6-9 氷竜着任 (4) - 竜勅


 ゾフの《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》により移動した先は教会のようだった。


 外はもう暗く、ぽつぽつと灯った蝋燭の灯りが、何かの儀式が既に始まっているかのように厳かに教会内を照らしている。

 教会といっても、かなり大きな建物のようだ。教会ではお馴染みの長椅子が4×8個も並んでいる上に、天井は20メートルくらいあった飛竜やインやジルたちが軽々と収まりそうな高さだ。


 ただ、大聖堂というには、内装はちょっと質素というか地味めだ。


 蝋燭の灯りが灯っていること以外では、意匠や飾りと言えるような豪奢なものはこれといったものはない。それでも入り口にある扉はかなり大きいし、天井にはアーチも控えめだがしっかり作られている。

 奥の壁には、俺の着ている服にあるような太陽のアイコンをモチーフにしたステンドグラスが1枚あるし、左右には誰なのかは分からないが複数人の人物の彫刻を置いた場所もあり、赤竜を描いたタペストリーも貼られていた。


 そんな教会堂内の中心にある、くすんだ赤い色をした長い絨毯の敷かれた道には、二人の男性が平伏していた。

 一人は白髪の老人。もう一人は短髪の男性だ。二人ともメイホー村の村長――ファーブルさんが着ていたものと似たローブ姿をしている。


 二人の男性以外は誰もいないようだった。

 インとファーブルさんの例と同じなら、この密会の秘密を守るべく事前に人払いがされたのかもしれない。特に聞いていなかったが、地上の建物なので結界とか貼っているのだろう。


『じゃあ、ダイチは私たちの真ん中に立ちなさい。さっきも言ったけど、私がいいって言った時だけ喋って、それ以外はでんと構えていなさい』


 ――了解。


 俺は念話でジルから言われたままに、神父のお立ち台の机の前で、ジルとインの間に立った。


「久しぶりね、ノアにカミアン」


 ジルの挨拶に、二人から「お久しぶりでございます。赤竜様」という声。


「今日は二人客を連れてきたわ。歴史に残るサプライズデーでもあるわ。あなたたちは忙しくなると思うけどね。……さ、顔を上げなさい」


 そう言われ、二人が顔を上げた。


 二人はジルにまっさきに目をやった。それぞれ感激したようで、目を見開いた。信仰対象だし、神でも見た心境にでもなったように思うのだが、次いで俺やインに目が行く。

 白髪の男性はかなりの歳のようだが、短髪の男性の方はいくらか若く、髭が輪郭線に沿って生え、ずいぶん男らしい顔をしていた。がっしりしていて首もだいぶ太いので、武将と言われて納得のできるものがある。


「紹介するわ。銀色の髪が銀竜ね。……そして! 黒い髪の方が、これから私たち七竜の上に立つことになった氷竜よ!」


 ジルは俺のところでは少し熱を込めて紹介した。あんまり持ち上げないでくれ……。

 二人は銀竜を紹介された部分では、おぉと感嘆の息を吐いたが、俺の紹介になると何を言われたのか分からないといった顔をした。そりゃそうだ。新メンバー紹介ではなく、突然リーダーがやってきたわけだからな。


「あの、赤竜様」


 武将顔の男性がおずおずとジルに訊ねる。


「なに? カミアン」

「と言いますと……これからは七竜ではなく八竜ということになるのでしょうか?」

「そうね」


 ジルがそっけなさすぎる返答をすると、カミアンと呼ばれた男性が目を丸くした。そして、俺のことを見て、すぐに視線を逸らした。

 ペイジジたちの“お上”と接するかのような素振りを見ていると納得はできるんだが……あまりされて気持ちいいものじゃないな、これ。


「つまり、……氷竜様は、赤竜様よりもお強い」


 ジルが、武将顔の男性が言い終わらないうちに「カミアン」と強めの口調で遮る。


「そういうところよ、あなたの悪いところは。昔からね」


 ジルがため息をつくと、「も、申し訳ありません!」とカミアンと呼ばれた男性が再び平伏した。武将顔の人は俺の力量が気になるようだ。

 やっぱり顔の雰囲気のままに武将なんだろうか? にしても、昔を知られている現在進行形で付き合いのある上司っていうのはどうにもやりにくいだろうな。ジルの昔っていうのは、下手をしなくても子供の頃からとか普通にあるだろうし。


「まあ、今はあんたの良いところでもあるんでしょうけどね。そうね。氷竜は私よりも強いわ。隣にいる銀竜よりもね。……だから私たちの立つのよ。簡単な話でしょ? 七星王とも呼ばれるあんたにとっては」


 武将顔の人は王だったのか!! 顔バレてるし会いにくくなったな……。というか、秘密裏とはいえ、こんなにへこへこしてる王ってのはどうなんだろう?


『ダイチ、ちょっと“あれ”を見せてあげなさい』


 ――ん、分かった。


 俺はここに来る前に計画していた通りに、二人に手刀を向けた。手刀に《魔力装》を付与し、二人のいるところまで伸ばして長すぎる槍ほどの長さにする。


 おぉと二人から歓声が上がる。特に王の方の声が大きい。そういえば、ハリィ君が政務をほっぽって鍛錬頑張ってたって言ってたな。

 それから《魔力装》にはさらに《氷結装具アイシーアーマー》を重ねていく。少しずつ《魔力装》の刀身は分厚い氷で覆われていき、やがて全身が覆われた。岩壁のようにごつごつした白い氷が張られた長すぎる大剣は、白い冷気を周囲にこぼしている。


 そして部屋でやってみた時と同じように、ジルが少し俺から離れた。植えつけたトラウマは根深いらしい。

 当の二人は仲良く口を半開きにしている。王の方が先に口を閉じた。王は眉間にシワを寄せてまじまじと氷の大剣を見つめている。


『もうしまって』


 はいはい。俺は言われたままに氷の大剣を消す。


「どう? 分かった? 氷竜はこういうことが簡単にできるのよ。私の高速のブレスを避けたりするわ」


 二人は再び驚愕に目を丸くしたが、声はなく、しばらくこれといった反応がなかった。王と目が合ったが、慌てて目線を逸らされる。ショックです、王様。

 というか、そんな態度で大丈夫なの? 俺一応七竜、いや八竜のトップだよ?? 攻撃的な性格だったら「無礼な奴」とか言われてたかもしれないよ?


 やがてノアと呼ばれていた白髪の男性の方が口を開いた。


「赤竜様。今こうして我々に氷竜様をご紹介していただいたということは、世に氷竜様のことを告知してもよいということでしょうか?」


 察するに、ノアさんは赤竜教の一番偉い人とかだと思うんだが、高齢の割にだいぶ聞き取りやすい澄んだ声だ。


「まだよ。今日は顔合わせ。準備期間というところね。竜勅はちょっと発表しにくいだろうけど、悪いように発表しないよう頑張ってね」

「はい。それは重々承知しております」


 竜勅ね。できれば知らせてほしくないけどな……。


「氷竜様の庇護地および結界の地域はどこにするのでしょう? 主要都市は既に七竜の方々の加護を賜っていますので、あとはめぼしい土地はオーラムやエマフロリデなどの小国や小都市になりますが……」


 そういや、結界俺できないぞ……?


「その辺はまだ決まっていないけど、もしかすると、ゾ、黒竜のような立ち位置になるかもしれないわ。まあ、追って伝えるわ」

「承知致しました」


 ゾフのような立ち位置って、ゾフは結界とか貼ってないのか? 七竜のサポートって言ってたし役割が違う感じか。……黒い竜って不吉に思われて信仰集まらなさそうだな。


「神殿の建立地の計画くらいは立てていいわよ。紋章のデザインや新しい礼服の製作依頼はすぐに来ると思うから関係者に伝えといて」

「承知致しました」


 神殿……いらない……わけにはいかないんだろうなぁ。結界よりはマシか。祈ったりおがんだりするだけだろうし。


「氷竜教の設立はどのように致しましょう」

「それもまた追って伝えるわ。めぼしい人材がいたら脳裏に留めておいて」


 氷竜教ね……。結界とか紋章とか神殿とか、もうお腹いっぱいだよ。


「承知致しました。……それともう1つあるのですが」


 質問多いなと思ったら、ジルがこれみよがしに肩でため息をついた。


「ノア……あんたの悪いところは人に委ねすぎるところね」


 王様はすぐに謝ったが、ノアさんは穏やかな笑みを浮かべていた。


「私の意志は昔から常に赤竜様と共にありますからな。近頃はそれが赤竜教の司祭としての貫録に繋がってきていると実感しております」

「言うようになったわねぇ……。ま、そういうのじゃないと総督になれないのかもしれないけど」


 ジルはため息こそついたが、ちらりと見えた横顔には薄い笑みがあり、特別嫌そうではなかった。二人のやり取りにインとファーブルさんの関係が被る。

 それにしてもやはり最上位の人らしい。あまりそうは見えなかったが、ファーブルさんも銀竜教の最高位の人なんだろうか。


「どこも一緒だのう。老いぼれてもそやつの本質は変わらん」


 ずっと黙っていたインが愉快そうにコメントする。


「左様でございますな、銀竜様」

「ったく……。左様でございますじゃないわよ。……ま、氷竜の襲名はさっき決まったばかりでね。大したこと決まってないわ。だからさっきも言ったけど、神殿の建立地の候補、紋章のデザインの考案、新しい礼服。今はこの辺だけで留めてもらえればいいわ。あと波風立てない発表方法もね」


 そう言ながら、ジルは指を三本を立てた。承諾するノアさん。テキパキ決めるな~。


「それとカミアン」

「はっ!」


 呼ばれた王はいつの間にか膝を立てていた。


「アマリアとの関係が悪いそうね?」

「はい。既に狼煙は上がっております。警戒は強めていますが、おそらく……間もなく領地の取り合いが始まるでしょう」


 ジルは腕を組んだ。戦争始まるのか?


「死なないようにね。私の結界じゃ七竜の規約であんたを守ることはできないから。ハインツも七星もいるし、……あんたバカだし、そうそう死ぬやつだとは思っていないけど」

「はっ!! 命に替えましても!!」


 ジルの言葉に応える王の雄々しい声は、頭を垂れていたにもかかわらず、密会をするには広すぎる教会堂内によく響き渡った。

 グラナンもそうだったが、当初のジルのインや俺へのきつい当たりは特殊であって、他所では普通に人望があることを再確認させられた気がした。王のことを小馬鹿にはしているが……素直じゃないからな、ジルは。


「じゃあ、言うこと言ったしそろそろ行くわ」

「氷竜様」


 え、もう? と思いつつジルに続いて二人に背を向けると、ノアさんに呼び止められた。ノアさんは立ち上がっていた。


「赤竜様は七星王に戦で死ぬなと仰いましたが、死期は老いた私の方が早いのが道理でございましょう」


 ジルが、老いぼれると回りくどくなるのよね、と肩をすくめた。左様でございますな、と苦笑するノアさん。


「……少しお傍に行ってもよろしいでしょうか? 七竜、いえ。八竜の御三方のご尊顔を拝見できる機会はもうないかもしれませんから」


 どうしたものか逡巡する間もなく、ジルが構わないわよ、と許可する。


「ありがたき幸せでございます」


 ノアさんはゆったりと深く頭を下げた。


 そういえば、インの時とは違って代表者の二人は、壇上の俺たちと一定の距離を保ったままだ。立ち上がってすらもいなかった。ジルのインを色々と異端視する言いようからすると、これが本来の距離のようにも思えるけども、やはりいくらかの寂しさはある。


 なにかの洗礼でも受けにいくがごとく腹に両手を組んでゆっくりとした足取りで壇上に上ってくるノアさんは、自身の死期を持ち出したままに、顔のあちこちにはシワが寄っている。とくにほうれい線のシワが深い。

 シワこそあったが彫りが深く、眼光も鋭かったファーブルさんに比べると、目も顔も小さく穏やかな雰囲気なので人好きのする顔立ちなのだが、俺の寿命の予想はあまり伸びてはくれない。


 メイホーのファーブルさん、金櫛荘のマクイルさん、そしてノアさんと、脳裏に浮かんだトリプル爺さんの中では、申し訳ないが、一番最初に死ぬことに何の疑いも持てない。


 壇上に上がったノアさんは胸に手を当ててジルに礼をすると、こちらを見た。目が合う。穏やかに微笑まれ、再び頭を下げられた。


「お初にお目にかかります。銀竜様に、氷竜様。赤竜教会の総督司教を務めております、ノア・サルバン・アンフェットでございます」


 ノアさんはそう言って、恭しく胸に手を当てて礼をした。


「うむ。よろしく頼むぞ」


 ジルのことを見ると、普通に話していいわよ、とため息交じりに念話で言われたので、インと同じくタメ口で行くか、普段通りの俺の素でいくかちょっと迷っていると、


「こっちはダイチだぞ。人の子らからは氷竜と呼ばれるだろうが、普段はダイチと呼んでおるのだ」


 と、インから紹介される。ジルの方から今度は大きなため息が聞こえた。気持ちは分かる。でも気が楽になったよ。


「氷竜で、ダイチです。お見知りおきください」


 俺はノアさんがしたように胸に手を当てて礼をした。すると、ノアさんは少し驚いた様子を見せたが、穏やかな表情になり、律儀に礼を返してくれる。


< ノア・サルバン・アンフェット LV11 >

 種族:人族  性別:オス

 年齢:65歳  職業:赤竜教総督司教

 状態:老年病


 老年病? 糖尿病とかリウマチとかかだよな? ノアさんを見るに言わんとしてることは分かるがざっくりきたな。


「あんたはいいの? カミアン」


 ジルがそう言うと、「ま、参ります!」と立ち上がって急ぎ足でやってくる王。


 ノアさんと違い、彼はどたどたと音を立てて浅い階段を元気に上ってきた。元気だけども。ローブの裾を踏まないようにするかのような、少しコミカルな動きだ。

 槍を振り回していただけはあるのか、改めて見ても肩もがっしりしてるし、首も太いしで、王はずいぶん体格がいい。たぶん40、いって50くらいだと思うが、武芸が好きならば意外とというか、いや王らしいというべきなのか、彼は額が広く眉も眉尻に向けて山を描いていて、気難しそうな顔つきだった。


 というかあれだ、ローブがあまりにも似合わない。


「カミアン・クララ・イル・アンスバッハでございます……この国の王を務めております……」


 王はノアさんとは違い、ずいぶん自信なさげにそう挨拶をした。眼差しは気難しそうなものを崩せずに向けてくる一方で、口元はにこやかにしているというなんともぎこちない表情を見せながら。

 緊張しているのか分からないけど、でもしかめっ面は、正直似合ってると思ってしまった。王っていうのは、だいたい皆の前では威厳ある態度でいると思うんだが、彼はどうなんだろう。


「うむ。よろしくな」

「ダイチです。お見知りおきください」


 でもあんまりぎこちなくされると、氷竜ではなく庶民のダイチとして会った時に対応が困るよ? 王はインの方はまだちゃんと見るのだが、相変わらず俺の方となるとすぐに目をそらしてしまうようだ。

 何にもしてないんだけど。王様なんだからその辺我慢しなさいよ。礼は返してくれたし、いいけどさ。


< カミアン・クララ・イル・アンスバッハ LV43 >

 種族:人族  性別:オス

 年齢:45歳  職業:オルフェ国王

 状態:健康


 レベルたか。ハリィ君が言ってた通り強い王だ。


「ノア、自己紹介だけして終わり?」

「私めは赤竜様、銀竜様、氷竜様の御三方の御尊顔を間近で拝見できただけで満足でございます。秘密の逢瀬とはいえ、私がこれ以上のものを望めば皆から恨まれてしまうことでしょう」


 神の啓示でも受けたがごとく、満足そうにそう語るノアさんだったが、ジルは「あ、そ」とそっけなく言っただけだった。


「カミアンは?」

「私も……」


 王は目線を泳がせた。ジルはため息をついた。俺もため息をつきたくなるような、あまりにも頼りがいのない王の言動だが、ジルのため息はイン以上に面白い。


 俺たちはそうして教会を後にしたが、別にジョーラやハリィ君と約束をしたわけでもなければ、必ず王に会うわけではないが……もうちょっと七世王とわだかまりを解いておきたかったのが本音だ。


 この分だと王都に行って会ったときのリアクションが心配だよ。絶対挙動不審になるだろ……。


>称号「王と言葉を交わした」を獲得しました。


 交わしたってレベルかなぁ……。

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