5-18 アランプト丘討滅作戦 (1) - アバンストとカレタカ


 アランプト丘はソラリ農場へ行くときには南下した三叉路を北上した場所だという。実際マップでも、その辺りにアランプト丘の名前が書かれている。


 マップウインドウによると、丘の中心部は草原と思しき淡い緑色が広がり、時折まだら模様のように黄色い地面が露出しているようだ。

 本当に黄緑しかなかった銀竜の顎の緑土具合とは比べものにならないが、馬車の窓から幾度となく見た景色とあまり違いはないんだろう。一応周りには、丘を囲うようにいくらか木は生えているので、多少は違うか。


 拡大してみると丘には大量の赤丸がある。街道に近づくにつれて、赤丸は減っていくが、俺たちが討伐する予定のエリートゴブリンやデミオーガたちだろう。

 3つ4つの赤丸が、ある程度の間隔を開けて点在している。間隔の距離はだいたい同じで、察するに近すぎる遠すぎずといったところらしいので、ソロは元より野良パーティ狩りにも向いてそうだとそんな感想を抱いてしまう。


 ちなみにゲーム的に一番狩りにくいのは、小部屋に狩りきれない量の魔物がさほどの間隔もなくいるケースだ。

 こういう場合、一匹のターゲットを取るはずが、ほとんどすべての魔物のターゲットを取ってしまうことになり、逃げる羽目になるかお陀仏になりがちだ。


 フリードが言うには、オーガクリードは丘を奥に進んだ先の家屋周辺にいるらしいが、今のところその辺りはちょうどグレー表示になっていて見えない。150体はいるという職員の言葉から察するに、結構丘は広いようだ。


 三叉路を少し北上した辺りで馬車が止まったようだった。近くに2、3本大きな木がある。事前に聞いているが、この辺りで止めるのだろう。


 座席を降りたマクワイアさんが荷台に顔を出してくる。


「坊ちゃん、ひとまずここら辺で馬車を止めさしてくれ」

「分かりました」


 マクワイアさんはカレタカたちを会わせ、同行することや討伐依頼のことなどの諸々の事情を改めて伝えた後は、なぜか俺のことは坊ちゃん呼ばわりになった。

 普通にダイチでいいですよ、と俺は伝えたのだが、マクワイアさんは気にしないでくれの一点張りだった。別に悪口でないならどう呼ばれてもさほど気にならないが、坊主とか坊ちゃんとか、本当に芯まで17,8の少年になってしまいそうで少し怖い。


「……本当に大丈夫か? 坊ちゃん」


 馬車を降りるとそんな声がかかる。


「何がです?」

「これからオーガとゴブリンの討伐に行くんだろ? 俺はどうも坊ちゃんが心配でな」


 心配? 見た目的にか?


「ディアラとヘルミラもいるし、フリードさんたちもいますし大丈夫ですよ?」


 マクワイアさんのやや垂れ気味の目がうかがうように俺のことを見てくる。いつも飄々としている人だが、今は真剣な表情そのものだ。


「これから言うことに気を悪くしないでくれよ、坊っちゃん? 坊っちゃんが貴族だったとしてもだ。俺はまだ死にたくないんだ」


 貴族だから庶民はすぐ殺すってか? ひとまず懇願してくるマクワイアさんに頷く。しばらく見ているとマクワイアさんは視線を落とした。


「俺はどうも君が魔物を倒す勇ましい戦士殿には見えねえんだ。どっちかっていうと、屋内で研究に没頭するタイプだな。違うとは言ってたが……頭もいいし社交的だし、実はどこぞの貴族様だと言われても納得できるんだけどよ」


 さすが17年、階級を問わず人を乗せてきただけある。結構的を射ているので対応に困る。


 多分に「良家の品の良い坊ちゃん」に見られる傾向があるというのはもう仕方ない部分だとして……くわえて俺は、研究職だったわけではないが、パソコンにはずっと向かっていた。営業で出向く時はあれど、仕事中にはパソコンを見て、家に帰ってもパソコンを見っぱなしだった。

 MMORPGゲーマーだって、突き詰めればある意味研究職に近いところがあるし、俺のそもそもの気質も、研究者とか探究者気質な面はあるしで、研究に没頭するタイプというのも割と正しい。


 マクワイアさんへの諸々の説明の際に、俺は氷魔法が得意な魔導士であり、武芸もそこそこということは言ってあるのだが、やはりというか、いまいち信じられていないようだった。

 武芸の方は筋骨隆々な体ではないのでともかく、氷魔法の方は《氷結装具アイシーアーマー》の実演もしたんだけどなぁ……。まあ、魔法の方は、マクワイアさんがあまり魔法に詳しくないというのもあるのだけども。


 それにしても、ステラさんもそうだったが、やっぱり見てる人は見てるなと思う。

 ”目”にも教養は必要だが、その人の気質や背負い込んでいるものとか、あるいはどんな親になるのかなど、本質の部分を見抜く場合はこれに限らない。マクワイアさんは完全にその辺りの対象ではなかったのでちょっと驚きだ。


「大丈夫ですよ。ご主人様は強いんですから!」

「そうです!」


 ディアラとヘルミラが奮起してそんな言葉を言い放った。恥ずかしい。マクワイアさんが両手を挙げて、悪い、悪いと謝罪する。


「別に坊ちゃんが弱いって言ってるわけじゃねえんだ。――彼らも認めてるところだしな」


 そう言って、マクワイアさんがちらりとフリードたちを見据える。フリードたちは防具や腰の皮袋の紐やベルトがしっかり結ばれているかをお互いに確認しているようだ。


「逃げ足だけは速いんですよ、俺。七星クラスかもしれません」


 心配をどう払拭したものか、ちょっと浮かばなかったので、そんな冗談めいたことを言っておく。

 マクワイアさんはぽかんと口を開けていたが、やがてくつくつと笑いだした。よかった、受けたらしい。


 ディアラとヘルミラもくすくすと笑っていた。姉妹には七星と対等、あるいは七星よりも強いということを伏せてくれと直接言ったことは特にないが、これまでと同様察してくれたものらしい。ソラリ氏が二人を褒めていたが、よくできた子たちだ。


「まあ、無事に帰ってきてくれよ? ――あんたらも坊ちゃんたちをよろしくな!」


 マクワイアさんがフリードたちにそう呼びかける。保護者かよぉ。

 フリードが「もちろんです」と爽やかに頷き、グラナンが「任しといて」と元気に返した。


「んじゃ、俺はこの辺りで待ってっから、何かあったら声をかけてくれ」


 馬車から離れ、俺たちは街道沿いを北上していく。色々と思うところはあるが、ともかく確認は終えたらしい。面倒見いい人だ。


「あそこに騎士団がいるようなので、とりあえず顔を出しにいきましょう」


 フリードの誘導のままに、行先は天幕だ。

 台形の形をした天幕の周辺には、鎧の上にケプラのマーク入りの青いチュニックをまとった団員と思しき兵士が数人いて、武器や防具、木の椅子や木箱なども置いてある。向かいの道端に馬車が複数台あるが、騎士団の人たちが乗ってきたものだろうか。


「攻略者か?」


 積まれた木箱の前で木のバインダーを手にしゃがんでいた兵の一人が、先頭のフリードに声をかける。


 騎士団というと、金櫛館の前で昨日見た全身鎧フルプレートをまとった兵士たちが思い浮かぶのだが、彼をはじめ、団員たちは今回は多少軽装らしく、各部位に鎧を装着している。


「そうです」


 兵士はしばらくカレタカやアナのことを珍しそうに見ていたかと思うと、攻略者のプレートを見せてくれというので、フリードたちはランク2のプレート、俺たちは同行者であることを示す木のプレートを見せた。

 状況が状況だからなのか分からないが、彼にはひとまず、あまりハーフへの差別感情はないものらしい。


「7人か。助かるよ」

「状況はどうですか?」

「今は一度引いて攻略者たちが来るのを待っているところだ。君たちは馬車で来たんだろう? もう少し待って、ある程度人が集まったら作戦を伝える予定だよ。その辺で待っててくれ」


 言われた通りに、俺たちは天幕から少し離れた場所で待機することにしたが、間もなく聞き覚えのある声が俺たちを引き留めた。


「ダイチ殿~~!!」


 見れば、アバンストさんだった。フルドの父親であり、金髪オールバックが特徴のケプラ騎士団副団長だ。

 カシャカシャと鎧や鉄靴の音を立てて、部下と思しき人と二人で駆けてくる。というか、そんなに叫ばないでください。


 それにしてもそういえばアバンストさんもいるんだった。話がややこしくなるのでジョーラの恩人だの知り合いだのと言わないといいけど……。


「もしやあなたもこの討伐に?」

「はい。ちょっと縁がありまして」


 アバンストさんがつぶらな目をいくらか細め、怪訝な顔つきでフリードたちを眺めていく。

 横の団員はといえばちょっと驚いた風な表情だ。オークもエルフも街中では見たことはないし、さらにハーフだしで、驚いたのはカレタカやアナ辺りだろう。あと、うちの姉妹もか。考えてみればかなりの色物集団だ。


 ……そういや。実際は違うんだが、他人から見たら俺だけ人族って形だ。……マクワイアさんの心配が別の意味で少し分かったかもしれない。


「……珍しい組み合わせですな。彼らは?」

「今回の討伐で一緒に戦う人たちです。俺たちの方が彼らに同行する形ですが」

「つまり攻略者の方々ですか」

「そうです」


 アバンストさんはふうむ、と顎を覆っている豊かな小麦色の髭を撫でる。相変わらず探るような目つきだ。


 少し間があった。微妙に空気が硬い。

 アバンストさんの方からもフリードたちの方からも言葉が出なかったので、俺の方から紹介することにした。人族に対して排斥感情を持っているエルフがいるし、ハーフもいるし、くわえて助勢を頼んだ立場なので、どちらかというとアバンストさんの方がちょっと喋りづらいのかもしれない。


 アバンストさんにはフリードたちを軽く紹介し、「知ってるかもしれないけど、ケプラ騎士団の副団長のムルック・アバンストさんです。俺とはちょっと縁があって」とアバンストさんの方も紹介する。


「ご丁寧にありがとうございます。――副団長のムルック・アバンストです。ノルンドット子爵より今回の作戦の指揮官を任命されております」


 アバンストさんが、胸に手をやって礼をしたのを機に、フリードが少々慌ててよろしくお願いしますと胸に手を当て、カレタカ、グラナンは頷き程度に頭を下げた。

 そしてアバンストさんの横にいる団員も慌てて胸に手を当てた。アナはいつも通り、人形のような表情でみんなを眺めているだけだった。……いや、わずかにだが頭を下げたようだ。


「時にダイチ殿。お聞きしてもよろしいですかな?」

「何でしょう?」

「この討伐依頼は主に<ランク2銅>以上の攻略者の方を募っています。なれば、ダイチ殿も相応の実力者とお見受けしますが……」


 うん? ……ああ、実力を見せてほしいわけね。グラナン、マクワイアさんと本日三回目の流れに内心でため息をついた。


「攻撃魔法は魔物たちを刺激するかもしれないので控えますが、補助魔法でいいですよね?」


 そう言ったが、赤丸とは距離がそれなりに離れている。実際魔物を刺激するのかどうかは分からない。単に《氷結装具》が一番穏便だからだ。慣れているのもある。

 アバンストさんが、話が早くて助かります、とニコリとする。


「腕を出してもらっても?」


 差し出された腕には鉄かなにかの籠手がついているが、別に上からでも問題はないだろう。

 アバンストさんの腕に手を軽くかざす。間もなく魔法陣が現れ、白くて二本の角がついた立派な《氷結装具》の防具が現れた。


「ほお、《氷結装具》ですかな? ……いや、これは……ずいぶん硬い……」


 手の甲でコンコンと感触を確かめ、次第に叩く力を上げていくアバンストさんに、そうですと頷く。


「一応氷魔法の魔導士として参戦してます。――ダークエルフの二人は俺の従者で、前衛と魔導士としての参加です」

「そうでしたか……」


 氷の籠手を、価値ある一品を検分でもしているかのように表から裏からさも珍しそうに眺めていたアバンストさんだったが、ふと顔を上げて眉をあげて信じられないものでも見るような目を俺を見てくる。なに? 拳で木に穴開けたわけじゃないよ?


「おい、ちょっと思いっきり殴ってみろ」


 アバンストさんが唐突に横の団員にそう言う。よろしいので? と彼は戸惑うが、構わないと言ってアバンストさんは《氷結装具》の籠手を眼前に持ってきてガードする体勢になる。


「思いっきりだからな?」


 籠手の横から顔を出して念を押すアバンストさん。

 しつこいな? アバンストさんの物言いに内心で苦笑する。


 そういや、《氷結装具》の強度に関して実験はしたことはない。手袋の方は思いっきり殴ったらアダマンタイトの大剣を砕けたので大丈夫だと思うが……。

 若干不安な気持ちで成り行きを見守っていると、団員が思いっきりグーで殴った。打ち付ける大きな音が鳴り……兵士が声にならない声をあげて、拳を痛がった。痛そうだ……。兵士の手の甲は鉄甲で覆われているが、手自体は手袋だ。そりゃそうなる。


 団員の痛がる様子にさほど意に介さず、おぉと、腕を見上げながら玩具を与えられた子供のように感嘆の声を上げるアバンストさん。とりあえず《氷結装具》の強度は問題ないようだ。

 団員は痛そうに右手をプラプラさせている。……大丈夫?


 というか、そういえば通常の《氷結装具》は鉄の防具並みだってネリーミアが言ってたし、殴らせるのは可哀想じゃないか? それとも《氷結装具》の効果を詳しくは知らなかったか。さほどメジャーな補助魔法じゃないようだしね。


「素晴らしい強度ですね……! 衝撃も伝わってきません」


 衝撃伝わってこないのか……。そりゃすごいな。


「硬いだろう? メキラ鋼並みの強度はあると見ている」


 既に経験しているカレタカが俺の後ろから補足する。得意げに聞こえたのは気のせいでないと思う。アバンストさんはカレタカを見て納得だと言わんばかりに大きく頷く。


「安価なミスリルと呼ばれているメキラ鋼並みとは……凄まじい。なるほど……さすがです。……ほとんど重さもない。鎧を脱げるか。これがあれば、兵士たちは倍以上の戦果を挙げることができるでしょう」


 ほほう、安価なミスリルね。


「そうだろうな。つけて戦うのが楽しみだ」

「カレタカ殿は今日これを?」

「ああ。ダイチから付与してもらえることになっている」

「羨ましいですなぁ!」


 カレタカは敬語とかを使わないようなので少し不安になったが、特に問題視はされないようだ。

 アバンストさんが反対の腰に提げているレイピアでない方の長剣を抜き始める。何をするのかと思えば、剣の刃でごりごりと《氷結装具》を傷め始めた。おいおい。


「ほお! 全く傷がつかない……さすがメキラ鋼」


 カレタカが前に出てきて、アバンストさんの《氷結装具》を覗き始めた。そんなカレタカに剣で痛めつけた籠手の面を見せつけるアバンストさん。


「これは期待が持てるな」

「うむ。もはや氷ではありませんな」


 ふと見れば、グラナンが腰に手をやってやれやれといった顔でカレタカを見ていた。フリードも似たようなものだ。フリードと目が合い、「カレタカはちょっとした武具マニアなんですよ」と告げられる。


 へえぇ……それにしてもアバンストさんとカレタカか。ちょっと意外な組み合わせだよ。


「すまないが、殴ってみてもいいだろうか?」

「おぉ、構いませんとも!」


 ずいぶん生き生きとした顔と声で快諾したアバンストさんは再度ガードの体勢になり、カレタカは少し腰を落とし、指の爪を見せるずいぶん野蛮めな構えを取る。その構えを見ると、アバンストさんは少し前傾姿勢になった。


「いいですぞ!!」


 そして……ドバンッ! とものすごい音が鳴った。


 オークの見た目通り、さすがに人族よりは頑丈なのか、カレタカは手を痛がる様子は特になく、天幕の横ではしばらく野太いスパーリングの音が鳴り響いた。

 《氷結装具》はカレタカのパンチに全くものともしないことにはすごいなと思いつつちょっと安心したが、むしろアバンストさんの防御の方がちょっと大変そうだった。じりじり後ろに下がっていってたからね。

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