6-8 氷竜着任 (3) - ドラゴニュートと砂漠


 ペイジジが“青い鱗の残った手”で、俺の両肩を覆う白いマントを手で直した。


「どうでしょうか。氷竜様」

「いい感じ」

「そうでございますか。少し手足を動かしていただいてもよろしいでしょうか」


 俺はペイジジによって着せられた、曰く、氷竜としての仮の礼服を着た状態で胴を軽くねじってみたり、足踏みをしたりしてみた。

 タートルネックは普段着ていなかったので、覆われている首元が気になるが、特に動きが悪くなるといったことはない。


「問題ないよ」

「それはようございました。……では」


 そう言うと、ペイジジは一度頭を下げた。同じく着付け係のウルムルも同様に頭を下げて、二人は部屋の隅で膝を立てて頭を垂れ、待機モードになる。彼らが向いているのは俺ではなく壁だ。


 ジルについていたウググよりはずっと教育が行き届いてるとは思うのだが、……堅苦しくて仕方がない。

 とはいえ、事が事、つまり「七竜の上に立つ存在になった」というのを思い知らされたこともあって、なんともしようがなかった。


 二人の手の甲や首には、少し青い鱗が残っている。彼らは竜人族ドラゴニュートという一族で、普段は青竜に仕え、着付けやら世話やらしているらしい。

 ゾフが黒い楕円、もとい《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》で二人を連れて来た時から既に人型モードだったが、俺と対面したときに「不完全な人化をお見せしてしまって申し訳ありません」とか言っていたので、彼らなりに色々と思うところはあるらしかった。


 実際、残った青い鱗以外でも、二人の肌は少し青白い。耳は尖っていなかったので、魔族でもきたのかとちょっと思ったくらいだ。

 でもそれ以外の部分は、人族にしか見えない。二人は焦げ茶の髪のショートカットの男女だ。ショートカットの女性は子供以外だと地味に珍しかったりするが、そんなことよりもファンタジー愛好家の端くれの一人としては、わざわざ人化しなくてもいいのにと思ったりもする。


 ちなみに俺が着せられた衣装は、神父服を白くして、マントをつけたような衣装だ。もちろん、仮服とはいえ豪華仕様でないわけもない。

 生地には10年に一度しか取れないらしい最上級のシルクワームが使われている。シルクワームというと、ミュイさんが絶賛していた素材だ。シルク製の衣類なんておそらくそう着たことないので何とも言えないが、光沢があるのはともかく非常に滑らかで、着心地はいい。


 ティアン・メグリンドさんの小屋やミュイさんの店ではよく探したものだが、ほつれなどは当然のように一切なく、縫い目もミシンで縫ったかのように小さくて均一だ。この世界には小人とかいたりするんだろうか? そう思わされるほどに。

 裾のところどころには金の装飾があり、アール・ヌーヴォー的な柔らかい植物の意匠が描かれている。金糸の刺繍ではなく、金で作った細工だ。金に名前は忘れたがなんとかという魔物の魔鉱石を混ぜているので、頑丈かつ軽いらしい。また、非常に精緻に編まれた絨毯にあるような刺繍の帯が、腕や腰から垂れている帯には編まれている。


 腰から股下にかけて下がっている帯の中心には、とりわけ異彩を放つアイコンがあった。


 太陽を模したような外周がギザギザした朱色の円の上部に、赤、青、緑、白、黒、金、銀の七色のラベルが巻かれ、それを覆うように朱色の蔦と白い花が咲いている。円の中心部には金のサークレットが巻かれ、中心部には小さなダイヤモンドのような実物の宝石が控えめに主張している。

 何を表しているのかは七色のラベルの色ですぐ分かったが、刺繍でこれを作っているようなので少し驚いた。アナログというかなんというか……でも、現代でも“いいね”が大量につきそうな作り込みとデザインだ。


 少し懸念があって、これ俺もこのアイコンに入るのかなと訊ねてみると、「おそらくはそうかと存じます。紋章は専門家たちが意見を寄せ合って作っておりますので、注文するかと」とのこと。

 俺の場合は色ではなく氷だが、水色のラベルが入ったり、下手したら作り直しになったりするんだろうか。大変だとは思うが、正直見てみたい。


 ちなみに帽子は選択式だった。

 サークレット、月桂冠のようなもの、王冠、ローマ法王が被っていそうな顔以上の高さのある縦長の白いやつに、イスラム教徒が被っているような少し高さのある長方形の帽子に。ターバンとか、ミラーさんが被っていたようなオシャレなハンチング帽子とか、貴族のオシャレという概念が崩壊している被り物なんかはなかった。


 選択式にするあたり、どうやら俺の立ち位置的に何をかぶらせるのかとかがまだ決まっていないようだが……正直どれも被りたくなかったので、被らない選択をするとすんなり受け入れられたのでほっとした。

 白い神父服に合う帽子ってなに? 現代日本の一般人が気持ち的にも安心するやつだよ? ……なくない?? まぁ……サッカー選手が額にたまにしてる紐みたいなのだったらワンチャン……。


 そんなこんなで着付けは落ち着かない内心ながら無事に終えたのだが、手持無沙汰になってしまった。同じく着付けに行ったインとジルを待っているのだが、まだ帰ってきていないのだ。


 これといってやることがなかったので、せっかくなので、竜人族の二人を観察することにした。


「手、見せてもらってもいい?」

「仰せのままに」


 ペイジジがすっと、お上かなにかから献上されるのを待つかのように手を差し出した。頭はもちろん下げている。


 着付け中にも時折話しかけていたんだが、彼らからは、事務的ではないんだが厳粛かつ短い応答しかもらえなかった。権威が高すぎるのも考えものだね。つまんないよ。

 内心でため息をつきつつ差し出された手を裏返して、手の甲の鱗部分をさわさわする。うーん。鱗だ。ひんやりしててつるんとしている。でも、いつか銀竜の部下の飛竜たちに触らせてもらった鱗よりも硬い気がする。


「いつか飛竜ワイバーンの鱗も触ったことがあるんだけど、彼らの鱗よりも硬かったりする?」

「はい。私どもは、飛竜などよりも上位の種ですので」


 “など”とつける辺り、上位種であることに誇りがあるようだ。情報ウインドウでも、二人のLVは60ちょっとと出ていて、飛竜たちも高い。


 一方の鱗に侵されていない人間の肌の方は体温が低い気がしなくもないが、青白い以外は特に変わった印象はない。ただ露出している鱗部分から離れるに従い、体温は上がるようだ。

 オスであるウルムルの方も、体毛があったりはしない。この世界の男性は手や指毛をはじめとして腕の毛から胸毛まで当たり前に濃い目に生えているので、少し違和感を抱けると言えば抱けはする。


「竜人族って翼があったりする?」

「ございます」


 おぉ。……って、インが言ってたっけな?


「リザードマンに翼が生えた外見って認識でいいのかな? ああ、君らが“君らにとって下等かもしれない彼ら”と一緒だとか言うつもりはないよ」


 ペイジジがちらりと、保険に保険をかけた俺のことを見てくる。


 彼らの目もしっかりと人型で、褐色のなんてこともない瞳だ。……なのだが、不思議なもので、彼女の眼差しには、はっきりと何がとは言えないのだが違和感を覚えた。

 人化に完全、不完全があるのなら、目周辺の筋肉がよく動かせないとか、瞳の色合いが微妙に再現できてないとか、そういった細かい完成度も含んでいるのかもしれない。目の不完全さで言うと斜目とかが思い浮かぶが、ともあれ爬虫類の目は特殊だしね。


「その認識で間違っておりません。……リザードマンは私ども竜人族の下位種に相当する種ですが、七竜様から御力を頂いて竜人族に進化することもございますので、我々はどちらかといえば同胞と見ています」


 うん、インから聞いたことのある話だ。


「なるほどね。ありがとう。よく分かったよ」

「いえ」


 今度は竜人族の姿を見てみたくなったので、「ここで竜人族になれたりする?」と訊ねてみると、


「ご覧になられるのであれば、今すぐにでも」


 と言うので、変身してもらうことにした。ジルの世話をしているウググには触る暇なかったからなぁ。ワクワク。


「――ちょ、ちょっと待った。何してるの?」


 ペイジジは立ち上がり、マントを脱ぐと、そのまま着ている服を脱ごうとしていた。服の下は素肌だ。


「え、人化を解こうと」

「……元の姿に戻ったら、人型とサイズが違うから服を破いちゃう感じ?」

「その通りでございます」


 そう言って、ペイジジがなぜか軽く頭を下げた。その設定忘れてたよ。

 俺の目線がペイジジの控えめだがしっかりと主張している胸元に行った。うん。近くにいたのと、ウルムルよりも上官っぽかったから、性別とか特に気にしてなかったよ。声も低めだし、今脱ぐことに何のためらいもなかったように、あまり女性っぽい言動もないし。


「いや、やっぱりいいよ」


 ペイジジは不思議そうにしていたが、はいと頷いて服を着始めた。


 それからは少し話題を変えて、二人の故郷について訊ねてみることにした。

 落ち着かないので、俺は床に胡坐をかき、二人にも俺と同じように胡坐をかいてもらった。せめてお上を会話で楽しませようとか、そういった気分になってくれるとありがたいんだけども。


「二人の故郷ってどこだい? ケプラの南に集落があるとは聞いてたんだけどさ」

「リザードマンの集落は各地にございます。私どもの知るところですと、一つは氷竜様の仰られたケプラの南はポリトカ湿原にあるクルグム。一つはコルヴァンより南下し、コロニオ公国の国境からさらに南下したミアージュ湖にあるズズグ。もう一つは西の砂漠にございます」


 砂漠か……。砂漠の話ってあんまり聞かないな、そういえば。


「砂漠ってやっぱり過酷な土地?」

「はい……」


 ペイジジは少し眉をしかめて難しい顔をした。行ったことあるのかな。砂漠は砂漠だろうとは思ってるんだけども。


「かつて私とウルムルは隊を組み、西の砂漠に入る補給路の村まで旅立ったことがあります。ズズグの習わしで、村の戦士となる者は砂漠というものを経験してくるのです」

「ほほう」


 戦士。たぶん村の用心棒とかの意味だろうが、ペイジジやウルムルがここにいるのだから、戦士というのは七竜に仕える者を選ぶ意味合いもあるのかもしれない。

 砂漠への旅はどんな感じだったの? と訊ねてみる。


「はい……。私たちは順調に旅路を行き、ガシエントで水や食料を調達して一泊したのですが、……ガシエントから西へしばらく行くと、植物は枯れたものが多くなり、岩石が増え、風景が黄色くなり始めました。地面は砂ばかりでした。日差しも厳しくなり、風も乾燥していたので、私たちの鱗はたちどころに乾いていきました」


 やっぱり砂漠は砂漠のようだ。


「仲間の魔導士の《水射ウォーター》で鱗を潤しましたが、あまり意味がなく、すぐに乾きました。結局私たちは魔力の温存のため、鱗を潤すのは最低限にしました。……乾燥の他には、砂の問題がありました。風が吹くと、すぐに砂が全身を撫で、鱗の隙間に砂が溜まっていくのです。目に砂が入ることもあったので、強い風が吹いた時は、目の上に手を当てて、前傾姿勢で移動していました」


 砂漠だなぁ……。

 一呼吸を置いて、ペイジジがこちらを見てきたので、いいよ、そのまま続けてと、話を促した。


「歩けども歩けども景色は変わらず黄色い世界でした。気が狂いそうだと仲間がこぼしましたが、私もそうだと思いました。……何度ズググの豊かな森や、ミアージュ湖の清涼な風景と空気を思い出したか分かりません。私たちは歌をうたったりもしましたが、結局疲れるだけだと悟り、無言で歩き続けました。……途中、岩場の近くにきたので休んでいたのですが、ケンタウロスの一匹が襲い掛かってきました。当時の私たちの力量では立ち向かうには難しい敵でした。砂に足を取られたのもあり、あまりいい動きができず、苦戦しました。負傷者を出しましたが、かろうじて撃退して難をしのぎました」


 ケンタウロス! いるんだな……。

 再びペイジジが見てきたので、無事でよかったよとだけコメントして、俺は頷いた。旅の話は楽しい。


「再び歩き始めるとまもなく一人が倒れました。近くには砂漠蜂竜の出没する場所があるので、置いていけと彼は言っていたのですが、残りわずかだった飲み水を与えてやり、比較的疲労の少なかった私とウルムルが肩を貸しました。……しばらく歩いていると、目的地のサムーンの村までようやく到着しました。携帯していた飲み水や食料、ポーション、エーテルは全て尽きていました。宿では私たちは泥のように眠りました」


 ペイジジが見てきたので、全員無事に帰れたんだよね? と訊ねてみると、


「はい。幸いにも。ケンタウロスや砂漠蜂竜に全滅させられたこともあると聞いていましたが、遭遇したのがケンタウロスの一匹だけだったのが大きかったのだと思います」

「全滅か……」


 砂漠蜂竜は初めて聞く魔物だが、字の通りなのだろう。

 にしても砂漠かぁ。話を聞いたり、写真で見たりする分にはいいんだが、経験はしたくないエリアだよねぇ……。


>称号「ドラゴニュートと知り合った」を獲得しました。


 と、そんな話をしていると、後ろに気配があったので振り向いてみれば、ゾフの《三次元空間創造》が現れた。お帰りらしい。

 胡坐をやめ、さっと居住まいを元に戻す二人。間もなくして、イン……ではなく見知らぬ女性が現れた。


「お、話でもしてたのか?? 似合っておるではないか」

「……誰?」


 俺から誰と言われた銀髪の女性が呆気に取られた顔をしたかと思うと、「誰とは誰だ、お主の母を忘れたか!」と声を荒げてくる。


「分かってる分かってる。ちょっと驚いてさ」

「ふんっ」

「人化どうやったの?」

「ん、ちょっと魔力を分けてもらっての。この姿を維持できるのは1時間ほどだが」


 インだった少女は俺とほとんど変わらない背丈になり、大人っぽくなっていた。


 眉目の形は相変わらずインの強い意志と自信を表していたが、涙袋には赤みが差していた。少女の頃から顔の大きさ以外ではさほど変わっていないのを見るに、唇は少し大きめのようだ。

 顔立ちはまだ少し幼い感じはあるものの、大人になって彫りがいくらかはっきりしたことは、インの意思瞭然とした凛々しい美しさに磨きをかけていた。


 髪型も変わっていた。分けていなかった前髪を真ん中で分け、耳にかけたようだ。カチューシャスタイルのような髪型だが、裏表のはっきりしているインらしい髪型だと思った。耳からはごく小さな透明な六角形の石が下がったイヤリングをしていた。

 服は俺と似たような白い神父服だったが、両肩からは帯が下がっていた。帯の先には、俺の腰から下がっているものと似た紋章が描かれていたが、巻かれているラベルは全て銀色で、スズランっぽい花がある。これが銀竜を示す紋章なのだろう。ともあれ、結構似合っているように思う。


「どうだ? 似合っているか?」

「似合ってるよ。俺とはちょっと服装違うんだね」

「そりゃあの。でもお主のは仮のもんだしのう。そのうちちゃんとしたものが作られるだろうて」

「俺、この衣装でもじゅうぶん気後れしてるんだけどね……。こんなの着たことないからさぁ」

「はっは! ま、そのうち衣装制作の相談がくるだろうし、せいぜいあれこれ注文してみることだの!」


 インはさっきは不貞腐れたりはしたものの、ご機嫌のようだ。心境的には息子の晴れ舞台とかそんな感じなんだろうか? そう思うと、少しくすぐったくもなるね。


 間もなく、ジルもやってきた。


「お、似合って……はないわね、特に」

「おい。そこは一応似合ってるって言っとけよ」


 つい苦笑してそんなことを言うと、嘘言っても仕方ないじゃない、とジルは肩をすくめたあと、


「ね、氷竜様?」


 と面白がって半ば覗きこんできた。その呼ばれ方なー……。


 ジルはインのように少女形態ではなく、髪型もさきほどと同じく外国人風ヘアスタイルのままで目立った変化はなかったが、耳には赤い宝石のピアスがあり、俺やインと同じく神父服を着ていて、帯からは赤いラベルの巻かれた太陽と、雌しべが三本伸びた赤い花が描かれていた。名前は分からなかったが、ジルらしい花だと思った。


 ちなみに。ジルの保守的でない性格からして既にそうだが、服装は当たり前のように似合ってはいない。ハーフの気の強い美女が、宗教的な服を着てみているだけだ。司祭のおてんば娘という感じで少し面白い。海外のコメディドラマとかで出てくるかもしれない。

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