5-19 アランプト丘討滅作戦 (2) - ディアラの不安


 すっかりカレタカと打ち解けていたアバンストさんが俺たちの元を去った。


 アバンストさんからはてっきり私にも《氷結装具アイシーアーマー》を付与してくれとでも言われるかと思ったが、


「指揮官の私だけがメキラ鋼のような上等な装備をしていても意味ないですからな。それにダイチ殿の魔力も温存しておかねばなりません。ダイチ殿を守るのは私ではなく彼らですから」


 とのこと。そこら辺はしっかり人ができてるらしい。「さすが副団長だな」とカレタカも評価していた。


 ちなみに二人は途中から模擬戦めいたことをしていたのだが、アバンストさんは途中から腕に装着する小さな鉄の盾も装備して、《氷結装具》も合わせて二つの防具でカレタカの攻撃を受けていた。

 団員曰く、アバンストさんはレイピアの名手であると同時に盾などの防具を用いた受け流しの達人でもあるとのこと。カレタカの意外と素早い剛腕っぷりも合わせて、確かに見事な受け流し模擬戦だった。


 それと、予備があるので鉄の胸当てだけでも装備するように言われた。ローブを着ている魔導士はともかく、一人だけ庶民服ですごく浮いているという自覚はあったので正直助かった。


 視界の右上のマップ情報で赤丸の動向を見つつ、天幕の横でしばらく待っていると、人がぞろぞろと集まってきた。

 俺たちは馬車で着ていたが、他の攻略者たちはだいたい徒歩らしい。天幕まではソラリ農場よりも近いので、金のことを考えれば当然と言えば当然か。


 天幕周辺に結構な数の攻略者が集まった。やがて団員が「作戦会議をするので集まってくれ」と叫んだので、俺たちも天幕前に移動することにした。


 顔に大きな火傷痕がある長髪の男。ぼろきれのようなマントを羽織っている魔導士っぽい人。背中に大きな丸い盾を背負ったスキンヘッド。聖騎士と言われても信じそうな金属鎧から白い布地が覗いている顔立ちの整った青年。首筋に傷が無数にあるハンマー投げ選手のような体格の女性。スラっとした背の高い猫の獣人もいる。

 目立ったところはその辺りだが、ギルドでも見て察してはいたが、攻略者たちは皆体格がいい。魔導士らしき人はさすがにそれなりの体型のようだが……みんな俺よりもレベルは下のはずだけど、それぞれ防具をしっかり装備して、武器も持っているしで、あまり良くない人相の人も多いのも含めて、そんな彼らが集合しているのはなかなか気圧される光景だった。


 近くから騎士団の団員と男の話し声が聞こえてきた。


「おぉ。お前たちもきたのか。よくこれたな。まだ<ランク2銅>だったろ?」

「もう鉄だ。手が足りねえっていうから来てやっただけだ。今に見てろ、その調子に乗ってる鼻へし折ってやるからよ」


 怖い怖い……。男の方はかなりドスのきいてる声だ。


「また捕縛されても知らないぞ?」

「ふん。もうあんなヘマはしねえ」

「ま、助かるよ。あんたらの腕は山賊の頃から副団長も認めているところだしな」

「……奴は好かん」


 色々事情があるようだ。彼らは荒っぽい言動のままに元山賊らしい。


 攻略者になること自体はほとんど審査はない。ただ、<ランク2>以上にランクアップするとなると話は別で、他の街のギルドに所属している攻略者や元犯罪者などは、ギルド間の派閥争いとギルドが担う信頼の面から、ランクアップは基本的に認められていないそうだ。

 山賊と犯罪者の違いがいまいちわからないが、彼らはケプラのやり手になる日はくるんだろうか。


 それはそれとして。攻略者たちの武器にも色々な種類がある。


 長剣。大剣。弓。十字槍。斧槍。大槌。そして杖。


 やはり長剣が多く、見えた武器の種類は大まかにこんなところのようだが、目を引くものもいくつかある。

 「フランベルジュ」と思しき炎のような形と色合いをした赤い大剣や、持ち手部分が水色のガラスのようになっている弓、「エレインハープ」などだ。


 どっちもクライシス製なんだけど、記憶が確かならおそらく武器グラフィックもそのままだ。

 他にも「ロンゴミアント」があった。こちらの槍も緻密な装飾が施された白い飾りのある穂先など、グラフィックはクライシスのものと酷似していた。

 エレインハープとロンゴミアントを持っている攻略者は同じパーティらしかった。彼らは見た目は割と普通なんだが、ユニーク武器を二つも所持しているのだからやり手のパーティなんじゃないかと思う。


 それにしても。ユニーク武器については気になることがある。


 エレインハープもロンゴミアントも、ゲーム内では残念ながらゴミドロップと揶揄される類の初期のユニーク武器なのだが、ゲーム内の装備レベルは100ちょっとだ。

 でも、彼らが持っているということは武器として使うということだろう。彼らのレベルは、依頼内容から察するにいっても30前後だろう。仮に例外的にレベルの高い人がいても、インたち七竜と同等の人がここにいることは現実的ではない。


 ということは……俺の持っている装備品の装備レベルというものは、あまり関係がない可能性が出てくる。装備レベルの概念すらないかもしれない。もしくはこの世界で扱うにあたり、レベル制限や必要ステータスの数値などの条件が緩和されているということ。


 つまり……ハインの弓をはじめとするレベルが足りないから死蔵と決めつけていた武器や鎧は、使うことができるかもしれない。

 思えばインが恐怖に顔を歪めてから、手を付けてなかったからな……。使うかどうかはさておき、見てみるのもいいかもしれない。問題はどこでやるかだな。


 そんなことを考えていると、天幕にいたアバンストさんが立ち上がった。


「皆、よく集まってくれた。まずは依頼主であるノルンウッド子爵に代わり、私、ケプラ騎士団副団長のムルック・アバンストが感謝を述べる! ――して、聞き及んでいるかと思うが、今回の依頼はエリートゴブリン、デミオーガ、そしてオーガクリードの討伐だ。わけもない討伐だ。ただ、少々困ったことが起きていて、そのため我ら騎士団が討伐に出向いているわけだが……どうもこの困ったことにより、丘の奴らをほとんど全員相手にしなければならなくなっているようでな。丘の奴らは少ない時もあり、多い時もあるようだが、軽く見積もっても150はいる。騎士団は150もいない。そして全員をここに呼ぶこともできん。ケプラの街を守るのが我ら騎士団の本分だからな。――そういうわけで、さすがに我々だけでは手に余る。であればこそ、常日頃より彼らと戯れ、オーガとゴブリンどもの討伐の専門家ともなっている貴殿らの力を借りたいと考えたのだ」


 攻略者の方々で頷いたり、「任せとけ」「しょうがねえな」と威勢よく飛ばす声が聞こえてくる。

 アバンストさんの演説は非常によく通った声で、鎧を着ていることもあり、迫力もあった。この戦の前の演説により、いかに兵を奮い立たせられるかが肝であることは、ゲームなり小説なりで、あるいはヒトラーをはじめとする史実なり古典なりで知っていたが、そこのところがよく分かる光景だった。


 別に見下していたわけでもなければ信用してなかったないではないが、アバンストさんはしっかりとケプラを守る歴戦の将であるらしい。


「うむ。して、困ったこととはインプメイジの暗躍だ。インプメイジが《狂戦士化ベルセルク》の魔法を扱うことは知っていると思うが、この魔法を奴は知能犯のごとくオーガとゴブリンどもにかけて回っている。その数は100に近いとの見立てだ。時間が経てばもっと増えるかもしれん」


 100か。でも所詮デミオーガとエリートゴブリンだろ? この数なら。そういったざわめき声があがる。


「知っての通り! 狂戦士化したエリートゴブリンやデミオーガは、他の雑兵の魔物どもと同じく単調な動きしかせん。だが、デミオーガは力と体力だけなら我々をしのぐものを持っている。優先すべきはインプメイジの討伐だが、相対する時にはくれぐれも注意してくれ」

「オーガとゴブリンどもの統制は取れているのか? それによっては動き方が多少変わるが」


 前の方から意見が挙がる。

 見れば布でぐるぐる巻きにされたフランベルジュを革紐で背中にくびりつけている大男のようだ。フランベルジュは炎の色合いと形を象った大剣で、少し派手な剣のようにも思えるが、彼がその辺りを気にしている素振りは少しもない。


「もっともな意見だ。……我々とは別に斥候を二、三やったのだが、やつらに隊列などを組んでいる様子はなく散らばっており、本来の彼らのように、近づけば攻撃を仕掛けてくるだけのようだ。つまり、指揮官などは不在と見ている。無論、狂戦士化はかかってたようだがな。……もっとも、奥地にいるオーガクリードの方はまだ確認しておらんのでオーガクリードは通例通り、デミオーガを付近に侍らせていることが予想される。普段エリートゴブリンとデミオーガのみを狩っている者は注意してくれ。オーガクリードの周りにいるデミオーガは数が多く、猛者でも単身ではつっこまんからな」


 だいたい聞いていた通りのことに、攻略者たちと同様に頷く。


「あまり時間はかけられんのでな。集まっている者にもよるが……まずは丘の周囲にある浅い森に我々は身を隠し、北を除く三方向から一挙に叩くことにしている。丘の掃討を終えたら残すはオーガクリードだ。オーガクリードの根城へは皆で一斉に叩く! ……して、猛者の諸君は今のところ30数名が集まってくれているようだ。なので班を3つに分け、そこにそれぞれ我々騎士団を加えた分隊を作ることを予定している。団員の一人には分隊長を任せる。細かい動きは君たちに任せるが、大まかな指示は各分隊長が出すので従ってくれ。……無論、団員には君たちのフォローをすることも命じてある。あと、遅れてきたものは随時現地に向かわせる。隊に途中参加した者がいたら、作戦の説明などよろしく頼む」


 騎士団は10人ほど……つまり40ちょっとに対して150か。普通に考えるなら厳しそうだよな……?

 とはいえ、攻略者である彼らに悲観視している者は見られない。察するに、平野でいっぺんに40と150がぶつかりあうわけでもないようだし。こんなものか。


 作戦のあらましを語り終えると、アバンストさんがパーティの代表を一人と、単身のものは集まってくれ、それ以外は少し離れてくれと言うので、フリードが赴き、俺たちは天幕の前から少し離れた。


「パーティに狂戦士化および状態異常の治療ができる者はまず挙手して前に出てきてくれ」


 という声があり、フリードが挙手したようだ。ぱっと見、フリードを含めて4つ手が挙がっているのが見える。騎士団にもヒーラー系の団員はいるだろうし、作戦内容が変わることはなさそうだ。


「呪いの類って分類的に状態異常に入る?」


 いまさらではあるんだが、グラナンに訊ねてみる。


 クライシスでは状態異常とは「身体系異常」「能力ダウン系異常」「呪詛系異常」の三つに区分されている。防ぐためには、装備やスキルでそれぞれに対応した「〇〇系抵抗」の数値を上げなければいけなかった。

 だがこの世界でのステータス画面では、「状態異常抵抗」と「精神抵抗」の二つしかなく、表記が異なっている。意味するところは、なんとなく分かるんだけども。


「ん? 入るよ? 強力な呪いや特殊なものだと《大治療ハイ・キュア》でも治らない時もあるけど、インプメイジ程度の狂戦士化なら《治療キュア》や《穏やかな加護カームレスト》で問題ないかな」


 《治療》や《穏やかな加護》をはじめとする状態異常を治療および防ぐ魔法は、上述した三種類の状態異常を全て治療してくれる。これは回復職であるビショップやセイントだけの特権だ。他の職の状態異常治療系のスキルではこうはいかない。もちろんクライシス内での話だ。


「精神抵抗を上げておくと、呪いとかを防げる?」

「もっちろん。ただ精神抵抗は毒とか麻痺とか、凍結とかの体に直接影響がある状態異常は防げないよ~」


 グラナンの言い方のせいなのか、ふわっとしているが、身体系異常という概念はあるらしい。ひとまず、精神抵抗が、《狂戦士化》をはじめとする呪詛系異常の状態異常を防げるものという認識は合っているようだ。


「武器破壊とか、能力ダウンとかは?」

「武器破壊? 修理すればよくない?」


 言い方が悪かったなと思いつつ、でも確かにそうだと内心で苦笑する。武器破壊は状態異常としてはないか。うん、そりゃそうだ。


「能力ダウンって……《鬼火カーズド・ファイア》とかホーリーメイスの効果のこと?」


 ホーリーメイスはビショップやセイント、アークシャーマンなどが持てる鈍器系のノーマル武器だ。ノーマル武器だし特に付与効果はなかったけれども。


「カースド・ファイアって?」

「《鬼火》はゴースト系の魔物とかヴァンパイア族が使う火系の魔法だけど、くらうと力が出なくなるの。いつも使ってる武器が重く感じて振れなくなったり、盾役の人の踏ん張りがきかなくなったりね。武闘家は絶対に食らっちゃいけない魔法だって言われてる。力を奪う特殊な魔法なんだってさ~」


 力が出なくなるってことは、ゲーム的に言うならSTRダウンかな?


「ホーリーメイスはね、ゴースト系とかのアンデッド系の魔物限定だけど、攻撃を当てるとかなりダメージが入る上に、大幅に弱らせることができるんだよね。いいものだと、レベルが落ちたり、即死させるって聞いたことあるよ」


 レベルダウンもあるんだな。


「へえぇ……さすが詳しいね」

「ふっふん」


 クライシスないしゲームほど確固とした概念ではないようだけど、一応能力ダウン系異常にもそれっぽいものはあるらしい。

 毒や麻痺は状態異常抵抗で防げるのかとか、他にも聞きたいことはあるが、毒に関しての質問はいかにも初心者っぽいし、戦闘前にあまり初心者丸出しにするのもな……ひとまずこの辺にしとくか。


「グラナンは他の状態異常の治療できるの?」

「もっちろん! 聖浄魔法はうちに結構適正あったみたいでさあ、多少の毒や麻痺なら《治療》で治せるよ~」

「おぉ! 頼もしいね」


 でしょ? とグラナンが鼻を高くする。

 毒も麻痺も治せるのは頼もしい。インは熟練度があるとか言ってたが、内部的に魔法レベルみたいなものがあるようだ。アトラク毒は無理なんだろうな。


「あまり褒めないでやってくれ。調子に乗って火魔法を連発してしまう」

「しないよ!! うちらでいる時ならまだしも、今日は合同の依頼だもん」

「俺たちで依頼する時もしないでくれ」


 カレタカがこれみよがしにため息を吐く。


「む~~」


 普段連発しているのか。パーティの補助役だっていうのに。

 グラナンの憤慨に内心で苦笑する。緊張感がないというか、かえって楽になれるというか……普段狩っている相手だからかもしれないけども。


「ご主人様」

「ん?」


 声をかけられたので見てみれば、ディアラは少々難しい顔をしていた。


「ヘルミラは役割がありますが……私は役に立つでしょうか。私は彼らほど力強い戦い方はできません」


 そう自信なさげにこぼすディアラの視線が、ちらりとカレタカや天幕の前にいくのが分かった。どうやら攻略者たち――屈強な者たちが集っている状況に少しあてられたようだ。


 まさかカレタカみたいに斧振り回すような戦い方しようと思ってないよな?


 ……でも、それでなくとも、割とここまでの展開は急だった。一応行くかどうか訊ねてはいたものの、彼女たちがかつて首を横に振ったことなどがあっただろうか。武器を持った人がこんなにも集まっている状況を見るのだってそうそうなかったに違いない。

 あるとすれば……里を襲った戦争か。辛いことを思い出させたのかもしれない。


 ディアラの肩に手を乗せた。俺とさほど変わらないだろうに、小さな肩のように思えた。ちらりとヘルミラを見ると、ディアラほどではないがヘルミラもまたどこか気を張った面持ちをしていた。

 狼戦は二人とも俺なんかより勇んでたものだし、ジョーラと俺が化け物じみた動きで打ち合っているのは二人も見ていたしで、死ぬことへの不安ではないように思うけど。そもそも、二人を殺させはしないが。


「ごめんな、急にこんな大掛かりな依頼をすることになって。元々段階を追って依頼はこなしていくつもりだったんだけどさ。……帰る? 別に俺たちは同行者だし、フリードたちの人手が足りないっていうのも今ではあまり関係ないと思うよ」


 な? とその辺を特に聞いたわけではないんだがグラナンを見てみると、ま、そうだねと同意をもらう。


「別に恨んだりしないから安心していいよ! 結果的には大勢でやることになっただけだし。気持ちだけでも十分感謝してるよ~。気になるのはオーガクリードくらいだけど、やばかったら他の攻略者や騎士団に任せて高みの見物するしね!」


 それはどうなんだ、とカレタカが軽く文句を言うが、グラナンは取り合わずに、「でもね」と続ける。


「攻略者と合同で依頼する機会ってなかなかないんだよね。こんなにたくさんの攻略者との合同依頼もね。……合同依頼のいいところは楽ができることと、他の攻略者の戦い方を見て学んで盗めることなんだよね。今回は騎士団の戦いっぷりも見れるから、正直得るものは大きいんだよ~」


 確かに。そういうメリットもあるんだろうな。


「うちらみたいに友達が出来る機会でもあるしね~」


 出会いの場か。攻略者同士ならお互いの技量も見れるし、友好も温めやすそうだ。


「ほう。たまにはいいこと言うじゃないか」

「たまにはは余計! 台無しじゃん!!」


 グラナンの必死の抗弁をよそに、「ところでディアラ。力強い戦い方ってどんなのだ?」とカレタカ。


「え。……槍でなぎ倒していく感じでしょうか?」

「それはお前にできるのか? デミオーガは俺くらいあるぞ。体重もお前の3倍は軽くあるだろう」


 ディアラはカレタカの言葉を聞くと、出来ないと思います、と難しい顔をして視線を下げてしまう。スキルとか魔法とかがあってどうにでもなる世界とはいえ、身長差も体重差も大事だよな。


「ダークエルフは狩猟民族だ。脚と反射神経に優れ、そして目も耳もいい。だがオークである俺は、その4つのうち1つもない」


 ディアラが顔を上げて、カレタカを見る。「だが、腕力はある」とカレタカは間もなく続けた。そして一瞬俺を見た。


「人族よりもダークエルフよりもな。あと体力もだな。だから俺は前で戦うことを選んだ。自分の出来ることをやっているに過ぎない。実際、これがベストの戦い方だと思っている。……お前はどうだ? 脚や反射神経や、目や耳などのダークエルフの優れた点を無視して俺のように前線の大地に立って、斧を振り回してみるか? 前線ではそこまで俊敏に立ち回れないぞ?」


 脚か。そういえばジョーラも蹴りよくしてたな。


 カレタカの物言いには特に皮肉めいたものはない。かといって、淡々としているものでもなかった。ただただディアラを見て真摯に話をしていた。


「人にはそれぞれできることとできないことがある。お前がどういう戦い方を好むのかは分からないが、わざわざ不向きなことをするのは俺は勧めはしない。特に誰かの役に立ちたいのであればな」


 聞いていてギルドでレベルの低いギルメンが、役に立てなくてすみませんとよくこぼしていたのをふと思い出した。この「役に立てなくて」は意外と新人社員の口からは出ない。もっとも、新入社員がいきなり役に立つことを想定して仕事をしてもらうわけではないが。


「……私に、出来るのでしょうか?」

「なにをだ?」

「私の……私らしい槍を使った戦い方を」

「さあな。でも、お前の主が判断したんだ。できると考えたからお前を連れて来たんじゃないのか?」


 そう言って、二人の視線が俺に刺さってくる。……さすがに変なこと言うつもりはないけど、あんまり持ち上げないでくれな? レベル差くらいしか考えてないんだから。というか、カレタカはあとはどうにかしろと投げた感じか?


「大丈夫さ、ディアラ。ジョーラたちと特訓してきたじゃないか。仮に失敗しても、カレタカたちがフォローしてくれるから大丈夫だよ。……俺もカレタカの言う通り、無理に戦闘スタイルを変える必要はないように思うよ? 人は面白いもので、特訓してきたこと以上のことは本番でできないんだ。特訓してきたこと以外、と言ってもいいかもしれない」


 カレタカが、うむその通りだ、と頷く。


「エルフはダークエルフほど勇敢ではないが、脚も速いし、目や耳もいい。優れている点は似ている。アナは長剣使いだが、……体つきも近いし、参考になることは多いだろう。不安になったら動き方や戦い方を見てみるといい。俺もフリードもグラナンもアナも、お前たちの動きは見ておく。助言できそうなことがあれば言うぞ」


 ちらりと見てみれば、アナはいつも通りだったが、グラナンはうんうんと頷いていた。この分だとフリードにもあとで伝えるのだろう。


 ディアラからはい、といくらか小気味いい返事がかえってくる。顔も晴れやかだ。どうやら少しは吹っ切れたらしい。

 ご主人様、私頑張ります! と両手で拳を握ったアイドルポーズをされたので、俺も頑張ろうなと右手で拳を握った。


「私はフリードやカレタカが仕留め損ねたのをよく処理している。参考になるのなら、見ていい」


 か細いが、澄んだ声だった。

 一瞬誰が喋ったかと思えば、アナだった。精巧な等身大の人形のようなエルフが喋っていた。いや、本物なんだけどね。


 アナは基本「うん」とか「そう」とかしか口に出さなかったので驚いた。ダークエルフは一応元はエルフだったし、何か思うところがあったのかな?

 ちょっと見すぎていたらしく、アナはわずかだったが、俺に対して首を傾げた。ありがとうございます、とディアラがアナにお礼を言う。


 ふと袖をくいくいと引っ張られる。グラナンが何か言いたげだったので、引っ張られるままに耳を寄せた。角が顔に刺さりそうだったので咄嗟に避けると、ごみんごみんと小さく謝られる。


「ジョーラって、ジョーラ・ガンメルタ様じゃないよね? 七星の」


 あ、しまった……。まあ……いいか。


 内緒にしといてよ? という前置きで、少しカレタカたちから離れて姉妹が特訓を受けていたことを明かした。後のことも考えて、俺もそこに加えておいた。


「騎士団の副団長とも親しげだったし、フリードもずいぶん畏まってるし、……ダイチってば偉い人? 貴族っぽくはないけど」

「偉い人ではないんだけど……なんか要人と縁が深まりやすいらしくてね。アバンストさんは、ジョーラと俺たちとの縁を知ってるから畏まられてるだけなんだ」


 ふうん? と微妙に納得していない風だったが、さほど詮索してこないことに意外に思った。

 そこには七星に何かしらの事情があり、そうだとすれば首を突っ込みすぎるとよくないことを察せるところなのかもしれないが、グラナンは多少なりともここで「ええーーー!!」と叫ぶキャラのように思ったからだ。


>称号「布衣之交」を獲得しました。


 なんて読むんだ。交際関係の四字熟語?

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