5-22 アランプト丘討滅作戦 (5) - 変異ハーピィ


 マルコたちがデミオーガが3匹もいる集団にあたってしまい、ちょっと手を貸したという展開こそあれ、順調に俺たちは歩みを進めた。


 道中で計3匹のインプメイジに遭遇したが、《狂戦士化ベルセルク》をかけられるといったこともなく、二匹はグラナンが、もう一匹は俺が《氷の礫アイス・クラッシュ》でただちに始末した……というか氷塊になって落ちた。

 グラナンの一撃で沈んだのを見るに、別に俺が手を出さなくともよかったんだが、さすがに何もしないのもアレなようにも思えたし、南のパーティから逃げてきたのか西からふよふよとやってきて後方の俺の近くまで来ていたので俺が担当した形だ。


 今回の事件の黒幕であるインプメイジは、くすんだ赤い肌色のだいぶ凶悪なゴブリン顔にこうもりの羽を生やした魔物だった。メイジといっても特に杖を持っていたりはしなかった。


 そうして10個ほどのオーガとゴブリンの群れと遭遇した頃には、カレタカ、フリード、アナの三名はいくらか肉体的な疲れが見え始めていた。

 《狂戦士化》のかかっていない集団もあり、その際はいくらか攻防が楽だったようだし、連携も相変わらず抜群で手傷もほとんど負っていなかったのだが、さすがに武器を振り回したり、動き回ったりしたことによる肉体的疲労は消せなかったものらしい。


 斧でデミオーガの巨体を吹っ飛ばしたり、力比べのようなことをして時間を稼いだりと、タンカー役を担っているカレタカが疲れるのは分かるのだが、疲労の面ではフリードが顕著だった。

 《魔力装》を使っていることによる魔力の消耗が主な原因らしい。また、獣人にしては体力がそれほどあるわけではないとはフリードの言だ。


 一方で、隙を突くのが異常に上手く、フリードよりも動き回っていなかったアナはけろっとしていたものだ。

 が、グラナン曰く、疲れが表情にあまり出ないだけらしく、それなりに疲れているとのこと。エルフらしく意外とプライドが高いのかもしれない。


 と、最初の楽勝ムードな割に多少苦戦しそうな雰囲気も出てきたけど、進行するにつれて俺たちの担当範囲は狭まり、魔物の数も減ってきた。

 中盤からはマルコたちが合流し、終盤にはアレクサンドラも攻撃に参加してきたこともありで、結局のところ、やはり俺がすることがないくらいには行程は安全だった。


 これにはグラナンとディアラの魔法の頻度を上げたこともある。

 ディアラの《雷撃トルア》に至っては、全員が休めるのでこの点においては非常に重宝した。いずれにせよ、懸念材料が主に体力の消耗だけという時点で安全な討伐の一つの極みだろう。


 ちなみにアレクサンドラは盾はなく、腰から短めの長剣が三本も下がっていたのでもしやと思っていたが、双剣使いだった。剣技のほどはさすがというか、華麗の一言だった。


>称号「魔物討伐ビギナー」を獲得しました。



 ◇



 意外と広かった円形の丘の東側を北の中央に向かって突き進み、計12、3個ほどのデミオーガとエリートゴブリンの群れを討滅した頃、俺たちはようやくアランプト丘の奥地であり、オーガクリードがいるという家屋の手前の森まできた。


 丘には……オーガやゴブリンの無残な死体が至るところで転がっている。

 狼ならともかく人型の魔物なので、あまりじろじろとは見なかったんだが、彼らはみんな明王像のような凶悪な顔つきをしていた。


 デミオーガのような人型の魔物と人間とで何が違うのか。

 隊のみんなはオーガやゴブリンの傷口を見て自分の技の次第を顧みるくらいなので、情けなく思われることを懸念するのが半分、そんな質問はしなかったが……死に至る手傷を受けたにも関わらず、怒りに顔を歪ませる顔をほとんど崩していない彼らの顔つきは、自分たちとは確実に何かが違うと訴えてきていた。


 傷口とかは確かに痛々しかったし、目を背けたりはしていたんだけどね。俺も戦場にいくらか慣れたらしい。

 ちなみにみんな、特に前に出ていた人はそれなりに血に塗れている。むしろそっちの方が抵抗感があった。


 既に攻略者たちの一向は着いていて、座り込んで雑談したり、水分を取ったりなど各々休憩を取っているようだ。


「西を担当していた攻略者たちが遅れているみたいだね」

「なんかあったのかな」

「どうだろうね」

「補助できる人少なかったのかな~」

「3隊まんべんなく振り分けたんだと思うが」


 そんなカレタカに、


「少なくとも治療の出来る者はしっかり振り分けたぞ。もちろんタンカーと遠距離攻撃のできる者もね。もっとも、細かい技量の差までは把握してないからそこのところで差が出たのかもしれない」


 と、アレクサンドラ。


「即席部隊だしねぇ」


 そうだよなぁと思いつつ、マップを見てみれば、西に魔物が10個ほどまだいる。既に到着しているのは南の部隊で、確かに西の部隊が少し遅れているようだ。休んでいる攻略者が少ないように見えるのは、西に助勢でもしているためだろうか。


 一応まだ戦場ではあるので休んでいるのは呑気なようにも思えたが、カレタカたちの疲労具合を見るに、ここでの休息は必要不可欠なんだろう。

 それに見張りはしっかり立てている。この戦域ではケプラ周辺の魔物の生態や情勢を把握しているに違いない騎士団が率先しているので、“湧き時間”までには十分な余裕があるのだろう。


「私は報告してくるから、皆は体を休めておいてくれ。1時間もしないうちにオーガクリードのいる区域に突入するように思う」


 特に疲れた様子もなくそう言ってアレクサンドラは騎士団が数名集っている場所に駆け出していく。彼女は終盤に少し参戦しただけなので、体力が有り余っているようだ。


「じゃあ私たちもどこかに腰を下ろしましょうか。ポーションやエーテルはまだ余裕があるので、いる場合は言ってくださいね」


 と、フリードから言われたものの、エーテルは手持ちのものとカレタカからもらったものがまだある。それに次のオーガクリード戦は、攻略者全員で仕掛けるとのことだし、この分ならお世話になることはあまりなさそうだ。


「二人はどう? 回復薬足りてる?」

「はい。まだ残ってるので大丈夫です」


 ヘルミラも「私も問題ありません」と答えてくる。

 後方で《雷撃》を撃っていたヘルミラはともかく、ディアラもカレタカのフォローに徹していたため傷の類は負ってはいなかった。オーガクリード戦も同様のことになるなら、問題ないだろう。


 長剣勢とディアラが、魔導士勢に《水射ウォーター》で血や砂塵を落としてもらい、各々持っているらしい厚手の布で刃先を拭き始める。

 ディアラも腰の革袋の一つから布を取り出した。防具を拭くのに使っている、メイホーの市場で購入した布切れだ。洗って干して、大事に扱ってくれているようだが、二枚に折って塗っただけの簡素な布切れだ。布切れと一緒に、いつかベッドの前でヘルミラと仲良く縫っていたふきんが出てきていたがさすがに使わなかったものらしい。


 皆が武器や防具を整えている間、ここまでくることによりアランプト丘周辺の未踏破区域がなくなったので、マップを改めて見てみる。


 アランプト丘は、やや楕円で、頂点にぼこっと突起が突き出しているような円の形をしていた。それ以外では木が生え、そこには元から赤丸はなかった。

 形に関してはなんて言ったか、名前が出てこないけど、皮が硬めでヘタの部分が突き出しているみかんの種類の一つを思い出した。……そうだ、デコポン。


 突起部分の奥には小さい家屋がある。オーガクリードがいるという家屋だろう。周りにはうじゃうじゃと赤丸。デミオーガばかりと言っていたが……赤丸の周りは囲むように浅い森になっていて、俺たちのいる場所から実際に見てみると敵の生態は少々判別がつかない。


 オーガクリードの手下はデミオーガばかりなのか改めて訊ねてみる。


「そうです。稀に精強なエリートゴブリンが紛れていることもあるそうですが」

「精強って、レベルが高いって意味?」

「あ、はい」

「エリートゴブリンの高いものは17だな。まあ、弓持ち以外はさほど脅威ではない。剣と槍は青銅のものをよく持ってるらしい。たまに鉄のを持ってるのがいるようだが」

「そうだね。弓持ちがいたら真っ先に始末した方がいいですね」


 エリートゴブリンね。フリードやアナの攻撃を始めとしてだいたい一撃で沈んでいたので、フリードの言うように脅威ではないのだろう。


 赤丸それぞれに間隔はあまりない。時間をかけすぎると、デミオーガが無数に集まってしまい、よくなさそうだ。

 さらに家屋へと至る道は、狭い。他方から根城へと侵入しようとすると森から入ることになる。

 森はそれなりに深い。遠距離攻撃ができるものは森に配置されるだろうか。遠距離職が前衛としてデミオーガたちとに戦うには、オーガたちが密集しすぎ、逃げ道がなくなりそうだ。


 デミオーガは腹に物理耐性があり、鈍重ではあるがカレタカが抑え込む必要があるくらいには力のある魔物だ。今のところ、カレタカ以外ではまともに対峙していない。

 アランもデミオーガを引き付ける役を買っていたが、攻撃を受け留めるカレタカとは違って盾で受け流したり、しっかり回避もしていた印象だ。そうなると、これからは前衛役は結構絞られるのか?


 と、そんなことを考えているところに、フリードが親しげにハミットさんと誰かに呼びかける声が聞こえてくる。


 見ればいたのは、フリードに手を挙げて「久しぶりだねフリード君」と答えるフクロウ男だった。ちょっと驚きすぎて固まってしまった……。


 フクロウというか、ミミズクだ。防具はつけているし、靴も履いているようだが……下半身は毛むくじゃらだった。太い腕には小さな翼があるが、これでは飛べないだろう。


「君たちも」

「ああ」

「久しぶり~」


 フリードが知り合いなら、カレタカやグラナンも知り合いのようだ。マップでも赤い丸扱いにはなっていない。


「ハミットの旦那も参加してたんだなあ」

「む……君は誰だったかな?」

「アランだよ……ま、だいぶ前にちょっと話したきりだしな。イワンに、ロレッタだよ」

「すまないね、人族の顔は少々覚えるのが苦手なんだ。覚えるよう善処するよ」


 覚えてなかったようだが、アランたちとも顔見知りらしい。紹介を終えたようで、ミミズク男の視線が俺にきて、こちらにやってきた。

 わずかに楕円を描く黒い線に縁どられた瞳の光彩は真っ黄色だ。腰には白い両翼のようなものが先で伸びている棒が下がっている。杖? だいぶがっしり体型だけど……。


「やあやあ。初めまして」


 さきほども聞いたが、ミミズク男はデミオーガの死体の山が築かれている戦場からすればちょっと場違いな感じの明朗で紳士的な声だ。


「は、初めまして」


 巨大なミミズクは、首を傾げながら俺の横にいる姉妹に視線を向けた。首を傾げた素振りに違和感を覚えたのは、可動域が至って普通で、意外と人間じみた動きをしていたからだ。


「すまないね、驚かせてしまったかな。私は鳥人族ハーピィのハミットモールと申す者。直に爵位を授かるようになる位の高いものでもある」

「俺は、ダイチです。従者のディアラに、ヘルミラです」


 ハミットモールと名乗ったミミズク紳士は、毛むくじゃらで、あまり人間っぽくはないが、指もあれば手のひらもある手を胸にやって、実に滑らかな動きで一礼をした。

 慌てて俺も立って礼を返した。姉妹も追随する。一瞬ハミットモールさんは俺を見て、次に姉妹を見て、再び首をかしげたが、すぐに目を細めた。


 ハミットモールの体表は、白と薄いオレンジ色の毛に交じって黒い斑点がある。四肢はあるが、翼は見られない。ただ足にはだいぶサイズが大きいが俺と似たようなローカットブーツを履いている。本来のミミズクなら、靴から足の爪が出てしまっていることだろう。


 それにしてもハーピィ! いることは聞いてたが。


 でも……イメージとだいぶ違う。これじゃない。

 ハーピィと言えば、細身で腹や手足を残して毛の生えた魔物のイメージがある。また同時に獰猛でもあるので、その点で言えば、ハミットモールさんはいい人そうなので安心だが、ハーピィとしてはコレジャナイ感がすごい。


「ふむ……」


 ハミットモールさんが顔を寄せてくる。巨大なミミズク顔だ。ちょっと可愛くはあるんだが……大きさが大きさなので、緊張しかない。つつかれたりしない?


「獣人にオークにエルフにダークエルフに囲まれた人族の君のことだ。アラン君たちと同じく、てっきり私のことも知っているように思ったが、その様子だと知らなかったんだね? “オウルベア”のハミットモールのことを?」

「あ、はい。すみません……」


 オウルベア? なんかそういう魔物いたような。ベアってことは体はクマか? あんまりクマっぽくないけど。


「いやいや、謝らなくていいよ。誰しも知らないことはあるものだからね」


 そう先生のような口ぶりで穏やかに告げた後、ハミットモールさんは目の上の耳をピクリと立てた。それから滑らかな動きで、ちゃんと人間の可動域を超えて首を180度ほど回した。

 話しぶりは完全に人間なのと巨大なのとで、少し、いや、だいぶ不気味だったが、つられて俺たちがオーガとゴブリンを掃討してやってきた方向を見ていれば、馬の駆ける音が聞こえ、段々大きくなってくる。


「指揮官殿がきたようだね」


 やがて馬が三匹駆けてきて、先頭に乗っていたのはアバンストさんだった。デミオーガたちの死体につまづくわけもなく、器用に避けてこちらに向かってきている。


 ハミットモールさんが首を戻して俺を見てくる。


「ああ、私には構わず座ってくれていいよ。私は座るのは好まなくてね、大地を踏みしめている方が気分が楽なんだ」


 そこは鳥……いや獣(?)なわけね。飛べないからとかではないんだ。


>称号「ハーピィと知り合った」を獲得しました。


「では、縁があったら。私は普段は教会によくいるので、用事があったら来なさい。さほど労苦のない依頼だったが、お互い無事に帰ろう」


 そう言って、ハミットモールさんは俺たちの元を離れ、のっしのっしと攻略者たちの元に戻っていく。

 かなり悠然とした人だが、戦いでもあんな感じなんだろうか。情報ウインドウは出なかったが、彼はあの姿で南の隊の補助と回復の要なんだそうだ。


鳥人族ハーピィってみんなあんな感じなの? 翼とか生えてると思ってたよ」


 ハミットモールさんが去った後、俺が姉妹にそう訊ねてみたのは言うまでもない。


「えっと……あの方は少し変わっているかと思います」


 歯切れ悪く、そう苦笑するディアラ。見ればヘルミラもそんな表情をしている。なんだろう?


「確かに本来鳥人族には翼があり、もう少し人の姿を象っているものなんですが、あの方は“変異種ベルクト”で」


 ベルクト?


「鳥人族の言葉で、変わった体で生まれてしまった者をそう呼ぶんです。獣人全体で使われる言葉でもありますね」

「変異体みたいなものかな」

「そうですね」

「ハミットさんはどちらかというと獣人のうちらに近いよね~」

「そうだね。ハミットさんも獣人真体ブルートに近いと言ってたし」


 姉妹が歯切れ悪かった一方で、解説してくれたフリードやグラナンの様子には特に暗いものは感じない。


 差別用語だったりする? と、少し踏み込んで質問してみた。


「差別用語? 確かにベルクトは普通の鳥人族と差別する言葉ですが」

「ああ、いや、……ベルクトという言葉は、鳥人族がベルクトの人たちを忌み嫌ったりしたがためにできた言葉なのかなと」


 俺がそう説明すると、フリードの表情が朗らかなものになる。


「なるほど! そんなことはありませんよ。私たち獣人はもちろん鳥人族たちも獣人真体の方を特に忌避していませんからね。……ハミットさんは飛べないのをからかわれたことはあるそうなんですが、子供や酔っ払いがするような類のものだそうです」


 ふうん。


「人族には驚かれたりすることはあるようなんですが、獣人真体に見られることも多くて軋轢はさほどないそうです」

「獣人真体って獣人寄りの獣人?」

「そうです。獣人真体の人たちは私のように人族のような顔をしていないですね」


 なるほど。獣の顔の人種か。


「鳥なのに飛べないのはね~」


 くすくす笑うグラナンに、カレタカが「ニワトリも飛べんぞ」と補足する。

 それとガチョウもな、とアランがさらに補足した。


「むうう、なによ、二人して!! いじわる!! こんなかわいい子をいじめて楽しいわけ!?」


 子供のように地面を手で叩いて叫ぶグラナンに笑いが起こった。

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