5-26 アランプト丘討滅作戦 (7) - ホムンクルスと討滅完了


 アナを抱き起こした俺のところに、フリードとグラナンがやってきた。


「グラナン」


 フリードが多少荒い息をつきながら神妙な顔でグラナンに呼びかける。


「……少し回復して、アナは下げよう」

「うん」


 グラナンはアナの胸当てのベルトを少し緩め、下の服をずらした。露出させた鎖骨部分には、盾に角材とハンマーをクロスさせた紋章があった。焼き印というよりは刺青っぽいが、「刻印」だろう。


 ……ホムンクルスか?


「肩持ってて」


 グラナンの言葉に従い、アナの肩を持っていると、刻印に手を当て始めるグラナン。手が黄色く光り、白い魔法陣が出て、アナの首元も淡く黄色に光り始める。魔力の供給か……。


 ずっと出てこなかったアナの情報ウインドウが出てきた。


< アナ LV28 >

 種族:ホムンクルス  性別:メス

 年齢:2  職業:攻略者

 状態:魔力枯渇


 ……2歳。作られて2年ってことか。年齢は年単位でしか表示されないし、そうなると俺は0歳か。


 唐突に俺も不安を抱いた。突然、アナみたいに動かなくならないか。そうなる前兆として、眠気が襲ってくるので多少の予防対策はできるが……俺がホムンクルスであることは姉妹はもちろんフリードたちにも伝えていない。

 俺の体には刻印もない。この分だと幸い突然死ってことはなさそうだが、仮に俺が倒れた場合、インかジルがフェルニゲスから戻らなければ、俺はきっとベッドにでも寝かせられたままなのだろう。もちろん、アナという前例が出たので、症状的に勘付く人はいるのかもしれないが……。


「大丈夫か!? ……エルフの姉ちゃん、ホムンクルスだったのか」


 アランとイワンがやってきた。早くも状況を理解したらしい。ホムンクルスであることはあまり知られない方がいいように思うが、どうしようもない。


「ええ、すみません、隠していて」


 フリードが俺を見て言った。いや、と俺は首を振る。

 ホムンクルスについて、俺は自分が大したことを知らないのだと思い知らされた気がした。


 姉妹とアレクサンドラたちもやってきたのと同時にアナの目が開き、顔を上げた。グラナンがさっと刻印を服で隠し、胸当てのベルトも手早く締めて位置を戻した。

 アナは相変わらず感情の伴わない美しいエルフ人形の顔で、グラナンのことを首を傾けて見て、フリードや俺や周囲を軽く眺めた。若干焦ったような動きのように思えたが、アナの表情には大した変化はないので、よく見ていないと分からないだろう。


「ふう。アナ。いったん下がって休憩してて。終わったら戻るから」

「分かった。すまない」


 少しばかり寂しさを含んでいるようにも感じたが、いつもの静かな声だ。こんなに寂しそうな感じだったか? アナは立ち上がって、オーガの死体を縫って戦場を早歩きで戻っていく。


「アナさん大丈夫ですか?」

「攻撃を受けているようには見えなかったが……」


 姉妹やアレクサンドラは、アナがホムンクルスであるとは理解していないようだ。実際、刻印があるのを見たり、ホムンクルスであると言われなければ分からないものなのかもしれない。

 エルフは人族を嫌っている。嫌われていると分かっているなら、相手への理解の早さも遅い。


「ちょっと体調が悪いらしくて。後ろに戻しました。お騒がせしました」


 と、フリード。アナがホムンクルスであることは隠すようだ。

 まるで“仮病”だ。俺を含めて、ここにいる人は血の飛沫を、防具に服に得物に至るところにつけているというのに。まあ、体調悪くなる人くらいはいるだろうけどさ。


「じゃ、しょうがねーな」

「綺麗な顔に傷つかなくてよかったな」

「だな」


 アランとイワンが気さくにそんな会話をする。二人はホムンクルス関係では頼もしい味方のようだ。

 イワンよりもアランの方が浴びている血の量が倍以上も多いことに気付く。攻撃数か、そういった手口がアランは下手なのか。そんなに違いがあるようには見えなかったけれども。


「よっし。残りのオーガ退治がんばろ! ほら、ダイチも戻った戻った!!」


 グラナンが破顔してそう後ろから肩を押してくる。姉妹も改めて奮起して俺を見た。……気勢が削がれてしまったが、頑張るか。残り5体。アナについてはあとで聞けば、何かしら答えてくれるだろう。ホムンクルスのことも。


 若干思うところはあったものの、彼らのオーガの倒し方を見て、実際に俺もやってみて。倒し方というものを確立していたこともあって、情勢が何か変わることもなく。

 4体目のオーガを倒した頃、中心部から「オーガクリード倒したぞ!!」と、声があがった。周囲で腕を上げる攻略者が何人かいた。


 士気は上がるだろう。とはいえ、オーガクリードを倒したからといってデミオーガたちに変化はない。作戦は一帯のオーガの全滅――抹殺だし、やることは変わらない。


 ――東側の隅の方にいた最後の赤丸がベンツェのダッシュ斬りで消えた頃、カレタカたちが相手していたオーガも倒れたようだ。中心部も西の方にも、赤丸は残すところ一つずつになっていた。


「ふう。こっちは片付いたかな。お疲れさん」

「ベンツェさんもお疲れ様です。アレクサンドラさんも」

「よせよ。一番働いたのは君なんだからな。な、君たち?」


 剣の血を切り、鞘に収めたあと、ベンツェさんがフランクに眉をあげて同意を求める。姉妹がはいと元気よく返事した。


「それにしても君にとって敬語は、俺たちにとっての剣のようなものらしいね?」


 そう言ってベンツェさんが茶目っ気を含めてうかがうように俺のことを見てくる。……あ。実際そうだろうな。

 ベンツェさんは腰に両手をやった。


「戦士から剣を奪うわけにはいかないな。なあ、アレクサ?」


 アレクサンドラはベンツェさんに目線だけやったあと、小さく笑みを浮かべて見てくる。なにか言葉があるのかと思ったが、何も出てこなかったので、


「まあ、そのうち砕けるだろうから気軽に待っててください」


 と言うと、ベンツェは「お待ちしております、戦士殿」と胸に手を当てて冗談風を吹かせてきて、アレクサンドラは「ベンツェはこういう奴なのであまり気にしないでください」と、肩をすくめた。ベンツェさんはちょっとライリっぽい人のようだ。


>称号「同族に出会った」を獲得しました。

>称号「デミオーガ討滅隊」を獲得しました。

>称号「チームプレイが上手い」を獲得しました。



 ◇



 防具の血を《水射ウォーター》などで落とし、手入れを終えた頃、騎士団による丘の見回りもちょうど終わり、丘の制圧および依頼が完遂したことを告げられた。


 俺たちは「よーし! 帰ったら飲むぜー!」といった、実に解放感に溢れた攻略者たちの歓声を聞いた後、オーガやゴブリンの死体がそこら中で転がっているアランプト丘を和気あいあいと下った。


 沸き立っている攻略者たちは時折オーガやゴブリンの死体を陽気に蹴った。オーガはカレタカ並みの体つきなので、蹴られたくらいでは全く動じなかったが、小柄なゴブリンは体勢を変えたりした。

 オーガもゴブリンも、凶悪な顔はそのままに、各々最期の一撃によりいくらか苦痛が察せられるままに死後硬直していたようだったが、彼らをぞんざいな扱いをする攻略者たちの様子に、不謹慎だとそんな風に思ってしまった。


 単なる魔物の一匹なのかもしれないが……倒れている彼らは、亜人種の一人と大差ないように思える。うつ伏せに倒れ、顔が隠れているものだとなおさらそう感じる。

 凶悪な顔は、人間が意図して、つまり表情筋を動かしてやってみようと思ってもできそうにない種類の顔だ。見ていると、やはり俺たちと違う存在なのだと実感してお近づきにはなりたくはないと思わされるのだったが……やっぱ人型は抵抗感があって嫌だな。


「こんなにオーガの死体が転がってる状況ってのもないぜ。スリ・アウフトの三英雄にでもなった気分だ」

「は! お前がか? 笑えるぜ。第一あの討伐譚で七星が倒したのはジャイアント・オーガと荒野オーガの群れだろう? デミオーガじゃ比べものにならねえよ。……にしても、ったく。邪魔で仕方ねえな。凱旋くらい花道で戻りたいぜ」

「まあそう言ってやるなよ。こいつらのおかげで俺たちは食い扶持を入れることができるんだからな。……そういや、明日明後日は丘のいつもの依頼はお預けってことになるのか。湧かなくなるのか見ものだな」

「あー、楽な食い扶持が一つ減っちまうのは嫌だな……」

「ま、報酬の上乗せに期待だな」


 前方からそんなやり取りが聞こえた。沸かなくなるってどういうことだろう。本来なら全滅はさせない方がいいってことか?


 このアランプト丘の依頼は、常に依頼が受けられるデイリークエストのような状態で、アランたち曰く割りのいい依頼だと聞いている。魔物が湧かなくなるなら、当然討伐依頼もなくなるだろう。稼ぎがなくなるのが嫌なのは分かるが。

 でもそうだよな。つまり攻略者は派遣労働者みたいなものか。理由は色々あるだろうが、依頼がなくなることもあるだろう。金策としては微妙だなぁ……。


「アナ、宿まで持ちそうか?」


 ぼそりとフリードの声が聞こえた。アナは小さな声で大丈夫だと返した。フリードは割と心配している口調だったのだが、アナにはいつもながら、特にその不安を解消してやる気はないようだ。

 アナのこうした不愛想さはホムンクルス特有のものだったらしい。


 グラナンもまた、いくらか心配した顔でアナのことを見ていた。

 防具の手入れをしている時にも隠れるように魔力の供給を行っていたようだが……この分だとさほど供給できていないんだろう。帰りの馬車で魔力供給していいと言っとくか。街中で倒れられてもね。


 ……それにせっかくホムンクルスと会えたんだ。フリードたちにアナについての話を聞いてみよう。ホムンクルスが現在どういう風に扱われているかも気になるが……彼らがアナとどういう経緯で出会ったのかも気になる。


 空腹感が襲った。腹減ったな。動き回ったからなぁ。ちょろっと肉串とか食べただけだし。


「私もお腹空きました……」


 つい口に出してしまったようで、ディアラがそうこぼす。ヘルミラを見てみれば、私もと続いた。

 市場では肉串やら揚げ物やら食べて、ソラリ農場でビワとチーズをちょろっと食べて。ヘルミラはエーテルをいくらか飲んでたようだけど、やっぱり戦闘はエネルギーの消耗が激しいようだ。神経も磨り減るしね。


「うちもお腹空いた~」

「私も減ったな、そういえば」

「俺はそうでもないな」


 グラナンが「じゃカレタカは留守番ね~」と、意地悪なことを言う。いつものお返しか?


「む……酒を飲まんとは言ってない」


 カレタカが困っているのは珍しい。

 流れ的に食事になるかと思ったが、食事のお誘いはなかった。アナのことが原因かもしれない。俺的には誘いたかったが、ひとまず控えておいた。


 天幕前に戻ると、アバンストさんの勝利を讃える軽い演説があった。

 何でも、騎士団攻略者共に死傷者が全くなかったらしい。治療魔法をかけてくれる人はここにはいくらでもいるので死人なんてそうそう出そうにないように思ってしまったが、俺たちは急遽集められた烏合の衆だ。作戦を無視して突撃してしまうことなど、騎士団サイドは色々と懸念要素はあったのだろう。


 魔導士も補助系・攻撃系ともに一定数集まり、手勢がバランスよく集まってくれたことが幸運であったという言葉を添えつつ、アバンストさんは迅速な進軍であり、そして騎士団の指示にも従ってくれたとして、俺たちの奮戦っぷりを褒め称えた。騎士団にも誘いたいくらいだそうだ。

 アバンストさんは始終満足そうだっただし、若干褒めすぎじゃないのかと思ったが、褒めたおかげもあるのか、報酬を多少上乗せするという言葉には、グラナンをはじめ攻略者たちは子供のように湧きかえっていた。


 同行者である俺たちの報酬は5,000Gだが、本来この依頼の報酬は1万Gだ。1.25万Gくらいにはなるのかな?


「坊ちゃん無事だったか!」

「おかげさまで」


 なんだか久しぶりのようにも思えるマクワイアさんの一切血に塗れていない顔に安心感を抱きつつ、俺たちはアランたちに別れを告げ――『赤い土の宿』という安宿に宿泊しているらしく、暇があったら来てくれとのこと――ケプラに凱旋帰還するべく馬車に乗り込んだ。


 馬車内で、魔力の補充をしていいよと言ってみると、フリードは俺たちを軽く見まわしたあと、「ではお言葉に甘えて」と苦笑した。

 グラナンがアナへ魔力供給を始める。今度はなぜか刻印ではなく、背中に手を当てていた。まあ何か理由があるのだろう。


「ダイチたちなら話してもいいんじゃないか?」

「そうだね。そのつもりだよ」


 カレタカとフリードの間でそんなやり取り。二人の間には窺うものこそあれ、悪いものは感じない。


「グラナン」

「いいよー別に」


 グラナンは早くも目をつむり、集中している。アナはいつものように無関心な顔だ。


「聞きますか? アナのこと。それと、私たちのことも」


 私たちのこと、というのはハーフであることだろうか。俺は頷いた。姉妹を見てみると、同じく頷いた。

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