6-7 氷竜着任 (2) - 延命処置と飛べない竜


 ジルは500年間変わってないらしい愛人にまつわる男の生態を嘆いていたが、インは相変わらず難しい顔で俺のことをうかがうように見てきていた。


 インの不安を解消させたいのは山々なんだが、……ホムンクルスの延命処置の内容が知りたい。


「その寿命を100年伸ばす延命処置って具体的に何するの?」

「教えてはくれんかったよ。フルと眷属のみが知る秘技だからの。……いや、ルオも知ってるか?」

「知ってるでしょうね」


 それ大丈夫か?


「まあ、何をするのかの一つは想像つくがの」


 俺は想像つかないんだけど……。強いて挙げるなら、体を新しい体に取り換えるとかそういうやつ。正直抵抗感しかない。


「どんなやり方?」

「肝臓を完全蘇生したあと、魔力を集め、もっと丈夫で良質なものにするんだろうの。お主の肝臓は通常のホムンクルスの数倍のスピードで酷使されているからの」


 肝臓??


「肝臓って……あれか。臓器の?? 酒の飲み過ぎで一番影響を受けるやつ?」

「その通りだ。よう知っておるな」


 まあ……俺も胃腸が悪くなる前までは肝臓は人並みに傷めつけてたからな。

 にしてもなんか変なところで安心した。俺の体、心臓以外にも普通に人間の臓器あるんだな。まるまる新しい体にするのは抵抗感あるが、魔法的な力で臓器をいじるならまだ……。


「ではこれは知っておるか? 肝臓付近は魔力の生成量が一番多い場所でな。いくらか例外もあるが、これは人の子らも私たち七竜も同じでな。実際、酒をよく飲む魔導士の魔力量は少なく、酒をあまり飲まない魔導士は魔力量が多い傾向にあるのだ。まあ、たとえ魔導士でも、酒を飲まん奴などそう滅多におるもんでもないがの」


 へえぇ……ちょっと面白い。右胸の下あたりに視線を寄せる。

 肝臓って、胆汁を作ったり、毒素を分解したり、栄養を貯蔵する臓器だったよな? ……ああ、ぶどう糖をグリコーゲンにしたりするんだったな。「魔力の生成」は肝臓のその辺の作用が絡んでるのかな?


「だから動物や魔物の肝臓は、特に魔導士の間では高い値段で取引されておる。摂取すれば一時的にだが、疲弊した肝臓の回復力を高めるのはもちろん、平常の魔力の回復量が増えるからの」

「レバー?」

「うむ。少々独特な質感と味わいだがなかなか美味いぞ。なにより元気になる。食べたことあるか?」

「あるよ。子供の頃から好きだったし、ここに来る前もよく食べてた。栄養の宝庫だしね」


 そういえばインはだいぶ正気を取り戻したように見える。


「うむ。……まあ、でだ。ホムンクルスは魔力が極端に減ると機能停止してしまうのは知ってると思うが、その時は肝臓が使い物にならなくなっているようでな。お主の場合は心臓付近で魔力が消えたりと色々と特殊なようだが、一般的には肝臓付近を集中的に回復させることがホムンクルスの一時的な延命措置になる。そこはお主も変わらんだろう。……のう、ゾフ?」


 見てみると、ゾフは話題を振られたことに少々びっくりしたようだ。ごめんな? 放っておいて。


「は、はい……普通の人の治療魔法でも、……肝臓部位に局所的に、回復してあげれば、……多少は……」

「どのくらい持つの? 普通の人の回復魔法で」

「一般的な、……下級兵の魔導兵の魔法で、もって3日くらいだそうです……繰り返し、治療してもだんだん効果は弱まって……3回目の治療魔法では、2時間持ちません……」


 3日に、2時間か……。きついな。


「ホムンクルスの肝臓は少々特殊な臓器でな。“学ぶ臓器”とも言われていて、連続的に治療魔法を使うとすぐに効果がなくなる。ホムンクルスを造る際も、この臓器のこうした特殊性を改善しようとしたようなのだが、うまくいかんくてな。結局たいして何も変わっとらん」


 治療魔法の効果が薄まらなければ、兵としての活用時間が伸びるわけだしな。


「フルさんの、治療魔法は……この大陸で、最大規模の効果です。……なので、かなりの効果を、持ちます……ただ、連続的な使用で、効果が薄まるのは同じです。……100年増やすというのは……だいぶ大変なので……いくらフルさんの魔法でも、無理があるので、……」


 白竜の魔法は回復力高いのか。立ち位置的にインと被ってるな。


「儀式魔法でもするのかもな」

「はい……ユラ・リデ・メルファの、大結晶を用いるのかも……」

「ふむ。ダイチの肝臓を完全復活させるのならそうかもしれんな」


 ユラリデメルファ?


「ユラリデメルファって?」

「ビテシルヴィアに生えている神樹だの。ビテシルヴィアはフーリアハットの中心都市だ」


 ああ、神樹か。


「大結晶は、ユラ・リデ・メルファの約50年分の魔素マナが凝縮されている魔石だ。量が多いのもあるが、人の子らには扱えん代物でな。フルに奉納させておるのだ。今回のように、活用できる場面があれば使っておる」


 ほ~。まあ、使えないものを持っててもな。信仰対象が役立てられるというなら、信者は喜んで差し出すだろう。


「それでダイチ……寿命を延ばすことに相違ないな? 今回の申し出を断って死ぬことを選んだりはせぬよな??」


 インが再び不安げな顔になり、そのまま俺の腕にしがみついてくる。もはや懇願だ。さっきまでの“通常化”は、一時しのぎだったらしい。


「ああ、受けるよ。色々と不安はあるけど……生きようと思ったらどの道拒否権はないようなものだし」


 自分で言って、ああ、元から結ばれるべくして結ばれる停戦協定だったんだなと思い知った。なら、相手が自分を脅かすような存在であればなるべくいい思いをさせておくだろう。トップに据えるというのはなかなか思い切ってる方ではあるけど。


「本当か? 私は子を失った哀れな母にならんのだな??」


 その設定な……。インの中では設定じゃないんだろうけど。


「うん。大丈夫大丈夫」


 子供が母親の不安を解消させる術は抱きしめることしか分からなかったので、俺はそのままインの体を軽く抱きしめた。

 インの体は小刻みに震えていた。インのこうまで弱々しい姿は初めて見たかもしれない。

 ジルはかつて親子ごっことなじっていたものだし、俺も親子ごっこだとは思うんだが、インは違うよなぁ……。ごっこでも、本気なら、ごっこじゃなくなるんだよな。


「じゃあ、決まりね? 今回の申し出を受けることにして、あんたは〈氷竜〉を襲名するってことでいいのね?」


 ジルが改めて最終確認してくる。俺たちのやり取りにさほど感動している様子はない。傍から見たら、本当にぐずった妹を慰める兄の図だろう。


「ああ。延命処置については内容が分からないから、あとで注文つけるかもしれないけど」


 ジルがそうね、と軽く頷くと、


「じゃあ、ちょっと報告するわ」


 とそう言って、そのまま部屋の壁に体を預けたかと思うと、ベッドに細い脚を延ばして腕を組んだ。

 俯いたが特に眠ったりする様子はない。どうやら込み入った話をするようだが、七竜の誰か辺りと念話だろう。


 話が進んだにも関わらずに、外見のままに兄に甘える妹、親に甘える子供のようにしがみついているインをよそに、手持無沙汰に椅子に座っているゾフが目に入る。

 ゾフの表情は一切分からない。自身の両目に宿る黒い魔力――黒波ニグルムの悪影響を他者に与えるのが嫌であることを理由に黒い布で目元を隠しているからだ。口元を見れば多少は感情の如何も分かるはずではあるが、おどおどしている以外では目立った感情はまだ見ていない。


「七竜の一人になったけど……これからよろしくね、ゾフ」


 そう声をかけてみると、


「は、はい……よろしくお願いします……氷竜様……」


 と、いくらか俯いているが、俺の方をしっかり向いてそう答えるゾフ。

 氷竜様ね。そのうちそう呼ばれることもあるんだろうな。氷竜っていうのは、俺が氷魔法を使ってジルを追い込んだからなのだろうが。


「今まで通りダイチでいいよ」

「はい……ダイチさん」


>称号「黒竜と友好関係を結んだ」を獲得しました。

>称号「軽はずみで引き受ける」を獲得しました。


 仕方ないだろ? 寿命のこと持ち出されたらな……。インもこの様子だし。


 しばらく間があった。コミュ障なゾフとの会話は相変わらず、俺の方が頑張らないと続かないようだ。インと話しているの見ていると喋り方はともかくコミュニケーションとしてはそこまで違和感なかったから、そのうち慣れるんだろう。


「ゾフは普段さ、どんな活動してるの? 七竜の黒竜として」


 七竜の一人になったのなら、何か活動することもあるだろうしそんなことを訊ねてみる。宗教団体でもあるし。

 メイホーを飛び出したインを見ていると、七竜はあまり大々的な活動をしているようには見えない。ジルによって僻地に追いやられてたらしいからな。


「私は……主に……空間魔法で他の七竜のサポートをしてます……それ以外は、そんなに……」

「あの黒い楕円だよね? 転移魔法みたいな」

「転移……? 転移は別ものです……あれは、座標を指定した、《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》の魔法です……座標を指定しなければ、……ただの亜空間です」


 ああ、どこでもドアね。それにしても三次元空間ね。


「そういえば巨大な亜空間を作ってたけど……《収納スペース》の亜空間も一緒?」

「一緒ですが……《収納》の方が、作りは複雑です」

「複雑?」

「《収納》には様々な魔法が、組み込まれています。……《減量シェイプ》や《物質操作グラスプ・マター》や《停滞空間ステイシス・フィールド》などが、……利用されています。……作るのに、3年ほどかかりました。……なかなか大変でした……」


 ちょ、ちょっと待ってくれ? 色々ツッコめるんだけどさ、ステイシスって停滞? ……もしや時間止めてる? いや、魔法の鞄と仕様が一緒ならそういうことになるんだろうけども。


「《停滞空間》ってさ、もしかして時間止めてる?」

「はい……亜空間内でのみですが……」


 ゾフは少し首を傾げて、鳥が空を飛ぶのは当然ですよねといった感じでそう言い放った。

 ……やっぱ勝てる気しないぞ。この子やばい。


「ジル戦ではゾフはサポートにまわってたけど、ゾフ自身は戦わないの?」

「私は……皆さんと違って、戦闘向きではないので……飛翔能力も退化していますし、……自分で走っても遅いです」


 飛べないのか。


「ブレスとか攻撃魔法とかもないの?」

「はい……攻撃魔法は、……大したものでは、ないです。……ブレスは、あることはありますが……とても魔力効率が悪くて、……著しく魔力を失いますし、……それに黒波も、放出されてしまうので……辺り一帯を、……数十年は、動植物の生息できない地域に……してしまうので……基本的には《虚無盾ナッシングネス》などで、……サポートにまわってます」


 動植物が生息できないって、えぐ……。でもそうか。黒波があるもんな。

 黒竜は語りながら申し訳なさそうにしていたので、これからも自分から率先して戦いには参戦することはなさそうだ。ジルには、ゾフを酷使するなと言ったものだが、一応ゾフも自分の役割として受け入れてはいるものらしい。まあ、それでもあの扱いは見るに耐えかねるけどな。


>称号「黒竜の声に耳を傾けた」を獲得しました。


 話していると、改めてゾフのもたもたした喋りには一定の間隔があることに気付かされた。内気な性格が起因しているものだと当初は考えていたが、黒波により喉がつぶれてしまっているとか、そういった別の要因から来ている方がちょっと納得しやすい。

 空間魔法という異次元の魔法を扱える一方で、色々と切り捨てられている部分があるようだしな……。


 それにしてもクライシスの地味な黒竜からすると、彼女は鮮烈な印象を俺に与えてくる。


 クライシスの黒竜は攻撃力は高いし、ブレスも重力魔法も使ってきたが、他には特筆するべき部分はなく、黒いだけの赤竜といった印象だった。

 物理攻撃を完全に遮断してくることもなければ、アダマンタイトの剣を操ってくることもなかった。もちろん七竜のサポートにまわっているという内々の設定も特にない。たまに使ってきた、周囲に毒霧を発生させる攻撃が少々厄介だったくらいだ。


 そういや、毒系の攻撃もなさそうだな。……いや、黒波が相当するか。


「イン。ぐずぐずしてないでそろそろ起きなさい。……ダイチ、早速だけど1時間後に王都にいる赤竜教の大司祭に会ってもらうわ。もちろん八竜の一人、氷竜としてね。さっきも言ったけど、会うだけ。すぐ終わるわよ」


 え、もう? 報告とやらは終わったらしく、ジルがそんなことを伝えてくる。


「早くないか?」

「まあ、そうね。でも、私たちの上に立つ者が出来たとあれば、私たちとしては急がないわけにはいかないのよ。その方があんたの存在をしっかりと世に知らしめることができるし、私たちの威厳も損なわずにすむのよ」


 そんなものか……。


>称号「第八の竜、氷竜に着任した」を獲得しました。

>称号「七竜を束ねる者」を獲得しました。

>称号「バルフサはその御手に」を獲得しました。


 どうやら正式に着任したらしい。……なんか怖くなってきたな。実権は大してなさそうなんだけど。


「……うむ。その通りだの」


 インが俺のシャツを握っていた手を緩めて立ち上がった。その顔には、さきほどまでの俺に対して不安に思うインが言うところの子を思う母の要素はほとんどなくなり、毅然さと決意が張りつけられていた。


「王都の赤竜教の人に会いに行くってことは、他の七竜のところにも行くのか?」

「そのうちにはね。……赤竜教はね、一番でなければならないのよ。一応順番があってね。七竜から大きな知らせをするときには、赤竜教に一番最初に伝えるって決まってるの。年功序列みたいなものね。私は一番歴史が古い七竜だから。しょうもない問題や軋轢も生みにくいし、扱いやすいのよ。……ちなみにインが一番最後よ」


 ジルが鼻を鳴らして、インに向けていくらか卑しい笑みを浮かべる。


「ふん。順番なぞどうでもよいわ。のう、ゾフ?」

「は、はい……」


 ゾフは……インと金竜は新しいし最後として。順番的には4,5番目くらいか?


「それに巡礼者たちもこの順番通りに来るしね。別に変える必要もないわ」

「巡礼者もいるんだな」

「私たちは自分たちを守ってくれるありがたい存在だからね。巡礼くらいするわよ」


 俺はジルの「ついてくるのは勝手についてくるのよ」といった言いように、信奉される側としてはそんな心境かと内心で苦笑した。


「巡礼ってことは巡礼者たちは各都市を巡るのか?」

「神殿よ。都市は入れない場合もあるしね」


 ああ、神殿。でも魔物はいるよなぁ。


「戦えない人たちも中にはきっといるんだろ? 魔物とか山賊とか大丈夫か?」

「そこまでは面倒見切れないわよ。結界外のことは自己責任よ。ま、死んだとしても、いい顔で死んでるわ、きっと」


 さいですか。

 とはいえ、そう言うジルはほんのりとだが……誇らしげにも見えなくもなかったので、彼らの関係として、一応納得はしといた。


 宗教はおおかた死ぬのがゴールだからなぁ。もちろん自殺は別として。俺は大多数の日本人の例によって日本教もとい無宗教だが、納得できるところはある。死ぬことになにか大きな意味があり、“その先”になにか希望が持てるのなら、その死と生、一生は、幸せと呼べるものになるかもしれない。

 もちろん、自分が心から愛せ、守りたいとも思う存在が何もない場合は、だけどね。宗教は弱者がすがるものといった見解もあるようだけど――満たされていない者が精神的弱者であるという部分は置いておいて――満たされていない者も惹かれる部分は大いにあるように思う。大量生産の現代は、満たされない人を大量に生産する時代でもある。

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