5-20 アランプト丘討滅作戦 (3) - 共闘者


「俺の故郷はカチナだ」

「おお、奇遇だな! 俺たちは一度カチナで世話になったことがあるんだ。あまり歓迎はされなかったがな」

「……本当か?」

「ああ。ヤンパダの渓谷でコカトリスの駆除をしてた時に、なぜか知らんがステュムパリデスに遭遇しちまってな……。命からがら逃げたんだが……連れのこいつが奴の爪でやられて大怪我をした上に、俺たちも満身創痍でな。諦めそうになっていたところで、アルゴナっていう薬師のオークに助けられたんだ」

「アルゴナか。あいつは人族にも寛容だからな。俺も村では世話になった。よかったな、いたのがアルゴナで。アルゴナの秘薬のポーションは効果が高い」

「ああ。礼はいらないって、秘薬のポーションもらっちまったよ。おかげで俺たちはここにいるってわけさ」


 俺たちが配備されることになったアランプト丘の東に位置する森の中で、そんな会話が真横から耳に入ってくる。

 話しているのはカレタカとマルコだ。横にはイワンもいる。


 どうやら縁があったようで話が弾んでいるが、マルコとイワンは俺たちの隊に組み込まれることになった攻略者パーティのメンバーだ。

 彼らのパーティにはもう一人女魔導士がいて、ロレッタというのだが、彼女はグラナンとヘルミラで魔導士談義をしていた折に、精神集中をするといって、少し離れた場所で瞑想している。


 瞑想と言っても、傍から見れば背筋を伸ばしてあぐらをかいているだけだ。

 ハムラもしていたが、お喋りなグラナンが文句一つ言わずにああしているのを見ると、少し違和感を感じるのと同時に彼女も魔導士なのだなと認識を改めさせられる。


 ちなみにこのマルコとイワンとロレッタの攻略者の三人は、デミオーガに噛まれたとかで、いつか西門で見た三人だった。包帯を巻いていたのはマルコだ。カレタカと彼らの縁ほどじゃないが、なかなか世間は狭い。

 マルコが負ったというその噛まれ傷は治療師の元にいったおかげで歯跡もなく完治しているらしいけれども、マルコはイワンとロレッタから、今回は自分たちだけではないのだから前に出すぎないようにと注意勧告を受けていた。


 少し不安になるやり取りだったが、彼らはこのエリートゴブリンとデミオーガの討伐依頼は10回はこなしている手練れらしい。何でも、ケプラのギルドではこのアランプト丘の依頼は割りがいい依頼に入るのだとか。


 一方で、俺とディアラとフリードは、カレタカに砥石で武器の刃を研いでもらっている。アナは既に研いでもらっているらしく、無言で座っている。

 アナは例によって会話に入っていない。三人組から自己紹介を受けて、短く名乗っただけだ。


 エルフは人族を嫌っているという認識は三人組の彼らにもあるようだったが、それを抜きにしても、腕を組んで目をつむっているアナには雰囲気的に話しかけにくいようだ。ハーフエルフに関する話題は出ていない。

 女性同士だし、瞑想仲間に入ってくれば少しは打ち解けるだろうにとは少しばかり思ったところだ。


 ディアラのパイクの穂先を職人の神経質な顔つきで眺めていたカレタカだったが、よし、と小さな声で言った後、出来たぞとディアラに渡した。

 ありがとうございます、とディアラが嬉しそうに受け取って穂先を眺めた。


 俺も見せてもらう。鉄色の刃先は輝きがあり、ずいぶん綺麗になったように見える。普段から手入れはしているようなんだが、ディアラたちは砥石で研いだりはしていなかったからね。

 砥石は武具屋に置いてる時もあるそうだが、ケプラでは市場にある武具補修屋という店で買うのがいいとのこと。


 理由は安いからと、「主人のドワーフが少し苦手でな」というカレタカの理由には少し笑わせてもらった。

 硬派なカレタカにとって、ガルソンさんは陽気すぎるというか、少々お喋りがすぎるのかもしれない。でも、じゃあ、グラナンはどうなんだと思いもする。


「あと、これも刃先に塗っとけ」


 カレタカは油のような色合いの液体が入った小さな瓶を開けて、中身を湿らせた布に当てたあと、ディアラに布を手渡した。


「泥岩粉のリキッドだ。武器の威力が多少上がる代物だ」


 ブーストアイテムか。

 そうだろうなと思ったが、錬金術の本に載っていた「羊毛炭のリキッド」は最下級の代物らしい。


 なお、高くてもいいから質のいい砥石を入手するなら宝石屋だそうだ。

 宝石屋は確か夕方には閉まる。今日はもう時間的にも疲労的にも微妙な感じになると思うので、砥石は明日明後日辺りに見ようかと思う。


「お前たち二人の剣も研いでやろう」


 カレタカが今度はマルコとイワンに申し出る。


「いいのか??」

「ああ。共闘する仲だし、故郷の話も聞かせてもらったしな」


 二人に振り向いたその顔は、穏やかになっていた声も合わせてご機嫌なように見える。カレタカはアナほどではないにしてもあまり笑わず、表情に乏しい。慣れたものだと思う。


「助かる! 結構ガタきてたんだよな、俺のもイワンのも」

「これで少し剣代浮くなぁ」

「な」


 二人は腰の長剣を抜いて、カレタカに渡した。機嫌がよかったカレタカだが、二人の剣をもらうと嫌な物でも見たかのようにすぐに眉をしかめ、小さく息を吐いた。


「……お前ら、もう少し剣は大事に扱った方がいい」

「いやぁ……それ結構もう研いだんだよ」

「そうだろうな。だいぶすり減っている。……依頼を終えたら新しいのを買うのを勧めるぞ。剣が泣いている」

「はは……」


 だいぶガタがきていたものらしい。

 ディアラと一緒に見てみれば、確かに軽く目視で確認できるほどの刃こぼれがいくつかある。刀身にも擦り傷が妙に多い。色んな場所に行っているらしいが、どう使ったのやら。


 ほんとに大丈夫かね? 三人とも経験者な上、レベルも20台なので、実力の心配はあまりしていないが……。


「戦闘前でよかったですね」


 と、苦笑いするディアラに、ほんとにね、と肩をすくめた。二人ともディディくらいに体格はいいし、剣で殴りかかるだけでもだいぶダメージは入りそうだけれども。


 15分かそこらが経ち、二人の剣もカレタカの言うところの最低限使えるようになった頃、街道の方から駆け足の足音がしたかと思うと騎士団の3人がやってきた。アレクサンドラもいる。


「皆、そろそろ時間だ。魔導士たちは……あっちか。呼んできてくれ」


 多少遠いが、前方にはゴブリンとオーガたちがいるためか、いくらか声をひそめてそう告げる騎士団員の男性の指示に従い、ディアラがヘルミラたちを呼びに行った。

 軽く走った割にディアラの足音はほとんどない。あれ。こんなことできたっけ。


 グラナンたちが戻ってくる。


「集まったな。……アバンスト副団長が伝えた通り、こちらから隊列などの指示はないので基本的には君たちで動いてもらっていい。だが、お互いにあまり離れすぎないようにしてくれ。今回は戦力を必要以上に分散させる意味もないし、他に西と南のメンバーもいるからな。……我々団員も君たちの動きに合わせるが、この隊にきた団員には攻撃専門の者しかいないので補助魔法や回復魔法などのフォローは逐一頼む」


 さきほどの団員の男性と同じように、いくらか声をひそめていながらそう言ったアレクサンドラが、魔導士たち女性陣に頷く。

 それにしてもこの戦闘前の緊張感はなかなか心地いい。血塗れにはなりたくないけれども。


「それと、大筋の動きはこちらで指示を出す。進軍を止めてくれと言った場合、無視して単独で突撃してしまうようなことがないように注意してくれ。場合によっては組み伏せるからな」


 怖い怖い。


「……もうすぐ副団長が出てくる。合図が出たら丘に突撃する。質問はあるだろうか? ――……ないようだな。では各自補助魔法を頼む」


 アレクサンドラの話が終わり、ロレッタとグラナンがそれぞれ補助魔法を付与しだした。淡く光を放ち始める。二人ともまずは自分たちの本来のパーティメンバーにかけていたので、俺もディアラとヘルミラに声をかけ、防御魔法の付与を始める。

 クライシスのPVPであれば、補助魔法の効果時間は長くても数分なので開戦と同時にするものだ。この世界では数時間持つらしいので、羨ましい限りだ。


 皆で補助をしている間、ヘルミラがなんだか申し訳なさそうにしていたので、「《雷撃トルア》頼んだよ」と頭に手をぽんと乗せといた。

 ヘルミラは魔導士であるのに、一人だけ補助魔法をかけていないからだろう。《幻想イルシオ》や《酸欠アノクシア》などのかく乱系の魔法はあることはあるが、補助魔法の類は彼女にはない。


 幸いというか当然というか、俺、グラナン、ロレッタの三人の魔導士は、皆物理防御魔法が使えた。物理防御魔法は戦地に行く魔導士なら必修魔法なのだそうだ。そりゃそうだ。

 ただ、俺は物理、魔法防御、精神耐性をあげる三種の防御魔法がある反面、攻撃力や攻撃速度などを上げる類のバフ魔法がない。逆にグラナンは精神耐性を上げる防御魔法がなかったので、その辺は補い合うことになっている。


 その点ロレッタは防御魔法も三種あり、バフ魔法もあって優秀だった。さすがあの二人のお目付け役だけある。

 ただ、彼女は攻撃魔法に乏しいらしく、風魔法の攻撃魔法である《風刃ウインドカッター》と《真空刃エアレイド》を自衛のために使っていただけとのこと。インもネリーミアの店でかつて《風刃》は威力が低いと言っていたし、特に反論もなく皆が頷いていた雰囲気的にも、《真空刃》が威力が低めの攻撃魔法なのは察した。


 そんなわけでロレッタもまたヘルミラと同様いくらか凹んでいた様子だったので、「その辺はヘルミラが補ってくれますよ」と言ってみると、ロレッタとヘルミラの二人は「頼むわね」「はい!」と頷き合っていた。魔導士にも使える魔法の種類によって色々と事情があるようだ。


>称号「気配り上手」を獲得しました。


 ちなみにうちにやってきた騎士団メンバーは、長剣がアレクサンドラを含む二人とクロスボウと弓を持ったのが一人だ。長剣の団員は、腕に装着するタイプの長方形の小さめの盾をつけているが、アレクサンドラに盾はない。

 攻撃職で固めたのは、うちは魔導士と補助魔法が揃っているからとのこと。確かにそこのところはうちはバランスいいんじゃないかと思う。前衛が豊富だが、距離を取りやすい槍使いもいるし、回復役がもう一人二人いたら、隊としては割と完璧なんじゃないだろうか。


 ちなみにアレクサンドラは前衛ではなく……俺の護衛だ。


 便宜上は、分隊長だから、前衛が疲れた時のために私の剣は温存しておくとか言っていたのだが、「私はあなたの護衛をします。副団長の指示なのです」とこっそり言われた時にはため息をついてしまった。

 アレクサンドラ自身も苦笑していたので多少救われた気持ちにもなったけど、実力を信用してもらっただけでは、七星の威光――VIP扱いは消えないものらしい。カレタカとあんなにはしゃいでたのに。


 俺を戦地にやっておきながら何かあったら七星との縁故が途切れてしまう、あるいは騎士団または自分の面子が潰れるというアバンストさんの内情は分かるのだけども。

 俺は魔導士で参戦だしね。見た目も他の男たちと比べてひ弱だし。水槽の中で細マッチョだとか喜んでた頃が懐かしい。筋骨隆々な男たちを無数に見てきて、カレタカみたいなのを目にしている今じゃ、とてもじゃないがマッチョなんて言葉は口に出せない。「腹筋が割れてるだけ」だ。悲しい。


 皆すっかり戦地に向かう戦士の顔になっている中、フリードたちに補助を終えたグラナンがディアラの槍にバフ魔法を付与する。

 赤い魔法陣が出た直後に、穂先が炉で熱したように赤くなった。火魔法だと思うが、どんな魔法? と訊ねてみる。


「《硬炎刃ファイアリーエッジ》っていうの。攻撃力を上げて、少し火属性も付与する中級の火魔法だね~」


 初めて聞く魔法だ。属性付与エンハンスみたいなもんかな。


「火魔法は補助方面はボロクソに言われてるけど、《硬炎刃》は評価が高い補助魔法なの。魔力の消費もそんなにだし、威力も結構上がるしね」


 ボロクソ……。まあ確かに火系の補助魔法は、クライシスだけに限らずゲーム全体を見ても少なさそうな気はする。


 ディアラとヘルミラに防御魔法をかけ終わったので、グラナンに精神耐性を上げる精神防御魔法|識者の哲理《マインドガード》をかけた。

 効力やばい! とか何とか言われるかと思ったが、特にコメントはなかったので安心した。見た目は変わらなさそうだしね。


 フリード、カレタカ、アナにも続けて精神防御魔法をかける。騎士団員への防御魔法はロレッタが率先して担当したが、それなりに負担に思ったので、アレクサンドラは俺がかけた。俺の護衛だしね。グラナンは攻撃魔法を使うのでその分にとってもらうことになった。


 騎士団の二人が、「騎士団でも常にこれくらい厳重な補助が欲しいもんだ」と愚痴をこぼした。アレクサンドラが、言うなよ、と返答する。

 どこも補助役は少ないらしい。ゲームだと誰だって攻撃に回りたいものだけど、現実なら補助ほど楽なものもなさそうなんだけどね。


 ステータスウインドウを出してみると、俺の精神耐性は「+15%」になっていた。《識者の哲理》で+30%されたようだ。+5%は買った破邪のネックレス分だ。

 クライシスでは常に最低でも+80%にしていたのを考えると、心もとない数値だが仕方ない。-20%でいるよりはずっとマシだしね。それに今回は治療できるグラナンたちがいるので、安心だ。


 カレタカに例のをかけるのを忘れていた。カレタカに声をかけて、部位を聞くと腕だけでいいと言うので、両腕に《氷結装具アイシーアーマー》をかけた。


「すまないな。……うむ。硬いな」


 カレタカが腕の《氷結装具》の表面を大きな手で押し込みながら、薄い笑みを浮かべる。嬉しそうだ。


 騎士団の二人組が俺たちを遠巻きに見ているのに気付く。だが彼らは結局特に何も言ってこなかった。

 魔力の消費を気にして自分にもかけてくれとは言わなかったのか。単に《氷結装具》が珍しかっただけなのか。

 アレクサンドラからはこれといったものは感じないが、二人にはまだ少しばかりよそよそしさがある。俺に対してではなく、フリードたちにだ。この辺りは彼らはマルコたちとは普通に会話していたことから、察した。フリードはハーフではないが、他の3人がハーフなので、思うところがあるのかもしれない。


 集まった攻略者たちの話題には、ちょくちょくカレタカやアナの存在が上っていたようだが、ハーフであることは少なくとも俺は耳にしていない。もし《聞き耳》をオンにして集中していたら、オドという差別用語らしき言葉も聞こえていただろうか。

 フリードたちは特にその辺気にしている素振りはない。慣れているんだろう。まあ、戦闘に影響がなければひとまずそれでいいよね。今回は助勢を頼んだ側の騎士団が指揮を取っているし、おそらく変なことにはならないだろう。


 ロレッタが「私も今度見に行こうかな」とこぼしているのが聞こえた。目が合ってしまったので、何がですか? と訊ねてみると、氷魔法らしかった。


「中途半端だから買うなって色んな人から言われてたのよねぇ」


 便利だと思うんだけどなぁ、氷魔法。飲み物を冷やしたり、肉の保存とかにさ。まだやったことはないんだけどね。



 ◇



 森はさきほどの談話が嘘みたいに、お互いの息遣いが聞こえそうなほど静まり返っている。

 みんな樹の後ろや茂みに隠れたりして、アランプト丘を一心に見ている。


 アランプト丘ではデミオーガとエリートゴブリンがうろうろしている。マップウインドウの通りに、彼らは4匹ほどでまとまっているようだ。


 エリートゴブリンの一匹の背に弓らしきものが見える。

 彼らは剣と槍と弓が基本武器で、稀に攻略者なんかが落とした武器を使っているのがいるとは既に聞いてはいる。防具も装備しているようだが、一匹は肩だけ、別の一匹は胸当てだけと、フル装備のゴブリンはいない様子だ。エリートなのにね。


 デミオーガの武器は片手斧だ。他に装備らしい装備はなく、ぼろい布切れを上半身と腰にまとっているだけだ。斧を腰にひっかけているのもいる。

 ただ体は、ゴブリンと比べると背丈が倍以上あり、カレタカが言っていたように巨漢のようだ。腹は少し出ているようだが……カレタカとサイズがさほど変わらないなら、拳は顔面サイズほどあるかもしれない。


 複数のスズメの鳴き声が聞こえた。のどかだ。……


 しばらくして、南の隊の待機場所からアバンストさんが姿を現した。アバンストさんがレイピアの切っ先をアランプト丘に向ける。

 すぐにアレクサンドラが、「行くぞ!」と鬨の声をあげた。

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