6-13 ケプラ騎士団団長 (2) - 双剣使い
「わ、私ですか??」
立ち上がってしまったアレクサンドラに、「不満か?」と訊ねる団長さん。
「……いえ! そんなことはありません」
アレクサンドラはすぐに座ってしまった。もう動揺は露ほどもない。
アレクサンドラは華麗なる女剣士といった印象が俺の中にはあった。アランプト丘では男の団員に混じって唯一の女団員として作戦に参加し、場合によっては組み伏せて指示に従わせるなどと言い放ったり、そして実戦では双剣で戦っていた女傑だったからだ。
一瞬、そんなアレクサンドラにもきちんと狼狽えることがあり、普通の女性市民と変わらないところがあると思わされたが……彼女はすぐに女団員の毅然とした顔、あるいは女軍人の一人に戻ってしまった。
それもこれも、俺の手合わせの相手にアレクサンドラを選んだのが団長さんであり、一切の躊躇いなく、むしろ冷酷さすら感じさせる語調で、反論を許さなかったからなのだが……。
団長さんはアレクサンドラとのやり取りに引きずられることもなく、「裏手に練兵場があるんだ。そこへ行こう」と俺を見ながら立ち上がった。
元王の親衛隊というものがどういう人物なのか、そんな人物が監督した厳格で、そして優れているであろう組織の内情を見せられた気にもなりつつ、俺たちは彼に従って場所を移動した。
『お主はよく挑まれるのう』
――ほんとにね。
『飽きんからいいがの』
――人のことだと思って。
インはくくと密かに笑う。いつものことながら楽しそうでなによりだよ。インだって、俺と一緒に走れるくらいの身体能力あるだろうに。
マップ情報で事前に確認していたままに、長屋の裏手には空き地があった。
カカシがぽつぽつとあって手合わせをするのには邪魔じゃないかとも思っていたのだが、カカシのない場所はテニスコート半分くらいの範囲はあった。1vs1の手合わせをするには十分の広さだろう。
屋根で影になっている隅の方には、木剣や木製の盾や、穂先が木になっている槍などが放られた箱があった。どの武器も傷はあるが、しっかりとヤスリで削られているようで、人体を刺し貫くことなんて誤りは絶対に起こらないように作られていることが分かる。
盾は丸いものと台形を逆にしたもの、長方形の小さいタイプのものがあった。どれもアランプト丘ではよく見た形状だが、実際の盾と同じように、外周には取り付けた鉄枠と同じようにわずかな段差まで彫られ、ご丁寧に鋲のところまで再現していた。中心部にはケプラの紋章まで彫られている。裏面には普通の盾と同じように、握るための取っ手やベルトがついていた。
ケプラの紋章はともかく練習用のものなので、そこまで職人技を披露しなくてもいいように思うが、弟子の仕事とかにしているのかもしれない。
「君は何か使うのか? アレクサンドラは何にでも対応できるから、使うなら好きなのを使うといい」
全幅の信頼があるなぁ……。
「いえ、よくできてるなぁと」
団長さんは眉をあげて少し怪訝な顔をした。「別に珍しいものではないと思うが……工芸品にでも興味があるのか?」と訊ねてくる。
「ええ、まあ。……この辺りで手合わせを?」
ついじっくり見てしまったが、手合わせの前にそういう話はよくないだろうなと思い、俺は見るのをやめて、カカシのない場所に視線をやった。
「ああ。あまり広くないが、少し実力を見る分には十分だろう」
なるほど。俺の実力を外から見たいわけね。
カカシのない場所は、塀が少し高くなっている。絶対に見られないというわけではないが、多少はマシだ。
アレクサンドラはさきほどの狼狽えが嘘のように、軽く準備運動をし始めた。
前腕には、腕を覆うほどの小さな長方形の盾がある。彼女はアランプト丘の時は盾はつけていなかったが、あれくらいの大きさなら双剣の動きの邪魔をしないだろう。
双剣使いって少ないだろうし、一般的には戦いにくいんだろうなと思いつつ、俺はアレクサンドラの前に立って、同じように準備運動した。ジャンプを軽くして、腕回しに、肩回し……。
「準備できたら言ってください」
「了解」
今まで準備運動とかはしてこなかったが、少し長めに準備運動をして時間を使った。工芸品が好きなのかと訊ねてきた団長さんの怪訝な様子で、なんというか……ピリっとしたものを感じたのだ。
確かに、これから手合わせをしようというのに武器選びではなく、武器の出来に着目したのはよくなかった。逆鱗に触れるとかはないと思うが、団長が激怒するのは正直見たくない。一応、俺のことを心配した上での手合わせのようだしね。
芯は武人ではない俺なんかのごまかしが、どこまで通じるのかわからないけど。
団長がジョーラやジョーラ部隊の皆みたいなタイプなら楽なんだろうけどなぁ。兵士育成の長い任務に就いている元王の親衛隊がお硬くないわけないよなぁ……。
適当なところで終えて、いいですよと、声をかけた。
アレクサンドラが団長の方を向く。団長は頷いて俺の方を見た。アレクサンドラを見ると、構えて臨戦態勢になっていた。
ふと気づけば、アレクサンドラの双剣は長さが違うようだ。右手の木剣よりも左手の木剣の方が短いらしい。確かに木剣には3種類ほど長さはあったが。
「用意はいいな?」
俺は団長さんに頷いた。
「では、……はじめ!」
俺は身構えた。
……が、攻撃がこない。アレクサンドラは構えたままでじっと俺のことを見ている。
もう少し待ってみたが、やはりこない。そもそも彼女にこれといった変化がない。そういう戦法? アランプト丘では普通に戦っていたけども。
軽くぴょんと横に移動してみた。……やっぱり何もない。目線と首を少し動かしただけだ。
よく分からないが……じゃあ終わらせるか。納得いかなければ再戦されるだろう。
先に仕掛けてくれないとどれくらいの加減でやったらいいか分からないんだよな。アレクサンドラは今まで戦った人たちの中でも一番レベル低いし。
――俺はアレクサンドラの背後に素早くまわり、手刀の指先を彼女の首に当てた。確認だろうか、首がわずかに動いて、俺の指が首に少しだけ食い込む。
「……団長。もう一戦いいですか?」
と、俺に手刀を当てられながらアレクサンドラ。終わったということは分かったらしいが……ずいぶんあっさりしてるな。
「あ、ああ。構わん」
再び立ち会う俺たち。
はじめ、という掛け声があると同時に、今度はアレクサンドラはしっかり駆けてきた――
剣2本での攻めを受けるのは正直面白かった。
一撃の重みはジョーラやハリィ君、そしてディディにも遥かに及ばないのだが、とにかく絶え間なくあっちにこっちにと斬りつけられるので、忙しい。忙しいんだが楽しい。
薙ぎ。けさ斬り。突き。斬り上げ。色々と攻撃方法はあるようだが、左手の剣の方が攻撃回数が少ないようだ。時にはその左手の剣で、わき腹を狙っての持ち手での殴打もあった。意外と泥臭い戦法だ。
あと、右手の剣による攻撃は結構突きが多いようだった。アバンストさんがレイピア使いなので、その辺の影響があるのかもしれない。とはいえ、アランプト丘ではそんなに突きはしていなかったように思うので、状況によるんだろう。
ハリィ君との手合わせの時と同じように、俺は基本的には回避に徹した。俺が回避に専念するなどとは伝えていないが、その辺はしっかり現役の剣士のようで、アレクサンドラは油断せずに俺の腕の届かない範囲まで下がったりした。
なんにせよ、俺たちの位置は下がる一方だったので、カカシの方に移動しないよう、時々跳躍して場所を移動した。
ハリィ君と手合わせをした時は、時々剣の刀身にスキル扱いでないかもしれないほどの軽い《掌打》を入れてバランスを崩させたりしていたのだが、アレクサンドラはハリィ君よりも体幹が強くないようなので、今回はしなかった。
もっとも、流すくらいはたまにしたけれども。
徒手で、《掌打》もせずにどうやって流すのか?
避けながら、指先で刀身に触れ、少し力を入れつつ流す。そうすれば回避行動が最低限で済む。ディディの時の《白羽取り》や、狼戦での《無拍子》のような神業だと思う。
なぜこういうことをしているのかというと、アレクサンドラの一撃は軽く、そして剣閃が“綺麗ではない”からだ。
それはアレクサンドラが、俺が今まで戦ってきた人の中で一番レベルが低く、彼女の剣士としての未熟さにも繋がるのかもしれないが……次の手次の手と息つく暇なく一撃が来るせいか、最後まで綺麗に振りぬかれないのだ。それは彼女の双剣のスタイルなのかもしれないが、なんにせよ、なので流しやすいのだと思う。
クライシスにもグルームという双剣使いのクラスがあったが、暗黒系だった。
結構強いクラスで、HPを代償に一撃を重たくできるし、ガード無視の連撃削りは1vs1で結構有効だった。軽く見たが、俺のHPは減っていない。
外野のインは相変わらず「おぉ~! やるのう!」とか「な~ぜ攻撃せんのだ!」とか言って観戦を楽しんでいたようだったが、無視した。俺も呑気に観戦したい。
今回はこれまでの手合わせに比べるとだいぶ気持ちに余裕があるのだが、やっぱり内から見るのと外から見るのとでは違うと思うし。
「――ふっ!!」
そうして3回目の跳躍もとい場所替えを終えた頃、アレクサンドラが右手の剣で斬り上げて、続けて左手の剣では薙いできた。ほとんど間はない。剣術に関しては詳しくはないが、双剣使いらしい攻撃だと思う。
この双撃が来ると、双剣に慣れていたり俺みたいに盾などで防ぐことをしないと、後ろに回避せざるを得なくなる。追撃をするなら、追ってくるだろう。
アレクサンドラが俺の回避を読んでいたとばかりに低い姿勢で駆けてきて、薙いできた。
脚か。しかも狙いは腱らしい。堅実だが、この場合は腱よりも腿あたりかもな――
俺は斬り込んできた木剣の剣先を少し力を込めて左足で踏んだ。
「――っ!!」
アレクサンドラの手から木剣が離れ、彼女の態勢が崩れる。だが、彼女はひるむことなくそのまま左手の木剣で俺の腹を狙ってきた。ほんと泥臭い。でも嫌いじゃない。
苦し紛れのような腹への一撃の刀身は“水平”だった。
その腹へ向けて刺しにきた一撃を避け、俺は剣の刀身を上から《掌打》した。
「あっ!……」
剣が再びアレクサンドラの手から離れ、地面に叩きつけられる。と同時に、アレクサンドラの肩を掴んで、突進の勢いを殺した。そして手刀を首に突き付けた。
開幕から俺のことを敵だとみなし、鋭い眼差しで睨みつけてきていた青い目は、焦りとともに地面に叩きつけられた木剣を追っていたが、すぐに首に当てられた俺の手刀に行った。そしてきつく結ばれる口。
アレクサンドラは俺を見てきた。悔しさ、驚愕、恐怖、それとも手首や指の痛みだったのかは分からないが……揺れていた目は閉じられた。
そうしてアレクサンドラの肩から力が抜けたかと思うと、その開けられた目には、結果に満足した、というような爽やかなものがあった。
「……そこまで! 」
ようやったぞ、ダイチ! というインの歓声が上がる。姉妹も嬉しそうにしている。
唐突にアレクサンドラの情報ウインドウが出てきた。このパターンはレベルが上がったか。
やはりアレクサンドラはレベルが1個上がり、31になっていた。俺のレベルはいつ上がるんだろうな。
>称号「師範代」を獲得しました。
>称号「神代の流し師」を獲得しました。
それはともかくちょっと気になったので、アレクサンドラに「手、大丈夫ですか?」と訊ねてみると、彼女はしばらく何を言われたのか分からないような顔をした。
「手です。手首とか指先とか。踏んじゃったので……」
もう一度言うと、アレクサンドラはようやく自分の両手を眺めた。しばらくそのまま見ていたかと思うと、手を開いたり閉じたりした。
彼女の爪は短く、爪の周りも黒ずんでいる箇所が結構あった。まあ、剣士だしね。ジョーラは割と爪先まで綺麗にしていたものだが、実力による余裕の差か、住んでいる場所の快適さの差か。
「ええ……問題ありません」
「それは良かった」
なんにせよ、よかった。普段あんまり足技使わないから心配だったんだよね。
「私、結構握力あるんです。もちろんティボルほどではないですが、男性の団員より握力あります」
「え、そうなんですか?」
はい、とアレクサンドラは俺に手のひらを向けてくる。いたって普通、いや、多少は大きいし、節はちょっとゴツゴツしている。剣を2本も使うくらいだから、握力が鍛えられやすいとかあるんだろうか?
「それよりも……次の心配した方がいいかもしれませんよ?」
アレクサンドラはニコニコしてそんなことを言ってくる。次の心配?
>称号「金髪に好かれる」を獲得しました。
金髪? アレクサンドラ。アバンストさん。ハリィ君。あと誰いたっけ。そんなに周りに金髪の人いないんだけどね。いや、だからこそ称号になってるのか。
団長から、ダイチ君、と呼び掛けられる。
「今度は俺がやってもいいか? 俺はあんな手合わせを見せられて何もしない腰抜けではなくてな」
団長はずいぶん好戦的な笑みを浮かべていた。どうやら火をつけてしまったらしい。連戦か……。
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