6-16 ギルド長と整髪料


「お。ベルナートにアレクサ」


 話を終えて、そろそろギルドから出ようとしたところで、とある男性から呼びかけられた。

 男性は黒髪で、鼻が大きめだ。顔の形こそごつごつしているが、黒目だし、眉尻に向かって孤を描いている眉にと、結構愛嬌がある感じの顔なので一瞬黒人っぽいようにも見えたが、よく分からない。アゴヒゲには白いものもあるし、年齢は40、50辺りだと思うが、体格は良い。


 そんな彼は昨日フルドというアバンストさんの息子と話してた職員だ。


「また依頼か? 騎士団の面子が潰れるぞ?」

「いえ、今日はただの付き添いで」


 アレクサンドラはそう言うと、俺たちのことをちらりと見た。男性はつられて俺のことを見、姉妹やインのことを見た。その後、分かりやすく眉をもちあげて、「こいつらがか?」といった怪訝な表情を見せた。

 俺はこの流れをこれからいったいどれほど経験するんだろうな。……いや、捜索の一件が俺たちだって知っている可能性もあるか。


「付き添いっていうと、……この子らの攻略者登録とかか?」

「そうですね」


 ベルナートさんがじゃっかん苦笑気味にそう頷くと、男性はもう一度俺たちを「この子らがねぇ」といった顔で見た。そしてアレクサンドラの元へ。


「俺は見た目で判断しないことにはしてるがよ。ベルナートはともかく、アレクサもいるってことは実力はあるんだな?」


 お。この感じだと、捜索と俺たちは結びついてないのか。登録の際にも職員は特に気付いた様子はなかったが、そうなるとギルド内は安全圏か?


「はい。実力はもちろんあります。なにせ私や、」


 どちらにせよ、俺はこの後の流れが予知できたので、そうさせまいと二人を少し強引に、男性から離れた場所まで引っ張っていった。


「な、なんだい?」

「俺が団長さんに勝ったことは言わないでください」


 二人は目を見合わせた。ベルナートさんは少し驚いたようだったが、「では、私の方は?」と、アレクサンドラは何かを心待ちにするかのようにずいぶん好意的な笑みを見せていた。なにを期待してるんだ……?


「俺が見た目の割に強い、ただし現実的な範囲で強いという評価を相手に与えてくれるのなら何でも。俺は会う度に『こんな奴が攻略者~?』『お前の力を見せてもらおう』と戦いを挑まれるのはちょっとと思ってるので……」


 今度は二人とも目を丸くしたが、やがてベルナートさんは軽く吹き出し、アレクサンドラはすみません、と下を向いてちょっと恥ずかしそうにした。なんで謝った?


「じゃあ言うようなことがあれば、アレクサに辛勝したってことにしよう。団長と手合わせしたことは内密にして」


 ありがとうございます、とお礼を言うと、見ればアレクサンドラはちょっとむすっとしていて、納得がいかないといった顔をベルナートさんに向けていた。ベルナートさんはまだ少し笑っている。

 アレクサンドラはそれから俺にも視線を向ける。むくれた顔はちょっと可愛かったが……俺はきみの師匠とかにはならないよ??


 俺たちが内緒話を終えて戻ると、ベルナートさんが「彼は実力はあるので大丈夫ですよ」と男性に一言。


 ふうん、と俺たちのやり取りを見ていた職員の男性はそれ以上追及はしてこなかった。二人を引っ張っていったので、会話の内容はともかく親しいことは察したのだろう。

 で、そんな親しい間柄から、討伐任務をすることもある攻略者としての実力の話に際して実力があるから大丈夫と言われれば納得もするだろう。武力を持たない民間人ならともかく、二人は騎士団員だし。


「そうそう、俺はラズロってんだ。このギルドのギルド長をやってる。俺が専門としてるのは討伐関係や鍛冶や皮革方面でな。ま、他のこと含めてなんかあったら言ってくれ。何でも答えてやるぞ。ここの奴らは物知りが多いからな」


 おぉ、ギルド長だったのか。服装的には他の職員とあまり変わらないし、ちょっと分からなかった。


「ダイチです。こっちがディアラ、ヘルミラ、そしてインです。今回は4人で登録しました」

「ほお。全員か。こりゃ頼もしいな。これからよろしくな」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 ラズロさんは黒人風味の顔つきによく似合っている寛容な表情を俺たちに見せた。

 ギルド長らしく、彼は人は付き合いやすそうだ。ダークエルフにそんなに目の色変えなかったしね。


>称号「顔が広い」を獲得しました。



 ◇



 ベルナートさんとアレクサンドラと別れたあと、俺たちはいったん金櫛荘に戻った。依頼については後日また知らせてもらうことにした。


 少し二人とケプラをまわることも考えたのだが、アレクサンドラと団長との手合わせやら、俺の強さを隠してもらうことやら、二人の《魔法闘士ヘクサナイト》の話での謎の挙動の変化など、あれこれ気にするのが少し億劫になったので帰宅した形だ。ようは引きこもりたくなった。


 あと、昼寝という今の俺には大事な休息もある。あのくらいの手合わせではどうにかなることはないとは分かっているのだが、やはり適度にエネルギーチャージしておかないと不安だ。

 言わば劣化した充電池のようだからね、俺。人族的にも昼寝は心身ともに良い作用を及ぼすというところで、好意的な解釈をしておきたい。


 昼寝に際して、いつもだと姉妹は部屋に戻すんだが、


「よければご主人様の部屋で待っていてもいいでしょうか?」


 とのこと。言い出したのはヘルミラだが、ディアラも特に意見を挟まない。寝顔を見られるのは少し恥ずかしいが……。


「でも退屈じゃない? 寝るだけだよ?」

「大丈夫です。編み物をしたり、買っていただいた地図を見たりしています」


 ヘルミラはそう言って、微笑した。ディアラも問題ないという顔をした。二人とも特に何か目立った変化は感じられない。


『ま、よいではないか。長話に疲れたのではないか? 好きにさせておけばよかろ』


 それはインじゃないのか? と既にベッドに横になったインに思いつつ、まあなんとなく一人でいたくない時は誰にでもある。

 コーヒーでも出しておこうかと思ったが、やめておいた。何かと振る舞いがちなのは、俺の悪い癖だ。彼女たちは出会った当初も、そして今でも、いつもおんぶにだっこな自分に負い目を感じている。


「じゃ、おやすみ~」

「「おやすみなさい」」



 ――……話し声が聞こえる。


「――そのうち楽になると思うんだけど……」

「――あ。何か一瞬楽になった」

「――その感覚忘れないでね。その楽だった瞬間に意識を集中させて、魔力の根源を感じるのが魔力の消耗を抑えるコツなんだってインバース先生も言ってたよ」

「――そんなこと言ってた気がする……」


 ディアラとヘルミラの声だが……魔法の練習か何かしているらしい。


「――他の魔法のコツもこんな感じ?」

「――分からないけど、持続させる必要のある魔法で、《灯りトーチ》くらい初級の魔法ならそうじゃないかな」

「――そっか」


 魔法か……。そういや、使ってない魔法あったな……。


 二人の魔法講座には興味はあるが……俺はもう一度目を閉じて、まどろみに身を任せた。一緒に強くなろうな……。……。


 ・


 目が覚めた。別に体調不良だったわけではないが、気分はすっきりだ。


「起きたか?」

「うん。……起きた」


 いつもインは俺の覚醒にいち早く気付く。窓の外はまだ明るい。


「「おはようございます」」


 すぐにディアラとヘルミラの声。そういや二人は部屋にいたんだった。手を挙げておはようと返した。


 ……そういえばなんか……二人は魔法の話してたっけ。魔法……魔法か。

 ベルナートさんたちと依頼もあるが、今後また七竜と戦うこともあるかもしれない。仮に負けて、なにかこじれることはないようには思うが……戦術の幅を広げておくに越したことはないだろう。ネリーミアの魔法屋にも顔出さないとな。


 魔法のウインドウを出す。使ってないのは、……《火弾ファイアーボール》《水の防壁ウォーター・ウォール》《岩槍ロックショット》《風壁ウインドガード》《風刃ウインドカッター》の5つ。

 どれも初級魔法なのもあるが、《火弾》と《風刃》は既にアランプト丘で見ているし、字面で魔法の内容はだいたい分かる。試し打ちをしてない理由は、俺の使う魔法は威力が底上げされる上、《灯りトーチ》の暴発の件もあったからだ。メイホーなら森が近かったけど、ケプラは都市回りに外壁があって手頃な森とかもないので、ちょっと魔法の試し打ちはしにくいんだよね。


 お土産渡して、攻略登録もすませたし、今日はあとはどこかで魔法の確認するだけにしてもいいかもな。

 問題は場所だが……。二人もなんか強くなりたがってる風だし、……ディアラはダンテさんとかに槍を習うのとかでいいにしても。使用人に魔法に詳しい人とかいないのかな?


 体を起こして伸びをすると、髪を梳かします、とヘルミラ。対応早いな。まだ起きたばっかりだよ。寝癖あるか訊くと、少しあるとのこと。

 まあ、ぼーっとしてるだけでいいので任せた。今回はディアラも参加するようで、《微風ソフトブリーズ》役らしい。


 ピッピッと、《水射ウォーター》による霧吹きめいた水しぶきがかけられ、気持ちいいそよ風が送られてくる。あーきもちー……。


 しばらく身を任せていると、「もうよろしいですか?」とヘルミラ。見れば二人ともなんだか楽しげだ。まぬけ顔を見られていたかもしれない。恥ずかしくなったので、インにも髪を梳いてあげるように言った。


「イン様の髪はほんと綺麗ですね。何か秘訣とかあるんですか?」

「んー? 特に何もしておらんな。髪を綺麗にしたいのか?」

「あ、いえ、特にそういうわけでは……」

「そういえば髪の形を変えるのってどうするのだ? 結ばずにだぞ? 結構色んな髪の奴がおるが」


 アバンストさんのてかったオールバックが脳裏に浮かぶ。整髪料のことか?


「梳いたり巻いたりする以外にあるんでしょうか」

「どうなんだろ……髪留めで留めてるなら見かけるけど」


 姉妹も分からないようだ。うーん。ダークエルフの里ではその辺のおめかしはあまり気にしてなかったんだろうか。二人はオシャレにはあまり通じてはいないのを見るに、遊牧民で森暮らしだから可能性はあるけども。

 ジョーラはどうなんだろうな。あのくりんくりんの髪は現代的に手入れをしようと思ったらだいぶ大変だとは思う。七星は自宅に使用人とかいるんだろうか。


 ワックスはどうやるのかはちょっと分からないが、簡単なヘアオイルとかならたぶんいけるんじゃないだろうか。


「魔法とかじゃないなら、油分を含んだ液体に、何か人体に無害な粉を合わせたもので固めるんじゃないかな。分からないけど」

「ほぉ」

「油ですか……。ホロホロ草の油は料理でよく使っていました」


 ホロホロ草ね。なんだっけ、食べてよし薬にしてもよしの植物だっけね。


「料理で使う油なら口にしているし、髪にも使ってよさそうではあるね」

「粉というと、小麦粉とかでしょうか?」

「小麦粉……まあ、害はないし安そうだし、……ありかもね。水と植物油と小麦粉で案外簡単にできるのかもね」

「なにができるのだ?」

「整髪料だよ。さっき言った油分を含んだ液体のことね。――例えばこんな風に前髪を上げて、この状態で整髪料を塗って、《微風》でしばらく乾かしたら固まるって感じ。アバンストさんは整髪料使ってるよ」


 俺は前髪を上げてみせて、そんな説明をした。


「なるほどの」

「確かにあの方の長い髪は固まってましたね」

「うむ」


 固めたら戻らんくならんか? とインが訊くので、そんなにものすごくは固まらない、水で流せば戻ることを教えた。村長さん宅の地下室への床板を頑強にしていた土魔法の《固定ホールド》が、髪の形状固定に活用できたら便利だろうにとちょっと思った。


「俺の言ってるのは、ヘアオイルって言って髪に艶を出したり、まとまりをよくしたり、朝にぱぱっと寝ぐせを直したりするためのやつだから、アバンストさんの使ってるものとは違うんじゃないかな」


 それにしても整髪料関係ってどこに行ったら購入できるんだろうな。

 エリゼオについてた二人とも髪の手入れはしていたようだし、娼館辺りが手っ取り早いか? さすがに姉妹は連れていくのはあれだが、お金を渡したら情報なり現物なり入手できないかな。今度アバンストさんに聞いてみよう。


 と、そんな話をしていると、インが肉串をねだってきた。俺たちも部屋のテーブルにコーヒーセットを出して、チェスナやら《漬物ピクルス》やらと一緒に軽い昼食にすることにした。もちろんインにはナプキンを使うように指示した。

 チェスナはもうあまりないようなので、姉妹が少し惜しむ様子を見せた。市場で携帯食漁りや山菜摘みも予定に追加だな。


「うむ! やはりこの肉串に限るのう!!」


 インは髪より食だよね~。もっとも整髪料を使わなくなって、大して髪型を気にしなくなってしまった今は、俺もどちらかというと食寄りだけども。


「今日はこの後どうするのですか?」


 と、ディアラがコーヒーを啜ったあとそんな質問。ヘルミラも俺に視線を寄せてくる。インもちらりと俺のことを見たが、すぐに肉にがっつき始めた。


「金櫛荘内で過ごそうかなって。お礼参りはすませたし、攻略者の登録もしたしね。手合わせもしたから今日はなんかもういいやって気分でさ」

「そうですか」


 姉妹が、くすりと笑みをこぼす。ないとは思ったが、一応用事がないか訊ねてみると、やはり特にない、任せるとのこと。ま、市場巡りは時間空いた時にもできるしね。


 インがもう1個肉串をねだってきたので、いつものように、数に限りあるから食べ過ぎは注意ね、と言いつつ渡す。まだ700個以上あるが、……調理するまでに消費が追い付かないといいけど。ジルはあれ以来、魔力スープをがっついてこないが、他の七竜ががっついてこないとは限らない。


「とはいえ何もしないのもあれだし、使用人を紹介してもらおうかなって。なんかマクイルさん紹介したがってたし、君たちもそのうち使用人の人と手合わせしたいんでしょ?」


 そう言うと、ディアラが「はい!」と気持ちのいい返事をした。両耳がピンと張り、期待に満ちた元気な表情を向けてきていたが、すぐにそれは控えめになった。耳の様子はあまり変わっていないが、目線を泳がせて恥ずかしそうだ。


「できれば……お願いします」


 分かりやすい。そんなディアラにヘルミラは小さく息をついたが、とくに嫌そうな様子ではない。止めようとしない辺り、俺たちの空気もとい俺が望む二人との関係に慣れてきたか、それともディアラと同じく強くなりたい意思によるものか。


「使用人たちも仕事してるから、相手してくれる人によって習えるものは違ってくるかもね。そういえばヘルミラは魔法と弓以外で武器は使わないの? ああ、でもジョーラとの稽古の時は槍使ってたね」


 お姉ちゃんほどではないですけどね、とディアラが苦い顔をする。ジョーラとの稽古では、ディアラと結構いい感じで連携していたように思うが、確かにヘルミラの攻撃には、俺にでも分かるぎこちなさが確かにあった。

 ヘルミラはあくまでも魔法が得意であり、それを補う形で弓をやっていた。狼戦で槍もやらせてみたらよかったなと少し思ったりもするが、……このままだと器用貧乏になりかねない。


「剣は習ったことはありますが、あまり物になってはないです……」


 ふむ。魔法が使える使用人はいるのかな? それか弓だが。

 ルカーチュさんに投げナイフを習うのもありかもしれないけど、投げナイフはさすがにそう簡単に使えるレベルにならない気がする。それよりは使用人たちみんなが使えそうな護身術とか、俺みたいな武術方面か? うーん。


「ディアラは槍以外は?」

「剣は一応使えますが、槍ほどではないです」


 槍はダンテさんだったか。ダンテさんが相手をしてくれるなら槍でいいとして。


「なんだ、稽古させるのか??」


 インが指についた肉の脂を舐めとった。肉串は例によって綺麗に串のみだ。


「紹介ついでにできればね。ルカーチュさんと話した感じ、稽古の相手してくれそうかなって」


 俺はインから串を受け取って魔法の鞄に仕舞う。この串、ステンレスっぽいし、なにか有効活用できないかな。それこそ、投げナイフのような投擲武器としての活用もできるだろう。


「魔法だったら私が教えてやるぞ!!」


 と、元気いっぱいにインがヘルミラに申し出る。お? そうだった。インがいたんだった。魔法教員の確保はOKだな。


「お主を上級魔法も扱える大魔導士に育てることなぞ、このインにかかれば簡単なことだ!」


 インが薄い胸を叩いた。もう見慣れたものだが、ちょっとそれは大言壮語すぎない?


 とか俺は思ったんだが、ヘルミラはいたって真剣な顔で「はい! 頑張ります」と意気込んだ。まあ、いっか。二人の成長は俺の喜びだ。

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