6-12 ケプラ騎士団団長 (1) - いつもの


 ケプラ騎士団の詰め所の長屋に俺たちは通された。


 長屋はシンプルな石造りで、傍には武具屋でもあった、板を三角に組み合わせて剣や槍などを立てたものがあり、灯りが点々とある以外では窓すらもない建物だった。

 堅牢と言えば聞こえはいいかもしれないし、騎士団の詰め所らしいと言えばそうなのかもしれないが、併設されている3階建ての建物の方は至って普通のケプラではよく見かける乳白色のレンガ調の壁でオレンジ屋根の建物だ。長屋ももう少し人心地つける建物にしても良かったのではと思ってしまう。


 長屋の中に入ると、明るめの色合いの大きな木のテーブルがあり、同じ木材の背付き椅子が雑然と並んでいる。

 テーブルの上には小さくて質素な黒塗りされた金属のシャンデリア。奥の方には数個のジョッキと木皿と蝋燭立てが乗ったテーブルセットと、ちょっと脱いでそのままといった感じの鉄の鎧のいくつかが隅の方に置かれてあった。


 雰囲気から察するに、ここで団員が集まって作戦会議とかするのかもしれない。


 手前の壁際では、椅子に座って数人が話をしていた。アレクサンドラが団長と声をかけるのと同時に、見知った顔がこちらを向いた。アバンストさんだ。


「おぉ~! ダイチ殿! 昨日は助かりました」


 少し駆け足でやってきたアバンストさんは、初対面時やアランプト丘で見た全身鎧フルプレート姿ではなく、シャツを着て、パンツを履いて、チュニックシャツの上にベルトを締めてと、ケプラならどこでも見かけるラフな格好だった。

 髪型は相変わらず金髪オールバックなので、なんだか俳優のオフショットに遭遇した気がして少し面白い。というか、少し酒くさい。ご飯行ってたか。


「皆さんもお揃いで。……妹さんもお元気になったようでなによりです」


 アバンストさんはインを見てニコリとする。

 インをおぶって来た時に世話になったことを教えると、「うむ。兄が色々と世話になったな」と、インもまたアバンストさんにニコリとした。アレクサンドラに比べると、インのアバンストさんへの第一印象は悪くないようだ。相性も割とよさそうではある。


 アバンストさんとの俺たちとのやり取りを知らない顔と知っている顔が一つずつ眺めていた。一つはさっきも少し話したベルナートさん。もう一つは……


「ダイチ殿、こちらがワリド・ヒルヘッケン団長です」


 アレクサンドラの紹介を受けると、団長は胸に手を当てて軽く礼をした。手の甲には火傷の痕らしきものがあった。俺も礼を返した。


「ケプラ騎士団の団長を務めているワリド・ヒルヘッケンです。ケプラ市長のナブラ・アングラットンの騎士でもあります。うちの団員たちと懇意にしてくれているようで。嬉しい限りです」

「いえいえ、俺の方も団長さん含め、団員さんたちには色々とお世話になってますから」


 ヒルヘッケン団長に対しての俺の第一印象は正直、あまり団長らしくない人だと思った。

 アバンストさんと似たような庶民服姿というのもあるかもしれないが、横に立っている金属鎧を装着したベルナートさんとそこまでの差はないように思えた。つまり、「一団員」に見えた。


 確かに目鼻立ちは整っている方なのだが、……こげ茶色の髪色で、額がしっかり見えるほどの短髪というごくありふれた髪型だし、口とアゴに生やしたヒゲは範囲こそ広めだが、控えめだ。野性味がほんのりあるが、取り立てて野性味というほどでもない。

 アバンストさんと同年代くらいだとは思うのだが、金髪オールバックでアゴヒゲも豊かなアバンストさんの方がよほどインパクトがある。体格もさきほどのティボルほどでもなく、アバンストさんと同じくらいなのも手伝っただろう。


 ようするに団長らしい凄み、威厳、高潔さと言ったものが、彼にはないように思えたのだ。


 もっとも自己紹介を聞き、手慣れた品の良い礼を見ると、俺のそうした第一印象もいくらか瓦解し、納得した。礼儀正しい日本人的にインパクトが薄れるのはしょうがないんだろうが、本来ならここで団長らしさを実感したりするのかもしれない。

 彼は地位があって、教養があって、だから言動や雰囲気もそういう方向に、つまり丸く収まっているようだ。アバンストさんのように駆け寄ったり声を張り上げたりすることが、相手をする貴族たちに受けるとは思えない。そこに行きつくと、少しだけ下唇が大きい口元がなんだか不敵なもの――実力があるからこその余裕の笑みに見えてくる。


「知っているかと思いますが、こちらがディアラで、こっちがヘルミラです。――そして、妹のインです」


 姉妹は感謝もあるのかペコリと少し深めに礼をして、インの方は「よろしく頼むぞ」といつもの自己紹介をした。


 団長さんは俺たちの自己紹介を受けて微笑を浮かべかと思うと、表情をふっと消した。そして、少し考える様子を見せた。


「ふむ。……団員たちから聞いていた通りのようだ」


 何を言ったんでしょうかね。いつものことなのでだいたい想像はつくけど。


「というと?」

「気を悪くしてしまったならすまないが……家名も身分も明かさないが、非常に礼儀正しい少年だと聞いているよ。無論、魔導士としても武術家としても凄腕だともね。……素性を明かさないということは、言葉を崩してもいいと私は受け取るが、問題ないだろうか?」


 と、団長さんは初めて俺のことを探るように見てきた。伴った微笑は決して悪いものではないのだが、相手の出方を窺う虎視眈々としたものが、そこにはあった。

 不気味なようにも感じたのは、これまでの地味な印象からのギャップと、俺が彼を一門の人物ではないと軽く見ていたからだろう。団長の地位にあり、市長を守る立場にもあるのだから、実力がないわけもない。


 実力がある兵士であるということは、幾多の修羅場を潜り抜け、血やら死体やらをたくさん見てきたということにもなる。地位もあり、市長の護衛だというなら、人を見る目も養われることになるだろう。

 時には交渉をしたり、自分の目と考えと感性により、悪漢の類を見極める必要も出てくるにちがいない。主を持っているならなおさらだ。相手の素性や出方には常に気を配らないといけないだろう。


「構いません。身分を名乗らないのは俺たちの事情からなので……気分を害されたらすみません」

「いやいや、そんなことはないよ。別に身分が高くとも、家名を名乗らなければならないわけじゃないからな」


 今に始まったことではないが、団長さんもまた俺をどこかのいいとこの出だと判断したらしい。


「それで、今日は私に用事があるということだが」

「はい。……ディアラ。――これを渡そうかと思いまして」


 俺はディアラに、リュックからメナードクの酒瓶を取り出させた。酒瓶とは言っても、一升瓶ではなく取っ手がある変わった瓶だ。量的には一升瓶よりも少し多いくらいのように思う。ちなみに高い白ワインだ。


 団長にメナードクを渡す。勘違いでなければ、団長からも酒のにおいがした。この分だとアバンストさんと二人で食事でも行ってたか? 二人とも私服だしね。


「メナードクじゃないか。こんな高い酒を……ティボルから贈り物があるとは聞いていたが、思ってたよりずっと高いものがでてきたな?」

「そうですね……」


 見てきた団長に、驚いた様子を見せるアバンストさん。

 ベルナートさんは二人の様子に微笑を浮かべている。ご満悦らしい。一方で、俺の傍にいるアレクサンドラはあまり驚いていないようだ。酒はあまり詳しくないのかもしれない。まあ、彼女はあまり飲みそうな感じではない。


「よかったら団員の方々とでも晩酌してください。……俺とインの捜索願いもそうですが、金櫛荘では夜通し捜索しようとしていた二人を引き留めてくれたそうで。ありがとうございました」


 俺は軽く頭を下げた。姉妹も続いた。インはいつも通り頭は下げない。思うところはあるが、これに関しては俺はインに強要はしない方がいいだろう。

 合理的な話になるが、こういう泰然とした態度の取れる人物は、今後の俺たちの旅ないし外交で活躍するだろうと察するからだ。実際活躍してきた。みんな同じであるよりは、一人でも全く違ったタイプがいた方が人脈の幅が広がり旅路の安心もしやすい。


「そうか……。いや、私や団員はケプラの治安を維持する騎士団としてするべきことをしたまでなのだが……ありがたく受け取っておくよ。……ああ、座ってくれ」


 悪い気はしなかったようで、団長は人心地のする表情を見せてくれた。俺たちは言われたままに各々椅子に座った。


「……誰かに聞いたのかもしれないが、私はこの酒が好きでね。元々好きではあったんだが、妻と結婚した日や、息子が生まれた日なんかにも飲んだものなんだ。……七世王陛下の戴冠式の日や赤竜祭の時にはもっと高価な酒も飲んだものだが、貴族でもない私などにとってはこの酒が限界だった……。ああ、もちろん高いのも美味かったよ。特別な愛着があるんだろうな、この酒には」


 団長さんはメナードクを穏やかな眼差しで見つめながらそう語った。ルカーチュさんからは単に好き嫌いの物差しでしか聞いてなかったが、彼にとってメナードクはかなり思い出深い酒だったようだ。あげてよかったものだね。

 それにしても戴冠式か。ということは以前はもっとすごい地位にあったんだろうか?


「団長は元々、ルートナデルの護衛騎士団に所属してましてな。王の親衛隊です。それがどういうわけか、ケプラ騎士団の団長の座に収まってしまいましてな」


 俺の疑問に答えるようにそうアバンストさんが話をしてくれる。肩をすくめ、眉をあげて、ちょっと含みのある感じで。団長さんは、アバンストさんの言いようにふっと笑みをこぼした。


「別に私一人が欠けたところで護衛騎士団は安泰だったからな。それに私は陛下のケプラを守る兵の教育が遅れている気がかりを晴らしてさしあげているまで。騎士の位もいただいてしまったし、何もなければ食うにも困らんよ」

「ケプラは栄える一方ですからな。20年前、10年前と着々と人口が増え、今ではギルドに申請する商人も予約待ちときています」

「そうだな。ケプラで生を受けた身としては街が栄えるのは喜ばしいことだ」


 忠誠心は左遷措置だった事実を曇らせるなどという、ちょっと失礼な内容が浮かんでしまった。とはいえ、福利厚生はしっかりしていたようだし、赴任に際しては王も思惑もあったようだ。あのおたおたしていた王を見ているとその思惑について多少不安が出なくもないが……。


 情報ウインドウが出てくる。


< ワリド・ヒルヘッケン LV45 >

 種族:人族  性別:オス

 年齢:43  職業:騎士・ケプラ騎士団団長

 状態:健康


 レベル45か。普通に高いな。あの王が43というのだから信じられない。

 それにしても43歳には見えない。運動と言っていいのかは分からないが、体は鍛えてるだろうしなぁ。


「しかし困ったな……。実のところ、私は君に少し頼みごとをしようかと思っていたんだ」


 頼みごと?


「どのような頼みごとでしょう?」

「ノルトン駐屯地から救援が来ていてな。プルシストの群れが北部駐屯地の近くにきているそうなんだ」


 また討伐か……しかしプルシストか。一般クエストとメインクエスト内限定だが、そんなMOBいたな、そういえば。

 プルシストはモンスターというよりは牛の一種といった感じの村人も倒すようなMOBで、レベルは120くらいだったと思う。今までの例からしっかり弱体化はしているんだろう。


「プルシストを追い返すこと自体は北部駐屯地の連中がいつもやっていることなんだが、群れの規模がなかなか大きくてな。対処する魔物が多くなるのが予想されているんだ。プルシスト、カーフ・プルシスト、グラスエイプ、それから長丁場になるならミノタウロスも来るだろう。今は香り袋などで足止めしつつ、対処しているそうだが、あまりもたんだろう」


 おぉ、ミノタウロス。クライシスではメジャーすぎるせいかそのままの名前ではMOBとしていなかったが、ミノタウロス系のMOBは色々といた。

 カーフ・プルシストやグラスエイプはいなかったが、言葉通りなら子牛と猿系の魔物だろう。猿系の魔物はカレタカが話でちょっと触れていた。知恵もあるだろうし、リアルではあまり遭遇はしたくない魔物だ。


「ケプラからは俺たち騎士団に加えてギルドで攻略者の手を借りることを考えていたんだが……」


 そう言って、団長さんはアバンストさんのことをちらりと横目で見た。アバンストさんは申し訳なさそうに目を伏せた。


「昨日、君たちを含めた攻略者たちでアランプト丘を掃討してきたのだろう? こういったケースはあまり多くないんだが……我々としては昨日今日と大々的に攻略者に頼るわけにもいかなくてな。各々個人的な伝手で、救援を依頼しているところなんだ。君たちもそのうちの一人だ。君たちは非常に頼もしかったと聞いているからね」


 威信にかかわるというやつか。いきなり出てほしいというのはちょっとあれだけども。


 ちらりとインを見てみるやいなや、


「助力をするのはやぶさかではないが、報酬などはあるのか? 私らはタダ働きをするような安い傭兵ではないぞ?」


 と、勝手に話を進められてしまった。声の感じから察するに結構乗り気だ。いやまあ俺も助けたい気持ちはあるし、確かに報酬はある方がいいけどさ?


「無論報酬は出すが……」


 団長さんはいくらかうかがうような顔で俺を見てくる。さしずめ、この妹に決定権があるのか? そもそもこの妹はなんなんだ? といった疑問が脳裏には浮かんでいるんだろう。


「俺たちも騎士団にはお世話になっていますから助力するのは前向きに検討できます。報酬も出していただけたらとは思います」


 昨日の今日だし討伐は正直お腹いっぱいだけど。グラナンが言っていたように、確かに共闘するのは人脈作りにはいいんだけど、戦いは精神的に削られる。


「そうか。頼もしいよ。報酬はそうだな……何か望みのものはあるか?」

「金と美味い肉料理を出す店を教えて欲しいの」


 俺が答える前にまたもやインが発言してしまった。確かに報酬の方はこれといったものがちょっと思い浮かばなかったし、そんなところに落ち着きそうではあるけどさ。


 再び見てくる団長さん。今度はさほど表情に変化はない。


「インの言う通りの報酬内容でお願いできますか? 俺たちまだケプラに来て日が浅いので地理に疎くて。旅の道中では……料理を食べるのを楽しみにしているんです」


 インが横でうんうんと頷いていた。報酬に金が欲しいという辺り、現実的な目線、旅の資金について考えてくれてると信じよう。


「構わないよ。それにしても旅の目的が料理か。歳の割にいい趣味をしているね」


 団長さんが微笑を浮かべてくる。団長さん的にはヒットしたようだ。


「目的というか……旅の途中で色々な食文化に触れて一つの目的になったと言いますか。食文化の他にも、建物だったり人だったり、様々な国と都市の文化には触れてみたいとは思ってます」


『そうなのか?』


 ――そうだよ。食べ歩きもそうだけど、観光ってそういうことを楽しむ文化だよ。言わなかったっけ?


『む……言っておった気がするの』


 今度はアバンストさんがうんうん頷いている。団長さん含め、なんだか父親的な見方をされている気がする。外見と精神年齢が合ってないし仕方ないとはいえ、そろそろ30代の友人の一人や二人欲しいものだ。


 それにしても一応渋ってはみたものの、もう受ける以外ないなこれは。

 ……あ。なら、この際だ。頼んでみるか。


「あともし良かったらなんですが。……近いうちに王都に行く予定なんですが、その時には団員さんを同行してもらいたいな、と。王都に行くのは初めてなのと、俺たち野営の経験も浅くて」


 王都へは馬車で1日潰れると聞いている。馬も休ませる必要があるだろうし、野営は必須だろう。野営に関しては正直俺たちはさっぱりだ。姉妹はその辺いくらか手慣れている様子だったが、……姉妹の身の安全の保障がない。

 マクワイアさんのような戦う者ではない御者に夜番を任せるのは正直不安しかないし、俺自身も夜は起きていられない。インも寝るだろう。そうなると、同行者には他に相応の人がいる。


「それは全然かまわないよ。お安い御用だ」


 団長さんはそして、アレクサンドラとベルナートを見て小さく頷いた。二人かな?


「その時はアレクサンドラとベルナートをつけよう。誰かつけたい者がいるなら考慮するが。……ああ、ムルックはすまないが騎士団を離れられないんだ。私も一団員だったら王都を案内してやりたいところなんだが」


 ムルックってアバンストさんの名前か。まあ、騎士団の要人二人がケプラを離れるわけにはいかないだろう。


「いえ、二人で大丈夫です。知らない仲ではありませんし、頼もしいです」

「了解した。……アレクサンドラにベルナート、その時は頼むぞ」


 団長さんがそう言いながら二人にそれぞれ視線を寄せて頷くと、「はっ!」と気持ちのいい返事が返ってくる。仕事じゃないんだからそんなに任務然としていなくても。


「……私の依頼の方は受けてくれると見ていいんだろうか?」


 前向きに検討するという言葉を鵜呑みにしていたようで、団長さんはそう改めて聞いてくる。アバンストさんに比べるとずいぶんタイプが違うように思えるが、団長さんの人柄への信頼度は増し増しだ。

 俺はもちろん頷いた。金や料理店は正直どうとでもなるのだが、信頼の置ける同行者がゲットできたのは嬉しい。


「そうか。感謝するよ。……しかし、送り出す側としては少々心苦しくなるのも本音だ。歳若くして魔法や武芸に秀でた子はこれまでも幾人か見てきたが、……私も君の歳ぐらいの息子がいてね。無論、君ほど褒められた出来の息子ではないのだが、やはり父親として死んでほしくないし、仮に私と同等の腕だとしてむざむざ戦場に送りだしたくもない」


 ん? つまり?


「君は魔導士としても、武術家としても非常に優れていたと聞いている。団員が口を揃えて言うのだから、それは本当なのだろう。だが、私としては自分の目で見てみたい。送り出す側としてはね。私の個人的な興味ももちろんある」


 なるほど。いつもの流れね。息子の話を持ち出された辺り、反論する余地もない。《氷結装具アイシーアーマー》でいいか。


「何かその証拠を見せろと言うのですね」


 話が早くて助かるよ、と団長さんは頷く。


「テーブルに腕を出してもらってもいいですか?」


 俺は立ち上がり、差し出された団長さんの左腕に向けて《氷結装具》の魔法を実行した。間もなく、団長さんの腕は氷製の白い籠手で覆われた。


「ほお。《氷結装具》か」

「ダイチ殿の《氷結装具》は、メキラ鋼並みかそれ以上の耐久性を持っていますよ」


 《氷結装具》自体にはそれほど驚く様子を見せていなかった団長さんだったが、アバンストさんの得意げな解説を聞くと、目の色を変えた。


「……本当か?」

「試しましたからな。剣で傷もつきませんし、オークが殴っても衝撃はきませんでした」

「オーク? デミオーガじゃなくてか?」

「ダイチ殿と一緒にやってきた攻略者にオークの攻略者がいたのです。腕はもちろんですが、なかなか知恵のある者でした」

「なるほどな」


 団長さんがコンコンと籠手を叩き、重みを確認するように腕を上下した。


「しかしそれが本当なら凄いことだな……衛兵団に《氷結装具》の使い手はいたが、せいぜいが鉄のレベルだった。オークの一撃を耐えれるわけもないだろう。ウルスラ君は氷魔法はあまり使ってなかったが……もし私の身が王都にまだあるのなら、魔導賢人ソーサレス魔聖マギの部隊に推薦でもしてみるところだよ」


 団長のその評価を聞いて、皆の視線が俺に集中した。俺は目線が泳ぐ前に団長に装着した籠手に視線を固定させた。そろそろこの扱いにも慣れとこう程度の意識で、特に意味はない。

 しかしソーサレスは魔導士特化の七星だけど、マギもあるんだな。マギはクライシスにある職の一つで、魔導士であることに加えて、精霊召喚に通じている職だ。


「……なるほどな。君の魔導士としての腕は理解した。うちの団は残念ながら、魔法の方は手薄でね。教えてやって欲しいくらいだ」


 そういえば、魔導士の団員については特に聞いてないな。いるんだろうけどね。


「ただ、魔導士は武術の心得などないのが基本でね。団員たちの言葉を信じていないわけではないのだが、君の体つきや、まるで戦いを好まぬ良家のような言動からは、君がどのような武術家なのか、私にはさっぱり分からないんだ」


 今ほど大人の体になりたいと思ったこともないかもしれない。毎回の流れではあるのだが、団長のように、誠実にこちらの意を汲もうとしてくれている人から言われると、いよいよ自分がこの世界の社会的には不適合な者だと言われている気がしてくる。


「どなたかと手合わせですね?」

「ああ。……アレクサンドラ。頼む」


 え。


「わ、私ですか??」


 虚を突かれたのは俺だけじゃなかったようで、アレクサンドラは勢いよく椅子から立ち上がってしまった。


 そこは団長さんやアバンストさんじゃないのか……。てか、そこまで驚くか?

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