5-21 アランプト丘討滅作戦 (4) - 開戦


「おおおぉぉっ!!!」


 丘中に響きそうな唸り声をあげながらカレタカが斧を豪快に薙いだ。

 薙がれた斧は、前方のデミオーガの横腹に思いっきり入った。切断してしまうかと危惧したが、そうはならない。

 「く」の字になって吹き飛んでいくデミオーガに、横にいたエリートゴブリンの一匹が巻き込まれる。


 吹き飛んでいった二匹の魔物は、斧から離れるとやがて慣性を失って地面を滑り、動きを止める。


「《火炎槍フレイムランス》!!」


 デミオーガがしばらくして立ち上がろうとしたようだが、ただちに二本の火の槍が到来した。命中すると間もなく二匹の魔物は業火に包まれた。


 「焼却、焼却~」


 火の槍の主はグラナンだ。慣れているからなんだろうが、呑気だ。グラナンは魔法名を叫ぶ系魔導士らしい。


 ――グアァァァッ……!!


 思わず頬が引きつった。声量があってうるさいのはもちろんだが、存分に痛ましさもはらんでいる。飛竜ワイバーンの声もそうだったが、あまり長くは聞いていたくない声だ。


 狂戦士化のせいか、元からそうなのか。


 仲間が目の前で吹っ飛んだことを一切気に掛けず、後続のデミオーガがカレタカに向けて片手斧を振り下ろしてくる。オーガの目は充血していて鬼のような形相だ。可愛いもの好きな日本人受けしない、“リアルなモンスターグラフィック”だ。

 危ないと思ったが、カレタカはいつの間にか斧から右手を離しており、デミオーガの一撃を難なく俺の付与した腕の《氷結装具アイシーアーマー》で受け止めた。


「はぁっ!」


 カレタカが斧を受け止めて間もなくフリードが跳躍し、長剣をデミオーガに振り下ろす。深い切り傷が入った。血が出る。血の色は普通に赤のようだが、少し暗い。

 左側頭部から胸部まで傷を負ったデミオーガは痛みに顔を引きつらせ、体をのけぞらせた。

 そのひるんだ瞬間、斧から左手を離したカレタカが、右腕の《氷結装具》でデミオーガを押しこんで態勢を崩し、左の拳で思いっきりデミオーガの顔面を殴る。

 ゴッ! とあまり聞きたくない打擲音が鳴ったかと思うと――アナが何かそういう“舞い”でもあるかのように、フリードの反対側から軽やかに跳躍してきて、デミオーガの殴られた顔を真横から見事に串刺しにした。


 事切れて倒れるデミオーガの後ろで、エリートゴブリンが弓を構えていた。が、長剣を地面に刺したフリードが目にもとまらぬ速さで移動して、両手の《魔力装》の爪で胸を抉り、首を薙ぎ、仕留めてしまった。


 フリードは地面に刺さっていた剣をアナから受け取り、二人は得物を軽く振って血を払った。カレタカは斧を一瞥しただけだ。呆気に取られながらマップを見ると、相対した魔物の1パーティ――4つの赤丸は消滅していた。

 肉の焦げる嫌な臭いに見てみれば、焼却されていたオーガとゴブリンはわずかに火種を残し、真っ黒になっている。


 ……なんだこれ。手際が良すぎる。


「やるな。チーム戦じゃ敵わないかもな」


 俺の横でアレクサンドラが薄い笑みをこぼしながらつぶやく。そこまでか。というか、楽しそうだね。


 でも確かに目が離せない見事な連携だった。恐ろしくなるくらい全く容赦なかったが……。


「ほお! さすがだな! 俺たちも行こうぜ、イワン! ロレッタ!」

「おう!」

「ええ!」


 フリードたちの戦いっぷりに感化されたようで、三人が別のデミオーガたちに駆け出した。

 彼らの半ばはしゃぐような雰囲気に、これは「狩り」であると悟り、今しているのは彼らにとって「金を稼ぐ仕事」なのだと思い出した。アレクサンドラから、「あの三人を頼む」と指示を出され、同じく駆け出す長剣使いと弓使いの団員二人。


 駆けたマルコがそのままデミオーガの腰を切りつける。腰から血飛沫が飛んだ。次いでイワンも反対側から膝を切りつけた。

 痛みに一瞬ひるんだようだが、デミオーガは構わず、剣を構えて待機していたマルコに斧を打ち下ろす。マルコは腕の小さな盾は使わずに長剣で受け止めた。その間イワンはゴブリンの元に行った。


 デミオーガが斧を何度も振り下ろして追撃する。マルコは両手で剣を支えているがデミオーガの方が力が上のようで、マルコはじりじりと後ろへと押されていく。


「マルコ!!」


 ロレッタがオーガに杖を向けた。

 デミオーガの顔面には間もなく薄い緑色の物体が飛来し、四散した。《風刃ウインドカッター》とかだろう。目にでも直撃したのか、甲高い声をあげてデミオーガは顔を手で覆った。


 威力ないとかしょげてたけど、初級の魔法で目にピンポイントで攻撃を当てられるなら上等だろう。

 隙を縫ってマルコがオーガの左脚を切りつける。切断はしなかったが、血はそれなりに出、支えを失ったオーガが地に手をつく。


「離れろ!!」


 弓を構えた団員が叫び、離れるマルコ。やがて薄い白い魔力のようなものに覆われた矢がデミオーガの頭に深々と突き刺さった。デミオーガが崩れる。

 おぉ。スキルか何かだろうか? 俺もそれ使いたい。《魔力弾》もあんな感じで使えればいいのに。


「お見事!」


 周りの2匹のゴブリンもイワンと長剣使いの団員が仕留めたようだ。


「あんまり無茶するなよ!」


 弓使いの団員が三人の元に行きながらそう言葉を飛ばした。


「わーってるよ! カレタカたちよりは多少時間かかるが大丈夫さ!」


 さすが10回は依頼をしているだけあるのか、ここでの戦い方は確立しているものらしい。


 マルコたちの戦いを見ていたフリードが、大丈夫そうだなとカレタカに告げる。


「ああ。少し不安だったが、慣れているようだ。弓使いもなかなかだ」


 そう言って、軽く駆けていくカレタカたち。


「行きますよ」


 アレクサンドラに言われて、慌ててついていく。みんなの戦いっぷりに見惚れそうだ。注意しないと。とはいえ、やることなさそうなんだけどね?



 カレタカが駆けていき、集団の前方にいたデミオーガに大振りをして吹き飛ばした。

 今度はゴブリンは巻き込まれなかったようだが、吹っ飛ばされて勢いをなくした直後、デミオーガの元にはグラナンの《火炎槍》がしっかり到来する。

 やがて炎に包まれたオーガからは痛々しい叫び声が聞こえてくるが、すぐにそれは止んでしまった。回り込んでいたフリードとアナが後ろの二匹のゴブリンを仕留めた。


 果たして赤い目の彼に復讐心があったのかは知らないが、ゴブリンの奥にいた二体目のデミオーガがずいぶん敵意のある叫び声をあげ、斧を手に駆けてくる。

 カレタカは今度は斧を地面に突き立て、両手の《氷結装具》をクロスさせて斧を受け止めた。


「ディアラ、脚を狙え!」とカレタカが声を飛ばす。


 少し間があったが、ディアラは素早く槍を突き出し、見事デミオーガの脚を貫いた。

 本来なら槍は刺さるだけのはずなんだが、脚の槍が直撃した部位の周りには丸くくり抜いたような跡が、槍の直撃箇所の周りにわずかに広がっていた。


 悲痛の叫び声を上げながら態勢を崩すデミオーガの斧を、カレタカは両腕ではじきとばした。カレタカはすばやく突き立てた斧を取り、デミオーガの頭に振りかざす。

 グシャと何かの潰れる音のあと、地面から巨体が倒れる音がした。俺が目を逸らしていたのは言うまでもない。


「よかったぞ。少し反応が遅かったがな。――威力もなかなかだ」


 カレタカがデミオーガの脚を見ながらそう評価する。

 おずおずと見にいくと、ディアラが貫いたデミオーガの脚には小さな丸い跡ができていた。グラナンの補助魔法のおかげか?


「とりあえず隙があったら脚を狙ってくれ。間違っても腹は狙うな。槍でもそうそう通らないだろうからな。無駄な動きになる」

「はい!」


 デミオーガの腹は脂肪ならぬメタボガードがあるらしい。あの一撃なら風穴開けられそうだが……首は狙わないのかな?


 ともあれディアラは心配なさそうだ。カレタカがマメなようで助かる。

 それにしても相変わらず、この世界の住人らしく加害者慣れというか、死体慣れというか、その辺の精神抵抗力がディアラでも俺とは段違いのようだ。《精神抵抗》とかで上がってくれないのかなこの辺……。


「ダイチ」

「ん?」

「《氷結装具》いいぞ。今まで使ったどんな防具よりも軽いし、硬い。どんな攻撃も受けられる気がする」


 そう言って、腕の《氷結装具》を頼もしく眺めるカレタカ。傷の類はもちろんついていない。


「それはよかった。有効活用してくれ」

「ああ。任せてくれ」


 ここまで硬いなら、姉妹のレベル上げの時にも使えそうだ。


「よーし! じゃあヘルミラ、次はうちらの番だよ!」


 やる気満々にそう告げるグラナンに、ヘルミラは「は、はい!」と、やる気はあるようだが緊張した様子で答えた。何させるのやら。


「《雷撃トルア》撃つのか?」

「そのつもり!」


 ああ、トルアね。


「じゃあ、撃つときは言ってくれ。――フリード、アナ、次は《雷撃》だそうだ」


 なんか大魔法でも撃つ雰囲気だが……。

 戻ってきたフリードとアナが頷き、俺たちは進軍速度を緩めて、赤丸の集団の一つに向かう。


「お、ちょうどいいね。じゃあ、前の奴らのデミオーガに向かっていっちょ撃っちゃってよ」


 そうヘルミラに小声で伝えるグラナン。何がちょうどいいのかと思い、前方のオーガパーティを見れば、オーガが真ん中、左右にゴブリンのスリートップの布陣だ。

 マップで見てみると、オーガの後ろにももう一匹いるようだ。ちょっと隠れて見えづらいが、ゴブリンだろう。


 カレタカたちがヘルミラの前方を開ける。ヘルミラが魔物たちに向けて両手をかかげた。


 オーガたちをしばらく見てみるが、何も起こらない。見ればヘルミラはまだ撃っていなかった。かざした手の周りはほのかに光り、白と黒の光の粒がゆっくりと旋回しながら幻想的に舞っている。

 白い光の粒は何度か見ているので馴染みがあるが、黒い方は見た事がない。……いや、そういえば、ジルが黒い魔力をまとった火魔法を使ってたか。ともあれ、少し時間のかかる魔法のようだ。


「――行きますっ!」


 やがてその声を合図に、ヘルミラの手からは紫色の魔法陣が現れる。

 オーガたちを見てみると、突如彼らの頭上にも同様の、ヘルミラの手元のものよりも大きな魔法陣が出現し、――黒い雷光が落ちた。


 閃光とともに、ピシャア! と盛大な音を立てて落ちた黒い雷光の真下にいたオーガは、体を真っ黒に焼かれていた。オーガが地に伏せる。

 他のゴブリンたちにも被害はあったようで、前方の2匹とも体の半分を黒く焼かれていた。時折白と黒の電気が彼らの間を走っていたが、間もなく消えた。一瞬の出来事だ。


「うわお。すっごいじゃん!!」

「ほお。すごい威力だ」

「ダークエルフの《雷撃》は見たことがあるけど、やっぱりすごいな」

「ヴァーヴェル掃討戦のか? 確かにあれはすごかったな」


 グラナンたちの驚きの声とは裏腹に、撃った本人であるヘルミラは唖然としていた。


「どったの?」

「いえ……以前よりも数倍威力が上がっていて……」


 自分の両手を見ていたヘルミラが、なぜか分かりますか? とばかりに俺を振り返ってくる。

 以前というのは里にいた頃か、あるいはシャイアンたちといた頃だろう。俺が思い当たる原因は一つしかない。


「レベルが上がったからじゃないかな」


 そう言うと、あ、と気づいた顔を見せた後、納得したように頷くヘルミラ。


 あの頃からレベルは5上がっている。数字で言うと少ないように思えるが、元々11だったのを考えるなら、目覚ましい変化があってもおかしくない。


「頑張った甲斐あったね」

「ご主人様、ありがとうございます!」


 ヘルミラのお礼に気にしないでと言うと、ディアラが慌てて同じくお礼を言ってくる。


「俺が頑張ったんじゃないから。二人の成果だよ。これからも頑張ろうな」


 二人がはい、と元気な返事を返してくる。いい笑顔だ。俺も頑張った甲斐があるってものだ。色々と。


「レベル上げって何やってたの? 誰かに師事? 騎士団と特訓? ……って、あ、そうか」

「ダイチ殿と私らは先日出会ったばかりだぞ」


 アレクサンドラの解答をよそに、グラナンが意味ありげにニヤついて俺を見てくる。気づいたようだけど、言わないでくれてよかったよ。


「狼を狩ってましたよ」


 代わりにディアラがもう一つの当たり障りないはずの真実を答えたが、グラナンが「狼ぃ??」と、変な声を挙げる。


「狼ってあの弱っちいの? 魔狼やガルムじゃなくて??」


 ガルム? 聞いたことないが、狼系の魔物かなにかなんだろう。


「はい。100匹は狩りました」


 ディアラが自慢げに答える。カレタカとフリードが感心した声をあげた。100も狩ったっけ。でも後半は割と一撃で仕留めてたからなぁ。


「100ってヘルミラも??」

「はい。弓でですが」

「弓ぃ?? あんた魔導士でしょ??」


 また素っ頓狂な声をあげるグラナン。


「魔導士はレベルが低い頃は、弓で精神力を鍛えることもあるってよく知られていることじゃないか」

「そうだけどぉ……」


 グラナンはフリードの言葉にいまいち納得がいかないらしい。なんだ?


「自分が弓が下手だからって嫉妬するんじゃないぞ」

「言わないでよカレタカ!!」


 なるほどね。フリードもそうだったらしいが、獣人は射撃系ほんと苦手なわけね。


「話はその辺にして、私たちもそろそろ進行を再開しよう。なるべく西と南に足並みを揃えておきたいからな」


 アレクサンドラにつられて左を見てみれば、マルコたちが戦っている先で、人影が走っていくのが見えた。南に配置された攻略者たちだろう。

 道中でちょいちょい人影や叫び声を遠方に確認していたが、彼らも進行は順調なようだ。

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