5-28 インの申し出
もうすぐ帰るとだけ伝えると、インの妙にテンションの高い念話は途絶えた。
いったいなんだったんだ……。インが酔っぱらってるところは特に見たことないけど、酔っ払った身内から帰宅の電話でももらった気分だ。もしリアルだったら、俺はため息をついて“かわいい姪”に車を出すところか。
フェルニゲスはたまに宴会場になるんだったか。なら査問は大したことにならなかったか? だといいな。
そんな俺とインの裏のやり取りとは別に、自分たちのことは話したんだからということで、俺たちの話――特に俺についての話をしてほしいと、なぜかグラナンから請われる。
ジョーラとの関係を話せってか? 的な目線を送っていたら、グラナンはニンマリとよく分からない笑みをこぼした。
フリードは紳士的ではあるが、尻尾が少し動いている。カレタカは特に表情は読み取れないが、俺のことを見つめている。うーん……。
にしても、ネタがないんだよな。話せるネタが。さっきのアナや三人の生い立ちの濃密なエピソードに匹敵するような、あるいは、何か面白い話が。
気軽に話せない話ばかりだ。はぐれゴブリンの話なんて大した話じゃないと思うしなぁ……。
まあ、いっか? 話しても。全容を話すわけじゃないしな。むしろこの辺で話した方がいいのかもしれない。もちろん彼らとの縁をここで終わりにするならふ話さなくてもいいんだが、そんなことしたくないしな。ホムンクルスのアナもいるし。
「実は……内密にしてほしいことなんだけど」
顔ぶれを見ると、各々から頷かれる。
「グラナンにはバレてたんだけど、俺たちは七星のジョーラ・ガンメルタと特訓したことがあるんだ。ね?」
姉妹を見ると、「はい」と頷いてくれる。
「ほお! 七星の
カレタカが愛想の少ない、皮膚の硬そうな緑色の顔に喜色をぞんぶんにあらわにして、七星譲りの何かを探すがごとく俺や姉妹に視線を行き来させた。
俺や姉妹がデミオーガと戦えるのは少し気がかりだったか? じゃあ話してよかったかな。
グラナンは特に言葉を添えることもなく、いち早く自分が知っていたことに対してか、アナに魔力供給を続けながら得意げな顔をしていた。
アナは七星の話題にはさほど関心がないようだ。いつものように考え事でもしているかのように俯いて、綺麗な白い横顔を見せたまま、魔力をもらっている。
「まさかジョーラ・ガンメルタ様とご一緒していたとは……」
フリードもまた驚いた様子で俺たちに視線を行き来させた。カレタカよりは疑念のある風だが、この辺が一般的な驚きじゃないだろうか。動じないとも言うことができるが、カレタカはちょっと諸々の反応が薄いようだからな。
そうしてフリードは納得した顔を見せたかと思えば、はっと何かに気付いた様子を見せ、おずおずと俺に視線を寄せてくる。なに?
「ギルドで聞いた話なんですが……もしや、先日ケプラで行われていた少年と少女探しの件はダイチさんですか?」
え。あー、すっかり忘れてた……。結構大々的なものだったもんなぁ……。
姉妹を見てみると、ディアラは視線を泳がせ、ヘルミラは俯いていた。
そろそろ慣れてもいいとは思うんだが、無理か。仕えているからという立場もあるんだろうが、二人の地の性格の影響も強いように思う。……1年間の奴隷の期間の経験が、いくらか性格を卑屈にしてもいそうだ。
「どんな感じで聞いたの?」
「ガンメルタ様であるとは聞いていませんでしたが、七星と縁のある者の捜索で、探すのが少年と少女の一人ずつであることは。……大丈夫だったんです?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと突然ではあったけど。……そのことも一応伏せてもらっても? あんなに騎士団を動員してたからいくらか知られてはいるとは思うんだけど……名前はおそらく知られてないと思うし。顔もたぶん。少しは」
と、願いたい。
それはもちろんです、とフリードが頷く。
「賊に襲撃されたと聞いていたが。その様子だとさほどの手練れではなかったようだな」
「まあね……街にも金櫛荘にも被害はないよ。今後もね。そこのところは保証しとくよ」
ジルが大した手練れじゃないっていうなら、この世界は魑魅魍魎で跋扈してるだろうな。
「それにしてもジョーラ・ガンメルタは槍使いだが、七星の中でも指折りの武術家とも聞いている。ダイチが武術に長けているのはそのためだったか……」
カレタカが俺をうかがうように見たあと、考え込む様子を見せる。そんなに短期間で上達するようには思えないけど、まあ、納得できるならそれでいっか。
姉妹を見てみると、ディアラと目が合う。俺は眉をちょっとあげて、余計なこと言わないでおこうね的な視線を送った。すると、ディアラも小さく頷いてくれた。GJ。ヘルミラのことも見てみると、同じように小さく頷いていた。OKOK。……分かってくれてるよね?
帰ったらこの辺の意思確認というか、作戦会議しよう。
「氷魔法だけが得意な魔導士じゃなかったんだねぇ~」
グラナンが含みを持たせてそんな言葉を投げかけてくる。なんだよ、つっつくなよ。根に持ってるのか? 仕方ないな。
「まあ、氷魔法が得意で武術もできるって言ったって、あんまり信じてもらえないしね。第一グラナン、食堂で俺が《
「う。そうだけどさ~~」
グラナンは不服そうだ。やっぱそうか。
「確かにな。あのような精強な《氷結装具》を作れる者が、デミオーガと戦える武術家だとは思えないだろう。法螺吹きのバカ男と見たかもしれない」
「でしょ? これでも少しは身の振り方考えて行動してるんだよ」
「なるほどな」
カレタカが同情するような苦笑を浮かべた。その様子には少し良心がちくりとしたが、仕方ない。始めから嘘塗れで動いてるしな。
と、そんな話をしていると、馬車がケプラについたようだった。
>称号「詐欺師見習い」を獲得しました。
嘘をついた回数が影響するっていうなら、そのうち俺はベテラン詐欺師とかになりそうだ。
東門の前では、名前は知らないが見たことのある若い門兵が、松明を門の灯りに近づけていた。
ぽっと灯る。それを左右に二つずつ。別の見知らぬ兵士も門前の通りの街灯に灯りをつけてまわっていた。夜の始まりらしい。
この世界の夜は早い。まだ明るいうちからみんな夕食をすまし、早ければ暗くなる頃には寝る準備ができている。
空はまだまだ明るいが、行きの時よりも頬を撫でる風は冷たい。
門前にいる人々は、門の前で列を作っている人を含めてみんなどことなく疲れた顔を見せているが、紙袋の揚げ物を美味そうに食べている人もちらほら見かける。
声がした。いつぞやの少年がさつまフリットを売り歩いているようだ。首から提げている番重の中の紙袋は残りわずかしかない。仕事に疲れたあと、晩飯前は、さぞ売れ時だろう。酒と揚げ物が美味しくなる時間だ。人間をダメにする時間とも言える。
と、彼の傍に見覚えのある別の少年がやってきて何か話をしていた。始めにケプラにきたときにじゃがいもとチーズの揚げ物を売っていた少年だ。彼らは仕事仲間のようだ。頑張れよ~。
騎手のマクワイアさんと別れを告げ、俺たちはギルドに立ち寄ることになった。依頼を終えたこと、無事に帰還したことを職員に伝えるためだ。
門前にできている列の一番後ろに並ぶ。
俺たちならおそらく並ばずとも門は通れるのだが、カレタカたちもいるし、もちろんそんなことはしない。ジョーラと親しいことは教えたし、行きでも門番兵たちと親しいのは知られていたので七星に貸しをつくったことまで結びつきそうなものではあるけれども、別にそこまでたどり着かなくてもいい。
「お。お疲れ様です」
やがてグラッツとベイアーが俺たちを出迎えた。通行証は皆持っているので見せるだけだ。
グラナンが、「帰ってきたよ! この通りぴんぴん!」とテンション高めに報告すると、「よく無事だったな」とグラッツに笑われる。確かに。
「信用してないでしょ?? うちは魔導士で、パーティの要なんだからね~」
グラッツとベイアーが見てくるので、事実です、と伝えると、グラッツは悪いものはないが半信半疑の様子で眉を持ち上げて、ベイアーは好意的な微笑を浮かべた。
まあ、獣人の魔導士は珍しいようだし、この見た目なので、実際に魔法を使ってるのを見ないと少々信じられないのかもしれない。グラナンがもう少し威厳ある風なら信じられやすいだろうに、この言動だからね。
ギルドには、アランプト丘に集まった攻略者たちの姿はほとんどないようだった。みんな徒歩で帰っていたので、当然だろう。
受付で話をすると先に団員の人から報告があったようで、レナックスからお疲れさまでしたとニコリとされる。
フリードたちの報酬は1.25万Gになったようだ。残念ながら、同行者である俺たちに上乗せ分はなく、5,000Gだったが、ギルドに攻略者登録する際には審査を緩くしてくれるというお墨付きをもらった。
姉妹がもらった5,000Gは、それぞれお小遣いにしていいと告げた。が、辞退しようとしていたため、「俺が今決めたの。給金だとでも思って」と強く言うと、姉妹はお礼を言って受け取ってくれた。
別の職員と何やら話し込んでいたカレタカたちが戻ってくる。
「<ランク3銅>の試験、明日受けられるってさ~! やったあああっ!!」
グラナンがぴょんぴょん飛び跳ねて喜びをあらわにした。コラコラ、埃が飛ぶ。床は石畳で実のところそんなに埃は飛ばないのかもしれないが、周囲の視線が恥ずかしい。
「まだ合格になったわけではないんだが」
「問題ないでしょ! 職員も誠実に依頼をこなしてきたカレタカなら合格確実だろうって言ってたし」
やれやれだ、といった風な様子のカレタカに、「まあ、頑張ってよ」と、鼓舞しといた。
「そういえば試験って何するの?」
「人にもよるけど、ケプラ騎士団の実力審査とか、駐屯地に派遣されたりとか、輸送依頼とか数日かかる調査依頼とか色々だよー」
数日か。サバイバル能力も問われるって感じか。ただ強ければいいってもんじゃないんだろうな。野営……テント作ったことないなぁ……。
「実力はあるけど知識が足りない人は、ギルドの職員が講じる座学を受けた人もいるそうです」
座学。兵法とかか? いや、別に兵隊になるわけでもなし、兵法というよりは、上がった次のランクで必要になりそうな知識をはじめ地理とか他国の文化とか、そういった一般常識的なことのような気もする。学校ないしね。そうだったらちょっと受けたいな。
徒歩帰りのアランプト丘で見かけた攻略者たちが大勢やってきたので、俺たちは人の多くなったギルドを出た。
「じゃ、まだうちらはケプラにいるしさ、なんかあったら『コレットミレット』に来てよ! 討伐依頼でもご飯のお誘いとかでもいいからさー!」
「分かった。君らも何か用事あったらおいでよ。俺たちまだケプラに来て日が浅いからさ」
「金櫛荘なんて金持ちばっかのとこ行きにくいよ!」
「そう? 支配人のマクイルさんその辺気にしないと思うよ?」
「そういう問題じゃない!」
グラナンが口をとがらせた。気持ちは分かる。でも彼らに気軽に遊びに来てほしいのは本心だ。インと姉妹だけではなにかと限界があるだろうと言う部分も含めて。
フリードはソラリ農場ではなく、ケプラの家にいったん帰るらしい。金櫛荘の前の通りにある物件で、部屋を一つ借りているそうだ。
基本的にはソラリ農場で寝泊まりしているらしいが、休日の日や、今日のようにギルドで依頼を受ける日などには時折帰るらしい。
「じゃあまたな」
「まったね~!」
「お世話になりました」
こちらを見ただけのアナと三人の別れの言葉を受けて、俺たちは宿に向かう。
「じゃあ、帰ろうか。……っと、お酒、買わないとね」
「「はい」」
「ご飯は市場でなんか買っていく感じでいい? なんか疲れちゃったよ」
「私も疲れました」
「私もです」
言ってから、すっかり忘れていたが、アバンストさんに団長のいる時間を聞けばよかったと思った。
団長全く見てないんだよね。騎士団の団長というポジションにいる以上、変なことはしてないと思うが、何してんだろ。
◇
市場を巡っていると、分厚い揚げパンにベーコン、キュウリ、豆を乗せてサワークリームをかけた料理が目に入った。ランゴシュというようだ。
変わったピザといった感じでなかなか美味しく、姉妹手作りの
内装が木造であり、樽が多く、暗い色の枯れ木の板にチョークらしきもので文字を描いていたりしてちょっと風情のあった中世版酒屋でメナードクなる白ワインを購入し――酒瓶には取っ手がついていた――帰路について金櫛荘が見えてきた頃、インから念話が入った。
『おぉ、戻ったか! 待ちくたびれたぞ』
――ただいま。ちょっと討伐依頼をしててね。
『ほお。また姉妹のレベル上げか?』
――それもあるけど、人脈構築もあるかな。今後のためにね。
『殊勝だのう! さすが私の息子だ! 感心感心。すぐに部屋に戻れるが、少し待った方がよいか?』
部屋に戻ったら、血やらなんやらを落とすため、姉妹には風呂に入らせるつもりだった。終盤以外ではあまり加勢してはいないが、俺も気分的にさっぱりしたい。
――そうだね……そういえば、話って長くなるの? ジルもいるって言ってたけど。
『んーー、別に大してかからんよ』
『かかるでしょ』
インが全部言い終わらないうちに、“ジルが割り込んできた”。後ろで「おいジル! 私が話しているのだぞ!」といった声が聞こえる。
オンライン会議みたいなこともできるのか。便利だな。
――ジルか?
『そ。このポンコツ田舎竜じゃ事の重大さが大して分かってないようだからね。少し話は長くなると思うわ』
事の重大さ?
――査問は大したことなかったんじゃないのか?
『まあ、査問はね。別になにもお咎めはないわよ。問題はあなたね』
俺? やっぱ何か罰とかあるのか……?
『討伐から帰ってきたようだけど、お風呂でも入るのかしら』
――あ、ああ。俺とダークエルフの二人は風呂に入るつもりだったけど……。
『なら、一浴びしたら教えてちょうだい。もちろん、ダークエルフの二人には部屋には来ないように言っておいてね。――うっさいわね……じゃあ切るわね』
インが暴れたのか分からないが、ここで念話が切れた。俺の罰について聞きたかったが……というか、俺の方からアクセスはできないんだけど……。
罰は何する羽目になるんだろうな。七竜たちはボランティア的な活動だったようだが……長期不在になると困るな……。
まあ、答えのない問答をしていても仕方ない。風呂だ! さっぱりしよう。
金櫛荘の風呂は一応下見をしている。
浴槽が複数あり、奥にサウナ室があるという様式だ。残念ながらお湯は沸かせないのだが、浴槽に設置された魔道具によりぬるま湯にはできる。なぜお湯が沸かせないのかというと、単純にここの人たちが熱い風呂を嫌い、入れないから、らしい。
俺たちは初めての風呂なので、とりあえず三人でエントランスにいるマクイルさんのところに行く。
風呂に入りたいことを伝えると、浴槽に入るか蒸し風呂にするか。使用人はつけるかつけないか。中で軽食を食べるか。と、そんなちょっと驚いた質問を受ける。つける使用人は同性のみらしい。
姉妹と軽く相談すると、二人は設備が使えるのか不安そうな様子だったのでルカーチュさんがつくことになった。何か飲んだり食べたりしていいことも伝えつつ、俺は一人で入ることに。姉妹が再度不安そうな表情を向けたが、大丈夫大丈夫と言っておいた。
俺たちの相談の間にマクイルさんはベルの共鳴石を鳴らした。やってきたのはダンテさんだ。
「よろしければ、衣類の洗濯と防具の整備も請け負いますが」
それと、マクイルさんがそんなことを申し出てくる。衣類の洗濯は普段請け負ってくれているが、鎧もOKなのか。
俺は自分の服装を見た。休憩時にも払ったが、泥土がズボンの裾にぽつぽつとついている。袖や肩には、濃緑なのでさほど目立たないが、染みがあった。オークやデミオーガの血だろう。ヘルミラは後方にいたのでほとんど汚れはないが、ディアラは俺よりも血塗れだ。
食堂には鎧をつけた人も見かけていたので出る時は特に何も思わなかったのだが……いまさらながら急に恥ずかしくなってくる。金櫛荘内は、俺たちの格好とは全く相応しくはなく、相変わらずの豪奢な内装だ。
もっとも、俺の恥ずかしさとは裏腹にマクイルさんには動じた様子は特にない。そういう人もいるからなんだろうが、ミュイさんと同じで、客が泥土や血をつけて入ってくることは日常茶飯事なんだろう。
なんにせよありがたい。もちろん頼むことにした。
「では、水を貯めますので少々お待ちいただけますか? ――ダンテ。ここは任せます」
「分かりました。現在のところはエリドンとシャンピンが出せますがお茶の方はいかがされますか?」
シャンピンは東門の厩舎で飲んだダージリンっぽいお茶だ。厩舎ではものすごく濃かったので、薄めでシャンピンをお願いした。姉妹も俺と同じ注文だ。
あとタオルも頼んだ。俺は2枚だ。もちろんというか、レンタル料は取られなかった。
着替えの服と下着、歯ブラシなどを部屋から持ってきたあと、俺たちはエントランスにあるアンティークなテーブルセットについた。待っている間、疲労もあれば腹も膨れたということでさすがに姉妹はあまり口数が多くなく、俺もまたあまり言葉が出てこなかった。
やがてワゴンカードで紅茶セットが運ばれてくる。ダージリンなお茶を飲みながらこれといった会話もなくぼうっとしてると、準備ができたようなので、俺たちはそれぞれ風呂に入りに行った。
狭めの脱衣所で服を脱ぎ、脱いだ服をマクイルさんに預けたあと、タオルを巻いて男性浴場に入る。横にいられてもちょっとあれだしということで同席は断ったんだが、浴場には誰もいなかった。
さすがに金櫛荘でもシャンプーの方は手がつかなかったものらしく、石鹸で髪と全身を丹念に洗った後、浴槽に浸かる。ぬるま湯なのが残念だけど、仕方ない。
浴場は結構広々としているので、少し寂しい気持ちはあるが……貴重な時間だ。あんまり一人になる時間ってないんだよね。別に一人になりたいわけじゃないんだけどさ。
明日は何しよう。
リング目当てに宝石屋覗きに行くか。ああ、砥石も売ってるんだっけか。
団長に酒も渡さなきゃいけないから、騎士団の詰め所にでも行ってみるか……。
教会にも行ってみたいな。ケプラ市内を巡ってもいいな。
のぼせはしないが、しっかりとのんびりできたようであまり思考がまとまらなかったままに適当なところで上がる。すっかり忘れてたがマクイルさんが脱衣場で待っていた。申し訳なく思いつつ待たせてしまってすみません、と言うと、にこやかに気にしないでくださいと言われる。次は同席させるか……。雑談でもしよう。
姉妹について聞いてみると、マクイルさんが女性用浴場の方で声をかけたが反応はなかった。既に出ているようだ。長風呂したかな?
この世界での初めての風呂らしい風呂を満喫した後、姉妹の部屋をノックすると二人が出てきた。さっぱりしたようだ。それと、これからは部屋には入らないように告げる。
「じゃあ、おやすみ。また明日ね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺の方から念話はできないので、《
『さっぱりしたか?』
というインからの念話。
――さっぱりしたよ。二人にも部屋に入らないように言った。
『うむ。ではそちらに行こうかの』
そう念話が来て間もなく、ベッドの前には例の大きな黒い楕円が出現し、そこからインとジルが現れた。後ろではひょっこりゾフが顔を出していた。
インは出ていったままの庶民服の格好だったが、ジルは成人の姿で、薄いピンク色のドレスを着ていた。首に下がった、ペンダントトップの赤い小さな宝石が光った。
ドレスは二の腕部分や足元が透けている。全身には茎に交互についた葉っぱが輝く模様がちらばっている。なんだか現代風の装いだ。
ベースが良すぎるので、件の事件を経ていなかったり、性格を知ってなかったら見惚れてたかもしれない。
「ゾフも出てきなさい」
「は、はい」
あれ、ゾフも聞くんだ。
ゾフは例によって黒いゴスロリ衣装だった。相変わらずの角も健在だが、今回は前回と角の種類が違うようで、ヤギの角のように内側に曲がっている。
インは椅子に座り、ジルは空中で足を組んだ。やっぱそういう空気椅子できるのね。
ゾフはしばらく挙動不審で二人のことや部屋を見回したあと、残っていた椅子に座った。
ジルが唐突に手を挙げる。すると一瞬室内が何かに覆われた気配。すぐにその気配は霧散した。
「何したんだ?」
「聞かれないように結界をね。入れもしないわ」
そこまでするのか……。まあ七竜関係の話だろうし普通か?
「さて、ダイチ」
うん。
「お主、これからは〈氷竜〉を襲名せよ。我ら七竜を統括する第八の竜としてな」
………………は?
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