6-10 地図とフランベルジュ男


「なにしとるんだ?」


 インが、化粧台に向かった俺の手元を覗いてくる。傍には姉妹もいる。


「これからの予定をちょっと書いてみようとね」


 俺はお手製の木のバインダー――ベニヤ板に、市場の雑貨屋の片隅でガラクタ品として売られていた、バネを側面から見るとリボンのマークに見えるように曲げたものを2つ重ねて挟んだだけのものだ――に紙を挟んで羽ペンで字を書き始める。


 ・地図(ギルド)

 ・酒(ケプラ騎士団)

 ・ケプラ市内巡り

 ・リング、砥石(宝石屋)

 ・コルヴァンの風挨拶

 ・金櫛荘の使用人と手合わせ

 ・ケプラ周辺で狩りor討伐依頼

 ・アランたち(赤い土の宿)

 ・カレタカたち(コレットミレット)


 俺の書く字はしっかりと日本語になっている。覗き込んでいたインや姉妹には読めない字なので、書いたものを読み上げてやる。


「ほお。色々と予定あるの。アランやカレタカというのは、討伐依頼で知り合った奴か?」

「そうそう。結構よくしてもらったからね。折を見て遊びに行ってみるのもいいかなって。……ね?」


 姉妹を見てみると、はいとにこやかに頷かれる。アランやグラナンなんかは癒しキャラでねというと、あまり分かってなさそうな微笑をもらう。

 癒しのワードに反応したのだろう、「私は癒しキャラとやらではないのか?」とインから至って素朴な感じで聞かれたので、そういうことにしておいた。ツッコミ不在はつらたん。まあ、インは癒しキャラではあるのかな?


「今日はどうされるのですか?」


 と、ヘルミラ。


「ん、まずはマクイルさんにチーズあげて、団長さんにお酒あげようかなって。それからはギルドかな。この近辺の地図が買えるなら嬉しいけど、ケプラの街の地図が欲しいかなぁどちらかというと」


『ふっ、昨日八竜の長になったやつの活動内容には思えんのう』


 インがそんな念話を送りながら意味ありげに笑みを浮かべてくる。


 ――気持ちは別に何にも変わってないしねぇ。それもどうなんだと思ったりもしなくもないけど。


 昨夜の会合を経てから討伐の疲れもあって即寝てしまい、起きてからというものの、俺はこれからの自分の立場というのものに軽く考えを巡らせていた。


 結果、すぐに放棄した。


 突如として世界で圧倒的な影響力を持つ巨大な宗教団体のトップになった――そんな状況を、土台庶民の俺がすぐに受け入れられるはずもないのだった。元の世界で務めていた会社の親会社の会長になった、という方がまだ考えようがあったというものだ。

 「人はどこに行っても人」という部分に関しては通じるものはあるが……俺の培ってきたはずの社会的な常識の数々が、この世界ではほとんど通用しないのだから。俺自身についても、ホムンクルスやら寿命やら、いまいち現実味がないし。


『ま、いいのではないか? お主に野心がないのは知っておるし、私も見聞を広めておる最中だしの』


 確かに。まぁ、……延命治療の内容が変なことでないのと、お飾り天皇になるのを期待したいところだ。


 インによれば、七竜たちは、ゾフのように魔法や魔道具の開発をすることもあるが、基本的には寝てるか退屈しているらしい。退屈の紛らわし方は、各七竜にもよるようだ。


 七竜の仕事内容はというと。


 結界の維持。数年に一度の各七竜教代表者と顔合わせ。恩寵の授与。そして来たる魔人戦での奮戦。この辺りが主な「業務」らしい。

 ちなみに恩寵の授与とは、国と七竜に忠誠を誓い、各七竜教から認定された特別な者に、イン曰く、まじない程度に軽く魔力を分け与えるのだそう。


 あと、インはオルフェ内はメイホー村に守護地を持つ七竜だが、ジルと被るので、公式的にはオルフェの護竜とはなっていないらしい。

 これは国が二つの七竜を抱えてしまうことを考慮してのことだそうだが、インが言うには、ジルの独占欲と“いじめ”が主な原因らしい。ともかく、インもまた、守護地を持たないゾフと似たような少々特殊な立ち位置にある七竜らしい。


 と、そんなこんなで俺たちはまずはお礼参りをするため、マクイルさんの元に行くことにした。


 1階に降りると、マクイルさんはいつものように台帳か何かをフロントで眺めていた。


「おはようございます、マクイルさん」

「おはようございます、ダイチ様。――おや、これは……?」


 俺はマクイルさんにソラリ農場のチーズを渡した。チーズは薄紙に包まれ、麻の袋に入っている。ホールケーキくらいあるので、贈り物としてはちょっとでかい。


「捜索届けを出してくれた一件で色々とお世話になったお礼です」


 見れば、姉妹はぺこりと頭を下げた。俺的にはこれくらいじゃ足りないところはあるけど、無難な選択だと信じたい。


「……いいのですか? お気になさらなくてもよいのですが……」


 マクイルさんは驚きを表情に浮かべている。いいのです、いいのです。俺はニコリと微笑む。


「気になるのなら、使用人の方々と一緒に食べてください。ちょっと業務に支障きたしたと思いますし」


 当初は現代観に則して色々と不安視したが、見る限り金櫛荘は兵士の姿もなくいつも通りの業務に戻っている。


「……分かりました。ではありがたく頂戴いたします」


 マクイルさんはそう言って、笑みを浮かべ、礼をした。


「ああいったことは今後ないとは思いますが、これからもお世話になります」

「はい。私どももダイチ様のご期待に沿えるよう、お世話させていただきます」


 なんか最後は微妙にズレてしまった気がするが気にしないことにして。俺たちは次はケプラ騎士団の詰め所に行くことにした。


 ケプラ騎士団の詰め所は西門から外壁沿いに歩いた場所にあるそうだ。

 団長は忙しい人のようで、あまり詰め所にいないそうなので、会えるかは分からない。会えそうになかったらアバンストさんか団員の人に渡すつもりだ。


 団長ってどんな人だった? と詰め所に向かいがてら二人に訊ねてみる。


「騎士団をまとめる人らしい風格のある方でした。私たちの話もしっかり聞いてくれましたし」

「私たちは自分たちでご主人様を探そうとしていたのですが……夜は危険だから朝にと」


 聞いていた通りの話だ。


「街を出てしまう前に団長さんと会ってくれてよかったよ。君たちになにかあったら嫌だったしね」


 という俺に、姉妹ははいと、少し申し訳なさそうに苦笑した。


 結局、俺の一件では賊の類は出るはずもないのだったが、街を出れば魔物もいるし、事情は違うだろう。フル装備らしき兵士まみれだった街中および金櫛荘内が一番安全だったのは想像に難くない。

 それにダークエルフは目立つ。二人には幻影魔法があるが、さらわれでもしたらどうなるのか分かったものじゃない。奴隷商人から解放されてせっかく落ち着いたというのに、また大変な境遇に陥ってしまうのは嫌すぎる末路だ。俺は撃退はいくらでもできるだろうが、消えてしまった二人を探そうと思うのは……ああ、でもマップで分かるのか。よかった。


 昼にはまだ少し早いが、人はそれなりに行き交っている。


 まだまだ全域を見たわけではない街の様子を眺めながら、人で賑わっている大通りを過ぎ、列ができていて忙しそうにしている西門から外壁沿いに折れる。


 ケプラの街を覆っている外壁は門付近ほど高くはないが、物見塔以外では足場なども特になく、普通の人ならまず飛び越えられない高さだ。

 石レンガの間にはしっかりとモルタルが塗り込まれ、作りが頑丈そうであること以外では特にこれといったものはないが、街中では見られない数少ない緑、植木がぽつぽつと植えられている場所でもある。


 詰め所が見えてきたようだ。


 マップを出してみると、詰め所には、長屋が一棟、三階建ての建物が一棟、それから厩舎があるようだった。

 当然だろうが、メイホーの詰め所よりも規模がでかい。裏手には空き地があり、ぽつぽつとカカシらしき“点”がある。


 実際に見てみると、詰め所の建物はその辺の建物と大差ないらしい。レンガ調に積んだ石造りの建物だ。


 とはいえ、王の住まう王城ならいざ知らず、ケプラの守衛の詰め所が豪奢な建物というのもそれはそれで想像しにくい話でもある。

 豪勢な建物だったのなら、貴族が関わっているかもしれないことを考えつつも、俺は騎士団の実力を少し疑うだろう。兵士たちにはそんなに貧しい暮らしはさせないでほしいけど、清貧寄りの方が安心ができるところはある。


 詰め所内には兵士の姿はちらほら見られるが……全身鎧フルプレート姿の人はいないようだ。中には革の胸当てだけつけているような人もいる。


 鉄の胸当てと腕当てをつけた一番近くにいた人に訊ねてみる。

 近づくにつれてかなりの大男なことが分かってじゃっかん彼を選んだことを後悔してしまったが、インも姉妹もいるし、そのまま彼の元に向かった。


「こんにちは。団長さんはいらっしゃいますか?」

「団長? 今はいないぞ。……んん? ダークエルフに、銀髪の少女……もしや君、探されていた子か?」


 わ。バレた。まあ、騎士団は捜索してたしな……。


「はい。そうです。先日はお世話になりました……」


 俺が話しかけた人は、色素が薄めな男だった。

 眉は平ら、髭も少なめで、そんなに悪い人相もしていないし、声の感じからすると人もよさそうな人なのだが……体はでかいし、顔もでかい。体の大きな人はさんざん見ているはずなのだが、どうもこればかり――180センチ級で体格もいい人がごろごろしてる状況は慣れてくれない。


「苦労をかけたの。ちょっと意図せぬことが起きての」


 インがいつもの口ぶりで話しかける。毎度のことながら、この初対面の人へのイン節もまた少々心臓に悪い。


「気にしなくていいぞ。ケプラの治安維持と市民の安全を守るのが俺たちの役目だからな。賊がまた襲撃してくる心配もないんだろ?」

「はい。そこは安心してくれて大丈夫です」


 巨漢の騎士団員がしばらくじっと見てきたが、やがてうんうん頷く。

 この人もまたイン節は気にしなかったようだ。あまりこっち方面ではちゃんと考えたことはなかったが、この世界の人間はインのことはオドもといハーフとして見てるんだろうか? でもハーフだと多少差別感情あるらしいんだけどな。


「――やあ、ダイチ君」


 巨漢の団員の後ろからやってきたのはベルナートさんだった。

 アランプト丘の戦いでは、弓使いとして大活躍していた人だ。彼もまた巨漢の彼と同じく、鉄の胸当てと腕当てのみの軽装だ。


「あ、お久しぶりです」

「昨日会ったばかりだし久しぶりってほどでもないけどね。……ああ、こいつはティボルっていうんだ」


 ベルナートさんが一瞬おや、という顔をしたが、特に何もなかったらしい。なんだろ。

 

「知り合いか?」

「アランプト丘の作戦で一緒の隊にね。なかなかの大活躍だったそうだよ」


 ほお、とティボルさんが今までとは違って明らかな好奇の眼差しを寄せてくる。


「魔導士か?」

「魔導士だけど、武術もいけるよ。どっちもかなりの腕だ」

「ほお~……この細腕と小さな体でなぁ……ふうん。もしや他の3人もか?」

「銀髪の子は分からないけど、ダークエルフの二人は頑張ってたよ。な?」


 気さくなベルナートさんにディアラは小さくアイドルポーズをして、ヘルミラは力強く頷いた。あまり信じていないのか、ティボルさんは二人の様子に肩をすくめた。まあ、この面子じゃあ仕方ない。せめて大人だったらな。


「で、今日は何の用事でここに?」

「団長に会いにきたんだとさ」

「団長かぁ、今ちょっといないんだよね。何の用事で?」


 俺は件のお礼にお酒を持ってきたことを告げた。


「気にしなくてもいいんだけどなぁ。で、酒って何持ってきたんだ?」

「メナードクです」

「はあ? メナードク!? そりゃまたずいぶん高いもん持ってきたなぁ……さすが金櫛荘に泊まってるだけはあるが……」


 ベルナートさんも驚いたようだ。二人の反応の方に少し驚いてしまったが、確かに高いと言えば高い。1本15,000Gしたからな。ちなみにもっと高い酒もいくらかあった。


「こりゃあ、団長にちょっと分けてもらわないとな」


 ティボルさんがベルナートさんにニッコリとしてそんなことをこぼす。ま、仲良く飲んでちょうだい。


「団長はちょっと出かけててね。まあでもあと1時間くらいじゃないかな。どうする?」


 うーん。1時間か。インが「ギルドにでも行くかの」と言ったので、そうすることにした。



 ◇



「――じゃあ、これがこの辺りの地図ね」


 ギルドの受付で、俺たちは2枚の地図を女性役員から受け取った。代わりに代金の3,000Gを支払う。1枚は姉妹用だ。


「ケプラの地図の方はちょっと待ってね。今探させてるから」

「なかったらいいですからね」


 ケプラの地図の方は保管はしてあるんだが、普段はあまり購入者がおらず、隅の方に押しやられていたらしい。

 で、さらに近頃保管場所の整理をしたらしく場所が分からなくなっていた、ということで、探してもらうことになったんだが……まあ、なかったら仕方ない。気が向いたら自分で書いてもいいかもしれない。


 ちなみに世界地図は売られてなかった。売られることは滅多にない上、非常に高価なので、王族や大貴族が所持しているらしい。高くて買えるものじゃないと役員は言っていたが、俺はおそらく買えるんだよな。


 待っている間は、奥のベンチで先に購入したケプラ周辺の地図でも見ることにした。


 地図は手書きのようだった。戦記系の小説やアニメとかで冒頭に出てくるあの手のやつ。いくつかの都市を表す記号と、山とか川とか簡単な地形の特徴が地図内には描かれてある。

 書かれてあるのは紙ではなく、羊皮紙のようだ。びりびり破けることはないが、横長の地図なので、軽く折りたたむか巻いて携帯することになる。魔法の巻物スクロールみたいに形状固定してくれたらいいのに。


 地図の範囲は、メイホーから王都のルートナデルまでらしい。銀竜の顎より南は載っていない。まあ、ケプラで買える地図ならこんなところだろうか?

 ルートナデルより東に行くと海があり、ミュイさんが出身で、イルカと遊んだという港町のコルヴァンがあると聞いている。


 ジョーラが馬車だと1日潰れると言っていたように、ルートナデルは地図の右端にある。ケプラでめぼしい用事が終えたら行ってみようと考えているが、いかんせん遠い。

 ルートナデルまでの道までの合間にはいくつかの街と、三角テントのマークがある。何のマークか訊ねようと思ったら、姉妹は俺たちの前で中腰になっていることに気付いた。


 俺はベンチの自分の隣をぽんぽんと叩いた。


「座りなよ。空いてるし」


 姉妹は顔を見合わせたあと、座ってきた。改めてマークを聞こうと思ったら、今度は右に座ってるインが地図が見えなくなり、「見えんぞ」と言ってきた。

 そんなやり取りを見かねてか、ヘルミラが俺たちの前に立った。優しい。ディアラは座ったままだ。ほんと今に始まったことではないが、お姉ちゃんはヘルミラだ。


 一瞬、場所を奥の軽食場所に移そうと思ったが、少々うるさい笑い声が聞こえたのでやめた。今日は奥は賑やかだ。

 ちなみに聞けば、キャンプのマークは兵たちの駐屯地とのこと。街路周辺の安全確保と警戒、魔物たちの対処、山賊たちへの牽制、夜などで街に入れない時の緊急宿泊所など、色々と兼ねているらしい。


 地図に載っている俺の知っているめぼしい場所は、メイホー、ケプラ、銀竜の顎、そして王都のルートナデルだ。

 セティシアという都市がケプラの北部にはあり、この都市は点線で書かれた国境線に隣接している。そのさらに上、地図の端の左の方にはガシエント、右の方にはアマリアの文字がある。ルートナデルの東の端にはコロニオという文字。アマリアが国名なので、コロニオやガシエントもまた国名なのだろう。コロニオはティアン・メグリンドの小屋の本にあった。


「ガシエントって知ってる?」


 隣のディアラに聞いてみる。


「ガシエントはドワーフの国ですよ。モブライファミリーが統治している国です」


 ドワーフの国か。ファミリーねぇ。……そういえば、ペイジジたちが触れてたな。西の砂漠に出発する前に逗留した都市だ。


 ケプラからガシエントへ行こうと思ったらセティシアの国境を越えなければならないだろうが、地図では少し見切れているが、国境の西にはホルホロ・ピリサ山というへんてこな名前の山がある。なんとなく色鮮やかな衣類を着た山岳部族が住んでいるのをイメージした。山のふもとには細い道がある。

 ホルホロ・ピリサ山の南にはハイアーの絶壁というメイホー方面からずっと伸びている谷がある。マップでも表示されていたので知っているが、絶壁というくらいなのだから、相当深い渓谷なのだろう。谷底には果たして何がいるのやら。


「二人の里って地図では見切れてるけどどの辺になる?」


 ふと気になってそう訊ねてみると、ヘルミラがそうですね、と地図を見て短く一考したあと自分の後ろにあるギルドの壁辺りを指さした。遠っ。


 そんな感じで、地図談議に花を咲かせていると、ギルドの奥からアランプト丘で見かけた人物が前を通りがかった。名前が出てこないが、フランベルジュ――炎を象った大剣を持っていた男だ。

 アランプト丘の戦いではデミオーガを真っ二つにしていたやり手の攻略者だ。今はフランベルジュはなく短剣を腰に差しているのみで、装備も鎧の類はなく、布の服だ。体格は当たり前のようにいい。肩とか既に鎧でもつけているようなレベルだ。


 それにしてもよく見ていなかったが、彼は淡泊系ハンサムというか……結構純朴な顔をしていたものらしい。また目が小さかったりするわけではなく、眉と目の間もしっかり狭いのだが、ほんのりアジア人風味というか、絶妙な顔をしている。ヒゲも生えてはいるが薄めだ。

 一見すると誠実そうだと取れる顔だと思うが、この顔が大剣を振り回して両断して、オーガを煽ったりもしていたのだからなかなか信じづらいものがある。体格を見れば腕っぷしの方は納得は出来るんだけどね。


 彼の後ろには見知らぬ女性が二人いた。どちらも彼同様に腰に武器などはなく、二人とも白い頭巾をかぶっている。一人はオレンジ色のベストを着、顎がやや尖っている青目の芯の強そうな人で、もう一人の金髪の人は、花柄の薄いピンクのベストを着て、少し低めの鼻で性格の良さそうな顔をしている。

 二人ともそこら辺にいる女性市民の格好と大差ないが、顔立ちが整っている。髪も艶があって手入れしている風だし、口紅も塗っているようだ。特に色っぽい格好をしているわけではないが、娼婦とかだろうか?


「……? お前……」


 じっと見ていたわけではないと思うんだが、気付かれたか。


「かもしれないとは思ったが、子供が趣味だったのか」


 おい。いつか言われるとは思ったが……。とはいえ、彼の顔は特に冗談を言っている風ではない。真面目に聞いてるのか。……ああ、まあ。俺自身が子供だしな。

 後ろの美女二人はダークエルフを珍しそうに見ている。姉妹はなぜか気恥しそうにしていた。二人の視線が今度はインに行き、俺で止まったので、視線を彼に戻す。


「違います」

「じゃあ、……亜人趣味か?」


 こいつ……。そんなこと本人たちがいる前で堂々と言うなよ。俺はついため息をついた。

 男の後ろで二人の「違いますだって。かわいい」「お貴族様かしら?」という囁き。俺のことをちょっとお気に召したのか、青目の人からウインクされる。


『知り合いか? くくっ』


 インも面白がるなよ。この分だとインも亜人にカテゴライズされてるっぽいぞ。


「仲間ですよ。そういう趣旨で連れているわけではありません」


 ふうん、といった感じで改めて俺や3人に目をやるフランベルジュ男。誠実そうという点では、言葉がストレートなことは分かるのだが、表情の方はあまり豊かではないらしく、どうにもリアクションに困る。性癖の類の質問は人のいないところでしてくれ。


 今度はもう片方の金髪の方も興味を持ったようで、少々遠慮なくじろじろ見てくるようになった。

 そんなに見てきても何も出てきませんよ。俺がそんな顔をしていたからか、彼女は首を小さく傾げてニコリとしてくる。


「まあ、確かに貴族の色豚どもには見えんな。邪魔したな」


 彼はそう言って、俺たちの元から去ろうとする。

 って、用事はそれだけかい。なんだったんだよ……。


 が、立ち去るのかと思いきや、フランベルジュ男は思い出したようにくるりと引き返してきて、再び俺に顔を寄せてくる。さっきよりも近い。な、なんだよ。


「今度、討伐依頼でも一緒にやらねえか。……デミオーガ、手抜いてただろ」


 驚いてみてみれば、何を考えているのかいまいちわからなかった顔には薄い笑みが浮かんでいた。俺の戦い、見られてたのか……。


 彼は身を引いて、薄い笑みを浮かべたまま、改めて俺のことを見てくる。


「俺はエリゼオ。ガシエントの出のもんだ。覚えてないかもしれねえが、アランプト丘に参戦した攻略者だ。だいたいは、そうだな……依頼で出払ってる時以外はギルドかガルソンの武具屋か、最近は娼館にいる」


 紹介のあと、青目の人がエリゼオの肩に手を置いて、誘っているかのような柔らかい微笑を浮かべる。やはり娼婦のようだ。金髪の方もちらりと見れば、彼女の方は控えめな笑みをこぼしている。


 それにしてもタイムリーだが、ガシエントねぇ。ドワーフに縁はあるようだけども、彼自身にドワーフ的な要素は何もない。人族要素の強いダンテさんのように混血と言われると、エリゼオもまたいくらか薄めの顔立ちでもあるし、納得できる要素はある。


「……そいつらも戦ってたが、鍛えてやってんのか?」


 エリゼオは姉妹やインを見てそう訊ねてくる。インは別に鍛えてないが……。


「まあ……そうですね」

「なるほどな。じゃあ依頼ついでに鍛えてやるよ。もうしばらくケプラにはいるしな」


 そりゃあ頼もしいけど。


「じゃ、手が欲しい時は言ってくれ」


 そう言って、エリゼオは去ってしまった。後ろの二人も手を振ったあと、エリゼオの後に続いていく。


「悪い奴には見えんかったが」

「まあ……そうだとは思う。二人は覚えてる? さっきの人のこと」


 はい、炎のような大剣を持っていて強かった人ですよね、とヘルミラ。ディアラも覚えているとのこと。


 しかしカレタカパーティにアランパーティに。


「討伐仲間の伝手は足りてるんだよね正直」


 俺がそう言葉をこぼすと、「別にいいではないか? 多い分には」とイン。まあね。

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