6-15 七影魔導連とミージュリアの滅亡


「<ランク3>まではどうだろう……。<ランク3>の知り合いがそんなにいるわけではないから何とも言えないけど、最低でも1年はかかってるんじゃないかな」


 と、ケプラ騎士団員のベルナートさんが俺の「登録後、つまり<ランク1>から<ランク3>までどのくらいかかるのか?」という質問に考えを寄せた。

 <ランク2>の攻略者たちはアランプト丘の依頼でよくいたので、じゃあそれ以上だとどの程度かとちょっと気になったためだ。


「そうだな……震雷のフィレッツィオ殿はだいぶ速かったらしいけど、彼が<ランク3銅>になったのもそのくらいだったな」

「あの人は異常……ああ、でもダイチ君も大概異常だったね」


 そう言ってベルナートが俺に含みのある苦い笑みを見せてくる。確かにと言って、アレクサンドラも笑みを寄せた。

 アレクサンドラの方は実際に戦った側の意見といったところか、異常というワードに肯定的意見を伴った実に満足気な晴れやかな微笑だ。


 俺は二人の笑みに関しては苦笑して流すに留め、イタリア的なご大層な名前の震雷のフィレッツィオとやらについて訊ねてみる。


「先代の《近衛勇将パラディン》ウルギス様の息子だよ。今はコルヴァンで近衛隊長をやってるとは聞いてるよ」


 おぉ、パラディン。


 クライシスにもクラスとしてあったが、ファンタジー界隈では有名なクラス名だし、別にクライシスに限ったものではないだろう。ご大層なのは伊達ではなかったようだ。

 それにしても七星にはパラディンという名誉職はなかったと思うけど。


「彼は《近衛勇将》になるつもりなんだろうか?」

「さあ……どうだろうね。実力はあるらしいけど」

「《近衛勇将》って?」

「<七影魔導連>の一つだね。実力のある王都の近衛兵からよく選ばれるよ。……知らないかい?」


 俺は頷いた。彼らは知っているようだが、明らかに七星と似たような立ち位置の組織なので、気になる。


「<七影魔導連>についても詳しくは知らないので、教えてください」

「<七影魔導連>は<七星の大剣>と同位の国家組織だよ。<七星の大剣>は武闘派集団の色合いが強いんだけど、<七影魔導連>は貴族連盟の色合いが強い組織でね。七星は主に戦闘方面で国を支える組織だけど、有力貴族が多い七影は武力以外のことでも国を支えてるよ。まあ、簡単に言えば、家柄のある七星かな。七影も七星に劣らず実力派揃いだしね」


 なるほど。そういえばジョーラは特に良家とかじゃなかったよな、確か。

 姉妹に七影について知ってる? と聞いてみると、少し申し訳なさそうに知ってますと言われる。ううむ。インからも『私も聞いたことはあるぞ。内情は知らんがな』と念話。インすらも知っているとなると、ちょっとダメだなぁ。


 それにしてもインはさっきから退屈そうにしている。自分から率先して攻略者登録しようって言ってたのに、職員から説明が始まって間もなくこの様だった。

 職員に気遣われながら登録を無事にすませ、謎の文字で<ランク1銅>と書かれ、ギルドのマークが彫られた銅のプレートをもらったあと、ギルドの奥で黒パンと豆スープの軽食を食べた時は多少ご機嫌だったが、話が始まるとまた退屈し出したのだった。


 知識が古いっていうだけで物知りではあるんだし、新しい知識を知る名目で真面目に聞いてもいいだろうになぁ。

 ちなみにベルナートさんとアレクサンドラは、今は特に仕事も用事はないからということでついてきた形だ。王都に行く際には同行してくれるし、たぶん彼らなりに親交でも温めようと思ってくれてるんだと思う。


「七影とあるので、やはり七つの称号が?」

「そうだね。《近衛勇将》、《重装兵長クルセイダー》、《戦斧名士ラブリュス》、……《魔法闘士ヘクサナイト》、《聖職官セイント》、《魔聖マギ》、《天翔騎士ヴァルキリー》の七つがあるよ」


 うわお。こりゃまた色々とくすぐられる称号たちだ。セイントやマギはクライシスにもある。MMORPGないしファンタジー界隈では、パラディンよりは聞かない固有名詞だと思うが……。


「一つ一つ教えてもらっても?」

「ん……」


 ベルナートさんが俺のことをじっと見てくる。淡褐色の眼差しには特別な感情が見つからない。何かを探ろうとしている風ではある。なんだ?


 彼はそれほど童顔ではないのだが、くせ毛の茶髪も合わせて少年的な若々しさがあって、ちょっとした時間にのんびりと風景でも眺めていそうなそんな顔立ちをしている。でも意外と歳はいっていて、34歳だ。

 騎士団然り、攻略者然り。これまで付き合いのあった人たちが少し分かりやすすぎたのかもしれないけども、だからだろうか、黙られてじっと見られると少し困る。


 なんとなくだが、団長さんと気質が似ている風な印象を受ける。団長さんも若々しい人だったが、胸に熱いものがある人だった。この点は俺的にはベルナートさんは違う気もするけど、どうなんだろうな。

 まだ知り合って日も浅いが、ベルナートさんとはアランプト丘では戦いも共にした。普通に快活な人だ。ベンツェさんやアランやイワンのように、そんなことも知らないのか? と肩をすくめてきたり茶化してくるタイプではないように思うけど。


 ちょっと意味深な間だったが、ベルナートさんはいくらか柔らかい表情を見せてくれ、快諾してくれた。


「《近衛勇将》はさっきも言ったけど、王都の衛兵団からよく抜擢されるね。七影のリーダー格で、象徴的存在だね。ただ、彼らは七影としてはあまり活動していなくてね。基本的には王城のあるルートナデルの守備の任務に就いてるよ」


 優先順位が決まってるのか。レベル的に厳しいかもしれないが、団長さんは部隊のメンバーの候補とかになってなかったのかな。


「王都の衛兵からってことは、団長さんも候補だった時期が?」


 どうだろう、としばらく考え込み、アレクサンドラを見るベルナートさん。


「かつて近衛騎士団から選出された方はいましたが、その時は親衛隊の任は解かれていました。団長はずっと親衛隊にいたので、なかったんじゃないかと」


 と、そんなアレクサンドラの意見には、ベルナートさんも「あっても蹴ってそうだね」と、同意した。確かに。

 王がいくら強いとはいえ、護衛が兼業っていうのもなぁ。王もその辺はきちんと分かってるといったところか。


「分かりました。《重装兵長》は?」

「《重装兵長》は、重装兵部隊だね。七星も七影も、隊長は強者が選ばれることが多いけど、《重装兵長》の隊長は加えて指揮官としての能力も買われるそうだよ」


 ほ~重装兵。クルセイダーだが、十字軍的な要素はなさそうだ。


「重装兵っていうと、防御は完璧だけど、装備がめちゃくちゃ重いっていう?」

「そうそう。人にもよるけど、全身鎧フルプレートとタワーシールドが標準的な装備だね。騎兵としても優秀で、ランスを持って普通の騎兵並みに動けるらしいよ。もちろん、軽量化の魔法はかけるけどね」


 ああ、魔法ね。便利だな。アルマシーがそういえばランスを持っていたが、体格的にも適性ありそうだ。


「《近衛勇将》と同じで活動範囲は主に城や周辺地域のみだけど、部隊の力としては七影随一とも言われてるね。ただ、装備代がとんでもないらしいから、大貴族や大商人の私兵として動くこともあるらしいよ」


 そうだろうなぁ。


「《戦斧名士》は、斧使いの名手だね」


 斧! ラブリュスは何からきてるんだろう。


「斧を使わせたら右に出る者はないと言われる人たちばかりだよ。隊長はホイツフェラーっていう林業の名家が代々襲名してるね」

「林業というと……木こりで斧の扱い方が上手いっていう?」

「そうそう。訓練と称して、伐採させるみたいだしね」


 なるほどね。


「《戦斧名士》は七影の中でもちょっと変わってるというか、七星的な人たちが多いと言われてるよ」

「七星的な人たち?」

「うん、貴族だけど平民に理解があるんだよ。……ホイツフェラー家含めて、《戦斧名士》の彼らは決して平民出というわけじゃないけど、ほら、林業ってさ、木を伐るにせよ運ぶにせよ、基本的に平民の仕事だから。林業では基本的に貴族たちはたまに監督したり、商売の手筈を整えたりするだけらしいんだけど、《戦斧名士》の彼らは時々一緒に伐採したりもするらしいんだよね。まあ、その一方で他の七影とはあまり仲がよくないとも言われてるんだけどね」


 ふうん。《戦斧名士》の人はいい人そうだ。色んな人がいるんだな。


「《魔法闘士》は……」


 ベルナートさんは再び俺のことを見てくる。今度は分かりやすく、じゃっかん眉にシワが寄っている。ん? 曰くつきの人たちかな?


「《魔法闘士》は武術と魔法を駆使するのが得意な人たちだね」


 武術。俺と一緒か?


「5年前に新設された新しい七影で、まだ数は少ないんだけど、七影の中でもトップクラスの実力と言われてるよ」


 新設されたにも関わらず最強クラスか。ベルナートさんは反応してたし、なんか裏がありそうだなぁ。


「ところでダイチ殿はミージュリアという都市を知っていますか?」


 アレクサンドラが横からそんな見知らぬ土地の名を出してくる。聞いたことはないな。たぶん。

 見れば、ベルナートさんがアレクサンドラに何かを訴えるかのように見ていた。俺に気が付くと、目を逸らしたあとすぐに戻り、苦笑した。ベルナートさんは隠し事が下手な様子だが、やはりあまりいわれのよくない話か。


「いや、聞いたことないです。少なくとも覚えている限り」


 アレクサンドラがそうですか、と視線を落としたが、すぐに上げて俺のことを見てくる。ベルナートさんに比べると、アレクサンドラの態度は毅然としたものだ。真面目な話かな。


「ミージュリアは10年前に滅亡した都市です。今では廃墟となっています」


 あれま……。


「なぜ滅亡したのか、詳しい事情は分かっていないのですが、近隣住民や生き残った者の証言によれば、……“闇が城とその付近を暗雲のように覆ったあと、太陽のような巨大な炎が出現して周囲を一瞬にして焼き尽くした”とのことです」


 うわ! こわ。なんかきな臭い実験でもしてたか、神の罰……神はいたっけ? 七竜とか?

 インをちらりと見るが、相変わらずつまらなさそうにしている。つまり、インは知らないことか?


「ミージュリアには《魔女騎士ヘクサナイト》という精鋭部隊がいましたが、……その精鋭の生き残りが、魔法闘士のウリッシュ・ガスパルン伯爵です」


 部隊の名前を継いだのか。


 と、俺は内心では呑気にその《魔法闘士》にまつわる実にファンタジーらしい話を聞いていたんだが、アレクサンドラの俺を見てくる表情はいよいよ硬い。ベルナートさんもさっきは目を泳がしたりしていたが、今では少し怖い表情で俺のことを見てきている。何だ……?


 別になにか口に出してるわけじゃないが……彼らの態度の急変の理由が分からない。姉妹をちらりと見てみるが、特に変化はない。黙って話を聞いている。インは……つまらなさそうだ。


 とりあえず《魔女騎士》についてでも訊ねてみるか。


「《魔女騎士》とは、どのような人たちだったんですか?」

「……非常に精強な兵たちとして知られていました。武器の扱いはそれなりのようでしたが、武術はどれも達人級で、攻撃がまるで当たらなかったとか。鎧の合間を縫って攻撃してきたり、手練れになると殴るだけでメキラ鋼の鎧を壊せたり。手刀で首を斬ってきたりもしたそうです」


 えぐ……。小説だの漫画だのでいくらでも見たシーンだが、オーガの末路を見てきたのでリアルに想像できてしまう。

 あ。俺は思わず自分の手を見た。……まさか俺のことを疑ったりは、ねぇ? 特に根拠もないし。いやまあ強さ的な意味では十分かもしれないが。


 でも、10年だろ? 生き残りが10年経ったら、今の俺は復讐が行動原理になっているのにちょうどいい年齢かもしれないが……。


「鎧をまとった兵たちの攻撃が彼らの素早い動きを捉えられるわけもなく、一兵卒では足止め程度にしかならなかったそうです。……魔法にしても、攻撃、防御、補助、そして回復に至るまでどれも優れていたそうで、彼らにより部隊のいくつかが壊滅しました」

「部隊って、オルフェのですか?」

「ええ……」

「よくそんな人を七影に入れましたね……」


 理由はあるんだろうが……。


 アレクサンドラがちらりと見てきた。彼女の青い瞳と眉がぴくりと動いて、また視線が落ちた。

 こういう時のアレクサンドラの不安を煽るかのような眼差しは、挙動の意味深さをかきたてるのにこれほど役に立つものはないように思う。人によっては苛立つのかもしれないけど。


「《魔女騎士》には派閥があり、オルフェの軍勢と戦ったのは過激派の方だったそうです。詳しいことは私たちは聞かされてはいませんが、ミージュリア王家の次男と宰相が指揮を執り、暗躍していたそうです。……市井に出回っている噂によれば、七影に《魔法闘士》を設立したのはフレデリカ女王をはじめ、ミージュリアの生き残りを探す目的があると。ミージュリアはオルフェと友好を結んでいましたし、フレデリカ女王と七世王も仲が良かったそうですから。……もっとも、ガスパルン伯爵は一時期は牢獄にいて、処刑される寸前だったそうですが」


 なるほどな。あの王の浮いた話は特に聞いたことなかったが、ようやく一つ目ってわけか。


 だけど、俺との関連が何も見つからない。何か喋って墓穴を掘るのもあれだしな……。昨夜氷竜になったことでもまだお腹いっぱいなのに、さっきは二人と戦ったし。厄介なことをこれ以上抱えるのはご免だ。これからも抱えることはあるんだろうが、……今日はもうなんかゆっくりしたいよ。


 内心でため息をつきつつ少し待ったが、二人から話は続かなかった。《魔法闘士》についての話はなんか気乗りしなくなってしまったし、次の《聖職官》について訊ねてみた。


「あ、はい。《聖職官》は――」


 メインの話し手がベルナートさんからアレクサンドラに代わりこそすれ、何事もなく説明を受けた。安堵したが、《魔法闘士》の話での変貌はいったい何だったのやら。


 ちなみに残りの七影について。


 《聖職官》は、クライシスのセイントと同じようだった。

 七星の治療師ポジションの《聖神官ハイプリースト》と同じだった。違いは他の七影と同じように貴族を集めていて階級が高いことと、七星の《聖神官》は火力魔法にはそれほど長けていないが、《聖職官》は火力魔法も得意らしい。あと、どちらも赤竜教の司祭が多く所属しているらしい。


 《魔聖》もまたクライシスのマギと同じで、七星の《魔導賢人》と似たようなポジションで、魔導士をメインとした組織らしい。

 ただ、貴族が多いため、らしいといえばらしいのだが、王立の学校で魔法の成績の優れた者が多く在籍し、魔法・応用術式の開発や魔道具の作成に秀でている者が多く、そっち方面でも多大な功績を挙げているのだとか。一方で、《魔導賢人》とは違って《魔聖》戦闘にはあまり参加しないらしい。


 《聖職官》と《魔聖》の話を聞いて、対抗意識でもあるのかと思って訊いてみれば、実際かなりあるらしい。特に七影の方が七星を目の敵にしているのだとか。


 理由は分かりやすく、「平民だから」「七世王が贔屓にしているから」という部分に集約しているようだった。それと、この対抗意識ないし、派閥争いはオルフェの抱える大きな悩みの一つだとも二人は吐露した。七影と七星に関わらず、貴族と貴族、商会と商会、そして部隊と部隊。どちらが優れているのか、すぐに対抗心を燃やす傾向にあるらしい。

 別にそれはオルフェだけに限ったことではないようにも思ったのだが、国内でも有数の強い権力が集中しているに違いない七影と七星が火花を散らせていたのでは、世間でもそういう傾向にもなるのかもしれない。


 最後の《天翔騎士》は、興味深かった。


 というのは、構成しているのが純血の鳥人族や、鳥人族とのハーフだというからだ。もちろん人族もいる。彼らは「飛翔術」に長け、空からの攻撃を得意とする組織だと聞いて心が躍ったのは言うまでもない。鳥人族や翼を扱えるのであれば翼で空を飛び、そうでなければ風魔法で飛翔するらしい。

 ただ残念なことに、《天翔騎士》は存亡が危ういらしい。なんでも、初代天翔騎士が鳥人族の英雄の家系だったそうなのだが、その血は代を追うごとに薄れ、身体能力も落ちてしまい、他の七影ほどの目覚ましい強さを持っていないらしい。それは《天翔騎士》の人気を落とし、また、飛翔状態の維持もそれなりに大変&才能が必要というわけで《天翔騎士》に所属を希望する人は今非常に少ないのだとか。


 興味本位に、空を飛ぶ騎乗動物にでも乗ればいいのではといった話をしてみたんだが、二人はその提案に割と乗り気味で吟味はしつつも、巨大な鳥系の魔物なんかはどこにでもいるが使役しているケースはなく、そのような騎乗動物はいないとのことだ。残念。

 ドラゴンに乗ってもよさそうなものだが、この世界は七竜がトップで、創作に七竜を出すのを禁じているくらいだ。竜を使役しているのはあまり快く思われなさそうだ。

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