6-11 母に感謝


 フランベルジュ男こと、攻略者のエリゼオと唐突な出会いの後、俺たちはギルドから出て再びケプラ騎士団に向かった。


 結局、ケプラ内地図の方は在庫がなかった。モノはきちんとあったので、2,3日したら書写も終わっているので覗きに来て欲しいとのこと。

 書写は書写だ。専門の人がいて、オルフェでは結構な腕前らしい。


 騎士団の詰め所までの道のりで、あ、と思い立ち止まる。インが背中にぶつかった。


「いて。……どうした??」

「あ、ごめん。いや、ギルドで攻略者登録すればよかったなぁって」


 攻略者のシステム的な部分はフリードから聞いたりして、おおよそ内容は把握しているので、おそらく時間はそんなに取られないように思う。

 アランプト丘での討伐依頼はカレタカたちのヘルプという形での同行で、俺たちはまだ攻略者の登録はしていない。なぜ登録しなかったのかというとそんな大した理由ではなく、インだけをあとにするのもな、と思ったからだ。


「攻略者とは傭兵だったか。登録なぞしてどうするんだ? 日銭でも稼ぐのか?」

「まあ、それも含んでるよ」

「そんなことせんでもよかろう?」


 お主は氷竜になったのだし、と念話が来る。ああ、今となっては確かにそうかもねぇ。


「一番の目的は俺たちの身分証明書だよ。攻略者の登録が証明書としては一番手ごろっぽいし、ディアラとヘルミラはともかく、俺とインは身分を証明するものないからね。フーリアハットに行くのもそうだけど、証明書はあれば何かと便利なんだよ」


 はず。


 言っていて、身分の証明についても氷竜で完結するなと思うが、姉妹もいることだし、ひとまず無視しておく。しかしこの氷竜の身分、各地を歩き回る上では使いづらいな。まだ公表もしてないし、「我は神である」ぐらい使いにくい。


「あと、見聞を広めたり、レベル上げとかね」


 インはこちらを見ず、黙ったままだ。ん?

 回り込んで顔を合わせてみるとそっぽを向かれる。なんだ? 今朝も、氷竜になったからと言って今までと活動内容は変わらない、表の顔は表の顔、という話に納得してたんだけど。


「先日登録すればよかったではないか?」


 と、投げやり気味にイン。


「いや、インいなかったし。一緒に登録しようかなと」


 インがはあ? と目を丸くして俺のことを見上げてくる。


「な~~ぜ私が傭兵なぞしなきゃならんのだ! 私は……」


 銀竜だぞ、と念話がくる。うん。そうね。でもいまさらそこまで嫌がるもんか? 夜露草もなんだかんだ一緒に探したのに。


「別に依頼は魔物の討伐依頼ばかりじゃないよ。攻略者のてっぺん目指すわけでもなし。一緒に登録しとこうよ。せっかくだし。討伐依頼の際でも“頼りにしてる”んだよ?」


 インは口をとがらせた。まんざらでもなさそうだが……。


『だいたいお主はもう金だのなんだのと、浮世の事は心配せんでいい身になったのだぞ。誰もが平伏す存在になったというのに、なんで人の子らと一緒に下働きしなきゃならんのだ。カンコウしながら美味い料理を食ってればそれでいいではないか』


 と、そんな念話。


 うーん? 駄々か? 波風立てずに観光するにも証明書は必要だっていうループになるんだけど……富裕層的というか王族的な考えか? でもそんな考えはインは元からさほど持ってなかったと思うけど。


 ――ディアラとヘルミラどうするんだよ? 正体はばらさないって言ったろ? インだって、この関係が思ってたより居心地良いと言ってくれてたじゃないか。俺だって正体ばらして二人の態度がガラッと変わるの嫌だって言ったよ?


 インは相変わらず口を突き出したまま、俺の念話への応答はない。姉妹は俺たちを不安そうに見ている。


 どうしたんでしょうかねぇ、この母ちゃんは。……ん? ああ! 母親的なアレか??「息子のためを思って色々準備してやったのに!」っていうアレか??

 俺への処遇の話し合いがされたらしいフェルニゲスからの帰還直前の念話では、インは妙にテンションが高かった。話し合いの内容を知らなかった俺は、てっきり宴会にでもなったのかと思っていたが……。


 ――もしかしてさ。俺を氷竜にすると決めた話のとき、いい塩梅になるよう結構頑張ってくれた?


 『……当然であろう? 息子の出世を喜ばん母親などおらんわ!』


 インは道の真ん中で立ち止まり、腕を組んでしまった。出世ねぇ。


 氷竜就任と世間の出世を結び付けないでくれとはちょっと思うんだが……、なるほど。だからぷりぷりしてんのか。母親の言うことを聞いていたわけでもなし、親孝行も後になってから事務的にやっていただけだし。この辺よく分かんないからな、俺。


 ……でも、嬉しいのは事実だ。変なことするのはやめとくか。少し恥ずかしいけど。


 もう詰め所はすぐだったんだが、俺はインの手を取り、姉妹も招き寄せて、紙屋の裏手辺りにきた。それからインを抱き寄せた。


「ありがとね。感謝してるよ、色々と」


 姉妹が唐突な俺の行動に少し驚いていたので、「日頃の俺の感謝がちょっと足りなかったようだよ」と説明する。インが俺の服に顔を押し付けたまま、ふんと鼻を鳴らした。


 インの頭を軽く抱えて耳を抑える。二人を手で招き寄せて、「二人からも頼りにしてるとか、色々言ってやってよ。身分証明書はこれからの旅路でもいるからさ」と囁いた。

 二人は決意を顔に秘めて頷いてくれる。うむ。任せたよ。


 ヘルミラが中腰になる。


「……イン様、いつも助言をくださったり、素晴らしい魔法の数々で守ってくださってありがとうございます。ご主人様だけでなく、私たちのことも目にかけてくださって……本当に感謝の言葉もありません」


 インの背中にそう語るヘルミラの言葉は、非常に誠意のこもったもので、俺はすぐに自分の言葉の至らなさ、誠意の少なさを実感させられた気がした。


 ディアラは出会った頃のように、地面に片膝をついてインを見上げる。


「ヘルミラも私も、自分の至らなさにはよく歯がゆく思っています。里では確かに豊かで充実した日々を過ごしていたかもしれませんが、……私たちは外の世界のことを何も知らなかっただけでした」


 インが俺のシャツにうずめた顔を、少しディアラの方に向けた。


「仕方なかろ。いいとこの子供の頃などみんなそうだしの。……第一、お主らは戦で里を追われ、ひどい目に会うた。身売りせずに生き延びただけでも大したものだ」

「……はい。……お二人に助けられて以来、私たちはよく思うんです。奴隷商人に拾われ、奴隷の子たちからぶたれても、食事を与えられずに空腹でどうにかなりそうでも、毛布がなくて寒くても……必死に抗っていてよかったって。そうでなければ、……私たちはお二人に出会えなかったかもしれないって」


 助けた当初以来、奴隷商人の元にいた頃のことはあまり話されなかったが、やっぱり他の奴隷の子たちから嫌な目に会わされていたようだ。嫌な目とか、そんな現代の学校や会社のいじめレベルではないだろうけども。……いや、ワンチャン陰湿さじゃ現代が上かもしれないか。

 大々的にぶてないからな。どうしてもやり口が陰湿になる。精神的教養があまり養えず、ディベートもしなければ事なかれ主義でもある日本ならなおさらだ。


「お二人に出会ってから、私たちの世界は目覚ましく変わりました。戦闘、魔法、食事、出会い、泊まる宿、お二人の考えていること。見聞きする全てが私たちの想像を遥かに越えていて、いつも新しいことだらけです。……私、奴隷商人の元にいた頃は、よくお父さんとお母さんの顔を思い出していました。でも最近は、ほとんど思い出さなくなりました。特にお母さん。ちょっとお母さんに申し訳ないんですけど」


 そう言って、ディアラは少し気の抜けた笑みを浮かべる。お母さん役は埋まったが、お父さん役は埋まらないか。まあ、そうだろうな。俺はゲーム内だと母親役になれるかもしれないが、現実世界では特にそうしたことはないし、父親になれると思ったことも一度もない。


 インが俺のシャツから離れた。


「里に帰った暁には旅の話をめいいっぱいしてやるとよかろ。そうでなければ、お主らの両親に文句言われるかもしれぬからな。……のう、ダイチ?」


 インが振りむいてきた。外見年齢の低さや幼い妖精的な顔立ちとは裏腹に、非常に大人びていて自信たっぷりでもある顔、子供のくせにときおり見定めるかのようにしっかり相手を見つめ、大人特有の妥協や諦念の感情の機微を思いっきり浮かび上がらせる奇妙な顔がそこにはあった。

 もういつものインに戻ったらしい。もちろんそうした表情の数々は、肉串にあっという間に瓦解され、みるみるうちに外見年齢相応のものにしてしまうのだったが。


「そうだね。ジョーラのこととか、いきなり大きな部分から言うと腰を抜かすかもしれないから、少しずつで」


 二人はクスリとして、はいと頷いた。

 もし氷竜ですとか言ってしまうのなら、平伏された挙句、うちの娘たちが軟弱者で申し訳ないとか言われそうだ。


>称号「感謝を忘れずに」を獲得しました。


 了解。


「……ま、何をするにせよ、お主らだけでは心配だからな。ダイチは強いがときどき倒れるし、血には弱いしのう」


 インがやらしい笑みとともに俺のことを見てくる。それについては何も言えないので俺は肩をすくめた。


「で、登録とは何をするんだ?」


 もう登録する気になったのか。まあ、二人のおかげだね。俺も銀竜様がいなかったらどうなってた想像もつかないし、日々お祈りでもしようかね?


「フリードによれば――ああ、討伐依頼の時に一緒になった狼の獣人ね――魔法で実力を調べて、説明を受けるくらいだそうだよ」

「ほお。依頼をこなしていったら何かあるのか?」

「んー、聞いてる感じは攻略者のランクが上がって、難易度の高い依頼がどんどん受けられるようになるくらいかな? あと身分証明書としての価値、ようは俺たちの身分の価値が上がっていくだろうね」


 なるほどの、とインは指先を顎に当てた。「ランクというのは、貴族の階級のようなものか」と訊ねてきたのでそうだろうね、と俺は頷く。


「貴族ほど権力を持っていないとは思う。後ろには各町のギルドがついていることにはなるんだけどね」

「ふむ。まあ、しょせん傭兵だしの。しかしあれか、階級を設けることで競争意欲を刺激さしとるのか。面白いことをしておるの。一昔前は、……ああ、いや、昔聞いた話によれば傭兵にそんな制度はなかった気がするんだがの」


 競争意欲とあとは攻略者の定着率だろう。目標は小さくて多い方が長続きしやすい。昔というのは百年単位での昔の話とかなんだろう。


「さ、団長に酒を渡しにいくのだろ? その後は、攻略者の登録だの」


 さきほどまでの駄々っ子はどこへいったのやら、インが率先して詰め所に歩き始める。


 やれやれと思いつつ三人の後について歩き始めると、すぐに姉妹が振り向いてきた。

 視線の先を見てみれば、見覚えのある茶味がかった金髪ロングヘアーの三つ編みと鉄色の金属鎧のセット――間違いがなければアレクサンドラの後ろ姿があった。金髪ロングヘアーの女剣士は今のところアレクサンドラしか知らない。しばってはいたが、ロングヘアーの女傭兵ならいくらか見たことあるんだけど。


 彼女は留め金の調子でも悪いのか、鎧の肩辺りを触っている。


「こんにちは。アレクサンドラさん?」

「……おや。ダイチ殿。それにお二人も」


 と、胸に手をやって挨拶してくるアレクサンドラ。「こちらはいつかの?」とインを見るので、改めてインのことを紹介した。


「“うちの兄”が世話になったようだの」


 珍しく進んで俺のことを兄と形容したインがちらりと俺のことを見てくる。ちょっとニヤけている。なんだよ? まだからかうつもりか?


「いえ。こちらとしては非常に助かりました。……申し遅れました。私はケプラ騎士団所属のアレクサンドラ・ファブニルと言います。お見知りおきください。――元々は我々が討伐する予定だったのですが、緊急事態が発生しまして……ダイチ殿とダークエルフのお二人にも助勢してもらう運びとなりました。ダイチ殿は私の隊だったのですが、ご立派でしたよ。前線に出てくれただけでなく、補助魔法もかけてくれましたから」


 と、アレクサンドラは自己紹介とともに、そう事の次第と俺の功績を簡潔かつ丁寧にインに述べた。インは相槌を打ちながら、眉を何度かピクピクと動かしていた。


「そうか。私の鼻も高いな」

「ええ、誇れるお兄様でしょう」


 お兄様ね。なんかこそばゆい。


『……ダイチ、私はこやつが嫁は嫌だぞ。女のくせに男よりも騎士風吹かせておる……こやつはどこぞの私兵隊長か何かか??』


 お前は何を基準に俺の嫁を選んでるんだ……。絶対今回“母親の好み”強いだろ。

 というか、いいじゃんか別に、男より騎士風吹かせてたって。誠実な女性は好きだぞ。まあ確かにちょっと硬すぎる節はあるけど。


『それに何を考えてるのか分からん。さっきは話している間、隠れてこっちを見ていたようだしの』


 ん? 見ていた?


 ――見ていたってどういうこと?


 念話を飛ばすのと同時にアレクサンドラが、「団長をお待ちだと聞いていますが、少し前に帰還されましたよ」と、団長が帰還していることを告げる。


「ちょうど良かった。お礼の品を渡そうと思ってたんです」


 アレクサンドラが「お礼とは?」と不思議そうな顔をしていたので、「捜索願いのことでお騒がせしましたので」と、俺は内訳を話した。


「気にせずともよかったのですが……我々の役目はケプラの治安維持と市民の安全を守るのが務めですから」


 さっきティボルからも聞いた言葉だが、市民側としては心強いの一言だね。

 案内するというので、俺たちはアレクサンドラに続く。


『討伐依頼の時に一緒の隊にいたと言っとったが、この女にはダイチの強さを見せたのか?』


 ――まあ、多少は。加減はしたよ。


『なるほどの。……おおかた、お主の強さやら素性やらが気になるんであろうな。地位のある者と強者は、尾行と盗み聞きの憂き目に遭うのは世の常だからの。これからもその機会は多くなるだろうから、多めに見ておけ』


 そんなに変な話はしてないが、状況的には傍目から見たら、ぐずる妹を慰めている状況に見えていただろうか。なんにせよ、盗み聞きは嫌な話だ。

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