6-4 幕間:退屈 (4) - 謁見
謁見の間に入ると間もなく、見慣れた光景がジョーラを出迎える。石でできた薄暗い大広間と、敷かれた長い赤い絨毯、絨毯の傍で並木のように並ぶ数本の石柱群だ。
石柱には王家の紋章の旗が謁見の間に入ってすぐに見えるように垂れ下がり、その下付近では灯りが灯っている。
そして、絨毯が切れた先では短い階段と、彫刻以外に目立ったものはないがアルダー製の腰かけ椅子があり、その上等品だろうし彫刻も見事なものだが他国のものに比べると少々質素でもある玉座には鎧をつけた男――アンスバッハ七世王が座っていた。
後ろの石壁には玉座を挟むようにピンと張られた大きな王家の旗が左右に二つ下がり、さらにその上には赤竜を描いた巨大なタペストリーが飾られている。
タペストリーの後ろには大きなガラス窓があり、そこから漏れた光はタペストリーを輝かせ、王家よりも偉大な赤竜の威光を、雨が降ったり、「灰色の暗黒」がやってこない限りは燦然と示していた。
七世王は玉座の傍で立っている二人のうち一人、少々いかめしい眼差しと鋭利な剃り込みが2つ入った額を持つ総司令官のルックス・ハイネマンと何やら話していたが、ジョーラが入ってくるのを見ると話すのをやめて、彼女がやって来るのを待ち構えた。
ジョーラは姿勢を正し、胸に手を当てて一礼したあと、長い絨毯を歩く。
礼は王からは別にしなくてもいいと言われているのだが、しなかったらしなかったで七星たちに否定的な見解を持っている一派から不興を買うのでジョーラはいつも礼をする。
玉座の階段を下りた周りでは、七星は一人もいないようだったので呼ばれた内容を察しつつ、直立不動の数名の兵士や将軍に加え、貴族に学匠、そして気難しい顔をしたディーター伯爵がいた。
伯爵がいるのを知ってジョーラは内心で小さく息を吐きつつも、変なことを言わないようにしようと努めた。いつものごとく「無礼だぞ!」とか言われるだろうから。
玉座の前に来てジョーラは膝を立てて、頭を垂れた。
「よく来たな。我が七星の大剣が誇る
ジョーラは頭を上げた。
節々に鈍い金色の装飾の施されたミスリルの鎧を着、赤いマントを着た七世王は、宝石のはめ込まれたサークレットの下で生やした口ヒゲを持ち上げ、いつもの自信たっぷりな顔でジョーラを歓迎していた。
「立ってくれ。無事だとは聞いているんだがな」
ジョーラは言われたままに立ち上がり、王によく見えるよう背を伸ばした。
「ふむ。体の方は問題ないのだな?」
「はっ! アトラク毒は完全に解毒しました。後遺症などもありません」
無事な証拠とばかりに、ジョーラは若い兵士がそうするように機敏な動作で胸に手を当ててみせた。方々から小さく感嘆の声があがる。
数度頷いたあと、王が階段から降りてくる。
昔は王は長髪だった。あごヒゲを伸ばし、琥珀色の髪の色のままに王家の紋章のラオリオンのような容姿だった。
迫力満点のその獣じみた外見は周囲の者からはときどき顰蹙を買っていたが、婦人たちの評判は世辞抜きでも意外とそこまで悪くはなく、当然のように子供たちには抜群にウケた。
そもそも武芸ばかりに精を出していた七世王にはじめから華やかなものや垢ぬけたもの、着飾りの類を期待していなかったというのももちろんある。
もちろん獅子的な風貌が吟遊詩人たちの比喩の格好の餌食にならないわけもなく、「槍を持ったラオリオンがやってくる」といった言葉は国民のみならず、敵軍にまでも流行ったものだ。
髪を短くし、ヒゲも短くし、散髪後の肖像画も広まった今、そういった言葉はなくなってしまったが、元々若い頃から王族というよりは一介の将――獲物の隙をうかがい、虎視眈々と狙う一匹の獣を彷彿とさせていた彼だ。短髪にしてもこれはこれで風格があった。特に流行るわけもなかったし、周囲は流行らせもしなかったが、メスのラオリオンのようだという者もいた。
王は少なからず眉間にシワを寄せ、目の前の異国の出身だが同胞でもあり、同士でもある雌の獣の全身をさっと眺めたかと思うと、軽くジョーラの肩を叩いた。その顔には不安は早くも解消されていた。
ジョーラは後ろにいる王の右腕と懐刀の二人からも薄い笑みとともに頷かれた。どちらとも、ジョーラは酒を飲み交わした仲だ。
「無事でなによりだ。先代のミトロファ殿が亡くなったのはつい最近の出来事のようにも思えるが、……槍闘士は早死にするなどという逸話が広まらずに済んで安心したぞ。私はマイヤード殿のご恩は一生忘れぬつもりだからな」
「ご心配おかけしました。たかが賊と見て油断していました……」
ジョーラは<タリーズの刃>のしかけてきた周到な戦いを思い出して、歯を食いしばった。
もう少しどうにかできたのではないかとは幾度となく考えた。だが、やはり難しいだろうというのが正直な感想だ。
彼らは奇襲してジョーラやディディなどの前衛たちの注意を奪った。その間に、周辺に魔法を封じる魔道具を発動させた。ジョーラはすぐに気付いたが、間もなくすぐに後ろの治療兵がやられ、2人が茂みに姿を消し、殺された。
部隊が混乱している間に四方から攻められ、後方の者は退けるも負傷、そして前からくる複数人と相手をしている間に、ジョーラはアトラク毒を塗った矢じりをかすっただけだが、受けてしまった。それを見た相手の何人かは頷き合い、逃げるように引いていった。
確かに首魁のゼロと数名以外は、ジョーラやハリィにとっては大した手合いではなかった。ディディもアルマシーも、まあなんとか相手はできた。だが、彼らはひるまずに仕掛けてきた。
複数人でしかけ、たとえ仲間がやられようともひるまなければ、たとえ格上の相手だろうと隙はできる。剣の一撃は振りぬいた後も殺せるわけではない。彼らは狂ってはいなかったが、アマリアやエルフの優秀な暗部がそうであるように、それをよく理解していた。
この戦いは間違いなく事前に練られていた策であり、全員が任務の遂行のための堅固な意志に従って動いていた。七星の一人を亡き者にしようとする、ただそれだけの任務のためにだ。
彼らをけしかけたアルハイム男爵は、忠実な私兵を持てる類の貴族ではない。確かに野心はあるし、新進の貴族としてそれなりにやり手のようだが、私怨に憑りつかれるところがあるし、そもそも彼自身が武人ではない。彼と忠実な彼らを直接的に結びつけるのは少々難しい。
であれば……ハリィが言っていたように、<タリーズの刃>、もしくは彼らを束ねるゼロが誰かと繋がっていたことを考えるのが筋だ。それは多くの人間が、アマリアの暗部や諸侯だろうと推測している。
かつての戦いを思い出して歯を食いしばったジョーラに、ふむと王はなにか考えた様子を見せた。
「<タリーズの刃>か……。今日はな、そのことを含めて貴殿に聞きたいことがあってな」
声をひそめてそう言ってきた王に、やはりなとジョーラは思う。
「このような場所では話しづらいだろう。場所を変えよう」
いつの間にか近くまでやってきていたディーター伯爵が、“このような場所”というのに反応したのか大きな咳ばらいをしたが、王はやれやれといった風に肩をすくめただけだった。
ディーター伯爵は王が好む武人肌の人間ではない。一伯爵位、一貴族にすぎない彼がこのような言動を許されているのは、彼が王と幼い頃からの付き合いのある数少ない人物であり、なにより王を育て、今では老相談役でもあるハインツ・ウィリアムズが彼の行いを容認していることが起因している。
「ルックス! アンドレアス! ハインツ! 場所を変えるぞ! それとディーター伯爵、貴殿も来い」
ルックスとアンドレアスが胸に手をあてて声を張り上げた。ディーターは自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、少し慌てた素振りだ。
階段付近にいた老相談役のハインツもまた礼をしたかと思うと、ゆっくりとした足取りで王の元にやってくる。ハインツはもう隠棲してもおかしくはない歳だが、彼曰く「見守れる限り見守りのが育てた者の務め」だそうだ。
王たちに付き従って、ジョーラは謁見の間の横にある奥の道へと進んだ。
◇
謁見の間を降りた先にある一室に一行は入っていく。護衛騎士の二人が外に待機になった。
中は、いくらか豪奢な飾りつけこそあるものの家具は長テーブルと椅子のみがある簡素な一室だ。
「よし、言葉を崩していいぞ。ガンメルタ、貴殿もな」
ジョーラは小さく息を吐いた。言葉を正すのは疲れるものだ。
もちろんこれは慣れていくものなのだし、慣れるべきものなのだが、ジョーラはこの上なく苦手なものの一つだ。あのフーゴだって、それなりのものになっているのを見れば、不得手加減は相当だ。
「とりあえず座ってくれ」
王が座ったあと、ルックス、ジョーラ、ハインツ、ディーター伯爵の四人も座る。
護衛騎士団長であり、王の懐刀でもあるアンドレアスは座らない。
もちろん王からは座っていいと言われているのだが、彼は「座った王を守るのも務めですから」と、断っている。もっとも時々は「座って王の話し相手をするのも貴殿の役割だ」とかなんとか言われたりして、無理やり座らされることもあるのだったが。
王はジョーラを見て話を始めた。
「報告は聞いている。色々と苦労をかけたな。本来なら夜露草探しを手伝うべきだったのだろうが……すまない。私が王という身動きのとりづらい立場にいなかったら、まっさきに兵をやってたんだが」
「仕方ないさ。王でなくとも、銀竜様の住処にそうほいほいと兵をやれるもんでもないからな」
ディーター伯爵が睨んできた気がしたがジョーラは無視した。いつものことだ。奴もそのうち慣れる。
「聖域付近で探したそうだが、
聖域とは七竜の住処、もしくは住処付近の七竜の息のかかった地域のことを指す。七竜の住処は誰であっても踏み入るのは禁じられているため、実質その周辺の地域――特に
「……ああ。不思議だった。一切飛竜はいなかったよ。魔物も出なかった。おかげで皆でずっと夜露草を探していた」
「銀竜様の慈悲だったかもしれませんな。銀竜様は七竜の中でも慈悲深い方ですが、飛竜の方は動く者を見つけ次第襲い掛かってくるほど獰猛だそうですからな。……昔は飛竜の他に、金色に輝く竜と霧を放出する白い竜がいたと聞いてます。今は両者とも見なくなりましたが、時期がよかったかもしれませんな」
ハインツの言葉に、皆が頷く。
「そうかもしれない。飛竜がいなかったこともそうだが、夜露草も正直なところ見つかるとは思わなかった。……探していた場所は王都が2,3個は軽くありそうな、何もない大草原でな。見つからなくてもあたしはきっと納得しながら逝ったよ」
「我が王都が2,3個とは……とんでもないですな。やはり慈悲だったのでしょうな。もちろん貴殿に運が向いていたこともあるでしょう」
再びみんなが頷いた。
「聖域は我々人類が足を踏み入れてはならぬ場所ですが、その付近の地域、“外郭”もそうです。赤竜様と黒竜様は動植物の死滅と変異を危惧され、特定の聖域および外郭を持ちませんが、青竜様はコルヴァンの海に浮かぶ孤島、緑竜様はフーリアハットの深い森のさらに奥の地、金竜様はレミラル・マイフット山の地下、白竜様は天空と、いずれの聖域も我々人類が気軽には訪れることのできない場所であるのを見ると銀竜様の外郭は例外です」
「ああ。だからこそ飛竜たちは獰猛なのかもな」
「なるほど……そうかもしれませんな」
ジョーラとハインツのやり取りのあと、しばらく間があったが、王が口を開いた。
「ガンメルタ。<タリーズの刃>との戦いについて話してくれないか。報告を信用していないわけではないのだが、改めて貴殿の口から聞きたくてな。みなにも聞かせれば何か分かるかもしれん」
「分かった――」
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