5-27 アナについて
「アナについては俺が話そう」
フリードが話し始めるのかと思いきや、カレタカが話すらしい。
アナを拾ったのはカレタカとグラナンなんです、とフリード。拾ったのか……。
「俺とグラナンはヴァーヴェル市にいた。アマリアの西にある賑やかな街だ。俺とグラナンはそこで攻略者として活動していた」
アマリアはゼロとかいう盗賊などのジョーラの一件だったり、ソラリ農場のエルマが住んでいたりしていた国だとは聞いているが、ヴァーヴェルは初めて聞く街だ。
「ケプラまで来た時にはフリードも一緒に活動している。ケプラはいい街だ。フリードが気に入るだけはある」
珍しいカレタカの微笑だったが、フリードは微笑して返しただけだった。特にカレタカの語りを邪魔するつもりはないらしい。
「ある時俺たちは新しい貿易路周辺の動植物と魔物の生態を調べる依頼を受けた。貿易路の道は狭かった。その上路面は岩石で始終ごつごつしていて、馬車が通るにはかなりの舗装が必要だった」
ケプラ周辺の街路はそれなりに舗装されていた。街路上では特別大きく揺れてはいなかったと思うので、カレタカの言うところの“ごつごつ”に関しては色々と察するところではあるが、アナログな話だ。
「周りにある森は暗く、深く、木を切り倒すにしても群生しているケヤキやトネリコの幹は太く、樹皮はグリーンエイプの背中のように硬かった。魔物も強い方で、<フォレスト>級の魔物がよくいた。商人が護衛を雇って通るには少々向かない路だった」
グリーンエイプは草に体表を覆われた防御力の高いサル系のモンスターだ。
クライシスでは当然殴ってくるだけだったが、猿系の魔物とリアルで戦うのがいかに面倒か、実際の猿が厄介なのを踏まえれば想像に難くない。舗装も大変だろうが、魔物の討伐も難儀しそうだ。
「……帰り道に、雨が降った。珍しく大雨で、視界が悪くなるほどだった」
「あれはひどかったね~。1年に一度レベルだったよ」
「そうだな」
そういえば、この世界でまだ雨は見ていない。日本は雨が異様に多い国だとはいえ、いまさらながら少し変な感じだ。
「道に迷ってしまった俺たちは、人の気配のない打ち捨てられた屋敷を見つけ、そこでいったん雨宿りすることにした。俺は入るつもりはなかったのだが、グラナンが鍵はかかってないし、肝試しでもしようと言い出して中に入ってしまった」
「なによお。カレタカだって中入ったら色々見てたじゃんー!」
グラナンはアナの背中に手を当てたまま抗議した。カレタカは肩をすくめた。グラナンは以前からグラナンだったらしい。
「中は埃っぽかったのだが、賊に荒らされた形跡はなくてな。少し俺たちは館内を回った。下級貴族か商人の別宅といったところだった。そのうちにグラナンが、可愛いのがあると言って棚にあった木皿の一枚を手に取った。そうしたら、棚が動いた。棚があった場所には扉があり、隠れ部屋があったんだ」
隠れ部屋。アナはそこにいたのか。
「あれは見つからないよ。木皿、ほんとにただの木皿だったもん。皿立てに立ってたし、それなりに目立ってはいたけどさ」
「俺もそう思う。いい隠し方だ」
聞く感じ、仕掛けの厳重さでは、メイホーの地下室の方が上だろう。当然か。隠すのは七竜であるインとの憩いの場所だし。
「部屋には、棺桶のような白い鋼の箱があった。錆びないよう処理がされているようで状態はとても良かった」
箱? ホムンクルスにはコールドスリープ的な処置ができるのか?
「俺は中に何か素晴らしい武器や鎧の類が入っているのかと期待した」
武具好きだもんな、と俺が言うと、カレタカはああと頷いた。グラナンが「私はお金やお宝~」と、弾んだ声で答えるが、カレタカはわずかに首を傾げただけだった。
「箱の中には……アナがいた。エルフ、それもハーフエルフがこんなところにいるのも不自然だと思っていると、彼女は全く動かなかったし、刻印が見えたのですぐに俺たちはホムンクルスだと気付いた。それと、家主が大事にしていたこともな」
「隠し部屋に隠してあるんじゃね~部屋にはベッドと少ないけど本とかあったよ」
ということは、アナは時間が経てば起きたのか。
俺はアナをちらりと見た。アナは俯き、目をつむっているばかりで、人形の顔には何の変化もないように思える。もし人であるなら、あまり聞かれたくない話のようにも思うが……。
「どうしようか迷ってたら、アナが起きちゃってね。『ミルゲイ様はどこ?』って」
グラナンはいくらかやるせない笑みを浮かべた。
「屋敷の中を見せてやったら、アナは泣きだした。屋敷の中は誰もいなかったからな。俺はホムンクルスは泣かないものと思っていたので驚いたものだ」
カレタカは淡々とそう語った。
泣くよ。きっと。少なくとも魂が人間の俺は……泣くと思う。あくびでも涙は出るし。
「まあ……アナの泣き方は悲痛だった。持ち主の大事さ加減の一端を察したものだ」
「ね。放っておくのもあれだから、屋敷から連れ出してさ。ギルドで少し調べたんだよね。持ち主のこと。そしたら、ミルゲイ……ミルゲイ・アルクイストっていう人が家主だったんだけど、まあ……病気で死んでてさ。有名な建築家だったらしいんだけど、奥さんとか子供もいなくてね。……でさー。ホムンクルスって勝手に売ったり、捨てたりするのダメだって聞いてたからどうしようかって。かわいそうだったしさ。ミルゲイさんの知り合いが見つかったからその辺相談しにいったんだよね。そしたら感謝されて」
勝手に売ったり、捨てたりできないのか。まぁ……所詮兵器として使われるような「モノ」だろうからな。兵器をその辺に捨てることはできないだろう。
「その人――ジガーさんって言うんだけど――ミルゲイさんと仲良かったらしかったんだけどさ~。遺言でアナを引き取ってくれって言われてたらしいんだけど、遺品を整理してる時にアナがいなくて、どこかに打ち捨てられているかと思ってたんだって。……それでまぁ、本当だったらその人が引き取るはずだったんだけど、奥さんがホムンクルス嫌いみたいでね」
ホムンクルス嫌いか。理由は何だろうな。基本的に鉄面皮のようだから、簡単には好かれない気もするが。
「残りの動ける時間、自分の代わりに外の世界でも見せてやってくれって頼まれちゃってさ」
残りの動ける時間? 訊ねようと思ったが、グラナンの語りは途切れなかった。
でも意外とそんなにショックでないらしいのは、インとジルの俺の魔力が多すぎるという話を聞いていて、長生きできるはずはないと納得できるからか。
「うちら攻略者じゃん? だから連れていけないって言ったら、それなりに戦えるから役に立てるよって言われちゃってね。ほんとに強くてびっくりだよー。……遺言では人にやらないでくれ、別の男の奉仕をさせないでくれって書かれてたみたいなんだけど、<ラーカ・ダム>にやるしか思いつかなかったんだって。ま、攻略者仲間が増えること自体は歓迎だし、ハーフのよしみだし? 今では立派な仲間ってわけ。ねーアナ?」
アナはちらりとグラナンの方に視線を寄せたあと、「グラナン、カレタカ、フリードは私の仲間。私の二つ目の家族だ」と、こぼした。
満たされた顔をアナは静かに見せていた。グラナンは満足気に頷いていた。
少しずつ表情を明らかにしていくアナを見ていて、ふと、普通に人だなと思う。ハーフエルフではあるのだが、決して人形ではなく、“人の子ら”だ。
生まれたときは感情が欠けているのと、兵士として利用されていたというところから、ホムンクルスは勝手にロボットめいていると考えていたが、……アナを見ていると単に「2歳児だから感情が育まれるに至っていない」という風に思えもする。
それにしても二つ目の家族か。全く環境は違うし、同義とは到底言えないものだろうが、俺はアナに少し親近感が湧いた。もっとも、家族なんてものは持つのは1つでいいと思うが。
二つ目の家族だと認められるということは、アナはアナなりに自分の身に起きたことを整理したんだろう。
捨てられたり、知らない誰かに拾われて使い捨ての兵隊になったり、あるいはアナはまともな主人と出会えていたように見えるが慰み物になったり。現状のフリードたちといるアナは一番マシな、……どれよりも幸福な未来図だったように見える。
聞けばラーカ・ダムとは、兵役を終えたり、所有者を失ったりして居所をなくしたホムンクルスを一時的に預かっている集落らしい。貴族が庇護している場所らしいので、公的な場所ではあるようだ。
「それはそれとしてさー。フリードもさ、獣人にしてはちょっと体力も力もなくて、逆に頭はいいし物腰も柔らかいしで、始めは思ったんだよね、うちら。フリードも“一緒”なのかなって。そんなにうちらの外見、気にしてた感じじゃなかったし。その辺は貿易商のお父さんの影響らしかったんだけどさ」
グラナンがちらりと俺を見てくる。ハーフであることだろうか。フリードの父親は貿易商か。
私はもう歳だし、そんなに体力つかないよ、とフリード。50歳だもんね。
「一緒って?」
「ハーフなのかな、ってさ。……アナはホムンクルスだけど、外見はハーフエルフだからね。カレタカはハーフオークだし。うちもハーフ。
ミタド?
え、そうなんですか、とディアラが言うので見れば、姉妹は若干驚いたような表情をしていた。グラナンはそんな二人に対してか、得意げな顔をした。
「獣人の混血って分かりづらいんだよね~。見た目はミタドと変わんないから。でも、獣人がここまで魔法得意なことってほとんどないんだよね。うちのママ、アルバグロリアで魔法の先生だったらしくてさ。パパはミタドね。二人とも会ったことないんだけどさ」
グラナンの立派な鹿の角が目に入る。ハーフじゃなかったら、顔が鹿になって、二足歩行している可能性もあったわけか。ハミットモールさんレベルよりは今の方がずっといいけども。
姉妹にミタドについて訊ねる。
「普通の獣人のことを獣人たちは『ミタド』ってそう呼ぶんです」
普通っていうと。
「メイホーの厩舎番のイスル君とか西門のトミン君のことだよね」
ディアラはよく覚えていますね、と目を大きくさせた。職業柄というか、人の名前とかは割と覚えられる方だよ。……いや、トミン君の方は名前は紹介されてなかったかもしれない。
「ちなみに、獣寄りなのが『
ああ、そういう階級的な区分けがあるのね。
ミタドしかまだ見ていないが……俺の見てきた獣人たちは平等というところでは平和な世界に生きている獣人ってところか。てか、メイホーやケプラが平和というべきか?
「ブルートとミタドは獣人間でしか使われない言葉ですが、オドは他の種族でも、混血の人に対して使われています。主に悪い意味でですが……喧嘩の原因にもなるので使う場合は気を付けてくださいね」
「俺はあまり気にしないがな。オド呼ばわりは慣れたものだ」
「うちはあんまり言われたことないな~」
「まあ、お前はな。むしろ俺たちといることでそう見られる機会が増えただろう」
「そうかもねぇ。カレタカに面と向かって言う奴なんていなかったけど」
「治安のいい街ならな。カチナ村のオークは俺に文句をつける奴ばかりだった」
カレタカもグラナンもあまり気にしていないようだ。グラナンはよく分からないが、カレタカは階級的不幸を被っていたらしい。
それにしてもなんでハーフがダメなんだろうな。
聞かない方がいいかと懸念したが……二人ともさほどその辺は気にする性質でもないようだし、獣人の文化についてそんなに詳しくないから、と前置きをして、訊ねてみた。
「獣人の世界では、より獣に近い純血の者が偉く、人族や他種族の血が混じった者は疎まれる思想がある」
そんな感じだね。
「動物はどうなる?」
「動物は動物だが? 俺たちが動物を動物としてしか見ないように、獣人たちも動物は動物としてしか見ない。……人族はたまに動物と獣人をひとまとめにして獣人を罵ることがあるが、間違ってもそんな罵り文句は使うなよ? フリードやグラナンはさほど気に留めないが、たいていの獣人は――特にブルートだな――頭に血を上らせて怒り狂う。仮にお前に殴りかかってきても、さほど獣人側にお咎めはないだろう。人族の街では怒り狂った獣人を止めるのは騎士団の連中でも骨が折れるからな」
別に悪口を言うつもりもないけど、気に留めておこう。
「獣人は自分の獣人としての血に誇りを持っています。エルフのように、人族を排他的に扱っているわけではありませんが、自分たちよりも腕力や体力がなく、武器を持たなければろくに戦えないとして人族のことは下に見ることが多いです。特にブルートの獣人にはその傾向が強くありますね。……もっとも、知能の高い者や魔法に優れた者に限っては他種族同様――いや、獣人は特にと言ってもいいかもしれません――尊敬の対象として見るので、相応の扱いはしますが」
知性に魔法ね。武闘派の獣人にとって、隣の青い芝なんだろう。青い芝の持ち主であるグラナンを見てみると、口の端が少し持ち上がっていた。分かりやすい。
「獣人は武闘派だが、子供や賊徒が振るう類の蛮勇と無駄な暴力は嫌っているからな。特に近年はそうだ。城下では蛮勇と暴力の原因になるとして、肉と酒の税を上げたほどだ」
そこまでか。修行僧とかにも敬意を払いそうだな。
「人族は力がないから、人族との混血、つまりハーフの人には、迫害とまではいかないまでも相応の対応をする、と」
言っていて、人族以外との混血なら違うんだろうかという疑問が起こる。獣人の血自体に誇りを持っているなら同じか?
「はい。人族の社会で言うなら、ミタドが平民、ブルートが貴族や王族、ハーフのオドは罪人や犯罪者扱いとまではいきませんが、嫌われ者といったところです。各街にも住みわけがあり、私の住んでいたフルガリ村はミタドやオドが住む村ですが、城下のバリエンカルマはブルートが多く、一方でアレグレ市はブルートもミタドもそしてオドも住んでいる街です。もちろん、獣人ならどの街にも住めますが……オドがフルガリ村以外で住む場合は、住みにくくなるのを同意したとみられます」
差別を無条件で同意されるとか、嫌な話だ。
「ふうん……獣人の国に行くなら、アレグレ市に行ってみたいな」
俺の素直な感想に、フリードがそれがいいでしょうね、とにこやかに告げる。
「アレグレ市は、獣人の3つの容姿の違いからくる階級的な扱いの差が薄い街です。他国との交易も盛んで、獣人以外の種族の住人も多い街でもありますね。雰囲気的にはケプラとも似てますよ。……獣人社会の中心は城下のバリエンカルマですが、バリエンカルマはブルートが多く、軍事都市でもあるため、多少剣呑な雰囲気があります。一方でアレグレは獣人都市ではありますが、貿易が盛んで人種を問わず賑やかなため、二つの街の雰囲気の差に驚く訪問者は多いそうです」
国政と軍事の中心である城下街と、差別感情の少ない商業都市なら、だいぶ雰囲気は違うんだろうな。
唐突に念話が来て驚いた。
『ダイチ!! そろそろ戻るぞ~~!!』
耳元で叫ばれたわけではないのだが……つい耳を手で覆ってしまった。なんかテンションが高いのもそうだが、感極まっているというか……。
フリードたちから不思議そうな顔をされたので、何でもないよ、と告げる。
――いきなり叫ばないでよ。びっくりした。
『おーすまんすまん! での、ジルもいるぞ! ケプラにいる間は時々遊びにくるからの。よろしく頼むぞ~!』
えー……ジルもいるのか……。というか、うち、七竜の遊び場所じゃないんだけどね? まあ、他の竜を見てみたい気持ちは多少あるけれども。今のところ、メスの七竜ばっかだしなぁ。
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