクイルさんは話していた商人風の人とちょうど話を終えたようだった。


「マクイルさん」

「おや、ダイチ様。それに皆さんも。またお出かけですか?」

「いえ、今日はここでゆっくりしようかなと」


 左様でございますか、とマクイルさんは穏やかな笑みを浮かべる。相変わらず、安心感のある笑みだ。氷竜として会ったノアさんと笑みの雰囲気が似ているが、やっぱりマクイルさんの方が溌剌としていて長生きしそうだ。


「お仕事の方は順調ですか?」

「そうですね。滞りなくお客様を迎えておりますよ」

「それはなによりです」

「……そういえば昨日食堂の方で教えていただいた黄金トーストのトッピングの件ですが」


 ああ、あったなぁ。そんなこと。

 食べ物の話だからかインがなんだそれと言ってきたので、解いた卵に牛乳と蜂蜜を入れたものに浸したパンだということを教える。


「ほお。甘いものはそれほど好んではおらんが、黄色いパンか。うまそうだのう」

「そのうち出てくるんじゃないかな?」

「次に黄金トーストを出すのは明後日の予定でございますよ」


 楽しみにしておるぞ、と腰に手をやって偉そうにイン。マクイルさんも畏まりました、とニコリとする。マクイルさんの眼差しは孫を見る目になっているような気がしなくもない。


「それでトッピングがどうかしたんですか?」

「ええ。ダイチ様がエリドンとチーズを乗せて食べていたのを見ていらしたお客様がいらっしゃいまして」


 あらら……。なんか言われたのかな?


「なんかわがままを言ってしまったみたいで」


 マクイルさんが両手を振って、とんでもございません、と否定する。


「そのお客様にもエリドンとチーズを乗せてお出ししたのですが、非常にお喜びになりまして。また別のお客様も食べたいと仰られて……それで今度は私どもの方でトッピングを黄金トーストのメニューの方に追加したいと検討している次第なのですが、よろしいでしょうか?」


 全然問題ないので快諾する。マクイルさんはありがとうございます、と礼をした。


「使用料はおいくらでしょうか?」


 料理にも特許料的なものとかあるのか。まあ……あるにはあるだろうけど。


「今回はそういうのは大丈夫なので、お気になさらず。お客さんを喜ばせてあげてください」


 マクイルさんは目を丸くした。この分だと使用料をもらうのが普通だったのかもしれない。

 うーん。でも、泊まってる宿だしなぁ。


「本当によろしいのですか?」


 マクイルさんは珍しく怪訝な顔をしてくる。

 なんでそんなに念押しするんだ? 貧乏人には見えてはいないと思うんだけども。


「……ちなみに使用料っていうのは、どういったシステムによるものでしょう? 俺の方がお金をもらって、それで終わりだったりしますか?」

「いえいえ。私どもから使用料として10万ゴールドをダイチ様にお支払いして、その後は毎月4万ゴールドほどお支払いさせていただく予定でございます」


 えっ? 10万に毎月4万??


「え、毎月固定の金額ですか?」

「左様でございます。黄金トーストをメニューに出さなくなったらお支払いはできませんが……」


 そうか。あの食堂では料理の一品一品でお金取ってないもんな。ヴァイン亭のように、料理だけ食べにくる客も受け入れてるかもしれないけど。

 メイホーの警備兵の給金が2,3万だったよな……。贅沢しなければもう暮らしていけるってことじゃないか。さすが高級宿。ベッドの数も結構あるしなぁ。


 ……ちょっと損した気分になってきたぞ。お金はあるんだけどね。攻略者依頼以外での金策は一応探してはいたから。


「これってつまり特許制度ですか?」

「左様でございます」


 制度もちゃんとあるのね。うーん……。


 マクイルさんがニコリとして、私どもの方はお気になさらず、と言ってくる。


「ダイチ様も色々とお金は必要でしょうから」

「……じゃあすみませんが、もらっておくことにします」

「はい。是非そうして下さいませ」


 恥ずかしいやり取りだ。外見年齢的には恥ずかしくはないんだろうけども。

 それにしても、そんなにすごい内容なの? フレンチトーストにトッピングって。


「トッピングってそんなにすごいアイデアだったのですか?」

「少なくとも私どもの方では、黄金トーストに別の何かを乗せるアイデアは持っていませんでした。調理の者も皆驚いていました。特にチョコや粉にしたチーズをまぶすというのは、衝撃的でした」


 そういえばマクイルさんも驚いてたけど。


「調理の代表の者が言うには、必ず人気料理になるだろうとのことでした」


 まあ、美味しいからね、実際。甘味文化はまだまだって感じだから、先駆けて抑えておきたいポイントではあるのかもしれない。


「それと何かありましたら、また助言を頂けたらと思っております」


 俺は苦笑した。マクイルさんはきちんとやり手のビジネスマンでもあるらしい。


「分かりました。何かあったらお伝えしますね。……じゃあ、これは食べてから思ったんですけど、黄金トーストに乗せる果物は果肉が柔らかい方がいいかもしれません」

「はい。調理の者もそう申しておりました」


 マクイルさんが苦笑してくる。だよね。


「輪切りにしたバナナとかキウイとか。見た目が可愛らしくなるので、女性……ご婦人が喜ぶかもしれません」

「なるほど……」

「これからはチョコもかけたりするんですか?」

「チョコは原価が高いのでトッピングとしてお出しするのは少々難しいのですが、以前に調理の者が別の料理で使いたいと言っていたので仕入れてみることにしました」


 チョコ高いのか。どこでカカオ取れるんだろ。


「ダイチよ、用事のこといいのか?」


 インがシャツをつまんでくる。ちょっとむくれている。おっと、そうだった。3人に待たせてごめんね、と謝る。マクイルさんも申し訳なさそうな顔をした。


「えっとですね、使用人の方々を紹介してもらいたいな、と。なかなか機会を設けられませんでしたから。あと、先日ルカーチュさんと少しお話しまして。それで時間があればで構わないのですが、うちの二人に稽古をしていただけたらなと」


 マクイルさんが朗らかな顔をする。


「左様でございましたか。それではちょっと使用人たちの状況を確認してまいりますので、お待ち頂いてもよろしいですか?」


 え、もう?


「分かりました。その辺で座って待ってますね」


 マクイルさんは軽く礼をして、気持ち駆け足で受付台の奥にある扉を開けて消えていく。そんなに急がなくてもいいのに。というか、共鳴石鳴らさないんだ。


 俺たちは昨日座ったテーブルセットにまた座ってマクイルさんがやってくるのを待つことにした。


「そういえばダイチは二人の稽古の間どうするんだ? 暇にならんか?」

「ん、魔法の確認でもしようかなって。ネリーミアの店で買った魔法、使ってないのがまだあるんだよね」

「初級魔法だったか? 何の魔法だったかの」


 俺は魔法の情報ウインドウを出して、未使用の魔法5つ――《火弾ファイアーボール》《水の防壁ウォーター・ウォール》《岩槍ロックショット》《風壁ウインドガード》《風刃ウインドカッター》を伝える。

 《灯りトーチ》の時は暴発してしまったが、防御魔法もあるし、風魔法は威力が低いしで、始めから弱く出せば問題ないだろうとは踏んでる。メイホーはさっと森に向かえたものだが、石の壁で覆われ、門番もいるケプラはその辺は不便だ。


「ふうむ……いまいちなラインナップだのう」

「全部初級だしねぇ。まあ、なにかしら使い道はあるんじゃないかな」

「んーー《岩槍》は、魔導士によっては変わった使い方をすることはあるがの」


 変わった使い方とやらを聞いてみれば、畑を耕すのに使うらしい。


「畑を耕すって、作物を植える前にスコップとかで土を柔らかくしたりしたり石を取り除くために掘り起こすやつ??」

「うむ。地面の土から《岩槍》を生成して解除すれば、《岩槍》で使った土は元あった場所に還るだけだからの」


 ほ~……。つまり、畑の土を利用して魔法を使い、すぐに解除させて土に還らせると。掘る必要もない。そういうことか? そうなると《岩槍》は地面の土を利用する魔法で、地面から突き出るような魔法ってことになるな。


「体が疲れんから便利らしいぞ。よう考えたものだ」


 インがそう言ってふっと薄く笑う。確かにまさかの転用だね。


「あ。それ、インバース様もやってたことあります」

「《岩槍》で畑を耕すのをか?」

「はい。イン様の知ってる農夫の方と同じように、疲れないから便利だと言ってました」


 どこにでも同じことを考える奴はおるもんだの、とインが苦笑して肩をすくめた。魔力は減るから、それなりに魔力はいるんだろうな。


「ま、基本的には魔法をどう使おうが術者の勝手ではあるがの」


 そりゃそうだ。


「インバース様って、二人の魔法の先生だっけ」

「はい。うちの里で魔導士と言ったらインバース様で、みんなに魔法を教えていました。なんていうか……魔法の腕は確かなんですけど、その、めんどくさがりの人で」


 そう言ってヘルミラが苦笑した。なるほど。その反応で性格の半分は分かったよ。


「部屋も汚いので、私とヘルミラは時々部屋の掃除をさせられてました……」

「そりゃまた、分かりやすいタイプだねぇ……でもすごく頭いいんでしょ?」

「はい。とても。昔はフーリアハットで魔法の先生をしていたり、応用術式を作ったりしていたそうです」


 応用術式か。ダークエルフは結構応用術式得意なんだっけか。


 と、そんな話をしていると、マクイルさんがやってきた。

 横にはダンテさんがいた。ドワーフ譲りの魔性の色気は相変わらずだ。親のドワーフの顔が見てみたい。ガルソンさんのホームレス顔が浮かぶ。絶対こうじゃないだろう。両親の顔どっちも見ないと納得できなさそうだ。


「ダイチ様、応接室の方に来ていただいてもよろしいでしょうか? 皆を呼んでまいります」

「もういいんですか? 皆さんの仕事とか」

「ええ、問題ありません」


 マクイルさんはさきほどの少し慌てた去り際から一転して、いつもお柔和な笑みを絶やさない支配人の姿に戻っていた。この分だと滞りなく皆を集められるようだ。


 俺たちはマクイルさんに従って応接室の方に行くことにした。


 にしても、ただの顔合わせのはずだけど……なんか俺のあずかり知らぬ思惑が動いている気がしなくもない。俺が氷竜でありインが銀竜であることが知られているなら、この扱いも納得できるんだけどね。



 ◇



 通された応接室は、金櫛荘のロビーのクラシカルな豪華さと華さやかをぎゅっと凝縮したような部屋だった。


 ロビーにあったシャンデリアとは少し意匠の違う、だが同じように金色に輝くシャンデリア。その下には真っ白なテーブルクロスを敷いた大きなテーブルがあり、中心には2つの銀色の燭台が置かれている。周りには10脚ほどもあるアンティークな椅子。

 白い壁際には「本物」とは似ても似つかない赤い竜の描かれた中世写本的な様式の大きな絵画と、棚がいくつかあり、立派な金で縁どられたエメラルド色の壺や高そうな花瓶に生けられた色鮮やかな花、木彫りの獅子の置物など。窓を飾っているカーテンも、刺繍があり、先には房が垂れていて、高そうな代物だ。


 床にはかなりサイズが大きめの絨毯が敷かれている。

 ロビーに敷かれていた絨毯と似ていてオリエンタルな雰囲気を醸し出しているが、白で縁どられた絨毯の中心には花か、太陽に群がる鳥か何かのような模様が描かれている。七竜の紋章の中心にあった太陽のマークと似ていたので、七竜教に関わるものかもしれない。


 と、そんな応接室は会議室以上の広さが普通にあった。このクラシカルでヨーロピアンな内装はだいぶ見慣れてきたので、正直なところ一番驚いたのは広さかもしれない。

 俺の想像していた応接室は内装はともかく、広さは現代の応接室と変わらない一人用の部屋の広さだったからだ。


 そんなわけでいったい“ここで誰を応接するのか”とちょっと自問してしまったが、貴族も泊まることもあることを思い出して、いくらか納得した。資金提供者とかもいるだろうし、それは主に貴族がそうだろうしね。

 ある程度贅を凝らして招かなければ、失礼になるというものだろう。貴族たちは例によってプライドが高いようだし。媚びるのとはまた違うが、そういった誠意と謝意は過剰なくらい常に見せておいた方がいいのだろう。


「では、私は皆を呼んでまいります。ダンテ、任せます」

「承知しました。――ダイチ様、イン様、ディアラ様、ヘルミラ様、お座りください」


 俺たちの名前を丁寧に読みあげたダンテさんがテーブルの方に手をやった。ちょっと緊張している風だったので、姉妹の肩にぽんと手を乗せて俺たちはテーブルについた。インも内装を軽く見ていたようだが、特に動じた様子はない。さすがだ。

 それにしても、紹介してもらうだけなんだけどな。何人紹介されるのか分からないが、それなりの人数が来ると思うので、この広い応接室に通されたのだと思うといくらか納得はできるが。


 ダンテさんが部屋の隅にあったカートを持ってきて、お茶を飲むかどうか訊いてくる。なんか甘いものが飲みたかったのでエリドンにした。姉妹も同じものを頼んだ。インはダージリンなシャンピンだ。今朝の食堂で飲んでいたものだが、エリドンよりは好きらしい。


 ダンテさんは座らず、俺たちの傍で立つようだ。ルカーチュさんも同じことをしていたし、もう座ってくれとは言わないけども。


「ダンテさんは、俺たちの稽古をすることに決まったのですか?」

「はい。ダイチ様がご所望であればお相手をと仰せつかっております。私は槍と剣の心得が少々あります。ぜひお役立てください」


 と、ダンテさんは謙虚な言葉とともに軽く頭を下げた。


 ダンテさんのレベルは30だ。LV30というと、ベイアーやグラッツのような門番でも高いのはいるが、ケプラ騎士団相当の実力ということになる。

 もはや心得レベルではないように思うのだが、研ぎ澄まされた使用人としての謙虚な言動がダンテさんをものすごい実力者に見せてくる。アバンストさんの戦いっぷりはまだ見ていないが、二人が戦うのを見てみたい。


「今日稽古をしてもらおうと考えているのは、ディアラとヘルミラです。紹介を受けたらまた変わるかもしれませんが、うちのディアラが槍を得意としているので、ダンテさんのお世話になるかもしれません」


 そうディアラを紹介すると、ディアラがよろしくお願いします、とダンテさんに向けて意気込んだ。


「こちらこそよろしくお願い致します。ディアラ様の槍には何か流派などはございますか?」


 うわ、流派とか。あるんだろうけどさ。ディアラを見てみると、


「トミアルタ流槍術を学んでいましたが、まだ本格的なものは教わってはいなかったので、子供の遊びのような代物です……。今の私はご主人様や他の方々に鍛えていただいたので、トミアルタ流槍術とは違うものになっているかと思います」


 ああ、そういえば武家の子だったっけね。あるんだな、やっぱり流派って。


「なるほど。トミアルタ流槍術……ダークエルフの里の流派ということでしょうか」

「はい。私は未熟でしたので大したことは習っていませんでしたが、足技を絡めた流派です」

「ダークエルフの得意とする蹴撃を絡めた流派なのですね」


 ディアラが同意する。そうなると、ジョーラは師匠のマイヤード流か、マイヤードさんの出身の里の流派ってことになるのかな。


「ダンテさん、使用人の中で弓の得意な方っていますか? うちのヘルミラが弓が得意で」


 弓ですか、とダンテさんが考える様子を見せる。


「私の聞いている限りですと、弓を教えられるほどの者は残念ながらいなかったように思います。以前は熟練の者がいたのですが、その方は辞められてしまいました。一応門番の見張り兵として弓術を習っていた者はいるのですが、人様に稽古ができるほどの腕ではないように存じます」


 うーん。まあ、人に教えるとなったら門番兵、しかも元がつくレベルじゃ厳しそうだよな。ベイアーたちのような例外もあるが、レベル的にはディアラとヘルミラは門番兵と同等だし。


「ダンテさん、ちょっと相談なんですが……」


 ダンテさんが、なんなりと、と言った意味なのだろう、目を伏せて軽く頷いた。


「うちのヘルミラは魔導士の卵なんです。弓も得意なんですが、どちらかといえば、魔法の精神集中の技術を磨くといった感じで弓はやらせていました。弓の鍛錬以外で魔導士としてためになるような修練って何かありますか?」

「魔法なら私が教えるぞ?」

「うん。それはそうなんだけどさ。一応そういうの知っておきたいなって」


 インがふうん、めんどくさいの、といった顔をする。


「私は魔導士ではないので確かなことは言えませんが……当館の使用人や私の知り合いなどが行っているものですが、それでもよろしいでしょうか」


 ヘルミラを見てみるといくらか力強く頷かれたので、俺はダンテさんに頷いた。


「二つほどございます。一つは精神集中をすることです。精神集中して、体内魔力や周辺の魔素マナを感じ取る精神鍛錬法です。呼吸法と呼ぶ場合もあります」


 ああ、何度か見かけたことあるやつだ。ハムラもしていたし、グラナンたちと一緒にヘルミラもしていた。確かにどこでもできそうだ。


「これを行うのはどこでもいいそうですが、出来れば地面や木などに接している方が、魔素によって体内魔力が浄化されるので良いそうです」


 体内魔力が浄化、ね。ヘルミラを見てみると、小さく頷いて、なるほどといった様子を見せていた。現代人的に言うなら森林浴みたいな感じか?

 ただ、自己治癒能力に長けた魔導士はこの精神集中のみで魔力を回復するのはもちろん切り傷程度なら傷を癒してしまうと聞いて、俺は脳内で訂正した。なにそれずるい。


「もう一つは、護身系の魔力操作術です。応用論は色々とあるようですが、体内魔力で簡易的に身体強化することで防御する方法です」


 それはすごいな。俺にもできそうそれ。


「ちなみにその身体強化で剣の一撃を完璧に防ごうと思ったら、体内魔力の半分以上持っていかれるからな。著しく魔力効率の悪い防御方法だ。それだったら防御系魔法の早い展開を学んだり、足に集めてさっさと逃げる方がよい」


 肘をつきながら、インがこちらを見ないままそう補足する。半分か。インで半分なら俺だと1/6か? 何にしても使えないな。MPはまだ1000も使ったことないのに。


「そのように聞いています。ですので、あくまでも致命傷を防ぎ命を繋ぐ際や、不慮の事故の際の緊急対処に使うそうです」


 なるほどね。半分はイン目安ではなく、一般的な話のようだ。

 ヘルミラに、知ってた? と訊ねてみると、知っていましたとのこと。


「まだ早いと言われていましたが、インバース様もいずれは学ぶことになると言っていました」

「インバースというと、インバース・クーリルタ様ですか?」


 ダンテさんが少し感情を露わにして、インバースの名前を挙げた。相変わらず新鮮な響きを持つ苗字のようだが、知っているようだ。

 ヘルミラが頷いた。お二人はインバース様のお弟子さんですか? というダンテの質問に再び頷く姉妹。耳が少し持ち上がっている。ダンテさんが知っている風なのを見て、関心を寄せたようだ。


「そうでしたか……私はヴァーヴェルで兵士をしていたことがあるのですが、魔導教官としてインバース様は招かれていました。非常に優れた魔導士様で、ヴァーヴェルの魔導兵を鍛えてくれたと聞いています」


 ヴァーヴェルはグラナンとカレタカがいたアマリアの街だ。ダンテさんのレベルの高さについては情報ウインドウで知っているので、兵役についていたことはそれほど意外ではない。


「そうだったんですね。インバース様はその……どうしようもないところもありますが、昔は魔導士第二位のイエムス様でしたから」

「お噂はかねがね聞いていました。“非常に快活なお方”であるのと、ヴァーヴェルに駐在している魔導教官ではおよそ太刀打ちできない卓越した魔導士であったと。私がもし魔導兵だったら、師と仰いでいたかもしれませんね」


 ダンテさんの柔和な微笑とともに展開されたまるで毒のない誉め言葉に、二人は苦笑した。

 姉妹はインバース先生とはだいぶ距離が近かったものらしい。部屋が汚く、弟子に掃除をさせる人への「非常に快活なお方」という表現は確かにちょっと面白かったが、魔導士第二位ということは、結構な地位だったんだろう。いよいよ一芸に長けた人というか。


 そんな話をしていると、ドアの向こうからダンテさんを呼ぶマクイルさんの声があった。少々お待ちください、とダンテさんが言ってドアの向こうに消える。しばらくして、再び俺たちのところにやってきた。


「もうご紹介ができるようです。よろしいでしょうか?」

「分かりました。どうぞ」


 なんかドキドキするな。俺的にはマクイルさんが紹介したがっていたので、じゃあ紹介してもらおうかなとそんな気軽なものであってご大層なものじゃないと思ってるんだけど……あっちは違うのかな。

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