5-17 半端者の攻略者たち (4) - アグニスレイ
「では、こちらが同行者であることを証明するものになります」
茶髪の若い職員――レナックスが俺に三つのネックレスを渡す。この職員は看板を外に持って行っていた人だ。
さきほどは慌てていたものだが、別の女性職員からヒルデさんがしてきたのと同じ、30レベル以上かどうかを判定する魔法的な審査を受けたあと、彼からは依頼内容の説明を受けた今では、事務的だが仕事熱心さもある信頼の置ける職員の顔つきになっている。
ネックレスと言っても、革紐に木製のプレートがぶら下がっているだけだ。
プレートには、彫刻刀でちょろっと彫った程度のもので大した彫り物ではないが、ギルドのマーク――逆三角形を横に三つ並べたマークが彫ってある。
姉妹にネックレスをそれぞれ渡す。
「重ねて言いますが……今回の依頼は特別な合同案件のため半額の5,000Gをお渡しできますが、本来は同行者の方には報酬はないので注意してください。それと次回攻略者登録をする予定とのことですが、今回の案件は登録後のランクアップの経験点には加味されません。参考にすることはあるかもしれませんが……そこのところも注意してください」
聞いた通りのことに頷く。姉妹にも大丈夫かと訊ねると、問題ありませんと頷かれる。ちなみに攻略者のランクは「1から7」の大ランクがある他に、「銅、鉄、鋼」の順で小ランクがあり、細分化されている。
報酬がもらえるのは嬉しい予想外ではある。俺が姉妹にお金をあげる時は、まだ若干申し訳なさそうな雰囲気があるからね。
初めて自分でお金を稼いだ感動は、人類共通で抱ける記憶と感情の財産だろう。姉妹はずっと里にいたそうなので、その辺の経験は浅いだろう。
それはともかく。問題は……依頼達成のための素材部位の提示だ。
今回俺たちはフリードパーティの同行者扱いであり、それでなくとも、今回の依頼は騎士団が先導する依頼でもあるため素材部位もまた提示しなくてもいいとのことなのだが、……エリートゴブリンは右耳、デミオーガは左耳、オーガクリードは装飾品か杖を提示する手筈になっているとのこと。
耳をそぐとか、正直引いた。
もちろんレナックスには気遣う様子などは全くなく、顔色も特に変えずで、攻略者なら日夜誰もがやっていることであるのはすぐに伝わった。リアルの俺よりも若い子だったのでなおさら痛感した。
俺が抵抗感を覚えるのは、ミラーさんやメスゴブリンの店員など、ゴブリンが俺にとっては人とさほど変わらない生き物であり、耳をそぐ行為がヤクザの小指を切る行為と大差ないように思えてしまうからなのだが……狼の死骸にようやく慣れてきたっていうのに。ほんとハードだ。
ちなみにオーガやゴブリンは、採取した血を提出することでもいいらしい。
血は錬金術で用いたり、精力剤の材料として使ったりするのだとか。ただ、規定数の魔物の討伐が決められている依頼では、血からは討伐数が見極められないので無理とのこと。
なお、おそるおそる聞いてしまったのだが、山賊などの“人の子ら”の討滅は基本的に騎士団などの街の兵士や国の軍隊の方に一任されているので依頼としてはこないらしい。
レナックスから怪訝な顔をされたこともあって聞きはしなかったが、仮に討滅を手伝うようなことがあっても、することは縄とかを用いた捕縛だろう。そうでないと困るぞ……。
でかい山賊組織の頭領とかなら、生首を提示するのかもしれないが……。
>称号「攻略者見習い」を獲得しました。
◇
「では、もし我々で隊を組むことになった場合は、カレタカが前衛、私が中衛の左、アナが右、中にディアラ、グラナンとヘルミラが後方、そしてダイチさんが二人の後ろということでよろしいですか?」
「分かりました」
「はい」
「頑張ります!」
ディアラの威勢のいい返事に、カレタカが「肩の力を抜け。死に戦でもないからな」とたしなめた。
受付を手早く終えた終えた俺たちは、いったん市場に行って肉串や揚げ物で食べ損なった食事を取った後、マクワイアさんの馬車でアランプト丘に向かっている。
新参者が一人で隊の一番後ろとはなかなか信頼されたもののように思うが、俺が《
《瞬歩》の評価が高いのなら前衛や中衛に配置されて攻撃に転じることを考えてもいいものだが、俺には腰の短剣しか得物がない。拳でも戦えるというのはグラナンを中心に半信半疑の様子だったし――ゴブリンはともかく、オーガ系の魔物に拳で立ち向かうのは不利なのだそうだ。
ゲーム的に言うなら、「刺突攻撃」が有効であり、「殴打攻撃」はいまいちといったところだ――魔物との戦いはまだ狼しか経験していないというのが決定打になり、こういう配置になった。
もちろん
戦闘に関しては心境的には初心者だし、フリードたちの言動も頼もしいものだったので、編成に対して特に文句はない。むしろ、後方にいることで皆の動きが見えるので助かる。
今後のレベル上げで参考になる部分もあるだろうしね。もちろん《狂戦士化》を使ってくるインプメイジから距離を取っておきたいという理由もある。
ちなみにカレタカは見たままに斧を使った鈍重だがパワータイプらしい。
フリードは素早い身のこなしで地を駆けながら《魔力装》と長剣を扱う獣戦士ではスタンダードなスタイル。
アナは両者ほどスタイルが尖ってはいないが、剣に魔力も付与できる魔法剣士タイプ。
グラナンは彼女の言葉を借りれば、「攻撃魔法も補助魔法も得意で前衛特化のうちのパーティの要である魔導士」だ。
「《
グラナンがヘルミラにそう告げる。
「はい。……あの、グラナンさんは何の魔法が得意なんですか?」
グラナンがふふ、と不気味に笑う。フリードとカレタカは小さくため息をついていた。なんだ?
「よくぞ聞いてくれました! うちが好きなのは火魔法です!!」
突如グラナンは立ち上がり、ヘルミラにビシっと人差し指を突き付ける。
頭の角を天井にぶつけないか心配したが、小さいのでギリギリ大丈夫なようだ。人数が一気に増えたのと、巨体のカレタカが乗るので一番大きな馬車にしといてよかった。
「3000年も昔からある古の魔法……なのに今でも火力はトップクラス。《
グラナンは両手を挙げたり、拳を力強く握ったり、はたまた「人々を優しく照らす灯り」の部分では天にでも祈るかのように、馬車の天井を仰ぎながら両手を組んだりした。
驚いて若干思考停止になった俺の頭の中では、演劇めいた台詞を言ったり、“着替え”をしたりしていたかつてのジルが思い浮かんでいた。
「そ・し・て!」
グラナンはヘルミラの眼前に立てた人差し指をずいっと見せて、そしての言葉に合わせて指を前後させる。
「赤竜様がもたらした火炎の神髄を体現させた《
グラナンはしゃがみこんで唸ったかと思うと、立ち上がって両手を思いっきり伸ばし、「……ん~~~! 赤竜様素敵!! 火魔法最高!!」と、天空にいる赤竜に言うかのようにそう叫んだ。
確かに今は天空にいると思うが……。フェルニゲスでの査問、今頃どうなってるんだろうな。
言い終えたグラナンがすとんと着席する。ニコニコした顔はご満悦以上の何物も見つからない。熱弁は終わりのようだ。
内心で苦笑した。なんだったんだ……。ジルと火魔法が好きなのは分かったが……グラナンはなんだかオタクみたいだ。
昔の友人に防衛大学に行くことになったプラモデルオタクがいたんだが、喋り出すと止まらなかったものだ。薬剤師の知人のマシンガントークもそうだが、オタクという人種は言うに漏れず自分の世界に入りやすいようだ。
見れば、フリードはどこか恥ずかしそうに俯いていて、カレタカは腕を組んで我関せずといった体で目をつぶっていた。……いや、眉間にシワを作っている。硬そうなシワが。
アナも目をつむっているが……瞑想でもしているように見える。ようはいつものすまし顔だ。慣れているんだろうが、あの熱弁に通常運転はすごい。
姉妹はぽかんと口を開けている。ひとまずノーコメントの流れだったようなので、俺も黙ることにした。
が、ジルが与えたというエピソードがちょっと気になった。
……アグニスレイか。聞いたことない魔法だが、普通にかっこいい名前だ。ジルがもたらしたってどういうことだろう。レイだしビーム系か?
「アグニスレイってどんな魔法?」
俺が質問してみると、グラナンが少々ひどい顔を向けてきた。元々、低身長のままに童顔の可愛らしい丸顔ではあるのだが、片眉をあげて眉間にシワを寄せて口を半ば開けて、可愛さが消滅している。
実際に言ってはいないものの、「あぁん??」みたいな顔だ。
その変貌っぷりに若干引きつつ、知らないのはおかしいのかと思い、姉妹に「知ってる?」と訊ねてみると、苦笑交じりに知ってますと返ってくる。そうかぁ……。
カレタカとアナは静かなものだが、フリードは小さな声で、「こらグラナン」と諫めた。
「いや、……ちょっと世間に疎くてさ。教えてよ。火魔法に関しては“専門家並み”に詳しいんでしょ?」
そんなに有名ならなおさら教えて欲しいので少し煽ってみる。グラナンが小さく息を吐く。
「仕方ないなぁ……。確かにうちは火魔法の専門家だしね! ま、ダイチはあれだけ熟達した氷魔法の使い手だし……その若さだし、水魔法と氷魔法のことしか勉強してなかったんでしょ」
勉強はたぶんまだべの字の半分もしてるか怪しい感じだが、グラナンの問いには頷いておく。グラナンはうんうんと、納得した様子だ。
「……1200年前、当時赤竜様の加護していた町の近くで魔物の被害がすごかったの。で、討伐隊が出てたんだけど半分の人が死んで、帰ったら徴兵してまた討伐に出て、それを繰り返してたもんだから、街の人口も若い人も減るばかりでさ。最終的にその街の魔導士は一人になったんだって」
1200年も前か。魔導士が一人残ったとか、事実かどうかは怪しいが……。
「そこで慈悲深い赤竜様は、考えました。『七竜の協定により、人の子の災いとなっている魔物を直接討滅することはできない。ではどうするべきか』と」
慈悲深い……? まあいいか。
「赤竜様は、自分の山をも穿つブレスを模した魔法を作り、魔導士にその魔法を与えることにしたの。それが、術式的には中級に位置するのに、火魔法の中でも上級火魔法と遜色ない攻撃力を持つ《赤竜の慈悲》ってわけ」
え。自分のブレスを模したって、あのブレスか? そりゃ凶悪な威力になるだろうけど、まさか威力や速度がそのままじゃないよな? というか、アレ、山貫通するのか……。やばすぎる。インよく肩ですんだな……。
「ま、伝わってるのはさすがに赤竜様のブレスそのままじゃなくて、うちら人の身で打てる範疇の魔法だけどね」
だよな。ほっとする。
「魔導士は《赤竜の慈悲》を使って、親玉だった魔物や手強い魔物たちを見事撃破、状況も好転したの。そうして魔物の数を減らしていって、街も少しずつ活気が戻ったんだって。……火魔法や七竜様たちを研究している学者たちによれば、この魔導士の使った《赤竜の慈悲》は、赤竜様が直接授けた魔法であって、現在
うん、それはありそうな話だ。
「へぇ……いい話だね」
「でしょ? でも、さらにこの話には続きがあってね」
ふむ。
「七竜の協定を破ったから、赤竜様は罰を受けることになったの。どんな罰を受けたのかは伝わってはないんだけど、そうなると赤竜様は罰を受けること前提で、魔導士に魔法を渡したんだよね。優しいよね~!」
両手を合わせてうっとりするグラナンに、インを少々陰湿にいじめていたジルを知っている身としては、本当だろうかと疑わずにはいられない。まあ俺が知ってるのは「現在のジル」なので、昔のジルがどうだったかは分からないが……。
「赤竜様は七竜の中でも気性が激しいらしいから、なおさら赤竜様の優しさが染みるよ~~」
あ、そこは知ってるんだ。
「ジ……赤竜様の性格も知ってるんだね」
「なんとなくね。参拝に行ってお声が聞けるのは一部の司祭様や王族だけだし、無闇に言いふらすのも本に記載するのも禁止されてるけど、司祭様も王族たちも人の子だからね~。白竜様のことは、アマリアの司祭様が大好きなお酒に酔って喋ったのが口承の最初だって言うし。……赤竜様は気性が激しくて、七竜の中で一番魔法が苦手で、でも人の姿になると舞台女優みたいに美しい人で、古い慣習を大事にしてリザードマンを侍従にしているっていうのは知ってる人は知ってるかな」
だいたいバレてるじゃないか。(笑)本として出されないなら、ある程度秘匿されるだろうけども。インは大丈夫か? まあ、守護してるのがメイホー村だけだっていうなら、情報はあんまり外に出なさそうではある。
そんな話をしていると馬車が動きを緩やかに止める。
「着いたようだぞ。二人とも少し気を引き締めろ」
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